~ 炎 の 氷 壁 ~ ⑯

ちよみ

2009年03月04日 10:35

 眠れぬままに雄介は、胸中に一つの結論を出していた。昨夜(ゆうべ)の時任に対する野田の不可解な接し様を、どのように解釈したらよいものかは、判然としないまでも、野田が時任の寝顔を見ながら囁いていたあの言葉には、さすがに雄介の理性も、何か聞いてはならないものを聞いてしまったのではないかという不気味さと、後ろめたさとが綯(な)い交ぜとなった感覚に捉われて萎えていた。 
 とにかく、雄介が察したことは、この横手山ロッジには、自分はいるべきではないという疎外感と、同時に、ここにはもう居たくないという嫌悪感である。
 そこで、雄介は、たった三晩だけであったが、厄介になったこの宿舎を引き払うべく、手当たり次第に身の回りの物を詰め込んだ大型のスポーツバッグを肩にかけ、ホテルの玄関へ降りて行った。そんな雄介の姿を目にして、一緒に出勤しようとパートナーが部屋から降りて来るのを待っていた時任は、たちまち顔を曇らせた。
 「どうしたんだ?引越しでもするつもりか?」
 「・・・・・・・」
 雄介は、内心、何と切り出したらよいものやら腐心しつつも、努めて時任とは視線を合わせぬように、自分が借りていた部屋の鍵をフロントのカウンターの上へ置くと、自分には、どうもこの横手山ロッジは住まいにくいので、ここを出て、別の宿舎を高木主任に周旋してもらうよう頼むつもりだとの趣旨を、早口に説明した。
 しかし、その程度の上面(うわつら)だけの切り口上に、時任が納得するはずもない。何故ここを出て行かなくてはならないのか、もっと得心の行く理由を聞かせろと、詰め寄るや、雄介の右の二の腕を、背後からその大きく逞しい手でいきなりわし摑みにして来た。
 途端、雄介の背筋を、寒気立(そうけだ)つような戦慄が走った。それは、雄介自身にも予期することの出来ない感情でもあった。瞬間、彼の心中に燻っていた何かが弾け飛んだ。
 「手を放せ!おれに触るな!」
 叫ぶと同時に、相手の身体を突き退けていた。
 「-------雄介!?」
 時任は、愕然として色を失う。
 「いったい、どうしたっていうんだ・・・・?」
 昨日までの態度からは到底想像だに及ばぬ雄介の豹変ぶりに、何がどうなっているのやら皆目判らんといった様子の時任は、ただ絶句せざるを得なかった。
 と、そんな時任の背後で、一つの影が動いた。そこには、野田開作が、いつのものように皺一本ない三つ揃えのスーツ姿で腕組みをして立ち、二人の方へとじっと視線を送っている姿があった。それに気付いた雄介が、実に、腐肉を噛んで反吐(へど)でも出すような胸糞の悪さを感じながら、そちらを睨み据えた時、その野田の口が悠然と開いた。
 「時任、留めるな。出て行きたいという奴を、無理に引き留めてもお互いに迷惑なだけだよ」
 野田は、厄介払いでもするかの如く、何処かさばさばした語気で、あっさりと言って寄こす。だが、野田のその言葉を耳にした時任は、
 「お前は、口を挟むな!」
 きつく一喝して、野田を黙らせた。それでも、雄介は、もはやこの男たちとの必要以上のかかわりを持つのは御免蒙(こうむ)りたいという、潔癖心も手伝って、なおも待つように食い下がる時任に向かい、こう引導を突き付けた。
 「時任さん、おれはあなたと知り合って、まだたったの四日だが、スキーパトロール員の先輩としてあなたを尊敬し、また信頼もしている。あなたにパートナーなどという横文字ではなく、『相棒』という親身な言葉で呼んでもらえたことが嬉しくて、それを励みにも思っていた。でも、おれには、どうしても理解出来ないんですよ。あなたと、そこにいるあなたの親友との関係がね。いや、もう理解する必要もないでしょうけど・・・・。それでも、おれがここに居辛い理由が知りたければ、その親友に直接訊いてみて下さい。あなたの頼みとあれば、彼もむげに撥ね付けたりはしないでしょう。何しろ、あなたを守るためなら、悪魔に魂を売り渡すことも厭わない男のようですからね。
 いずれにしても、もう、おれは、これ以上あなたたち二人の訳の分からない関係にタッチしたくないんですよ。高木主任に申し出て、あなたとのコンビも解消してもらうつもりです。そう承知しておいて下さい!」
 興奮で顔面を紅潮させながら、声を上擦らせ、上気するに任せて捲(まく)し立てた雄介は、それを言い終えるなり、茫然たる表情で佇立する時任をその場に残し、さながら白光現象を起こしたかの如く朝日が眩しく照り映える雪道に白い息を漂わせて、一足早い出勤の途に就いたのだった。


    
     <この小説はフィクションです。登場する人物名及び団体名は、すべて架空の物ですので、ご了承下さい>


     
     ~今日の雑感~


     最近、ドンドン記憶力が鈍って来たような気がします。他の人たちのブログを読んでいても、よほど印象に残る物や、気に入っているブログ、気になるブログ等々以外の物は、タイトルに惹かれてクリックし、内容を読ませて頂いても、しばらくすると、また同じブログをクリックしてしまいます。開けた瞬間、「あっ、これはさっき読んだものだった」と、いうことがしばしば。要するに、ブログタイトルが記憶に残っていない訳で、「またやっちまった!(>_<)」と、かなり凹みます。でも、不思議なもので、再び開けてしまうブログは、やはり、そのタイトルが気になるからなんでしょうね。一度読んだブログのタイトルを一時的に忘れていても、また、それを読みたいと思ってしまう。人間の持つ好き不好きの感情は、いつも一定なようです。面白い現象ですよね。
     そう考えると、記憶力の衰えは、感情の衰えとも比例するのかもしれません。そういえば、最近は、感動というものには程遠い生活をしているような・・・・。楽しいことや発見などのワクワクする気持ち------大切にしたいものです。春ですから!(ところで、昨日は三月三日の雛祭りだったんですね。こちらは、ひと月遅れの旧暦で雛祭りを祝うものですから、巷の色々な宣伝文句にも、あまりピンと来ませんでした。これも、感情が鈍麻している証拠かな?)

「今日の一枚」-------『午睡』
  

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