~ 今 日 の 雑 感 ~
子供の成長に必要なこと
この間、あるナガブロガーさんの記事を読んでいたら、驚いたことに、我が家のことがかなり詳しく書かれていました。
本当に偶然見つけたのですが、とても好意的な記事で、嬉しかったです。
ありがとうございました。
考えてみれば、わたしが子供の頃は、両親がとにかく忙しく、一緒に何処かへ旅行をしたなどということがほとんどなかった。
一度だけ、何故か一家で東京へ一泊二日で行ったことがあったが、それが最初で最後の家族旅行だった。
そして、我が家は自営業をしているので、幼い頃から家の手伝いをするのは当然で、ほとんど大人と同じ仕事を任されていた。
だから、わたしの世話は、従業員の女性がしてくれており、保育園の遠足も親に付き添ってもらったことは一度もない。
食事も両親と食べたことはなく、いつも弟と二人だけの食卓だった。
でも、観光地の子供たちは、皆ほとんどがこんな子供時代を過ごしているはずなのだ。だから、子供たちがやたらに逞しい。子供は子供の確固たる社会を築いていて、ほとんどの行動が子供だけの単位で動くのである。
さらに、子供たちは、家の仕事の大切な担い手で、農家の子供たちなどは、三、四歳の頃から牛やヤギなど家畜の世話をしたり、田畑の管理、収穫作業なども大人顔負けにこなしていた。
忙しい母親に代わって三度の食事を作っていた女の子や、大勢の弟や妹の面倒を見ながら国立大学へ入った男の子もいる。
しかも、加えて塾へ行ったり、勉強もそれなりにしっかりとやらなくてはならず、とにかく、寝る暇もなかった。
考えてみれば、本当に頭のいい子は勉強などほとんどしなかったのではないかと思うのである。
また、そういう忙しい子供たちのために、「稲刈り休み」などと称する特別な休日もあったほどだ。
その分、夏休みや冬休みが削られていた。
そして、他県では驚かれる「寒中休み」もあった。この期間は、あまりに雪が多く寒過ぎて、学校へ出て来るのが大変だという配慮から設けられた休日であった。
むしろ、サラリーマンの子供たちの方が少なかったので、彼らが、そういう休みの日を利用して親子で何処かへ旅行したなどという話を聞いた場合、「卑怯者」のレッテルを貼ったりもしたくらいである。
でも、今は、サラリーマンの子供たちが多くなり、農家や自営業者の子供たちの数が減って来たので、「稲刈り休み」はなくなってしまったという。
平日も休日もなく、親子の団らんも経験できず、大人と同じように働きながら、それでも何一つ不満も言わずにわたしたちの世代の子供たちは過ごしていた訳である。考えてみれば、驚くべき時代であった。
でも、今のように子供が親を殺すなどというような事件は、皆無であった。
親の働く姿が子供たちに見えなくなってしまうサラリーマン世帯主体の世の中になったことが、このような悲劇的時代を生み出しているのではないかとすら思うのだ。
わたしたち世代の、親と一緒に働いていた子供たちは、否応なしに親の背中を見て育つ。
「こんな生活、ご免だ」と、思う子供もいたが、「親は、偉い」と、思う子供たちも多かったはずだ。働くといういことがどれほど大変で、でも、そうしなければお金が手に入らないのだということを知らず知らずのうちに学んでいた子供たちと、自分の知らないところで父親が儲けたお金をただ使うだけの子供たちの意識の差が、歴然と表れて来たのである。
親は、子供にもっと自分たちの働く姿を見せるべきである。他人に下げたくもない頭を下げ、上司におべっかを使いながら必死で給料をもらう姿を、子供に見せるべきではないのだろうか。
少なくとも、わたしたちは毎日そういう親たちの姿を目にしながら育ってきた。
今一番子供たちに必要なことは、学問やスポーツで優秀な成績を収めることよりも、まず、自分の親がどうやって自分を養ってくれているのかを学ぶことなのではないかと考える。