~ 炎 の 氷 壁 ~ ③
直後、パトロール本部に一本の無線連絡が飛び込んだ。既に早朝のゲレンデ巡回を行っている別の同僚パトロール員からの一報で、横手山スカイパーク第六リフト南側斜面付近を単独滑降していた男性スキーヤーが、誤って片方のスキー板を流してしまったため、紛失したスキー板の捜索を要請しているとのことであった。高木主任は、速やかに、可児パトロール員に対して、現場へ赴き紛失物の発見に努めるよう指示を与える。可児は、慣れた手際で素早く身支度を整えるなり、颯爽と部屋から走り出して行った。
窓外の吹雪は、徐々に衰えを見せ始め、鉛色の雪雲が重く垂れこめていた上空にも、やがて、ほのかな冬の陽光が戻りかけていた。
「この分だと、何とか午後は晴れそうね」
窓硝子にうっすらと染み着いた氷幕を右手の指で拭い取り、その硝子越しに空模様を眺めながら、神崎パトロール員が、低く呟いた。その瞬間、いきなり、ノックもせずに入口の扉を開け放し、その男は入って来た。
男は、スキーパトロール員用ユニフォームとなっているスキーウェアを着ている姿から、同本部所属のパトロール員であることは一目瞭然に知れたが、入室後すぐに雄介に向って少々胡散臭げな一瞥をくれたきり、頭髪や肩口についた融けかかった雪を無造作に払い落しながら、高木主任の面前へと歩み出た。
高木主任は、男の帰着を待ちかねていた様子で、身を乗り出しかげんに訊ねる。
「スノーボーダーの容態は、どうだったね?ひどく嘔吐していたが、やはり、頭か?」
「ええ、中野市内の総合病院の救急外来へ搬送したところ、頭部を連続して軽打したことによる頭蓋内損傷が濃いとの診断です。たぶん、蜘蛛膜下出血でしょうが、血管造影等の検査をして詳細な診察結果が出次第、こちらにも、病院側から連絡をくれるそうです」
男は、とりわけ興奮した素振りもなく、極めて事務的に報告を済ませる。話の内容から推して、おそらく、彼は、自らも救急車に同乗し、麓の総合病院への負傷者の移送に付き添ったのであろう。それを傍らで聞いていた神崎パトロール員は、詮方なしとばかりに大きな溜息をつき、
「初心者も同然の人間が、一端プロのスノーボーダー気取りで、ヘルメットも着けずにダウンヒルに挑戦しようなんて、土台考えが甘いんだよ。しかも、こんな視界もままならない吹雪の早朝から、たった一人で滑走するなんて、冬山を舐めているとしか言いようがない」
ばっさりと切り捨てた。
「判った。御苦労さん------」
高木主任は、男を手短に労った後で、思い出したように雄介の方へ目線を移した。
「本間君、紹介しよう。彼は、時任圭吾(ときとうけいご)パトロール員だ。きみのことは、しばらくの間、この時任君に就けようと思う。時任君は、ここ横手山スカイパークスキー場では、今シーズンで既にパトロール歴も三年目になる経験豊富な巡視員だから、遠慮せずに色々と教えてもらいたまえ」
途端、時任圭吾パトロール員の表情が、明らかに強張った。上背のある屈強そうな身体(からだ)を、やや斜に身構えると、一瞬、瞠目の眼光を雄介の顔面に放ったのち、再度高木主任の方へ向き直った。
「主任、お言葉を返すようで恐縮ですが、今の話は初耳です。おれには、パートナーなど必要ありません。第一、新米の教育係などという柄じゃない。誰か他の奴に頼んで下さい」
が、高木主任は、微苦笑を浮かべながら、
「そう我儘を言うなよ------」
と、言葉少なに諭しただけで、前言を譲ることなく、後は黙々と勤務状況の整理事務に没頭するべく、パソコンを打ち始めた。
「------残念だったわね」
事務机の角に腰を片掛けした格好の神崎が、時任を見てニンマリとほくそ笑んだ。時任の顔には、落胆と苦々しさが半々にあると、雄介の目には映った。雄介にしてみても、時任のこうした半ば嫌悪を含んだ反応は、あまり愉快なものではなかったが、新参者に対するある種のアレルギーはどこの職場にもあって当たり前のことだと、ここは潔く割り切るしかなかった。
時任が、その眉太鼻高な浅黒く引き締まった容貌を雄介のすぐ近くまで持って来るや、歯切れの良い口調で命令したのは、それから程なくのことであった。
「お前、本間雄介といったな。何をぼやっとしているんだ。さっさと制服に着替えて、ゲレンデへ出る準備をしろ。ぐずぐずするな!」
俄に、スキー場内のパトロール出動に、時任の助手として加わることになった雄介は、急かされるがままに更衣室へ行き、支給されたばかりの真新しいスキーウェアユニフォームに袖を通した。
<この小説はフィクションです。登場する人物名及び団体名は、すべて架空の物ですので、ご了承下さい>
~今日の雑感~
「炎 の 氷 壁」を、ここまでお読みになって、「まるで、デジャヴを見ているようだ」と、思われた方、あなたは前作をよく読んで下さった方ですね。ありがとうございます。実は、前作のベースになったのが、この小説なのです。ですから、そう思われて当然なのです。とはいえ、今後は、前作とは無論異なる展開となります(そうなるように努力します)ので、是非とも懲りずにお読み頂きたく、お願い申し上げます。(*^_^*)
ところで、最近よく作家の先生たちや、小説を趣味にされている方々の間で、リレー小説なるものが流行していると、聞きます。実は、わたしも、まだ小学生の頃、担任の先生の思い付きにより、クラス中を巻き込んだリレー小説を書いた経験があるのです。一人、四百字詰め原稿用紙を二枚から三枚の分量に書いた物語を、一定のストーリー基準をもとにして、学級全員が次々に書きつないで行くのですが、その物語の初回の出だしのみを先生が書き、そのシチュエーションは、貧しい屋台のラーメン屋の両親と、その両親を手伝いながらも懸命に生きる、まだ幼い息子の物語という、小学生には何とも難解なプロローグとなってしまったのです。
「屋台のラーメン屋さんて、どんなんだろう?」------見たことも、食べたこともないわたしたちは、想像の世界で書き続けて行きました。そんな皆の頭の中にあったイメージは、おしなべて、あの即席ラーメンのパッケージに描かれている、いわゆるチャルメラおじさんでした。そんな理由もあって、最初はすごく深刻で暗い雰囲気の物語が、話が進むにつれて、だんだん内容の主旨がずれて来てしまい、最後のクラスメートが書き終えた時は、何と、ものの見事にコメディーさながらの、とんでもなく明るい小説になってしまっていたのです。しかも、貧しいイメージなど何処かへ吹っ飛び、何のことはない、ごく普通のホームドラマに変わってさえいました。(~_~;)
要するに、リレー小説というのは、長々と伝えて行く伝言ゲームのようなもので、わたし自身にはあまりなじまないものなんだろうなと、いう先入観が、はるか以前に出来てしまっていたことを、思い出しました。でも、その出だしと結末とのギャップを面白がるという楽しみ方も、一方であるのかもしれませんが・・・・。そういえば、あのチャルメラおじさんのかつての膝の継ぎあては、今のパッケージでは消えているとか・・・・。これも、時代の流れなんでしょうね。
関連記事