最後の誕生日プレゼント・・・・・1063

ちよみ

2011年07月18日 21:34

~ 今 日 の 雑 感 ~



最後の誕生日プレゼント





    少し前の新聞を読んでいたら、ちょっとジンと来る記事があった。

    新聞記事を読んで感動するなどということは、あまりないのだけれど、これは理屈なく迫るものがあった。

    

    岩手県釜石市で洋菓子店を経営する亀山弘能(ひろのり)さん(58)が、今回の東日本大震災の翌日の3月12日に、一つだけ作ったバースデーケーキの話である。

    停電で冷蔵庫が使えなかったのだが、そのケーキはどうしても作らなければならないと思ったのだという。

    釜石市の高台にある洋菓子店「かめやま」の店内も、地震の影響で停電となり陳列ケースは倒れ、釜石港に近い支店は津波で壊滅的な状態だった。

    その高台の洋菓子店へ、12日、一人の男性が訪れ、「一日遅れだけれど、どうしても孫の誕生日を祝ってやりたい。注文しておいたケーキを何とか作って欲しい」と、頼んだのだという。

    その男性に対して亀山さんは、「停電で冷蔵庫も使えない。生クリームを作ることが出来ないので----」と、丁寧に断わり代金を返そうとしたのだそうだが、男性が諦めずに頭を下げるので、その理由を訊ねると、

    「ケーキは、この3月11日が誕生日の孫のために、少し前にこちらへ母親が注文しておいたもので、その母親は、この地震で夫と共に津波に飲まれた」

    とのことだった。

    亀山さんは、そういうことならば、ぜひとも誕生日ケーキを作ってやりたいと思い、生クリームの代わりに常温で扱うことが出来るバタークリームを使い、アンパンマンの顔をかたどったケーキを作った。

    「これは、店の商品なんかじゃない。お父さんとお母さんからの最後のバースデープレゼントなんだ」

    数時間後、4歳ぐらいの男の子が、祖父であるその男性に連れられて店へやって来た。

    店内で無邪気な笑顔を見せて、祖父と共にそのケーキを持って帰ったという。

    ケーキは、単なる嗜好品ではなく人の気持ちを元気にさせるものだ。

    亀山さん自身も若い頃食道がんを患って、自分の運命を呪ったこともあったが、今自分に出来ることは、心が温かになるようなケーキを作り続けることだと、電気が復旧した18日に店を再開した。

    お土産にもらった人が気を使わなくても済むようにと、大幅に値下げしたケーキを並べると、20個、30個と買って被災地の知人へ持って行くというお客さんたちが現われた。

    「津波でなくなった妻が、ここのケーキが好きだったから・・・」

    と、買い求める中年の男性もいた。

    自分に出来ることは、こうして故郷でケーキを作り続けること。一人一人が得意なことを懸命にやる。それが復興への近道だと思う。

    亀山さんは、そう信じて今日もケーキを作り続けているという。(記事内容要約)





<今日のおまけ>

    先日、民主党の馬淵さんに6人(1男5女)の子供さんがいるとテレビのワイドショーで話していて、「イメージと違う!」と、ビックリしたんだけれど、ある知り合い男性にも雰囲気からは想像できない4人の子供さんのいることが判り、家族で仰天した。

    少子化と言いながら、子だくさんの人は案外いるものなんだな。でも、そういう人って、ほとんどイメージじゃない----と、いう場合が多いのも面白い。人は見かけによらないってことなんだね。

    いわゆる幼なじみの近所の女性は、子供の頃体格も細くひ弱で、いつも木の陰で泣いているような女の子だった。

    それが大人になり結婚した途端に、子供を立て続けに三人も産んだ。

    「な~~んだ。本当は、そんなに健康で元気な子だったんだ。見た目が華奢なのでいつも気にかけていたけれど、必要なかったんだよね。騙された~~」

    子供の頃からの友人たちの本音である。 

       



    

    
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