狭い世界しか見えない人

ちよみ

2012年05月13日 15:57

狭い世界しか見えない人




    人は、自分が生まれ育った環境だけが現実であるかのような錯覚をしがちである。

    まったく異なる環境に生きて来た人の話を聞いても、架空の出来事を聞かされているようにしか受け取れないという者は多い。

    これが芸能人とか政治家のように、一般人とはかけ離れている世界の人間の話なら、「そういうこともあるだろう」と、いう開放的な視野を持つことも出来るのだが、こと相手が自分とさほど変わらない境遇にいると思い込んでいる人間だった場合は、その想像力がほとんど働かなくなってしまうことがあるのだ。

    たとえば、数十年前まで自分の家の近くに住んでいた人の情報が新聞に掲載され、それが何と大会社の新社長に就任したというような内容だったとする。

    こんな時、人はまず、「そんなバカなことがあるわけがない。あんな奴が大会社の社長になんかなれるものか」と、考える。

    自分の中にあるその人物に関する情報は、ごく普通のしがない学生だったに過ぎないからだ。

    そこで、「きっと同姓同名の似たような誰かに決まっている」と、思い込もうとさえするのである。

    この他にも、こんな例もある。

    普通に家業を継いで小さな商店の経営者に納まった男性には、絵画などの芸術は決して日常的に身近にあるものではなかった。そのため、彼には絵の価値というものがさっぱり判らない。

    ある日、そんな彼の店へ、道を訊ねるために偶然にも有名な日本画家が立ち寄った。

    画家はある画廊へ自分の描いた絵を持って行くところだったので、道を訊く間その絵をそばの壁に立てかけておいた。すると、その店の主人はそれを見て、「おじさん、そんなところへ絵ぼっこ立てかけないでくれないか。邪魔でしょうがない」と、言ったのである。

    つまり、自分が生きて来た狭い世界しか知らない商店主にしてみれば、絵画などというものはどんな有名な画家が描いた作品でも、単なる「絵ぼっこ」にしか見えなかったのである。

    人は、とかく物事を自分だけの目線や尺度で考えたがるものだが、それがとんでもなく失礼なことであるという場合も多いのだ。

    ほとんど本を読まない人にとっては、作家などという仕事は子供のお話作り遊び程度にしか思えないだろうし、クラシック音楽など聴いたこともないという人にとっては、日本を代表するような名作曲家だってただの暇人としか認識し得ないのかもしれない。

    そういえばかつて、こんなエピソードを聞いたことがある。

    ある有名な時代劇の大スターが夜中に酔っぱらって自宅マンションの近くで大声をあげた。

    すると、突如、近くの安アパートの窓が開いたかと思うと、男性が一人顔を出して叫んだのだそうだ。

    「バカ野郎!いったい今何時だと思っているんだ?こっちは、お前みたいに毎日遊び呆けているわけじゃないんだ。睡眠妨害するんじゃねェ」

    その大スターはこれを聞いて思ったそうである。

    「おれの仕事など、テレビドラマや映画に興味のない人にしてみれば、単なる遊びに見えるんだろうな・・・」
        
<今日のおまけ>

    今日は、ようやく天気も回復して暖かくなってよかったです。

    それにしても、「たかじんのそこまで言って委員会」で取り上げていた宮内庁と皇室の関係の話は、知らないことばかりで勉強になりました。

    女性宮家の問題の裏側には、やはり様々な既得権益がらみの思惑が見え隠れしているんですね。

    旧皇族の方たちが、ことの良し悪しは別にしても、皇室を取り巻く現状を憂えている背景も何となく判りました。

    宮内庁は内閣の一部でありながら、宮内庁長官人事には総理でさえ関われないという矛盾もあるそうで、確かに不思議な組織ですよね。
    
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