芸能人に「さん」付けは如何なものか?
芸能人に「さん」付けは如何なものか?
ある放送関係者のコラムに、芸能人への「さん」付けは、違和感があるとの意見が書かれていた。
わたしも、ブログに芸能人の名前を書く時、「さん」を付けるべきか、否かを悩むことがよくある。
芸能人は、もともと一般人とは違って、芸事(芝居や歌)を生業にする卑しい職業の者たちというのが、日本古来の考え方であった。
たとえば、女優の久我美子が、公家の出身ながら、戦後の華族制度廃止にともなう名家・久我家の経営状態の悪化を打開するため、芸能界へ入る一大決心をした時などは、世間は驚天動地したものである。
つまり、芸能界へ身を投ずるということは、確かに憧れの対象にはなれるものの、同時に人であることを捨てるというような意味であり、言葉は悪いが人形や玩具の部類と同等に位置づけられるというのが通常の考え方であった。
それは、金銭をもらいながらスポーツをするプロスポーツ選手にも言えることで、未だにアマチュア選手との間の壁が高いのも、同じ理屈なのである。
そのため、少し前までは、芸能人がニュースやワイドショーに取り上げられる時は、常に名前は呼び捨てであった。
だが、今はその原則が少しずつ崩れて来て、芸能人にもアナウンサーが平気で「さん」を付けて呼ぶようになったのであるが、コラムの筆者は、この現象は間違っていると正すのである。
芸能人には、普通プライベートはないはずで、一般人と同等扱いはおかしいというのである。
もっと言えば、芸能人のくせに一般人のように「さん」を付けて呼ばれるなど、おこがましいと言いたいのであろう。
芸能人ならば、もっとプロ意識に徹し、見せ物であることに誇りを持てとも言いたいのかもしれない。
つまり、「さん」を付けるアナウンサーもおかしいが、敬称を付けられることに何の疑問も持たないタレントは、結局は本当のプロではないということなのだろうな。
<今日のおまけ>
ブログを書いていると、つい陥りやすいのが、アクセス数の増減に極度にこだわり、一喜一憂するいわゆる「ブログ病」である。
昔、あるブロガーさんが書いていたのだが、
「ブログのアクセス数が気になり始めた途端、何処へ行っても、『これはネタになるだろうか?』ということばかりが頭をよぎり、生活全般がブログを書くことに縛られるようになってしまった」
とのことであった。
このブロガーさんが、そんな苦しいブログ病から脱出できたのは、ある時よんどころない事情からブログをどうしても休止せざるを得なくなり、その期間を境にブログのアクセス数が急降下。
「もう、ブログなんてどうでもいいや」と思うようになってから、毎日のアクセス順位を気にしなくても良くなったのだという。
それからは、書いたり書かなかったりと、マイペースで続けられるようになり、あの更新呪縛から解き放たれて、今はホッとしているそうだ。
あなたは、アクセス数や訪問者数が少しでも減ると、とりあえず注目を引きそうな話題を安易に書き込み、必死で巻き返しを図ろうとしてはいないだろうか?
携帯を手放せず、パソコンの前から動けない。
それって、もしかしたら、既に「ブログ病」の初期症状なのかもしれないぞ。
ご注意あれ!(ー_ー)!!
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