ある女性の願望
ある女性の願望
「パソコンをインターネットにつないであるんだけれど、まったく使っていないのでもったいないような気がして・・・。子供がフェイスブックをやっているので、あたしもブログとか始めようかと思っているんだよね。
でも、やり方判らないし、子供に訊くのも、何か気兼ねだし・・・。ブログとか出来れば、誰かとコミュニケーションとれるっていうから、頑張ってみようかとも思うんだけれど・・・」
知り合いの女性が、こんな風に話してくれた。
確かに、ブログとかフェイスブックが出来れば、他人とのつながりも出来て、気分転換にはなるだろう。
「とにかく、話し相手が欲しいんだよね」
と、女性は言う。
でも、わたしは答えた。
「ブログにしても、フェイスブックにしても、良いところがあれば悪いところもあるから、安易に見知らぬ他人とコメントのやり取りはしない方が無難だと思いますよ」
連日の報道のように、広島では、ラインというコミュニケーションツールが元で、凄惨な殺人事件まで起きているし、アメリカではフェイスブックに掲載されている個人のプライバシー・データを中央情報局が四六時中監視下に置いているという。
日本のデータも例外ではないだろうとのことである。
オバマ大統領は、「国家の安全と、100パーセントのプライバシー保護は両立しない」とまで言っていた。
まあ、そこまで大ごとに考えなくとも、ネットを介してのコミュニケーションは、ほんのささいな諍いからも大問題に発展しかねないという危うさを常に孕んでいることは間違いがない。
「コメントなどで相手がどんなに親しく語りかけても、決して一線からは踏み込ませない----それが大事なのかもね」
彼女は、そう言うが、それもまた難しい。
「あまりに素っ気ない返事をしていると、『なに、あの人、お高くとまって!』というような陰口の対象にもなるから、これもまた面倒くさいんですよ」
現実社会の人間関係に疲れて、ネットのコミュニケーションに救いを求めた人が、ネット内でもバッシングに遭い孤立して、ますます精神的に病んでしまったという例も聞いたことがある。
「ネットを使うのなら自分の意見だけを言い放って、気に入らない意見はすべて無視。それでいいんじゃないですか」
そうアドバイスすると、彼女は、
「でも、その前にキーボードの叩き方を覚えなくちゃ」
と、溜息をついた。
<今日のおまけ>
選挙戦が始まると、旅行者が減る----というのには理由があるらしい。
ツアーを組んで大人数で行動すると、選挙運動の一環だと勘違いされ兼ねないからなのだそうだ。
どうりで、ここのところ街中に観光客らしき人たちの姿は、ほとんど見えない。
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