ブログは、年配者のツール?・・・・・379

ちよみ

2010年02月08日 21:17

~ 今 日 の 雑 感 ~


ブログは、年配者のツール?


    
    今日は、実に、想像通りの反応が返って来て、思わず笑ってしまいました。(爆)

    やはり、人間、まっとうな生き方をしていないと、常に足元を気にしなければならないものなのですね。

    どれほど、明るくふるまってみても、本心は隠せないものです。




    先日、インターネットのニュースを見ていたら、「ブログは、もはや、時代遅れ」というような記事が目にとまった。

    時代遅れなどといわれても、わたしなどは、ようやくパソコンという便利なものの存在に気付いたばかりだというのに、いったいどういうことなのだろうかと、記事を読み進めると、どうやら、十代、二十代の若者世代は、ブログのように長々と文章を書くことに、既に飽き始めているというのである。

    それよりも、ツイッターのように、短い文章で端的に意思を表し、簡単に文字会話が楽しめるようなシステムの方が、コミュニケーション・ツールとしては使い勝手がいいというのである。

    そもそも、若者世代は、携帯電話での会話などでも判るように、短文に絵文字などを入れての感覚会話が主流である。

    そういうところでは、最も大切な要素は、反応であって、思考ではないのだ。

    彼らの会話には、主義主張はむしろ邪魔なのである。そこに存在する物は、すべてにおいて同調以外の何物でもない。同調出来ない者は、会話に加わる資格がないといってもいいくらいである。

    しかも、その同調も、即座に反応しなければならない。投げかけた言葉に、24時間も間を開かせて答えたのでは、そんなものは答えとして認められないのである。

    つまり、そういう意味からしても、ブログのように長々と自身の主張を展開し、そこへコメントとして書き込まれる反応を辛抱強く待ち続けるような悠長なことを、若者たちとしては、とても我慢がならないのであろう。彼らには、一分一秒も惜しいのである。

    その反対に、30代以上の世代は、もちろん、短文会話も魅力的ではあるが、やはり、これまで自身が培ってきた経験や知識を、第三者にも聞いてもらいたいという気持ちが強い。

    そのため、とても、短文では伝えきれない話も出てくる訳で、そういう彼らにとってみれば、ブログは、これからもなくてはならない意見発表ツールであるといえるのだ。

    もちろん、そういうブログを書いている人たちの中で、ツイッターなどを併用している人は多いという。やはり、彼ら年配者も、ブログ上での主張は続けたいが、即座に返って来る会話も楽しみたいというのが本音なのであろう。

    こうなって来ると、これからの日本の中には、三つの世代が混在化するような気がする。

    パソコンや携帯電話などとは一切かかわりを持たない実社会のみが現実の世代。パソコンや携帯電話も使うが、実際の社会とはあくまでつながり続け、ブログなどの長文でコミュニケーションを図る世代。そして、バーチャル世界だけでも生きていけるツイッター世代。

    各世代間の壁は、今後、ますます高く、厚くなって行くのだとしたら、それは、実に寒々しく恐ろしい時代だといえるのかもしれない。

    
<今日のおまけ>

    警察庁は、2月4日、75歳以上のドライバーの運転免許更新要件を厳しくした昨年6月施行の改正道交法に基づき、昨年末までに認知症と診断された2人の免許取り消しが決まったと、発表したそうである。

    2人は、認知機能検査で、記憶力、判断力が低くなっていると診断され、次の臨時適性検査で認知症と判ったという。

    長野県内では、昨年、1万639人が認知機能検査を受け、265人が記憶力、判断力が低くなっていると診断されたが、免許を取り消された人はいなかったそうである。

    しかし、突然、「あなた、認知症ですから免許の交付は出来ません」と、言われたドライバーは、かなりショックだろうと思う。出来れば、そう言われる前に、自分でそれに気付き、自ら返上したいものである。(でも、それが、難しいのだけれど・・・)
    
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