義理の話・・・・・543
~ 今 日 の 雑 感 ~
義 理 の 話
通常の社会生活を営む上で、義理は大事な要素の一つだと思います。特に、日本人は、この義理を基軸に生活を循環させているということもあり、正月の年始回り、年賀状、暑中見舞い、旅行のお土産、お歳暮、誕生祝い、お盆の里帰りなどなど、一年の区切り区切りは、皆、義理で成り立っていると言っても過言ではありません。
これを怠ると、「常識知らずだ」「変わり者だ」と、蔑まれる訳で、こういういわゆる一般人の仕来たりのようなものの重要性を外国人は理解できず、日本の生活に疲れてしまうということも多いそうです。
そんな中でも特に、信州人は、この義理を重んずる県民性を有していると思うのです。
そんな義理に忠実な性格が、ブログ上にも時々垣間見られます。
ブログとは、自分の意見を好きなように表現できる場所だと、わたしなどは考えるのですが、どうも信州人ブロガーの考え方はそうではないような場合が往々にしてあるのです。
ブログを書いている人たちの平均年齢が、他県のブロガーたちよりも高いこともその理由になっているのかもしれません。
要するに、ブログの世界に通常の生活感が、より色濃く反映しているのです。
まず、そのブログの書き方で気になることは、他人のブログを攻撃するような書き方を極力避けねばならないことです。ブログを読んでいると、「それは違うだろう」と、思うことは多々ありますが、それについての反対意見を書き込むことは、正に義理を欠いたことになるようです。
また、ブログのコメントを頂いた場合も、たとえレスを返したとしても、頂きっぱなしでは、「失礼な人ね」と、いうことになるのです。開けてしまったブログにコメントを残さなければ、「読み逃げ」と、思われるようですし(わたしは、「読み逃げ」など、しようがされようがまったく気にしません)、殊に難しいのは、「お気に入り欄」の扱い方です。
ひとたび「お気に入り」へ入れたブログに対しては、必ず一日に一度は開けなくては相手に失礼だとか、ましてや「お気に入り」を勝手に削除するのは論外だというような意見を持っているブロガーもいるほどですから、ここへの登録は、より慎重にする必要があるようです。
でも、わたしは、そういうことにはほとんど頓着しない性格ですから、そんな馬鹿げたことで義理を果たそうなどとは考えたこともありませんでしたし、これからもそんな風に相手に合わせることは、たぶんしないと思います。
「お気に入り」へ入れたければ入れますし、必要なくなれば消します。
コメントも書きたければ書き込みますが、何が何でも相手から自分のブログに書き込んで欲しいなどとは望みません。(ただ、書き込んだコメントに対してレスがない場合は、かなりブチ切れますが)
ブログは、決して、ご近所づきあいではありません。
コメントにしても単なる褒め合いやご機嫌伺いなどではない、もっと有意義な意見交換をしようではありませんか。
<今日のおまけ>
大関・把瑠都 凱斗は、スウェーデン系のエストニア人ですが、去年の二月にロシア人女性(エレナ夫人)と結婚していたんですね~。
知りませんでした。でも、あのやんちゃ坊主的な風貌に似合わず、意外に苦労人。
習慣も判らない異国の地で、本当によく頑張っていますよね。それでも、寂しい時にロシア料理が恋しくなり、通ったロシア料理店で経営者の娘さん(たぶん)である奥さまと出会ったとか---。
ここでも、男性を落とす第一の法則、「胃袋をつかめ」が、利いていたようですね。
時に、最近、本当に視力が悪くなったと実感します。
眼鏡を取りに行くのが面倒な時は、ブログも、勘で書いている時さえあるほどです。(因みに近視用です)
それ故、誤字脱字、さらに奇妙な言い回しなどありましても、ご容赦ください。
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