人を好きになる法則・・・・・545

ちよみ

2010年05月15日 19:58

~ 今 日 の 雑 感 ~


人を好きになる法則



    今日のグランセローズは、群馬ダイヤモンドペガサスに3対6で負けた。

    オリスタでのホームゲームだったのだから、もう少し気を入れて欲しかったが、疲れが出始めているのかな?

    特に、給前投手・・・・。きみは・・・・無の境地になれ!!

    まあ、それはそれとして、この間のブログで『希少価値』の話をしたが、好きな男性に対して『希少価値の女』になることが、男性の気持ちを摑む上で、重要な要素であるということだった。

    しかし、これはあくまで女性が男性を恋愛の対象として見ている場合の話である。

    では、ごく一般的に相手からの好感を得る場合には、いったいどういうことをすればいいのだろうか?

    これは、上記の『希少価値』とはまったく正反対のことをすればいいのである。

    つまり、人の気持ちというものは、いつも顔を合わせている人間に親近感を持つという特性を有しているからなのである。

    あまり馴染みのない土地へ行った時、偶然いつも顔を合わせている近所の人を見かけたりした場合、思わず声をかけたくなるというのも、そんな心理のなせる技なのである。

    いつも頻繁に会うことの出来る相手に対して、人はまず安心感を持つ。そして、その会う回数が多ければ多いほど、身内意識が強くなるのである。

    自分の名前について考えて欲しい。いつも身近にある自分の名前に使われている文字を見た時、まったく関係ない名前を見た時とは明らかに異なり、親近感や時には懐かしささえもがわくはずである。

    人の顔もこれと同じで、どれほど仲が良くても疎遠な人物のことよりも、身近な人物の方により好意を感じるものなのである。「遠くの親戚よりも近くの他人」----正に、こういうことなのである。

    そして、「好き」という感情に関しても、最初から好意を抱くよりも、話をしているうちにジワジワと相手を好きになって行く方が、その関係はより長続きするというものなのだ。

    ある時、その人物を「ちょっと、いいところあるじゃない」と、評価すると、次に会った時は、前以上にその評価を高めるような心理状態が出来上がるのだそうである。

    それこそが、俗に「気心が知れる」ということであり、お互いの間の仲間意識が次第に強くなっても行くのだ。

    それならば、メールや電話でも同じことが言えるのではないか?-----と、思いがちだが、これがあに図らんや、その効果は、やはり実際に顔を合わせることには、遠く及ばないのだそうである。

    以前、わたしとブログのコメントをやり取りしていた別サイトのブロガーさんが面白いことを書いていた。

    「どれほど、ブロガー同士お互いの間に信頼関係があっても、メールやコメントのやり取りだけでは、相手の本音が見えない気がして焦りや不安が募り、そのプレッシャーに耐えられず、結局それらのやり取りをやめてしまった」と-----。

    人間は誰しも疑心暗鬼を懐いて生きている訳で、好意を持続させるためには、お互いの顔が常に見える状態でいなければ難しいということなのかもしれない。


    もちろん、例外はあるだろうが・・・・。
<今日のおまけ>
   
    他の方たちのFC2小説を色々読ませてもらって気付いたことなのだが、今の小説の傾向は、どうやら少人数の登場人物が極めてせまい空間で物語を構築して行くという書き方が主流のように思える。

    わたしの書くものは、ほとんどがストーリー性を持った物なので、登場人物たちの性格や彼らがいる環境状況などの説明も入るため、それらの作品とは明らかに手法が異なっているように思われる。

    何が違うのだろうかと考えていたが、ようやく、そのことが見えた。    
関連記事