女与力・永倉勇気 捕物控 ②

ちよみ

2009年03月31日 11:22

 驚いた皆の目が、いっせいにその声の主の方へと吸い寄せられると、そこには、頭髪(かみ)を総髪に結い束ね、元結は緋色、紫地の長着に仙台平の襠高袴(まちたかばかま)を役者顔負けの伊達姿に着こなした、二本差しの若侍が一人、離れ座敷の上り口付近にある柱に、背中を凭れかけさせる格好で、こちらを眺めて佇んでいる。
 白皙(はくせき)、眉目秀麗なその若侍の口許には、しかしながら、確実に高島たちを侮蔑する笑みが刻まれていた。忽然として現れた侍に、多分の胡散臭さを覚えた高島は、
 「あんた、いったい何者だ?ここは、関わりのねェ者の立ち入りを差し止めている。出て行ってもらおうか」
 と、促した。だが、若侍は、そんな言葉には動ずる気配もなく、それどころか大股歩きにずんずん奥まで入って来ると、清太郎のすぐ脇を横切って、遠慮会釈もなしに、久造殺害の現場となった八畳間へと踏み込んで来た。
 そして、既に薦(こも)が被せられている久造の死体の方へは一瞥もくれずに、まっすぐ、明かり障子の窓のそばまで近寄るや、その閉められた障子窓の外側一枚には、まったく血痕が見られないことを確認すると、同時に、誰がこの障子窓を閉めたのかと、訊ねた。
 すると、久造の女房の杉が、それに答えて、
 「八丁堀のお役人方がみえる前に、わたしが閉めました離れ座敷はご覧の通りの平屋ですので、戸外の人目もございますから------」
 と、言う。が、その言葉が終らぬうちに、その若侍は、血痕の付いている内側の障子窓を音高く開け放った。
 窓の外には、狭い通路を隔てて真竹(まだけ)の林がある。これを見た侍は、ふっとほくそ笑み、やはりなと、独りごちたのち、おもむろに高島たちの方へと向き直ると、
 「こいつァ、自害だよ」
 短く言い切った。高島は、顔面を紅潮させ、
 「何を、戯(たわ)けたことを!素人如きの出しゃばる筋じゃない。だいいち、これが自害ならば、刃物はいったい何処にあるというのかね?」
 そう鋭く問いただす。と、若侍は、何とも余裕の面持ちで、
 「あそこの竹林を調べてみな。たぶん竹の枝先あたりに、紐か何かで結わえ付けられて、ぶら下がっているさ」
 平然たる口調のままに、窓外を指さした。
 「何を、馬鹿な事を------」
 どうせ素人の当て推量に決まっていると、端から無視を貫こうとする高島の頑固さに、ほとほと閉口した清太郎は、それなら自分が-----と、小者を一人伴って竹林まで行き、頭上に群れる真竹の青い葉先を丹念に調べる。
 すると、その中の一本の竹の枝先から、一尺(約三〇センチメートル)ほどの長さの細縄が垂れ、そこの先端に固く括り付けられている出刃包丁を発見した。その包丁に、血糊がべっとりと固着していることを確かめた清太郎は、その出刃包丁を竹の枝から外すと、懐中から取り出した手拭に細縄ごとそれを包み、興奮を隠せぬままに、離れ座敷で待つ高島たちの元へ駆け戻る。
 「ありましたよ!これがおそらく凶器です」
 差し出された出刃包丁には、流石にこれまでいくつもの難事件の捜査にかかわってきた経歴を持つ高島も、正直、瞠目(どうもく)せざるを得なかった。
 次の刹那、高島は、思わず若侍に詰め寄っていた。
 「あんた、どうして、これが自害だと判ったんだ?」
 若侍の回答は、ごく簡単なものであった。
 「人を危(あや)めるのに、とっさの場合でもねェかぎり、障子を開けっ放しにしとく奴は、ざらにはいねェよ。それに、この血飛沫(ちしぶき)の飛び方だ。殊に、天井だが、箒で何かを掃き出したかのような塩梅で、戸外へ向かって血痕が延びている。仏さんは、竹の強靭なしなり具合を利用して、自殺を他殺に見せかけるという、一世一代の芝居を打ったのさ。こういう人目を欺く手口は、自殺をする者に時々あり得るやり方だからな。だから------」
 当然その男は潔白(しろ)だよと、若侍は、無表情のまま新吉の方へ顎をしゃくった。



    ~今日の雑感~

    あるブロガーさんの記事で、県内の某有名新聞について、紙面に掲載されている記者が書いた記事と、読者投稿の記事は、ある意味連携しているということを知りました。それも、偶然の連携ではなく、その投稿記事は、新聞社サイドから、「こういう内容を書いた投稿をして欲しい」との依頼を受けて書かれているものらしいのです。
    どうりで、以前も当ブログに書かせて頂きましたが、知り合いが、何度投稿欄に投稿しても、掲載されたためしがないと、話していた理由の一つがここにもあったのかと、驚いた次第です。
    記者が書いた記事に賛成するような内容の投稿が、あまりにタイミングよく掲載されているのを読み、不思議には思っていましたが、偶然にしては出来過ぎだなァと感じたことも、幾度かありましたので、そのからくりが判って、正直呆れています。
    確かに、紙面には、一方の意見ばかりが載り、それに反対する意見は、ほとんど載りません。一般投稿募集欄というのですから、普通は、Aの意見が載ったら、反対意見であるBの見解を投稿する人もいるはずなのです。それが、例外なくAの意見のみというのは、如何にも不自然ですよね。
    つまり、そういう反対意見は、編集局が故意にはじき出しているとしか考えられませんし、逆に同意意見の方は、常連投稿者たちの会に所属している投稿メンバーたちが、持ち回りのように書いていると、考えられるらしいのです。そのため、いつも、同じ名前の投稿記事が掲載されるという、摩訶不思議な現象が出来上がっている訳なのでしょうね。
    危うく、こちらも騙されるところでした。新聞は、決して間違ったことは書かないという、読者の思い込みを巧みに利用したやり方に、空恐ろしささえ感じます。マスコミは、こうやって、さりげなく世論を扇動し、いつしか歪んだ方向へと誘導して行くのだということを、初めて理解した次第です。

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