~ 今 日 の 雑 感 ~
「代理母は実母」の不可解
長野県下諏訪町の諏訪マタニティークリニックで5月、代理出産によって男児を得た27歳の女性と、その代理母となった53歳の実母が、11月25日、東京都内で記者会見をし、子供をもうけた喜びなどを語ったという、ニュースがありました。
27歳の女性は、赤ん坊の時病気で子宮を全摘したことで、子供をもうけることが出来なかったため、この女性と夫である男性の受精卵を実母に移植し、子供が産まれたのだといいます。
実母は、帝王切開で赤ん坊を出産。赤ん坊は、法律上は実母の子供になるため、現在、女性と赤ん坊が戸籍上の親子になるように特別養子縁組の手続きを進めている最中だそうです。
このニュースをテレビで観たわたしの母親の反応は、ただ一言。
「気色が悪い!チャンネル変えて!」
でした。わたしも、まったく同意見でした。
わたしは、以前もこのブログに書いたのですが、何故、人は、そこまでして自分の子供を欲しいと思うのでしょうか?一歳の娘に、子宮摘出という人生を左右するような手術を受けさせねばならなかった実母の苦悩や自責の念も判らなくはありません。
しかし、それが、どうして自分のお腹を貸してまで、娘の子供を妊娠してやらねばならないという結論へ結び付くのか、わたしには、まったく理解できないのです。世の中には、さまざまな理由で自分の実の子供を持てない夫婦や女性はごまんといます。そして、そういう人たちは、皆、そのことを運命と諦め、割り切って、それでも世の中を懸命に生きているのです。
この女性は、たまたま、実母がお腹を貸してくれたので、幸いにも男児を授かることが出来ましたが、世の中、そんなラッキーな人間ばかりではありません。女性は、
「同じような状況に悩む人たちが少しでも勇気づけられたり、悩みが軽くなれば幸せ」
などと、話していたそうですが、これも実に勝手な意見です。つまり彼女は、暗に、「わたしのような境遇の人間がいたら、実の母親は子宮を提供しなさい」と、プレッシャーをかけているのです。そういうことが出来ない親は、冷酷な親だと、言いたいのです。
もしも、子供が欲しくても、代理母が見つからない夫婦は、ではどうすればいいのでしょうか?他人に頼むのでしょうか?そんなことになれば、問題は、ますます厄介になります。子供を実際に産んだ赤の他人の代理母が、親権を要求したらどうするのでしょうか?書類上や法律上だけでは片づけられない問題も、必ず発生するのです。
つまり、27歳の女性も実母も、「自分たちのケースは、まったく例外中の例外で、他の人には決して真似をして欲しくない」と、発言するのが本来の姿勢だと思うのです。
わたしは、こういういわゆる身勝手な人間の言い分を聞くと、本当に腹が立つのですが、何故、女性たちは、実の子供でなくてはならなかったのでしょうか?世界中には、戦争や病気、事故などで両親を失い、孤児になっている子供たちが山ほどいるではありませんか。どうして、そういう子供を養子にするのではいけないのでしょう。
子供が欲しいと、心底純粋に思っているのならば、たとえ赤の他人の子供でも、自分の子供として育てる道はいくらもあるはずではありませんか。何が何でも、血を分けた自分の子供でなくてはならない。そのためになら、実の母親を犠牲にし、テレビの記者会見にまで引きずり出して、世間に、「気色がわるい!」などと罵倒させるような、酷な仕打ちをしても構わないのでしょうか?あきれ返るばかりです。
あの記者会見の最中の、堂々とした娘の態度に比べて、終始うつむき加減の母親を見れば、この母親が、内心、「自分はなんという恥さらしな場に出てきてしまったのだろうか」という、思いに苛まれているであろうことは、一目瞭然です。
よく、こういうニュースを観ると、人は、「生まれた子供が可哀そうだ」「どちらが親か判らない」「きっと学校で噂され、苛められるだろう」などと、考えるものですが、わたしは、子供がどんな境遇になろうと、そんなことはどうでもいいと思っているのです。
こういう変わり者の親の子供として生まれてきてしまったのですから、子供は、それを甘んじて受けるべきだし、それもまた「因果応報」-----恨むなら親を恨めばいいだけのことです。
そして、運命を背負って諦めて生きればいいのです。親が諦めきれなかった報いを、子供が受けるのは仕方がないことではないですか。
世の中とは、必ず何処かで帳尻を合わせるように出来ているのですから。
わたしの親戚にも、子供を授かれずにいる夫婦がいますが、
「そういう夫婦には、子供のいる夫婦に出来ないことをせよという命題が天より与えられているのだ」と、彼らは話します。そういう前向きな考え方で、生きている夫婦も大勢いるのです。
ですから、やはりわたしには、この27歳女性の選択には、どうしても賛成できないのです。
<今日のおまけ>
須坂市動物園の名物アカカンガルーの「ハッチ」が、老衰のため死にました。
カンガルーの寿命は、平均で10年程度だといいますから、ハッチは、まだ少し若かったようですが、それでも人間でいうところの70歳は超えていたそうです。
須坂市動物園は、このハッチ効果で、年間二十万人の集客増であったそうで、ハッチがいなくなった穴は、とても小さくはないでしょう。彼の息子たちが、この後父親の人気を引き継ぐことが出来るのかが、当面の課題だと思います。
(それにしても、一度も「生ハッチ」見なかった)