色々おしゃべり 69
色々おしゃべり 69
乙武洋匡さんの「イタリアン入店拒否について」のブログ記事を読ませてもらった。
乙武さんの文章は、極めて冷静でその時の状況を克明に記していたが、彼がどんな形で怒りのコメントを掲載しようと、彼には今回特段の落ち度はないように思った。
店名を挙げてまで反論する必要はないとの意見が多数寄せられたそうだが、「食べログ」などでは、平気で皆うまいのまずいの書いているではないか。それは、店を評価しおとしめることにはならないのか?
乙武さんは、店主の心中まで忖度して、自らの感情的軽率さを恥じてもいたが、そもそも予約客である彼がそこまで気遣う必要はない。
車椅子か否かの申告は客から行なうものではなく、電話での予約が入った際には、店舗側が気を利かせて訊ねる事柄である。
「当店は、道路から三段ほど階段をのぼる建物内の、さらにエレベーターの止まらない階にごさいます。車椅子やお体のご不自由なお客さまには、可能な限りスタッフが介助させて頂いておりますが、都合上ご負担をおかけすることも考えられますので、何卒ご理解下さい」
この一言を伝えるのに、いったい何秒かかるというのだろうか?
また、インターネット予約などの場合も、店のホームページにこうした一言は書き添えておくのが普通だろう。
乙武さんの記事内容が事実ならば、
「当店がエレベーターの止まらない階にあるということは、ネットで調べれば判ることです」
との店主の言い分は、客側に想像する義務があるといっていると同じで、余りに思いやりに欠ける言葉である。
最近の人たちは、自分のための主張ばかりはするが、相手への情報発信能力に劣っており、おしゃべりなくせに必要な言葉足らずだといわれている。
要するに、店側の接遇が未熟だったということに尽きるだけの話である。
ただ、一緒に行った友人女性が店主の思慮に欠いた言葉(と、直に聞いていない乙武さんは推察しているが)を受け、ショックでパニック状態になったことが、乙武さんの感情に強烈なインパクトを与えてしまったことは事実のようである。
もしも、彼女がもう少し冷静で、「こんな店、やめよう。違うレストランへ行きましょうよ」とでもなれば、また事態の推移は変わったのかもしれないが、心底腹が立った時は、そんな成人君主のような割り切り方は出来ないのが、普通の人間だということは認めざるを得ないところでもあるのだ。
<今日のおまけ>
このところ、やたらに民間資格を振りかざす人たちが多くなったような気がする。
と、いうか、自分が持っている資格が民間のものだということさえも気付いていない人が多い。
民間資格をいくら取得しても、あくまでも趣味の延長でしかないわけで、教員免許取得者のように、自分には人に物を教える資格があると思い込むのは早計だ。
中には、そんな資格を持っていれば、正に水戸黄門の印籠の如く何処にでも入り込むことが出来るはず----と、大いなる勘違いをしている者も少なくない。
民間資格とは、その業界だけで通用する、言わば会社の役職のようなもので、一歩社外へ出れば、そんな肩書は何の意味も持たない。
社長だろうと、部長だろうと、外部の一般人にしてみれば、皆、ただのおじさん、おばさんである。
裏を返せば、誰でも資格取得者になれるわけで、別に試験を通る必要もない。
「わたしは、〇〇アナリストだ」とでも、自由にでっちあげればいいのである。
それほど資格にこだわるならば、ちゃんとした国家資格を取得するべきである。
それならば誰も文句は言わない。
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