似ている人を好きになる・・・・・627
~ 今 日 の 雑 感 ~
似ている人を好きになる
人は、自分に似ている人を好きになり易いという話があります。
これは、別に顔が似ているということや、性格が似ているということではありません。
つまり、価値観が似ているということなのです。
性格には様々なものがあります。攻撃的な人、温和な人、大人しい人、明るい人・・・・。
そういう多様な性格を持ちながらも、同じ目標や価値観を共有している人たちは、時間はかかるかもしれませんが気持ちを一つにして行動できるようになるのです。
わたしは、学生時代、寮生活をしていました。
始めのうちは、お隣の部屋に入った学生たちと顔見知りになり、何となく挨拶を交わすようになると、次第に打ち解け合い家族の話題なども会話にのぼるようになります。
ところが、そういう関係はそう長くは続きません。やがて、その親しく話をしていた隣部屋の学生には、別の友人がいて、その友人と頻繁に外出したり共通の趣味の話などを聞かされるようになると、こちらは、まったくそうした趣味はないので、やがていつしかあまり会話をしなくなってしまうのです。
ところが、ひょんなことから、家から通学して来ていた学生の中に、わたしと趣味が同じ者がいることを知りました。
そうなると、今度はその学生と話をしている方が楽しいので、お互い急速に親しくなります。次第に、隣部屋の学生のことは別の世界の住人のようにすら感じて来てしまい、まったく疎遠になってしまうのです。
気が付くと、その隣部屋の学生はいつの間にか大学自体をやめてしまい、何処へ行ったのかも判らずじまいでした。
しかし、住んでいる所はまったく異なり、生活環境や専攻さえも違うというのに、その趣味が同じ学生とは未だに連絡を取り合っているのです。
部屋や距離の近さよりも、態度や趣味趣向が似通っている人同士の方が、より親しくなりやすいということがこういうことでも判るのです。
そして、親しくなれる大切な要素には、お互いのことを想像しやすい生活をしているというものが不可欠だと思うのです。
そうでなければ、相手のことを何処まで信用していいものかが判りません。
あ~でもない、こ~でもないと、常に相手の様子に気を使いながら話をするのでは疲れるばかりですし、正直何処まで信用していいのかも疑問です。
とにかく、お互いに安心できる関係-----それが、態度や価値観の共有なのです。
とかく女性は、ミステリアスな人に惹かれるとも言いますが、それは、おそらくある一定の価値観が同じうえでのミステリアスな部分なのだと思うのです。
よほどの物好きでもない限り、終始何を考えているのか、何処に住んでいるのか、どんな生活をしているのかさえ判らない人を、好きになったりはしないものです。
どんなに親しく言葉を交わしても気持ちを許すことが出来ないという場合は、おそらく、その相手とあなたの関心事や趣味などの価値観が根本的に違うということの証拠でもあるのです。
<今日のおまけ>
人は自分が知っていることは他人も知っているはずだという前提で話を進めることがあるが、特に政治家はそういうことをしてもらっては困る。
国民のほとんどは、あなたが何を考えているかなど判りはしないのだ。
あんなにテレビやマスコミを使って言い続けて来たのだから、判っているはずだなどという理屈は通らない。
自分のことだって真実が判らない世の中で、赤の他人の考えなど判るはずがないではないか。
わたしは、あなたではないのだから、判らなくて当然なのだ。
サッカーW杯日本代表、今度は、パラグアイ戦。
確か、松本市には、チラベルト杯というサッカーの試合があったんじゃなかったかな?
チラベルトって、かつてパラグアイ代表チームの主将兼ゴールキーパーだった選手だよね。
松本の人たちは、複雑な心境だろうね。
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