~ 今 日 の 雑 感 ~
矛盾だらけの報道番組
各テレビ局の早朝からのニュース報道番組は、日々元気と活気に満ちている。
若くはつらつとしたキャスターたちが、大きな声で「おはようございます!」と、第一声から、これでもかというほどの明るい笑顔満開で、視聴者にその日一日のビタミン剤オーラを届けるのである。
しかし、そんな彼らのさわやかいっぱいの姿を、視聴者全員が大歓迎で受け止めている訳ではない。
この間、近所の高齢女性がこのようなことを言っていた。
「どのテレビ局だか忘れちゃったけれど、朝っぱらから綺麗な服を着た若い女の人ばかりがゾロゾロと並んで、いっせいに『おはようございます!!』って挨拶をする番組があるんだよね。あれって、観ているとホントに腹が立つ。この不況で就職難の時代に、『わたしたちは、局に採用された勝ち組みよ。あなたたちは、仕事も見付からなくて可哀そうね』って言っている風にしか見えない。こっちが見下されているみたいで、すごく嫌な気分がするよね」
わたしは、それがどんな番組なのか知らないが、おそらく、ニュースキャスターやタレントなどの女性たちが必要以上の高揚感をもって、さも楽しげにニュースやファッションなど巷にあふれる諸々の話題を提供するような番組なのだろうと想像する。
ただ、そんな都会的でおしゃれな女性たちがテレビの画面を賑わせているのを、苦々しく思いながら眺めている人も世の中にはいるということを、テレビ局は知らない。
高齢女性は言う。
「うちの孫なんか、未だに職が決まらずにいつも泣いている。テレビ局のアナウンサーなんかにも憧れた時もあったようだけれど、顔やスタイルが悪いからそれだけで諦めたみたい。それに、ああいう職業って、ほとんどがコネでしょ。有名俳優の子供だなんて言えば、簡単に採用してもらえるんだから、世の中、間違っているよね」
それは、確かにそうだろうと思う。
特に、女性にとっては、いつの時代も氏素性、容姿、コネの三つは、就活の必須アイテムである。漢字など読めなくても、歴史に疎くても、そんなことはほぼ関係なく採用が決まるのが、テレビ業界というものらしい。
かつて、ある有名な女性アナウンサーは、詩人の中原中也について「なかはら なかやさんは、詩が上手なんですね」と、平然と言っていたし、また、ある女性アナウンサーは、「旧中山道」を、「いちにちじゅうやまみち」と読み、さらに濁音鼻濁音さえもできず、「三角大福(三木、田中、大平、福田)」を、「三角の大福餅なんて、変わっていますね」と、笑っていたそうである。
言い方は悪いが、その程度の女性たちが大手のテレビ局に採用され、意気揚々と内容など判らぬままにニュースを読み、「就職難が過去最悪となりました。就職氷河期と呼ばれた時代以上の低い内定率です」などというのを聞けば、
「あんたは、いいよね。そんないい職業につけているんだから。あんたに、そんなニュースを読む資格なんかないわよ」
と、嫌みの一つも言いたくなる気持ちは、判らなくもない。
世の中の現実をもっとも正直に発信するべき報道番組が、そこからはまったくかい離している職業のキャスターにそのニュースを読ませるという矛盾が、視聴者の怒りの炎に油をそそいでいるのである。
この高齢女性は、もう、民放の朝の報道番組は観たくないという。
「NHKなら、もともと、わたしたちとは身分が違う元華族さまのご子息たちなんかがアナウンサーをしているそうだから、諦めもつくわよね」
女性の思いは、既に諦観の域に達しているようである。