釣り合わぬは不縁のもと

ちよみ

2012年06月18日 19:20

釣り合わぬは不縁のもと





    少し前から気になっていたのですが、何故か、わたしの撮影する写真に良く似た写真を掲載するブロガーさんがいます。

    このブロガーさん、以前は、こんな接写技法はあまり使わなかったように思うのですが・・・。

    出来れば、もう少し独自の撮影方法やアングルを選択されることをお勧めします。

    人真似しても、面白くないでしょうから・・・ね。(~_~;)


例えばこれは2011年6月26日当ブログ掲載の写真






    ヤフー知恵袋に、近く医師との結婚を控えた20代後半の女性看護師さんの質問が投稿されていた。

    「結婚相手の医師は、5歳年上で、父親は大病院の院長。彼の兄も医師で既婚。病院は彼の兄が継ぐことになっているので、彼はこのまま勤務医を続ける予定。

    わたしは、幼い頃両親が離婚し、親の都合で施設で生活したこともある。でも、奨学金をフル活用して、看護大学を卒業し、今の仕事をしている。

    先日、その彼の実家へ結婚をする挨拶に行ったところ、彼の母親から『お母さま』ではなく『奥さま』と呼ぶように注意された。兄嫁は、『お母さま』と呼ぶことを許されているのに、どうしてわたしだけ使用人のような扱いを受けなければならないのか?

    彼は、『結婚後は実家との付き合いは最小限にするから気にするな』と、言ってくれるが、今から姑とどう付き合って行ったらいいのか不安だ」

    と、いうものだった。

    まあ、いつの時代も医師と看護師の結婚には、波瀾万丈が付きものなのだろうが、これについての回答の中には、

    「わたしも実は医師である夫と結婚した元看護師だが、結婚の挨拶に行った際、お姑さんから、『女医さんなんだから、結婚したらお仕事を辞めるなんてもったいない』と、嫌みを言われた。医師の家庭は、看護師を嫁に迎えるなんて、とんでもないと思うところも多いもの。それなりの覚悟を決めなさい」

    と、いうものがあれば、

    「男友だちが代々続く医者の家の子で、友だち自身は医者ではないのだが、一般家庭の女性と付き合っていたら、おじいさんに、『もう、下界の者とはいい加減付き合うな』と、言われたそうだ。こんなことろへ悩みを質問するくらいなら、結婚やめれば?」

    と、いうものもあった。

    しかし、大半の回答者の反応は、「とにかく、彼を信じて頑張れ!」と、いう応援的なものが多かったように思う。

    これを読みながら、ある人のことを思い出した。

    わたしの母親の知り合いに、もう今から数十年前に、やはり医師と結婚した女性がいる。

    彼女は、看護師ではなかったと思うのだが、ある開業医院で医療関係の仕事をしていたことで、その医師と出会ったのだった。

    結婚生活は、東京で始まった。

    ところが、義理の両親や医師仲間などとの会話について行けず、次第に孤立感を深めて行った彼女は、ついに離婚。

    その孤独感が彼女を精神的に追い詰めていたことで、離婚後も精神科への通院を余儀なくされ、症状がひどい時には行くあてもないのに、毎日早朝にカバンを抱えて急ぎ足で街中を歩きまわるという奇行までも引き起こしていたのだった。

    現在は、すっかり症状も落ち着いて、元気にパート勤めをして生活しているが、ある時わたしの母親にこう言ったそうである。

    「釣り合わぬは不縁のもと----って言うけれど、ホントだよ。結婚は二人だけの問題じゃないからね。その時はよくても、必ずあとから災難はもちあがるものだから・・・」

    障害は大きいほど愛は深まる----などと俗にいうが、結婚とはそんな甘い理想ばかりで続けられるものではないことを、この質問者もしっかりと肝に銘じておいた方がいいのかもしれない。
<今日のおまけ>

    
    あるブロガーさんのブログに、「長野県民だって、だーだー言っている」と、書かれていたが、確かに信州人は「だーだー」言いますね。

    「そうださな」「やだな」「何せってんだ」「だ~れ~、そんなことしねさ」

    信州の言葉がきつく聞こえるのは、この「だ」の存在なのかもしれないな。




    ところで、長野県民の一人あたりの野菜の摂取量は、全国最多だそうですね。

    これが信州人の健康長寿と大きく関わっているそうです。

    長野県の野菜は、健康長寿野菜としてのブランド化も出来るのではないかと言う有識者もいるとか。

    信州野菜の底力は、まだまだ奥が深そうですね。

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