台風、来るのかな?
台風、来るのかな?
テレビの気象情報を観る分には、台風の進路に長野県もすっぽり入っているようだ。
フェーン現象のせいなのか、今日はまったくの曇天、無風。
気温は高くないのに、蒸し暑い空気に覆われている。
せっかくの観光シーズン連休がこれでは・・・ね。
ところで、今、町内では旅館やホテルが難しい状況に追い込まれていると、新聞が報じていた。
耐震補強の問題である。
三階建て以上の宿泊施設には、建物に国が定めた耐震基準を満たす義務が課せられているのだとか。
簡単に耐震補強といっても、下手をすれば数億円規模の大工事になる場合もあるそうだ。
ただでさえ不景気なところへもって来て、そこまでの補強や改築を行なう体力はないという経営者も・・・。
廃業せざるを得ない宿泊施設も出て来るのではないかと、記事には書かれていた。
ガソリンスタンド淘汰の次は、旅館、ホテルなのか・・・。
「こうなると、中、大規模ホテルよりも、家族だけで経営しているような民家風小規模旅館の方が勝ちということなのかもね」
そんな風に話す知り合いもいる。
老舗温泉観光地の旅館やホテルには、築100年などという建物も少なくない。
そうした中、防火設備などは整えられていても、耐震や免震というような現代の厳しい建築基準に照らし合わせて造られている施設は、かなり限られてくることだろう。
こうした検査基準を設けることで国は建築ラッシュの再来を目論むつもりなのかもしれないが、現実はむしろ逆に廃業者を増やして、世の中の沈滞ムードに拍車をかけることにもなりかねないとの懸念の方が大きいような気もするのだが・・・。
<今日のおまけ>
知恵袋に、昨年、病気で亡くなった夫に、余命宣告をせず、まだ生きられると信じ込ませてしまったことを悔やんでいるという妻の投書があった。
しかし、それに対する回答には、投書内容のケースとはまったく逆に、病気の母親に、不用意に余命を伝えてしまったがために、生きる気力を奪ってしまい、死期を早めてしまったのかもしれないと、未だに自分を責めているという女性のものも・・・。
病名や余命を告知するということの良し悪しについては、結局、どちらが正解かという結論はないのではないかと思う。
日ごろから「自分にははっきりと伝えて欲しい」と言っている人でも、いざ当事者になると、「聞きたくなかった」と、後悔する場合もある。
気丈に見える人ほど、実は繊細だったりするので、未だに自分の正式な病名を信じないようにしているという人もいるし、また、病名を知ってしまったがために、その後十年以上経った今でも落ち込みが激しく、家へ閉じこもり続けているという人もいる。
産まれる時は、「今から産まれるぞ!」なんて覚悟して産まれて来る人間は一人もいないのだから、実は死ぬ時も死ぬなんて思ってもいないうちに死んでしまうのが、ある意味理想の死に方なのかもしれない----と、昔、誰かが話していたことを思い出した。
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