保険が効くのは入院時だけ・・・・・171
~ 今 日 の 雑 感 ~
保険が効くのは入院時だけ
新聞に目を通していたら、コラムの欄に面白い記事が載っていました。
面白いというのは、語弊があるかもしれませんが、わたしのまったく知らない
「保険のからくり」のようなものだったので、ブログに書いてみようと思います。
皆さんは、よくテレビの保険会社のコマーシャルで、「入院時には一日一万円が保証されます」などという言葉をよく耳にされると思いますが、この言葉、何気なく聞いていると、「ガンなどの病気になったら、一日一万円が保証されます」と、言っているように思えますよね。
でも、そうではないらしいのです。特に、ガン保険に関しては、
「ガンで入院している時のみ、保険が効く」ということらしいのです。もちろん、退院後も保証してくれるという保険もありますが、ほとんどのガン保険は、この形をとっているそうなのです。
ですから、必然的に手術が終わり、退院すれば、保険は適用されません。でも、ガン治療というのは、退院後の方が圧倒的に治療費がかかるものなのです。
小泉元総理が推し進めた構造改革の結果、医療の必要度が三段階に分けられるうち、必要度が最も低い「医療区分1」に該当する患者については、入院治療で得られる診療報酬は病院にとっては赤字になるため、
病院側としては、治療が終われば、患者の身体の具合如何にかかわらず、退院を要求しなければなりません。
そのため、かつては、ガンで入院となれば、一月、二月の入院は当たり前だったものが、最近は、手術が終われば即退院というシステムに変わって来てしまいました。ですから、ほとんどのガン患者は、二週間から三週間で退院となり、その後は通院治療に切り替わるという訳なのです。
もちろん、退院後の治療費に保険適用はありませんから、国民健康保険に入っていたとしても、すべて実費で支払わなければなりません。そして、ガンの治療費は、抗がん剤や放射線治療の費用も含めると、かなりの金額に上ることも事実です。
高額医療費の申請をしていたとしても、相当の支払額に値することには変わりません。
さらに、患者たちに追い打ちをかけているのが、介護保険の財政を立てなのすために2011年度までに行なわれる、
全国の十三万床の介護療養病床の廃止です。
要するに、患者たちは、何が何でも家へ帰り、そこから病院へ通院するか、もしくは在宅介護に切り替えて欲しいという国の政策なのです。
郵政民営化で、踊らされていた国民は、そんなことが裏で着々と準備され決定されていたことに、まったく気付かなかったのです。いいえ、国民ばかりではありません。小泉チルドレンと呼ばれていた国会議員たちでさえ、そのことは何も知らなかったのです。
このような状況で、通院のための交通費だって馬鹿になりませんから、低所得者が病気になれば、ひいては通院を途中で諦めざるを得ないということにもなるのです。いいえ、もう既に、そういう選択をしている人も少なくないでしょう。
人間の命の価値が、所得や住んでいる地域で変わる。------こんな時代が来るとは、誰が予想したでしょうか?
「人の命は地球よりも重い」と、かつて言った自民党の総理大臣がいましたが、よくも白々とそんな言葉が吐けたものだと思います。
「金の切れ目が命の切れ目」-----そんなことがあっていいはずはありません。
今度、政権を奪取した民主党には、このような弱い者いじめの政策は、即刻見なおして欲しいと思います。
医療と教育は、国民誰もが等しく受けられるといった国家にならなくては、この国に生きる意味がなくなるのです。
<今日のおまけ>
先日、造影剤の検査があるということで、早起き苦手のわたしは、前日は早めに寝ようと布団に入ったが、やはり慣れない時間に横になったもので、さっぱり眠れない。
いつもなら、横になった途端に意識がなくなるようなものなのだが、これが一時間経っても二時間経っても、一向に眠くならないのだ。そして、とうとう夜が明けてしまい、ほとんど徹夜状態で、早朝病院へ駆けつけた。
そして、検査室へ入り、検査着に着替えてレントゲン台へ横になっていると、突然、看護師さんがやって来て、何とも申し訳なさそうに、「今日の検査は、中止になりました」と、言った。
「え~!!!!」
そ、そんな・・・・。それでは、わたしの昨日から今朝にかけてのこの努力は、何だったのであろうか?一世一代の徹夜だぞ。吐き気がするほどの眠さを我慢して、病院へ来たのだぞ。
とにかく、この根本的な原因は、医師の数が圧倒的に足りないことである。
見渡す限りの待合所に、溢れんばかりの患者が診察を待っている。これでは、医師が記憶を混乱させるのも、ある意味仕方がないのかもしれないが、如何せん、仕事が人の命にかかわるものだけに、「ごめんなさい」ではすまない。
現在、診察に当たっている医師たちが、体調を崩したり、疲労でカルテを読み間違えたりしないことを祈るばかりだ。
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