< 不 思 議 な 話 >
群馬県白根山遭難
今から、五十年ほど前の話である。
二十代前半の男女五人が、晩秋のやや遅めの紅葉を見るために、群馬県にある白根山へとやって来た。
白根山は、ハイキング気分で火口まで行くことが出来るため、この男三人、女二人の若者たちのグループは、ほとんど登山用具らしき装備も持たずに、晩秋の山頂へと登って行ったのであった。
しかし、火口近くで写真を撮ったり、景色を眺めたりしているうちに、天候が急に悪くなり、雨や風も強まって、気温もぐんぐん下がって来てしまった。もはや、とても観光気分で楽しんでいることは出来ず、軽装のままの若者たちは、寒さで震え出すと、元来た登山口まで戻るため慌てて引き返し始めたのだった。
ところが、激しい風雨のために、彼らは容易に前へ進めない。しだいに辺りは暗くなり、道も満足に見付けることが出来なくなってしまった。一人の女性は、寒さと疲労でほとんど歩くことも出来ない状態となり、男性の一人が、この近くで少し休もうと言い出したため、五人は、近くにちょうど全員がようやく入り込むことのできる岩の窪みを見付けて、そこへ身を寄せると、風雨が治まるのを待つことにした。
夜が迫るにつれて、ますます気温は下がり続け、雨風にさらされた身体は、既に芯まで冷え切っていたため、五人は、もはや身動きする気力もなく、じっと身体を寄せ合うようにしてその小さな室(むろ)のような穴の中で一夜を明かす決意をしたのだった。
しかし、彼らの服装では、とてもその低温には勝てず、気力も萎えて睡魔に襲われ、つい目を閉じそうになるのを、お互いに必死で励まし合いながら、時の過ぎるのを待つしかなかった。
女性の一人は、持っていたショルダーバッグの中からキャラメルを取り出すと、仲間たちに配り、これでも食べれば少しは元気が出るといって、自分も舐めはじめた。男性の一人は、
「朝になれば、嵐も治まるだろうから、それまでは何が何でも頑張ろう」
と、声をかける。何分、現在のように携帯電話がある訳ではないので、その場で救助を呼ぶことなど出来ない。ところが、標高の高い山の雨は、やがて、吹雪へと変わった。猛烈な雪嵐が五人の体温を否応もなく奪い去って行ったのである。
すると、そんな時、突然、彼らが避難している岩室の入口あたりに、人影のようなものが現われると、三十代ぐらいの男が一人、ひょっこりと顔をのぞかせたのである。五人は、驚き、救助に来てくれたのかと喜んだが、その男は、室の入り口付近にまるで五人を風雪から守るかのように立ちはだかりながら、
「おれも、遭難したんだ。きみたちと一緒に、ここで救助を待たせてほしい」
と、言う。それを聞いた五人は、期待がそがれてますます落胆の色を濃くしたが、それでも、仲間が一人増えたと思い、ほんの少しばかり気持ちが和らいだ。そうはいっても、寒さで身体はすでに限界を超えている。手足の感覚さえも、もうほとんどない。そんな中、男性の一人が、突然、その場に立ち上がると、岩室の外へ出て行こうとする。
「何処へ行くんだ?」
誰かが訊ねると、その男性は、小便をしたいのだと、答えた。途端、あとから顔を出した男が、
「だめだ。小便をするなら、少しだけ出せ。一気に出し切れば死ぬぞ」
と、忠告したものの、その男性は、もう我慢が出来ないと言い、かじかむ手で表へ這い出すと、一気に放尿してしまった。
その直後、その男性は、その場に崩れ落ちると、一瞬のうちにこん睡状態となり、息をしなくなってしまったのである。それを知った女性の一人は、まるで錯乱状態のように泣き叫び、訳の分からない言葉を喚き、もはや、正気を失っているのは間違いがなかった。
そして、しばらくすると、その泣きわめいていた女性も、ついに動かなくなってしまった。残された三人にも、死の恐怖が迫り、パニック状態に陥ると、先刻からずうっと、入口に立ち、雪よけになっていた男が、口を開いた。
「大丈夫だ。きみたちは死なない。朝が来れば、救助隊もやって来る。それまでは、何としても頑張るんだ」
三人の気持ちを再び奮起させる、確信に満ちた力強い言葉だった。
やがて、辺りが白々と明るみ始めた頃、白根山を襲っていた吹雪も峠を越し、一帯は嘘のようにすっきりと晴れ渡った。すると、その男が予期した通りに、捜索隊が彼らを救助にやって来たのである。
三人は、捜索隊員たちに抱えられながら、一人ずつ岩室から一面銀世界と化した山肌へと出る。そして、捜索隊員は、彼らに毛布をかけながら、こう訊ねた。
「生存者は、きみたち三人だけだね?」
「いいえ、もう一人、男の人がいます。ぼくたちを励まし続けてくれた、三十代ぐらいの男性です。あの人がいてくれたので、ぼくたちは、死なずに済んだんです。ぼくたちを庇うために、ずっと雪よけになってくれていたので、きっと、かなり衰弱していると思うから、早く助けてやって下さい」
三人のうちの一人の男性が答えると、捜索隊員たちは、皆、揃って怪訝な顔つきになり、こう言って首を振った。
「いいや、他には誰もいないよ。助かったのは、きみたちだけだ。二人の仲間は、残念だったが、もう一人の男の姿など、何処にも見当たらない。寒さで、幻でも見たんじゃないのかね?」
「そんな、バカな・・・・・」
三人は、思わず今出て来たばかりの岩室の方を振り返った。彼らを凍死から救い、生還させてくれた男は、いったい誰だったのか?その存在は、未だに、謎のままだという。
<今日のおまけ>
電子レンジを使って、簡単ズクなしクッキング。
リンゴ一個を出来るだけ薄切りにして、砂糖にまぶし、別のボールに小麦粉、卵、牛乳、砂糖、塩、水を適宜入れ、かきまぜる。
その中に、砂糖まぶしの薄切りリンゴを入れ、よく混ぜ合わせ生地を作る。
電子レンジ対応の大きめの器の内側に、バターまたはマーガリンをまんべんなく薄く塗り、その中へ混ぜ合わせた生地を流し入れて、ラップはせずに器ごと電子レンジへ入れて、チン。
楊枝を通して、生地がくっついて来なければ、完成です。
簡単、ヘルシー・パンケーキの出来上がり。
因みに、リンゴだけ砂糖で別に煮ておいた物を使うと、ジャムっぽくなって、また違った食感が楽しめますよ。