< 不 思 議 な 話 >
赤ちゃんコーナー
2050年秋、市の保健センターからの呼び出しを受け出かけて行った妻が、嬉々として家へ帰って来た。妻の手には、一冊の手帳が握られていた。
「あなた、とうとう、わたしたちの家も赤ちゃんを育てていいという許可が下りたわよ!」
妻は、保健センターから交付された母子手帳を、居間のテーブルの上に置き、興奮気味の早口で言った。わたしも、その母子手帳を感慨深い思いで手に取ると、
「そうか・・・・。申請を出してから三年たったからな。もう、おれたちの子供は諦めようかと話していたもんな。でも、許可が下りて、本当によかったな」
今から十年前の2040年に、新政府は、子供を国の認可制のもとで両親が揃っている夫婦にのみ儲ける許可を与えるという新たな制度を打ち出したため、子供が欲しい夫婦は、年に少なくとも30時間の「パパ・ママ講座」を受講する義務があり、夫婦ともに最終試験に合格しなければ子供を持つ権利が与えられないのである。
わたしたち夫婦も、その講座を受講したのち、「子供養育許可申請」を国に出してから既にリミットの三年が経過していたため、申請の権利が失効する間際の申請受理であった。
「ねえ、ところで、赤ちゃんの名前考えておいてくれた?」
妻は、もう子供が家にいるようなはしゃぎぶりで、わたしに訊ねるので、わたしも、これまでに考えておいた赤ん坊の名前を話した。
「そうだな。おれたちは、クルージング中の船内の海上パーティーで知り合ったんだから、男の子なら『海斗(かいと)』女の子なら『真帆(まほ)』というのはどうかと思うんだが------」
「素敵!どちらもいい名前ね。『海斗』に『真帆』か・・・・。どちらも捨てがたい名前だわ」
「でも、持つことが出来る子供は一人なんだから、もう一つの名前の方は、次の子のために取っておこうよ」
わたしも、気持ちが高ぶっていたせいか、早くも次の子供のことまでも口走ってしまった。妻の有頂天ぶりは、わたし以上で、まだ、影も形もない赤ん坊のために、明日、さっそくデパートへ買い物に行こうと言い出した。
「しかし、気が早すぎやしないか?」
わたしが諭す言葉も、もはや、妻の耳には届かない。
「そんなことないわ。もちろん、あなたも一緒に行ってくれるわよね」
そんな訳で、翌日、わたしたちは、自家用のリニアモーターカーで、この辺りでは高級志向で有名なとあるデパートへ出かけたのだった。
デパートへ入ると、わたしたちは、インフォメーション・カウンターへと直行し、こう訊ねた。
「すみません。『赤ちゃんコーナー』へ行きたいんですけれど-----?」
インフォメーション・カウンターの洒落た制服姿の美しい女性案内係は、まるで、人形のように整った表情に微笑みを浮かべ、
「『ベビー用品コーナー』ですね」
と、言うので、妻は、慌ててハンドバッグから、昨日保健センターでもらって来た母子手帳を取り出すと、その案内係の女性に示し、
「いいえ、わたしたち『赤ちゃんコーナー』へ行きたいのよ」
と、訴えた。途端に、女性の態度が変わり、
「それは失礼しました。おめでとうございます。ただいま、すぐにそちらの担当者をお呼びしますので-----」
そう詫びると、すぐさま何処かへ館内電話をつなぎ、やがて、一人の白衣を身に付けた男性従業員が現われると、わたしたちをデパートの五階フロアーへと案内してくれた。
そのフロアーは、他の階に比べてかなり殺風景な雰囲気で、無機質な壁が冷たく連なる様は、如何にも研究所か病院のようなイメージであった。
「ここで、滅菌服に着替えて下さい。靴もこちらが用意している物に履き替えて、ビニール・キャップも忘れずに被ってくださいね。それから、母子手帳を拝見してもいいですか?」
その白衣の男性に言われるままに、妻がもう一度バッグから母子手帳を出して相手に渡すと、彼は、そのページに張り付けてある特殊なシールをこれまた特殊な器械を使ってめくり、何とも、抑揚のない声音で、事務的に言ってよこした。
「〇〇さまのお子様は、『男』と、記されておりますので、『男の赤ちゃんコーナー』へご案内いたします」
「わたしたちの赤ちゃん、男の子なの?あなた、『海斗』くんよ!」
妻は、目をキラキラさせて、わたしの方を振り仰いだ。
「そうだね。『海斗』だね」
わたしも、不覚にも自分の声が上擦るのを感じた。赤ん坊は、男の子だったのか-----。大きくなったら、一緒に酒が飲めるな。そうだ、船舶免許も取らせて、一緒に海へクルージングにも行こう-----。一瞬のうちに、色々な将来の夢が頭の中で廻った。
そして、滅菌服に着替えたわたしと妻は、ついに、その場所へと踏み込んだのだった。
その場所こそが、このデパート自慢の「赤ちゃんコーナー」であった。いくつもに仕切られた大きな水槽のような液体の入れ物の中に、何人もの胎児が浮かぶような姿で眠っている。どれも、皆、男の赤ちゃんばかりだ。そこで、案内人の白衣の男性が説明をした。
「ここに並んでいるのが、妊娠にして九ヶ月目の男の赤ちゃんです。どの子も、健康で、障害は一切ありません。お二人の血液型からしますと、A 、B 、O 、AB のいずれの子供も適合ですから、お好きな胎児をお選びいただけますよ。お引き取りは、約一ヶ月後とさせていただきますので、ごゆっくりお選びください」
その時、妻は、九ヶ月目の胎児のコーナーの横にある十ヶ月目の胎児が入った水槽を見て、ふと、一つの疑問を口にした。
「あの子たちも、両親が決まっているのですか?」
すると、白衣の男性は、能面のような無表情のまま、小さく首を横に振ると、
「いいえ、残念ながら、この子たちは買い手が付かなかったものですから、明日には、廃棄処分にされます」
「廃棄処分て・・・・?」
「そういう決まりですから。引き取り手のないこの子たちを人間として育てても、孤児を増やすだけですからね」
案内係の男性は、いまさら、何を訊くのだと、いった口調で、苦笑した。
わたしたちは、その妊娠にして九ヶ月目の胎児の中から、特に可愛いと思える器量よしの赤ん坊を見つけ、その子に決めたことを伝える。
「ご予約、ありがとうございました。では、別室で、代金のお支払方法のご確認と諸々の書類の作成など、手続きの一切をお願いいたします」
案内係の言葉が終るか終らないうちに、わたしたちが選んだ胎児の水槽には、別の従業員の手で、「売約済み」の赤札が貼られたのだった。
いかがでしたでしょうか?今回は、少しばかり、星新一のショートショートタッチに似せて書いてみました。
<今日のおまけ>
磯野貴理さん(45)が離婚した。
お笑いトリオ「かしまし娘」の正司照枝さん(76)の長男で、磯野さんのマネージャーでもある正司宏行さん(38)と、十年越しの愛を実らせ六年前に結婚。しかし、破局は、あっけないものだった。
今年の9月頃から夫の宏行さんの朝帰りが始まり、不審を抱いた磯野貴理さんがご主人の携帯電話のメールを見てしまい、宏行さんの浮気が発覚。宏行さんのほうから、「別れて欲しい」と、切り出されたという。
浮気相手は、ごく一般人の30代の女性。やはり、夫とマネージャーの二足のわらじは難しかったのかもと、いう声もある。
しかし、貴理さんにしてみれば、まさに青天の霹靂。「二人でおじいさん、おばあさんになるまで一緒にいられるものだと思い込んでいたので、頭の中が真っ白で、メールを読んでしまった時は、心臓が爆発しそうになった」と、語っていた。
義理の母の照枝さんも、「貴理さんとの生活は、とても楽しかった」と、残念がっているという。
貴理さんは、「今は一人になって、お味噌汁を作る時、どうしても多めに作ってしまうことがあって、そういう時は、離婚したんだなァと、実感します。それにしても、結婚なんて、本当にはかないものですね・・・・」
この言葉に、男女の関係のもろさや虚しさが如実ににじみ出ていた。
それにしても、たぶん、宏行さんも別に貴理さんが嫌いになった訳ではないと思うが、貴理さんよりも好きな人が出来たということなのではないだろうか。そして、貴理さんなら、姉のようにそんな自分を許してくれるに違いないという甘えが、彼にはあったようにも思える。
でも、妻は、決して姉ではない。「二兎を追う者は一兎をも得ず」にならないことを願うばかりだ。
そこで、磯野貴理さんの名言。
「携帯に妻の幸せは入っていなかった」
奥さん、あなたは、ご主人の携帯を見る方ですか?それとも見ない方ですか?