スキー・ホテルの怪(後)・・・・・308 

ちよみ

2009年12月30日 12:12

< 不 思 議 な 話 >


スキー・ホテルの怪(後)




    その真夜中のこと、光二は、不思議な胸苦しさを覚えて眠りから覚めた。

    室内は、暗く、窓にかかっているカーテンの隙間からうっすらと戸外の雪明かりが差し込み、闇の中にぼんやりと天井を浮かび上がらせているだけである。

    外は、未だに吹雪が舞っているらしく、時折激しい風の音が耳朶(じだ)を打つように聞こえ、窓ガラスにも雪の塊が叩きつけられるような鈍い震動を与えていた。

    その時である。部屋の入口のドアの前の廊下に、ふと人が立つ気配を光二は感じた。ドアの下のほんのわずかな隙間に、一瞬、人影のようなものが動いた気がしたのである。 

    直後、布団の中の光二の身体は、何故か急に固くこわばり、まったく身動きが出来ないような状態になってしまった。

    (金縛り・・・・・!?)

    光二は、驚き、焦った。必死で腕を動かそうとするが、身体が鉛の箱に押し込められているようでビクともしない。

    声を出そうにも、喉が締め付けられるように苦しく、息をするのが精いっぱいで、まったく発声できなかった。

    (いったい、どうなったっていうんだ!?)

    光二は、かろうじて動く両方の目玉だけで不安げに暗闇を眺めまわす。隣の壁際のベッドには、勇平が気持ちよさそうに寝息を立てて眠っている。

    (勇平・・・・、おい、起きてくれよ・・・・・)

    光二は、勇平に助けを求めようとするが、声が出ないことにはどうしようもない。そのうちに、彼は、室内に、黒い塊のような気配が動くのを感じた。入口のドアの前に、何ががいる-----。

    ドアの鍵はちゃんとかけてあるはずだ。なのに、いつの間に入ってきたのだろうか?

    その黒い塊は、ゆっくりと立ち上がると、身長190センチもあろうかと思える大男の姿になった。しかし、その様子はあくまでも黒い影そのもので、その影絵のような姿をした大男は、静かに光二たちのベッドの方へと歩み寄って来る。

    (・・・・・・!!)

    光二は、あまりの恐ろしさに思わず悲鳴をあげそうになったが、やはり、喉からはかすかに息が絞り出されるだけで、絶叫にはならない。男の影は、始めに光二の方へ近付くと、彼の上へ覆いかぶさるように迫って来た。顔も身体も黒く、表情は判らない。しかし、その状態で、光二は直感した。

    (こいつは、夕方、あの吹雪のゲレンデから、こっちを見ていた奴だ------)

    しかし、男は、何もしようとはぜずに、そのまま光二から身体を離すと、今度は、隣に寝ている勇平の方へと近寄り、その黒い身体を彼の上へとのしかからせる。そして、ぐっすりと眠る勇平の顔を覗き込みながら、まるで地の底からでも湧き上がるような背筋も凍る低い声で、こう呟いたのだ。

    「こっちにしよう・・・・・」

    光二は、驚愕した。こいつは、勇平に何かするつもりだ。

    男が勇平の身体にさらに覆いかぶさろうとするのを見た光二は、満身の力を込めて右足を動かし、ベッドの足もとの板を思い切りドンと、蹴り飛ばした。

    途端に、男は動きを止め、ゆっくりと光二の方へと首を巡らした。そして、次の瞬間、男の顔が耳まで裂けるほどの大きく真っ赤な口を開けたのだった。恐ろしくとがった牙のような歯の奥に、血の滴るような舌がうごめいているのが見えた。

    その直後、光二は、バネの如く上半身を飛び起こすと、

    「ウワァーーーー!!」

    大絶叫をほとばしらせたのだった。すると、男の影は、たちまち勇平から離れ、閉まったままのドアの向こうへと吸い込まれるように消えて行ったのだった。

    光二は、身体が自由に動くようになったことで、急いで室内の照明を付けると、勇平の方へ駆け寄り、その肩を摑んで揺する。

    「勇平、大丈夫か!?おい、起きろ!」

    やがて、勇平は、眠い目をこすりながらベッドの上へ半身を起こす。

    「何だよ・・・・?何かあったのか・・・・・?」

    「何かあったか・・・・じゃないよ。今、お前の上に------」

    だが、光二は、そこまで言って口を閉ざした。今の男が何者なのか判らないうちは、めったなことは言わない方が勇平のためだと思い直した。だいいち、光二自身にも今しがたの状況がどういうことなのか、はっきりとは飲み込めていないのだ。

    「勇平、明日は、このホテルじゃなくて別のところへ移らないか?せっかく、スキー場へ来たんだから、他のホテルへも泊ってみようや」

    光二が話をはぐらかすと、勇平は、なんだ、こんな夜中に人を叩き起こしてまでもする話かよ-----と、不機嫌そうに言い、また、布団へ潜り込んでしまった。 

    翌日、二人は、そのホテルをあとにして、別の宿泊施設へと移った。

    しかし、あの黒い影の男の正体は、結局、判らずじまいであった。いや、光二にとっては、もう判りたくもないという心境だという方が正しいだろう。

    吹雪のスキー場に男が一人立っていたら、無防備にその姿を見つめることは、やめた方がいいのかもしれない。影のような大男が、あなたの魂を奪い去りに来るかもしれないのだから・・・・。


おわり


    
<今日のおまけ>

    最近は、「短縮言葉」が、やたらに多いと思いませんか?

    「メリクリ」が「メリークリスマス」で、「あけおめ」が「あけましておめでとう」だそうです。これも、ケータイ語が普及したせいでしょうか?

    そう言えば、「アラ・フォー(40歳前後)」とか、「アラ・ハン(50歳前後)」とかも、流行りましたね。で、この前、二十歳の女性に、「アラ・カンというのもあるそうですよ」と、言われ、わたしは、思わず、こう訊き返してしまいました。

    「それって、嵐寛寿郎(あらしかんじゅうろう・映画『鞍馬天狗』などの主演で知られる往年の名優)のこと?」(・・?

    「なんですか、それ?」(?_?)

    二十歳には、理解不能な話だったようです。そりゃ、そうですよね。言っているわたしだって、この俳優のことはリアルタイムでは知りません。(^_^;)

    そこで、彼女いわく。「アラ・カンとは、アラウンド還暦のことですよ」

    なかなか、気の利いたケータイ語だと、感心しました。(爆) 
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