ダニー・コリガンの部屋 3
ダニー・コリガンの部屋
3
頭が割れるように痛み、胸がむかむかしたが、不思議と耐えがたいほどの不快感はなかった。
これは、おそらく、気心の知れたマックがそばにいてくれるための安堵感のおかげだろうと、おれは勝手に解釈した。
「この空間------」
と、マックは壁を指差した。
「こう味気がないと、まるで監獄か病院だな・・・・・」
おれは、彼に昨夜のいきさつを掻い摘んで話した。
「そんな訳だから、今度は美女のヌード・ポスターでも貼り付けておこうかと思っている」
「やめとけ。欲求不満と誤解されるぞ。それより、このおれが極上の一作を提供しよう。ここには、ヌードの美女よりも名画が似合う」
「『名画』とは、また、大きく出たなァ-----」
おれが半ば呆れたように溜息をついても、マックは、眉一本動かさずに淡々と返してよこす。
「おれは、いつだって自信満々さ。自惚れの強い奴ほど芸術家は大成するものだ」
「おれにとっては、絵画など異次元の産物だな。おれが今一番に興味のあることは、つい、目先の現実。-----つまり、何故、お前が高級ホテルに泊まらずに、こんなむさくるしい場所にいつまでもいるのかってことの方が、よほど気になるというものだ」
このおれの言葉にマックは一瞬、眉間にしわを寄せると、ジロリとこちらにやや鋭い眼差しを向け、
「そんなにおれを、ロス・ヒルトンへ追い返したいのか、ダニー?」
「い、いや、そんなつもりで言ったのでは・・・・・」
おれが即座に上半身を起こしざまに、慌てて打ち消すのを見たマックは、ふっと徐(おもむろ)に苦笑したが、その笑みを見た時、おれは、自分がやけに惨めな気持ちになり、彼の顔から眼をそらした。
マックにとって、この部屋はふらりと立ち寄ってみたフルーツマーケットの店先ほどのささいな存在でしかないのだろうが、おれにとっては、------いいや、おれにとっても、やはり、大して深い意味はないのかもしれない。どうせ、ここは、その程度の場所でしかないのだろう。
やがて、空が白み始めて、ビルとビルの間から早朝の太陽が、いつもの如く無遠慮なほどに世の中のすべてを暴露するための、眩しい白光を投げかけた頃、マックは、ようやく重い腰を上げて本来自らが帰る場所へと戻って行った。
絵画作品の個展会場のセッティングが今日から始まるのだという。
おれは、久しぶりに取った代休の三日間を如何に過ごすべきか、鈍い痛みの走る二日酔いの頭でぼんやりと考えながら、シャワーを浴びる。
スタジオシティーの演劇学校に通うアイリーンとは、七日前、ピザに振りかけたタバスコの量がもとでバカバカしい喧嘩をしたばかりだが、仲直りにドライブに誘うのも悪かない。いずれにしても、ヒスパニック系の女の激辛好みは、尋常じゃァないということだ。
バス・ルームを出て素っ裸のままタオルで濡れた髪の毛を拭いていると、突然、玄関のドアを強くノックする音がした。
「いったい誰だ。こんな朝っぱらから・・・・?」
不機嫌に思いつつも、慌ててバスタオルを腰に巻きつける。その間も、ドアは異様に激しくノックされ続けるので、おれは、ぶち切れ寸前のムカつき加減で、少し乱暴な調子で応対に出た。
「うるさいぞ!静かにノックしろよ」
そこには、見知らぬ男が一人立っていた。
「ダニエル・コリガンさん?」
「そうだけど------」
おれは、声に明らかに不快感を匂わせて応える。男はまだ若く、年齢は二十七、八歳といったところか。頭髪は黒、眼はブルー、細身の長身で品のある顔立ち。
ただ、ほんの瞬間、その若い男の姿に奇妙な懐かしさのようなものを覚えたのは、彼が身につけている、どうみても祖父(じい)さまのお古としか表現しようのない、年代物の三つ揃えのせいだったのかもしれない。
「何の用だい-----?」
おれが問う間もなく、その若い男は、にわかに遠慮会釈のない図々しさで、おれの身体を押しのけるようにして部屋の中までズカズカと踏み入って来たのだった。
つづく
<今日のおまけ>
ついに、わたしのブログのアクセス数にも珍現象が起きたようです。
PV総数は、かなり少ないにもかかわらず、訪問カウントが急激に伸び、なんと、PV総数と訪問カウントがほぼ同じという不思議な現象を起こしました。
しかし、記事アクセス数を開いてみると、過去記事の中で毎日アクセスが伸び続けている物があるのです。
つまり、アクセス数が増えたのは、この過去記事が読まれているという理由の伸びであることが判りました。
ただ、真夜中に急激なカウントの伸びがあったことについては、これは、やはり、検索エンジンが関係しているものと思われます。
面白いものですね。
小さなお子さんに高額なクリスマスプレゼントを要求されたお父さんの今年の「サラリーマン川柳」に、こんな楽しい言い訳がありました。
新型で サンタ来れぬと 子に伝え
こんな説明で納得してくれる頃が、一番可愛いですよね。
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