ダニー・コリガンの部屋
7
歩き疲れて少しばかり小腹もすいたので、おれとクラウスは、通り沿いの小さなハンバーガー・ショップへ入り、椅子にかけた。
クラウスは、紙に包まれたハンバーガーを手に取ると、何か異様な食べ物でも見るような目でしばらく眺めていたが、いきなりそのままかぶり付いた。
「・・・・・・?」
「何やっているんだよ。紙をはがしてから食べるんだよ。山羊じゃあるまいし-----」
紙ごと口の中へ入れたクラウスが、目玉を白黒させて戸惑う様子を見て、おれは、思わず噴飯しそうになった。
「クラウス、お前、ハンバーガーも食ったことがないのか?」
半ばうんざり気分で問いかけるおれに、クラウスは、小さく頷くと、不器用そうな手つきで改めて包み紙をはぎ取り、ハンバーガーを食べた。そして、ニッコリと笑うと、
「うまい・・・・」
一言つぶやいて、おれを見つめた。
「そりゃァ、よかったな」
おれは、この男の非常識ぶりに内心ほとほと呆れてはいたが、何故か心底疎ましいと思うほどの感情は抱けずにいた。我ながら、それが奇妙でもあった。
そして、おれが紙コップのコーヒーを飲み干すのを見計らうようにして、突如、クラウスがこんな提案を持ち出した。
「ダニー、これから、あなたの友人のマックのところへ行こう」
「マックのところへ------?どうして、マックのことを知っているんだ?」
今度は、おれの方が仰天する番だった。いったい、この男は、おれの身辺に関することを何処まで知っているのだろうか?あの部屋も、自分のものだと主張するし、おれに対する態度もあまりに馴れ馴れしい。
このクラウス・リーベンアイナーという男の得体の知れなさが、おれに再びの疑念を思い出させた。
「おれが、お前にマックのことを話したことは、まだ一度もないはずだ。なのに、何故だ?」
きつく詰め寄ると、クラウスは、やや困惑気味に眉をひそめたが、努めて明るい声でこう言った。
「彼は、画家なんだろう?彼の作品を鑑(み)てみたいんだ。いいだろ、ダニー。ぼくをマックの個展会場へ連れて行ってくれよ」
おれは、この男とマックは、もしかしたら知り合いなのではないかと考えた。だから、おれのことも、マックのこともここまで詳しく語ることが出来るのだ。そう考えれば、何とかつじつまも合う。
マックならば、こいつの正体について何か教えてくれるのではないかと、思ったおれは、
「いいだろう。判ったよ。これから会場へ行こう」
そう返事をすると、クラウスを伴って、マックの個展会場となっているロス市内にある有名老舗デパートの最上階へと赴いた。
個展会場内の油彩画のセッティングはほぼ整い、翌日からの開場を前にして、最後の微調整に余念がないマックは、おれたちの姿に気付くと、意気揚々として迎え入れてくれた。
クラウスは、早くも興奮気味に身を乗り出すようにして、マックの描いた展示作品に見入っている。
「張り切っているな、マック」
おれが話しかけると、マックは、柔和に頬をゆるめる。
「おかげさんで-----」
「いきなり押しかけて、悪かったかな?」
「なに、構わんよ。お前ならば、いつでも大歓迎だ」
そういいながら、マックの目は、おれの背後で食い入るように油彩画を眺めているクラウスの方へ焦点を定めた。
「ところで、あの青年は・・・・・?」
おれは、瞬間的に何と答えるべきか言葉に窮したが、ここは正直に話すべきだと思い、
「ああ、彼は、おれの部屋へ突然転がり込んできた居候なんだ。どういう訳か、おれのことやお前のことを実によく知っているんだが、もしかしたら、お前の知り合いなんじゃないかと思ってな・・・・。自分のことはほとんど話そうとしないので、ここへ連れて来たんだ。------どうだ?見覚えあるか?」
と、訊ねた。すると、マックの口から、思いがけない言葉が漏れた。
「いいや、おれの知り合いじゃァない。しかし、似ているな・・・・・。いや、本当に、よく似ている。そっくりだ・・・・」
「誰に似ているんだ?」
急きたてるように、おれが問いただすと、マックは、視線の先にクラウスを釘付けにしたままで、こう言った。
「・・・・誰にって、お前、知らないのか、ダニー?」
つづく
<今日のおまけ>
高速道路で、高齢者が逆走する事案が多く発生しているということは、最近とみに問題視されている。
しかし、どうして、高齢者は拘束を逆走するのか?2007年と2008年の高速道路逆走による人身事故計50件について原因を分析した結果、最も多いのが、「道の間違い」で17件。次いで、「運転者の認知症」が13件。通過した出口に戻るためのUターンという「故意」が5件もあったということである。
先の二つの理由は、納得もいくが、最後の「故意」は、どうにも腑に落ちないと、思う人が多いと思う。しかし、わたしには、その心理状態が何となく判る気がするのである。
高齢者は、若い時、高速などに乗った経験はほとんどなく、道路はいつも好きに走って構わないという感覚が身についているのである。特に、田舎には中央分離帯などというものはないし、道を戻る時は何処でUターンしようが自由であった。
また、出口がいつまで経っても出てこない高速道路は、走っているうちに不安に駆られる高齢者も多いそうである。こんな道路を何処までも走るより、元へ戻って街中の道を行った方が安心だと、思う気持ちが、Uターンをさせてしまうのではないかと思うのである。
高速道路の構造上、Uターン禁止は当然のようにも思うが、お年寄りを不安にさせるような道路事情は、やはり考えものではないかと、思うのである。