ダニー・コリガンの部屋 4
ダニー・コリガンの部屋
4
「お、おい、ちょっと、きみ、何だい、他人の部屋へ勝手に入って来るなんて、非常識じゃないか!警察を呼ぶよ!」
おれは、声を荒らげて、その若い男を制した。
「警察・・・・・?」
振り向いた男の表情は驚きにゆがむでもなく、さりとて羞恥を含むでもない。むしろ、逃げ出した小鳥を森の中で捜しあてた少年のそれのように、嬉しげに華やいで見えた。
そして、その声は繊細でやさしかったが、言葉には少しばかり硬く引っかかるアクセントがあった。
「警察-----?何故、そんな必要があるのですか?ここは、ぼくの部屋ですよ。ぼくと、あなたの部屋じゃないですか」
「なにを言っているんだ?-----きみ、酔っているのか?」
おれは、男の馬鹿げた言い草に、思わずムッとして詰め寄った。しかし、彼は、何の動揺も見せることなく、無邪気な面持ちでかぶりを振る。
「とんでもない。ぼくは、素面(しらふ)です」
「ははァん、そうか、判ったぞ。その時代錯誤の服装といい、ハリウッドのエキストラが、金に困って衣装を盗み出し、そのあげく隠れ家でも探しているのだろう。警察に追われているんだな?-----え?コソ泥さんよ。それとも、古着屋からでも失敬したのか?セコい野郎だぜ」
「-----ぼくは、事実を述べているだけですよ、コリガンさん。だって、ここは、ぼくの部屋なんだ」
「嘘をつくなよ。おれは、この部屋の前の住人の顔は見たことはないが、管理人の話だと、八十過ぎの爺さんだったということだ。一人暮らしが難しくなったので、親戚に引き取られたんだそうだぜ。騙そうったって、そうは行かない」
そう言いながら、おれは、デスクの上に置いたケータイ電話を手に取ると、
「待っていろ、警察に引き渡す前に、救急車を呼んでやる!」
と、怒鳴った。男は、さすがに戸惑いの色を双眸に浮かべる。
「コリガンさん、あなたは、ぼくを精神異常者だとでも思っているんですか?」
「----で、なかったら、麻薬(くすり)でもやっているんだろう」
「ダニー、ぼくは、そんなことは決して・・・・・」
「ダニーなんて呼ぶな!電話をされたくなかったら、出て行け、早く!」
おれのすさまじい剣幕に気圧された様子で、男は、寂しげな影をうつろに宿した表情のまま、足取りも重く、部屋を立ち去って行った。
おれは、興奮が治まらないままに、ケータイ電話のナンバー・ボタンを忙しく押す。かけたのは、アイリーンのテレフォン・ナンバーだ。誰でもいい。無性に誰かとまともな会話がしたかった。
殺人、麻薬、強姦、交通事故、詐欺、エトセトラ・・・・。
今日も新聞紙上は、エキスクラメーション・マークの大安売りだ。もしも、過去からタイムスリップした訪問者のネタを掲載した新聞があったとしても、記事をと見終わった三分後には、その人物の名前さえも、きれいさっぱり読者の脳裏からは消え去っているに違いない。
つづく
<今日のおまけ>
午後八時過ぎ、ただっぴろい畑が続く農道のど真ん中にある交差点。
辺りは真っ暗で人っ子一人おらず、、雪が絶え間なく降り続いている。信号待ちで自動車を止めたが、他に走っている自動車は一台もなく、明かりといえば、信号機が示す発光ダイオードの赤ランプのみ。
音もない沈黙の空間が、深い闇の底に閉じ込められたような不安感に追い打ちをかける。
こういう時って、本当に、早く信号が青になるように念じてしまいますよね。
思わず、後部座席を振り返ってしまいました。(^_^;)
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