~ 炎 の 氷 壁 ~ ⑦

 どうやら、神崎には、今しがたまでそこにいた女性通報者の身元に心当たりがあるようだ。
 「確か、熊の湯温泉スキー場で、スキーのインストラクターをしている娘(こ)だよ。間違いない」
 志賀高原の熊の湯温泉スキー場は、本格的実力派向きのゲレンデを備え、ナイタースキー対応の設備も充実した老舗中の老舗と呼ばれるスキー場であるとともに、予てより、皇室関係の人々とも所縁(ゆかり)の深い、数々の歴史を生み育んで来た名門コースを有する場所としても、全国的に周知されている存在であった。
 「それならば、何も-------」
 黙って姿を消す必要などないではないかと、雄介は、自己の不首尾は棚に上げて、思わず不快感を口にしかけた。だが、そんな些細な個人的感情に、いつまでも拘泥(こうでい)し続けている訳にはいかない。仕事は待っていてはくれないのだ。
 「雄介、けが人のスキー板やストックを纏めて、本部(した)まで運び降ろしてやれ」
 時任は、雄介を名前で呼び捨てにする。その間髪を入れぬ手加減なしの高声が、雄介の耳朶を打った。
 「は、はい!」
 雄介は、急きょ、自分もスキー板を装着すると、ハンズフリースキーの要領で、両腕に自分のストックと共に負傷者のスキー用具一式をも抱えながら、橇(そり)担架に若者を乗せて運ぶ神崎と可児の後方から、時任とともに、ゆっくりとゲレンデを滑降し始めた。


 冬山の日没は早い。
 正しく、釣瓶が落ちるが如き様で、太陽は、幻想的な紫紺に茜がにじむ暮愁の余韻を西の虚空に描出しつつ、突として峭壁(しょうへき)の端に隠れる。
 雄介は、初仕事に就いての一日が、瞬く間に過ぎたことに、心なしかある種の安堵感と充実感を覚えてもいた。時計の針が午後五時をまわった頃から、ナイターコースを設けていない当スキー場のスキー客たちの人数は、次第に疎(まばら)となって来る。そんな閑散とし始めたゲレンデ内の様子を、監視塔の中のスキーパトロール本部の部屋から、窓硝子越しに眺める雄介のそばへ、やおら近付いた者がいた。
 時任圭吾であった。高木主任以下他のパトロール員たちが未だに出払ったままの、薄暗さを増した室内には、熱湯でドリップしたてのコーヒーのまろやかな香りが、ゆったりと漂っている。
 「初日からいろいろあって、疲れたろう?」
 時任は、慰労の言葉をかけながら、コーヒーを注いだ湯気の立つマグカップを、雄介に手渡す。雄介は、恐縮気味にそれを受け取りつつも、
 「時任さんは、おれが早々に音を上げることを内心期待していたんでしょうが、そいつは問屋がおろさず残念でしたね」
 皮肉をこめて、敢て憎まれ口を返した。時任は、端整な口元に微苦笑を含み、その涼やかな眼差しで淡然として、この小生意気な新入りを見詰める。そして、
 「まだ判らんさ。スキー客の入り込みはこれからが本番だからな。今日など序の口だよ」
 一言釘を刺したものの、何故か語調にそれまでの刺々しさはなかった。雄介には、もう一つこの時任という男の正体がよく飲み込めない。年齢は、雄介より十歳ほどは上であろうか・・・?
 「時任さん、あなたって、よく判らない人ですよね------」
 今日が初対面だというにもかかわらず、雄介は、そんなぶしつけな言葉を時任にぶつけた。
 「そうか・・・・・?」
 自分も一口コーヒーを啜る時任の反応は、いとも素っ気ない。そこで雄介は、可児パトロール員より聞いたという部分は、体よく割愛して、さりげなく訊ねた。
 「医者なんて立派な職業を持っているくせに、どうして、スキーパトロール員なんてやっているんですか?物好きにもほどがあるってェもんじゃないですかね」
 「おれは、根が変わり者なのさ」
 時任は、雄介の意地悪な質問に対しても、ニッと、白い歯を見せて、さらりと受け流した。
 「詰まる所は、雪山に魅了された 男のロマンティシズムのなせる業(わざ)という訳ですか。それじゃァ、奥さんはたまらないなァ」
 首をすくめて、カップに口を付ける雄介が、道理至極の物知り顔で溜息を洩らすのを、目の隅に収めた時任は、
 「------おれは、まだ独り身だよ」
 と、ぶっきらぼうに言ってよこした。


    <この小説はフィクションです。登場する人物名及び団体名は、すべて架空の物ですので、ご了承下さい>



    ~今日の雑記~

    既にお気付きの方もおられると思いますが、以前掲載いたしました「信濃グランセローズ」の三人の選手の写真を、削除させて頂きました。信濃グランセローズ球団や選手の方からのクレームがあった訳ではありません。しかしながら、こうした写真には、様々な方向からの肖像権なるものが発生するとのことで、たとえブログといえども、また、被写体が有名無名にかかわらず、人物関係の写真掲載は慎重にするべきであるとのアドバイスを頂いたためです。たとえば、もし、記事掲載に対する球団側や選手たちの了解が得られたとしても、そこには今度はオフィシャルスポンサーとの兼ね合いが発生する訳です。オフィシャルスポンサーは、スポンサー料を球団側に支払うことにより、球団との契約上、広告等に正式に球団名や選手の写真を載せることを許諾されています。ですから、第三者が選手の写真を使う時は、ユニフォーム着用以外の写真に限るということになりますが、では、プライベート写真は掲載してもいいのかということになりますと、これはこれで、また新たな対個人の問題がそこには生まれます。(オフィシャルスポンサーは、それ以外の団体や個人が、たとえ正式な会員資格を有していたとしても、球団や選手に関する情報を発信することに神経を尖らせています)
    そのような様々な事情により、ブログをご覧いただいた方々、及び、コメントを下さった方々には、この場を借りて、再度の削除をお詫びするとともに、ご報告させて頂く所存です。


    そこで、ブログに写真を使われている方々にお訊きしたいのですが、普段掲載されているブログの写真は、何処まで自由な掲載が可能なのでしょうか?以前、わたしが公共の紙面へ記事を書かせて頂いていた時は、取材元はもちろん、その取材をした場所の提供者の掲載許可も頂いた上で、写真掲載をしていました。
    しかし、個人としてブログを書く時は、その許可がどの範囲まで必要なのかが、法律には詳しくないわたしには、もう一つよく判らないのです。(?_?) 
    皆さんのブログを拝見していますと、レストランで食事をした時などの料理や店内の様子、レストランの外観、また、その他の公共施設や個人店舗などで撮影したものが、よく掲載されていますが、それらは、すべて、お店の方や、店舗の所有者等に掲載許可を頂いてから載せておられるのでしょうか?そして、その場面に必然的に写り込んでしまった一般の人たちに対してはどのような処置をされておられるのでしょうか?また、テレビの放送シーンや、出版物からの引用などは、どの範囲までなら、ブログ掲載が許されるのでしょうか?
    もし、このようなことに詳しい方がおられましたら、ぜひ後学のためにお教え頂きたいと思います。<(_ _)>