カレンダーを買う
2012年10月29日
カレンダーを買う

買い物ついでに来年のカレンダーを買って来た。
近頃は、カレンダーの販売が前倒しになっているせいか、11月に入ると目ぼしいものがほとんど売り切れてしまう。
そこで、今年は少し早かったが、10月のうちにゲット。

レジ係のお姉さんも、「もう、カレンダーの時季なんて、最近は季節感が判らなくなりそうですね」と、苦笑していた。
でも、カレンダーって、案外値段が張るので驚きだ。

バブルの頃なんて、あちらこちらからお歳暮代わりや化粧品の景品としてもらっていたから、わざわざカレンダーを買おうなんて気持ちにはならなかったが、長年の不況続きでそういう習慣もなくなってしまった。
若いお母さんたちは、日々成長する子供の洋服にお金をかけることがままならず、仲の良いママ友の子供同士で着回しているというニュースもあった。
そんなママたちも、自分の着る服は、ほとんどがフリーマーケットで購入したものだそうだ。
みんな、倹約生活を頑張りながら子育てをしている。
そういう庶民の暮らしを軽んずるかのように、また50億円もかけて都知事選を行なうそうだ。

政治家の利己主義には、呆れ返るばかりだ。
50億円あれば、経済的に苦しくて給食費が払えずに困っている母子家庭の子供たちにも、気兼ねなくご飯を食べてもらえるだろうに・・・。
石原さんは、「原発など小さな問題だ」というような発言をしたそうだが、時代を読み違えるにもほどがある。
今は、世界に目を向けるよりも、国民の明日の生活が大事な時期なのではないだろうか?
若い母親たちの不安を逆なでして、選挙に勝てると思うのだろうか?
田中文科大臣が「暴走老人」と揶揄したが、はるか昔、海部さんと戦った総裁選敗北のリベンジのために、庶民の暮らしを犠牲にするのはやめて欲しいものである。
などとぼやきながら、買って来たカレンダーをさっそく部屋の壁にさげた。
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日々のたわごと
2012年10月29日
日々のたわごと

散歩をしていたら、一人の青年が道の反対側を向こうからさっそうと歩いて来た。
その手には、何か紐のようなものを持っている。
紐の先は、青年の前の方に伸びていて、その先を追うと、7、8メートルほども行った辺りに何やら黒くて小さな生き物がチョコチョコと動いていた。
良く眼を凝らすと、その生き物は犬のトイプードルで、まるで機械仕掛けのぬいぐるみのように愛らしい仕草で跳ねるように歩いて来る。
それにしても、青年の持っているリードは、あまりにも長すぎる。
もう少し短い方が愛犬に何かあった時も、とっさに行動できるのではないだろうか?
この場所は、大して自動車も走らないような農道だからいいものの、普通の道路で小型犬を散歩させるのならば、やはりそれなりの注意が必要だと思った。

街の人たちに石原都知事のイメージを訊ねると、おそらく90パーセント以上の人は、
「男らしい、硬派。タカ派でリーダーシップの塊」
と、いうような評価を口にするのではないだろうか?
しかし、わたしには、どうしてもそうは思えないのである。

石原都知事は、かつて自民党総裁選での敗北経験もあり、その陰で対立候補の海部さんの票集めに奔走した小沢一郎氏を心底嫌っているという話もある。
が、この小沢さんと石原さんは、実は性格的にはかなり似ているのではないかとも思うのだ。
似ている者同士は、お互いの欠点が見え過ぎてしまい、足元をすくわれるのではないかと、とかく反発し合うものなのである。
物事が自分の意のままにならないと、それでもジッと沈黙し、次の機会を待つということが出来ない。
自身のプライドが許さないとばかりに、すぐにそこから逃避する。石原都知事も、小沢さんも、結局過去に自民党を飛び出している。
また、互いに剛腕政治家と評されてはいるが、石原さんは頻繁なまばたきをするし、小沢さんはすぐに鼻をいじる癖がある。これらは、本来、気が小さい人がする癖の最たるものである。
気が小さい人は、とかく自分を大きく見せようとして、言動が派手になるし、大風呂敷を広げたがる。自分は常に悪くなく、悪いのは周囲の者たちだと言い張るのも、そういう人の口癖だ。
たとえつまらなくても一つのことを最後までやり通す根気強さよりも、目新しさの方に魅力を感じ、平気でこれまでの成果を放り出すことの気変わりな生き方の方を、真の男儀だと思い込む節もある。
人を利用するつもりが、実は利用されているということに気付かないのも、こうした人の特徴ともいえるのだ。
「平清盛」ではないが、味方だと思っていた者が実は敵で、敵が味方だということもあり得る魑魅魍魎がばっこする政界を、緻密かつ狡猾に動き回るには、二人ともあまりにも派手すぎる。
言葉は過激だが、内心はビクビクもので、いつも虚勢という鎧兜を身にまといながらしゃべっていることが何となく顔色から判断出来ることもあり、こういう人が国政に復帰するのはど~なのかなァ・・・とも不安になる昨今ではある。

ここ数か月前あたりから、スーパーの米の値段が若干上がっているように思うのは、わたしだけだろうか?
もちろん米のブランドにもよるが、5キロ入りが4キロ入りになり、値段は5キロ入りとさほど変わらない。
早くも、消費増税に備えての措置なのだろうか?
このままで行けば、どうやら、政府は、毎日学校帰りに100円のお菓子を買うことを楽しみにしている子供たちの小遣い銭までも、家計から取り上げてしまおうという魂胆のようだ。
復興税と称したものが、実は、霞が関省庁ビルのエレベーターのボタン押し係の給料に充てられていたなどということのないように、お願いしたいものである。
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料理下手の奥さまを持ったら・・・
2012年10月28日
料理下手の奥さまを持ったら・・・

ヤフーの知恵袋を読んでいると、妻の料理に閉口している夫からの投稿が意外に多いことに驚く。
「結婚して5年になるが、未だに妻の料理下手には困っている。焼きそばには、生の玉ねぎしか入っていないし、そうめんつゆにはゴマ油が入って出て来るので、せっかくのそうめんが油まみれのギトギトで食べられたものじゃない。
それとなく、そういうものは好きではないことを伝えたのだが、まったく理解してくれない。どうしたらいいか?」

「妻の料理がとにかく雑で困っている。カレーを食べたら、何だか味噌の味がするので、訊いてみると、残りのみそ汁にカレー粉を入れたという。ご飯には、必ず何かが載って出て来るし、名前の判らない野菜が入っている野菜炒めも・・・。
もっと何とかならないかと言うと、『オリジナル料理なんだから、食べて』と言って、悪びれた風もない」
回答には、「料理教室へ通わせろ」とか、「投稿者自らが手本を示して奥さんを教育しろ」「妻をレストランへ連れて行って、どういう食材や調味料が使われているのかを夫婦で研究する」「味音痴は、妻の実家の母親からの遺伝だから、教えても無駄」「ぼくの舌が普通の人よりも敏感だから、もう少し塩味を加減してくれと、やんわり頼む」というようなものがあった。
料理とは、何ぞや?---と、考えると、おそらくは、その人のセンスや想像力の集大成であり、盛り付けなども含めれば、究極の総合芸術のような気がする。
たとえば、生まれつき絵心がある人は、風景を一目見ただけで、それを正確にデッサンしたり、どの色を組み合わせるとより近い色が出るかを、瞬時にして判断出来る能力を持っているものだ。
それと同じように、料理を作るのがうまい人は、見本となる料理を一目見ただけで、そこにどのような食材が使われているのかを理解し、一口食べただけで、どんな調味料が使われているのかを知ることが出来る。
食材や調味料の本当の名前は知らなくとも、それに近い味のものを想像する能力は持っている。
ところが、そういういわゆるセンスや想像力がまったく働かない人は、「料理なんか、何でも手当たり次第に煮たり焼いたり雑ぜれば何とかなるもの」と、考えて、子供が絵具をグチャグチャに混ぜ合わせる感覚で作ってしまったりするのではないだろうか。
もしくは、どのような食材が料理に使えるのかを知らないために、頭の中にある知り得る食べ物しか調理出来ず、いつもいつも同じものばかりが食卓に並ぶということにもなるのだと思うのである。
どうしても、料理がうまくならない奥さまを何とかしたいと思うのならば、回答の中にもあったのだが、まずは、一番シンプルなものから教えるという手はどうだろうか?
ご飯の炊き方、魚の焼き方(今はフライパンで焼き魚が出来るとか)、簡単な味噌汁の作り方、玉子焼きと目玉焼き、ゆで卵の作り方、調味料なしでの野菜やハム、ソーセージの炒め方、おひたしの作り方----といった、味は料理が食卓に並んでから醤油や塩コショウで食べる時につければいいというような料理を教えるのも一つの方法ではないかと思う。
料理教室に通うのも良いだろうが、教わった料理を再現するために、やたらと高価な食材や調味料を買いそろえて、結局は一度使っただけで冷蔵庫内の飾り物になるような例も多いそうだ。
料理は毎日三度三度のものであるから、作る方も飽きずに作れなくては意味がない。たった一食、一世一代の豪華料理が作れたとしても、次の日から店屋物ではお話にならないわけで・・・。
家族が飽きないように、おいしく食べられるようにと、一家の主婦が毎日の食事の用意に頭を痛めるのは、当然といえば当然だが、最初からあれもこれもと覚えるのではなく、一つの作り方で何にでも変身するような料理を覚えておくのも、料理下手の奥さまには重宝するのかもしれない。
たとえば、カレー。ジャガイモなどは芽をとるのが難しいならば、ジャガイモ抜きでキャベツと玉ねぎ、ニンジン、肉だけでも作ることが出来る。
これらを一度に鍋に入れて水で煮る。市販のカレールーを入れればカレーに、ハヤシライスのルーを入れればハヤシに、シチューの素を入れればシチューに、味付けがコンソメだけでもあっさり味のポトフになる。
これだけで、レパートリーは既に四つだ。しかも、鍋一つで出来る。
まずは、料理下手の奥さまたちに料理の楽しさを知ってもらうことが大事だろう。
それには、やはり夫や子供たちの、「おいしい!」の声が不可欠である。
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あなたは聞き上手?
2012年10月27日
あなたは聞き上手?

「わたしって、人の話を聞くのが大好きだし、かなりの聞き上手だと思うわ」
そう思っている人は多いだろうが、本当にそうだろうか?
聞き上手か聞き下手かは、実は自分自身が判断するべきものではなく、話を聞いてもらう相手の方が決めるものなのだという。
そりゃァ、そうだろう。話す方が気持ちよく話せるかどうかは、聞く側の聞き方によって変わるのが普通だ。
そういう訳で、聞き下手の人が、ついやってしまう間違った聞き方を書いてみようと思う。
① やたらと頻繁に相槌を打つ。
「うんうん」とか「だよね。だよね」「そうそう」など、つい判った風な顔で相手の話が聞こえないほど何度も相槌を打つ人がいるが、これは実にウザい。話す側は、「本当に、わたしの話聞いてるの?」と、不安になってしまうものだという。
相槌は、ほど良い頻度でタイミング良く打つべし。
② 他人の話の中のキーワードに飛びついて、自分の話を始めてしまう。
「昨日、わたしの誕生日だったんで、夫が----」「へ~、そうなの。誕生日といえばね、あたしが20歳になった日にさ・・・」というように、一つのキーワードに反応して、会話を自分の方へ引き込んでしまう人は多い。こういう人は、相手の話を聞いているようなふりをしながら、結局は自分の話しかしていない人である。とても聞き上手とはいえない。他人の話は最後まで聞くこと。自分の話は、それからにしよう。
③ 相手の話の流れや落ちを、自分の方が先走って話してしまう。
話すスピードが遅い人や、言葉を選ぶのが得意でない人の話がまどろっこしくて、つい自分から、「あれはこういうことで、その後こうなったんだよね」と、結論までしゃべってしまう人も、聞き上手とは言えない。こういう女性、わたしの大学時代にもいて、友人たちの顰蹙を買っていた。人は皆、話がしたいという欲求を持っている。どんなに知っている話でも、イライラしても、相手の話を最後まで聞くのが、聞き上手である。
④ 反応が返って来ない。
こちらがどんなに一生懸命面白い話をしても、相手が「へ~~」「ふ~~ん」の繰り返しでは、話す方もしらけてしまう。話に関心が薄いと思われ、もうこいつには色々話したくないと敬遠されるのが落ちである。関心の少ない内容でも、楽しそうに相槌を打つのも聞き上手のマナー。
⑤ 「そりゃ、そうだろうな。そんなの当然だろう」と、人から聞いた話に、もう既に知っているというような反応を返す。
初めて聞く話にも、「そんなの前から知っているさ」というような返事をかえす人は、特に嫌われる。知りもしない内容に対して、知らないということは恥だと見栄を張る人もいる。そういう知ったかぶりをする人には、二度と話をしたくないと思う人は多い。そうなると、聞き下手という不評だけでなく、世間付き合いからもつまはじきにされることを覚悟せよ。

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過干渉に悩む子供たち
2012年10月27日
過干渉に悩む子供たち

NHK総合で、親の過干渉に悩む子供たちのことを取り上げていた。
生まれてこの方、着る服から友人に至るまで、ありとあらゆる物を母親(専業主婦)に決められた生活を強いられてきたという20代の女性は、今でも母親の意見に従い続けているそうである。
彼女は、成人しているにもかかわらず、未だに門限を守らされ、両親には自分の意見を言うことが出来ない。
「もしも、自分を主張して、親から見放されたら怖い」
と、その理由を話した。そして、友だちも出来ず、家族の中でも孤独を深めて行った女性は、インターネットの世界に友人を探すことにはまり、チャットで知り合った行きずりの男性と肉体関係までも結んでしまうことになったという。
「とにかく他人と話がしたかった。話を聞いてくれる相手なら、誰でも良かった」
女性は、現在も親に隠れてネットで話し相手を探している。

番組ゲストたちは、こうした子供への過干渉の親が増えていることについて、
「親自身が世間との接点を持たないために、関心が子供だけに向いてしまう。子供が人生に失敗しないように、先へ先へとレールを敷き、結果、一人では何も出来ない子供を育てることになってしまうのだ。
この女性も寂しいならば、バイトでも探して働けばいいのだ。職場で家族以外の人間との社会が体験できるし、話し相手も見付かるだろう。
そして、母親自身もまた外で仕事をすればいい。家にばかりいて狭い世界しか知らないから、子供のことしか見えなくなっている。今は、親子そろって自立出来ない人が増えているのだ」
と、分析していた。
そういえば、ヤフーの知恵袋にも、正社員として仕事が決まった母親からの投稿で、
「夫も了解のうえ、子供が中学生になったら仕事に出るため医療事務の資格を取った。すると、つい最近、正社員で働かないかという話をもらい、こんな機会を逃しては損だと就職を決めたのだが、小六の娘が、
『家に帰った時、お母さんがいないなんて嫌だ』
と、泣きだす始末。せっかくの就職を諦めたくないのだが、どうしたらいいか?」
というものがあったが、小六にもなって母親がいないと困るなど、過保護が過ぎるという回答が圧倒的に多かった。
確かに、近頃は、少子化も手伝って、子供に異常なほど干渉する親が増えているようだ。
それが原因で、大人になっても他人とのコミュニケーションが苦手で、就職できないという人たちが多いという。
子供の安全を考えるあまり社会から遠ざけ続けたあげく、人間として生きる術まで放棄させてしまい、三十歳を過ぎても引きこもりのままだという男性もいる。
子供をそんな風にしてしまったのは自分のせいにもかかわらず、そういう子供を持つ母親は、「働いて生き方を見付けて欲しい」と、嘆くが、それこそが本末転倒だと、番組ゲストは苦虫をかみつぶした。
「そもそも、そういう母親の考え方が間違っている。人は働くために生きるのではない。生きるために働くのだ。まず、生きなければ意味がない。子供を生かすということを知らない親に育てられた子供は不幸だ」
しかしながら、品行方正で成績優秀な子供を育てることが、自分自身の評価を上げることにもなるのだと思い込んでいる母親は多い。
自分と子供は一心同体。自分が果たせなかった夢を、子供に強いる親も少なくない。
引きこもりの子供を持つ母親の一人がこんなことを言った。
「自分の子供だけは、良い学校に入って欲しい。自分の子供だけは、良い会社に就職して欲しい---どうしても、そう考えてしまうんです」
他の子供はどうでも、自分の子供だけは幸せになって欲しい----そんな親の過剰なエゴが、子供たちの心を追い詰めていることに、早く気付いて欲しいと番組は訴えているようであった。
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モロゾフコーチの告白
2012年10月26日
モロゾフコーチの告白

ニコライ・モロゾフコーチとミキティー(安藤美姫)は、かなり前から恋愛関係にあったと、情報番組「知りたがり」の取材でコーチ自身が告白した。
そんなモロゾフコーチのインタビューを聞くにつけても、男女の仲は難しいと思ってしまう。
彼の言い分を信じれば、別れ話はミキティーの方から突然切り出したようだが、コーチ自身は、未だに彼女のことが忘れられないようだ。彼は、「ミキティーとの結婚も考えた」と、話していた。
しかし、別れて一年後の今年三月に、ミキティーから「恋愛関係は抜きにして、コーチだけを引き受けて欲しい」と、頼まれたそうだが、彼は断わったという。
モロゾフコーチは、選手の私生活までも把握していないと、選手の個性を生かした指導は出来ないという主義なので、単にコーチだけを頼むといわれても引き受けられないというのが、表向きの理由のようだ。
しかし、そもそもそれほど公私の区別なく二人三脚で信頼し合い、五年間という長きにわたり師弟の関係を築き上げて来た二人が、突然決別という事態になるには、よほどの訳があったとしか思えない。
ミキティーは、どちらかといえば感情の起伏が激しく、全身全霊で人を愛するタイプだそうだ。自分だけを見ていて欲しいという気持ちが、他の選手よりも強いのかもしれない。
それだけに、モロゾフコーチが自分以外の女子選手を指導するのが耐えられなかったということも想像に難くない。
でも、ミキティーの方から再びコーチ就任を打診してきているということは、彼女もまったくモロゾフコーチのことが嫌いになったわけではないだろう。
モロゾフコーチの言葉の端々を読むと、ミキティーの周辺にいる人たちが彼女の将来を懸念して、彼女と自分の仲を裂こうとしているように憶測している節も無きにしも非ずだが、未だにお互いを憎からず思っているのだとしたら、この際、彼の方が男の意地を捨てることも考えられる。
まあ、フィギュアスケートファンならば、ここは一つモロゾフコーチもミキティーも、お互いに少し大人になってソチ五輪の金メダルを目指し、もう一度タッグを組み直して欲しいと願うところではある。
二度の世界女王がオリンピックのメダルなしのまま引退では、あまりにも残念としか言えない。

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ボディータッチは是か非か?
2012年10月26日
ボディータッチは是か非か?

洗面所の壁にかけてある時計を見たら、午前二時半で止まっている。

この時計は、必ず毎年秋になると止まるわけで、電池はほぼ一年しか持たないようだ。
急いでコンビニまでボタン型電池を買いに行ったついでに、目に入った山菜蕎麦も買ってしまった。
「かけ蕎麦は塩分が高いんだよね~」なんて独り言を言いつつも、完食。しかし、心を鬼にして汁は残す。
そうそう、肝心の時計の電池を替えるのを忘れていた。

会話の途中に、相手の身体をやたらに叩いたり、触ったりする癖のある人がいるが、こういう人はどういう性格なのだろうか?
簡単にいえば、寂しがり屋でやや自信がなく、自分の意見に賛同して欲しい人だといえるようだ。
では、そんな時、人は身体の何処をタッチされると相手により親近感が湧くのだろう?
これを調べると、男性と女性とでは、明らかに答えが異なるそうである。

女性の場合は、たとえ挨拶程度のボディータッチとはいえ、異性から身体をさわられることを嫌がる人は多い。
好きな人以外からのボディータッチは、ほとんどセクハラ行為と捉えるからである。
ところが、男性の場合はこうした女性の反応とはかなり違うという。
オフィスでの仕事中、書類の受け渡しをした際につい同僚女性と手が触れただけでも、ちょっと嬉しかったり、仕事が終わりに同僚女性から、何気に、
「お疲れさま」
と、軽く肩を叩かれるなどしただけでも、胸にグッと来てしまうなどという男性もいるらしい。
でも、飲み会の席で酔っぱらった勢いで、女性から「良い子、良い子」のように頭をなでられたりする時は、思わずムカっとするという意見も。
つまり、異性から何の下心もない不意の瞬間に、さりげなくボディータッチされた時、男性はちょっと相手を意識してしまうのだという統計もあるのだという。
しかし、それらはあくまでも異性間でのこと。
同性の場合は、どうかといえば、特に女性同士は難しいようだ。
どんなに親しい間でも、いきなり身体を叩かれたりすれば、腹が立つという人は多い。
見下されたような気持ちになるとして、不快感を示す人も多々いるのだ。
そういえば、男の子たちは小さな頃から友だち同士で肩を組んだり、群れているのが普通だが、そうした女の子たちにお目にかかったことはあまりない。
どんなに仲が良くても、女の子同士で身体を寄せ合うことはないのである。(まあ、たまに手をつなぐことぐらいはあるだろうが・・・)
つまり、男女間のボディータッチは、お互いがあまり親しくないうちは、男性側から行なうのは、よほどのことがない限り避けた方がよさそうである。
そして、女性から行なうならば、ごくさりげなく嫌みでない程度に・・・。
そうはいっても、いくら女性からでも、あまり頻繁に馴れ馴れしい態度で接するのは、男性も興醒めして不快に思うという調査結果も出ているらしいので、気を付けた方がいいだろう。
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セレブ婚希望の女性たち
2012年10月25日
セレブ婚希望の女性たち

先に書いた番組応募のセレブ婚希望女性の一人(テレビ局のディレクター)だが、アラフォー病院長とのお付き合いが、何とか滑り出した。
しかし、それに行きつくまでに最大のネックになったのが、彼女の爪。
彼女は自分の両手の爪にかなりのこだわりがあるようで、お見合い当日も、主催者からそのゴールドのネイルアートを施した魔女のような長い爪を切るようにアドバイスされたにもかかわらず、絶対に切りたくないとごねた。
そこで主催者は、仕方なく彼女に大きめのストールをまとわせ、爪を隠すように指示。
晴れの場所には似つかわしくない異様な格好で、お見合いに臨んだのだった。
それでもお見合い自体は、女性の積極性も手伝ってなかなかうまく運んだのだが、後に病院長が出した答えは、
「お付き合いさせてもらいたいが、やはり爪は切って欲しい。それじゃァ、米もとげないでしょ?」
と、いうものだった。たとえセレブといえども、妻には料理ぐらいして欲しい。
とはいえ、女性ディレクターの爪に懸ける情熱はパンパないほどだったので、スタジオのゲストたちも相手男性への彼女の返事に一瞬息を飲んだが、
「----わたしもお付き合いさせて欲しいです。爪も・・・切ります・・・」
彼女は、やっと聞こえるほどの小さな声で、信じられないほどしおらしく答えた。
やはり、そこはセレブ婚を夢見る女性。たかが爪一つに執着して、あたら病院長夫人の座を手放すことは出来なかったようである。
でも、こういうワンポイントにこだわる女性は、男性との関係がうまく行き出すと途端に再び自己主張が頭をもたげ、自我を貫き始めてしまう傾向が大だ。
男性も甘い顔は禁物であろう。
もう一人のセレブ婚希望女性の方は、内科医(勤務医)とそれなりにうまく行きそうな気配だったが、このディレクター女性は、見た目通り気も強そうなので、何となく前途多難の予感がしてならなかった。
結婚は、一つでも相手に嫌なところがあったらやめた方がいい----と、昔から言われるそうである。
つまり、裏を返せば、特別良いところがなくても、嫌なところがなければうまく行く----ということのようである。
番組では、出来れば、その後の彼女たちの近況も追いかけて報告して欲しいように思った。

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婚活駆け込み寺
2012年10月25日
婚活駆け込み寺

今の時代は、女性が蕎麦を打って客に提供しても、別にお客から苦情が出ることはないようだが、しばらく前は、
「女が蕎麦に手ェ出すもんじゃねェ」
と、蕎麦通に叱られたものだという。
女の平均体温は男よりも高いので、粉を打つ間に温かくなってしまい、本来の蕎麦の風味を損なうという理由だそうだ。
わたしの祖父も、地元ではそこそこ知られた蕎麦屋を営んでいたが、祖母や娘たちがそば粉をさわることさえも許さなかったという。
「女は、うどんでもこねていろ。蕎麦打ちは男の仕事だ」
祖父にとって蕎麦は、ただの食べ物ではなく、もっと奥の深い神聖なものだったのだろう。
「神様に供える蕎麦を、女なんかにさわらせない」
それが祖父の蕎麦打ちとしてのプライドだったようだ。
秋といえば、新蕎麦の季節である。
ニュースで観たが、そばの里・戸隠では、戸隠神社に新蕎麦を奉納する祭りが開かれるという。
新蕎麦や 猪口(ちょく)に流転の月を割り
この季節、冴え冴えとした月を眺めながら、新蕎麦のふくよかな香りを楽しんでみたいものである。
この間、何かの番組で、婚活男女のお見合いを取り持つ二人の仲人協会代表女性の活躍ぶりを観た。
一人の女性は、自分が何十回ものお見合いの末に、セレブ婚を果たしたという経験から、セレブ男性と一般女性を対象としたお見合いをセッティングし、多くのカップルを成婚させて来た実績の持ち主。
この会に登録しているセレブ男性のほとんどは医師だそうで、この代表女性は、番組で募集した一般女性二人とお見合い相手の男性医師たちを、お付き合い合意のレベルまで持って行くことに成功した。
もう一人は、一般男性と一般女性をマッチングして結婚させる腕は日本一という仲人協会代表の女性。
この仲人協会代表女性は、番組が募集した婚活女性の中から選んだ元看護師の女性を、映画の「マイフェアレディー」よろしく、歩き方、メークの仕方、ファッション、表情の作り方までも徹底的に指導して、身形に無頓着で、正に「化石」のようだった彼女を大変身させた。
そして、恋愛経験がほとんどない応募女性の性格を考えて、まずお見合い男性との会話に慣れてもらうために、協会側が頼んだ予行演習用の男性と話をさせ、会話のコツを掴んでもらった。
その後、本当のお見合いにチャレンジしたのだが、最初のお見合い相手男性との間ではあまり会話が弾ます、応募者の方から「ごめんなさい」。
しかし、次の男性とは、同じ鉄道ファンという趣味の会話で盛り上がり、お互いが好印象を持って結婚を視野に入れたお付き合いを始めるということで、お見合い作戦は大成功に終わった。
これを観ていて思ったことは、今の30代、40代の人たちは、本当に出会いの場が少ないのだということである。
前述の二人の男性医師も毎日の仕事に追われ、アラフォーになる今日まで結婚相手を見付ける暇さえなかったというのだ。
先日書いた巨大街コンの話題ではないが、社会に出会いの場がなければ、男女が知り合うきっかけすらないのだから、とても結婚まで漕ぎつけることなど土台無理である。
皆、結婚はしたい。でも、どうしたらいいのか判らない。
これからの社会には、そんな悩める男女に救いの手を差し伸べる、いわゆる婚活駆け込み寺が、ますます必要になるのかもしれないな。

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血液型の相性占い「B型」「AB型」
2012年10月24日
血液型の相性占い「B型」「AB型」

日が短くなって来ると、気分的に落ち込むという人は多いが、特に、更年期に突入している女性は、それが顕著に出るという。
体調不良も手伝って、中には自殺を考える人もいるそうである。
そんな更年期の奥さまを持つ男性は、奥さまにあれをしろ、これをしろと、過度な要求をしないことが肝心だという。
ただでさえ、体力的にいっぱいいっぱいのところへ、いちいち口うるさく言われたことが原因で、ある日ふらりと買い物に出たまま行方不明になってしまったという女性の例もあるそうだ。
秋は、気を付けた方がいい季節だともいえる。
血液型「B型」男性は、個性が強いスペシャリストタイプなので、自らが定めた目標に対しては、かなりのこだわりを持つ。
集中力がハンパなく高いので、興味のある分野以外にはほとんど関心を示さない。
人の話も、興味がある話題だけは記憶に留めるが、その他は聞いた端から忘れ去る。
組織には向かない性格なので、人付き合いは苦手。自分からはアプローチするのだが、相手が逃げてしまうということで、腹を割った話が出来る友だちは少ない。
そんな訳で、仕方なくB型同士が集まる傾向が大である。
仕事面では、個性が強いので人を相手にする営業などには不向きなのだが、専門知識が求められる開発分野などのプロジェクトを任されると、とんでもない能力を発揮する可能性も高いといえる。
こんな「B型」男性の上司に向いているのは、B型とA型。O型上司は、約束や忠誠心を反故にされると激怒するタイプなので、気変わりのB型男性には不向きだそうだ。
ビジネスパートナーとして相性がいいのも、やはりB型とA型。こちらもO型は難しい。
血液型「AB型」男性は、四つの血液型の中で、最も免疫力が弱い血液型と言われるらしい。
ビジネスシーンでも、どちらかといえば内向的で、人を押しのけてまで前へ出ることを好まない。
A型とB型の相反する気質が同居しているために、客観的視点でコツコツする仕事にも向いているが、発想力に長け感受性豊かな面もあり、芸術家や研究者向きタイプともいわれる。
中長期のビジョンを描くのは得意だが、短期で成果を上げろといわれるような仕事には不向き。
相性の良い上司の血液型は、「A型」や「AB型」。体力があり、何事も根性主義の「O型」上司とは、あまりうまく行かない。
ビジネスパートナーとしての相性がいいのも、気遣いがある「A型」と気心が知れた「AB型」。「O型」のパートナーと組むと、心身ともに疲れてしまう傾向が大だそうだ。

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血液型相性占い「O型」「A型」
2012年10月24日
血液型の相性占い「O型」「A型」

ある番組でお公家さんのお歯黒、まろ眉、白塗り化粧の意味を解説していたが、実に面白かった。
お公家さんがお歯黒を塗っているのは、昔、天皇の歯が虫歯だらけだったので、それを目立たせまいと公家たちがわざと白い歯を黒く塗ったことから始まった習慣なのだそうだ。
まろ眉は、本当の眉毛をそって額の上の方へ丸く偽の眉毛を描いたものだが、これは誰が敵か味方か判らない伏魔殿のような朝廷内で、公家たちが自分の感情を容易に面に表わさないようにするための工夫なのだとか。
お公家さんたちの代名詞でもある白塗り化粧は、当時、屋敷の中があまりに広く、外光が室内まで入り込まず昼間でも真っ暗だったため、顔を白く塗ることで自分の存在を判らせたのだという。
あの珍妙なお公家さんファッションにも、ちゃんとした理由があったわけだ。
「O型」の男性は、免疫力の強さから、新しい環境での仕事もいとわずに、バイタリティーあふれる積極性でガンガンこなして行くという。
親分肌のO型男性は、周囲の人望も厚いが、反面独善的で敵も作りやすい。
打たれ強さも持っているので、営業マンなどに向いているのだそうだ。
しかし、大ざっぱな性格ゆえに経理や会計などの専門的な仕事には不向きで、一日中腰かけているようなデスクワークは大の苦手。
A型やAB型上司とはうまくやっていけるが、B型上司とは水と油。
ビジネスパートナーとしては、B型やAB型は馬が合わず、A型や同じO型とはうまく行くようだ。
「A型」の男性は、一口で言えば八方美人。
人間関係のストレスは、絶対に避けたいと思うがために、協調性を重視し過ぎると、誰にも良い顔をしてしまい逆に信用をなくして嫌われる。
しかし、その協調性を重んずるという長所を生かせば、チームを統率する中間管理職向きではある。
ところが、そんな自分自身を変えようとして、時にとんでもない行動に出ることも----。
あまり突飛な行動をすると、周囲から浮いてしまい、信用をなくすことにもなり兼ねないという。
同じA型やO型の上司とはうまくやっていけるが、B型上司とは反りが合わない。
ビジネスパートナーにするなら同じA型同士が良い。B型とO型にはパシリ扱いされるなど、振りまわされそうだ。

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最後のひと仕草が大事
2012年10月23日
最後のひと仕草が大事

「自分は、どうも、他人から良い印象を持ってもらえない」
「もう一度会って話したいのに、二度目は拒否される」
そんなことを感じている人は、意外に多いはず。
もしかしたら、それは、あなたの最後のひと仕草が足りないのかもしれない。
あなたと取引先の社員が喫茶店で待ち合わせて商談をしたとする。
話が良いところまで煮詰まったところで、細かな打ち合わせは次回----となった帰り際、あなたは、どんな態度をとるだろうか?
取引先の社員がまだ喫茶店の席にいるとして、もしも、そちらの方を一度も振り向かずにまっすぐ会計に向かってしまったら、その商談は、その後あまりうまく運ばない可能性も大きい。
つまり、人の印象は、何かことを成し遂げた直後の態度が左右するといっても過言ではないのだそうだ。
この場合、席を立ったあなたが、二、三歩歩きかけたところで、再び商談相手を振り返って軽く会釈するだけでも、その印象はかなり良いものになるはずである。
それを、一度も振り返ることなく、さっさと帰ってしまったとしたら、相手はあなたが自分との話し合いに疲れてしまっているのではないかと気を回すかもしれないのだ。
当然、あなたに対するイメージは良いものではなくなる。
人の本心は、物事が終わった直後に現われるのである。
彼女(もしくは彼)との初デート後にしても、契約完了後のビジネスパートナーとの間にしても、理屈は同じなのだという。
別れ際にも気を抜くことなく、何度か相手を振り返り、にこやかに手を振ったり会釈をするだけで、あなたの印象はぐっとアップする。
もっと言えば、二人で話をしている間よりも、別れ際の一瞬の態度の方がより強く印象を留めるわけである。
つまり、あなたの印象を良くするも悪くするも、別れ際のひと仕草にかかっているともいえるのである。

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スマホ依存症チェック
2012年10月23日
スマホ依存症チェック

米・メリーランド大学の研究者が、世界中の学生を対象に「24時間スマホに触れずにいられるか」という実験を行なったところ、70%が途中リタイアしたという。
「この70%の人は『スマホ依存』。日本にも“患者”は多く、最近は中高年でも珍しくありません」(ケータイライター・佐野正弘さん)
メディア・コミュニケーション論が専門の同志社女子大学・中島純一教授の話。
「スマホ利用を否定するわけではないですが、あまり依存しすぎると、生身の人間とのコミュニケーションを面倒に感じるようになるなどの問題が生じます」
あなたは大丈夫か?
以下、中島教授作成の「スマホ依存度チェックリスト」でチェックしてみてほしい。
□スマホを忘れると、会社を遅刻してでも取りに帰る。
□スマホがないと時間を潰せない。
□スマホに触れているだけで落ち着く。
□何の目的もなくタッチパネルをいじってしまう。
□電池が切れるのが怖いので、充電器を持ち歩いている。
□トイレやお風呂にもスマホを持っていく。
□目の疲れを感じたり、肩や首が痛くなってもスマホを使い続けてしまう。
□スマホが原因で睡眠不足になったことがある。
□友人や恋人と会っている時でもスマホを触ってしまう。
□しゃべるよりもチャットやツイッターの方が楽だ。
□スマホに名前を付けたり、デコレートしている。
「8項目以上にチェックが入った人は、すでにスマホ依存と考えていいでしょう。以前と比べて落ち着きがなくなっていたり、注意力が散漫になっていませんか? さらに依存が進むと、現実世界の友だちや恋人を失ったり、出社拒否や引きこもりにまで発展する可能性があります。また、チェックの数が6~7項目だった人は、スマホ依存予備軍。これ以上悪化させないように気をつけて」(同前)
止める方法はあるのか?
「利用時間を少しずつ減らす努力をするしかない。まずは、食事や入浴時にスマホを手放すようにしてみましょう。目標は、1日の利用時間を5時間以下にすること」(同前)
スマホ利用時間計測アプリが必要か? (週刊文春2012年10月25日号「THIS WEEK 生活」より)(YAHOO!ニュース)
わたしは、スマホも携帯電話も持っていないので、何とも言えませんが、睡眠不足や身体の不調を感じてもスマホを手放せないというのは、明らかに麻薬の類と同じですね。
人としゃべるよりも、チャットやツイッターの方が楽だと思うようになったら、人間としてど~なの?と言いたい。
インターネットの交流サイトをたくさん持ち、やたらにネット会話をしている人は、年齢層に関係なく多くなってきているようだけれど、やっぱり出来ることならば実際に顔を合わせて話をした方が、間違いなく健全だと思う。
先日、自宅のパソコンを何者かに遠隔操作されて、脅迫文を書いたように疑われ、犯人扱いされたという人たちの冤罪事件があったけれど、その際に、誤認逮捕された学生さんの家には、家族で使う五台ものパソコンがあったと聞いてビックリした。
テレビはいらないけれど、パソコンやスマホは欲しいというのは、たぶん、こういう人たちなんだろうな。
わたしは、テレビがなかったら、絶対に困ります。

さて、あなたは、どれだけチェックポイントがあったかな?
手ぶりの大きい人の話は半分に聞け
2012年10月22日
手ぶりの大きい人の話は半分に聞け

政治家にしても評論家にしても、話しながらやたらに手ぶりが大げさになる人がいる。
こういう人は、得てして自己陶酔型の性格で、話を盛り上げながら自分の話術に酔っている節があるといわれる。
手ぶりの大きな人の話は、確かにためになるし、面白いのだが、こういう人はサービス精神も旺盛なために、ついつい聞き手を喜ばせたくて、エピソードを大きく作ったり、他人から聞いた話に尾ヒレをつけて伝えがちなのだそうである。
事実と異なる嘘も交じることがママあるために、すべてを鵜呑みにするのは考えものだそうだ。
しかし、話術には長けているので、聴衆をひきつけるのは大得意。
罪のない嘘ならば、会話のスパイス程度に効かせる術を心得ている人も多く、辻立ちで演説するような政治家にはもってこいのタイプといえるのかもしれない。
中でも、大きな手ぶりに加えて、話しながらやたらに髪をなでたり、頬をさわったりと仕草が忙しい人は、特に自分に酔いやすい性格だという。
そういえば、以前、面白い話を読んだことがある。
ある男性が会社の同僚男性についての悩みを雑誌(だったと思うのだが・・・)に投稿していたのだが、その同僚男性には不思議な癖があり、話をしながら自分のほっぺたをやたらに引っ張るのだという。
ある日、その同僚男性が新規開発商品に関する社内プレゼンテーションをすることになり、上司も含めた社員たちの前で意気揚々と説明を始めたのだそうだ。
だが、そのうちに同僚男性は自分の説明に没頭するあまり、いつもの癖を出し始めたのだという。しかも、いつも以上にほっぺたを引っ張るので、目はあかんべーをしたようになり、それは大変な形相になっていたのだそうだ。
部屋に集まった社員たちの目は、プレゼンテーションの内容よりも彼の顔に集中。
投稿男性は、何度か注意しようと思ったのだが、その機会を見付けられぬままプレゼンテーションは終了した。
その後、同僚男性は、投稿男性にこう得意気に言ったという。
「みんな、おれの説明をものすごく真剣に聞いてくれていたよな。やっぱり、おれって人を説得する才能あるのかも・・・」
投稿男性は、「そうじゃない。みんな、お前の奇怪な顔にビビっていただけだ」と、反論したかったのだが、未だにそのことを伝えられずにいるとのことであった。
いやはや、癖というものは、恐ろしいものである。

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おばさん協定
2012年10月22日
おばさん協定

このところ、共同浴場へ行くと、必ずと言っていいほど腹の立つことに出くわす。

その最たるものが、三、四人の70代のおばさんたちが結んでいる、ある暗黙協定だ。
(例の「嘘!」を連発する70代女性も、このおばさん協定の仲間である)
それは、簡単にいえば、「自分たちよりも若い女性たちには、意地悪に接しよう」という悪趣味なものなのだ。
どうやら、その中心にいるのが、この間も書いた職を失った女性Aのようだ。
おばさんたち一人一人と一対一で会えば、愛想も良く、気さくに話しかけて来るのだが、これがAが加わった集団になった途端に、まるで皆人が変わったかのように無愛想で毒舌になる。
ボス的存在のAに睨まれるのが怖いのか、Aのいる前では他の人たちに挨拶さえしなくなるのだ。浴室へのドアの閉め方まで乱暴になり、やれお湯が熱いの、お湯を使い過ぎるの、脱衣所の床が濡れているのと、文句の言いたい放題。
しかも、自分たちが機嫌を損なっているのは、すべて他の入浴者たちのせいだとばかりに、大声で嫌みを言い始める。
昨日など、先に浴室にいる60代の女性を脱衣所のガラス越しに睨みながら、
「誰、あの婆さん?----ああ、あのデカい背中は〇〇だね」
と、憎らしげな声で話していた。にもかかわらず、浴室へ入ると、その舌の根も乾かぬうちに、
「あ~~ら、今日は早いんだね~」
などと、猫なで声で親しげに挨拶をしている。
あまりの見え透いた豹変ぶりに、今聞いた暴言を、そのまま60代女性に教えてやりたいと思ったくらいだ。
時々、入浴時間が一緒になる40代の女性などは、「あいつらを人間だと思うから腹も立つのよ」と、そんなおばさんたちとは一切言葉を交わさず、視線さえ合わせようとはしない。
(おばさんたちは、この40代女性のことについても、「根性がねじ曲がっている」など、陰では言いたい放題の悪口を並べている)
わたしも、彼女たちを無視出来れば楽なのだが、近所なのであからさまに素っ気ない態度をとることも出来ず、本当に悩ましい。
まあ、あの悪辣さを回避するためには、彼女たちとの入浴時間をずらせばいいのだが、ずらしたと思っても、相手もまた偶然同じような時間に入りに来ることがしばしばだ。
しかし、本来、あのおばさんたちは共同浴場へは入れないはずの別地区に住んでいるのであって、入るなら他の外湯へ行く立場である。
だが、それでは彼女たちの家から外湯までかなりの遠距離になるので、我が地区が温情で入れてあげている訳なのだから、地区の住民たちに文句をつけるどころか、感謝して入浴してもらわねばならないのが筋なのだ。
筋を通すならば、そういうことなのである。
この地区の人たちが、本気で怒りださないうちに、自分たちの態度を改めてくれればいいのだが・・・。
そこまで気が回るような女性たちではないだろう。

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認知症リスクは、睡眠時間で決まる
2012年10月21日
認知症リスクは、睡眠時間で決まる

東北大学の滝靖之教授らの研究チームが、睡眠時間の長い子供ほど、記憶や感情に関わる脳の部位である「海馬」の体積が大きいことを発見したそうだ。
研究チームによると、うつ病や高齢者のアルツハイマー型認知症患者では、海馬の体積が小さいことが明白になっており、
「子供の頃の生活習慣を改善することで、健康な脳を築ける可能性がある」
と、いうことのようである。
研究チームは、2008年からの四年間で、健康な五歳から十八歳の290人の平均睡眠時間と、それぞれの海馬の体積を調べた結果、睡眠が10時間以上の子供は、6時間の子供より、海馬の体積が一割程度大きいことを突き止めた。
滝教授は、東日本大震災以後の被災者の健康状態も調査していて、
「十分な睡眠をとれず、ストレスを感じたことが、子供の脳にどのような影響を与えるのかも、見て行かなければならない」
と、話したという。
寝る子は育つというが、これは体格のことだけではなく、脳のことでもあるようだ。
今の時代、学習成績を心配して子供に夜遅くまで塾通いさせるのも仕方がないだろうが、子供が大人になってからの将来のことを考えるならば、むしろ毎日の睡眠時間をたっぷりとって、脳の成育に努めることの方が、より大事なのかもしれない。
わたし自身のことを考えれば、子供の頃は午後八時には寝ていたような気がする。
そんな訳で、小学校低学年の頃は、夜八時以降のテレビドラマなど観たこともなく、学校に行っても友だちと話が噛み合わなかったことが印象深い。
だから、未だに睡眠時間が短いと頭が回らなくなるんだな。
でも、だからといって、それほど記憶力が良いとも思えないのだが・・・どうなんでしょ?

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またまた話題いろいろ
2012年10月21日
またまた話題いろいろ

ビッグマックの調理法というものがユーチューブに公開されてからの再生回数は、二カ月余りで約200万回に達したという。
そこでは、味のポイントとなるバンズ(パン)に塗るソースのレシピは、マヨネーズに刻んだピクルス、マスタード、白ワインビネガー、ガーリックパウダー、オニオンパウダー、パプリカパウダーを混ぜ合わせたものだということも紹介されたそうだ。
で、とてもこれだけの調味料は揃えられないので、手近にあるもので、それなりに混ぜ合わせてみた。
まずはマヨネーズ。ピクルスの味は酸味と甘みなので、ポッカレモンと砂糖で代用。
さらにマスタードはないので、和がらしで代用。白ワインビネガー、オニオンパウダー、パプリカパウダーは無視するとして、ガーリックパウダーを入れる。
これらを良くかき混ぜてからトーストしたパンに塗ると、なるほど、なかなかの美味である。
また一つ、パンに合うソースを発見した。

商売をしていると不思議な客が来ることがある。
店に入って来るなり、
「これしか商品がないんですか?」
と、言う。こちらが、「どれほど大量にご入り用なんですか?」と訊くと、客は変な顔をして立ち去った。
また、ある客は、入って来るなり、
「トイレを貸して下さい」
と、言う。案内すると、
「これしかないんですか?」
と、言う。こちらは、「あなた、いったい、幾つ身体を持っているんですか?」と訊くと、これまた奇妙な顔で出て行った。
最近は、実に意味不明な客が多い。
彼らは、いったい何を目的にやって来るのだろうか?

殊に若い人たちが口下手になったのは、インターネットが普及し過ぎたためだという。
文字で書き込むのはスラスラ出来るのだが、いざ、実際に言葉を口に出す段になると、まったく思考回路が働かない。
言語能力が視覚とリンクしないと機能しなくなっているのだそうだ。
そういえば、キーボードを打つのがまだおぼつかない頃は、逆にパソコンを使いながら同時に文章を考えることがほとんど出来なかった。
一度紙原稿に書いた物をパソコン画面に写すのは出来ても、文章を考えながら打鍵するのはかなり難しかったように記憶している。
文字を手書きすることが当たり前の脳は、容易にはワープロ脳に変換できない仕組みなのかもしれない。
でも、さすがに四年近くもパソコンをいじっていれば、打鍵しながら考えることも出来るようになって来た。
慣れとは恐ろしいものである。

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「嘘!」を連発する女性
2012年10月20日
「嘘!」を連発する女性

「戦中生まれは、おしなべて教養がない」
近所の80代女性の口癖である。
産めよ増やせよの時代に誕生した世代だけに、世の中がひどい食糧難にあえいでいる頃、親も子供を食べさせることだけで精一杯のため、教育や教養までも手が回らなかった年代ということなのだろう。
そんな世代の70代前半の知り合い女性の一人に、ことあるごとに、
「嘘!」
を連発する人がいる。
わたしが共同浴場に入った時、まだ日が高い時間だったので節電も考えて浴室内の照明をつけるのを躊躇い、そのまま入浴していると、しばらくして蛍光灯がつき、その女性が入って来た。
「やだ、あんまり暗かったから電気つけて来たけれど、誰が入っているのか---って思っちゃった」
「ええ、さっきはまだあまり暗くなかったので、電気なしで入ったんだけれど、急に暗くなったみたいですね」
と、わたしが言うと、その女性は、わたしの言葉が終わらないうちに、
「嘘!」
と、叫ぶように言ったのである。この一言に、こちらはカチンと来た。
嘘とはどういうことか?こちらは本当のことを言ったに過ぎない。それを嘘というのなら、その証拠を見せてみろ!
そう反応したくなるようなほど非常識な言葉である。
そういえば、バブル期前、何かと言えば「嘘!」を連発するのが若者たちの間で流行ったことがあった。
まさか、その言葉を未だに若者言葉だと勘違いして使っているわけでもないだろうが、「嘘!」という一言が、どれほど相手の気持ちを逆なでするかまで、彼女の貧困な想像力では考え及ばないようであった。
その話を80代女性にしたところ、
「仕方がないさ、食って寝てただただ生きることしか知らないような世代だからね。こっちが大人にならないと・・・」
と、苦笑いした。
でも、そういう世代がわたしたちの上にいるとすれば、彼らが介護される側になった時、どんな世の中になるのだろうか?
息をするかわりに「嘘!」を連発されたのでは、真面目に介護をしてやろうという気もなくなろうというものである。
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巨大街コンを分析する
2012年10月20日
巨大街コンを分析する

昨夜のNHK長野局の番組「知るしん」では、先日松本市で開催された巨大街コン「松コン」についての特集を取り上げていた。
近頃、全国で開催されている参加者1000人、2000人規模の街コンだが、どうして、このような合コンが盛んになったのかを、番組では専門家の分析を合わせて紹介していた。
巨大合コンには、主に二つの目的があるという。
一つは、文字通り、若い男女に出会いの場を提供し婚活を目的とするため。
もう一つは、街全体を合コン会場と見立てることで、若者たちに様々な飲食店を紹介し、閉塞的な街の経済を活性化するという目的だという。
この「松コン」は、これで二回目の開催だそうだが、主催者側が前回参加した男女にアンケート調査をしたところ、
「同じテーブルについた相手と年齢差がありすぎて、話が合わずにつまらなかった」
「こっちは、真剣に結婚相手を探しに来ているのに、隣に座った相手が既婚者だった」
と、いうような発言もあり、今回は、参加者全員に自分のプロフィールや希望する相手の年齢や経歴などを書き込むマッチングシートを用意してもらい、それを参考に対面する相手のグループを決め、また参加者にもマッチングシートに書かれている事柄を会話のきっかけとして活用してもらうという方法をとったそうである。
スタジオでは、この街コンの様子をVTRで観ながら、アナウンサーが専門家の女性に色々質問を投げかけていた。
「どうして、今の若者たちは、ここまで至れり尽くせりで合コンをセッティングしないと、結婚相手を見付けられないのか?」
という質問に対して、専門家の答えは、
「彼らは、いわゆるゆとり教育世代よりも年齢的にはやや上の世代なのだが、それより上の世代に比べても競争社会の原理を知らない人たちなのだ。学芸会では皆が主人公を演じたような学校生活を送った彼らには、相手を打ち負かしても意中の人を奪いたいというような積極性はない。
しかも、かつては街の中に大勢いた男女の仲を取り持つお節介おばさんがいなくなったのも、独身男女を増やす原因になっている。そんなお節介おばさんの役割を、こうした地域の街コン実行委員会が肩代わりしているわけだ」
というものであった。しかも、
「かつてのバブル期に若者だった人たちは、高い向上心や野心もあり、田舎で就職するよりも都会へ出てひと旗揚げたいと思ったものだが、今の若者たちはそれほど大きな夢を持たない。地元で就職して、地元で結婚し、子供をつくり、地道に生活の基盤を固めたいという気持ちが大きい。
それには、見ず知らずの人が主催する合コンなどへ参加するよりも、身近な人たちが主催する合コンに参加する方が安心感があるということで、こうした地域密着型の街コンが流行るのではないか」
と、分析していた。
今度は、長野市でもこの街コン「長コン」が開催されるという。
こうした巨大合コンをきっかけに結婚相手が見付かれば、それはもちろん幸いだが、出会いの経験が少ない若者たちにとっては、これを機会に異性との会話を楽しむだけでも人生の張りあいになるのではないだろうか。
多種多様な意見の交換が出来れば、知識の幅も広がり、人間的厚みも増すことになる。
人が一番自分を解放できるのは食事をしている時だともいわれるので、異性との出会いを求める独身者は、一世一代の婚活なのだと神経質にならずに、あえてレクリエーション気分で参加してみるのも人生勉強になるのかもしれない。
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自分は何故嫌われるのかと悩む人へ
2012年10月19日
自分は何故嫌われるのかと悩む人へ

「どうして、自分は他人から好かれないのだろう?何故、一度は友だちになっても、すぐに離れられてしまうのか?」
そんな風に悩む人は、案外多いものだ。
職場の同僚たちの集まりがあっても、声をかけてもらえない。
上辺の付き合いは出来るが、それ以上は拒否されてしまう。
そういう人は、たいてい、自らが本当の自分を見せることを拒否している人だといわれる。
そういう人は、自分に自信がない人でもある。そして、そういう自信のない自分を他人に知られたくないがために、わざと自信のあるふりをする。
無理にでも明るくふるまったり、出来ないことを出来ると言ってしまうことさえある。
そういう見え見えの虚栄心は、黙っていても自然と相手に伝わるものなのだ。
偽物の立派さや強さをアピールすると、どうしても不自然さが付きまとうもので、それがその人の印象を胡散臭いとか姑息に見せるのだという。
時々、やたらに自身をマスコミに露出したがる人がいるが、特別取材対象になるような職業についているわけでもなく、何かの賞を受賞したという経歴もなく、著名人とか有名人というわけでもない。
では、
「いったい、あなたは何者?」
と、訊きたくなるような人もいる。
中身が伴わないのに、名声だけを欲するような人も、やはり周囲からは敬遠の対象となりやすい。
本当の自分を見せることなく、他人の共感を得ようというのも虫の良い話だ。
しかし、勘違いしてはならない。一見、何もかもさらけ出しているように思えても、実はそれすらも計算ずくという人もいる。
そういう人は、結局自分の最も核心部分には、絶対に踏み込ませようとはしない---周りには、赤裸々な本音に思わせる部分さえもダミーだということだってあるのだ。
それを長年の習慣として無意識下で行なってしまっているがために、自分が何故嫌われるのかが想像できないのである。
