中国人観光客キャンセルの影響・・・・・814

~ 今 日 の 雑 感 ~


中国人観光客キャンセルの影響



    尖閣諸島沖での中国漁船と海上保安庁の巡視船衝突問題が、中国人船長釈放後、ますます大きくこじれ出しているが、これにより、中国から日本への観光客の足にも多大な影響が出ているという。

    当初、日本の国土交通省と中国側が協議して、予定されていた一万人規模の中国企業従業員の日本旅行がキャンセルになったり、多くの中国人ツアーが中止になっているという。

    このことは、長野県の観光にも少なからず響いているのかと思いきや、それが意外にそうでもないらしい。

    ある観光業者に話を聞くと、「どうせ、日本へ来たところで、中国人観光客は東京の秋葉原や静岡の富士山へ行くのがせいぜいだから、長野県内にお金を落とさないのなら、来ても来なくても同じだよ」と、言う。

    また、ある住民は、「もう、ああいう面倒な国の人とはお付き合いしたくないから、来ないなら来ないでホッとするよ。わたしたちは、戦前からの中国をよく知っているから、日本人と性が合うはずがないんだ。今の人たちは世界はみんな同じだなんて、勘違いしているんだよ。年寄りの言うことは聞いた方がいい」と、けんもほろろだった。

    そう言えば、石原都知事も先のテレビ会見で同じようなことを言っていた。

    「ああいう国と対等に付き合おうなんて夢物語だ」

    たぶん、これが今や大半の日本国民の本音ではないだろうか。

    もちろん、中には、日本の農家で研修し中国の農業発展のために頑張ろうという意欲にあふれた真摯な若者たちも多いことは事実である。

    しかし、中国という国自体がこれでは、そういう若い意欲をも封じ込めてしまい、結局国を後退させていることに気付かないのである。

    しかも、中国はここに来て、ASEAN諸国の海域までも自国のものだと言い張り始めているという。歴史をひも解けば、元々は中国が実行支配していた地域なのだから、当然だという言い分なのだろう。

    呆れた世界征服妄想である。

    日本政府は、こうした「白髪三千丈」の国と付き合うには、付き合うだけの気構えが必要なのだということに思いが至らなかったのである。

    寛容なだけが政治ではない。

    菅総理の今の気持ちを、そっくりそのまま中国にぶつければいいのである。外交とは、時に大バカになることも必要なのではないだろうか。  続きを読む


朝市だけに行って下さい?・・・・・812

~ 今 日 の 雑 感 ~


朝市だけに行って下さい?



    我が家の近くにあるホテルは、この連休中、宿泊客で万館の状態だった。

    ところが、その浴衣姿のお客さんたちが、早朝ぞくぞくとホテルを出てきたと思うと、皆、わき目も振らずにある場所へと直行する。

    それが、野菜や果物を格安で売る朝市だった。

    ある者はそこで段ボール箱いっぱいの野菜や果物を買い、またある者は、両手に下げられるだけの袋へリンゴやナスなどを入れて、また、一直線にホテルまで戻ったのである。

    そして、その後は、一度もホテルから出てこようとはしなかった。

    これは、そのホテルと朝市の業者が手を組み、そこでのみ宿泊客にお金を使わせ、他の商店や飲食店へは入らないように指導していたかららしいのである。(さる情報によれば)

    つまり、自分たちが連れて来た客に、他の店で買い物などさせてたまるかというホテル側の計画なのだろうと、その情報提供者は推測する。

    このため、せっかくの連休にもかかわらず、街中はまるでゴーストタウンのように閑散としているばかりで、観光地の活性化など夢のまた夢だ。

    しかも、そのホテルの経営者たちが、観光地活性化の先頭に立っているのだから呆れる話なのだ。

    皆、地域おこしを唱えながら、結局は自分への利益しか考えないのである。

    「こういう勘違いの方法しか思いつかないから、いつまでたっても観光客が戻って来ないのだ」

    住民たちは嘆いている。

    せっかく観光地へ来たにもかかわらず、観光客に野菜を買わせて帰すなど、何を考えているのか?

    新潟や富山で実践している海産物食べ放題、買い放題の野菜果物バージョンをやろうとしているのだろうか?

    それならば、野菜や果物と関係ない仕事をしている商店は、店を閉めても構わないと言うのか---と、言いたくなる。

    それが、本当に自治体の活性化につながると考えているのだろうか?シャッター街のゴーストタウン化を自ら促進していることに気が付かないのだ。

    もはや、何をかいわんやである。face09
      続きを読む


仕事の話題は別れのサイン・・・・・811

~ 今 日 の 雑 感 ~


仕事の話は別れのサイン




    「これまでメールには、ほとんど仕事の話題を書いてこなかった彼が、最近は、良く会社の話とか今度計画している開拓先の話題なんかを持ち出してくるけれど、そんな話、わたしにして何か意味あるのかしら?」

    そんな疑問を持ち始めている彼女。

    大いに意味があるのだ。

    それは、彼があなたから離れたいと思っている証拠なのである。

    メールの冒頭に、「ごめん。昨日は、ちょっと忙しくてメールしそびれた。帰り際に突然課長が話があるって言うんで・・・・」なんて話題が唐突に出てきたら、これは、もうかなりヤバいよね。

    だって、これまでは、彼女の方が気を使って、「今、忙しいんじゃないの?会うの明日にしようか?」なんてメールしても、

    「大丈夫。平気、平気。いつもの時間に待ってて----」

    なんて絶対仕事の「し」の字も口に出さなかったのに、そんなこと言って彼女を心配させなかったのに、近頃は、平気で仕事を口実にして来るとなったら、これは間違いなく「さよならしたい」のサインなのだ。

    ところが、彼女は、「きっと、わたしのことをもう妻同様に思っているのね。だから、仕事のことまで話してくれるんだわ。わたしって、信頼されているのね」なんて、勘違いしてしまうことがあるから、あとが大変だ。

    しかし、それでも彼と頻繁に会えているというのなら、特別問題はないのかもしれないが、仕事を口実に会う回数が極端に減ってきたとしたら、彼は、たぶんあなたの一言を手ぐすね引いて待っている証しである。

    その一言。それは----。

    「ねえ、どういうつもりなの?こんなに何度もデートをすっぽかして、あたしと別れたいの?それならそうと言いなさいよ」

    これを聞いた彼は、内心「よくぞ言ってくれました!」と、小躍りして喜ぶことだろう。

    「ああ、おれ、もうきみとはこれっきりにしたいんだ。難しい部署を任されたから、そういつも一緒にいられるわけじゃないし、きみだっていつ結婚できるか判らないような男といるよりは新しい出会いを見つけた方がいいだろう?」

    そして、ダメ押しの「仕事の話題」で決着を付けるのである。

    こんな男にいつまでも執着しているのは、彼女にとっても人間一生の不覚だ。

    だから、彼女もこう切り返してやろう。

    「そうね。あたしもこのところ大事な仕事を任されて、とても忙しいの。お義理でデートに誘っていたけれど、正直苦痛だったわ。あなたも、あたしのようにバリバリ仕事をこなすような女に見下されるのは嫌でしょうから、別れた方があなたのためね。仕事、頑張って!」

    この最後の「頑張って!」がミソなのだ。思いっきり、上から目線で言ってやろう。

    自己保身男には、このくらいの捨て台詞がちょうどいい。



    

      続きを読む


同調できない人・・・・・810

~ 今 日 の 雑 感 ~



同調できない人




    人は、自分と正反対の性格の人間に惹かれると言われるが、これは間違いである。

    確かに、自分の考え方と違ったり、生きてきた過程の経験が異なると、驚きや感心をもって相手を見るものだが、それを好意や愛情と勘違いをしてしまうと、あとでとんでもないしっぺ返しを食らうことにもなりかねないのである。

    驚きや感心、感動と、同情や好意、愛情はまったく別物であることを知っておかねばならない。

    それは単なる興味であって、魅了ではないのだ。

    人が人を好きになるためには、どうしても共通点が必要なのである。

    たとえば、産まれた県や育ち方が違っても、共通の趣味や好きな芸能人がいるだけでお互いに好意を持つこともある。しかし、反対に同じ県出身、同業者といえども趣味も嗜好も違えば、惹かれあうことはほぼないに等しいのだ。

    「類は友を呼ぶ」

    こういう言葉を聞いたことがあると思うが、正に、共通点を持った者同士は安心感を共有するために、心を許し合いやすいのである。

    これに似た言葉に「戦友の原理」というものがあるという。

    これは、同じ戦場で共通の敵を相手に戦った者同士が、固いきずなで結ばれるという論理である。

    つまり、そういう人間同士は、言葉などなくともお互いの空気を感じ取るだけで、一緒にいて楽しかったり心が落ち着くのである。

    (ただ、この「戦友の原理」は、時に大誤算を引き起こすこともある。それは、恋愛においてである。周囲から反対されればされるほど二人だけは盛り上がるといういカップルがよくいるが、周囲が彼らを認めた途端、お互いに興味をなくして別れるということも多いのだ。二人にとって共通の敵が必要な恋愛など、真の恋愛ではないことを覚えておこう)

    いかし、反対にどうしても同調できないという者同士もいる。

    どれほど言葉数多く語り合っても、互いの波長がまったくと言っていいほど噛み合わない者同士もいるのだ。

    そういう人と話をしていると、こちらが懸命に同調性を探ろうとしても、爪の引っかかる余地すらないことを実感できる。

    そういう感覚が如実に判るのは、こちらが相手を理解しようと頑張っても、相手の方は自分を理解して欲しいということばかりをこちらに押し付け、こちらのことをほとんど知ろうとしない場合である。

    要は、心のキャッチボールが出来ないのである。

    そして、あとになって、何かのきっかけにこちらの気持ちを知った途端、「そんなことを考えていたとはがっかりだ」などと、勝手なことを言うのである。こういう人とは、決して同調など出来はしない。

    そういう人にあえて言いたい。

    もう少し、他人の話に耳を傾けなさいと----。

    自分の主張ばかりを押し付けるのではなく、相手の話をじっくりと腰を据えて黙って聞きなさいと----。

    そうしなければ、真の意味であなたを理解してくれる人など、一生かかっても現われはしないのである。

      続きを読む


夢に階段が出てきたら・・・・・809

~ 今 日 の 雑 感 ~


夢に階段が出てきたら



    階段は、現在、過去、未来の時間の経過や、それらを結ぶものを表わすそうです。

    理想と現実、進歩と後退などの暗示も表わすと言われます。

    階段を上る夢は、理想や目標に向かって着実に近付いていることを示すもので、一歩一歩しっかりとした足取りで上って行くほど、確実性があると言われます。

    らせん階段を上る夢は、遠回りしたり立ち止まったりと、何かと障害や思考錯誤があるものの、結果的には進歩を続け、良い展開が期待できる夢だそうです。

    しかし、階段を一気に駆け上がったり、段を飛ばしながら上がる夢は、楽をして良い結果を得ようとしている気持ちの表われですから、必ずしも思い通りにはいかないこともあると思っていた方が良いようです。

    では、階段を下る夢は、どのような意味を持っているのでしょうか?

    これは、心身が疲れているサインです。過去の結果を教訓にして、二度と同じ失敗を繰り返さないようにしようという警告の意味があると言われています。

    また、階段がグラグラして不安定な場合は、理想が高すぎたり目標が大きすぎることへの警告です。自分の能力や環境を冷静に見極めた方がよさそうです。

    そして、特に気を付けたい夢は、階段が途中で途切れていたり、もしくは何かが障害物となってそれ以上どうしても先に進めないという場合です。

    これは、今の考え方や仕事の方針などを再検討した方がいいという警告の暗示だそうです。

    そして、上っても上っても終わりのない階段は、恋愛に臆病になっているのかもしれません。もっと積極的に自分を押し出すことも大事です。

    階段を踏み外す夢も、これに似ていて、今の恋愛をうまく続けられないのではないかとの不安感が夢に現われているのだとか----。

    階段の夢も、案外、自分自身の本当の気持ちを反映している場合が大ですから、細部まで良く思い出して検討してみることが大事だそうです。      続きを読む


ジョークで判る本音・・・・・808

~ 今 日 の 雑 感 ~


ジョークで判る本音



    ズバリ言って、ジョークを多投する人ほど、根は小心者なのです。

    人は、嬉しくてたまらない時や自分とって大切なものに対しては、その気持ちを揺るがすようなジョークは決して言わないものなのだそうです。

    ジョークは、言わば気安さの表われですから、本気で大切に思う人に向かってはジョークを言ったりしませんし、また、そういう人をジョークのネタにしたりもしないのです。

    特に、下ネタジョークをいえる相手というのは、その人のことを軽く見ているか、何を言ってもあとくされないと考えているからで、その人のことを心底真剣に考えている訳ではないといえるのです。

    もしも、本命の人に下ネタなどを簡単に口にしたら、どんな顔をされるかと思えば、怖くて話せるものではないですよね。

    下手をすれば、その一言で嫌われてしまうかもしれませんから。

    つまり、裏を返せば、いつもはそういう下品なジョークを飛ばしている人が、ある人の前では決してそうしたことを言わないとなれば、それはそのある人に対してだけは、本気であるということの証明でもあるのです。

    また、それに絡んで自虐的なギャグを連発する人も、自分に自信がないために、その不安感から逃れたいという衝動から、そうした軽口をたたくのだそうです。

    わたしが結婚式があまり好きではない理由の一つに、この下ネタジョークがあるのです。

    高度経済成長時代を担った男性たちは、何故か、結婚披露宴でこうした下ネタジョークを連発します。

    そうすることが大人の男の証だとでも思っているようなのですが、実に下品で不愉快です。でも、最近は、こう思うようになりました。

    彼らは、心身ともに衰えゆく自分が怖くてならないので、その不安を払しょくするためにそうしたジョークで強がっているのだと----。

    もしも、あなたの知り合いの男性が結婚を控えて、異常に下ネタを言うようになったら、それこそが「男性マリッジブルー」なのだと思って、憐みのまなざしで見守ってさし上げて下さいね。

      続きを読む


けなし上手・褒め下手・・・・・807

~ 今 日 の 雑 感 ~



けなし上手・褒め下手



    「わたしって、どうしても人を褒めるのが苦手なのよね。だって、いったい何処をどう褒めればその人が喜ぶのか判らないんだもの。下手に褒めればお世辞だと思われるし、ホントに、褒めるって難しいわよね」

    こんな風に思う人、多いのではないでしょうか?

    人をけなすことは簡単でも、褒めることって、意外に難しいものですよね。

    確かに、一から十まで褒めっぱなしでは、相手に「どうせ、お世辞だろ」と、思われて、せっかく褒めたにもかかわらず反感を持たれてしまうこともあります。

    かといって、けなし放題けなしたのでは、二度と顔も合わせてはもらえなくなるでしょうね。

    では、どんなに褒めても相手に良く思ってもらえないという人は、いったいどんな褒め方をしているのかと考えた時、大抵において同じようなパターンで相手を褒めていることが判るのだそうです。

    それは、例えばこんな感じ-----。

    「お宅のお嫁さん、早稲田大学を出ていらっしゃるんですってね。息子さんと結婚される前は、大手商社の社長秘書をされていたとか聞きましたわよ。語学も堪能で、それにすごい美人ですもんね。息子さんもお幸せだわね。
    でも、奥さまも大変なんじゃありません?そんな有能なお嫁さんが、いつまでも専業主婦で、満足しているはずがないですわよね。子育てが一段落したら、また働きに出られるんじゃないですか?そうなれば、息子さんよりも高給取りになったりして・・・・。出来すぎるお嫁さんも考えものですわよね。
    よかったわ。うちの嫁は、並みの人間で。パート勤めがせいぜいですもんね」

    これで判ることは、最初に相手のお嫁さんを思い切り持ち上げておきながら、そのあとで落としているということです。

    こういう話し方は、最初がどんなに相手を褒めても、あとのけなし言葉の方が記憶に刻み込まれて、褒め言葉が何の効果も生まないのです。

    これこそが「褒め下手」の典型といえるのです。

    その反対に、先にけなしたのちに褒めた場合はどうでしょうか?

    「あなたの家のお嫁さん、学歴ばかり高くて、何だか取っ付きづらそうな女性ね。女は、あまり頭が良いよりも、愛嬌のある方が可愛げがあって周りからも好かれるものよ。でもね、いつもエプロンを手放さないのは感心だわ。どんなに高学歴でも、女の仕事はやっぱり家事育児だものね。働き者だってところは、認めるわよ。若いのに、おしゃれもしないで頑張っているし、息子さん、女性を見る目があったってことね」

    どうですか?

    これだと、話を聞かされたお姑さんも嬉しいんじゃないでしょうか。

    つまり、「褒め上手は、けなし上手」でもある訳なんですよね。

    ほどほどにけなして、その後に褒める----これが、本当の「褒め上手」なのだそうです。

    でも、これが案外難しいんですけれどね。



    *** 写真はペリー提督のストラップ。

     続きを読む


告白は暗闇で・・・・・806

~ 今 日 の 雑 感 ~


告白は暗闇で




    会社員のAくん、同僚の女性社員に大好きな人がいるが、根が消極的で照れ屋なものだから、声をかけることさえできない。

    ところが、ある日、偶然にも二人が一緒に残業することになった。

    戸外は、大雨。雷も鳴り、いきなりオフィスの蛍光灯が消え、停電に-----。

    「やだ、何処かへ雷が落ちたかしら?」

    不安そうな女子社員の声が聞こえてきたので、いつもはシャイなAくん、ここは、男としての度胸のいいところを見せようと、彼女を落ち着かせようと初めて自ら声をかけた。

    「大丈夫?今日は、もうこれくらいにして、パソコンの電源は抜いておいた方がいいかもね・・・・」

    「そうね。せっかく打ち込んだデータがダメになっても困るし・・・・」

    こんなことがあった翌日から、どういう訳か女子社員のAくんに対する態度が急変。

    「Aくん、一緒にお昼行かない?」

    そんな誘いもあり、ついにAくんは憧れだった女子社員と付き合うことになってしまったのだった。


    こんなシチュエーションの恋愛ドラマがよくありますよね。

    でも、これって、案外人間心理を突いているのだそうです。

    人は、暗いところを本能的に嫌います。暗さには「怖い」「不安」「心細い」「気味が悪い」などの気持ちを起こさせる要因がありますから、人間はどうしても自分以外の何かに頼りたくなるのです。

    そして、暗がりは、人間の恥ずかしい部分や人に見せたくない弱みなどもオープンにさせるという消滅効果を持ちますから、明るい場所では言えないことや出来ないことも抵抗なく行なえてしまうのです。

    この二つの感覚が相乗効果を生み、日常とはかけ離れた自分を作り上げることも可能なのです。

    つまり、そこで本当の自分の気持ちを伝えることで、このAくんのような思いがけない幸運に巡り合えたりもする訳ですね。

    ただ、暗闇が人を大胆にさせるからと言って、これまで一度の面識もない女性にいきなり告白したら、それは痴漢と間違われても仕方がありませんが・・・・。

    もしも、知り合いの中に意中の異性がいる場合は、こうした暗闇を利用して告白するのも一つの手かもしれません。

    電話の場合は、相手に部屋の電気を消させて話をするだけでも、気持ちを急接近させる効果があるとか----。

    もちろん、これが100パーセントの効果を発揮するというものではありませんけれどね。

    

    

      続きを読む


信州ディスティネーションキャンペーンの謎・・・・・805

~ 今 日 の 雑 感 ~


信州ディスティネーションキャンペーンの謎



    この10月から長野県が主催する「信州ディスティネーションキャンペーン」なる観光客誘致イベントが開催されるそうです。

    そうです---と、いうのは、このイベントに関して当の信州人のほとんどが知らないからで、いったい何をやろうとしているのか、一般の住民はまったく報告を受けていないのです。

    ただ、県が決めたことですから、主な観光地を抱える市町村の職員たちは大忙しのようです。

    観光地のホテルや旅館の経営者を回り、観光客への「おもてなし」をより重視して欲しいと、協力を呼びかけているのだとか・・・。

    そんな訳で、盛り上がっているのは観光業関係者ばかりで、一般住民はまったくのカヤの外状態です。

    だいいち、「ディスティネーション」などという横文字言葉をどうして使わなければならないのか---?「信州目的地キャンペーン」て、何なんでしょうか?意味が判りません。

    まあ、キャンペーン名を付けた時点から、浸透は無理だと諦めたようなものです。

    ところが、このキャンペーンの協力を依頼された旅館やホテル業者の中には、まるで、自分たちが自治体の住民を指導するような錯覚を起こしている人たちもいるらしいのです。

    観光業に携わる人たちは、キャンペーンをすることで観光客が増えればお金が入りますから、一生懸命になる理由も判りますが、一般家庭の人たちは「おもてなし」に駆り出されても無給のボランティアにすぎません。

    そのことが自治体やこうした一部の観光業者には判っていないのです。

    でも、昔から一般住民は旅館やホテル業者の部下のように思い込んでいる宿泊業経営者たちは、その矛盾にまったく気が付きません。

    確かに、かつて、旅館が地元の八百屋さんや魚屋さん、肉屋さんの食材を使い、食堂、土産品店などに自分の所の宿泊客をまわしなどしていた頃は、住民たちの意識にも「旅館さま」の気風があったことは事実です。

    しかし、現在、旅館やホテルは地元の商店に一切恩恵をもたらさず、自分たちのところで使う食材や館内修理も、地元以外の業者に一括して頼んでいる場合が多いのです。

    しかも、殊にホテル館内には商店さながらの売店や喫茶コーナーを置き、宿泊客を館内に確保。外の商店や飲食店を利用させることがほぼなくなりました。

   旅館経営者の中には、防犯上の問題と理屈をつけて、宿泊客にお金も持たせずに街中を散策させ、外の喫茶店や食堂を利用させないようにしている人さえいるのです。

    「レストランで食事をしたいのだけれど、外で食べると女将さんに叱られるから・・・」

    と、言って外食を断念する高齢客もいます。

    こうした一部旅館やホテル業者の思い違いをそのままにして、「ディスティネーションキャンペーンでおもてなし」など笑止です。

    もしも、このキャンペーンを成功させたいのなら、観光業に携わる人たちの「お上」意識から見直す必要があると思われます。

    もはや、時代は変わったのです。

    旅館やホテル業者が自治体の顔役であったのは、遠い過去の出来事です。

    その事実をしっかりと自覚した上で、自治体もこうしたキャンペーンを行なって欲しいのです。

    一般住民は、一円の得にもならないのに、観光客に道を訊ねられれば教えます。「おいしいお蕎麦屋はないか?」と、問われれば親切に答えます。

    これ以上の努力を一般住民に求めるのは論外です。

    むしろ、旅館やホテル関係者の方が、もっと街に宿泊客を開放し、自由にお金を使いながら旅を楽しんでもらうこと---これこそが、今度のキャンペーンの最高の「おもてなし」になるのではないでしょうか?

  続きを読む


風俗取り締まり・・・・・807

~ 今 日 の 雑 感 ~


風俗取締り



    
    この前、近所にあるタイ人バーの売春一斉摘発があり、数人のタイ人女性がパトカーで警察署まで連れて行かれたことで、数日間は、そのバーでの客引き行為もなく、近隣は平静を保っていたが、何故かまた同じタイ人女性が戻って来るなり、そこでの営業を始めた。

    どうして、これほどまでに、近所の住人たちが彼女たちの動向を気にしているのかというと、そのタイ人女性たちは、男性客たちと接触する際に、必ず、わたしたちが使う共同浴場で入浴するからなのである。

    それも実にあからさまな身体の洗い方をする。

    その様子は、とてもブログに書けるものではない。

    しかし、そういう彼女たちが入浴する時間は、なにも夜と決まっている訳ではないので、学校から帰ったばかりの小学生や中学生も彼女たちと一緒に入ることになるのである。

    中学生の女の子は、タイ人女性の入浴の様子に唖然として言葉を失い、小学生は、一緒に来た母親に向かって、

    「どうして、あんな洗い方するの?変だよね?」

    と、疑問を投げかける。母親は、説明のしようもなく、

    「いいから、早く上がろうね。綺麗なお湯、いっぱいかけるんだよ」

    そう言うと、大急ぎで洗髪もそこそこに脱衣所へ避難して行った。

    その後、入って来た60代女性は、二歳の孫娘を連れていたのだが、その孫が先ほど上がって行ったタイ人女性が使用したホースを口にくわえそうになり、

    「やめて!!汚いから!!」

    顔面蒼白で孫の手から慌ててホースを取り上げた。

    そして、数日前の夜のこと、タイ人バーの前に警察のパトカーが停まっていたので、また、何か捕り物か?----と、見ていたところ、そのタイ人女性が捜査員に連れられて建物内から出て来ると、そのパトカーへ乗せられ、再度警察署へ連れてかれたのだった。

    かつて売春防止法が出来る以前、そうした売春宿のようなものは街の一角にあったが、そこで働く女性たちは、衛生上の問題もあり、一般の人たちとは別の外湯を利用していたものである。

    しかし、同防止法が出来たせいで、むしろ一般人とそうした商売をする女性たちとの住む世界の線引きがなくなったことで、こうした弊害が日常化しているのである。

    本当に、警察や厚労省にはこうした風俗の取り締まりをしっかりとして欲しいものだと、住民たちは切に願っているのである。子供たちが日々の入浴で性病の脅威にさらされることのない対策を早急に講じて頂きたいと願うばかりである。

    

    


      続きを読む


「わ」----が常識?・・・・・806

~ 今 日 の 雑 感 ~


「わ」----が常識?



    信濃毎日新聞の投稿欄に「ネット上で『私わ』と書く人が増えていて、とても不愉快だ」という高校生の文章が掲載されていた。

    その文章には、

    <(前文略)今の日本は時と場合さえ崩れているように感じる。先日、私はネット上で信じられない質問を見かけた。「『私わ』って書くのを注意するのって何でですか?最近わこう書く方が多いんだから別にいいぢゃん。今の日本語わこれが常識なんです」----しかし、使っている人が多いことが常識とは限らない。そう思いながら続きを見ていた私は再び驚いた。その質問に対する回答の中に、少数だが『私わ=常識』を支持する人がいたのだ>

    とあり、この高校生は、これで本当にいいのだろうか?と、日本語の将来を危ぶんでいた。

    そういえば、わたしもネット上の書き込みの中に、近頃、この「私わ」をよく目にする。

    「私ゎ」と書いている若者もいる。

    いや、それよりもずっと前から気になっていたのだが、「こんにちわ」という表記をする大人もかなり多いのだ。

    確かに、発音は「konnitiwa」なのだから、これでいいのだということなのかもしれないが、何故、人との挨拶にこの「こんにちは」を使わなくてはならないのかということを考えてみれば、この「わ」がおかしいことに気付くであろう。

    そもそも、「こんにちは」という言葉は単独で使用されるものではなく、「今日は、如何お過ごしでしょうか?」を縮めたものなのである。

    電話をかける際の「もしもし」だって、最初は「申す」「申す」と言っていたのだ。

    文字の書き方には、必ずそれ相応の理由がある訳で、感性や流行だけで決めてよいものではないと思う。

    ましてや、周囲がそうだから自分も----などといういい加減な使い方が許されていいはずもないのだ。

    もしも、この「私わ」を常識だと思う人が実際にいるのなら、この表記を入学試験や就職試験でやってみるといい。まず、間違いなく不合格であろう。

    進学や就職など自分には関係ないという人も、社会的に「幼稚」のレッテルを貼られるだけである。

    その度胸があるのなら、「私わ=常識」と言い続けたまえ。

    如何に今日のネット社会といえども、許される非常識と許されない非常識があることを忘れるべきではないのだ。  続きを読む


久しぶりに・・・・・805

~ 今 日 の 雑 感 ~


久しぶりに・・・・



    久しぶりに、共同浴場ネタです。(笑)

    先日、共同浴場へ行ったら、お風呂の中には子供自慢、孫自慢の会話が飛び交っていました。

    どうも、近くの小学校で運動会があったらしいのですが、そこへ子供や孫たちの競技風景を見に行った母親やお祖母さんたちが、その時の様子を自慢げに話していたのです。

    「〇〇さんちのお兄ちゃん、頑張って走っていたじゃない」

    「まあねェ・・・。リレーの選手に選ばれたから、足は速い方なんだよね。でも、三等だったから、もったいなかったって悔しがっていたよ」

    「すごいじゃない。リレーに選ばれるなんて----。うちの孫なんか補欠だったから、出させてもらえなくて泣いてたよ」

    「いつも少年野球で鍛えているから、速いだけなんだよ。リレーに選ばれただけでも、よしとしないとね」

    「うちの子は、女の子だから、足の速い遅いはどうでもいいんだけれど、集団演舞の時は一番前で踊っていたんで、お父さんなんか、もうかぶり付きでビデオ回しちゃってさ・・・・」

    「一番前で踊る子って、上手な子なんでしょ?」

    「まあ、そうみたい。うちは、バレエ習わせているから、踊りは得意みたいなんだよね」

    運動会での子供自慢は昔からあるけれど、最近の親や祖父母はさらにエスカレートしているような気がするのは、わたしだけでしょうか?

    これも、少子化のなせる業なのか、一人の子供のために両親に祖父母までが応援に行くというのだから驚きです。

    聞くところでは、祖父母参観などというものまであるそうで、共働きの子供のために学校側が配慮しているのかもしれないのですが、わたしたちが子供時代とはまるで違うことに驚きました。

    しかし、祖父母まで参観してもいいとなれば、もしも、両親も祖父母も来ない子供は相当にショックが大きいだろうということは想像に難くありません。

    最近は、離婚している夫婦も多いから、片親しかいない子供だってざらにいる訳で、そういう子供はその片親が仕事で参観出来なければ、運動会を見に来て応援してくれる家族は一人もいないことになります。

    なんだか、ひどく不公平だなァ・・・と、彼女たちの自慢話を聞きながら思った次第です。

    そう言えば、わたしの小学生時代はどうだったろうか?

    正直言って、わたしは、運動会があまり好きではありませんでした。

    足も結構速かったし、運動神経もまあまああった方だと思うのですが、とにかく大きな音が苦手で「よ~~い、ドン!」のピストルの音が嫌でいつも走り始めるのが一拍遅れていたのです。

    スタートラインに立ちながら手で耳をふさいでいるのだから当然ですね。

運動会って行事は、運動神経を競う場所ではなく、鈍感さを競う場所なんだということをその頃知ったのです。(ー_ー)!!      続きを読む


雨の日に傘を忘れる・・・・・804

~ 今 日 の 雑 感 ~


雨の日に傘を忘れるicon03



    電車などの公共交通機関で、雨の日の最も多い忘れ物は「コウモリ傘」だそうですね。

    雨が降っているのに、どうして忘れてしまうのでしょうか?

    もちろん、土砂降りなどの場合なら簡単に忘れることなど出来ないと思うのですが、小雨とか乗車中に晴れてしまうと、コロッと傘のことなど頭になくなってしまうのです。

    これは、心理学でいうところの「重畳効果(ちょうじょうこうか)」というものなのだそうです。

    ビルの中にある一棟のビルを覚えることは難しいが、ビルの中に一軒だけ日本家屋があれば、その存在は否が応にも頭に残りますよね。

    これと同じ現象で、一連の動作の中に組み込まれてしまうものは、案外記憶に残りにくいのだそうです。

    電車に乗り、会社や学校へ行くという行動は、毎日繰り返されているものですから、ほぼ機械的に行なっているようなものです。つまり、言いかえれば、無意識下で行動しているようなものなのです。

    夢遊病の人が、夜中、睡眠状態のまま家を出てガレージから自動車に乗り、起きている時と同じように運転をして、信号でもちゃんと止まり、実家まで帰りついたという例が外国であったそうです。

    そうした無意識下で行なわれている出来ごとの中に、雨の日の傘が紛れこんでも、その傘の存在は埋没してしまうということのようです。

    しかし、これが、いつもの通勤や通学ではなく、まったく別の目的地まで行かなくてはならない場合には、いつもと状況も異なるため、降りる駅を間違えないようにと意識しながら乗車する訳で、こういう時は、車内に忘れ物をする確率が少なくなるのだとか・・・・。

    もちろん、他のことに気を取られ過ぎていれば、忘れ物をすることもあるでしょうが、人間はどうしても「記憶痕跡」の強い方を優先してしまうという習性があるようです。

    良く知っているはずの歌も、始めから歌えば最後まで歌詞を間違えずに歌うことが出来るのに、途中からだとメロディーさえも思い出せないなどということが起きるのも、そのためだということです。  続きを読む


どうして、ランク付け?・・・・・803

~ 今 日 の 雑 感 ~


どうして、ランク付け?



    
    何でもかんでもランク付けしなければ気が済まない人っていますよね。

    どうして、そんなことして身の周りの存在に優劣をつける必要があるんでしょうね。

    スーパーなどでも、「お客さまが一番で、スタッフが二番、経営者は三番」なんて訓示をたれる社長がいるそうですが、バカバカしい話だと思います。(パートの女性談)

    だって、そんなことを言う店に限って、本当にお客さま本位のサービスが出来ているのかといえば、ほとんどNOだから。

    お客からレジ袋の代金をとる。買い物カートはお客に返却させる。足の悪いお年寄りの荷物を運んでやる従業員はいない。宅配や魚のさばきを頼めば、別料金だという。

    スタッフの女性たちには、冷えと長時間シフト制で膀胱炎が多い(そうです)。スタッフ仲間同士のいじめや嫌がらせに何一つ経営者が対処できない。

    三番目と位置付けている経営者が、最も高い給料を得ている。

    どうですか?

    これの何処が「お客さま第一」なんでしょうか?

    大切な物に本気でランクを付ければ、「一番は経営者自身で、二番目がその家族、お客やスタッフなどどうなろうと関係ない」----これが本音なのでは?

    人にランクを付けるような人間は、結局、本気で人のことなど考えてはいないのです。

    そういう言葉を吐くことで、自分たちは素晴らしい仕事をしているに違いないという自己確認をしているだけなのです。

    そして、そういう自己確認をしなければならないほど、自分に自信がないのです。

    さもないと、自分の所のお客でない人には不親切でもいいということになりますよ。そんな店に買い物に行きたいと思う人がいるでしょうか?

    世の中の人はすべて自分の大切な人---それが心底まっとうな経営者の言葉なのです。





    
    

      

    

      続きを読む


夢に果物が出てきたら・・・・・802

~ 今 日 の 雑 感 ~


夢に果物が出てきたら・・・☆



    この前、就寝中にある果物の夢を見ました。

    それは、キウイ。

    大きな盛り皿にみずみずしいライトグリーンが滴るほどの新鮮なキウイフルーツが、カットされて山盛りになった夢でした。

    一切れつまんで口に入れると、何ともさわやかな甘さが広がって、幸せな気分になったのを覚えています。

    そこで、夢に果物が出て来るのはどのような意味があるのかと、調べてみました。

    とにかく、果物はどのような物でも、成功、実り、知恵、知識、心の豊かさなどの象徴を意味するのだとか。

    殊に新鮮な果物は、それがどんな種類でも幸運のしるしなのだそうです。特に、愛情に関係し、恋の進展や成就を表わすのだとか・・・・。

    それが本当なら、ちょっと期待してしまいますね。face05

    また、果樹園の夢は、目標が達成されたり、今取り組んでいることに大きな成果が現われることを暗示しているのだそうです。

    果物がたわわに実った木が夢に出てきたら、近々いいことがありそう。

    そして、果物がお皿やお盆にたくさん盛られている夢は、家庭生活が順調に行っているとか、また近々そうなることを表わしているのだそうです。

    果物を食べてみたら苦かった----と、いうのは、苦い経験や悲しい経験の予兆で、その経験を人生のプラスにせよとの意味があると言います。

    腐った果物や虫の食った果物は、それほど期待が出来ないということで愛情面の終わりを意味しているのだとか・・・・。

    まだ、熟していない果物を食べている夢は、焦りは禁物、体調に注意の意味だといいます。

    そして、木から果物をもいで食べている夢は、恋愛に焦りを感じている証拠ですから、もう少し慎重に行動しなさいとの忠告の意味だそうです。

    果物に関しては、良い暗示の夢は思った以上に幸運をもたらしてくれるとのこと。

    中でも、バナナを買う夢は仕事運や勉強運が上昇する証しで、リンゴが実った木の夢は恋愛成就が目の前とか。

    ただし、その木にあまり多くのリンゴが実り過ぎて枝が折れそうな場合は、誘惑が多いので気を付けて----という意味だそうです。

    ところで、リンゴの木って、実が付きすぎてすべての実に栄養を行きわたらせることが無理だと自分で判断すると、中でも貧弱な実を自力で振り落とすそうですよ。

    それに、家で病人が出たりして取り入れが出来ないと判ると、あえて実を付けないようにすることさえあるとか・・・・。

    植物って、言葉や鳴き声は発しないけれど、ちゃんと意思を持っているのかもしれませんね。face08
      続きを読む


入院病棟で・・・・・801

~ 今 日 の 雑 感 ~


入院病棟で・・・・




    わたしが病院へ入院していた時、動かない身体を何とか少しでも回復させようと、病棟の長い廊下を一生懸命に伝い歩きのリハビリをしていた際のことです。

    ある病室の前の廊下の隅に、一人の男性がへたり込むようにして腰をおろしていました。

    両腕で頭を抱え込む格好で座り込むその男性は、ようやく60代になったかといった歳格好で、その顔には疲れの色が溜まっていました。

    「大丈夫ですか?」

    わたしが声をかけると男性は立ち上がり、妻の術後の経過が思わしくなくて、今人工透析に行っていると、心底心配そうに話しました。

    「もう、三時間にもなるんだけれど、まだ帰って来ないんだよ。何やってんのかな?」

    男性があまりに不安そうなので、看護師さんに訊いてみたら如何でしょうか?と、わたしが言い、男性は、ナースステーションへ行きました。

    そして、戻ってきて報告するには、

    「まだ、何の連絡も入っていないので、透析が終わらないのだと思うって、看護婦さんは言っていたよ」

    「人工透析って、時間がかかるんですね」

    わたしが言うと、男性は、大きな溜息をついて、こう話しました。

    「長年勤めた会社を、最近、定年になって、これから女房と何処か旅行でもしようかと思った矢先に、この病気だろ?いったい、何のためにこれまで一生懸命仕事して来たのか判りゃしない。医療費にかけるために退職金をもらった訳じゃないんだよ。おれも女房も、何も悪いことなんかしていないのに、なんで、こんなに心配ごとばかり重なるんだろうな・・・・」

    「そうですか・・・・。奥さま、早く良くなられるといいですね」

    男性の落胆ぶりと愕然とした様子に、わたしは、そう言葉をかけるだけが精一杯でした。

    結婚し、子供が出来て、独身では味わえない何倍もの幸せを手に入れれば、その反動で不幸も何倍にもなって返って来てしまいます。

    自分以外の人生を受け入れるとは、そういうことなんだと思うのです。

    世の中は、結局、最後は帳尻が合うように出来ているのかもしれない----時々、そんな風に思います。

    医師や看護師に独身者が多いのも、案外そんな人生の矛盾を判り過ぎるほどに判っているからなのかもしれません。  続きを読む


マニュアル通りの反応男・・・・・800

~ 今 日 の 雑 感 ~



マニュアル通りの反応男



    突然、女性の友人から言われた。

    「あんたの書いているブログを読んで、本当にその通りにして来る男がいるんだよ。でもさ、少しは自分なりのアレンジも加えて欲しいよね」

    どうやら、その友人の知り合いの男性は、わたしのブログを読んでくれているらしく、友人に対して実にブログ内容に忠実なアプローチをして来るのだそうである。

    以前ブログ記事に、男女が心理的に一体感を持ちたいと思ったら、「ぼくときみ」ではなく「ぼくたち」と、いう表現を使った方が効果的だと書いたところ、即座にメールで「ぼくたち、今度〇〇へ行こうか?」と、誘って来たのだという。

    友人は、その男性から「ぼくたち」などという表現を使われたことがないので、一瞬、びっくりしたのだそうだ。

    しかも、今は、その男性に意中の恋人が現われたそうで・・・。

    すると、男性は、こういうメールを送って来たのだという。

    「きみとは、いつか、また食事に行ければいいね」

    これも、わたしがブログに書いた「男性は、本命でない女性を暇つぶしに利用するためにつなぎ止めておきたい時や、あるいはその女性と別れたい時には、期限をあいまいにした誘い文句をかけて来る。たとえば、来年とか、いつかとか----」を使うことで、友人に「暗にきみはもう用済みだよ」と、伝えたかったらしいのである。

    しかし、用済みも何も、もともと彼女でもなんでもないのだから、友人は、「そんな向こうの話、今言われても困る。来週の土曜日にレストラン予約入れようか?」と、返したのだという。

    すると、相手はかなりビビったらしく、それからはウンともスンとも音沙汰がないらしい。

    そして、どうやら最後の手段「男の逃げである自然消滅」を、狙っているらしいとのことであった。

    それにしても、そこまでマニュアルに忠実な反応を示す人間がいるとは実に驚きである。

    次は、どうやってビビらせてやろうかと、友人はニタニタしていた。face03  続きを読む


元気な人の論理・・・・・799

~ 今 日 の 雑 感 ~


元気な人の論理




    NHKの教育テレビで午後8時30分から放送している医療番組を観ていて思うのだが、そこへ登場する専門医の先生方の言葉が、あまりにも無責任に聞こえるのはわたしだけだろうか?

    質問コーナーに手紙を寄せる患者や、その家族は、皆必死の思いで医師の答えを待っているのである。

    にもかかわらず、医師たちの答え方は、実にマニュアル通りの一辺倒なもので、本当に質問者の気持ちになって応えている人は少ないように思えるのだ。

    脳腫瘍になって困っている男性の家族が、何とか藁にもすがる思いで、治してやりたいと声を寄せて来ていたが、担当の医師は「専門家のいる病院へ行ってみて下さい」と、言うだけで、それ以上のアドバイスはしていなかった。

    しかし、専門家のいる病院へ行けるくらいなら、何も放送局へ手紙を送ることなどしないはずである。

    おそらく、その患者さんの住む周辺の町や村には、そうした大病院や専門医がいないからわざわざ質問して来たのである。患者の全員が、そこに登場する医師の言うように専門家がいる高度医療を受けられる病院へ行ける訳ではない。

    もしも、行けたところで、交通費は?宿泊費は?いったいどう工面すればいいのか?重症患者を連れての旅行など土台無理な場合の方が普通である。

    要するに、この日本では、貧乏人は適切な治療も受けられないということを、その医師は明言しているにすぎないのである。

    また、セカンドオピニオンを受けたいという40代の女性に対しては、主治医にその希望を伝えるか、地域の医療機関連携窓口を利用すれば、適切なセカンドオピニオンが受けられるように出来ていると、アドバイスしていた。

    しかし、元気な人間ならば、自力であちらこちらの病院を渡り歩くことも可能だろうが、病人が自らの足で動き回ることなど容易にできるはずもない。

    ましてや、家族のいない独り暮らしの人間など、誰に助けてもらえばいいのか?

    医師のアドバイスは、まったく患者目線に立っていないものであった。

    病人は、病気だから病人なのである。自力で元気に遠くの医療機関まで行けるようなら、そんなものは病人ではない。

    アナウンサーも、どうしてその最も重要な点を突っ込まないのであろうか?

    あのような医療アドバイスなど、田舎の人間には、正直、何の役にも立たないと思った次第である。

      続きを読む


O型女性とB型男性・・・・・798

~ 今 日 の 雑 感 ~



O型女性とB型男性



    O型女性とB型男性の相性度はどのくらいでしょうか?

    まあ、良くもなく悪くもないと言ったところです。

    しかし、その意味は簡単なものではありません。B型男性は、とにかく自分の価値観を相手に強要したがります。

    それは、単にファッションや生活の仕方といった好き嫌いではなく、人生哲学のような深い心理状態について同じ価値観を相手にも求めるのです。

    「そうだろ?そう思うだろ?きみだって、それが良いと思うよな」

    こんな具合に、とにかく執拗に自分の気持ちを相手に肯定してもらおうとするのです。そして、相手と自分の考え方がシンクロしていることで、ようやく安心感を得るのです。

    O型女性は、そういう場合、自分に特別関係がないことならば、同調するにやぶさかではありません。

    「そうね。そうかもね。確かにね・・・・」

    そんな調子でB型男性に上手に話を合わせます。

    しかし、もともとO型女性は、男女を問わず全血液型の中で最も頑固な性格ですから、ここ一番ということについては、たとえ恋人に言われたからといって、自説を簡単に曲げるようなことはしません。

    そのため、異常な頑なさを見せるO型女性を説得できずに、最終的にはB型男性の方が諦めてしまうのです。

    でも、認めてもらいたがりのB型男性にとって、この諦めるという行為が相当のプレッシャーになるのです。それでも、そんなプレッシャーから来るストレスをB型男性はあとに引きずりません。

    結局、二人は、イライラ感を募らせながらも、決定的な大げんかをしないまま、ズルズルと付き合い続けるのです。

    ところが、これがO型女性とO型男性の場合はどうかといえば、どうでもいいことや些細なもめごとは、うまく受け流しながら進むことができるので、それほど問題はないのですが、いざ、人生を左右するような一大決心にかかわる問題が発生した時は、大変なことになる確率が高いと言えます。

    そもそもO型人間は、頑固さで生きているようなもので、殊にO型女性の頑固さは筋金入りですから、一度喧嘩になってしまうと、両者一歩も譲らすという状態になります。

    しかも、O型は、徹底的に相手を追い詰めなければ気が済まない性格ですから、その攻撃は容赦がありません。

    それでも、O型女性の壁を打ち破れず、最終的に折れるのはO型男性の方です。

    そして、その敗北感はハンパではないのです。

    こうなってしまうと、もう、二人が元の鞘に収まることはまず無理でしょう。

    O型同士の大げんかは、たった一度でも決定的な亀裂を生むことをお忘れなく。

      続きを読む