男の沽券(こけん)
2012年06月30日
男の沽券(こけん)
「俺は男だ!」----昔、こんなタイトルの学園ドラマがあったような・・・。
男性の中には、どうしても「男の沽券」が気になって仕方がないという人がいるようです。
そういう人の中には、「女の意見などに振りまわされてたまるか!」という思いから、奥さんからの頼みごとなど一切聞かないという人もいるようで・・・。
夜中に家の外で酔っ払いが大声で話しているのがうるさくて、とても眠れたものではないというある主婦が、ご主人に頼んだんだそうです。
「ねえ、うるさくて眠れないから、警察へ電話してくれない?」
しかし、ご主人は、その奥さんの頼みに耳を傾けるどころか、
「そんなにうるさいのなら、お前が家から出て行け!」
と、言ったのだとか・・・。
とは言ったものの、ご主人もうるさいことには変わりがなかったようで、後日、自分から警察に連絡して取り締まってほしいと頼んだのだそうです。
そして、ご主人が言うことには、
「おれは、女如きに頼まれて動くような軟弱な男じゃない。動く時は、おれが自主的に動きたいと思った時だけだ」
----と。
こんなご主人には、もう一つ困った癖があるのだそうです。
それは、病院を受診した際、自分の体調が悪くても、決して自分のことだとは言わずに、他人のことのように話をすり替えて症状を伝えようとすることなのだとか・・・。
「実は、先生、おれの知り合いが最近、ひどい風邪をひいたんだけれど、その後どうしても咳だけが治まらないって言うんで心配しているんだよ。これって、どういうことなんだろうね?」
もちろん、医師は、「それはその患者さんの診察をしてみなければ判らないことだから、あなたに話しても仕方ないでしょう」と、答えたのだそうですが、ご主人があまりしつこく訊ねるので、医師もついにキレたようで、
「そんなに心配なら、インターネットででも調べてみたらどうですか?」
と、言ったのだそうです。
そのご主人は、インターネットの使い方など知りませんから、「何て、無責任な医者だ」と、立腹。
奥さんは、「ただでさえ心配性なんだから、素直に自分のことだと言えばいいのに・・・」と、諭したそうなのですが、ご主人は、
「他人に弱みなど見せられるか!」
と、頑として言うことを聞かないと、困惑していました。
こういう「俺は男だ!」思考の男性は、案外多いもので、殊に年配男性にその傾向は良く見受けられるようです。
足腰が弱っても、他人に弱みを見せたくないばかりに杖やシルバーカーを使っての歩行訓練を拒んだりするのも、こうしたタイプの男性のようです。
その分、奥さんの負担は増えるばかり。
どれほど、虚勢を張ってもいつかは真実を受け止めなければならないのですから、あまり「男の沽券」を振りかざすのも、どうかと思うのですが・・・ね。
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追い込まれて頑張るタイプ
2012年06月30日
追い込まれて頑張るタイプ

あなたは、何事も自発的に行動するタイプですか?
それとも、誰かに頼まれたり、指示されたりすることでやっと腰を上げるタイプですか?
わたしは、どちらかといえば後者だと思います。
自分からやりたいことを見付けだして始めるということが、どうも苦手なようで、いわゆる「追い込まれて頑張るタイプ」のような気がします。
つまり、自分のためというよりも、誰かのためという大義名分がないと自信を持って行動出来ないというか・・・。
だから、自ら命題を見付けだして、ガンガン活動するような自主性の塊のような人を見ると、
「すごいなァ・・・」
と、感心せずにはいられません。
人が行動を起こすためには、誰かに頼られているという気持ちが必ず何処かで必要です。
自分がしたいからやるのだ----と、いう人も、少なからずその行動はいつか誰かを助けるためになるはずだとの思いがあればこそ、始められることなのではないでしょうか。
また、本当は自分がやりたいことでも、自分がそうすることで誰かの役に立っているという思い込みがある方が、行動を起こしやすいはずなのです。
そうやって、自分に言い訳をしながら、人は時に大成果を上げたりもするのだと思います。
自分のためだけに何かをすることには、自ずと限界があります。
もしも、今、あなたのモチベーションが下がっているのならば、こう考えたらいいでしょう。
「この仕事は、自分のためだけにしている訳じゃない。誰かの役に立つことだからやらなければならないんだ」
たとえ、そんな事実はなくても、そう思い込むだけで、俄然、やる気が湧いて来るはずです。

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逃避願望は夢に出る
2012年06月29日
逃避願望は夢に出る

現実から目をそむけたいとか、何かを遠ざけたいという気持ちがある時は、それが夢に反映することが多いそうだ。
夢の中で眠る夢を見る時はないだろうか?
目を覚ましても、それは夢の中で、実際にはまだ眠り続けているというような場合、実は現実に嫌なことがあったり、そういう事柄と直面したくないような気分が見せる夢なのだという。
こうした夢を見る時は、一口に言って安らぎや平穏を求めている証拠でもある。
そして、そんな夢の中で、必死に睡魔と闘うようなシーンが現われたら、何か気持ちの中にわだかまりが生じているということかもしれない。
やらなければいけないことが、まだやり終わっていないとか、もっと注意力を働かせよとの自分の中からの警告が、そうした状況を夢の中に作り出すのだという。
だが、それよりも深刻な意味を示す場合もある。
それは、現実に自分が疲れ切っている時にも、こうした夢は見ることがあるらしい。
起きたくない。朝が来なければいいのに・・・。
そんな激しい疲労感がいつまでも眠り続けるような夢を見せることもあるそうだ。
近頃は、長期化する不況により、こうした夢を見る人も意外に多いらしい。
眠り続けている間だけは、不安だらけの現実社会を忘れることが出来るから・・・。
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「幸福」という言葉の恐ろしさ
2012年06月29日
「幸福」という言葉の恐ろしさ

「今、自分は幸福だ」と、答える若者が増えているという記事を読んだ。
1990年辺りから、「自分は幸福だ」という10代、20代の若者が増えているというのである。
老人が「自分は幸せだ」と答えることには、いつの時代にも同様の理由があるという。
それは、人生の終わりにさしかかり、自分は不幸だなどとは思いたくないという気持ちから、ほとんどの老人がそう答えるのだそうだ。
しかし、これから未来のある若者までが、今は「自分は幸福だ」と答える。
記事の筆者は、ここにこそ現代社会が持つ深刻な闇が浮き彫りになっているのだという。
何故、これほど不況にあえぐ時代を生きながら、若者たちは幸福感を持てるのだろうか?
それは、裏を返せば、社会の将来に夢を懐くことが出来ない若者が急増している証拠なのだそうだ。
たとえば、希望や理想を追い求めている人に、「あなたは今幸せか?」と聞けば、「いや、幸せではない。自分はもっと上を目指せるはずだ」と、答えるはずである。
しかし、希望や理想を持たない人、もしくは夢を諦めた人は、今の自分で満足するしか方法がないのである。
戦時中の子供たちは、甘いお菓子の味を知らなかった。だが、そういう自分たちを少しも不幸だとは思わなかった。
子供たちを可哀そうだと思っていたのは、甘いお菓子の味を知っている大人たちの方だったのである。
幸福を知らない子供は、自分が不幸であることに気付かない。
正に、それと同じような現象が、既に20年近くも前からこの日本をむしばんで来ているのである。
筆者は、こうした若者たちの「幸福だ」という言葉こそが不幸社会を象徴しているのだと説く。
不幸すぎるからこそ、「自分は幸福だ」と答えなければ生きて行けない恐るべき矛盾を抱えている人々が、今後の日本を支えるしかないのである。
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日本人にはサディストが多い
2012年06月28日
日本人にはサディストが多い

「あら嬉し、隣の蔵が売れてゆく」
「人の不幸は蜜の味」
こんな言葉が示すように、外国人の目から見ると、日本人にはサディスティックに他人の不幸を喜ぶ人たちが多いらしい。
肉親を亡くして悲しんでいる人に、平気で知った風な顔で説教をする友人もいるし、結婚式で新郎新婦を心から祝福している人たちを見たことがないという人も多いはずだ。
もちろん、表向きは「おめでとう」を連発するが、新郎新婦抜きの二次会、三次会では出席者の本音が炸裂するのは珍しいことではない。
「まあ、三年持てばいい方だね」
「新郎、実は本命は別にいたんだよな」
そんな陰口を叩き合うのが楽しくて、披露宴へ出席するという人もいるほどだ。
どうして、日本人は、ここまで他人の幸福を妬んだりけなしたり出来るのだろうか?
それは、日本人の多くが自分に真の意味での自信がないという理由からだという。
明日の生活がどうなるか判らないという漠然とした不安が、日本人にはいつも付きまとうあまり、自分の生活や地位に満足するなどの心の余裕を維持できないのである。
そんな日常茶飯事の危機意識が、他人も自分同様に不幸であることを期待するのである。
こうしたマイナス思考は日本人のDNAに組み込まれているともいわれ、世界から見ても日本人ほど未来に不安を懐きながら暮している国民はいないのだそうだ。
日本人が勤勉だと言われる理由も、要は明日を信じられないという性格にあるのではないかと思う。
そんなことを考えた時、民主党の増税説明が思い出された。
「未来の国民に負担を押し付けることがないように・・・」
如何にも、日本人的な考え方である。
誰か政治家の中に、たとえ冗談でもこんなことをうそぶく人はいないのだろうか?
「いいじゃないか、今がよければ。人生、明日は明日の風が吹くだろう」

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ジョーカーの心理
2012年06月28日
ジョーカーの心理

先日放送された映画「バットマン・ダークナイト」にジョーカーという悪役が登場する。
あのピエロのように顔を白く、口を真っ赤に塗りたくった異常にベラベラと自説をまくしたてるウザい悪党である。
ジョーカーは、人間が自分以外の人の幸福を望むことなど偽善であるということを証明したいがために、あらゆる手段を講じて悲劇を演出する。
何故なら、不幸な人は他人も不幸になることを望むし、惨めな人は、他人も惨めになることを期待するからである。
しかし、そういう人は、どういう訳か自分が幸福になろうともしない。
普通は、相手を不幸に陥れて、自分は幸せをつかもうとするのだが、本当に不幸な人は決して幸福になろうとは思わないのだそうである。
おそらく、ジョーカーもその類の悪党なのだろう。
自分が窮地に追い込まれれば追い込まれるほど、その境遇に快感を覚えたり満足感を得るのだ。
いわゆる破滅型犯罪者の典型のような男なのである。
つまり、ジョーカーの前でこれ見よがしに正義を振りかざすバットマンは、とにかく意味もなく憎い相手ということになるのだ。
では、このジョーカーをどうしたら改心させられるのか?
それは、バットマンがジョーカー以上の悪役になることで、ジョーカー以上に人々から恐れられる存在となればいいのだ。
ジョーカーは、自分が特別な悪の存在でなくてはならないと考えているのだから、その意味が薄れるなど決して容認できるはずはない。
悪の権化となったバットマンを潰そうとするジョーカーは、必然的に正義のヒーローとなるしか道はないのである。
善も悪もコインの表と裏のようなもの。
どちらに転んでも、結局は人間の行き着くところなど皆同じなのだということを、あの映画は教えているような気がした。
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うつ病になりやすい人とは・・・
2012年06月27日
うつ病になりやすい人とは・・・

あなたは、これまで一つでも自分が本当にやりたいことをして来ただろうか?
それは、趣味でも仕事でも習い事でも何でもいいのだが、本当にやってみたいことを実現したことがあるだろうか?
本当は、こういう仕事がしたいのに、どの会社の面接試験を受けても落とされてしまう。
今の仕事は、生活するために仕方なくやっていることだ。
でも、自分はこれでいいのだ。いや、そう思い込まなければ自己嫌悪に陥ってしまう。
そんな風に願望を規範意識下に置いて、無理やり自分を納得させている人は、今の時代ごまんといるはずだ。
買いたい物があっても、給料が少ないので手が出ない。
行きたいレストランがあっても、値段が高くて食べに行けない。
海外旅行もしてみたいが、貧乏暇なしで夢のまた夢。
こんなちょっとした抑圧感が毎日のように積もり積もることによって、うつ病は引き起こされるのだそうである。
諦めたと思っていても、心の芯ではどうしても諦めきれないという無意識の葛藤が、いつしか脳をあざむき何もしなくていい、いや出来ない身体へと変化させてしまうのだそうだ。
出来ないということは、やりたくても出来ないという自分への言い訳になる。
つまり、夢を諦めざるを得ない言い訳を、脳が勝手に見付けだしてしまうのである。
これは、ある人から聞いた話だが、うつ病で苦しんだことのある某有名俳優は、ある時期から自分の意に反して高齢者の役ばかりが回って来たことが原因で、うつ病を発症したのだという。
年齢からすれば、当然の配役だったのだが、本人にはまだ若者の演技も十分出来るという自信があった。
若手の頃からハンサムな都会派青年俳優として売っていた彼には、とてもよぼよぼの老人の役など我慢できるものではなかったのだ。
しかし、気真面目な彼は、「これも役者としての試練だ」と無理やり自身を納得させ、数年間この役をやり通した。
ところが、役を降りた直後、体調に異変を感じ、病院へ行ったところ「うつ病」との診断が下ったのだという。
あなたには、すべてを忘れて没頭できるような趣味があるだろうか?
これこそが人生最良の時間----と、思えるような楽しみを持っているだろうか?
今の仕事は、本当に自分がしたいと思っていたものだ----と、胸を張って言えるだろうか?
ちょっと立ち止って、静かに考えてみる時間も必要かもしれない。
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夜更かしが乳がんを誘発
2012年06月27日
夜更かしが乳がんを誘発

夜間勤務は女性の乳がん発症リスクを30%高めるとの研究が、19日の学会誌「International Journal of Cancer(国際がんジャーナル)」に発表された。
仏国立保健医学研究所(INSERM)率いる研究チームによると、夜勤と乳がん発症の関連性は「深夜シフトで勤務する女性、夜勤を4年半以上続けている女性、週平均3日未満の夜勤をする女性」で主に確認されたという。また、初めての妊娠の前に夜勤を始めた女性の方が、より高齢になってから夜勤を始めた人よりも乳がん発症との関連性が高かった。
(中略)
研究は2005~07年の間に乳がんと診断されたフランス国内の女性1232人を対象に行われた。夜勤が乳がんリスクを高める理由についてはさらなる研究が必要だが仮説として、体内時計をつかさどる時計遺伝子の混乱や「内的脱同調」、睡眠不足による免疫系の変調などが挙げられている。【6月26日 AFP】
こうした報告は以前にもあったようだが、夜更かし(夜勤も同意味)が人間本来のホルモンバランスを乱し遺伝子に混乱をきたすという説は、やはり正しいようだ。
つまり、深夜に活動する時間が長い女性ほど、そのリスクは高まるということなのだろう。
しかも、加えて過度の飲酒も乳がん発症のリスクを高くするそうである。
殊に20代、30代の若い女性の身体にとっては、深夜遅くまで酒を飲むなどということは、正に自殺行為なのかもしれない。
ゴールデンタイムと呼ばれる午後10時から午前2時までの間にしっかりと熟睡時間を確保することが、健康の秘訣ともいわれるのため、就寝においてこの時間帯を逃してしまっては、老化現象さえも加速するそうである。
「今日もまた飲み会で午前さま」
「眠くて仕事が手につかない」
そんな生活が続いている女性は、急いで生活習慣を見直した方がいいのかもしれないな。
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自分を否定しない生き方
2012年06月26日
自分を否定しない生き方

心理学者の中にも、「ポジティブ思考は成功への近道」と考える人は多いようだ。
今日の新聞の投書欄に、うつ病を患う男性が手記を寄せていた。
そこには、「自分の長所を徹底的にほめる言葉をノートに書くことで、前向きになり、やる気が出て来て、ひどいうつから脱出することが出来た」と、書かれてた。
この男性は他にも、「何事も良い方へ受け止めて喜ぶ練習をした」そうである。
自分にとってどんなに否定的なことでも、プラスの方向へ考えることで、苦しみが楽しみに変わって来るのだそうだ。
こうすることで、「ピンチこそチャンス」と思えるようになったそうである。
また、「他人と自分を比べないということも気持ちを前向きにするためには大切なことだ」と書いている。
「自分は自分と割り切って生きた方が、ずっと楽しい」とも記している。
自分の欠点や短所ばかりを気にするのではなく、自分にだってこんないいところがあるということを見詰めて生きるということは、落ち込んでいる時などは難しいことかもしれないが、極端な話、命があるということだけでも、それは大いなる長所であるはずだ。
人とかかわるということは、どうしても自分と他人を比べることにイコールとなる。
となれば、必然的に焦りも生まれるし、自己嫌悪にも陥りやすくなる。
では、人とかかわり合いながらも、自分だけは別物と考えるにはどうしたらいいのか?
それは、おそらく「こんな病気になってしまったからダメだ・・・」ではなく、「普通の人がかかることが出来ないような病気にかかることが出来たのだから、その経験は伊達じゃない。人として他の人よりも厚みのある人間になれた」と、思えるようになるということであろう。
この男性は、正にそうした心の高みを会得したのだと思う。
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他人と会うと疲れる人は・・・
2012年06月26日
他人と会うと疲れる人は・・・

あるブロガーさんの記事に、「(買い物客に対して)レジ係の人がちょっと笑顔を見せるだけでも違うのですが・・・」と、コメントを書きこませて頂いたところ、次にコメントを書き込んだブロガーさん(この人のブログ大好きで、一時<お気に入り>へ入れていたくらいなんですけれどね)が、
「笑顔までは必要ない」
という趣旨の反論発言をしていました。
でも、果たしてそうでしょうか?
いえいえ、やっぱり笑顔は必要だと思いますよ。
お客さまから貴重なお金を頂いているんですから。体調とか気分云々を理由にするのはどうかと思います。
この間、コンビニで仏頂面のレジ係の人がお年寄りから、「笑顔ぐらいサービスしろ!」と、叱られていました。
あちらの管理者さんのブログへそのコメに対する異論を書かせて頂こうかと思ったのですが、当の管理者さんに手数をおかけしても申し訳ないので、自ブログへ上げることにしました。
「久しぶりの社員旅行だった。楽しかった~」

本当に、そうだろうか?

社員旅行に限らず、団体旅行を心からリラックス出来て楽しかったと思える人は、おそらく二割もいないのではないだろうか?
人は、他人と会うということが楽しいとか嬉しいとか感じる反面、必ず心のどこかでは相当に疲れているはずなのである。
何故なら、他人は自分ではないからだ。
自分ではない以上、自分以外の人間を演じていることとなる。
体面を繕うということは、本音では話が出来ないということに他ならない。
もしも、本音で話をすることが出来る相手だとしたら、それは家族や親友などかなり親密な間柄か、その逆にカウンセラーのような守秘義務を持つ職業の専門家かのいずれかであろう。
そして、他人と話をする時は、相手を立てたり、心にもない敬語を使うなど、いつもの自分でないことを自分自身が一番よく判っている。
つまり、自分の小心さや臆病な面を思い切り知ることになるのだ。
この抑圧感が心身を疲労させ、血圧までも上げてしまう。
わたしの住む街には、旅館やホテルが多くたち並ぶが、救急車がそうした宿泊施設の前へ停まることが度々ある。
他人との旅で気を遣う興奮状態のところへ、さらにアルコールを飲んだことで体調を崩す宿泊客も少なくないのである。
人は、どうしても自分を良く見せようとしてしまう習性がある。
だから、もしも他人と会ってもまったく疲れないという人がいるとすれば、そういう人はよほどのKYか、その相手とは二度と会う必要性を感じていないかのどちらかということなのであろう。

お前の持っているそれは・・・
2012年06月25日
お前の持っているそれは・・・

母親がコンクリートの床掃除をしたいので、表の水道の元栓を開けて欲しいという。
こんな外出も容易にはままならないような、副甲状腺機能亢進症+アルドステロン症のわたしに、何と無体な注文を・・・。

開けるにしても、盗水を警戒して、ここのところ元栓は専用の棒できっちりと閉めてあるので、ちょっとやそっとの力では開かない。
しかも、わたしは、その棒がどんなものなのかも知らないので、母親に訊くと、
「これがそうだよ」
と、言って、かなりの長さがある細い金属性の棒をよこした。
元栓専用の棒は、先日業者から購入したのだそうだ。
その棒で、元栓を開けようとするのだが、どうしても差し込むことが出来ない。差し込めなければ栓は開かない。
悪戦苦闘すること三十分。
どうしても無理だと諦めかけた時、父親が顔を出した。
「何やっているんだ?」
「元栓開けたいんだけれど・・・」
「何でだ?」
「床掃除したいから・・・」
「そうじゃなくて、何でその棒なんだ?」
「だって、これ、元栓開ける時の棒でしょ?」
「何言っているんだ?お前の持っているそれは、シャッターを開け閉めする時の棒だ」
「え~~~~!?」

母親もわたしも大仰天だった。どうりで、どんなに栓をいじくっても開かないわけだ。
確かに、栓を開けるだけの棒にしては、少し長すぎるような気はしていたのだが・・・。
「こっちがその棒だ」
父親が本物の方を持って来てくれて、あっという間に開けることが出来た。
まったく、アホらしい努力だった。
おかげで背中がバキバキだ。

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あなたの彼氏は、本当に優しいか?
2012年06月25日
あなたの彼氏は、本当に優しいか?

「彼、とっても優しいのよ。いつも、あたしのことを綺麗だって褒めてくれるし、この間もあたしが寂しくなってメールしたら、すぐに飛んで来てくれたのよ」

う~~ん、確かにこの女性の彼氏は、かなりマメな人物のようである。
しかし、この彼氏の言葉や行動が「優しさ」から発しているのかといえば、それはちょっと違うのではないだろうか?
彼女を綺麗だと褒めることも、メールにすぐさま駆け付けてくれたことも、「優しさ」というよりも、むしろ彼女のご機嫌取りのようにしか思えないのだが・・・。
実は、こういう女性ほど、結婚後はこうぼやくそうである。
「結婚前は、本当に優しかったんだけれど、今は全然なのよ」
これは、彼女が彼氏のマメな言動を「優しさ」と勘違いしていたからなのであり、単にチヤホヤされていただけのことに気付いていないからだという。
では、本当の「優しさ」とは、どういうものを言うのか?
ある心理学者の説では、「本物の優しさとは、相手に何かをしてやることではなく、相手の弱点や欠点をもすべて受け入れて、それを苦としないこと」だそうである。
女性は、とかく「チヤホヤ」と「優しさ」を混同してしまうため、彼氏の本心が見えなくなるのだという。
ただ、女性は言葉の生き物だから、しっかりと声や文字としての意思表示をされないと男性を信用できないという癖を持つ。
しかし、反対に男性は行動の生き物なので、女性には自分の態度から愛のあるなしを判断して欲しいと思っている。
つまり、男性の本音というものは、彼女に対しての態度が首尾一貫しているか否かで判るというものなのだそうだ。
どんなにあなたをチヤホヤしても、日によって彼氏の態度にブレがあるような場合は、正に言わずもがなである。
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教員は聖職じゃない?
2012年06月24日
教員は聖職じゃない?

今日の信濃毎日新聞の読者欄に、「教員を聖職とは思っていない」という中学教員の男性の投稿があった.
彼は、教職についた時、先輩から「自分のことを教師、先生と言わない」と教わったのだそうで、自身も生徒の前では「私」と言っているとのことだった。
そして、「自分が教師か否かを判断するのは生徒たちであり、教え子たちだと思う」とも書いている。
わたしは、この投稿を読んで、少しばかり違和感を覚えた。
何故なら、投稿者はおそらくはプロの教師だろうと思うからである。
プロということになれば、給料をもらっているはずだ。その給料は、何処から出ているのか?
公立校の教師ならば、もちろん自治体住民の税金からのはずである。
プロ教師としてお金を頂戴している以上、「教師か否かは生徒に判断させる」という姿勢は如何なものかと思うのである。
給料を頂くというのは、自分にそれなりの技術や器が備わっているという自信があるからこそ出来る話であり、またそうあらねばならないはずである。
誰もアマチュアの力量しか持ち得ない人に、相当の報酬を支払ったりはしない。
自分に対しての評価を生徒や保護者にゆだねるという考え方は、一見謙虚なようだが、それは一種の体の良い逃げ口上のようにも思えてならないのだ。
投稿者は、文章の最後に「教員を聖職だとは思っていない。でも、楽な仕事だとも思わない。それでも生徒が好きだ。熱い中学時代を何度も生徒と一生懸命生きられるのがうれしくてたまらない」とも書いている。
しかし、やはり子供を預ける親の立場からしてみれば、教師には聖職的な清廉潔白さや品行方正さを期待するものであるし、それが当然だと認識しているはずだ。
ただ単に生徒が好きだ----だけでは、教師は務まらない。
「先生は教師としてきみたちを教え導くための勉強には万全を期している。だから、安心して任せて欲しい」
それが本来のプロ教師が生徒と向き合うべき姿だと思うのだが、如何だろうか?
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どうせ、おれなんか・・・
2012年06月24日
どうせ、おれなんか・・・

日本航空が空で「婚活」をして欲しいと、「空コン」を企画するとか・・・。
長野電鉄も、こんな感じに「電車コン(電コン)」でも企画するといいんじゃないかな?
鉄道マニアに限らず、小旅行をベースにした合コンも、案外ウケるかも・・・。

「どうせ、わたしは、〇〇〇〇(人名)」
この言葉、わたしの学生時代の友人たちが読めば、「そういえば、昔のコンパの席で、某医学生がいつも口癖のように言っていたなァ・・・」と、苦笑するかもしれません。
この「どうせ・・・・」という言い方ですが、一見、気が弱そうで卑屈な、自分に自信がない人の言葉のように思われがちですよね。
でも、あに図らんや、こういう口癖の人は、本心はかなりの自信家で、口ではマイナスのことを言いながら、実は「そんなことはない」と、思っているのだそうです。
自分の方が優位にあると信じているからこそ、このようなネガティブ発言もすんなりと口から飛び出すわけで、このかつての医学生も、実際は相当な強心臓の持ち主でした。
正直、わたしには、あまり彼についての良い思い出はありません。
たぶん、他の友人たちもそうだったと思います。
では、何か問題が持ち上がると、即座に、「申し訳ありません」と、自らの非を認めてしまうような人はどうなのでしょうか?
こういう人も、自分のやることに自信がないからだと思いがちですが、そんなことはなく、本心では、「自分は決して悪くない」と、思っている人なのだそうです。
では、何故こうも簡単に謝罪を口にするのか?
そのわけは、こういう人は、とにかく面倒なことが嫌いだと思っているということなのです。
「頭を下げて済む話なら、何べんでも下げてやるさ」と、既にその後のことを考えているせっかちな性格の持ち主だということのようです。
だから、相手に臆して詫びているわけではないのだそうで、案外打算的な人だともいえるようです。
人の言葉の裏には、このようにまったく逆の性格が隠されているということも少なくないというお話でした。
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登校拒否児の深層心理
2012年06月23日
登校拒否児の深層心理

以前、皇太子殿下の息女・愛子さまが、「いじめっ子がいて怖いので学校へ行きたくない」と、登校を渋られていたことがあった。
小、中学生が学校へ行きたくないという時は、たいていがこうした学校内のイジメや教師との折り合いの悪さが原因という場合が多いとされる。
中には、授業が難しくてついて行けないために時々学校を休むとか、苦手な教科がある日だけ朝からお腹が痛くなるなどという症状を見せる子供もいる。

保健室へは行けても、教室までは入れないという保健室登校児童や生徒も、近年急増中だそうだ。
しかし、こうした登校拒否児たちの心理に詳しい学者の中には、学校に問題があるだけで登校拒否を引き起こす子供は少ないとの見解を示す人もいるのだそうである。
登校拒否児の多くは、家庭内に何らかの問題を抱えていることが往々にしてあるそうで、学校へ行きたくないのではなく、自分が学校で勉強をしている間に、家庭がどうにかなってしまうのではないかとの不安が常に頭から離れないため、必然的に登校を渋ることになるのだそうだ。
いつも両親がいさかいを続けていて、家庭内に子供が安心出来る環境が整っていないとか、殊に小学校低学年ともなれば、「学校から帰ったら、両親がいなくなっているかもしれない」などと、真面目に考える子供もいるという。
その不安が登校時間になるとお腹や頭を痛くさせ、学校を休みがちになる。
すると、勉強が遅れて、授業について行けなくなる。
成績が下がると、自分がみじめに思えてクラスの中で孤立感を深める。
クラスメートの視線や何気ない言葉が、常に自分を責めているように思えて来る。
学校に行きたくなくなり、家に閉じこもりがちになるが、下校時間が過ぎて夕方になると俄然、元気になる。
だが、朝になると、どうしても家の玄関から外へ出られなくなる。
こんな一日一日の繰り返しが、登校拒否児を生み出すのだそうだ。
「うちの子、学校へ行っても保健室にばかり顔を出しているみたい」
「今日もお腹が痛いって言って、学校を休んだわ」
そんな子供を持つ親は、学校内にのみ原因を探すのではなく、自らの家庭の環境を省みることも必要なのだそうである。
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外科医・永井規敬先生のコラムが本に
2012年06月22日
外科医・永井規敬先生のコラムが本に

長野市民新聞の「こだま」欄に、十二年間にわたり書きつづって来られた、長野市の東口病院の外科医・永井規敬(のりよし)先生のコラムが、このほど一冊の本となって発行された。
本のタイトルは、「『隣りの外科医』のかきつけ帳」。
挿絵も永井医師が描いている。
永井医師は、信州大学医学部卒業後、神戸医科大学付属病院で研修、東京女子医科大消化病センターに勤務、その後渡米して米国アーカンソー大学付属メディカルセンター胃腸科助教授となり、帰国後は篠ノ井病院(消化器科)を経て現在にいたっている。
本の内容は、日常的な話題にユーモアとスマートなシニカルを巧みに織り交ぜ、難しい医学的専門知識も判りやすく解説しながら、多くの人々の生死と日々向き合って来た外科医の視線で、人生とは社会とは何なのか---を、多角的に捉えたコラム集となっているとのこと。
わたしも、ここ二年ほど、先生のコラムは同紙面で拝読しているが、とても親しみやすい文章に、つい引き込まれてしまうほどだ。
本は、大きな読みやすい文字で印刷されていて、B5判129ページで、1000円。
東口病院受付、平安堂の長野、若槻、川中島、東和田店等で取り扱っているそうである。

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あなたの心はプラス?マイナス?
2012年06月22日
あなたの心はプラス?マイナス?

二人の女性が、友人であるC子さんについて話をしています。
A子 「ねえ、最近、C子、綺麗になったと思わない?」
B子 「そうかな?単に化粧が濃いだけなんじゃないの?」
A子 「ううん、そうじゃないわよ。きっと、彼氏が出来たんだわ」
B子 「何言ってんのよ。あの気の強い子に、彼氏なんか出来るわけないわよ」
A子 「確かに、C子って気が強いところあるけど、案外姐御肌で、頼りになるのよ」
B子 「そうかな~。口も悪いって話だけど、男っぽすぎない?」
A子 「そうも言えるけれど、困っている人を見ると助けずにはいられない人情家でもあるのよね」
B子 「それって、演技だって言っている人もいるわよ」
A子 「そんなことないわよ。真面目で思いやりのある女性よ」
B子 「単に見栄っぱりってことでしょ。猫かぶるのうまいんだから・・・」
さあ、この二人の女性の会話から、C子さんとはどのような性格の女性だと想像しますか?
あなたが、C子さんは、綺麗で、頼りがいがあって、男性にもモテる思いやりのある女性だと思ったら、それは、あなた自身の気持ちが、今、前向きで上昇的なプラス思考にあるということだそうです。
しかし、C子さんは、化粧の濃い、見栄っぱりな、気の強いガサツな女性だと思ったら、それはあなた自身の気持ちが、今、沈鬱的で停滞的なマイナス思考にあるということだそうです。
同じ女性を評価しても、プラス思考とマイナス思考の人では、評価がまったく変わるのです。
あなたの、現在の心理状態は、果たしてどちらだったでしょうか?
水道料が・・・
2012年06月21日
水道料が・・・

今日、通帳のつけ込みをしたところ、我が家の水道料金がとんでもない金額になっていた。

洗面所の水道の蛇口がいかれていたことが影響したんだなァ・・・と、思ったのだが、それにしても、冬季は凍結防止のために、もっと大量に水を垂れ流ししていたはずだ。
にもかかわらず、ここに来てこの料金は、一体何なのだろうか?----と、考えた。
すると、母親が、
「そういえば、深夜になると、何か何処かで水道を使っているような音が響いていたんだけれど、近所の家の水道かと思っていた。もしかしたら、あの音は、うちの水道を使っている音だったのかも・・・」
と、言い出した。
しかし、我が家で深夜に水道を使うようなことはない。
そこで、気が付いた。
我が家には外にも水道がある。
おそらくは、その水道を誰かが無断で勝手に使用していたのだろうという疑いが濃くなった。
冬の間は、凍りつくこともあるので、水道の元栓を閉めて使えないようにしておくのだが、春になると元栓を開けては畑から取って来た野菜などを洗うために使っている。
これを家族が寝静まった夜中に、こっそりと使われていたとしか考えられないという結論に至ったわけだ。
実は、近くの家の人も、夜になると勝手に自宅前の水道を使われて困っているという話をしていたことを思い出した。
今や、水道料だってバカにならない金額なのだから、昔のように猛暑で道路に水をまくとか、水道水で洗車などという贅沢は軽はずみに出来るものではない。
今夜からは絶対に水道を使えないように、元栓を封鎖することにした。
まったく、油断も隙もありゃしない--とは、このことである。(ーー;)
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自分に優しい人はうぬぼれない
2012年06月21日
自分に優しい人はうぬぼれない

あなたの周囲に、常に虚勢を張ったり、見栄を張るのが癖の人はいないだろうか?
そういう人は、人からどう見られているのか、いつも気になって仕方がない人なのである。
だから、自分を強く見せておかなければ不安でならないわけで、内心は臆病な人だといっていい。
そのため、自分自身にもやたらに批判的で厳しい。
人前で失敗したり間違ったりする自分が、どうしても許せないのである。
そんな人に対して欠点を指摘したりすれば、その怒り方は尋常ではなくなるはずだ。
そういう人にとって、恥は最大の屈辱だからである。
ところが、その逆に、間違いを正されても少しも動じず、むしろ感謝さえするような人がいる。
そんな人は決して偉ぶるようなことはなく、自分は他人よりも優れているなどと思い込むこともない。
しかも、そういう大らかな性格の人に共通するのは、自分に対しても他人に対すると同様に必要以上に厳しくあろうとはしないということである。
それは、自分に対して甘いということではなく、自分の努力を正当に評価出来る力を持っているということのなのである。
そのため、自分に優しい人は世間に虚勢を張る必要がないので、うぬぼれることもない。
何かに失敗しても、そのことで自分を徹底的に責めたりはしないので、いつも平常心でいることが出来る人なのである。

ところで、この間知り合いの女性が話していた。
「去年あたしのお腹の手術をしてくれた外科の先生、マジ、イケメンだったんだよ」(^_^.)ウレシソー
「へ~~」(・_・)
と、何気に聞いているうちに、年恰好から察すると、
「それってもしかして・・・」
たぶん、あの先生だ・・・と、納得。
先生なかなかモテますな~。(^_-)
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不可解な女性
2012年06月20日
不可解な女性

わたしの知り合いに、実に不可解な女性がいる。
いや、知り合いだった----というべきか。
彼女は、常に自分は他の女性よりも男性から愛される存在でなければならないと考えていた。
だから、自分以外の女性が、たとえ彼女がまったく見ず知らずの男性とであろうと、親しく付き合うことが許せないのだ。
もちろん、自分には夫も子供もいるのだが、それとこれとは意味が違うらしい。
夫のことは、既にあまり彼女の眼中にはないようで、夫以外の男性にどれだけ愛してもらえるかが、彼女の自尊心の支えとなっているのだった。
そのために、彼女は、たとえ親友の女性が結婚を決めたことを知っても、本心から親友を祝福できない。
ましてや、親友女性の結婚相手がかなりのイケメンだと知って、ますます心中穏やかでなく、披露宴に出席しながら、どうしても「おめでとう」の一言が言えなかったのである。
そんなお門違いの嫉妬心は、次第にエスカレートして行く。
ある女性が男友達と親しく会話を交わしていることを知ると、その女性が秘密にしているような話を、あえて男友達に暴露して二人の間を険悪にしようと目論んだこともあった。
自分は、いつも一番でなければならない。
男性からチヤホヤされることを無上の幸福と考える彼女は、自分がどれだけ男性から惚れられる女かということを、誰かれ構わず手当たり次第に吹聴して回り、羨ましがらせることで安心感を得ていたのである。
もちろん、それを聞かされた人たちは、「何で、そんな話を何の関係もないわたしたちに・・・?」と、当惑していただけなのだが、そんなことはお構いなしだ。
こうした女性は、本心から相手の男性を好きなわけではない。
周囲に「好きな男性がいる。その男性から自分は愛されている」と、アピールすること自体に快感を覚えているだけなのである。
恋に恋している自分に酔っているだけなのだが、そのことには気付かない。
そして、彼女の中にあるのは、羨望されることでしか自分自身の価値を認識することが出来ない、未熟な自我なのである。
おそらく彼女は、幼児期に両親の愛情をしっかりと受け取ることが出来ない環境にあったのではないかと、推測される。
母親や父親の愛情を、褒められることでしか味わえなかった体験が、大人になった彼女を、称賛もしくは羨望依存症ともいうべき心理状態に作り上げてしまったのだろう。
このような心理状態に陥りやすい人は、年の近い兄弟姉妹がいる長女や長男に多いそうだ。
親の愛情を十分に受ける間もなく、下が生まれてしまうという環境に問題があるらしい。
いずれにせよ、わたしにはどうにも不可解な女性としか言いようがない。
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