高齢者が頑固なわけ・・・・・955

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高齢者が頑固なわけ




    年をとるにつれて、人間は頑固になると言われますよね。

    周りの意見を受け入れなくなり、自分の意見ばかりを押し通そうとする男性も多いものです。

    しかし、そういう人も、若い時から人の意見を聞かない頑固者だったわけではないのです。

    どうして、このようなことが起きるのでしょうか?

    人間は、押し並べて、最初に聞いたり見たりしたものを信じるという性質があるそうです。

    つまり、若い時に経験したことが正しいことだと思い込む傾向があるのです。

    ある男性落語家は、バブルの頃に若い女性たちに人気のあった行楽地を、未だに女性たちに人気のある場所だと信じ込んでいて、若いタレントたちの失笑を買っていました。

    また、ある高齢男性は、若い頃に見た知り合い男性の悪い印象があまりに強烈で、その男性がその後立派な業績を残す人物に成長しても、「本質は、ろくでもない奴だ」との評価を変えることがありませんでした。

    人間は、若い時分に受けた印象を、ほぼ生涯にわたって引きずる性質があるので、何十年経っても、結局はその時の感覚を忘れることがないのです。

    世代間のギャップも、要は、そういうところから生まれるわけで、たとえば、クジラを食べることが当たり前の世代に、現代の若者が「クジラを捕るのは感心しない」と、言ったところで、受け入れられないのも当然といえば当然なのかもしれません。

    人間の基礎的概念というものは、二十代の頃までに出来上がるそうです。

    その頃、良い印象を得た物は、生涯にわたり、良い物と認識し続けるのです。

    逆に、若い頃に、あまり好ましい印象を持てなかった事柄については、その事柄の印象がのちに誤った認識のもとに出来たものだったと判っても、やはり、心底好ましいとは思えないものなのです。

    高齢になればなるほど、自分の感覚が最も正しいと確信する人が多いのは、そのためのようですね。



    

   

    

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案の定・・・・・954

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案の定・・・




    案の定・・・というか、やはり、従姉は叔母の足代わりに使われ始めた。

    叔母は、別の家へ嫁いだ身なのだから、実際は、実家の娘である従姉を頼る間柄ではない。

    本来ならば、嫁ぎ先の家の人たちに世話になるべき人間なのだ。

    それなのに、嫁に行って既に半世紀近くにもなろうというのに、結局、ず~~~っと、実家から離れられなかったのだ。

    何かといえば、実家を頼り、亡くなった叔父も、いい加減にしろと、叱るほどだった。

    しかし、子供のいない叔母に、叔父の思いはついに届かなかったようである。

    従姉を自分の実の娘のように思い、行く先々で従姉のことを自分の娘だと紹介していたようで、一人になった叔母は、従姉の両親のことなど関係なく、連日、従姉に車に乗せてもらい、買い物や病院、役所での手続きをしているらしい。

    とはいえ、これでは両親が面白くない。

    今までのように、娘を自分たちの専属として扱えなくなってしまった訳だ。

    何とか、叔母の方へやりたくないと、娘を説得するが、叔母は、そんな従姉の両親に知られないように彼女の携帯電話に連絡をよこし、何か理由を見付けて家を出てこいと、呼びだすのである。

    両親は両親で、そうはいっても、あまりきつく娘を押し留めて、叔母が彼らとの同居を持ち出しでもしたら、その方が困るので、絶対に手伝いに行くなとも言えない。

    実は、周囲の者たちは、いつかはこういう状況になるだろうことは、従姉がまだ幼い頃から薄々懸念してはいた。

    たぶん、彼女は、将来三人の親の面倒を見るようになるだろうと、予言していた親類もいたくらいである。

    そして、おそらくは従姉は生まれた時から、結婚させないという家族の思いがあったようにも感じるのだ。

    何のために?

  もちろん、自分たちの老後の面倒をみさせるためにである。

    そのためには、独身であってもらう必要があったのだ。だから、彼女に好きな人が出来ても、尽く反対し縁談をつぶして来た。

    いや、それよりも前から、親元から一時でも放してはおけないと、大学も家から通えるところを選ばせる念の入れようだった。

    そして、従姉自身も、それで良いと思っていたようである。

    要するに、親族すべてが共依存の関係にあると言っても過言ではない。

    両親たちは、従姉が大人の女性になることを最も嫌悪し、おしゃれや化粧さえさせなかった。

    わたしには、何とも理解しがたい家族であるが、それでも本人たちはそれが一番居心地いいのだと思う。

    これから、従姉は、三人の親の間を上手に行き来しながら世話をして行くことになるのだろう。

    両親に言えない叔母の本音、叔母に言えない両親の本音を、両天秤にかけながら----。

    
    

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月日が束で飛ぶわけ・・・・・953

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月日が束で飛ぶわけ




    この間、テレビのバラエティー番組を観ていたら、

    「年をとると、どうして、時間の経つのが速く感じるのか?」

    と、いう問題を取り上げていた。

    確かに、人間は年をとるたびに月日の経つのが速く感じるものである。

    それに比べ、子供の頃は、毎日がゆっくりで、一時間が一日にも感じられていたものだ。

    そのせいか、子供の頃の記憶はとても鮮明で、高齢になり認知症になってからも、子供の時分の記憶だけは最後までしっかりと残っていることが多い。

    子供の頃というのは、一日一日の体験が、常に新しいことの連続で、人間はこれまで自分が知らない物事に出会ったり経験する時は、一分一秒をしっかりと記憶して行くという習性があるので、時間の経つのが非常に遅く感じるのだということであった。

    ところが、大人になるにつれて、そうした新たな経験が次第に少なくなり、「ああ、これはこの前来たところだ」「また、この仕事か・・・」などが連続することで、新しく記憶することが必要ない場合が多くなるのである。

    自動車の運転をしていても、そういうことは良く起きるが、初めて通る道は、何処に何があるかを少しずつ慎重に記憶して行くため、たった一キロの距離でも長時間運転したような気がするものだが、その道を何度も通るうちに、気が付いたら通り過ぎていたということになるのである。

    要するに、年をとると月日の経つのが異常に速く感じるようになるというのも、経験豊富さが起こす錯覚のようである。

    そうなると、頭を使うことが減って身体が知らず知らずに動くようになるため、知識の蓄積をあまり必要としなくなり、脳の老化も進むのだという。

    年をとっても脳を若く保つためには、日々、新しい発見や感動を補給してやる必要があるようだ。

    しかしながら、年齢を重ねるごとに、人は、生活に変化を求めなくなる。体力的にも精神的にも、エネルギーを使いたくなくなるのである。

    テレビドラマもどんでん返しの連続のようなものを好まず、最初から結末が判っているようなストーリーに安心感を得るのだ。

    物語が複雑で、大勢の出演者が登場する群集劇を若い時は面白いと感じているが、年をとると多くの伏線が絡まるストーリーが煩わしく感じられるようになるのも、この言わばマンネリ脳が関係しているのだと思う。

    わたしも、最近は、あまり脳のための活性化に富んだ生活をしていない。

    気持ちが前向きで明るくなるような刺激がたくさんある毎日を送ることが出来れば、日々をじっくりと楽しめるのかもしれないな。
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七人の女弁護士・・・・・952

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七人の女弁護士




    『七人の外科医』----ではありません。(笑)

    そういえば、1990年代のテレ朝系ドラマで、『七人の女弁護士』というのがありましたよね。

    昨日、録画ビデオを整理していたら、このドラマが出て来て、つい観てしまいました。

    わたし、このドラマの放送していた頃、良くビデオに撮って観ていました。

    (注・そのあとで2006年と2008年に放送された『7人の女弁護士』<主演・釈由美子>の方ではありません)

    あくまでも、賀来千香子主演の『七人~』の方です。

    それも、第一シリーズのキャスティングが良かったですよね。

    脚本も長坂秀佳さんのもので、本当に巧みに作られていました。

    保坂夏子役の賀来千香子を始め、岡江久美子、鳥越マリ、五十嵐いづみ、和泉ちぬ、菅井きん、佐藤友美の七人の個性あふれる女性弁護士たちが、実に生き生きと描かれていました。

    中でも、わたしが好きだったのは、佐藤友美演じる谷口伊津弁護士で、洗練された大人の女性のクールさには魅了されました。

    そして、特に印象的だったのは、彼女たちのファッションでした。

    かっちりとした丈の長いブレザーとタイトスカートを上品に着こなし、実に都会的な美しさを醸し出していたのを覚えています。

    賀来千香子さんのご主人である宅間伸さんは、このシリーズで彼女の交際相手のカメラマンを演じていましたが、こんな素敵な女性を目の前にしたら、恋の一つもしたくなるのは当然ですよね。(笑)

    女性が主人公の法曹界物で、これだけ硬派のものは、あまりなかったように思います。

    このシリーズ、この第一シーズンの雰囲気のままで、また再開して欲しいものです。



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ひいなの祭り・・・・・951

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ひいなの祭り




    長野電鉄沿線イベント『ひいなの祭り』が、今年も3月3日から4月4日まで開催されるそうです。

    この一月の間は、『女将たちのひな飾りと日帰り入浴』と題して、この祭りに参加する旅館やホテルが、館内に豪華な雛飾りを設けたり、『日帰り入浴(有料)』を承るという趣向だそうです。

    参加旅館・ホテルの中には、予約が必要というところもあるので、お出かけの際は電話で連絡をしてから行かれた方がいいかもしれません。

    また、3月19日には『稚児の成長祈願祭(参加無料)』。

    3月19日から3月21日までは『雛の祭り湯けむりストアー』が行なわれ、着物リサイクル販売やフリーマーケットが開催されるようです。

    この間は、名物『雛弁当』も一日40食限定販売される予定とか。

    興味のある方は、足を運んでみられたら如何でしょうか?

    問い合わせは、山ノ内町観光連盟(☎0269-33-2138)または、楓の湯(☎0239-33-2133)まで。






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人が白衣に弱い理由・・・・・950

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人が白衣に弱い理由




    患者が医師や看護師に恋愛感情を懐くということが間々あるわけは、白衣を着ている人には無条件で従いたくなる白衣コンプレックスだけではないのです。

    皆さんは、俗に言うところの「吊り橋効果」をご存知でしょうか?

    何組かの初対面の男女のカップルを、低い場所にかかる頑丈な橋を渡るグループと、高い場所にかかる吊り橋を渡るグループに分かれて一組ずつ渡らせたところ、低くて頑丈な橋を渡ったカップルは特別何の反応も見せなかったのですが、高い場所にかかる吊り橋を渡ったカップルは、その後、メールアドレスや電話番号を交換したという実験結果が出たそうです。

    つまり、人間は、恐怖感や不安感といった心臓のドキドキ感を、恋愛感情のドキドキ感と勘違いしてしまうことがあるのです。

    これを「吊り橋効果」とか「錯誤帰属」といいます。

    この効果は、何も吊り橋を渡った場合だけに起きるわけではありません。

    男女が共にジェットコースターに乗ったり、スポーツを観戦していて、ひいきのチームの応援で勝敗の行方に一喜一憂したりする場合も、この「吊り橋効果」は起きるのです。

    そして、これは時々病院においても起きることがあるのです。

    自分の病気が重いものかどうか、検査結果を待つ間の気持ちのやり場のない不安感は誰しも経験したことがあると思いますが、正に手のひらに冷や汗をかくほどの不安感に襲われるものです。

    中には、そういう感覚にいたたまれず、その場から逃げ出してしまう人もいるほどです。

    しかし、いざ、診察室へ入り、担当の医師から、

    「大丈夫ですよ。お薬を飲んでもらえば、二、三日で良くなるでしょう」

    などと言われれば、それまでの奈落の底へ落とされた気分から一気に浮上。

    その医師が、神様にも思えてしまう訳です。

    「なんて、良い先生なんだろう!」

    医師が男性ならば、女性患者がその医師に対して恋心を懐いてしまうことも無きにしも非ずなのです。

    これこそが「吊り橋効果」です。

    検査結果を聞くまでの間のドキドキ感を、恋愛感情と勘違いしてしまうことも起きるのです。

    そういう意味では、その感情が持続して、そのまま医師と患者が本当のカップルになってしまうケースも多いようです。

    女優の泉ピン子さんや、鈴木杏樹さんなどが、その良い例ではないでしょうか。

    もしも、あなたに好意を寄せる女性がいたとして、その女性を振り向かせたい場合は、この「吊り橋効果」を使ってみるのも一つの手かもしれません。

    ただし、女性が本当に怖気づいてしまうほどのシチュエーションはやめて下さいね。

    

    
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カーテンの夢・・・・・949

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カーテンの夢




    先日、カーテンの夢を見ました。

    カーテンが閉まった部屋の中に知り合いの女性がいて、その女性にわたしが話しかけているという夢です。

    そして、印象的だったのは、そのカーテンが金色に近い黄色で、カーテン越しに外の光が入り込んでいることでした。

    そこで、さっそく、夢の意味調べ----。

     カーテンやブラインドが意味するものは、他人に知られたくない秘密、誰かに守ってもらいたい思い、カムフラージュ、何かから隠れたい----などの潜在意識が見せる夢のようです。

     そんなカーテンやブラインドを開こうとしている夢は、あなた自身が心を開こうとしている兆しを意味し、人間関係が順調に回る暗示を秘めているそうです。

     また、新しいカーテンを取り付ける夢は、あなたにこれまでにいなかったタイプの友だちが現われる暗示だそうです。あまり、警戒ばかりせず、たまには勇気をもって苦手だと思われる相手とも話をしてみる気持ちの大らかさを持ちましょう。

     さて、このカーテン越しに光が差し込んで来るという夢ですが、これは、近々幸運に恵まれる証しだそうです。

    ちょっと、期待しますね。icon22

    新しい出会いもあるという兆しだそうですから、嬉しい夢のようです。

    ただ、わたしのようにあまり出歩くことのない人間が新しい出会いというのも・・・な感じですけれど。

     カーテンを閉める夢は、人間関係が煩わしくなっていて、干渉を嫌い、一人になりたいと思っている夢だとか・・・。

     また、カーテンが破れているような夢は、自分の秘密がバレてしまうのではないかという不安感が見せる物のようです。

    春一番も吹いたようですね。

    思い切って、部屋のカーテンを明るい色に取り替えてみるのも、気分転換になって良いかもしれません。

    

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「おもてなし」の極意 2・・・・・948

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「おもてなし」の極意 2




    ブログを読ませて頂くと、いわゆる「おもてなし」について書かれている方が多いことに気が付きます。

    「おもてなし」とか「接遇」という接客の極意とか奥義は、今さら取り立てて言われることでもないのでしょうが、最近は、これについて講義をしたりセミナーを開く業者も増えました。    

    かつての日本では、「もてなし」は礼儀作法の一つでした。

    次ような有名な逸話も数多く残されています。(ほとんどうろ覚えなので、事実か否かは定かでありませんが、大まかには以下のような下りです)

    ある武将が鷹狩りの途中に立ち寄った寺で、一人の小坊主さんが武将にさ湯をお出した時、最初はぬるめのさ湯を出し、早く喉の渇きをうるおして頂き、二杯目のさ湯は、少し熱めをお出ししたことで、武将はこの小坊主さんをいたく気に入ったといいます。

    また、羽柴秀吉の有名な草履取りの話もありますよね。秀吉がまだ足軽だった頃、主君の草履を懐で温めておいてお出ししたことで、出世の糸口をつかんだという話です。

    他には、やはりある武士が山深い家に雨宿りをさせてもらおうと訪れ、「蓑(みの・昔の雨具)を貸して欲しい」と頼んだ際、その家の娘がそっと山吹の一枝を差し出して、暗に「申し訳ありません。当家にはあいにく蓑はありません」ということを武士に詫びたという話もあります。(醍醐天皇の皇子・中務卿兼明親王が詠んだものに『七重八重花は咲けども山吹の(実)みのひとつだになきぞかなしき』という歌がある。その娘は蓑ひとつなき貧しさを山吹に例えたといわれる)

    つまり、ストレートに「うちに蓑はない」というのは、如何にも無粋なため、山吹の一枝を差し出し、相手にそれとなく知らせたという訳です。

    日本人の「もてなし」の心は、一言で言えば、「相手の気持ちを先に汲み取り、恥をかかせない」ということに尽きるのではないでしょうか。

    「~をして欲しい」と、客に言わせる時点で、既に「もてなし」失格だという老舗旅館もあると言います。

    マニュアル通りにお辞儀をして、笑顔を作り、短い距離だけ荷物をお持ちし、丁寧過ぎる言葉を使うことが、「おもてなし」ではないと言うことですね。

    相手が気付かないほどの自然さで、相手の気持ちを先取りし、要求に応じることが大事なのだそうです。

    実は、地元にとても若者に支持されている宿があります。

    うっかりすれば見落としてしまいそうな場所にある小さな旅館ですが、どうしてそれほどリピーター客が多いのかというと、これから帰路に付く若い宿泊客たちに、「途中でお腹が空いたら食べなさい」と、女将さんが小さなおにぎりを作って持たせてくれるのだそうです。

    大したもてなしは出来ないものの、その温かな心遣いが嬉しいと、若者たちの間でとても評判がいいのだと言います。

    経営者は、とかく勘違いするのですが、至れり尽くせりが「もてなし」ではなく、一番大切なことは、相手を尊敬し、思いやる心根なのではないでしょうか。

  

    

    

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相手の話を聞き出すには・・・・・947

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相手の話を聞き出すには・・・




    心理療法などで、相手の話を聞き出すには、ひたすら相づちを打ちながら聞き、決して相手を否定しない----と、いう方法をとることが良いと言われるそうですが、それよりもベストな方法があるそうです。

    それは、話を聞こうとしているあなたの方が、自分の身の上話や経験談を、相手の話を聞く前に率先して話すことなのだそうです。

    そして、その話を聞く前に、軽く相手の肩や背中に何気なくタッチすることが、より、相手に安心感を持たせ、相手があなたに心を開きやすくする効果があるのだとか・・・。

    つまり、

    「どうぞ、腰かけて----」

    と、言いながら、相手に軽くタッチ。

    その後、

    「ほんと、最近、不景気でしょう?わたしも、会社の仕事がうまく回らなくて、大変なんですよね。お宅はどうですか?」

    というように、何気なく自分の苦労話や悩みを相手に話すことで、相手もあなたのことを信用して、自分の悩みなどを話しやすくなるのだそうです。

    これを「自己開示テクニック」といいます。

    他人の心の中を知るためには、自分の心の中も相手に見せる----これが、最も肝心なのです。

    




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話しベタは直る・・・・・946

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話しベタは直る




    そもそも、どうして子供が話しベタになるかというと、母親や教師などの大人が子供の話をしっかりと時間をかけて聞いてあげないからなのだそうです。

    子供は、誰もが人と話をしたくて、自分のことを知ってもらいたくてたまらないのです。

    ところが、大人は、そんな子供の他愛もない話を、いちいち仕事の手を休めてまで聞こうとはしません。

    しかも、子供は語彙を多くは知りませんから、言いたいことがすべて言葉になるとは限らないのです。

    言いたいことがあるのに、何と表現していいのか判らないために、スムーズに話が進まず、大人はますますイライラしてしまうのです。

    そこで、

    「ああ、その話はまたあとで聞くから・・・」

    「うるさいわね!今忙しいのよ」

    つい、子供にこんなことを言ってしまうのですが、これを言われた子供は、「大人に話かけると叱られる」と、思うようになり、やがて、しゃべること自体が怖くなってしまうのです。

    そうなると、性格も暗くなり、社交性もなくなります。

    もしも、そんな子供が何か話をしたいような素振りを見せたら、笑顔でじっくりと聞いてあげることです。

    そして、感情をはっきりと表わし、話の内容に感心してあげることも重要です。

    そうすることで、子供は、自分の話は人を楽しませることが出来る----と、自信を付け、人前で話すことを苦痛と感じなくなるのです。

    子供の話しベタは、入学試験の面接などにも影響します。

    出来るだけ早いうちに周囲がそれに気付き、ゆっくり時間をかけて直してあげることも大事なのです。



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久しぶりに夢の話・・・・・945

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icon12久しぶりに夢の話




    久しぶりに「夢」について書いてみましょう。

    実は、最近、不思議な夢を見ました。

    わたしは、何処かのマンションの一室に招待されました。

    そこには、その家の家族が午後のひと時を楽しげに過ごしていて、大きく開いた窓からは、明るい春の陽光が入っています。

    テーブルの上には、丸いビー玉のような透き通った大小のガラス玉が転がり、あまりの美しさに目を奪われていると、家族の一人が笑顔で言うのです。

    「そんなもの少しも珍しくないさ。ほら、窓の外を見てごらん----」

    そういうので、窓から外の風景を眺めると、都市リゾート風の街にあふれる車や太陽の光がすべてキラキラとしたガラスの玉に変わり、どんどんその窓から室内へ転がり込んで来たのです。

    今までに見たこともない綺麗な夢でした。

    窓が大きく開いて、そこから太陽の光が差し込むという夢は、運勢が上昇する兆しだと言います。

    また、開いている窓の夢も、運が開ける暗示だと言われます。

    開いている窓から、美しい景色が眺められる夢は、これから社会へ出て行く自信や勇気が備わりつつあることを意味しているそうです。

    さらに、開いている窓から花や木々の良い香りが流れ込んで来る夢は、恋愛運がアップしている兆しとも言われるそうです。もしかしたら、もうすぐあなたのそばに理想の異性が現われるかもしれません。

    ただ、その窓から悪者や泥棒が入って来る夢は、今の生活に飽きていて、何か刺激を求めている証拠ともいえるので、気分転換を上手にする必要がありそうです。

    そして、意外に勘違いをしてしまいがちなのですが、窓から見える景色が一面の花畑などで、その花々の色や形が異常に鮮明な場合、これはむしろ警告の暗示だと言われます。

    健康に気を付けて下さい。

    しかも、その窓から花畑の中へと出て行く夢を見た時は、現実からの逃避を意味しますから、仕事関係などで過剰なストレスがかかっている可能性があります。

    少し休息が必要かもしれませんね。


    それにしても、この窓から転がり込んで来る大量のビー玉は、いったい何を意味しているのか?

    何とも、不思議な夢でした。icon12

    

    

    

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ランドセルの色は?・・・・・944

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ランドセルの色は?




    最近のランドセルは、色のバリエーションがとても豊かですよね。

    ライトピンク、ビビッドピンク、ブラウン、ライトブルー、ネイビー、ブラック、レッド、イエローなどなど・・・・。

    わたしの子供時代には考えられないことでした。

    そのため、今の子供たちの感性は、「女の子だから赤が好き」とか「男の子だから黒でなければおかしい」などという色彩的偏見はかなり薄れているようにも思えます。

    でも、わたしの従姉は、小学生の時、学校でただ一人、黄土色のランドセルを背負って登校していました。今考えてみれば、大した度胸だったと思います。

    では、何故、かつての子供たちは色に対して「女は赤orピンクが好き」「男は黒or青が好き」などという決まりごとを信じてしまっていたのでしょうか?

    ところが、こんな決まりごとは、日本人だけに通用する認識だということは、あまり知られていません。

    他の諸外国には、そもそも「男の子の色」「女の子の色」などというものはあり得ないのだそうです。

    女の子が黒い鞄を持っていても、男の子が真っ赤な鞄を持っていても、それを妙だという人などいないのだそうです。

    では、どうして日本人だけがこのような色彩的偏見を持つようになってしまったのでしょうか?

    それは、昔からの日本文化が影響し、子供が保育園の年長さん頃から周囲の大人たちによって刷り込まれてしまう感覚なのだというのです。

    つまり、その頃までの小さな子供には、特別にそうした色の偏見はないのだそうで、ちょうど物心が付く頃になって、

    「やっぱり、男の子だから青だろう」「女の子だから、ピンクが可愛いわ」

    などという、大人たちの言葉で、「女のあたしが青いランドセルでは変だと思われるんだわ」とか「男のぼくがピンクが好きなんて言ったら、バカにされるんだろうな」などと考えるようになり、大人の言葉に従ってしまうことで、女は赤が好き、男は黒が好きと、いつの間にか思い込んでしまうのだと言います。

    ですから、その認識のまま大人になると、日本人は、女性用は赤い色の表示、男性用は黒い色の表示と思い込んでいるため、海外旅行をした際などに、赤い表示の男性用トイレなどへ誤って入ってしまい、顰蹙を買うというようなポカも起きるのだそうです。

    とにかく、そんな訳で、今の小学生は実に羨ましいですね。

    もしも、わたしが新入生だったとしたら、断然スカイブルーのランドセルを選んだと思います。

    実は、小学校低学年の水泳の時間、わたしだけが水色のベルト付きを着ていたのです。

    他のクラスメートたちは、皆、紺のスクール水着だったのですが・・・・ね。(^_^;)  続きを読む


掛け持ち受診・・・・・943

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掛け持ち受診




    皮膚科の待合所で椅子に腰かけていたら、隣へ来て座った70代とおぼしき女性が、突然、そわそわし始めた。

    「どうしよう・・・。どうしよう・・・」

    そう呟いていたかと思うと、いきなり、わたしに向かって、

    「先生、診療始めているんだよね?」

    と、訊く。

    「ええ、今、女の人が(診察室へ)入っていますけど・・・」

    わたしが答えると、その女性は、

    「今しがた、この廊下を通って行った先生だけど、わたしが診てもらっている内科の先生なの。わたし、内科と皮膚科と両方へ診察予約取っちゃったので、内科の先生の方を待たせちゃったら困るわ・・・」

    と、大変な焦りようだった。

    「看護師さんに、皮膚科が終わったら内科の方へ行きますからと、お願いしてきたらどうですか?」

    わたしが提案すると、女性は、そうねと言って、内科の方へ走って行った。

    しばらくして戻ると、ホッとした表情でまた腰をおろしたが、ものの一分も経たないうちに、またそわそわし出した。

    「内科の先生、帰っちゃわないかしら?----こういう風に掛け持ちになると、気が気じゃないわね」

    「大丈夫だと思いますよ。先生、待っていて下さいますよ」

    わたしは、答えたが、患者の中には、医師がいなくなってしまうのではないかと心配する人は少なくないようだ。

    この間も、看護師さんに、「先生を待たせて、帰られたら困る」と、不安を訴えていた女性がいた。

    「そんなことありませんよ。患者さんが診察券を出しているのに、帰られてしまう先生はいませんから」

    看護師さんは、一生懸命その女性をなだめていた。

    つまり、患者は、それだけ自分の病気のことが不安なのだ。そして、自分の担当医を信頼し、気遣っている。

    わたしに話しかけた女性も、わたしの次に診察の順番が回って来て、ようやく安堵の笑みを見せながら皮膚科の診察室へ入って行った。


    ***  写真はイメージです。こんなハンサムな先生がいたら、何時間でも待ちますけれどね。face02  続きを読む


噛み合わないリアクション・・・・・942

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噛み合わないリアクション




    人間が生活するにあたり、どうしても人とのコミュニケーションが不可欠になる。

    そんな時、どうして、こんな返事しか帰って来ないんだろうと、首をひねりたくなることが多々起きるのだ。

    つまり、相手の反応が、こちらの期待とはどうにも噛み合わないのである。

    「そんな返事を待っている訳じゃないんだよ」

    そういうことである。

    たとえば、映画の話をこちらが振っても、相手の返事がトンチンカンということもある。

    そういうことに詳しくないのなら、それでもいいのだが、それなりに答えを返して来るから問題がややこしくなる。

    「あなた、本当は、その映画について何も知らないんでしょ」

    そう言い返したくなるが、それでは相手に恥をかかせることになるから、あえて黙っているだけなのだ。

    また、相手の反応が、こちらの常識とはかけ離れていることも多い。

    「なに?そっちの意見に同調するわけ?」

    女性同士の会話には、とかくこうした予想外の返事が付きものである。

    まあ、そういう人とは、率先して、その後再び話をしたいとは思わない。

    つまり、こちらの言いたいことがまったく通じていない人間が近頃は多すぎるということでもある。

    独身女性に話を聞けば、たいていこんな答えが返って来る。

    「話が噛み合わない男性が多すぎる。リアクションがズレているのよ」

    言われてみれば、そうかもしれない。

    いや、男性ばかりとは限らない。女性同士だって、そんなことだらけだ。

    何も国籍云々の問題ではない。たとえ相手が外国人でも、目を見交わしただけでお互いの意思が通じる場合もある。

    少しぐらいのリアクションのズレはご愛敬----と、許せることも時にはあるが、いずれにしても程度ものだと言わざるを得ない。
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結婚しない男たち・・・・・941

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結婚しない男たち




    ある恋愛心理に関する著述では、何のかんの言っても、男はみんな結婚して行くのだ----と、あったが、最近は、そうでもないようだ。

    30代、40代、50代の非婚男性が急増中だという。

    非婚とは、未婚ではなく、一度も結婚したことがない、いや、結婚自体に興味がないということである。

    「噂の東京マガジン」では、東京都23区の中でも、中野区がダントツにこの非婚率が高いと報じていた。

    そんな結婚経験のない三、四十代の男性たちに話を聞いたところ、多い答えが、

    「結婚する理由が見付からない」

    とのことだった。

    中野区は、東京都の中でも物価が安く、比較的安価で外食が可能だ。

    アパートに住み、外食して、コインランドリーで洗濯をして、銭湯へ通えば、何も妻がいなくても充分一人暮らしが不自由なく出来るという。

    その他の回答では、

    「三ヶ月ぐらいで彼女を交代したいので、結婚してはそれが出来ない」

    「自分の趣味にお金を使いたいので、女房子供がいると不便」

    「今の自分の生活スタイルを崩したくないから、他人との同居は無理」

    「悠々自適な生活を送り、最後は一人さびしくのたれ死ぬ覚悟は出来ている」

    などという人生を達観した男性もいた。

    とはいえ、こんな男性たちの心理の裏には、ある切実な事情が隠れていると、中央大学の教授は説明する。

    「要するに、今の男性たちの給料では、妻や子供を養っていけないのです。自分一人が食べて行くのが精いっぱいというサラリーマンが多いという現実が、彼らに結婚願望を懐かせないようにしている訳です。

    また、今どきの若い女性たちの理想とする結婚が、夫と共に家庭を築いて行こうという能動的なものではなく、高収入の男性をゲットして、一生寄りかかって贅沢したいという受け身的なものに変化しつつあるのです。

    高収入の医師や弁護士、中央省庁の上級職、実業家男性ばかりをターゲットにするような、そんなぶら下がり思考の女性を、あえて妻にしようなどという奇特な男性はいません。

    よって、社会には独身男性が増えるのです」

    男女共学が当然となり、それまでの男性たちのように、女性の中に期待していた神秘的な部分が白日のもとにさらけ出されてしまった現代社会において、男性たちの女性に対する憧れが薄れてしまったのである。

    男も女も同じ。子供も大して欲しくない----となれば、女性に興味を示さない非婚男性が多くなる訳である。

    さらに、これだけ離婚率が高いという現状も、彼らの非婚に拍車をかけていると言わざるを得ない。  続きを読む


高齢者は、誰も同じか?・・・・・940

~ 今 日 の 雑 感 ~


高齢者は、誰も同じか?




    母親が救急車で運ばれて気が付いたのだが、病院によっては、高齢者は誰も同じというように扱うところがある。

    高齢者といえども、大いなる歴史を背負った一人の人間である。

    若者などに想像すら及ばない深い人格を持っているのだ。

    ところが、病院では、そんな彼らを、ただひとくくりの「老人」としてしか見ようとしない。

    わたしの両親は、確かに高齢ではあるが、記憶力も洞察力も、わたし以上であるし、行動力もそこいらの若造などには決して負けない体力も気力もある。

    耳も目も確かで、父などは未だに眼鏡なしで新聞でも書類でも読む。

    しかしながら、母親曰く、「車酔いで死にそうなくらい気持ちが悪いから、周囲の言葉などにいちいち返事をしたくないと思っていたら、まるで、認知症患者扱いよ。情けないったらないわ」と、怒り心頭であった。

    実は、わたしも、入院中は老人のように思われていたことがある。

    身体が言うことをきかず、背も極端に縮み、甲状腺ホルモンが足りないために皮膚も皺だらけで、正に老人そのものであった。

    そんなわたしに向かい、ある看護師は、「白髪がなくて、驚きました」と、言う。

    白髪などあるわけがない。いったい、わたしを何歳だと思っていたのだろうか?

    人は、決して外見で判断など出来はしない。

    高齢者の人格を無視して、皆をいっしょくたにするような、安易な接し方は是非ともやめて頂きたいものである。





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彼女は、何でも知りたがる・・・・・939

~ 今 日 の 雑 感 ~


彼女は、何でも知りたがる




    「どうして、わたしの知らないことを、先に友だちへしゃべるかな?普通、彼女であるわたしへ話してから、友だちへ---でしょう?」

    恋人の行動に対して、こんな風に不満を漏らす女性って、案外多いものだ。

    たとえ、彼が自分にとって大切なことを、彼女より先に両親に話していたとしても、やはり、反応は同じようなものらしい。

    つまり、彼女は、彼にとっての絶対権力だという認識を、たいていの女性たちは持っている訳で、自分の知らない彼の秘密を、彼の両親や友人の方が先に知っていたなどということは、決して認められないことなのだ。

    そういえば、既に結婚している夫婦でも、そういう感覚の女性は多い。

    男性には、彼女や妻以外にも大切な人は大勢いるのが普通で、それは彼女や妻とはまったく別の意味で大切な人たちなのだ。

    しかし、女性は、そういう横並びの一人に自分が数えられることなど、絶対に我慢が出来ない。

    我が家の近所にも、そういう類の女性がいる。

    父親が地区の役員の男性の家へ会議の打ち合わせのために行った時、その男性の隣に奥さんが座り、会話に割って入るので、父親は困ってしまったという。

    「奥さん、これは、地区の役員同士の話なので、悪いが、席を外してもらいたいんだけれどね」

    父親が説明すると、奥さんは、

    「お父さんが何をしているのか、わたしも知っておかなけりゃならないから・・・・」

    と、言ってそこに居続けたのだそうだ。

    「そんなに旦那が信用できないのかな?」

    父親は、呆れながら帰って来た。

    でも、そういう彼女や妻を、当の男性たちはどう思っているのだろうか?かなり、うっとうしいと思っているのではないだろうか?

    確かに、大好きな人のことは何でも知りたいと思う女心は判らなくもないが、知らない部分もある方が想像を膨らませることが出来て楽しいことだってあると思う。

    だいいち、もしも自分が男性の立場になったら、「何で、そこまで話さなければならないの?」と、言いたくもなるではないか。

    いや、むしろ、そういう女性は、自分のことも相手の男性にすべて知っておいて欲しいと思うのか----。

    おそらく、それが、「自意識過剰な重い女」と、呼ばれる女性たちなのだろうな。  続きを読む


叔母からの長電話・・・・・938

~ 今 日 の 雑 感 ~


叔母からの長電話



    
    叔父が亡くなって、家には叔母一人になった。

    二人には子供がなかったから、叔母は文字通りの独り身である。

    叔母は、元来話し好きで、とにかく時間が許せば一人で何時間でもしゃべり続けるような特技の持ち主であるから、叔父が入院中も、病院へ叔父を見舞ったのち、家へ帰り一人になると、親戚の家へ日参するように電話を掛けまくり、二時間でも三時間でもしゃべり続けるので、連日の電話攻勢にうんざりした親戚は、時に居留守を使うなどして、これを回避したこともあったという。

    叔母の話は、大抵が叔父側の親戚の悪口や愚痴で、電話での長話しも毎日となれば、さすがに話題も尽きて来るのではないかと思うのだが、それがまったくやめる気配もない。

    同じ話題を何度も何度も繰り返し話すのだそうで、しかも、その話し方も、まるで、再現ドラマの脚本のような詳しい情景描写を加えてしゃべるので、延々と続いて行くのである。

    たとえば、こんな具合に-----。

    「叔父ちゃんの顔をひょっと見たら、顎が落ちているような風に見えたので、『あら?どうしたの』と、訊くと、うん?という顔でこっちを見ているんだけれどうまく返事が出来ないから、『今から病院へ行こうか?』と、言ったら、『そうだなァ・・・』って言うんで・・・・」

    と、まあ、こんな感じで続くのである。

    しかも、少しでも親戚が口をはさむと、その言葉を即座に遮って、また自分の話を始めてしまうのだ。

    そんな長電話が、今度は、我が家へもかかって来た。

    たぶん、叔父のことが気の毒で今まで話を聞いてくれていた親戚も、もう、しばらくは勘弁して欲しいといったのかもしれない。

    結局、わたしが、その長電話を聞く破目になった。

    でも、わたしは、これまでの親戚のように叔母の話をただ聴いているだけではない。

    こちらの方が、色々質問し、叔父の病状やら病院の待遇やらを聞き出すので、叔母は自分が話したいことが話せず、何だか勝手が違うようだ。

    長電話をする人は、無条件に自分の話だけを聞いてくれる相手が欲しいので、相手からどんどん質問や体験談を語られるのは正直迷惑なようなのだ。

    そのせいか、あれから我が家への電話は、今のところない。

    たぶん、また、親戚に電話を掛けまくっているか、それとも、もはや直に親戚の家へ出かけて行っているのかもしれない。

    もしかしたら、従姉は、両親と叔母の三人の年寄りを引き受けることになるやもしれず、先が思いやられることである。  続きを読む


嘘のない女性に男は惚れる?・・・・・937

~ 今 日 の 雑 感 ~


嘘のない女性に男は惚れる?





    前にも、こんなタイトルの記事を書いたような気もするが、まあ、気にせず行こう。



    ある本を読んでいたら、「嘘のない女性に男は惚れる」と、書かれていた。

    要するに、女性の喜怒哀楽に信ぴょう性があるか否かということが、男性が女性を生涯の伴侶と見極める上で、最も重要なのだという。

    しかし、そんなことを、どうやって見分けるのであろうか?

    女性の信ぴょう性など、男性に判る筈はない。   

    これは、絶対に言いきれる。

    何故なら、女性という生き物は、人前では決して本当の自分を出したりはしないのが当たり前なのだから。

    それは、両親や兄弟の前でも同じである。

    極端な話、女性とは、生まれた時から死ぬまで演技をし続ける動物なのだ。

    もしも、まったく素のままの姿をさらけ出したら、そんな女性と結婚しようなどと思う男性は絶対にいない筈だ。

    喜怒哀楽の表現だって、好きな男性の気持ちを常に探りながらコントロールしているのである。

    しかも、この本の著者は、「包容力がありオアシスのような居心地のよい女性は、決して彼女には昇格できない」と説いている。

    かと思えば、「結婚するなら、喜怒哀楽に信ぴょう性があり安心して信じられる女性を男性は選ぶ」とも書いているのだ。

    この論理は、大いに矛盾していると言わざるを得ない。

    要するに、男性が結婚相手を選ぶ時は、簡単に言って、

    「色々付き合ってはみたが、女性なんてものは結局、誰でも同じだ」

    との結論に達した時、男性は結婚に踏み切るのだということなのだろうと、わたしは解釈した。

    確かに、結婚とは女性にとって、ある意味自己を滅することであるから、夫婦別姓にしたいなどという声が上がるのだろう。

    結婚し、〇〇さんの奥さんと呼ばれ、〇〇ちゃんのママと名無し扱いされるのなら、それが自分でなくてもいいのではないか?----と、思いたくもなるだろう。

    この本に書かれていることが、ほぼ男性の本心を代弁しているのだとしたら、男性とはほとんど女性というものが判っていないのだな・・・と、苦笑するばかりである。

    

    
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今どきのアラフォー・・・・・936

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今どきのアラフォー



    
    数年ほど前から気付いていたのだが、スーパーマーケットなどで買い物をしていると、俗にアラフォーと呼ばれる40歳前後の主婦たちのある共通点に目がとまるようになった。

    この共通点に関しては、先日、新聞にも取り上げられていた。

    それは、彼女たちの体型が、必要以上に細身で背が高いということなのである。

    確かに、アラフォーと思われる女性たちのスタイルは、とにかく細い。

    薄っぺらという言葉が当てはまるほど、痩せているのだ。

    背も平均して160センチ以上はあるものと思われる。

    いったい、何を食べていれば、このような体型になるのであろうか?

    しかし、だから美しいのか----?といえば、断言できるほどの成果ではない。

    器量は皆、良くも悪くもない十人並みで、痩せすぎのせいか表情にあまり生気が感じられないのだ。

    髪の毛にも艶がなく、地肌が透けて見えている女性もいる。

    極端な食事制限が、あのような容姿を作っているのだと思う。

    おそらく、学校関係者の集まりや地域の交流会で、体型的に恥をかきたくないという女心が必要のないダイエットを敢行させるのかもしれない。

    それにしても、どうして彼女たちは、このような横並びのスタイルになってしまったのだろうか?

    「みんなで痩せれば怖くない」

    そんな言葉が聞こえて来そうだ。

    痩せ方までも没個性にならねばならない日本人の自立心のなさが、垣間見られる現象と言わざるを得ない。

    ところが、不思議なことに、そんな一般社会の現象をしり目に、芸能界では肥満体型のタレントたちが隆盛を極めている。

    森三中や柳原可奈子、山田花子、ハリセンボンの近藤春菜など、実に個性豊かな可愛らしさでお茶の間を席巻しているのだ。

    彼女たちを見ていると、何故だか日本女性の魅力も捨てたものではないと、ホッとする。

    明るくて、頭の回転が速く、気が利いていて、和む・・・・。

    つまりは、一般社会の女性たちの考え方や体型に個性がなくなったことが、日本全体の気力を消沈させている原因なのかもしれない。

    ダイエット、ダイエットでイライラ感がつのる女性たちの、とばっちりを受けるなど真っ平である。

    子供の虐待も、案外そういうささいなことが発端なのかもしれない。

    アラフォー女性たちに限らず、日本の若い女性たちに言いたい。

    体型など気にせずに、もっとたくさん食べなさい----と。  続きを読む