目に見えない不思議な力・・・・・933

~ 今 日 の 雑 感 ~


目に見えない不思議な力



  
    「九死に一生を得る」と、いう話を耳にする時、そこに不思議な偶然の力が働いているのではないかと思える場合がある。

    たとえば、ある男性は、1923年の関東大震災の際、家のトイレに入っていたのだが、向かいの雑貨屋にたくさんの風鈴が下がって鳴り響いている様子を見たくなり、トイレから飛び出して家を出た瞬間に、あの大地震が起きた。

    後ろを振り向くと、自宅がぺしゃんこにつぶれていて、正に命拾いをしたということである。

    また、ホテルの火災が起きる直前に、用事が出来てそのホテルを離れ、九死に一生体験をしたとか、墜落した旅客機に乗るはずだった男性が、空港で突然腹痛を起こし、一便遅らせたおかげで助かったなどという話もある。

    こういう話を聞くたびに、何かしら、人間の能力では考えられない目に見えない力が働いて、その人たちの窮地を救っているように思えるのである。

    実は、先日、亡くなった叔父の家へ行こうと家を出た両親の件も、それに似通ったシチュエーションが重なっていたような気がするのだ。

    両親が家を出る前、叔母の家の住所がうろ覚えだったので、親戚の家へ電話をかけて訊ねたところ、

    「連れて行ってもらったことはあるが、よく判らない」

    との返事。思い返してみれば、もう既にこの時点からおかしな状況だった。

    そして、叔母の家の住所が判らないまま、自動車で走り続けるうちに母親がひどい車酔いになり、父親だけは何とか叔母の家までたどり着き悔みを述べることが出来たが、結局、母親は行けずじまい。

    その帰り道、ついに母親が動けなくなる。

    そのまま、しばらく休んでいれば酔いもおさまり、もう一度叔母の家へ行くこともできたようだが、想定外に、周囲の住人たちが何人も出て来て救急車を呼んでしまう。

    救急車で病院へ運ばれて治療を受けるが、どうしても動けない。

    とうとう、昼過ぎから夜中まで病院で過ごすこととなり、母親は叔母の家へ行けなかったのである。

    まるで、何物かの力が働き、母親を叔母の家へ行かせまい、行かせまいとしているかのように、わたしには思えた。

    こういうことが重なる時は、決して無理をせず、運気の流れに逆らってはいけないと聞いたことがある。

    わたしは、別段、運命論者という訳ではないが、人も動物である以上、もしかしたら、本能の何処かでそうした危険や災いを無意識のうちに察知している可能性も無きにしも非ずなのだ。

    しかも、なお不思議なことに、この日、わたしだけが家へ残ったのは体調に不安があるからだけではなく、何故か、甥から電話が入るような気もしていたからである。

    すると、案の定、甥が高校入試合格の電話をかけて来た。

    人生には、予期せぬ出来事というものがある。

    しかし、よくよく考えてみれば、それもすべてその人間自身が引き寄せていることで、単にそのことに気付いていないだけなのかもしれない。

    そんなことを、ちょっと考えるきっかけになった、今回の出来事であった。

    

    

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