雪の夜の足音・・・・・319
2010年01月07日
< 不 思 議 な 話 >
雪の夜の足音
長野県のある村に住む若者たちは、一月も半ばとなったある日の午後、少し遅めの新年会を行なうため、村内にある唯一の洋食レストランに集まっていた。
にぎやかな会食の宴もやがてお開きになり、仲間が三々五々そのレストランをあとにして、家路についたのちも、そのレストランのオーナーと親友である一人の青年は、カウンター席に腰をかけ、ビールを飲みながら、そのオーナーと世間話の続きをしていた。
戸外は、夕方から降り始めた雪が本降りとなり、既にかなり積もっている。

カウンターの奥に立つオーナーは、そんな窓の外へ目をやると、しんしんと大雪が降り続く様子を眺めながら、青年に話しかけた。
「お前、この降りじゃ、家までの道は大変だぞ。今夜は、ここへ泊ってい行けよ」
だが、青年は、遠慮して首を振り、
「大丈夫だよ。この程度の雪なら歩いて帰れるさ」
と、半ば酔ってろれつが危うい口調で答える。すると、オーナーは、何故かやけに神妙な顔つきになると、
「こういう雪の夜は、あいつが出るかもしれないからな・・・・」
「あいつ・・・・?」
「ああ、お前も聞いたことぐらいあるだろう?足音の話--」
オーナーに言われて、青年も思い出した。大雪の夜には、何処からともなく足音が聞こえてきて、それに追いつかれたら、命をとられるという、この村に昔から伝わる冬の怪談があることを-----。
しかし、青年は、この二十一世紀に、そんな迷信を真面目に受け取る人間などいないよと、笑い飛ばし、午後十一時を過ぎた頃、一人で自宅への帰路についたのだった。
その頃、雪は、ますます激しくなり、積雪は青年の履く長靴のくるぶしのあたりを優に越えていた。
青年は、ニット帽の上からジャンパーのフードをすっぽりと被り、肩をすぼめるような体勢で、深夜の村道を急ぐ。この時刻、既に、辺りに人影はなく、自動車一台通り過ぎようとはしない。
所々にボツンと立つ街路灯のわずかな灯りだけが、激しい雪の中でにじむように、狭い村道をささやかに照らし出していた。
青年の耳に聞こえるのは、自身が踏みしめる雪のきしむ音だけである。
ザクッ、ザクッ、ザクッ・・・・・。
ところが、そのうちに、その音に、もう一つの足音らしきものがかぶさるように聞こえて来たのであった。
ザクッ、ザクッ、、ザクッ・・・・。ザクッ、ザクッ、ザクッ・・・・。
「・・・・・・?」
青年は、この奇妙な音に驚き、思わず音のする背後を振り返った。しかし、そこには、誰の姿もない。真っ暗な村道には、青年が歩いて来た長靴の足跡のほかは、何も見えない。
そこで、彼は、気を取り直して、また歩き出した。すると、やはり、背後から雪を踏みしめながら人が歩いてくる音がする。
ザクッ、ザクッ、ザクッ・・・・・。
それも、足音は、先ほどよりも明らかに近付いて来ているのだ。
青年は、気味が悪くなった。
「まさか、これは、さっきレストランのオーナーが話していた足音ではないか・・・・?」
そう考えると、急に恐ろしくなった青年は、なおも足取りを速めた。走るような勢いで雪道を行くうちに、いつしか、その足音は聞こえなくなっていた。
青年は、ようやく胸をなでおろし、息を弾ませてその場に立ち止まった。
「もう、大丈夫だな・・・・。何の音も聞こえない。きっと、あれは、おれの空耳だったんだろう。オーナーが、あんな話をするから、そんな足音が聞こえるような気がしただけなんだ・・・・。まったく、参ったぜ・・・・」
青年が、そう呟いて、再び歩き出そうとした時だった。突然、彼の耳元で、低い男の声がした。
「追いついたぞォ----!」
翌朝、村道に降り積もった雪の中にのめり込むような体勢で、息絶えた青年が倒れていた。 続きを読む
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スキー・ホテルの怪(後)・・・・・308
2009年12月30日

< 不 思 議 な 話 >
スキー・ホテルの怪(後)
その真夜中のこと、光二は、不思議な胸苦しさを覚えて眠りから覚めた。
室内は、暗く、窓にかかっているカーテンの隙間からうっすらと戸外の雪明かりが差し込み、闇の中にぼんやりと天井を浮かび上がらせているだけである。
外は、未だに吹雪が舞っているらしく、時折激しい風の音が耳朶(じだ)を打つように聞こえ、窓ガラスにも雪の塊が叩きつけられるような鈍い震動を与えていた。
その時である。部屋の入口のドアの前の廊下に、ふと人が立つ気配を光二は感じた。ドアの下のほんのわずかな隙間に、一瞬、人影のようなものが動いた気がしたのである。
直後、布団の中の光二の身体は、何故か急に固くこわばり、まったく身動きが出来ないような状態になってしまった。
(金縛り・・・・・!?)
光二は、驚き、焦った。必死で腕を動かそうとするが、身体が鉛の箱に押し込められているようでビクともしない。
声を出そうにも、喉が締め付けられるように苦しく、息をするのが精いっぱいで、まったく発声できなかった。
(いったい、どうなったっていうんだ!?)
光二は、かろうじて動く両方の目玉だけで不安げに暗闇を眺めまわす。隣の壁際のベッドには、勇平が気持ちよさそうに寝息を立てて眠っている。
(勇平・・・・、おい、起きてくれよ・・・・・)
光二は、勇平に助けを求めようとするが、声が出ないことにはどうしようもない。そのうちに、彼は、室内に、黒い塊のような気配が動くのを感じた。入口のドアの前に、何ががいる-----。
ドアの鍵はちゃんとかけてあるはずだ。なのに、いつの間に入ってきたのだろうか?
その黒い塊は、ゆっくりと立ち上がると、身長190センチもあろうかと思える大男の姿になった。しかし、その様子はあくまでも黒い影そのもので、その影絵のような姿をした大男は、静かに光二たちのベッドの方へと歩み寄って来る。
(・・・・・・!!)
光二は、あまりの恐ろしさに思わず悲鳴をあげそうになったが、やはり、喉からはかすかに息が絞り出されるだけで、絶叫にはならない。男の影は、始めに光二の方へ近付くと、彼の上へ覆いかぶさるように迫って来た。顔も身体も黒く、表情は判らない。しかし、その状態で、光二は直感した。
(こいつは、夕方、あの吹雪のゲレンデから、こっちを見ていた奴だ------)
しかし、男は、何もしようとはぜずに、そのまま光二から身体を離すと、今度は、隣に寝ている勇平の方へと近寄り、その黒い身体を彼の上へとのしかからせる。そして、ぐっすりと眠る勇平の顔を覗き込みながら、まるで地の底からでも湧き上がるような背筋も凍る低い声で、こう呟いたのだ。
「こっちにしよう・・・・・」
光二は、驚愕した。こいつは、勇平に何かするつもりだ。
男が勇平の身体にさらに覆いかぶさろうとするのを見た光二は、満身の力を込めて右足を動かし、ベッドの足もとの板を思い切りドンと、蹴り飛ばした。
途端に、男は動きを止め、ゆっくりと光二の方へと首を巡らした。そして、次の瞬間、男の顔が耳まで裂けるほどの大きく真っ赤な口を開けたのだった。恐ろしくとがった牙のような歯の奥に、血の滴るような舌がうごめいているのが見えた。
その直後、光二は、バネの如く上半身を飛び起こすと、
「ウワァーーーー!!」
大絶叫をほとばしらせたのだった。すると、男の影は、たちまち勇平から離れ、閉まったままのドアの向こうへと吸い込まれるように消えて行ったのだった。
光二は、身体が自由に動くようになったことで、急いで室内の照明を付けると、勇平の方へ駆け寄り、その肩を摑んで揺する。
「勇平、大丈夫か!?おい、起きろ!」
やがて、勇平は、眠い目をこすりながらベッドの上へ半身を起こす。
「何だよ・・・・?何かあったのか・・・・・?」
「何かあったか・・・・じゃないよ。今、お前の上に------」
だが、光二は、そこまで言って口を閉ざした。今の男が何者なのか判らないうちは、めったなことは言わない方が勇平のためだと思い直した。だいいち、光二自身にも今しがたの状況がどういうことなのか、はっきりとは飲み込めていないのだ。
「勇平、明日は、このホテルじゃなくて別のところへ移らないか?せっかく、スキー場へ来たんだから、他のホテルへも泊ってみようや」
光二が話をはぐらかすと、勇平は、なんだ、こんな夜中に人を叩き起こしてまでもする話かよ-----と、不機嫌そうに言い、また、布団へ潜り込んでしまった。
翌日、二人は、そのホテルをあとにして、別の宿泊施設へと移った。
しかし、あの黒い影の男の正体は、結局、判らずじまいであった。いや、光二にとっては、もう判りたくもないという心境だという方が正しいだろう。
吹雪のスキー場に男が一人立っていたら、無防備にその姿を見つめることは、やめた方がいいのかもしれない。影のような大男が、あなたの魂を奪い去りに来るかもしれないのだから・・・・。
おわり
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スキー・ホテルの怪(前)・・・・・307
2009年12月29日

< 不 思 議 な 話 >
スキー・ホテルの怪(前)
長野県北部にあるスキー場の天候は、午後から崩れ、夕方五時を過ぎる頃にはブリザードが吹き荒れるような猛吹雪となった。
ゲレンデ内のナイター滑走もこの日は早くに中止が決まり、お正月休暇を利用してスキーに訪れていた大学生の光二と勇平の二人の友人同士は、残念に思いながらも、ゲレンデ近くのホテルへ戻り、夕食までの時間を、部屋の中でゆったりと過ごしていた。
二人の部屋は、二階のツインルームで、ゲレンデが見える窓際のベッドには光二が、壁際のベッドには勇平が寝そべり、それぞれ漫画本を読んだり、テレビを観たりしてくつろいでいた。
「せっかくここまで来たんだから、もう少し滑りたかったよな」
光二が漫画から眼をあげて言うと、勇平も、テレビを観ながら、そうだなと、頷く。
「でも、まだ、あと二日ここに泊まる予定だから、明日は嵐もおさまるだろう。そうなりゃ、オフピステを楽しめるぜ」
そう光二が何気なく窓ガラス越しに外の吹雪の世界へ目をやると、吹き荒れる大雪の中、ゲレンデにぽつんと一つの人影を見つけた。戸外は、もはや闇に包まれているはずなのに、何故か、その人物のところだけがぼんやりと雪明かりに照らされているように明るんでいる。
しかも、その人物は、そこから一歩も動くことなく吹雪のただ中に佇んだまま、まるで、こちらを睨み付けているかのように仁王立っているのである。
光二は、少し薄気味悪さを覚え、勇平を呼んだ。
「勇平、ちょっと見てみろよ。あの男、さっきからずっとあそこに立ったまま、こっちを見ているんだが、変だと思わないか?」
光二の言葉に、勇平が渋々ベッドから起き上がり、窓際へ近付くと外の景色に目をやったが、
「なんだよ、誰もいないじゃないか。こんな嵐の中に人が立っている訳ねェだろう。お前の見間違いだよ。立木かなんかを人と思ったんじゃないの?」
そう言って、面倒くさそうにまた自分のベッドへと戻った。光二も再び目を凝らしたが、やはり勇平の言うように、そこには誰の姿も見えなかった。
「変だなァ・・・・。確かに見たと思ったんだが・・・・?」
光二は、首を傾げる。やがて、時刻は午後六時を回り、夕食の時間となったため、二人は、階下の食堂へと降りて行った。
夕食は、バイキング形式で、他の宿泊客たちも大勢集まり、かなりにぎわっていた。光二と勇平も思い切り好物を皿に盛り付けると、腹いっぱいになるまで、肉料理やデザートを堪能したのだった。
「あ~、おれ、もう食えねェ!腹がパンパンだよ」
部屋へ戻ると勇平はそのままベッドへ倒れ込む。光二は、窓にカーテンを引くと、
「おれ、これから風呂へ入ってくるけど、お前どうする?」
勇平に訊ねる。勇平は、自分はいいから、光二だけで入ってこいと応えるので、光二は、独りでホテルの大浴場へと向かった。
そして、風呂からあがって部屋へ戻ると、既に、勇平はベッドへ潜り込みぐっすりと眠りこけている。光二も、ドアの鍵をしっかりとかけたのち、自分もベッドへ入り、やがて眠りに落ちて行った。
つづく
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クリスマス・プレゼント・・・・・297
2009年12月23日
< 不 思 議 な 話 >
★クリスマス・プレゼント★
これは、高校二年生のある女子生徒が、昨年のクリスマス・シーズンに体験したクリスマス・プレゼントにまつわる不思議なお話です。
長野県内の女子高に通う風間さやかは、クラスの友達数人と帰宅途中の道すがら、クリスマス・パーティーをやろうという話で盛り上がっていた。
「----で、誰の家でやる?さやかの家はどう?」

「うち?別にいいけど・・・・、うち、けっこう狭いよ」
「いいよ、別に狭くたって。プレゼント交換して、ケーキ食べるだけだからさ」
「プレゼント交換やるの?」
「当然でしょ。クリスマスだもん」
と、いうことで話はとんとん拍子にまとまり、ちょうど十日後の土曜日の午後に、さやかの家で友人ばかり七人が集まってのクリスマス・パーティーを行なうことに決定したのだった。
クリスマス・パーティー当日の午前中、さやかの家には、既に、近所のケーキ屋さんから、友人たちと割り勘で出し合ったパーティー会費で買ったクリスマス・ケーキも届き、リビングにはツリーの飾り付けも終えて、さやかは、おめかしの真っ最中であった。
集まるのは、いつもの顔見知りのクラスメートだけでも、こういう時はやはり、それなりのおしゃれをしたいと思うのは乙女心というもので、わざわざこの日のために用意したフリルの可愛いブルーのワンピースを着たさやかは、鏡の前で自分の姿を再度確認する。
そして、気付いた。何か、物足りない・・・・・。
「そうだ、ブローチでも付けようかな?この胸元の真ん中に-----。どれがいいだろう・・・・?」
その時、ふと思い出したのが、三年前に亡くなった祖母からもらっておいた真珠のブローチのことだった。
そこで、あちらこちらとタンスの引き出しやらドレッサーの上に置かれている母親のアクセサリー入れの中などを手当たり次第に捜しては見たものの、どうしても、そのブローチが見付からない。さやかは、焦り、母親のいる台所へ行くと、
「お母さん、前にお祖母ちゃんが、わたしにくれた真珠のブローチ、何処にあるか知らない?」
「真珠のブローチ? どんなのかしら?」
「ほら、丸くて、大きな真珠の周りを小さな真珠が囲むように並んでいるブローチよ」
すると、母親は、ああ、それなら-----と、思い出したように言うと、
「そのブローチなら、お祖母ちゃんが亡くなった時、あんたがお棺の中に一緒に入れたじゃないの。お祖母ちゃんの大好きなブローチだったからって-----」
「え~、そうだった!?お棺に入れちゃったんだっけ?」
さやかには、どうしても、その時のことが思い出せなかったが、そうだったのかと自分自身を納得させて、諦めることにした。
やがて、さやかの家へ友人たちが集まると、CDプレーヤーでクリスマスソングを聴きながら、クリスマス・パーティーは、盛況のうちに進み、プレゼント交換が始まった。
時刻は午後六時を回り、冬の短い日はとっくに暮れて、室内は既に暗く、クリスマス・キャンドルの炎だけを頼りの闇の中で、床に敷かれた絨毯の上へ円座に座ったさやかたちは、ジングルベルを歌いながら、各々が持ち寄ったクリスマス・プレゼントを次々に隣の友人へと回し始めた。
そして、歌が終ったところで、室内の電気を付け、自分の手に持っているプレゼントを確認する。
すると、一人の友人が、突然、頓狂な声をあげた。
「あれ!?あたし、プレゼント二つ持っている」
「え~?どうして?持っていない人いる?」
「ううん、みんな持っているけど・・・・。どうしたの?一つ、余っちゃった?」
皆は、不思議そうに思いながらも、自分が持っているプレゼントの包みを開けたのだった。さやかも、同じように自分が隣の友人から渡されたプレゼントの包装紙をおもむろに開ける。
途端、彼女は、息を飲み、自分の目を疑った。
なんと、彼女が開けた包みの中から出て来たのは、お棺に入れたと思われていた祖母の真珠のブローチだったのである。
さやかは、驚くとともに、考えた。もしかしたら、今のプレゼント交換の円座の中に、祖母がいたのではないかと-----。
彼女がそのブローチを胸元につけると、友人たちは、さらにびっくりして、
「そんなブローチ、誰もプレゼントに持ってきていないけど・・・・」
しかし、さやかは、ニッコリと笑顔を見せ、こう言った。
「いいのよ。とっても、素敵なクリスマス・プレゼントだわ」
その声を聞きながら、台所では皆に出すデザートの用意をしながら、さやかの母が微笑んでいた。★ 続きを読む
赤ちゃんコーナー・・・・・276
2009年12月07日
< 不 思 議 な 話 >
赤ちゃんコーナー
2050年秋、市の保健センターからの呼び出しを受け出かけて行った妻が、嬉々として家へ帰って来た。妻の手には、一冊の手帳が握られていた。
妻は、保健センターから交付された母子手帳を、居間のテーブルの上に置き、興奮気味の早口で言った。わたしも、その母子手帳を感慨深い思いで手に取ると、
「そうか・・・・。申請を出してから三年たったからな。もう、おれたちの子供は諦めようかと話していたもんな。でも、許可が下りて、本当によかったな」
今から十年前の2040年に、新政府は、子供を国の認可制のもとで両親が揃っている夫婦にのみ儲ける許可を与えるという新たな制度を打ち出したため、子供が欲しい夫婦は、年に少なくとも30時間の「パパ・ママ講座」を受講する義務があり、夫婦ともに最終試験に合格しなければ子供を持つ権利が与えられないのである。
わたしたち夫婦も、その講座を受講したのち、「子供養育許可申請」を国に出してから既にリミットの三年が経過していたため、申請の権利が失効する間際の申請受理であった。
「ねえ、ところで、赤ちゃんの名前考えておいてくれた?」
妻は、もう子供が家にいるようなはしゃぎぶりで、わたしに訊ねるので、わたしも、これまでに考えておいた赤ん坊の名前を話した。
「そうだな。おれたちは、クルージング中の船内の海上パーティーで知り合ったんだから、男の子なら『海斗(かいと)』女の子なら『真帆(まほ)』というのはどうかと思うんだが------」
「素敵!どちらもいい名前ね。『海斗』に『真帆』か・・・・。どちらも捨てがたい名前だわ」
「でも、持つことが出来る子供は一人なんだから、もう一つの名前の方は、次の子のために取っておこうよ」
わたしも、気持ちが高ぶっていたせいか、早くも次の子供のことまでも口走ってしまった。妻の有頂天ぶりは、わたし以上で、まだ、影も形もない赤ん坊のために、明日、さっそくデパートへ買い物に行こうと言い出した。
「しかし、気が早すぎやしないか?」
わたしが諭す言葉も、もはや、妻の耳には届かない。
「そんなことないわ。もちろん、あなたも一緒に行ってくれるわよね」
そんな訳で、翌日、わたしたちは、自家用のリニアモーターカーで、この辺りでは高級志向で有名なとあるデパートへ出かけたのだった。
デパートへ入ると、わたしたちは、インフォメーション・カウンターへと直行し、こう訊ねた。
「すみません。『赤ちゃんコーナー』へ行きたいんですけれど-----?」
インフォメーション・カウンターの洒落た制服姿の美しい女性案内係は、まるで、人形のように整った表情に微笑みを浮かべ、
「『ベビー用品コーナー』ですね」
と、言うので、妻は、慌ててハンドバッグから、昨日保健センターでもらって来た母子手帳を取り出すと、その案内係の女性に示し、
「いいえ、わたしたち『赤ちゃんコーナー』へ行きたいのよ」
と、訴えた。途端に、女性の態度が変わり、
「それは失礼しました。おめでとうございます。ただいま、すぐにそちらの担当者をお呼びしますので-----」
そう詫びると、すぐさま何処かへ館内電話をつなぎ、やがて、一人の白衣を身に付けた男性従業員が現われると、わたしたちをデパートの五階フロアーへと案内してくれた。
そのフロアーは、他の階に比べてかなり殺風景な雰囲気で、無機質な壁が冷たく連なる様は、如何にも研究所か病院のようなイメージであった。
「ここで、滅菌服に着替えて下さい。靴もこちらが用意している物に履き替えて、ビニール・キャップも忘れずに被ってくださいね。それから、母子手帳を拝見してもいいですか?」
その白衣の男性に言われるままに、妻がもう一度バッグから母子手帳を出して相手に渡すと、彼は、そのページに張り付けてある特殊なシールをこれまた特殊な器械を使ってめくり、何とも、抑揚のない声音で、事務的に言ってよこした。
「〇〇さまのお子様は、『男』と、記されておりますので、『男の赤ちゃんコーナー』へご案内いたします」
「わたしたちの赤ちゃん、男の子なの?あなた、『海斗』くんよ!」
妻は、目をキラキラさせて、わたしの方を振り仰いだ。
「そうだね。『海斗』だね」
わたしも、不覚にも自分の声が上擦るのを感じた。赤ん坊は、男の子だったのか-----。大きくなったら、一緒に酒が飲めるな。そうだ、船舶免許も取らせて、一緒に海へクルージングにも行こう-----。一瞬のうちに、色々な将来の夢が頭の中で廻った。
そして、滅菌服に着替えたわたしと妻は、ついに、その場所へと踏み込んだのだった。
その場所こそが、このデパート自慢の「赤ちゃんコーナー」であった。いくつもに仕切られた大きな水槽のような液体の入れ物の中に、何人もの胎児が浮かぶような姿で眠っている。どれも、皆、男の赤ちゃんばかりだ。そこで、案内人の白衣の男性が説明をした。
「ここに並んでいるのが、妊娠にして九ヶ月目の男の赤ちゃんです。どの子も、健康で、障害は一切ありません。お二人の血液型からしますと、A 、B 、O 、AB のいずれの子供も適合ですから、お好きな胎児をお選びいただけますよ。お引き取りは、約一ヶ月後とさせていただきますので、ごゆっくりお選びください」
その時、妻は、九ヶ月目の胎児のコーナーの横にある十ヶ月目の胎児が入った水槽を見て、ふと、一つの疑問を口にした。
「あの子たちも、両親が決まっているのですか?」
すると、白衣の男性は、能面のような無表情のまま、小さく首を横に振ると、
「いいえ、残念ながら、この子たちは買い手が付かなかったものですから、明日には、廃棄処分にされます」
「廃棄処分て・・・・?」
「そういう決まりですから。引き取り手のないこの子たちを人間として育てても、孤児を増やすだけですからね」
案内係の男性は、いまさら、何を訊くのだと、いった口調で、苦笑した。
わたしたちは、その妊娠にして九ヶ月目の胎児の中から、特に可愛いと思える器量よしの赤ん坊を見つけ、その子に決めたことを伝える。
「ご予約、ありがとうございました。では、別室で、代金のお支払方法のご確認と諸々の書類の作成など、手続きの一切をお願いいたします」
案内係の言葉が終るか終らないうちに、わたしたちが選んだ胎児の水槽には、別の従業員の手で、「売約済み」の赤札が貼られたのだった。
いかがでしたでしょうか?今回は、少しばかり、星新一のショートショートタッチに似せて書いてみました。

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タグ :磯野貴理の離婚
ご飯は炊けるかい?・・・・・255
2009年11月23日
< 不 思 議 な 話 >
ご飯は炊けるかい?
皆さんは、夢の中で誰かに話しかけられたりすることはありますか?
それも、忠告とか、警告とか、そういう類の言葉を聞いたことはありますか?それって、案外、これから起きることを暗示していたりすることがあるんですよね。
ここに書くことは、我が家のご近所の主婦の体験談なのですが、確かに、不思議な出来事なのです。
そのご近所の主婦は40代で、三人の男のお子さんがいる女性です。息子さんたちは、それぞれ高校、中学、小学校と、食べ盛りなものですから、毎日炊くご飯の量も相当なものなのです。
しかも、一番上のお兄ちゃんは、高校生なのでお弁当持ちです。それも、部活で剣道をやっているので、とにかくお腹が減りますから、お昼のお弁当だけでは足りないため、お弁当はいつも二つ持って行き、二時間目休みの間にも一食食べてしまうのだそうです。
そんなこともあり、ご主人のお弁当もあわせて、かなりの量のご飯を炊くことがその主婦の仕事でもあり、夕飯の後片付けののち、必ず、電気炊飯器に翌日の分のお米を用意して、タイマーをセットしておくのだそうです。
ある夏の日の夜、あまりの熱帯夜だったため、その主婦は、いつものように翌日炊くためのお米を炊飯器にセットする時間を、少し遅らせようと思いました。何故なら、あまり早く炊飯器にお米を入れてしまうと、暑さで腐ってしまうような気がしたからなのです。
そこで主婦は、夜の就寝前に炊飯器をセットしようと考えていたのですが、入浴やらその後のお風呂掃除などをしているうちに、そのことをすっかり忘れて、そのまま布団に入ってしまったのでした。
そして、その真夜中のこと、主婦の夢の中に、五年前に亡くなった実の母親が現われたのだそうです。その母親は、いつも着ていた白いかっぽう着姿で、主婦の実家の台所の流し台の前に立ち、娘を振り返ってこう言ったのでした。
「〇〇子、お釜は大丈夫かい?ご飯は炊けるかい?」
主婦は、どうして母親がこんなことを訊くのか疑問に思いながらも、
「大丈夫だよ。いつもみたいに、ちゃんとセットしてあるから-----」
と、答えたのですが、それでも母親は心配そうに、
「そうかね?もう一遍、確かめた方がよかないかね?」
そう言ったところで、主婦は目が覚めたのだそうです。しかし、どうにも、今見た夢が気になって、面倒に思いながらも布団から出て、台所まで行って炊飯器を確かめてみたのですが、なんと、いつものようにお米をといで、セットしておくのを忘れていたことに気が付いたのでした。
「そうだ!セットしようと思って忘れていた。あのまま、寝てしまったんだ」
彼女は、慌てて炊飯器を準備すると、ようやく、ほっとして、また床に就いたのだそうです。
それにしても、どうして、夢枕に母親が現われて、自分が炊飯器のセットをし忘れていることを教えてくれたのか、本当に不思議な出来事だったと、主婦は話していました。
彼女の気持ちの中に無意識にセットをし忘れているという思いがあり、それが、母親の声となって聞こえたのかとも思ったそうですが、わたしには、なんだか、そうではないような気がします。
嫁いだ先で、娘が一生懸命頑張っている姿を、その母親は、たぶん、いつも何処かで見守っていてくれたのではないかと思うのです。そして、ご飯が炊けないと娘が困ることを心配して、つい、声をかけたくなってしまったのではないでしょうか?
こういう話を聞くにつけても、あの世もこの世も紙一重-----そんな気持ちにさせられるものですね。

タグ :市橋達也ファン
北風小僧の寒太郎・・・・・253
2009年11月22日
< 不 思 議 な 話 >
♫北風小僧の寒太郎☆
北風小僧(きたかぜこぞう)の寒太郎(かんたろう)
今年も町までやってきた
ヒューン ヒューン
ヒュルルンルンルンルン
冬でござんす
ヒュルルルルルルン
北風小僧の寒太郎
口笛(くちぶえ)吹き吹き一人旅(ひとりたび)
ヒューン ヒューン
ヒュルルンルンルンルン
寒(さむ)うござんす
ヒュルルルルルルン
北風小僧の寒太郎
電信柱(でんしんばしら)も泣いている
ヒューン ヒューン
ヒュルルンルンルンルン
雪(ゆき)でござんす
ヒュルルルルルルン
今年も町までやってきた
ヒューン ヒューン
ヒュルルンルンルンルン
冬でござんす
ヒュルルルルルルン
北風小僧の寒太郎
口笛(くちぶえ)吹き吹き一人旅(ひとりたび)
ヒューン ヒューン
ヒュルルンルンルンルン
寒(さむ)うござんす
ヒュルルルルルルン
北風小僧の寒太郎
電信柱(でんしんばしら)も泣いている
ヒューン ヒューン
ヒュルルンルンルンルン
雪(ゆき)でござんす
ヒュルルルルルルン
わたしは、まだ、身体が自由に動く頃、真冬のさなか、雪混じりの北風が吹きなぐる日でも、きっちりと防寒対策をして、何キロもウォーキングをしていた。
そんな訳で、防寒用の帽子とマフラーは、いくつも持っていて、その日の気分に合わせて取り替えては、身につけて歩いていたのである。
ところが、風が強いと、マフラーは、何度首に巻きなおしても外れてしまったりして、実に煩わしいものであるが、それでも、寒さを防ぐためには巻かないわけにはいかず、しまいには、首の周りにぐるぐる巻きに縛り付けてしまったりもした。
しかし、そうやってしまうと、せっかくのお気に入りのマフラーに皺ができてしまうため、できれば、あまりきっちりと巻きつけたくはないので、風のない穏やかな日など、中でも一番好きなマフラーをおしゃれに巻いて出かけたりもしたものである。
そして、そんな日に限って、本当に不思議なことが起きるもので、わたしは、何回もこういう奇妙な現象を体験しているのである。それというのは、風もない日にもかかわらず、首に巻いて背中の方へ垂らしているマフラーが、フワリと、前へ戻ってきてしまい、首から外れてしまうのである。
誰かの悪戯か?-----と、思い、背後を見るが、誰もいない。気を取り直してマフラーを巻き直し、歩き始めると、しばらくして、また、後ろに垂れたマフラーがフワッと前へ戻ってきてしまうのである。
最初の頃は、これが気味が悪くて仕方がなかったが、それでも、何度か経験しているうちにだんだん慣れてきた。そして、これは、きっと「北風小僧の寒太郎」の仕業だと思うようになったのである。
寒太郎が、意味もなく寒い中を一生懸命に歩いているわたしを見て、「変な奴だ」と、からかいにきているに違いない。
そう思うと、なんだか、冬のウォーキングにも一つ楽しみが増えたように思えた。そして、またいつ寒太郎がやって来るかと、ちょっぴりワクワクしながら歩くのである。
そして、いつも、そばに彼がいるような気持ちがして、なんとも愉快である。そんな時、そっと、小さくこの歌を口ずさんだりもする。
あなたが、もしも、木枯らしの吹く街で、誰かがそばにいるような錯覚を覚えたら、それは、北風小僧の寒太郎の悪戯かもしれませんよ。


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タグ :軽井沢のゾルゲ
大魔が時
2009年10月27日
< 不 思 議 な 話 >
以前、ブログに書いた「不思議な話」を、再掲載します。
大 魔 が 時
皆さんは、「大魔が時・おおまがとき」という言葉をご存知ですか?「大禍時」または、「逢魔時」とも書く言葉ですが、この言葉が指す時刻は、ちょうど夕方の頃、辺りが薄暗くなりかけ、向こうから歩いて来る人の顔なども判然としにくくなった時間のことを言います。
それ故、不思議な現象に出くわしたという人の話を聞くと、真夜中に次いで、この時刻にそうした経験をした人が多いということも頷けます。
これは、わたしの父が体験した話なのですが、わたしの家は、家から少し離れたところに少しばかりの家庭菜園を持っていまして、その一角を、駐車場として近所の人たちに借りて頂いています。
父が、ある夏の日の夕方、その家庭菜園で、野菜の水くれをしていた時のことです。
ふと気が付くと、背後に六十歳ぐらいの女性が立っていたのだそうです。
小柄で品のいいその女性は、父が振り向くと、にっこりと笑って、「わたし、すぐそこの家の者なんだけど、今度、娘が免許を取って、自動車を買いたいというので、娘の車をここへ駐車させてもらいたいんだけれど、いいでしょうか?」と、言うので、父が、「ああ、いいけど、どんな自動車だい?」と、訊きますと、紺色の軽自動車だと、答えるので、「じゃァ、正式な手続きをしてもらうから、明日にでも家の方へ来てくれ」と、言って、その日は別れたのだそうです。
ところが、その女性は、数日しても家に来なかったので、父は、また、菜園で作業をしていた時に、近くを通りかかった近所の人に、その女性のことを訊ねたのですが、その近所の人が言うには、「その女性(ひと)なら、たぶん、〇〇さんの家の奥さんだと思うけど、でも、その奥さんなら、先月病気で亡くなったはずだで。ほんとに、そこの家の者だと言ったのかい?確かに、娘さんは、最近自動車免許を取って、紺色の軽自動車に乗っているけどねェ」と、いう、答えでした。
父は、その近所の人は、きっと誰か別の女性と間違えているのだと、思ったようですが、でも、その女性と出会った時刻は、正に「大魔が時」------。不思議な、夏の出来事でした。
共同浴場の子供
わたしの家のある地区には、近所の人たちだけが入れる天然温泉の無人の共同浴場があります。そのお風呂の入口にはマグネットタイプの鍵がかかっていて、その鍵を持っていない人は入れない仕組みになっているのですが、時々、その鍵を持っている人から借りて、近所(組みうち)以外の所から入浴しに来る人もいるため、少々問題になっているのです。
つい最近、その共同浴場で、わたしの知っている近所のある女性が、何とも不可思議な体験をしました。
時刻は、夜の十一時頃、女性一人で入浴するには、少し遅い時間ではありましたが、真冬の寒さで凍えた身体を温めてから帰宅しようと、その女性は仕事帰りにお風呂へ立ち寄ったのです。
浴室へ入ると、一度湯船につかった後で、脱衣室と浴室の間の大きなガラス戸を背にして、鏡に向かった位置に立ち膝をつく格好で、洗髪を始めたのですが、しばらくすると、背後に何かの気配を感じて、目の前の鏡を見たのだそうです。
すると、そこには、緑色の毛糸の帽子をかぶった小さな子供がガラス戸越しにこちらを覗いて、ニコニコ笑っている姿が映っていたので、「ああ、この辺の子供じゃァない子が、来ているな」と、思い、また洗髪を始めたのですが、その子は、まったくこちらへ入って来る様子がありません。不思議に思った彼女が、今度は改めてちゃんと振り返ってみたところ、そこには、誰もいなかったというのです。
確かに、考えてみれば、そんな時間に親にも連れられずに、外湯へ来るような子供がいる筈がありません。「もう、あんまり怖かったから、急いで上がって来ちゃったわよ」と、その女性は、蒼くなって話していました。その子供は、いったい何だったのでしょうか?単に、彼女の思い違いだったのでしょうか?------実に、不可思議な出来事です。(^_^;)
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ナース・キャップの看護師・・・・・218
2009年10月25日
< 不 思 議 な 話 >
ナース・キャップの看護師
最近の総合病院では、ナース・キャップをかぶった看護師さんて、あまり見かけなくなりましたよね。
院内感染症が問題視されるようになった頃から、無帽の看護師さんが増えたようにも思えます。
どちらかというと人付き合いの苦手なA子さんは、急性虫垂炎での入院でしたが、保険も下りるということで、あえて個室を希望したのでした。
ご主人に付き添われて病室へ入ったA子さんは、すぐに手術をしてもらい、その日から入院生活を始めました。退院までは、せいぜい六日ほど。他の患者との会話などの煩わしさとは無縁でしたが、何とも、手持ち無沙汰で一日が退屈でしかたがありません。
日に一度、病室へ顔を見せるご主人が帰ってしまうと、テレビを観ても、音楽を聴いても、時間の経つのが疎ましいほど長く感じるのでした。もともと、読書や絵を描くような趣味も持ち合わせていない彼女にとっての唯一の気晴らしは、時々、血圧測定や検温などに病室を訪れる、女性看護師たちとの束の間のおしゃべりだけだったのです。
しかし、その看護師たちも、いつまでもおしゃべりの相手をしてくれるわけではありません。仕事が終われば、そそくさと病室を出て行ってしまいます。そして、また、退屈な時間がやって来るのです。
「こんなことなら、二人部屋とか、四人部屋を頼めばよかったわ」
そんな贅沢な悩みを呟く彼女の、最もうんざりする時間が、夕食後の夜の長さでした。
病院の消灯時間は、夜の九時と決められています。シ~ンと静まり返った病棟内で聞こえる物音といえば、夜勤の看護師たちが巡回する際に押すカートの音ぐらいなものです。でも、いつもは宵っ張りのA子さんにとって、夜の九時などは、まだ昼間も同じ時間です。
「あ~あ、つまらない・・・・」
溜息をついていると、個室のドアが俄にノックされ、一人の若い女性看護師が入って来ました。その看護師は、他の看護師とは少し印象が違います。着ている白衣も、何処かレトロな感じのするスカート丈の長いもので、しかも、今時珍しいナース・キャップをかぶっていたのです。
その看護師は、A子さんの横になるベッドの脇まで来て、特別何をするでもなく、ただニコニコ微笑んでいるだけだったので、不思議に思ったA子さんが、「また、検温かしら?」と、訊ねると、その看護師は、いきなりベッドの端に腰をかけ、
「退屈でしょう?こんな時間に眠れと言われても、困りますよね。少し、おしゃべりでもしましょうか?」
と、言います。A子さんは、戸惑いながらも、
「そうね。入院がこんなに時間を持てますものだとは思わなかったわ」
その若い看護師と、会話を始めたのでした。最近生まれたばかりの孫のこと、自宅では、ささやかなオープンガーデンを手掛けていること、好きな俳優の話、最近観たテレビドラマの話題など、A子さんは、時間が経つのも忘れて、その看護師に語りかけたのです。
看護師は、そんなA子さんの楽しげな様子を、やはり、ニコニコ微笑みながら頷き、聞いていましたが、やがて、
「ああ、もう時間だわ。行かなくちゃ。また、明日の夜来ますね」
と、言って、病室を出て行きました。それから、その看護師は、夜になると、必ずA子さんのいる個室を訪れるようになりましたが、一切自分の話はせずに、A子さんの一方的なおしゃべりだけを楽しそうに聞いて、帰って行くのでした。
そして、A子さんが退院する日が来ました。迎えに来たご主人と共に、荷物を持ち、退院の挨拶をするためナース・ステーションに立ち寄った時、A子さんは、いつも夜のおしゃべりに付き合ってくれた若い女性看護師の話を出し、
「あの夜勤専門の看護師さんにも、わたしが、お礼を言っていたと、伝えて下さいね」
と、言いました。ところが、ナース・ステーションにいる看護師たちは、揃って怪訝な顔で首を傾げます。
「夜勤専門の看護師って、誰です?」
「そういえば、名前を聞いていなかったわね。いつも、ナース・キャップをかぶっていた人なんだけれど・・・・」
A子さんが答えると、それを聞いていた看護師たちは、ますます不思議そうな顔付きになり、
「この病院に、今時、ナース・キャップをかぶって勤務している看護師なんか一人もいませんよ。それに、夜勤専門なんていう看護師も、この病棟にはいませんけど・・・・」
と、答えるので、A子さんは、驚いてしまいました。
「それじゃァ、毎晩、わたしの話を聞いていてくれた彼女は、いったい誰だったのかしら?」
「お前、夢でも見ていたんじゃないのか?」
A子さんは、呆れるご主人に促されながら、納得の出来ない思いで、自宅への帰路に就いたのでした。
A子さんの見た看護師さんは、本当に誰だったのでしょうか?
その病院では、今夜も、退屈な患者さんの話し相手をしてくれる、ナース・キャップの看護師さんが、個室のドアをノックしているのかもしれません。

病院の一室・・・・・199
2009年10月10日
< 不 思 議 な 話 >
病 院 の 一 室
A君の家は、お祖父さんの代から続く外科病院です。
A君のお父さんは、他のお医者さんや看護師さんたちと、毎日忙しく仕事をしていたので、A君は、小学校の友達のようにお父さんとキャッチボールなどをして遊んでもらいたくても、いつも、我慢をしていました。
お母さんが、お父さんの代わりにキャッチボールの相手をしてくれると言いますが、やはり、女のお母さんでは、どうしても物足りません。友達と遊ぶ予定がない日は、学校から帰って来ても、宿題を済ませてしまった後は、退屈で、時々病院の中をブラブラ歩きまわっていました。
病院の中には、一カ所だけ、あまり人が行かない一角があり、そっちの廊下の端には、昔患者さんを入院させるために使っていたという古い病室がありました。A君は、その古い病室の方へ行ってみたいと思うのですが、お父さんに、そっちへは絶対に行ってはいけないと言われていたので、今まではその言葉を守っていたのですが、ついに、ある日の午後、病院のスタッフやお母さんの目を盗んで、たった一人でそちらの方へ行ってみました。
「お父さんは、危ない物がたくさんあるから危険だと言っていたけれど、ちっとも危なくなんかないじゃないか・・・・」
A君がそう呟いた時です。廊下の向こうの病室から、俄に、お年寄りたちの笑い声が聞こえてきました。
「あれ?誰かいるぞ」
その病室の中をのぞくと、そこには古いベッドがいくつか並んでいて、四、五人のお年寄りが和気あいあいと楽しげに世間話をしているのです。おじいさんもいれば、おばあさんもいます。すると、お年寄りたちは、A君の姿を見付けると、ニッコリ笑い掛け、
「坊や、何処の子だい?遠慮しないで入っておいで。お菓子もあるよ。食べないかい?」
やさしく声をかけて来ました。A君は、嬉しくなって、お年寄りたちの方へ歩み寄ると、彼らは、A君に椅子に掛けるようにいい、面白おかしい話を聞かせてくれて、楽しませてくれるのでした。
そんなことがあってからというもの、A君は、学校から帰るとランドセルを勉強部屋へ置くなり、真っ先にそのお年寄りたちのいる古い病室へと遊びに行くようになったのです。でも、そのことは、お父さんにもお母さんにも内緒です。そこへ行っていることがばれると叱られるのが判っていますから、決して話そうとはしませんでした。
そして、A君も小学校を卒業し、中学生になると、勉強や部活が忙しくなり、そのお年寄りたちのところへ通うことも次第に少なくなりました。やかて、高校生になると、A君は全寮制の高校へ入り、そこから大学へ進みます。A君もお父さんのあとを継いで医師になると、何年か大学病院や他の病院で勤務したのち、ようやく、実家であるお父さんの病院へ入るため、帰って来たのでした。
A君も、既に三十歳を超えています。久しぶりに会うお父さん、お母さんと一緒に夕飯を食べながら、A君は、ふっと昔の思い出話を始めました。そして、ようやく、かつてお父さんの言いつけを破って、古い病室へ行ったことを話したのです。しかし、お父さんは、少しも驚きませんでした。A君が、そこへ行っていることは知っていたと言います。
しかも、A君がそこで誰と話をしていたのかということも知っていたというのです。
「実は、お父さんも小さい時、あの病室で、お前と同じ経験をしているんだよ。でもな、あそこにいるお年寄りたちは、お父さんの子供の頃に既に亡くなっていたお年寄りたちなんだ。でも、お前も帰って来てくれたことだから、あそこの病室のあるところは、新しく建て直そうと思っている」
その話を聞いたA君は、病室が壊される前に、もう一度だけ見て来ようとそこまで行ってみました。
でも、大人になったA君の前に、もう、そのお年寄りたちは、姿を見せてはくれませんでした。 続きを読む
群馬県白根山遭難・・・・・176
2009年09月25日
< 不 思 議 な 話 >
群馬県白根山遭難
今から、五十年ほど前の話である。
二十代前半の男女五人が、晩秋のやや遅めの紅葉を見るために、群馬県にある白根山へとやって来た。
白根山は、ハイキング気分で火口まで行くことが出来るため、この男三人、女二人の若者たちのグループは、ほとんど登山用具らしき装備も持たずに、晩秋の山頂へと登って行ったのであった。
ところが、激しい風雨のために、彼らは容易に前へ進めない。しだいに辺りは暗くなり、道も満足に見付けることが出来なくなってしまった。一人の女性は、寒さと疲労でほとんど歩くことも出来ない状態となり、男性の一人が、この近くで少し休もうと言い出したため、五人は、近くにちょうど全員がようやく入り込むことのできる岩の窪みを見付けて、そこへ身を寄せると、風雨が治まるのを待つことにした。
夜が迫るにつれて、ますます気温は下がり続け、雨風にさらされた身体は、既に芯まで冷え切っていたため、五人は、もはや身動きする気力もなく、じっと身体を寄せ合うようにしてその小さな室(むろ)のような穴の中で一夜を明かす決意をしたのだった。
しかし、彼らの服装では、とてもその低温には勝てず、気力も萎えて睡魔に襲われ、つい目を閉じそうになるのを、お互いに必死で励まし合いながら、時の過ぎるのを待つしかなかった。
女性の一人は、持っていたショルダーバッグの中からキャラメルを取り出すと、仲間たちに配り、これでも食べれば少しは元気が出るといって、自分も舐めはじめた。男性の一人は、
「朝になれば、嵐も治まるだろうから、それまでは何が何でも頑張ろう」
と、声をかける。何分、現在のように携帯電話がある訳ではないので、その場で救助を呼ぶことなど出来ない。ところが、標高の高い山の雨は、やがて、吹雪へと変わった。猛烈な雪嵐が五人の体温を否応もなく奪い去って行ったのである。
すると、そんな時、突然、彼らが避難している岩室の入口あたりに、人影のようなものが現われると、三十代ぐらいの男が一人、ひょっこりと顔をのぞかせたのである。五人は、驚き、救助に来てくれたのかと喜んだが、その男は、室の入り口付近にまるで五人を風雪から守るかのように立ちはだかりながら、
「おれも、遭難したんだ。きみたちと一緒に、ここで救助を待たせてほしい」
と、言う。それを聞いた五人は、期待がそがれてますます落胆の色を濃くしたが、それでも、仲間が一人増えたと思い、ほんの少しばかり気持ちが和らいだ。そうはいっても、寒さで身体はすでに限界を超えている。手足の感覚さえも、もうほとんどない。そんな中、男性の一人が、突然、その場に立ち上がると、岩室の外へ出て行こうとする。
「何処へ行くんだ?」
誰かが訊ねると、その男性は、小便をしたいのだと、答えた。途端、あとから顔を出した男が、
「だめだ。小便をするなら、少しだけ出せ。一気に出し切れば死ぬぞ」
と、忠告したものの、その男性は、もう我慢が出来ないと言い、かじかむ手で表へ這い出すと、一気に放尿してしまった。
その直後、その男性は、その場に崩れ落ちると、一瞬のうちにこん睡状態となり、息をしなくなってしまったのである。それを知った女性の一人は、まるで錯乱状態のように泣き叫び、訳の分からない言葉を喚き、もはや、正気を失っているのは間違いがなかった。
そして、しばらくすると、その泣きわめいていた女性も、ついに動かなくなってしまった。残された三人にも、死の恐怖が迫り、パニック状態に陥ると、先刻からずうっと、入口に立ち、雪よけになっていた男が、口を開いた。
「大丈夫だ。きみたちは死なない。朝が来れば、救助隊もやって来る。それまでは、何としても頑張るんだ」
三人の気持ちを再び奮起させる、確信に満ちた力強い言葉だった。
やがて、辺りが白々と明るみ始めた頃、白根山を襲っていた吹雪も峠を越し、一帯は嘘のようにすっきりと晴れ渡った。すると、その男が予期した通りに、捜索隊が彼らを救助にやって来たのである。
三人は、捜索隊員たちに抱えられながら、一人ずつ岩室から一面銀世界と化した山肌へと出る。そして、捜索隊員は、彼らに毛布をかけながら、こう訊ねた。
「生存者は、きみたち三人だけだね?」
「いいえ、もう一人、男の人がいます。ぼくたちを励まし続けてくれた、三十代ぐらいの男性です。あの人がいてくれたので、ぼくたちは、死なずに済んだんです。ぼくたちを庇うために、ずっと雪よけになってくれていたので、きっと、かなり衰弱していると思うから、早く助けてやって下さい」
三人のうちの一人の男性が答えると、捜索隊員たちは、皆、揃って怪訝な顔つきになり、こう言って首を振った。
「いいや、他には誰もいないよ。助かったのは、きみたちだけだ。二人の仲間は、残念だったが、もう一人の男の姿など、何処にも見当たらない。寒さで、幻でも見たんじゃないのかね?」
「そんな、バカな・・・・・」
三人は、思わず今出て来たばかりの岩室の方を振り返った。彼らを凍死から救い、生還させてくれた男は、いったい誰だったのか?その存在は、未だに、謎のままだという。 続きを読む
大空のミステリー・・・・・138
2009年08月23日
~ 今 日 の 雑 感 ~
大空のミステリー
奇妙な話とか不思議な話というと、とかく、地上の出来事ばかりに目が行きがちですが、ミステリースポットは、何も地上に限ったことではありません。
わたしたちの頭の上------「空」でも、謎の事件はいくつも起きているのです。
第二次世界大戦のさなか、各国の戦闘機パイロットの間では、よくこうした空のミステリーが語られたものだといいますが、 「ハインケル戦闘機」の話も、そんなミステリーの一つとして有名です。
「ハインケル戦闘機」は、ドイツの代表的な戦闘機であり、皆さんもよくご存じの「メッサーシュミット」と並んで、その実力を高く評価されていました。
ところが、この「ハインケル戦闘機」は、その名前を世界の航空史にとどろかせてはいるものの、実際は、一度も出撃することはなかったという、幻の戦闘機なのです。
しかし、1940年のイギリス本土防衛戦がたけなわの頃、イギリス人戦闘機パイロットの中から、幾度もこの「ハインケル戦闘機」と、空中戦を行なったという者が何人も現われたのでした。
「どこか、スピットファイアに似ている機影が何機も背後から襲ってきたが、あれは、間違いなくハインケルHE113だった」
「われわれは、四機編隊で飛んでいたが、突然現れたハインケルHE113の一群に襲いかかられ、やっとの思いで振り切った」
などという、目撃証言が幾つも出て来て、ドイツ空軍は、実際の「ハインケル戦闘機」を、一度も飛ばすことなく、空中戦を制したといっても過言ではないのです。
それにしても、どうしてこれほどまでにイギリス人パイロットたちは、いる筈のない戦闘機を見たなどという気になったのでしょうか。つまり、これこそが、ドイツ軍の心理作戦の巧みな罠だったのです。
架空の機体の噂とスチール写真だけで、戦場心理のひずみを突き、恐怖感をあおって、イギリス側に、幽霊軍用機を見せてしまうという、空中錯乱効果をもたらしたのでした。
そして、こうした幽霊戦闘機の目撃談は、太平洋戦争の真っただ中にもありました。
アメリカ軍のBー24リベレーター爆撃機が、アリューシャン群島のアッツ島を空襲した時、いきなり、予期しなかった日本軍の零戦に襲われたというのです。しかも、その零戦は、「液冷エンジン付き」というもので、そんな零戦は、実際は、日本軍には一機も存在しないのです。
しかし、そのリベレーターの乗員は、間違いなく、そうした零戦を目撃したというのでした。
航空専門家たちは、それは、陸軍の三式戦闘機「飛燕」か、海軍の艦上爆撃機「彗星」を見間違えたのではないかと、想像しましたが、そうではありませんでした。
つまり、この「液冷エンジン付き零戦」の機体に関しては、他のどんな幽霊戦闘機ともその存在の仕方が違っているらしく、未だに、謎の解明がなされていないという、言わば、唯一の「幽霊戦闘機」と、呼ばれているのだそうです。
大空には、わたしたちが思いも付かない、ミステリーゾーンが、今現在も口を開けて待っているのです。
続きを読む
避暑地の舞踏会・・・・・136
2009年08月21日
~ 今 日 の 雑 感 ~
避暑地の舞踏会
数年前、テレビで観たあるファンタジードラマに、わたしの大好きな物語がありました。

題名は忘れましたが、それは、夏の信州の避暑地を舞台にしたものでした。これを制作したスタッフは、おそらく、軽井沢辺りを想定していたのではないかと思います。
それは、こんなストーリーでした。
女性は、ひどく不機嫌そうで、どうやら、男性が予約しておいてくれた筈の有名なホテルに、その予約が入っていなかったということのようです。
「それで、今日は何処で泊まるわけ?まさか、自動車(くるま)の中なんていうんじゃないわよね」
女性は、恋人の男性に、不満をぶつけます。男性は、何処か別のホテルを見付けるから、心配するなよと、女性をなだめながら、自動車を運転して行きますと、目の前に、一軒の高級そうなリゾートホテルが現われました。
もっけの幸いと、二人は、そのホテルのフロントで、宿泊を頼みますが、フロント係の男性は、
「今の時季、避暑のお客様で、生憎当ホテルも満館です。申し訳ございません」
と、すまなそうに言います。しかし、どうしても、諦めきれない二人は、そのままロビーのソファーに、座り込んでしまいました。しばらくすると、そんな二人を見付けて、ホテルの支配人らしき中年男性が声をかけて来ました。
「お客様、どうしても、当ホテルにお泊りになりたいと言われるのでしたら、この新館は満室ですが、旧館の方に、一室空きがございますから、そちらへご案内いたしましょう」
願ってもない話に、二人は、安堵し、その旧館へと、支配人に案内してもらいました。
確かに、旧館というだけあって、部屋もややカビ臭く、やたらにレトロで、テレビもありません。汗を流そうと、女性が入った部屋付の浴室も、蛇口からは水しか出ず、どうやら、お湯は、ホテルのボーイが運んでくるというシステムになっているようでした。
「もう、何なの、この部屋?古いといったって、限度ってものがあるじゃない」
「そうカリカリするなよ。一晩、屋根の下で眠れるだけ良しとしようよ」
「なによ、こうなってしまったのは、誰のせいだと思っているのよ!」
二人が、またも口喧嘩を始めた時です。館内の何処からか、弦楽器が奏でる美しいクラシック音楽の響きが聞こえてきました。
不思議に思った二人が、部屋を出て、その音楽の方へと廊下を歩いて行くと、そこには、重厚そうな木製の扉があり、音楽は、どうやらその扉の向こうから流れて来ているようです。扉の中を覗いてみようとそのドアノブに手をかけて瞬間、ゆっくりと扉が左右に開き、そこに大きなダンスフロアーが現われたのです。
そのダンスフロアーでは、大勢の紳士淑女が三つ揃えのスーツや煌びやかなドレスに身を包み、如何にも楽しそうに、ワルツ音楽に乗って、優雅なステップを踏んでいたのでした。
「何なの、ここ------?まるで、社交界の世界ね・・・・・」
女性は、思わず溜息をつき、男性は、目を丸くしたまま、言葉を失いました。すると、そんな彼らを見た一人の品の良い婦人がそばへ近付いて来ると、優しげな目で、
「まあ、こんなお若い方が来て下さるとは、なんて、今夜は素敵なのかしら・・・・。さあ、あなた方も、フロアーにお入りになって。ご一緒に踊りましょうよ」
「え・・・・?でも、あたしたち、ダンスなんて出来ないし・・・・。それに、こんな恰好じゃァ-------」
女性が慌てて遠慮すると、その品のいい婦人は、いきなり、自分が肩にかけていたオーガンジー(薄絹)のショールを、彼女のショートパンツ姿の腰に巻いて、
「ほら、これでいいわ。綺麗になってよ------]
「・・・・素敵、ドレスみたい」
女性は、うっとりした表情になり、恋人の男性のエスコートで、ダンスの輪の中に入りました。ひとしきりダンスが続いた後で、司会者と思しき男性が、おもむろに人々の前に歩み出ると、こんなことを言いだしたのです。
「お集まりの紳士淑女の皆様、ここで、今年の『ひまわり娘』の発表に参りたいと存じます。『ひまわり娘』は、このひと夏を、ヒマワリの花のように、もっとも朗らかに、優雅に楽しく過ごしたと思われる女性に与えられる栄誉であります。------では、今年の『ひまわり娘』に選ばれたご婦人は、〇〇氏夫人の〇〇様であります!」
瞬間、会場中の視線が、いっせいに一人の年配の女性に集まりました。それは、今しがた、女性の腰にショールを巻いてくれた、あの婦人でした。
若い二人も嬉しくなって、会場の人々と一緒に、その年配の婦人へ、思いきり拍手を 送ったのでした。
「ちょっと、お客様、起きて下さい。こんな所で、眠られては困りますよ。お客様------」
「・・・・・・・・?」
肩をゆすられた二人が、ふっと目を覚ますと、そこには、如何にも迷惑顔で覗き込んでいる、ホテルのフロント係の男性がいました。彼らは、どうやら、ホテルのロビーのソファーに座り込んだまま、疲れのためにいつしか眠りこんで、そのまま翌朝を迎えてしまったらしいのでした。
「え・・・・・?今のは、夢・・・・・・?」
男性が、寝ぼけ眼で呟くと、女性も、また、
「ダンスフロアーは・・・・?」
不思議そうに、首を傾げます。そして、二人は、その後そのホテルをあとにしましたが、何故か、気持ちは、とても清々しく、幸せそのものでした。
自動車に乗り込んだ二人は、お互いが同じ夢を見ていたことを奇妙に思いましたが、それが、ただの夢ではなかったことは、判っていました。何故なら、助手席の女性の腰には、あの婦人のショールが、巻かれたままだったのですから・・・・・。

大浴場の怪(後)・・・・・129
2009年08月14日
<不 思 議 な 話 >
大 浴 場 の 怪 (後)
「香苗!!何処へ行くつもり!?」
かおりは、なおも叫びますが、香苗にその声は届きません。驚いたかおりは、慌てて部屋を飛び出すと、階段を駆け下り、戸外へと走り出しました。そして、香苗のあとを追うと、闇の中に彼女の浴衣姿を見付け、背後からその腕をつかみました。
「ねえ、香苗、何処へ行くつもりよ?」
すると、香苗は、おもむろに、かおりを見て、
「やだ、驚いた。-------どうしたの、かおり?もう、お風呂からあがったの?早かったじゃない」
「何言ってんのよ。あんたこそ、何処へ行く気なの?それより、いったい、誰と話をしているの?何がそんなにおかしいのよ?」
「誰って、仲居さんが、山の上にある露天風呂へ案内してくれるっていうから、連れて行ってもらうのよ。そこから見える麓の夜景が、とても綺麗なんですって。それに、仲居さんたら、面白い話を、いっぱい聞かせてくれて、-----ねェ?」
そう言って、香苗は、自分の前方にいる筈の仲居の方へと目を移したのですが、何故か、そこには誰の姿もありません。
「あれ-----?変ね、誰もいない・・・・。だって、あたし、今、その仲居さんと話をしながらここまで来たのに・・・・・?」
かおりも、香苗も、急に恐ろしさを覚えて、今来た道を旅館の方へと引き返し始めました。と、その目の前に、俄に現れたのは、旅館の女将でした。
「あれ、お客さんたち、どうしたんです?こんな夜中に外を出歩いたら危ないですよ」
そこで、かおりは、今、香苗を露天風呂へ連れて行こうとした仲居の話を女将にしました。すると、女将は、まあ、と、驚きの声を上げ、
「この旅館には、露天風呂はありませんよ。それに、そんな仲居さんもうちにはいません。こんな道を上まで上っても、崖があるだけですから、危険ですよ」
と、言います。二人は、背筋が凍る思いで、再び旅館へ入りました。
そして、かおりもまた、今し方、大浴場で見た恐ろしい妖怪のような女の話を、女将にしました。それを聞いた女将は、ああ・・・・と、大きく声を出して溜息をつくと、
「やっぱり、出たのね・・・・・」
「出たって、何なんですか?」
急き込むように訊ねるかおりと香苗の顔を、女将は、かわるがわる見比べながら、
「実は、あの化け物が原因で、この旅館は、もう何年も前から、閑古鳥が鳴いているの。今まで何人もいた仲居さんも皆やめてしまって、今では、わたし一人がここを切り盛りしているというわけ・・・・。でも、これでも、代々続いた、地元では一応名前の通った旅館だから、わたしの代でつぶすわけにもいかなくて・・・・・。ごめんなさいね、怖い思いをさせてしまって・・・・・」
女将は、本当にすまなそうに二人に頭を下げました。
一睡も出来ぬ間に、朝を迎えたかおりと香苗は、携帯電話でタクシーを呼ぶと、女将に見送られながらも、逃げ出すように、その老舗旅館をあとにしました。
すると、そのタクシーの中で、やおら、運転手が奇妙なことを言い始めました。
「ところで、お客さんたち、朝っぱらからあんなことろで何をしていたんだい?」
「・・・・・どういうことですか?」
かおりが、訝しげに訊き返すと、運転手は、いきなり大きな笑い声を立てて、
「だって、あんな山の中のつぶれた旅館の前庭の草っ原で、二人の若い娘が、ぼうっと突っ立っているんだもんな。誰だって、変だと思うだろう。昨日は、同僚の運転手が、あんたたちを乗せたそうだけど、なんで、あんな十年も前に営業をやめた旅館に行きたがっているのか、おかしな女の子たちだって、首を傾げていたぜ」
「何ですって------!?」
「それじゃァ、あの女将さんは------!?」
二人が、愕然と声を上げると、運転手は、なおも声を出して笑い、
「女将さんなんて、あそこにはいないよ。あの旅館には、もう誰もいないんだよ。もしかして、タヌキにでも化かされたかね?」
「うっそ~~~~~!!」
かおりも香苗も、真っ蒼になり、恐る恐る今来たばかりの旅館のあった方角を振り返りました-------。
今度、あなたが泊まろうとしている旅館は、本当に現実のものですか?そのパンフレット、もしや、十年も前のものではないでしょうね------?

< お わ り >
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大浴場の怪(前)・・・・・128
2009年08月13日
< 不 思 議 な 話 >
大 浴 場 の 怪 (前)
山の奥の旅館には、とかく幽霊やお化けの話題が付き物ですが、これもまた、そんな怖い出来事のお話です。
長野市のとある会社でOLをしている山本かおり(仮名)は、同僚の佐々木香苗(かなえ・仮名)と、短い夏休みを利用して、長野県内の山奥にある温泉旅館へ、二泊三日の小旅行に向かいました。
その温泉旅館は、パンフレットにも「信州の秘境」と、書かれているだけのことはあって、最寄りの駅からタクシーで一時間以上も走った山の中腹にあり、うっそうと生い茂る雑木林に囲まれた、実にひなびた一軒宿でした。
古くは、明治時代の有名な文士や政治家も宿泊したことがあるという老舗の名宿ではありましたが、高級ホテル志向が一般的な現代にいたっては、このような湯治場を兼ねた旅館は、もはや、宿泊客のニーズに合わないということなのか、この日の泊り客は、彼女たちの他には誰もいないという、宿の女将の説明でした。
それでも、二人は、日々の多忙な騒々しさから解放されて、旅館の二階部屋に流れ込む深山の蝉の声や、谷川のせせらぎの音を聴きながら、心からの安らぎと、身体のリフレッシュを覚えたのでした。
夜は、宿の女将自慢の山菜や川魚の素朴な料理を堪能し、やがて、かおりは、香苗に、
「あたし、ひとっ風呂浴びて来ようと思うんだけど、香苗も一緒に行かない?」
と、誘いました。しかし、香苗は、
「ううん、あたし、まだいいわ。もう少し部屋でテレビでも見ているから、かおり一人で入って来て」
と、言います。そこで、かおりは、一人浴衣に着替えて、入浴道具を抱えると、先ほど女将が教えてくれた階下の大浴場へと向かったのでした。
浴場の脱衣室で浴衣を脱ぎ、湯船のある浴場へと入ると、古びた木目が時代を感じさせる檜(ひのき)の浴槽からかけ流しの天然温泉が、おしげもなくあふれ出し、たちこめる真っ白な湯気の中に、かおりは、自らの裸身を座らせました。そして、一杯、二杯と、かけ湯をした時、ふと、自分の目の前の湯気の中に、もう一人の髪の長い女性の背中を見付けたのです。
(おかしいな?あたしの他には、脱衣棚を使っている人はいなかったはずなんだけど・・・・。先客がいたんだわ)
かおりは、そう思いながらも、せっかく、旅の宿で一緒に風呂へ入ることになったこの先客に、一応挨拶をしておこうと、彼女の後ろから声をかけました。
「こんばんは、いいお湯ですね。ご一緒に入らせて頂きますね」
「・・・・・・・・」
でも、相手は、まったく返事をしません。かおりが、不思議そうに首を傾げた時、その女性は、背中まである長い黒髪を束ねることもなく、そのまま湯船の中へ入ったので、かおりも、その女性から少し離れて湯につかりました。
女性は、髪で顔が隠れていて、かおりの所からは、その容貌は判りませんでしたが、まだ若い女性のようでした。すると、その女性の黒髪が、お湯の表面に広がるように漂うと、次第に、かおりの方へと近付いて来るような気がしました。
気味が悪くなったかおりが、慌てて湯船から出ようと立ち上がった時、その女性は、ゆっくりと、かおりの方へ首を向けたのでした。かおりは、女性の顔を見た瞬間、思わず、悲鳴を発しました。
「キャァ~~~~~ッ!!」
何と、その女性には、顔がなく、ただ耳まで裂けた大きな口だけが、真っ赤に開き、こう言ったのです。
「出てお行き!ここから、早く、出てお行き!」
その恨みがましい怒りの声を聞いたかおりは、恐怖で仰天し、転がるように脱衣室へ戻ると、濡れたままの身体に浴衣をひっかけ、必死で階段を上がり、香苗の待つ部屋まで戻ったのでした。
「香苗!!い、いま、お風呂で、化け物が-------!」
かおりは、叫びながら部屋の襖を開けて、室内へ飛び込みましたが、何故か、そこに香苗の姿がありません。
「こんな旅館には、泊まれない。香苗を探して、早くここから出て行こう」
かおりの焦りは頂点に達していました。彼女が大急ぎで服に着替え、荷物をまとめ始めた時、開けられた窓の外の方から、突然、香苗の笑い声が聞こえて来たのでした。かおりは、すぐさま窓の方へ寄り、身を乗り出すように外を見ます。
そこには、眼下の真っ暗な木立の中を、懐中電灯の灯りを頼りに、旅館の裏山へ向かう一本道をたった一人で登って行く香苗の浴衣姿が、あったのでした。
「香苗!!」
かおりは、大声で香苗の名前を呼びましたが、彼女は、まったく気付かぬ風で、まるで誰かと話をするように楽しげな声を響かせながら、歩いて行くのでした。
< つ づ く >
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延徳たんぼのお巡りさん・・・・・127
2009年08月12日
~ 今 日 の 雑 感 ~
延徳(えんとく)たんぼのお巡りさん
あるブロガーさんのブログ記事に、豪雨の日に出会った不思議なお巡りさんの話が載っていました。
これを読んだ時、思い出しました。
実は、わたしにも、これと似たような経験があったことを・・・・・。
もう、かなり前の話ですが、わたしが、まだ、新聞社へ勤めていた頃のことです。
取材のため、中野市の延徳(えんとく)という地区を、わたしは一人、軽自動車を運転して走っていました。
延徳地区は、広大な田んぼが幾つも広がる、長野県内でも有名なコメの生産地です。季節は、夏だったと記憶しています。午後の、カンカン照りの農道を、わたしは、のんびりと車を走らせながら、取材先まで行く途中でした。
取材先との約束の時間までには、まだ間があったので、それほど急ぐ必要もありませんでした。
わたしの他には対向車もなく、人っ子一人見えません。正に、他には誰の姿もない炎天下の田舎道を、ノコノコと走っていた訳です。
やがて、ずっと遠くの陽炎の揺らぐ路上に、一つの人影が現われました。近付くにつれて、その人影が男性警察官であることが判りました。そばにパトカーがある訳でもなく、その警察官は、たった一人で田舎道に立っているのです。
わたしの自動車が、警察官の近くを通り過ぎようとした時、いきなり彼は、両手を広げてわたしを止めにかかりました。
いったい、何なのだろうと、不審に思いながらも、わたしがブレーキを踏むと、彼は、運転席側の開けられた窓へ近寄り、
「何処へ行くんですか?」
と、訊ねて来たのです。わたしは、車内冷房があまり好きではないので、真夏でも、自動車の窓を全開にして走ります。
「仕事で、〇〇まで行きます」
と、答えると、三十代と思われるその警察官は、今度は、免許証を見せて下さいと、いうので、これには、さすがに、わたしも、ちょっと躊躇いました。
だって、こんな人気のない一本道で、警察官がひとり、何のために立っているのか・・・・?しかも、いきなり呼び止めて、行き先をら訊ねるなんて不自然だと、思ったわたしは、免許証をカバンから取り出しはしたものの、警察官には渡さずに、彼の目の前に提示するだけにしました。
警察官は、それを見て、
「-----いいですよ。行って下さい。気を付けてね」
と、笑顔で言うので、わたしは、そのまま自動車を発進させました。それにしても、奇妙な感じがどうしても拭えず、少し走ったところでおもむろに、バックミラーで、その警察官の様子を確認しようとしました。
ところが、
「---------?」
おかしなことに、その警察官の姿は、既に何処にも見えなかったのです。何処か、別の場所へ行ってしまったにしては、行動が素早すぎます。あまりに変だと思ったので、わたしは、いったんその場に自動車を止めて、後ろを振り返り、じっくりと今来た方角を見ました。しかし、やはり、その警察官の姿はありませんでした。
「消えた----!?も、もしや、キツネか?」

一気に、気味が悪くなったわたしは、すぐさまそこから走り去りました。
でも、帰りは、やはり、また警官がいた場所を通らなくてはならない訳で・・・・・。
しかも、仕事が終わると、辺りはもう薄暗くなり始めていたため、わたしは、かなり遠回りになると思ったのですが、別の道を通って会社へ戻りました。
それにしても、あれは、不思議な警察官でした。真夏の白昼夢-------?今でも、そんな気がしてなりません。

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キャンプ場の少女・・・・・120
2009年08月07日
< 不 思 議 な 話 >
キャンプ場の少女
ぼくは、見城卓也(けんじょうたくや・仮名)。中学二年生。
これは、去年の夏休みに、ぼくたち家族が体験した奇妙な出来事です。
去年の夏休み、ぼくは、父、母、そして小学三年生の妹の舞子(まいこ)と一緒に、長野県のある山のキャンプ場で、一泊二日のキャンプ旅行を楽しむことになった。
父の運転する自家用車で、そのキャンプ場へ向かったぼくたちは、約二時間で林に囲まれているその場所へ到着すると、すぐにテントの設営にかかった。すぐそばには、川も流れている。
上流へ向かうにつれて、川幅はやや狭くなったものの、大きな岩があちらこちらに突出した、如何にも渓流といった様子の場所が現われ、ぼくたちは、足場を確かめながら、父の指導に従って、初めての川釣りを体験したのだった。
一時間ほど釣りを楽しむと、ちょうどイワナとヤマメが二匹ずつ獲れたので、この辺で帰ろうと、父が声をかけた時だった。突然、舞子が、川の上流を指さし、
「お兄ちゃん、お人形が流れて来るよ」
と、叫んだ。見ると、そこには、小ぶりの抱き人形が一体、流れの中を滑り降りて来ると、ちょうど、ぼくたちの目の前の岩場に引っ掛かるようにして止まったのだった。舞子は、すぐさま、その人形の方へ駆け寄ると、冷たい水の中からその人形を拾い上げる。見ると、それは、赤い着物を着たおかっぱ頭の市松人形だった。
舞子は、その人形の滴を丁寧にタオルで拭うと、とても大事そうに抱えて、
「可哀そうに、一人ぼっちなんだね。一緒に帰ろう」
と、言い、ぼくたちは、元来た道をキャンプ場まで戻って行った。
山の日暮は早い。
キャンプ場には、ぼくたちの他にも家族づれが何組かいたので、母と一緒に作った夕食をすませると、そんな隣のテントの家族同士で少しの時間世間話をしたあと、お互い早々にテントへ戻り、床についた。
真夜中、テントの中に聞こえるのは、近くを流れる川の音ばかりである。
ぼくは、身体は疲れているのに、何故かあまり眠くならず、すぐそばに寝ている妹の顔を、暗がりの中でぼんやりと見ていた。舞子は、昼間、川の上流で拾ったあの市松人形を、大事そうに傍らに置いて寝息を立てている。
すると、いつしか、川の流れの音に混じって、岸辺の砂利を踏んで人が歩くような音が、かすかに聞こえて来た。その足音は、大人の物よりも軽い感じがして、歩幅も小さく、ザクッ、ザクッと、ゆっくりとぼくたちのテントの方へ近づいてくるようだった。
ぼくは、テントの外を子供が歩いているのだと思い、たぶん、隣のテントの家族の子供だと自分に納得させて、眠ろうと目をつむったが、その足音は、次第にはっきりと耳元で聞こえるようになり、ぼくたちのいるテントの周りを、回り始めたのだった。
ザクッ、ザクッ、ザクッ・・・・・。
ぼくは、だんだん怖くなって、身体を固くしていると、その足音は、ちょうど、ぼくの枕もとあたりで、ピタリと止まった。そして、その子供と思われる人影は、外の月明かりでシルエットとなって、テントの生地に映る。と、次の瞬間、
「・・・・・返してくれない?そこにあるんでしょう、お人形」
まだ、幼い女の子の声だった。ぼくは、ますます恐ろしくなって、必死で声を殺していると、その女の子は、また、
「ねえ、あたしのお人形、返してちょうだいよ・・・・・」
ぼくは、その子が、妹の拾った人形のことを言っているのだと思い、舞子のそばからその市松人形をそっと取り上げると、勇気を振り絞って、テントの入口を恐る恐る開いた。
そこには、真っ白な蝋人形のような顔色をした髪の長い五歳ぐらいの女の子が立っていた。
しかし、その女の子は、身体中が何故かびしょぬれで、長い髪の毛の先からは、ポタポタ滴が落ちていた。
ぼくは、テントの中から、その女の子に向かって市松人形を差し出すと、
「これだろ、きみが探している人形は?持って行けよ」
そう言った。その女の子は、色の失せた唇で、とても嬉しそうに微笑むと、
「ありがとう・・・・」
と、言って、その人形を手に取り、愛おしそうにそれを抱き締めると、再び、砂利石を踏みながら、ゆっりと、闇の中へ消えて行ってしまった。
翌朝、ぼくは、父と母にその話をしたが、二人とも、「そんな馬鹿なことが・・・・」と、笑って取り合ってくれなかった。ただ、舞子だけは、お気に入りだった人形がなくなっていることに腹を立て、ぼくを責めたので、ぼくは、落とし主が探しに来たから返してやったんだと、説明して、何とか納得させた。
それにしても、あの女の子は、いったい誰だったのだろうと、ぼくの中には疑問が残ったままだったが、帰りの道すがら立ち寄ったドライブインで読んだ新聞で、こんな記事が、ぼくの目にとまった。
『昨日、キャンプ場よりも山寄りの〇〇地区で、母親と共に里帰りしていた保育園児の女の子が、人形を持ったまま川へ遊びに行ったきり帰らず、近所の人たちが捜索に出た結果、足を滑らせて、川の浅瀬で溺死しているのが発見された』
きっと、昨夜の女の子は、この保育園児の少女だったに違いないと、ぼくは確信した。
自分が無くした人形のことが忘れられずに、探しに来たのに違いないと-------。
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予感、直感、第六感・・・・・116
2009年08月03日
~ 今 日 の 雑 感 ~
予感、直感、第六感
皆さんは、予感とか、直感とか、第六感を、ご自分が持っていると、思いますか?
朝、起きた時、ふっと、「今日は、何となくいいことがありそう」と、思ったら、駅で偶然片思いの男性に出会ったとか、逆に、「何だか、気分が乗らないなァ」と、思ったその日に限って、突然、彼女から別れ話を切り出されたとか、そんな、摩訶不思議な出来事は、おそらく誰もが一度や二度は経験していることでしょう。
これは、五年ほど前に、わたし自身が経験したことなのですが、こんなことがありました。
従兄弟の家で、親戚一同が集まることになり、わたしの従姉の一人がその日に限って、珍しくお化粧をして、小さなスミレの花を模したイヤリングまでつけて来た時のことです。✿
しばらくすると、その従姉が、家のあちらこちらを、懸命に探しまわっているので、どうしたのかと、わたしが訊ねると、
「せっかくつけて来たイヤリングの片方が、何処かに行ってしまったの」
と、言います。わたしも、一緒になって探してみたのですが、何処にも落ちてはいません。何処かに置き忘れたのではないかと、従姉に訊ねたのですが、何処にも置いたことはないといいます。
それなら、もう一度、探してみようかと、腰をあげた時でした。わたしの頭の中に、ふっと、ほんの一瞬、そのイヤリングが従姉の胸のあたりに見えたような映像が浮かんだのでした。
そこで、「もしかしたら、イヤリング、あんたの胸のポケットに入っているんじゃないの?」と、言いました。従姉は、
「そんなことないよ。だって、一度も外していないんだし・・・・」
と、言いながら、それでも、ブラウスの胸ポケットの中を探したところ、何と、小さなイヤリングの片方が、その中から出て来たのでした。
「ええ~!何で、判ったの!?」
従姉は、思わず仰天の声を上げました。が、わたしも、どうして、そこに入っているように思えたのか、自分でもさっぱり判りませんでした。どうやら、イヤリングは、いつの間にか、従姉の耳から勝手に取れて、ポケットの中に滑り落ちてしまっていたらしいのです。
わたしも、我ながら、この時の直感には、驚きました。

また、これは、わたしの父が体験した話です。
今から二十年ほど前、父が長野市で開かれるある会議に出席するため、長野電鉄の電車を利用した時の話です。
父は、乗車するとすぐに、運転席の後ろにある座席に座ったのですが、その位置からは、ちょうど運転士の後ろ姿が見えたのだそうです。その運転士は、まだ二十代と思しき若い男性で、制帽をやや斜(はす)にかぶって運転席に座っていたといいます。
それを見た瞬間、父は、何故か思ったそうです。
(この電車、この先で事故を起こすんじゃないのかな・・・・?) と-----。
すると、案の定、ある遮断機のない踏切に差し掛かったところで、いきなり電車が急ブレーキをかけたかと思うと、ガクンッと、大きく揺れて止まったのだそうです。
踏切内で、自動車との接触事故を起こしてしまったのでした。

非は、電車が通過するのを待たずして、踏切内に入ってしまった自動車の運転者の方にあったようなのですが、父も、あまりの偶然に、本当に驚いたといっていました。
幸いにも、その事故によるけが人はいなかったようです。自動車の運転者も、急いで車内から逃げ出していて無事でした。


俗にいう、「虫の知らせ」とでも言うのでしょうか?
これらの体験は、予感、直感、第六感というようなものは、やはり、人間にはもともと備わっているのではないかと思うような出来事でした。
あるテレビ番組で、アメリカのナバホ・インディアン(現在はネイティブアメリカンというそうです)の長老は、こんなことを言っていました。
「すべての人間は、古来より、自然の力を我が力として、未来を予知する能力をその手に有していた。しかし、文明の力に頼り、自然を遠ざけるようになるに連れて、その能力は失われ、天の忠告もその耳には届かなくなったのだ」
しかし、ある時、ふと、そのかつての力が身体の中によみがえることがあるのではないでしょうか?
その力が、いつよみがえり、現われるのかは、まったく予知できないのですけれどね。

探してくれませんか?・・・・・110
2009年07月28日
< 不 思 議 な 話 >
探してくれませんか?
夏休みですからね~。やっぱり、これでしょう!!
----ってなことで、またひとつ書いてみました。では、ごゆるりと、お読み下さい。

昭和六十年のある夏の蒸し暑い夜のこと、信州にある高原の山道の国道を、一台の大型トラックが走っていました。
運転していたのは、地元の運送店経営の四十代の男性で、山のホテルまで宿泊客の荷物を届けた帰り道でした。
真っ暗な狭い国道を、トラックのヘッドライトだけを頼りに麓へと下って行くのですが、ほとんど毎日のように行き来している道ですから、運転も手慣れたもので、鼻歌まじりにハンドルを握っていました。
既に、夜も更けていたため、走っている自動車は、男性のトラック以外、一台もなく、男性は、早く家へ帰って冷たいビールで一杯やりたいと、そんなことばかりを考えていました。
しばらくすると、国道が大きく右にカーブする林道沿いに差し掛かります。
男性は、いつものように巧みなハンドル操作で、そのカーブを難なく過ぎたその直後、目の前のヘッドライトの中に、いきなり、一人の男の姿が浮かび上がりました。
男は、道路の真ん中で大きく両手を広げて、男性のトラックを制止するような仕種を見せたのですが、時すでに遅く、急ブレーキをかけたものの、トラックは、その男の姿を車体の下へ巻き込んでしまったのでした。
「しまった!!」
男性は、仰天し、慌ててトラックを停めました。そして、車内から外へ降りると、今、そこにいた男の様子を確かめるべく、トラックの車体の下を覗き込みます。
しかし、そこには誰の姿もありません。もしかしたら、跳ね飛ばしていまったのかもしれないと、トラックの車内から懐中電灯を持ち出して、辺りをくまなく探してみました。が、それらしき男の姿は、やはり何処にも見当たらないのです。
「おれの見間違いだったのかな・・・・?」
男性は、冷や汗を拭き、不思議に思いながらも、やや安堵の胸を撫でて、再びトラックへ戻ると、そのまま国道を走行し始めました。しかし、たった今のショックのせいか、やけに喉が渇いて来たので、何処かに自動販売機があったはずだと思い、山道を下る途中、古いバス停の小さな建物の辺りで、運よく清涼飲料水の自動販売機の灯りを発見しました。
男性は、ガードレールのある路肩にトラックを止め、その自動販売機に近付くと、投貨口にお金を入れて、缶入りのコーラを出し、その場でそれを飲み始めました。
そして、ようやく人心地ついた時、背後に何かの気配を感じて、思わず振り返りました。すると、自動販売機の灯りの中に、ぼんやりと一人の男が立っているではありませんか。
男性は、奇妙なうすら寒さを覚えながら、その男に向かい、
「おれは、もういいから、どうぞ使って下さい」
と、場所を空けようとしたところ、その男が蒼白い顔で、男性にこう言ったのです。
「------探してくれませんか?」
「探すって、何か落し物でもしたのかい?」
「ええ、そうなんです・・・・。一緒に、探してくれませんか?」
男性は、少しばかり、薄気味悪さを感じながらも、もう一度、その男に訊きました。
「だから、何を探せばいいんだい?」
すると、男は、ほんの少しさびしそうな微笑を浮かべると、低い声で、こう言ったのです。
「わたしの、身体を、探して下さい・・・・」
「---------!?」
男性は、それを聞いた直後、何気なく男の下半身へ目を移しました。
と、そこにある筈の男の腰から下が、完全に闇の中に溶け込んで、まったく見当たらなかったのでした。
「うわァッ!!」
男性は、驚愕し、手に持っていたコーラの缶を放り出すと、急いでトラックの方へ駆け戻ろうとしましたが、男は、そんな男性の腕をつかみ、物凄い力で引っ張りながら、
「お前が轢いたおれの身体を、探して欲しいんだよ!」
「放せ!化け物!」
男性は、叫ぶと、力任せにその男の手を振りほどき、一目散にトラックへ乗り込むと、めいっぱいアクセルを踏み、必死の思いでその場から逃げだしたのだそうです。
後日、男性が聞いた話では、この下半身がなかった男は、かつて、この国道で自動車事故に遭い、亡くなった人の地縛霊ではないのかということでした。
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黒猫の話・・・・・101
2009年07月20日
~ 今 日 の 雑 感 ~
黒 猫 の 話
わたしの家には、昔、まだわたしが生まれる前から、「クマ」という名の真っ黒な雌猫がいました。
身体は、あまり大きくはなかったものの、毛並みの綺麗な気性の穏やかな猫でした。
クマは、わたしのことを自分の子供とでも思っていたのか、わたしが何をしても怒ったり威嚇したりすることがなく、わたしが乱暴な扱い方をしても、常にされるがままでした。
その態度は、わたしの友達にも同様で、古い写真を見ると、一人の友達がクマの尻尾を手に持って、背中にぶら下げている様子が写っています。
また、クマは、わたしが保育園から一人で帰って来る時、どちらの道から歩いて来るのかが判るように、必ず歩いて来る方の道の途中まで迎えに来ているのです。
そんなクマも、わたしが小学校に入る頃には、お婆さんになり、いつの間にか姿が見えなくなってしまいました。そして、しばらくして、家の物置の階段裏で死んでいるのが見つかりました。
猫は、自分の死期を悟ると、家人の前から突然姿を消し、人知れずひっそりと死ぬのだそうです。それが、他の動物に死体を荒らされたくないという、猫の最後のプライドなのかもしれません。
クマの死体は、祖母が経営していたアパートの柿の木の下に埋められました。
そして、それからです。我が家に不思議な現象が起きるようになったのは------。
まだ、幼かった弟が、家の中でクマを見たと言ったり、障子の破れが、猫の形になっていたり、新しく飼った子猫が相次いで死んだり、様々なことがありました。
そんな訳で、そのあと、我が家では、猫は飼わなくなりました。
今でも家族の間では、何かの話のついでに、クマの話題が出ます。
手拭で頬かぶりをさせても、それを取ろうとはしないで、まるで自分も楽しんでいたようだったとか、何匹も子供を産んだのに、みんな死んでしまって可哀そうだったとか、まるで、家族の一人の思い出話をするかのように、クマの話題は尽きません。
わたしには、今も家の何処かに、クマがいるのではないかと思える時があるのです。
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