キャンプ場の少女・・・・・120

< 不 思 議 な 話 >


キャンプ場の少女


   
    ぼくは、見城卓也(けんじょうたくや・仮名)。中学二年生。

    これは、去年の夏休みに、ぼくたち家族が体験した奇妙な出来事です。



    

    去年の夏休み、ぼくは、父、母、そして小学三年生の妹の舞子(まいこ)と一緒に、長野県のある山のキャンプ場で、一泊二日のキャンプ旅行を楽しむことになった。

    父の運転する自家用車で、そのキャンプ場へ向かったぼくたちは、約二時間で林に囲まれているその場所へ到着すると、すぐにテントの設営にかかった。すぐそばには、川も流れている。

    キャンプ場の少女・・・・・120アウトドアのレジャーに慣れている父は、見る間にドーム型のレジャー用のテントを張り終えると、ぼくと舞子に、夕食用の魚を釣りに行くぞと声をかけ、ぼくたちは、昼食の用意をする母をテントに残して、三人で目の前に流れる大きな川の上流へと歩いて行った。

    上流へ向かうにつれて、川幅はやや狭くなったものの、大きな岩があちらこちらに突出した、如何にも渓流といった様子の場所が現われ、ぼくたちは、足場を確かめながら、父の指導に従って、初めての川釣りを体験したのだった。

    一時間ほど釣りを楽しむと、ちょうどイワナとヤマメが二匹ずつ獲れたので、この辺で帰ろうと、父が声をかけた時だった。突然、舞子が、川の上流を指さし、

    「お兄ちゃん、お人形が流れて来るよ」

    と、叫んだ。見ると、そこには、小ぶりの抱き人形が一体、流れの中を滑り降りて来ると、ちょうど、ぼくたちの目の前の岩場に引っ掛かるようにして止まったのだった。舞子は、すぐさま、その人形の方へ駆け寄ると、冷たい水の中からその人形を拾い上げる。見ると、それは、赤い着物を着たおかっぱ頭の市松人形だった。

    舞子は、その人形の滴を丁寧にタオルで拭うと、とても大事そうに抱えて、

    「可哀そうに、一人ぼっちなんだね。一緒に帰ろう」

    と、言い、ぼくたちは、元来た道をキャンプ場まで戻って行った。

    山の日暮は早い。

    キャンプ場には、ぼくたちの他にも家族づれが何組かいたので、母と一緒に作った夕食をすませると、そんな隣のテントの家族同士で少しの時間世間話をしたあと、お互い早々にテントへ戻り、床についた。

    真夜中、テントの中に聞こえるのは、近くを流れる川の音ばかりである。

    ぼくは、身体は疲れているのに、何故かあまり眠くならず、すぐそばに寝ている妹の顔を、暗がりの中でぼんやりと見ていた。舞子は、昼間、川の上流で拾ったあの市松人形を、大事そうに傍らに置いて寝息を立てている。

    すると、いつしか、川の流れの音に混じって、岸辺の砂利を踏んで人が歩くような音が、かすかに聞こえて来た。その足音は、大人の物よりも軽い感じがして、歩幅も小さく、ザクッ、ザクッと、ゆっくりとぼくたちのテントの方へ近づいてくるようだった。

    ぼくは、テントの外を子供が歩いているのだと思い、たぶん、隣のテントの家族の子供だと自分に納得させて、眠ろうと目をつむったが、その足音は、次第にはっきりと耳元で聞こえるようになり、ぼくたちのいるテントの周りを、回り始めたのだった。

    ザクッ、ザクッ、ザクッ・・・・・。

    ぼくは、だんだん怖くなって、身体を固くしていると、その足音は、ちょうど、ぼくの枕もとあたりで、ピタリと止まった。そして、その子供と思われる人影は、外の月明かりでシルエットとなって、テントの生地に映る。と、次の瞬間、

    「・・・・・返してくれない?そこにあるんでしょう、お人形」

    まだ、幼い女の子の声だった。ぼくは、ますます恐ろしくなって、必死で声を殺していると、その女の子は、また、

    「ねえ、あたしのお人形、返してちょうだいよ・・・・・」

    ぼくは、その子が、妹の拾った人形のことを言っているのだと思い、舞子のそばからその市松人形をそっと取り上げると、勇気を振り絞って、テントの入口を恐る恐る開いた。

    そこには、真っ白な蝋人形のような顔色をした髪の長い五歳ぐらいの女の子が立っていた。

    しかし、その女の子は、身体中が何故かびしょぬれで、長い髪の毛の先からは、ポタポタ滴が落ちていた。

    ぼくは、テントの中から、その女の子に向かって市松人形を差し出すと、

    「これだろ、きみが探している人形は?持って行けよ」

    そう言った。その女の子は、色の失せた唇で、とても嬉しそうに微笑むと、

    「ありがとう・・・・」

    と、言って、その人形を手に取り、愛おしそうにそれを抱き締めると、再び、砂利石を踏みながら、ゆっりと、闇の中へ消えて行ってしまった。

    翌朝、ぼくは、父と母にその話をしたが、二人とも、「そんな馬鹿なことが・・・・」と、笑って取り合ってくれなかった。ただ、舞子だけは、お気に入りだった人形がなくなっていることに腹を立て、ぼくを責めたので、ぼくは、落とし主が探しに来たから返してやったんだと、説明して、何とか納得させた。

    それにしても、あの女の子は、いったい誰だったのだろうと、ぼくの中には疑問が残ったままだったが、帰りの道すがら立ち寄ったドライブインで読んだ新聞で、こんな記事が、ぼくの目にとまった。

    『昨日、キャンプ場よりも山寄りの〇〇地区で、母親と共に里帰りしていた保育園児の女の子が、人形を持ったまま川へ遊びに行ったきり帰らず、近所の人たちが捜索に出た結果、足を滑らせて、川の浅瀬で溺死しているのが発見された』


    きっと、昨夜の女の子は、この保育園児の少女だったに違いないと、ぼくは確信した。

    自分が無くした人形のことが忘れられずに、探しに来たのに違いないと-------。 


       

    

    

<今日のおまけ>

    「言葉の暴力」というものがある一方で、「無言の暴力」というものもある。

    「言葉の暴力」には、反撃の余地もあるが、「無言の暴力」には、その余地すらない。

    しかも、その「無言の暴力」は、目に見えないものだから、それを訴えたところで、訴えた方が、悪者にされる場合が往々である。

    何が「正義」で、何が「悪」かということは、それを見る人間の視点によって変わるものであるが、見えない部分にこそ真実が隠されているものだと、いうことを心底におき、日々を暮らして行きたいものである。icon21



    
    ところで、今日の午後も、物凄い雷雨でしたね。icon05

    ここのところ、毎日のように、午後はこういう大雨が降りますが、皆さんは、こんな土砂降りの中でも、買い物などに行かれるのでしょうか?

    わたしは、いつも、挫折します。

    結局、今日も、また、出そびれました。icon03icon10



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この記事へのコメント
仕事柄、
スーパーマーケットのバックヤードに出入りしますが、
土砂降りの日とか豪雪の日とかは、
やっぱり客足は極端に鈍りますよ。
お店もそういうのは記録していて、
去年のこの日はこうだったとか、
今年は去年と違ってこうだとか、
だからこういう対策が必要だとか、
でも結局は天気には勝てないや、
とかやってます。
Posted by zukyzuky at 2009年08月07日 22:55
zukyさまへ>

 そうですか。
 やはり、スーパーマーケットの買い物客も少なくなるんですね。
 では、天候によって、仕入れの仕方や量も変わるんですね。
 去年の記録を参考に、コントロールするというのも、大変な作業ですね。それに、今年は、特に異常気象のようなので、野菜や、生鮮食料品の取扱いは難しいでしょうね。
 出来れば、明日は、晴れて欲しいんですけれど。このままでは、我が家も野菜が底をつきます。(汗)
 
Posted by ちよみちよみ at 2009年08月07日 23:12
お店に行って、
11時から13時くらいの店員をよく注意して見ると、
なんだか端末を肩から提げて、
タッチペンを操作したりしてます。
あれはフツーには発注用の端末なんですが、
あの中に、気象データとか、
日々の商品の回転のデータとかが入っていて、
それを参考に仕入をしたりできるのですが。
まあ、ベテランになれば、
そんなハコモノの機能はあまり必要なさそうですけれど…。
(^ ^;)

ちよみさんの冷蔵庫内にエールを送りつつ。
あ、でも明日は晴れそうだ!
Posted by zukyzuky at 2009年08月07日 23:30
zukyさまへ>

 明日は、晴れそうですか!
 よかったです。
 ビタミンCの確保ができます。(^-^)

 そういえば、たまに、そういう端末を下げた人を見ますね。わたしは、てっきり、市場調査関係の人かと思っていました。
 お店の係りの人だったんですね。あの端末のデータをもとに、商品の発注をしているんですか。初めて知りました。
 でも、何処の世界も、ベテランさんは、素晴らしいですよね。長年の経験で、何が一番売れ筋か、即座に予測出来るのですから。地元密着のスーパーが、意外にこの不況下に順調だというのも、頷ける気がします。
Posted by ちよみちよみ at 2009年08月07日 23:49
日本人形のもつイメージって
いつから ちょっと怖いイメージに変ったんでしょうね。フランス人形もちょっと怖いイメージ。魂が入っているようなそんな気がします。
そうカンジさせるのは人形のもつ
目力ですかねぇ。
今日も体感温度さがりまして
鳥肌が立ちました~^^; 
こちらは雷あまりなりませんでしたが
7日は雨がすごかったですね。

野菜 長雨や冷夏の影響で高くなりそうですね。まいったなぁ・・・・
Posted by り・まんぼーり・まんぼー at 2009年08月08日 16:18
り・まんぼーさまへ>

 日本人形のイメージが何となく怖いと思うようになったのは、たぶん、例の「お菊人形」のエピソードのあたりからではないかと思います。
 菊子ちゃんという三歳の女の子が亡くなり、可愛がっていたお人形の髪の毛が伸びるようになったという話が世間に広まったことで、市松人形は怖い---と、いう雰囲気が、何となく生まれたような気がします。
 フランス人形の怖さは、これも、例の「わたし、メリーさんよ」のエピソードですよね。こちらも怖いです。
 人形には、持ち主の魂がはいると、言われますから、捨てる時も、勝手には捨てられないような気がして、よくお寺などの人形供養の時に、持ち込む人も多いそうですね。

 今、やっと買い物に行ってきました。トマトに、レタスに、キャベツ、きゅうり、バナナなどなど、買い込みましたが、やはり、キャベツ、レタスは、少し高いかな?と、思いました。食べざかりの子供さんがいるご家庭は、大変ですね。
Posted by ちよみちよみ at 2009年08月08日 16:53
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