~ 炎 の 氷 壁 ~ 33
2009年03月24日
時任のパトロール勤務の志願が許可され、雄介は、これまでと変わらず、時任のパートナーとして、ゲレンデ巡回へと赴くことになった。パトロール中は、様々なアクシデントや事故現場にも遭遇し、スキーパトロール員には、それらすべてに対する手際よい処置が求められる。スキー技術の実力を過信して上級者コースへ入ってしまい、急峻(きゅうしゅん)なコースで立ち往生しているスキーヤーの救助があれば、迷子のための保護者探しから、滑走中に立ち木へぶつかったという怪我人の搬送、果ては、ゲレンデ内の陥没個所の補修や、ごみ拾いに至るまで、あらゆる分野に及ぶ仕事が、彼らに課せられた任務の範疇(はんちゅう)なのである。
雄介は、時任の病み上がりの身体のことを気遣いながらも、それでも、また二人一緒にスキーを装着してのパトロールに励むことが出来るのを、心の底から喜び、安堵もしていた。
やがて、その日も、午前中の勤務を一通り終えようとしている時刻、雄介と時任は、共に、横手山山頂にほど近い樹氷に覆われた針葉樹林の間にある、雪原に佇んでいた。そこから展望出来る紺碧の空と、くっきりとした白峰の輪郭を縁取って延々と続く数多(あまた)の山々を眺めながら、雄介は、スキーゴーグルを制帽の上に引き上げ、大きく深呼吸をすると、無性に何か大きな声を出したい思いにかられた。そこで、肺いっぱいに透き通った新鮮な空気を吸い込むや、口元を両掌で覆うと、
「ヤッホー!」
と、遥かな虚空に向かって、雄叫びを発した。それには、時任も、驚いた顔でサングラスの奥から雄介を見詰めたものの、そのあまりに子供じみた様子に、思わず苦笑を漏らした。そして、やおら右手で自らの胸板を押さえると、一瞬苦しげに眉をしかめる。雄介は、そんな時任を見て、慌てて自分の粗忽さを恥じるや、
「大丈夫ですか?痛みますか----?」
と、気遣いを口にした。時任は、胸を押さえながらも、心配いらないよと、笑い返すと、
「事故の際に打ったところが、少しばかり疼(うず)いただけだよ」
静かな口調で答えた。雄介は、自分が笑わせたせいですねと、詫びる。と、時任は、徐にサングラスを外し、穏やかな眼差しを雄介に向け、
「------お前、おれに何か訊きたいことがあるんじゃないのか?」
と、彼の方から水を向けて来た。雄介は、思いがけない時任の反問に、しばし思いあぐんだ末、
「実は・・・・・・」
と、やや口ごもった風を見せてから、あの雪崩事故以来ずっと気になっていた例の質問を、思い切って時任に投げてみた。
「-----ひとつ訊きたいんですが、あの雪崩が発生する直前、あなたと野田さんとの間に、いったいどんな会話があったんですか?崖の上からレースを見ていたおれの眼にも、先にランディングバーンに到達したのは、明らかに野田さんの方が先だと判りました。それなのに、時任さんは、どうして黒鳥真琴の居場所を、野田さんの口から聞き出すことが出来たんですか?そいつがどうしても納得いかないんですよ」
すると、時任は、その質問が雄介から持ちかけられることを、既に予期していたという口振りで、
「そうだな。お前には、全部話しておいた方がいいだろうな・・・・」
と、前置きしてから、淡々と語り出した。
「-------そうだ。お前が見た通り、スノーファイトのレースは、正しくおれの負けだった。野田は、おれに初めて勝ったことで有頂天だったが、おれには、あいつが喜べば喜ぶほど、何故か悲しげに見えて仕様がなかった。そして、もはや、おれ自身、野田の術中に屈することをほとんど覚悟した時、あの表層雪崩が発生したんだ」
時任は、そこまで話し、何か物思うように眩しげに遠い目をして彼方の天空を見る。
「その時、野田は、如何にも、すべてをやり終えたというような満足感にあふれた表情になると、突然、『黒鳥真琴は、横手山ロッジの客室にいる』と、告げ、直後、雪崩がおれたちに襲いかかる瞬間、彼は、いきなりおれの身体へ自分の身体をぶつけて、突き飛ばすと、自分はそのまま雪崩に飲み込まれ、押し流されて行ってしまったんだ・・・・。おれが、こうして、九死に一生を得ることが出来たのは、あの瞬間の野田の機転があったからなんだよ」
そう言って、ゆっくりと雄介の方へ首をめぐらせた。
「-------そうだったんですか」
思わず深い溜息をついた雄介は、それだけを応えると、改めて、時任と野田の間にあった他者には計り知れない濃密な心情を突き付けられた気がして、つい言葉に窮した。煩悶(はんもん)に堪えるかの如く俯く雄介を、時任は、兄のような視線で温かく見やると、お前の気持ちは判っているという面持ちで、そっと微笑んだ。
「だが、だからといって、野田のしたことが免罪になる訳じゃない。そして、あいつにあのようなことまでもさせてしまったおれ自身も、また、許される立場にはないということなんだ。このことは、おれにとって一生背負って行かねばならない十字架なんだろうな・・・・・」
「・・・・・・・・・・」
時任の苦衷が痛いほど判るだけに、雄介は、ただ黙って、頭(かぶり)を振ることしか出来なかった。やがて、時任は、
「ところで--------」
と、さりげなく話頭を転じるや、雄介に向かって、こんなことを訊ねて来た。
「雄介、お前、このスキーパトロールの仕事が三月一杯で終了したら、次に勤める当てはあるのか?」
「------いいえ、まだ何も決めていませんが」
唐突に何を言い出すのだろうと、雄介は時任の顔を不思議そうに見る。時任は、そうかと、小さく頷き、
「もし、お前がよければ、おれが就職口を世話してやってもいい。どうかな?」
と、言う。その申し出は、確かに、今の根無し草も同然の雄介の立場からすれば、正直二つ返事で飛び付きたい提言ではあった。ところが、雄介はその時任の申し出に即答を避けると、
「お話は、とてもありがたいんですが、もう少しじっくりと考えてみたいんです。おれという人間に、いったい何が出来るのか。これから何をするべきなのか。------以前のおれなら、時任さんのその言葉を何の遠慮も躊躇もなく、受け入れていたのでしょうが、今は、何だか、自分自身の力でも道を切り開いていけるような気がするんです。甘い考えかもしれませんけど、でも、試してみたいんです」
そう返事をする。時任は、そうかと、静かに頷き、得心した表情で、
「そうだな。ここ数日で、お前は、見違えるように逞しくなったからな-------」
スキーパトロール本部へ配属されて来たばかりの日と比べると、数段成長したと思えるパートナーの顔を、時任は、何とも頼もしそうに見詰めた。そして、改めてサングラスを掛け直すと、
「よし、本部へ戻るとするか!」
元気よく雄介に呼びかけた。
「はい!」
それに呼応して、雄介も返事をし、スキーゴーグルを顔へと下ろす。二人は、悠然とスキー板を麓の方向へ返すと、志賀高原横手山の広大な銀色の雪原に、華麗なシュプールを描きながら、パトロール本部への帰路に就いた。
< 終 >
<この小説はフィクションです。登場する人物名及び団体名は、すべて架空の物ですので、ご了承下さい>
~ 炎 の 氷 壁 ~ は、本日で終了いたします。皆さまには、ご愛読頂きまして、誠にありがとうございました。
なお、この小説ブログは、小説の題材、主要人物欄、カテゴリー分け、文字の大きさ、太さ、文章の長さ、イラスト等々多岐に渡りまして、読者の皆様のご要望を、出来得る限り取り入れさせて頂いた作りとなっております。が、時に、ご要望にお応えすることが困難な場合もございます。わたしの未熟なパソコン技術では、対処しかねる問題や、文章力の拙さにより、読みにくい文脈があったり、文字構成が煩わしく感じられる面なども多々あろうかとは存じますが、その点、何卒ご寛大なお気持ちを賜りまして、今後とも、ご愛読のほど、よろしくお願い申し上げます。
ちよみ
雄介は、時任の病み上がりの身体のことを気遣いながらも、それでも、また二人一緒にスキーを装着してのパトロールに励むことが出来るのを、心の底から喜び、安堵もしていた。
やがて、その日も、午前中の勤務を一通り終えようとしている時刻、雄介と時任は、共に、横手山山頂にほど近い樹氷に覆われた針葉樹林の間にある、雪原に佇んでいた。そこから展望出来る紺碧の空と、くっきりとした白峰の輪郭を縁取って延々と続く数多(あまた)の山々を眺めながら、雄介は、スキーゴーグルを制帽の上に引き上げ、大きく深呼吸をすると、無性に何か大きな声を出したい思いにかられた。そこで、肺いっぱいに透き通った新鮮な空気を吸い込むや、口元を両掌で覆うと、
「ヤッホー!」
と、遥かな虚空に向かって、雄叫びを発した。それには、時任も、驚いた顔でサングラスの奥から雄介を見詰めたものの、そのあまりに子供じみた様子に、思わず苦笑を漏らした。そして、やおら右手で自らの胸板を押さえると、一瞬苦しげに眉をしかめる。雄介は、そんな時任を見て、慌てて自分の粗忽さを恥じるや、
「大丈夫ですか?痛みますか----?」
と、気遣いを口にした。時任は、胸を押さえながらも、心配いらないよと、笑い返すと、
「事故の際に打ったところが、少しばかり疼(うず)いただけだよ」
静かな口調で答えた。雄介は、自分が笑わせたせいですねと、詫びる。と、時任は、徐にサングラスを外し、穏やかな眼差しを雄介に向け、
「------お前、おれに何か訊きたいことがあるんじゃないのか?」
と、彼の方から水を向けて来た。雄介は、思いがけない時任の反問に、しばし思いあぐんだ末、
「実は・・・・・・」
と、やや口ごもった風を見せてから、あの雪崩事故以来ずっと気になっていた例の質問を、思い切って時任に投げてみた。
「-----ひとつ訊きたいんですが、あの雪崩が発生する直前、あなたと野田さんとの間に、いったいどんな会話があったんですか?崖の上からレースを見ていたおれの眼にも、先にランディングバーンに到達したのは、明らかに野田さんの方が先だと判りました。それなのに、時任さんは、どうして黒鳥真琴の居場所を、野田さんの口から聞き出すことが出来たんですか?そいつがどうしても納得いかないんですよ」
すると、時任は、その質問が雄介から持ちかけられることを、既に予期していたという口振りで、
「そうだな。お前には、全部話しておいた方がいいだろうな・・・・」
と、前置きしてから、淡々と語り出した。
「-------そうだ。お前が見た通り、スノーファイトのレースは、正しくおれの負けだった。野田は、おれに初めて勝ったことで有頂天だったが、おれには、あいつが喜べば喜ぶほど、何故か悲しげに見えて仕様がなかった。そして、もはや、おれ自身、野田の術中に屈することをほとんど覚悟した時、あの表層雪崩が発生したんだ」
時任は、そこまで話し、何か物思うように眩しげに遠い目をして彼方の天空を見る。
「その時、野田は、如何にも、すべてをやり終えたというような満足感にあふれた表情になると、突然、『黒鳥真琴は、横手山ロッジの客室にいる』と、告げ、直後、雪崩がおれたちに襲いかかる瞬間、彼は、いきなりおれの身体へ自分の身体をぶつけて、突き飛ばすと、自分はそのまま雪崩に飲み込まれ、押し流されて行ってしまったんだ・・・・。おれが、こうして、九死に一生を得ることが出来たのは、あの瞬間の野田の機転があったからなんだよ」
そう言って、ゆっくりと雄介の方へ首をめぐらせた。
「-------そうだったんですか」
思わず深い溜息をついた雄介は、それだけを応えると、改めて、時任と野田の間にあった他者には計り知れない濃密な心情を突き付けられた気がして、つい言葉に窮した。煩悶(はんもん)に堪えるかの如く俯く雄介を、時任は、兄のような視線で温かく見やると、お前の気持ちは判っているという面持ちで、そっと微笑んだ。
「だが、だからといって、野田のしたことが免罪になる訳じゃない。そして、あいつにあのようなことまでもさせてしまったおれ自身も、また、許される立場にはないということなんだ。このことは、おれにとって一生背負って行かねばならない十字架なんだろうな・・・・・」
「・・・・・・・・・・」
時任の苦衷が痛いほど判るだけに、雄介は、ただ黙って、頭(かぶり)を振ることしか出来なかった。やがて、時任は、
「ところで--------」
と、さりげなく話頭を転じるや、雄介に向かって、こんなことを訊ねて来た。
「雄介、お前、このスキーパトロールの仕事が三月一杯で終了したら、次に勤める当てはあるのか?」
「------いいえ、まだ何も決めていませんが」
唐突に何を言い出すのだろうと、雄介は時任の顔を不思議そうに見る。時任は、そうかと、小さく頷き、
「もし、お前がよければ、おれが就職口を世話してやってもいい。どうかな?」
と、言う。その申し出は、確かに、今の根無し草も同然の雄介の立場からすれば、正直二つ返事で飛び付きたい提言ではあった。ところが、雄介はその時任の申し出に即答を避けると、
「お話は、とてもありがたいんですが、もう少しじっくりと考えてみたいんです。おれという人間に、いったい何が出来るのか。これから何をするべきなのか。------以前のおれなら、時任さんのその言葉を何の遠慮も躊躇もなく、受け入れていたのでしょうが、今は、何だか、自分自身の力でも道を切り開いていけるような気がするんです。甘い考えかもしれませんけど、でも、試してみたいんです」
そう返事をする。時任は、そうかと、静かに頷き、得心した表情で、
「そうだな。ここ数日で、お前は、見違えるように逞しくなったからな-------」
スキーパトロール本部へ配属されて来たばかりの日と比べると、数段成長したと思えるパートナーの顔を、時任は、何とも頼もしそうに見詰めた。そして、改めてサングラスを掛け直すと、
「よし、本部へ戻るとするか!」
元気よく雄介に呼びかけた。
「はい!」
それに呼応して、雄介も返事をし、スキーゴーグルを顔へと下ろす。二人は、悠然とスキー板を麓の方向へ返すと、志賀高原横手山の広大な銀色の雪原に、華麗なシュプールを描きながら、パトロール本部への帰路に就いた。
< 終 >
<この小説はフィクションです。登場する人物名及び団体名は、すべて架空の物ですので、ご了承下さい>
~ 炎 の 氷 壁 ~ は、本日で終了いたします。皆さまには、ご愛読頂きまして、誠にありがとうございました。
なお、この小説ブログは、小説の題材、主要人物欄、カテゴリー分け、文字の大きさ、太さ、文章の長さ、イラスト等々多岐に渡りまして、読者の皆様のご要望を、出来得る限り取り入れさせて頂いた作りとなっております。が、時に、ご要望にお応えすることが困難な場合もございます。わたしの未熟なパソコン技術では、対処しかねる問題や、文章力の拙さにより、読みにくい文脈があったり、文字構成が煩わしく感じられる面なども多々あろうかとは存じますが、その点、何卒ご寛大なお気持ちを賜りまして、今後とも、ご愛読のほど、よろしくお願い申し上げます。
ちよみ
侍ジャパン
WBC
連覇 おめでとう !!
~ 炎 の 氷 壁 ~ 32
2009年03月23日
野田開作の策略で拉致されていた黒鳥真琴の身柄は、野田の証言通り、彼の経営するホテルの横手山ロッジ内で、捜索隊によって発見され、即座に、隣接する市の総合病院へと搬送された。ホテル内の三階にある窓のない一室で、ドアに鍵を掛けられ、監禁状態に置かれていた彼女であったが、幸いなことに身体には目立った怪我もなかった。食事も与えられてはいたようで、少しばかりの脱水症状が見られたものの、体力の回復も早かったため、ほどなく病院を退院することが出来た。
その黒鳥真琴の証言により、野田は、彼女を十五年前の殺人の時効が成立するまで、ホテルに監禁しておくつもりであったらしいと、いうことも判った。
それと同時に、熊の湯温泉スキー場の『魔の壁』を中心に、渓谷一帯に渡る、野田開作の捜索作業も、長野県警、志賀高原山岳遭難対策協議会、及びスキーパトロール員たちの手で懸命に行われたが、雪崩事故から二日後の午後、彼の遺体がようやく峡谷内の沢筋で発見された。
時任圭吾も、雪崩に巻き込まれたことによる外傷性ショックから、一時は意識不明となり容態が危ぶまれたが、長野県警の山岳遭難救助用ヘリコプターで搬送された先の別の総合病院で、翌日には意識も回復し、病室の彼に付き添っていた雄介を安堵させた。二人は、その後、これまでの一連の事件と事故に関する事情聴取をするために、病院を訪れた県警所轄署の警察官たちに事実の一部始終を証言して、調書の作成に協力した。
その際、時任が、黒鳥真琴に会って、自分の口から十五年前に起きたことの真実を伝えさせてもらいたいと、その警察官たちに頼んでみたところ、彼らは、
「------そのことなんですがね、時任さん、黒鳥真琴さんは、ご自分の中で、まだ今回の出来事についての気持ちの整理が付いていないので、あなたと会うのは、もうしばらく待ちたいと言われているんですよ。決心が付いたら、ご自分の方から、あなたに連絡したいと、おっしゃっていました。ですから、あなたも、彼女の心中を汲んで、いま少しそっとしておいてあげた方がいいかと、思いますよ」
と、助言した。
こうして、十五年前の未必の故意による殺人事件は、野田開作という被疑者死亡のまま時効を目前にして、一応の決着を見ることとなったのである。
その後、時任は、五日間の入院を経て、再び横手山スカイパークスキー場のスキーパトロール隊へと復帰した。
高木主任以下、神崎、可児、その他のパトロール員たちも、皆、待ちに待っていた時任の復帰を、諸手を上げて歓迎した。もちろん、雄介も同様である。しかし、雄介には、不安もあった。時任が、雪崩事故以来、入院中も野田開作のことをほとんど話題に出さなかったのである。たとえ必然的に殺人に手を染めてしまったとはいえ、野田は、時任にとってはこれまで唯一無二の親友だった男である。その親友が、眼前で雪崩に押し流されてしまったのであるから、時任の恐怖や無念は如何ばかりであったろうかと、考えると、とても軽々しく彼の退院を喜べなかったのであった。
しかも、雄介には、もう一つどうしても解せないことがある。それは、何故、スノーファイトに負けた筈の時任が、黒鳥真琴の監禁場所を、勝った立場の野田から聞き出していたのかということである。
雪崩が二人を直撃する瞬間、彼らの間に何が起こったのか、雄介にはどうにも気になってならなかった。
だが、そんな雄介の気持ちを知ってか知らずか、野田が関与した事件については、一切触れることなく、時任は、高木主任への仕事復帰の挨拶をする。
「ご迷惑をおかけして、申し訳ありませんでした。休ませて頂いた分は、きっちり取り返しますので、何でも申し付けて下さい」
高木主任もまた、あえて、野田の一件には言及せずに、そんな時任の身体を気遣い、
「もう、ゲレンデへ出ても大丈夫なのかね?病院の担当医の先生から、きみの容態を聞いた時、胸を強く打っているので、肋骨にひびが入っていると教えられたんだが-----。まだ、痛むんじゃないのかね?無理はせずに、しばらくは、デスクワークをして様子を見たらどうかね?」
と、提案する。しかし、時任は、首を横に振り、
「お気遣いは、ありがたいのですが、おれは、もう大丈夫です。胸は、コルセットでがっちり固定してありますから、パトロールには何の支障もありません。それに-----」
と、言い掛けてから、背後に立つ雄介を振り返り、
「頼もしい、相棒もいることですから----」
そう、付け加えた。高木主任も、そんな時任の言葉に、ふっと苦笑を漏らすと、仕方がないなというように軽い諦めを表情に宿し、判った、好きにしたまえと、ゲレンデパトロールを許可してから、
「だが、無理だけはするなよ」
そう、優しく言い渡した。
「ありがとうございます!」
時任は、素直に礼を言い、もう一度雄介を振り向くと、少しやつれてはいるものの、その浅黒く雪焼けした顔に、いつもと変わらぬ爽(さわ)やかな白い歯を見せて、はにかむように微笑んだ。
<この小説はフィクションです。登場する人物名及び団体名は、すべて架空の物ですので、ご了承下さい>
~今日の雑感~
去る十四日、信濃グランセローズ野球教室が、中野市民体育館で行われたそうです。参加したのは市内の少年野球チーム所属の小学生選手百人。グランセローズからは、監督、コーチ、選手の三十一人が会場入りして、グランセローズの選手たちが実際に行っている練習前のウォーミングアップの方法や、バッティングフォーム、ピッチングフォームの基本などを、子供たちへの個別指導なども盛り込みながら、丁寧に指導したそうです。
また、会場では、野球教室の後、子供たちは、グランセローズの選手たちと一緒に、エアロビクスのトレーニングにも汗を流していたとのことです。(「北信ローカル」紙参考)
写真は、「北信ローカル」紙面です。
その黒鳥真琴の証言により、野田は、彼女を十五年前の殺人の時効が成立するまで、ホテルに監禁しておくつもりであったらしいと、いうことも判った。
それと同時に、熊の湯温泉スキー場の『魔の壁』を中心に、渓谷一帯に渡る、野田開作の捜索作業も、長野県警、志賀高原山岳遭難対策協議会、及びスキーパトロール員たちの手で懸命に行われたが、雪崩事故から二日後の午後、彼の遺体がようやく峡谷内の沢筋で発見された。
時任圭吾も、雪崩に巻き込まれたことによる外傷性ショックから、一時は意識不明となり容態が危ぶまれたが、長野県警の山岳遭難救助用ヘリコプターで搬送された先の別の総合病院で、翌日には意識も回復し、病室の彼に付き添っていた雄介を安堵させた。二人は、その後、これまでの一連の事件と事故に関する事情聴取をするために、病院を訪れた県警所轄署の警察官たちに事実の一部始終を証言して、調書の作成に協力した。
その際、時任が、黒鳥真琴に会って、自分の口から十五年前に起きたことの真実を伝えさせてもらいたいと、その警察官たちに頼んでみたところ、彼らは、
「------そのことなんですがね、時任さん、黒鳥真琴さんは、ご自分の中で、まだ今回の出来事についての気持ちの整理が付いていないので、あなたと会うのは、もうしばらく待ちたいと言われているんですよ。決心が付いたら、ご自分の方から、あなたに連絡したいと、おっしゃっていました。ですから、あなたも、彼女の心中を汲んで、いま少しそっとしておいてあげた方がいいかと、思いますよ」
と、助言した。
こうして、十五年前の未必の故意による殺人事件は、野田開作という被疑者死亡のまま時効を目前にして、一応の決着を見ることとなったのである。
その後、時任は、五日間の入院を経て、再び横手山スカイパークスキー場のスキーパトロール隊へと復帰した。
高木主任以下、神崎、可児、その他のパトロール員たちも、皆、待ちに待っていた時任の復帰を、諸手を上げて歓迎した。もちろん、雄介も同様である。しかし、雄介には、不安もあった。時任が、雪崩事故以来、入院中も野田開作のことをほとんど話題に出さなかったのである。たとえ必然的に殺人に手を染めてしまったとはいえ、野田は、時任にとってはこれまで唯一無二の親友だった男である。その親友が、眼前で雪崩に押し流されてしまったのであるから、時任の恐怖や無念は如何ばかりであったろうかと、考えると、とても軽々しく彼の退院を喜べなかったのであった。
しかも、雄介には、もう一つどうしても解せないことがある。それは、何故、スノーファイトに負けた筈の時任が、黒鳥真琴の監禁場所を、勝った立場の野田から聞き出していたのかということである。
雪崩が二人を直撃する瞬間、彼らの間に何が起こったのか、雄介にはどうにも気になってならなかった。
だが、そんな雄介の気持ちを知ってか知らずか、野田が関与した事件については、一切触れることなく、時任は、高木主任への仕事復帰の挨拶をする。
「ご迷惑をおかけして、申し訳ありませんでした。休ませて頂いた分は、きっちり取り返しますので、何でも申し付けて下さい」
高木主任もまた、あえて、野田の一件には言及せずに、そんな時任の身体を気遣い、
「もう、ゲレンデへ出ても大丈夫なのかね?病院の担当医の先生から、きみの容態を聞いた時、胸を強く打っているので、肋骨にひびが入っていると教えられたんだが-----。まだ、痛むんじゃないのかね?無理はせずに、しばらくは、デスクワークをして様子を見たらどうかね?」
と、提案する。しかし、時任は、首を横に振り、
「お気遣いは、ありがたいのですが、おれは、もう大丈夫です。胸は、コルセットでがっちり固定してありますから、パトロールには何の支障もありません。それに-----」
と、言い掛けてから、背後に立つ雄介を振り返り、

「頼もしい、相棒もいることですから----」
そう、付け加えた。高木主任も、そんな時任の言葉に、ふっと苦笑を漏らすと、仕方がないなというように軽い諦めを表情に宿し、判った、好きにしたまえと、ゲレンデパトロールを許可してから、
「だが、無理だけはするなよ」
そう、優しく言い渡した。
「ありがとうございます!」
時任は、素直に礼を言い、もう一度雄介を振り向くと、少しやつれてはいるものの、その浅黒く雪焼けした顔に、いつもと変わらぬ爽(さわ)やかな白い歯を見せて、はにかむように微笑んだ。
<この小説はフィクションです。登場する人物名及び団体名は、すべて架空の物ですので、ご了承下さい>
~今日の雑感~
去る十四日、信濃グランセローズ野球教室が、中野市民体育館で行われたそうです。参加したのは市内の少年野球チーム所属の小学生選手百人。グランセローズからは、監督、コーチ、選手の三十一人が会場入りして、グランセローズの選手たちが実際に行っている練習前のウォーミングアップの方法や、バッティングフォーム、ピッチングフォームの基本などを、子供たちへの個別指導なども盛り込みながら、丁寧に指導したそうです。
また、会場では、野球教室の後、子供たちは、グランセローズの選手たちと一緒に、エアロビクスのトレーニングにも汗を流していたとのことです。(「北信ローカル」紙参考)
~ 炎 の 氷 壁 ~ 31
2009年03月22日
スキーパトロール本部で電話の受話器を取ったのは高木主任であった。雄介は、今まさに目の前で起きた雪崩(なだれ)事故について懸命に説明をすると、すみやかな時任と野田の救助を要請する。その話し方が、あまりに性急であったため、高木主任は何度となく雄介に情報を確認し返しながらも、すぐに対応措置を講ずると、約束した。しかし、高木は、電話を切る際、雄介に、
「------くれぐれも、自分一人で雪崩が起きた斜面に入り、二人を捜索しようなどとは思うなよ!二次遭難の危険があるからな!」
と、強く言い含めた。だが、雄介は、それには答えなかった。このまま、ここで手を拱いていたのでは、自分が時任たちを見殺しにしたことになってしまう。そのような卑怯な真似は、男として、また、スキーパトロール員として絶対にしたくはないと、思っている。いや、それ以上に、時任圭吾を何としても助け出さねばならないという強い信念が、雄介の決意を堅固なものにしていた。
雄介は、携帯電話を切ると、高木主任の命令を無視して、表層雪崩が発生したばかりの『魔の壁』の急斜面へと、降りて行った。谷底から吹き上げる強風が時折ブリザードの如く雪煙を巻き上げ、容赦なく顔面を殴りつけて来る。寒風にさらされ噴き出す涙を必死で手で拭いつつ、いつまた崩れ始めるか判らない不安定な足元を気にしながらも、慎重に歩を進めて行く。一歩間違えれば、雄介自身が斜面を転がり落ち、命を失いかねないのである。焦る気持ちに、精一杯のブレーキをかけながら、雄介は、やっとの思いで、雪崩が覆い尽くしているランディングバーンの辺りへと辿り着いた。
しかし、そこは辺り一面真っ白な不毛の世界である。聞こえるのは、深い峡谷を吹き抜ける風の音ばかりで、他には何一つない。雄介は、時任の名を大声で呼びたい衝動にかられたが、それは出来なかった。自分の声が、再度の雪崩の引き金にならないとも限らないためである。呼び掛けすら出来ない苛立ちと、レースを止めることの出来なかった激しい後悔の念が、雄介の胸中を苦しく締め付ける。疲労と絶望感で、打ちひしがれた雄介は、とうとうその場へ崩れるように座り込んでしまった。
これでは、いったい何処を探せばいいのか・・・・。時任も、野田も、この巨大な雪の塊の下敷きになってしまっているのだろうか?それとも、怒涛のような雪流に押し流されて、谷底へと落下してしまったのか?------途方に暮れる雄介は、目の前が真っ暗になる悲壮感に、完全に打ちのめされていた。
すると、その時である。何処からともなく、人の呻き声のような音が、かすかに聞こえて来た。
「・・・・・・・・・・」
雄介は、自分の耳を疑いながらも、首を巡らして、周辺を見渡す。-------が、やはり、耳に入って来るのは、寒々と吹きつける風の音ばかりである。------やはり、空耳か・・・・。と、思い、悄然と落胆の色を面(おもて)に宿し、唇を噛んだ瞬間だった。
「雄介・・・・・・」
弱々しいが聞き覚えのある声が、はっきりと雄介の耳に届いた。それは、紛れもない時任圭吾の声であった。
「時任さん------!」
雄介は、必死でその声のする方へと歩き出すや、ほんのわずかに開いた雪の層の隙間に、雪まみれの上半身を持ち上げるようにして埋もれている時任の姿を発見した。雄介は、正に躍り上がらんばかりの興奮に逸る気持ちで、時任のそばへ駆け寄るや、傍らへと跪(ひざまず)くと、死に物狂いで両素手をスコップ代わりに使い、痺(しび)れるような冷たさも忘れて、雪の下に埋まり込んだその身体を渾身の力をこめて引きずり出した。
制帽は脱げ、髪にも真っ白な雪をかぶった時任の顔面は、真っ蒼に冷え切り、唇も紫色に凍り付いてはいたが、雄介の腕の中に横たわりながらも、何かを訴えようと懸命に口を開こうとする。雄介は、その声を聞くため、時任の口元へ自分の耳を近付けた。
「-------雄介、本部へ連絡しろ・・・・。黒鳥真琴のいる場所が判ったと・・・・」
「本当ですか!?でも、どうして-------?」
「雪崩がおれたちを襲う直前・・・・、野田が、教えてくれたんだ・・・・。彼女は、横手山ロッジの客室の何処かにいる。野田が彼女を拉致し、監禁していたんだ・・・・。だから、早く本部へ伝えるんだ・・・・」
時任は、苦しい息の中で、そこまでを何とか話すと、すうっと意識が遠退いて行くように、瞑目したまま静かになってしまった。
「時任さん!しっかりしてくれ!時任さん-------」
雄介は、驚き、焦燥にかられながらも、何とか気持ちを立て直すと、先ほどの携帯電話を取り出して、時任の指示に従いスキーパトロール本部へ連絡を入れた。そして、再び電話口へ出た高木主任に、
「-------黒鳥真琴さんの居場所が判明しました!横手山ロッジ内の客室の何処かに監禁されています。------それと、たった今、時任パトロール員を雪中より救出しました。こちらも、生存しています。早急に応援をよこして下さい!」
そう告げたのち、雄介は携帯電話を切ると、彼の腕の中で、意識を失ったままの時任の身体をしっかりと抱き締めた。
やがて、紺碧の上空には、長野県警の山岳遭難救助用のヘリコプターがプロペラ音を轟かせながら旋回し、横手山スカイパークスキー場・スキーパトロール本部からの雪崩事故発生の連絡を受けた救助隊も、麓の熊の湯温泉より『魔の壁』を目指して登攀(とうはん)を開始した。
<この小説はフィクションです。登場する人物名及び団体名は、すべて架空の物ですので、ご了承下さい>
~今日の雑感~
日本には、古代より独特の色彩感覚があったと言われます。例えば、赤の色一つとっても、よりピンク色に近い物を「紅梅」それから徐々に深紅に近付くにつれて、「紅」「赤」「蘇芳(すおう)」と変化して行きますし、若草色系統も、「もえぎ」「こけ色」「古代青」などというように、豊かな表現で分けられています。
今回の野球のWBCおける日本代表侍ジャパンのユニフォームに採用された色も、単なる濃紺と呼ぶのではなく、「褐色」と、書いて「かちいろ」というのが正式な色の呼称であるとのこと。「褐色(かっしょく)」とは、普通は、黒みのある茶色のことを指すのですが、こういう勝負事に使う時は、これを「かちいろ」と、呼んで、濃紺よりも濃いほとんど黒に近い物を指すのだそうです。そして、この「褐色」は、文字通り武士が戦場に赴く時に身にまとう色なのだそうで、正に、決死の覚悟を表現しているのだと言います。
そういえば、あの侍ジャパンのユニフォームを見て、「何処かで見たような気がする」と、思われた方も多いのではないでしょうか?実は、わたしも、あれを見た瞬間、濃紺と赤の色の配置に、「もしや・・・・」と、思い当たる物がありました。それは、日本各地にある消防団の制服である消防法被(はっぴ)の色の配置にそっくりなのです。デザイナーの人は、そこからヒントを得たのでしょうか?そんな訳で、彼ら選手を見ている時のわたしのイメージは、侍というよりも、選手たちが江戸は八百八町の「町火消し」の若い衆に見えて仕方がないのです。(^-^)
しかし、WBCといえば、日韓戦で韓国が勝利した時、必ずといって(前回もそうでしたが)韓国選手が球場のマウンドに韓国の国旗(太極旗)を突き立てるのですが、あれは頂けません。いくら嬉しいからといっても、あの態度はあまりに度を超したマナー違反です。岩村選手も怒りを露わにしていましたし、あれは、野球を愛する人々の感覚からすれば、球場に対する冒涜であり、道徳的にも決して容認できるものではありません。球場側も何故注意をしないのでしょうか?それとも、韓国選手が、その忠告にも耳を傾けないのでしょうか?今後は、何らかの処分なり、対策を講じて頂きたいものです。
ところで、昨日、中野市営野球場で行われた、信濃グランセローズ対全足利クラブによる練習試合は、一対五でグランセローズが敗れました。ほとんど通年のレギュラー陣を先発させた試合だったようですが、新入団選手が十人もいるのですから、思い切って彼らの実力を試してみるのも手ではなかったのかと、思いました。と、同時に今年のグランセローズには、「思い切り」が必要なのではないかと感じました。(しかし、何故、グランセローズが、毎度毎度波に乗り切れないのか、何となく思い当たる節はあるのですがね・・・・)(^_^;)
「------くれぐれも、自分一人で雪崩が起きた斜面に入り、二人を捜索しようなどとは思うなよ!二次遭難の危険があるからな!」
と、強く言い含めた。だが、雄介は、それには答えなかった。このまま、ここで手を拱いていたのでは、自分が時任たちを見殺しにしたことになってしまう。そのような卑怯な真似は、男として、また、スキーパトロール員として絶対にしたくはないと、思っている。いや、それ以上に、時任圭吾を何としても助け出さねばならないという強い信念が、雄介の決意を堅固なものにしていた。
雄介は、携帯電話を切ると、高木主任の命令を無視して、表層雪崩が発生したばかりの『魔の壁』の急斜面へと、降りて行った。谷底から吹き上げる強風が時折ブリザードの如く雪煙を巻き上げ、容赦なく顔面を殴りつけて来る。寒風にさらされ噴き出す涙を必死で手で拭いつつ、いつまた崩れ始めるか判らない不安定な足元を気にしながらも、慎重に歩を進めて行く。一歩間違えれば、雄介自身が斜面を転がり落ち、命を失いかねないのである。焦る気持ちに、精一杯のブレーキをかけながら、雄介は、やっとの思いで、雪崩が覆い尽くしているランディングバーンの辺りへと辿り着いた。
しかし、そこは辺り一面真っ白な不毛の世界である。聞こえるのは、深い峡谷を吹き抜ける風の音ばかりで、他には何一つない。雄介は、時任の名を大声で呼びたい衝動にかられたが、それは出来なかった。自分の声が、再度の雪崩の引き金にならないとも限らないためである。呼び掛けすら出来ない苛立ちと、レースを止めることの出来なかった激しい後悔の念が、雄介の胸中を苦しく締め付ける。疲労と絶望感で、打ちひしがれた雄介は、とうとうその場へ崩れるように座り込んでしまった。
これでは、いったい何処を探せばいいのか・・・・。時任も、野田も、この巨大な雪の塊の下敷きになってしまっているのだろうか?それとも、怒涛のような雪流に押し流されて、谷底へと落下してしまったのか?------途方に暮れる雄介は、目の前が真っ暗になる悲壮感に、完全に打ちのめされていた。
すると、その時である。何処からともなく、人の呻き声のような音が、かすかに聞こえて来た。

「・・・・・・・・・・」
雄介は、自分の耳を疑いながらも、首を巡らして、周辺を見渡す。-------が、やはり、耳に入って来るのは、寒々と吹きつける風の音ばかりである。------やはり、空耳か・・・・。と、思い、悄然と落胆の色を面(おもて)に宿し、唇を噛んだ瞬間だった。
「雄介・・・・・・」
弱々しいが聞き覚えのある声が、はっきりと雄介の耳に届いた。それは、紛れもない時任圭吾の声であった。
「時任さん------!」
雄介は、必死でその声のする方へと歩き出すや、ほんのわずかに開いた雪の層の隙間に、雪まみれの上半身を持ち上げるようにして埋もれている時任の姿を発見した。雄介は、正に躍り上がらんばかりの興奮に逸る気持ちで、時任のそばへ駆け寄るや、傍らへと跪(ひざまず)くと、死に物狂いで両素手をスコップ代わりに使い、痺(しび)れるような冷たさも忘れて、雪の下に埋まり込んだその身体を渾身の力をこめて引きずり出した。
制帽は脱げ、髪にも真っ白な雪をかぶった時任の顔面は、真っ蒼に冷え切り、唇も紫色に凍り付いてはいたが、雄介の腕の中に横たわりながらも、何かを訴えようと懸命に口を開こうとする。雄介は、その声を聞くため、時任の口元へ自分の耳を近付けた。
「-------雄介、本部へ連絡しろ・・・・。黒鳥真琴のいる場所が判ったと・・・・」
「本当ですか!?でも、どうして-------?」
「雪崩がおれたちを襲う直前・・・・、野田が、教えてくれたんだ・・・・。彼女は、横手山ロッジの客室の何処かにいる。野田が彼女を拉致し、監禁していたんだ・・・・。だから、早く本部へ伝えるんだ・・・・」
時任は、苦しい息の中で、そこまでを何とか話すと、すうっと意識が遠退いて行くように、瞑目したまま静かになってしまった。
「時任さん!しっかりしてくれ!時任さん-------」
雄介は、驚き、焦燥にかられながらも、何とか気持ちを立て直すと、先ほどの携帯電話を取り出して、時任の指示に従いスキーパトロール本部へ連絡を入れた。そして、再び電話口へ出た高木主任に、
「-------黒鳥真琴さんの居場所が判明しました!横手山ロッジ内の客室の何処かに監禁されています。------それと、たった今、時任パトロール員を雪中より救出しました。こちらも、生存しています。早急に応援をよこして下さい!」
そう告げたのち、雄介は携帯電話を切ると、彼の腕の中で、意識を失ったままの時任の身体をしっかりと抱き締めた。
やがて、紺碧の上空には、長野県警の山岳遭難救助用のヘリコプターがプロペラ音を轟かせながら旋回し、横手山スカイパークスキー場・スキーパトロール本部からの雪崩事故発生の連絡を受けた救助隊も、麓の熊の湯温泉より『魔の壁』を目指して登攀(とうはん)を開始した。
<この小説はフィクションです。登場する人物名及び団体名は、すべて架空の物ですので、ご了承下さい>
~今日の雑感~
日本には、古代より独特の色彩感覚があったと言われます。例えば、赤の色一つとっても、よりピンク色に近い物を「紅梅」それから徐々に深紅に近付くにつれて、「紅」「赤」「蘇芳(すおう)」と変化して行きますし、若草色系統も、「もえぎ」「こけ色」「古代青」などというように、豊かな表現で分けられています。
今回の野球のWBCおける日本代表侍ジャパンのユニフォームに採用された色も、単なる濃紺と呼ぶのではなく、「褐色」と、書いて「かちいろ」というのが正式な色の呼称であるとのこと。「褐色(かっしょく)」とは、普通は、黒みのある茶色のことを指すのですが、こういう勝負事に使う時は、これを「かちいろ」と、呼んで、濃紺よりも濃いほとんど黒に近い物を指すのだそうです。そして、この「褐色」は、文字通り武士が戦場に赴く時に身にまとう色なのだそうで、正に、決死の覚悟を表現しているのだと言います。
そういえば、あの侍ジャパンのユニフォームを見て、「何処かで見たような気がする」と、思われた方も多いのではないでしょうか?実は、わたしも、あれを見た瞬間、濃紺と赤の色の配置に、「もしや・・・・」と、思い当たる物がありました。それは、日本各地にある消防団の制服である消防法被(はっぴ)の色の配置にそっくりなのです。デザイナーの人は、そこからヒントを得たのでしょうか?そんな訳で、彼ら選手を見ている時のわたしのイメージは、侍というよりも、選手たちが江戸は八百八町の「町火消し」の若い衆に見えて仕方がないのです。(^-^)
しかし、WBCといえば、日韓戦で韓国が勝利した時、必ずといって(前回もそうでしたが)韓国選手が球場のマウンドに韓国の国旗(太極旗)を突き立てるのですが、あれは頂けません。いくら嬉しいからといっても、あの態度はあまりに度を超したマナー違反です。岩村選手も怒りを露わにしていましたし、あれは、野球を愛する人々の感覚からすれば、球場に対する冒涜であり、道徳的にも決して容認できるものではありません。球場側も何故注意をしないのでしょうか?それとも、韓国選手が、その忠告にも耳を傾けないのでしょうか?今後は、何らかの処分なり、対策を講じて頂きたいものです。
ところで、昨日、中野市営野球場で行われた、信濃グランセローズ対全足利クラブによる練習試合は、一対五でグランセローズが敗れました。ほとんど通年のレギュラー陣を先発させた試合だったようですが、新入団選手が十人もいるのですから、思い切って彼らの実力を試してみるのも手ではなかったのかと、思いました。と、同時に今年のグランセローズには、「思い切り」が必要なのではないかと感じました。(しかし、何故、グランセローズが、毎度毎度波に乗り切れないのか、何となく思い当たる節はあるのですがね・・・・)(^_^;)
~ 炎 の 氷 壁 ~ 30
2009年03月21日
すると、今度は野田が、その雄介の叫びを遮るように、なおも時任に決断を迫る。
「どうするんだ、時任?お前の可愛いパートナーの説得に従って、勝負を降りるのか?そうなれば、黒鳥真琴の居場所は、永遠に判らずじまいだぞ。もしも、このまま彼女が見付からないというようなことにでもなれば、お前は、彼女の実兄(あに)ばかりでなく、彼女自身をも見殺しにすることになるんだ。それでもいいのか?」
「野田、雄介に話を聞かれた以上、彼がお前のこれまでの告白の証人だ。おれが、ここで勝負を降りても、雄介の言うように、お前は、もうお仕舞いなんだぞ。潔く、黒鳥真琴の居場所を白状した方がいい」
時任は、雄介という援軍を得て、再度相手の説得を試みる。が、野田は、大きく首を横に振ると、
「おれを、甘く見るなよ、時任。もし、逮捕されることになっても、おれは決して彼女の居場所はしゃべらない。そんなことは一切知らないと、徹頭徹尾白を切り通すさ。--------それでもいいんだな?」
そこまで言われてしまっては、時任に、次の言葉は出なかった。ここに来て進退窮まった感の時任は、もはや、相手の条件を飲み、スノーファイトを履行するしか道がないことを悟ると、再度、承諾の意志を伝えた。
「そうだな。やはり、お前の言う通りにするしか道はなさそうだ・・・・・」
「それでこそ、王(キング)だよ」
野田は、心底嬉しそうな笑みを浮かべた。雄介は、焦った。このままでは、時任は、間違いなく野田の術中にはまり、命を落としかねない。こうなったら、もはや腕ずくででも、時任を止めねばならないと、深雪に足を取られながらも、そちらへ向かって駆け寄ろうとした。だが、その行動を制したのは、他ならぬ時任本人であった。
「来るな、雄介!おれは、今から、こいつと決着をつける。お前は、その証人だ。そこで、しっかり見ていろ!」
時任は、鋭く言い放つや、サングラスの奥から野田を見据え、スタートの合図を掛ける権利は、左脚にハンディのある野田に譲ると、告げる。野田もそれには流石に紳士的に礼を述べると、そのまま二人は、ゆっくりとスキーを滑らせて、峨々として聳え立ち、数多(あまた)のスノーファイターたちの挑戦を慄然たる冷酷さをもって見続けて来た、その『魔の壁』の先端へと進み出た。
風は、南風。真っ青な上空には、雲一つない。『魔の壁』の雪面は、太陽の反射光により、既にバリバリのレインバッグ状態である。滑走時にスキー板へかける両足の体重を微妙にコントロールしなければ、雪面を踏み抜き、その下を覆う柔らかな新雪層に身体を吸い込まれて失速するか、勢いあまってスキーごと全身を放り出されるか、いずれにしても、ただではすまない危険な挑戦に違いなかった。
野田は、ニット帽の額に上げていたスキーゴーグルを顔面に装着すると、やや離れた場所に並行して立つ時任に対して、声を掛ける。
「------行くぞ、時任」
「ああ、いつでも合図してくれ」
時任も呼応する。そして、そんな二人の間に、風花を運ぶ一陣の雪風が舞った瞬間、野田の鋭い一声が響いたかと思うと、彼らの身体は、躍り出すようにして、一気に峡谷へ向かって滑り出していた。
「時任さん-------!」
眼前から二人の男の姿が消えたことに絶叫にも近い叫びを発しながら、雄介は、彼らの姿を追って、断崖の上へと走り寄る。そこから、眼下に臨んだ光景は、時任と野田が相前後して壁を滑降する姿であった。雄介は、その後ろ姿に向かい、何事もなくレースが終わるようにと、思わず胸中に合掌して祈った。激しい雪煙を蹴りたてつつも、二人は絶妙な距離感を保ってゴールへと突っ走る。しかし、やんぬるかな、終着点であるランディングバーンへと先に辿り着いたのは、野田開作の方であった。
野田は、もうあとわずかで谷側への境界線というギリギリの所でスキーを急停止させると、ほんの数秒遅れてゴールした時任を振り返り、狂気にも似たの歓喜の声を発した。
「おれの勝ちだぞ、時任!おれの勝ちだ!この『魔の壁』で、初めて、お前に勝ったぞ」
「・・・・・・・・・」
時任は、激しい息遣いのままに、右手でサングラスを外すと、半ば絶望感の中でその勝利宣言を聞いていた。野田は、さらに多弁に続ける。
「おれが、どれだけこの時を待っていたか、お前に判るか!?人知れず、スキーの腕が鈍らぬように練習を重ねてきた努力が、ようやく報われたんだ。おれにだって、まだ、お前に負けない力がある。時任、おれは、まだ、お前と同等に、いや、それ以上に戦えるんだ。そうさ、おれは、お前のお荷物なんかじゃない。これからも、この手で、お前を守ってやれるということが証明されたんだからな。だから、もう諦めろ。黒鳥真琴のことも、何もかも忘れて、おれの所へ戻って来い。本間雄介が、今後何をしゃべろうが、おれとお前さえ白を切り通せば、これまで同様に警察を欺き続けることが出来るんだ。それが、もっとも、お互いのためなんだ。判るだろう?-------」
その言葉が終わるか終らぬ時であった、静かに、しかし、腹の底を揺さぶるような地鳴りにも似た不気味な音が、周囲にとどろき始めたかと思うと、その音は次第に大きくなり、時任と野田の二人が、おもむろに、今まさに滑り降りて来た頭上の雪壁を見上げた瞬間であった。雪壁の途中の雪面に巨大な亀裂がめりめりと横に走ると同時に、凄まじい轟音を立てて幅二十メートルにも渡る雪の塊が、一気に崩れ、二人のいるランディングバーンへ向かって物凄い速さで急斜面を雪崩れ落ちて来たのであった。
表層雪崩であった。
雄介の心配は的中した。杞憂に済んで欲しいという願いは、天に届かなかった。雪崩は、『魔の壁』の下方に行くにしたがってさらに激しさを増し、眼下の男たちの姿を、その巨大な白魔の牙にかけて、一息に飲み込んで行ってしまった。
「時任さん-------!!」
雄介は、あまりの驚愕に膝が崩折(くずお)れて、その場に座り込んでしまった。頭の中は、正にパニック状態で、何を考えたらいいのかすらも判然としない。知らず知らずのうちに、涙がボロボロと両眼から噴き出し、頬を流れ落ちる。
「------しっかりしろ!しっかりするんだ、雄介!落ち着いて考えろ!」
雄介は、そう自分自身に強く言い聞かせると、ここへ赴く際に、神崎パトロール員から渡された携帯電話があることを思い出した。スキーウェアのジャケットのポケットから震える手で携帯電話を取り出すと、はめていた両手の手袋を口にくわえて引き抜き、必死でコールボタンを押して、横手山スカイパークスキー場のスキーパトロール本部を呼び出した。
<この小説はフィクションです。登場する人物名及び団体名は、すべて架空の物ですので、ご了承下さい>
~今日の雑感~
昨日は、世界情勢の危機に関する話をしておきながら、今日は、「ぼたもち」と、「おはぎ」の話をします。この脈絡のなさが、如何にもわたし的思考なのですが、しばし、お付き合いください。
皆さんは、この二つの違い判りますか?餡子(あんこ)が粒餡なのが「ぼたもち」で、濾餡(こしあん)が「おはぎ」と、言う人もいれば、大きく作れば「ぼたもち」で、小さければ「おはぎ」と、言う人もいますよね。
でも、こういう説は、どれもいわゆる俗説で、実のところは、「ぼたもち」も「おはぎ」も作り方は同じ物で、呼び名の違いは食べる季節に関係しているのだそうです。要するに、「ぼたもち」は、春のお彼岸に食べるもので、「おはぎ」は、秋のお彼岸に食べるものなんだとか-----。名前の通り、「ぼたもち」は、牡丹の花にたとえ、「おはぎ」は、萩の花にたとえてもいるのだそうです。そして、「ぼたもち」は、春に山の神様をお迎えするために供えるものでもあり、「おはぎ」は、秋の収穫に感謝するために供えるものでもあるのだということです。
最近は、スーパーなどで販売される時には、一年を通じて「おはぎ」として売る出されていることが多くなっていますが、わたしとしては、やはり、そこは日本人の細やかな感性で、春は「ぼたもち」、秋は「おはぎ」と、パッケージのイラストもちゃんと変えて、売り出していただきたいと思いますね。だって、その方が、断然、季節感があって、食べる時の気持ちも違いますから。
因みに、「山の神」とは、別説で、奥様のことを指すのだとか。お嫁さんは、年を経るにつれて、「女房」になり、「化け」、「七化け」、「化けべそ」、そしてやがては、「山の神」に出世するのだそうです。さて、あなたは、今どの段階の奥さまでしょうか?
ところで、話は飛びますが、侍ジャパンの選手たちを見ていて思います。「何で、こんなに日本代表選手は、みんな揃いも揃ってイケメンなんだろう?」と------。これは決してわたしの欲目ではなく、ダルビッシュ、川崎、小笠原、涌井、中島、稲葉、青木、岩隈、馬原、イチロー、原監督に至るまで。やっぱり、人間何ごとも必死になると、男っぷりも上がるのでしょうか?(^-^)
「どうするんだ、時任?お前の可愛いパートナーの説得に従って、勝負を降りるのか?そうなれば、黒鳥真琴の居場所は、永遠に判らずじまいだぞ。もしも、このまま彼女が見付からないというようなことにでもなれば、お前は、彼女の実兄(あに)ばかりでなく、彼女自身をも見殺しにすることになるんだ。それでもいいのか?」
「野田、雄介に話を聞かれた以上、彼がお前のこれまでの告白の証人だ。おれが、ここで勝負を降りても、雄介の言うように、お前は、もうお仕舞いなんだぞ。潔く、黒鳥真琴の居場所を白状した方がいい」
時任は、雄介という援軍を得て、再度相手の説得を試みる。が、野田は、大きく首を横に振ると、
「おれを、甘く見るなよ、時任。もし、逮捕されることになっても、おれは決して彼女の居場所はしゃべらない。そんなことは一切知らないと、徹頭徹尾白を切り通すさ。--------それでもいいんだな?」
そこまで言われてしまっては、時任に、次の言葉は出なかった。ここに来て進退窮まった感の時任は、もはや、相手の条件を飲み、スノーファイトを履行するしか道がないことを悟ると、再度、承諾の意志を伝えた。
「そうだな。やはり、お前の言う通りにするしか道はなさそうだ・・・・・」
「それでこそ、王(キング)だよ」
野田は、心底嬉しそうな笑みを浮かべた。雄介は、焦った。このままでは、時任は、間違いなく野田の術中にはまり、命を落としかねない。こうなったら、もはや腕ずくででも、時任を止めねばならないと、深雪に足を取られながらも、そちらへ向かって駆け寄ろうとした。だが、その行動を制したのは、他ならぬ時任本人であった。
「来るな、雄介!おれは、今から、こいつと決着をつける。お前は、その証人だ。そこで、しっかり見ていろ!」
時任は、鋭く言い放つや、サングラスの奥から野田を見据え、スタートの合図を掛ける権利は、左脚にハンディのある野田に譲ると、告げる。野田もそれには流石に紳士的に礼を述べると、そのまま二人は、ゆっくりとスキーを滑らせて、峨々として聳え立ち、数多(あまた)のスノーファイターたちの挑戦を慄然たる冷酷さをもって見続けて来た、その『魔の壁』の先端へと進み出た。
風は、南風。真っ青な上空には、雲一つない。『魔の壁』の雪面は、太陽の反射光により、既にバリバリのレインバッグ状態である。滑走時にスキー板へかける両足の体重を微妙にコントロールしなければ、雪面を踏み抜き、その下を覆う柔らかな新雪層に身体を吸い込まれて失速するか、勢いあまってスキーごと全身を放り出されるか、いずれにしても、ただではすまない危険な挑戦に違いなかった。
野田は、ニット帽の額に上げていたスキーゴーグルを顔面に装着すると、やや離れた場所に並行して立つ時任に対して、声を掛ける。
「------行くぞ、時任」
「ああ、いつでも合図してくれ」
時任も呼応する。そして、そんな二人の間に、風花を運ぶ一陣の雪風が舞った瞬間、野田の鋭い一声が響いたかと思うと、彼らの身体は、躍り出すようにして、一気に峡谷へ向かって滑り出していた。
「時任さん-------!」
眼前から二人の男の姿が消えたことに絶叫にも近い叫びを発しながら、雄介は、彼らの姿を追って、断崖の上へと走り寄る。そこから、眼下に臨んだ光景は、時任と野田が相前後して壁を滑降する姿であった。雄介は、その後ろ姿に向かい、何事もなくレースが終わるようにと、思わず胸中に合掌して祈った。激しい雪煙を蹴りたてつつも、二人は絶妙な距離感を保ってゴールへと突っ走る。しかし、やんぬるかな、終着点であるランディングバーンへと先に辿り着いたのは、野田開作の方であった。
野田は、もうあとわずかで谷側への境界線というギリギリの所でスキーを急停止させると、ほんの数秒遅れてゴールした時任を振り返り、狂気にも似たの歓喜の声を発した。
「おれの勝ちだぞ、時任!おれの勝ちだ!この『魔の壁』で、初めて、お前に勝ったぞ」
「・・・・・・・・・」
時任は、激しい息遣いのままに、右手でサングラスを外すと、半ば絶望感の中でその勝利宣言を聞いていた。野田は、さらに多弁に続ける。
「おれが、どれだけこの時を待っていたか、お前に判るか!?人知れず、スキーの腕が鈍らぬように練習を重ねてきた努力が、ようやく報われたんだ。おれにだって、まだ、お前に負けない力がある。時任、おれは、まだ、お前と同等に、いや、それ以上に戦えるんだ。そうさ、おれは、お前のお荷物なんかじゃない。これからも、この手で、お前を守ってやれるということが証明されたんだからな。だから、もう諦めろ。黒鳥真琴のことも、何もかも忘れて、おれの所へ戻って来い。本間雄介が、今後何をしゃべろうが、おれとお前さえ白を切り通せば、これまで同様に警察を欺き続けることが出来るんだ。それが、もっとも、お互いのためなんだ。判るだろう?-------」
その言葉が終わるか終らぬ時であった、静かに、しかし、腹の底を揺さぶるような地鳴りにも似た不気味な音が、周囲にとどろき始めたかと思うと、その音は次第に大きくなり、時任と野田の二人が、おもむろに、今まさに滑り降りて来た頭上の雪壁を見上げた瞬間であった。雪壁の途中の雪面に巨大な亀裂がめりめりと横に走ると同時に、凄まじい轟音を立てて幅二十メートルにも渡る雪の塊が、一気に崩れ、二人のいるランディングバーンへ向かって物凄い速さで急斜面を雪崩れ落ちて来たのであった。
表層雪崩であった。
雄介の心配は的中した。杞憂に済んで欲しいという願いは、天に届かなかった。雪崩は、『魔の壁』の下方に行くにしたがってさらに激しさを増し、眼下の男たちの姿を、その巨大な白魔の牙にかけて、一息に飲み込んで行ってしまった。
「時任さん-------!!」
雄介は、あまりの驚愕に膝が崩折(くずお)れて、その場に座り込んでしまった。頭の中は、正にパニック状態で、何を考えたらいいのかすらも判然としない。知らず知らずのうちに、涙がボロボロと両眼から噴き出し、頬を流れ落ちる。
「------しっかりしろ!しっかりするんだ、雄介!落ち着いて考えろ!」
雄介は、そう自分自身に強く言い聞かせると、ここへ赴く際に、神崎パトロール員から渡された携帯電話があることを思い出した。スキーウェアのジャケットのポケットから震える手で携帯電話を取り出すと、はめていた両手の手袋を口にくわえて引き抜き、必死でコールボタンを押して、横手山スカイパークスキー場のスキーパトロール本部を呼び出した。
<この小説はフィクションです。登場する人物名及び団体名は、すべて架空の物ですので、ご了承下さい>
~今日の雑感~
昨日は、世界情勢の危機に関する話をしておきながら、今日は、「ぼたもち」と、「おはぎ」の話をします。この脈絡のなさが、如何にもわたし的思考なのですが、しばし、お付き合いください。
皆さんは、この二つの違い判りますか?餡子(あんこ)が粒餡なのが「ぼたもち」で、濾餡(こしあん)が「おはぎ」と、言う人もいれば、大きく作れば「ぼたもち」で、小さければ「おはぎ」と、言う人もいますよね。
でも、こういう説は、どれもいわゆる俗説で、実のところは、「ぼたもち」も「おはぎ」も作り方は同じ物で、呼び名の違いは食べる季節に関係しているのだそうです。要するに、「ぼたもち」は、春のお彼岸に食べるもので、「おはぎ」は、秋のお彼岸に食べるものなんだとか-----。名前の通り、「ぼたもち」は、牡丹の花にたとえ、「おはぎ」は、萩の花にたとえてもいるのだそうです。そして、「ぼたもち」は、春に山の神様をお迎えするために供えるものでもあり、「おはぎ」は、秋の収穫に感謝するために供えるものでもあるのだということです。
最近は、スーパーなどで販売される時には、一年を通じて「おはぎ」として売る出されていることが多くなっていますが、わたしとしては、やはり、そこは日本人の細やかな感性で、春は「ぼたもち」、秋は「おはぎ」と、パッケージのイラストもちゃんと変えて、売り出していただきたいと思いますね。だって、その方が、断然、季節感があって、食べる時の気持ちも違いますから。
因みに、「山の神」とは、別説で、奥様のことを指すのだとか。お嫁さんは、年を経るにつれて、「女房」になり、「化け」、「七化け」、「化けべそ」、そしてやがては、「山の神」に出世するのだそうです。さて、あなたは、今どの段階の奥さまでしょうか?

ところで、話は飛びますが、侍ジャパンの選手たちを見ていて思います。「何で、こんなに日本代表選手は、みんな揃いも揃ってイケメンなんだろう?」と------。これは決してわたしの欲目ではなく、ダルビッシュ、川崎、小笠原、涌井、中島、稲葉、青木、岩隈、馬原、イチロー、原監督に至るまで。やっぱり、人間何ごとも必死になると、男っぷりも上がるのでしょうか?(^-^)
~ 炎 の 氷 壁 ~ 29
2009年03月20日
そして、さも不愉快だと言わんばかりに、薄い唇を歪めると、
「あの厄介女、もうちょっと大人しくしていてくれれば、よかったんだ。あと、少し黙っていてくれれば、万事は丸く収まったのに・・・・」
野田は、如何にも悔しそうな面持ちで言う。それを聞いた時任は、すかさず付言した。
「時効ということか------?」
「そうだよ。時効だよ。それも、確かに問題だった。十五年前は、まだ、刑事訴訟法の改正以前だから、その時起きた殺人の時効は十五年だ。あと二ケ月、たった二ケ月待てば、その時効がやって来たんだ。それなのに、あの黒鳥真琴は、わざとこの時期を見計らって、お前にプレッシャーを掛けるために姿を現したんだ。黙って、実兄(あに)の死を受け入れていれば無難に済んだ物を・・・・。身の程も弁えず、おれたちの周辺を嗅ぎまわったりして、余計な穿鑿(せんさく)をするから、あんなことになるんだ・・・・。黒鳥和也の死の真相について教えてやると、彼女の宿泊先のホテルへ匿名の電話を掛けたら、疑いもせずにのこのこやって来た。馬鹿な女だよ・・・・」
「------あんなことになるとは、どういうことなんだ!?野田、お前、黒鳥真琴にまで、手荒なことをしたのか・・・・?」
時任の顔色が、激しい動揺を見せて真っ赤に上気する。恐怖感にも近い驚きで、声が上擦っている。
「・・・・・・・!?」
木の幹の陰から、時任と野田のやり取りを聞いていた雄介も、野田の口から不意打ちの如く飛び出した言葉に、突発的に声を上げそうな衝動にかられて、慌てて自らの口をスキー手袋をはめている手で押さえた。雄介は、身体中の毛穴が開き、一気に冷や汗が噴き出すような、あまりにおぞましい感覚に襲われ、悪寒に震えた。
まさか、野田開作は、あの黒鳥真琴までも手に掛けたのではないだろうか?一昨日、熊の湯温泉スキー場のレストハウスに黒鳥真琴が現れなかったのは、既に、その時には彼女の身柄は、野田の手のうちにあったためだったに違いない。------そんな雄介の想像が、確信に変わるのに、さほど時間はいらなかった。
時任は、なおも野田を追及する。
「黒鳥真琴が何処にいるのか、お前は知っているんだろう?」
「ああ、知っている。もちろんな。------しかし、たとえ時効が迫っているとしても、あの女が今更騒ぎ立てたところで、おれの完全犯罪が完璧に立証で来るものではなかっただろうが、それにしても、目障りなことには変わりない。まあ、いずれにしても、あの女の存在が、お前にとって煩わしいものである以上、排除するのが妥当な選択だと思ったんだよ。------だから、そんなに怒るなよ。すべては、お前のためなんだぞ、時任。むしろ、礼を言ってくれるのが普通だろう?」
野田は、自分の犯罪は、あくまでも時任のために行ったものだと言い募る。時任は、ついに怒りの堰を切って叫んだ。
「野田、貴様の言い訳を聞くのはもうたくさんだ!黒鳥真琴を何処へやった!?答えろ!」
「そんなに興奮するなよ、時任。せっかくの美男が台無しじゃァないか。おれは、何があっても常に冷静なお前が好きなのになァ------」
野田は、はぐらかすような冷笑を浮かべたのちに、
「だから、ここで決着をつけようと言っているんだよ。もしも、このスノーファイトでお前が勝ったら、おれは、黒鳥真琴の居場所を教えて、地元警察の所轄署へ自首をする。お前が負けたら、今の話も彼女のこともすべて忘れて、また、元通りにお前はおれの所へ戻って来る。これが条件だ。後にも先にも、この一発勝負だ。おれには、こんな脚のハンディがあるし、決して、お前にとって悪くない条件だと思うがな」
と、時任に挑戦状を投げた。そして、そう時間を掛けて考えている暇はないぞ。黒鳥真琴のことが本当に心配なら、早く決断した方がいいとも、判断を急かせる。
「-------お前のその言葉、本当に信じていいんだな、野田?」
時任が、言質(げんち)を取るように念を押すと、野田も、もちろん約束すると、真顔で深く頷く。
「判った-------。その条件、飲もう。勝負してやる」
そう時任が返事をした次の刹那、もう、いてもたってもいられなくなっていた雄介が、身を潜めていた木の陰からしゃにむに飛び出すと、大声で時任を止めた。
「そんな約束しちゃダメだ、時任さん!野田が約束を守るという保証はない!彼の本心は、あんたと心中することにあるんだ。今ここで、スノーファイトをするのは、正に自殺行為なんですよ!」
「雄介・・・・・・?」
時任は、突然現れた雄介に、唖然と目を向ける。野田も、想定外の人間の出現に流石に戸惑いを隠さなかった。
「時任、お前、独りで来たんじゃなかったのか?」
野田の目には、明らかに激しい嫉妬と、時任に対する懐疑心が満ちていた。だが、それを打ち消したのは、雄介だった。
「時任さんは、関係ない!ここへ来たのは、おれ一人の判断だ。今の話は、おれも聞かせてもらった。野田さん、あんたは、もうこれ以上逃げられやしないんだ。黒鳥真琴を何処に隠しているのか、白状しろ!」
雄介は、止む無くレースを承諾させられた時任を、何とか翻意させようと、形振り構わずに必死で叫んでいた。
<この小説はフィクションです。登場する人物名及び団体名は、すべて架空の物ですので、ご了承下さい>
~今日の雑感~
四月四日から八日の間に、北朝鮮が人工衛星を打ち上げる可能性が高いという情報が、世界中を駆け巡っている。本当に人工衛星なのか?それとも、テポドンと呼ばれる長距離弾道ミサイルなのか?アメリカ国防省も我が国の防衛庁も、今のところ詳細は不明とのこと。ただ、射程を決める際の発射台の角度で、その何れかがほとんど把握できるとの話ではあるが、それが判ったところで、発射を止められる訳ではないだろう。相手が、人工衛星の打ち上げであると通告している以上、日本側にどのような抑止手段があるのか、何とも心もとない限りである。それが、人工衛星にせよミサイルにせよ、日本海に展開している海自のイージス艦に迎撃を命令するという政府筋の話もあるらしいが、もしも、迎撃を試みたとしても、確実に打ち落とせる確率は極めて低いのが現状だとの専門家の意見もある。百歩譲って日本海上での迎撃に成功したとして、その撃墜片は何処に落下するのであろうか?よしんば、弾道ミサイルでなかったとしても、大気圏外へ出る前に軌道が変わり、国内へ落下などという事態も皆無とは言い切れないのだ。しかも、ここに来て、何故か北朝鮮からの韓国人の強制退去が始まっているとも、ニュースは報道している。いったい、今後何が起こるのか、世界はただ手を拱(こまね)いて注視し続けるしか術がないのだろうか?
下世話な話、その時、わたしたち一般庶民は、何処で何をしていればいいのか?少なくとも、その人工衛星なる物の軌道については、(落下するにしても、着弾するにしても、目標地点までの到達時間は、たった数十分のことではあるだろうが)テレビやインターネットで逐一情報を教えて欲しいものである。いずれにしても、わたしのこんなSFめいた懸念が、単なる杞憂で終わることを祈りたいものである。
今日は、何か真面目に、国際情勢を語ってしまったなァ・・・・・。(^-^)
「あの厄介女、もうちょっと大人しくしていてくれれば、よかったんだ。あと、少し黙っていてくれれば、万事は丸く収まったのに・・・・」
野田は、如何にも悔しそうな面持ちで言う。それを聞いた時任は、すかさず付言した。
「時効ということか------?」
「そうだよ。時効だよ。それも、確かに問題だった。十五年前は、まだ、刑事訴訟法の改正以前だから、その時起きた殺人の時効は十五年だ。あと二ケ月、たった二ケ月待てば、その時効がやって来たんだ。それなのに、あの黒鳥真琴は、わざとこの時期を見計らって、お前にプレッシャーを掛けるために姿を現したんだ。黙って、実兄(あに)の死を受け入れていれば無難に済んだ物を・・・・。身の程も弁えず、おれたちの周辺を嗅ぎまわったりして、余計な穿鑿(せんさく)をするから、あんなことになるんだ・・・・。黒鳥和也の死の真相について教えてやると、彼女の宿泊先のホテルへ匿名の電話を掛けたら、疑いもせずにのこのこやって来た。馬鹿な女だよ・・・・」
「------あんなことになるとは、どういうことなんだ!?野田、お前、黒鳥真琴にまで、手荒なことをしたのか・・・・?」
時任の顔色が、激しい動揺を見せて真っ赤に上気する。恐怖感にも近い驚きで、声が上擦っている。
「・・・・・・・!?」
木の幹の陰から、時任と野田のやり取りを聞いていた雄介も、野田の口から不意打ちの如く飛び出した言葉に、突発的に声を上げそうな衝動にかられて、慌てて自らの口をスキー手袋をはめている手で押さえた。雄介は、身体中の毛穴が開き、一気に冷や汗が噴き出すような、あまりにおぞましい感覚に襲われ、悪寒に震えた。
まさか、野田開作は、あの黒鳥真琴までも手に掛けたのではないだろうか?一昨日、熊の湯温泉スキー場のレストハウスに黒鳥真琴が現れなかったのは、既に、その時には彼女の身柄は、野田の手のうちにあったためだったに違いない。------そんな雄介の想像が、確信に変わるのに、さほど時間はいらなかった。
時任は、なおも野田を追及する。
「黒鳥真琴が何処にいるのか、お前は知っているんだろう?」
「ああ、知っている。もちろんな。------しかし、たとえ時効が迫っているとしても、あの女が今更騒ぎ立てたところで、おれの完全犯罪が完璧に立証で来るものではなかっただろうが、それにしても、目障りなことには変わりない。まあ、いずれにしても、あの女の存在が、お前にとって煩わしいものである以上、排除するのが妥当な選択だと思ったんだよ。------だから、そんなに怒るなよ。すべては、お前のためなんだぞ、時任。むしろ、礼を言ってくれるのが普通だろう?」
野田は、自分の犯罪は、あくまでも時任のために行ったものだと言い募る。時任は、ついに怒りの堰を切って叫んだ。
「野田、貴様の言い訳を聞くのはもうたくさんだ!黒鳥真琴を何処へやった!?答えろ!」
「そんなに興奮するなよ、時任。せっかくの美男が台無しじゃァないか。おれは、何があっても常に冷静なお前が好きなのになァ------」
野田は、はぐらかすような冷笑を浮かべたのちに、
「だから、ここで決着をつけようと言っているんだよ。もしも、このスノーファイトでお前が勝ったら、おれは、黒鳥真琴の居場所を教えて、地元警察の所轄署へ自首をする。お前が負けたら、今の話も彼女のこともすべて忘れて、また、元通りにお前はおれの所へ戻って来る。これが条件だ。後にも先にも、この一発勝負だ。おれには、こんな脚のハンディがあるし、決して、お前にとって悪くない条件だと思うがな」
と、時任に挑戦状を投げた。そして、そう時間を掛けて考えている暇はないぞ。黒鳥真琴のことが本当に心配なら、早く決断した方がいいとも、判断を急かせる。
「-------お前のその言葉、本当に信じていいんだな、野田?」
時任が、言質(げんち)を取るように念を押すと、野田も、もちろん約束すると、真顔で深く頷く。
「判った-------。その条件、飲もう。勝負してやる」
そう時任が返事をした次の刹那、もう、いてもたってもいられなくなっていた雄介が、身を潜めていた木の陰からしゃにむに飛び出すと、大声で時任を止めた。
「そんな約束しちゃダメだ、時任さん!野田が約束を守るという保証はない!彼の本心は、あんたと心中することにあるんだ。今ここで、スノーファイトをするのは、正に自殺行為なんですよ!」
「雄介・・・・・・?」
時任は、突然現れた雄介に、唖然と目を向ける。野田も、想定外の人間の出現に流石に戸惑いを隠さなかった。
「時任、お前、独りで来たんじゃなかったのか?」
野田の目には、明らかに激しい嫉妬と、時任に対する懐疑心が満ちていた。だが、それを打ち消したのは、雄介だった。
「時任さんは、関係ない!ここへ来たのは、おれ一人の判断だ。今の話は、おれも聞かせてもらった。野田さん、あんたは、もうこれ以上逃げられやしないんだ。黒鳥真琴を何処に隠しているのか、白状しろ!」
雄介は、止む無くレースを承諾させられた時任を、何とか翻意させようと、形振り構わずに必死で叫んでいた。
<この小説はフィクションです。登場する人物名及び団体名は、すべて架空の物ですので、ご了承下さい>
~今日の雑感~
四月四日から八日の間に、北朝鮮が人工衛星を打ち上げる可能性が高いという情報が、世界中を駆け巡っている。本当に人工衛星なのか?それとも、テポドンと呼ばれる長距離弾道ミサイルなのか?アメリカ国防省も我が国の防衛庁も、今のところ詳細は不明とのこと。ただ、射程を決める際の発射台の角度で、その何れかがほとんど把握できるとの話ではあるが、それが判ったところで、発射を止められる訳ではないだろう。相手が、人工衛星の打ち上げであると通告している以上、日本側にどのような抑止手段があるのか、何とも心もとない限りである。それが、人工衛星にせよミサイルにせよ、日本海に展開している海自のイージス艦に迎撃を命令するという政府筋の話もあるらしいが、もしも、迎撃を試みたとしても、確実に打ち落とせる確率は極めて低いのが現状だとの専門家の意見もある。百歩譲って日本海上での迎撃に成功したとして、その撃墜片は何処に落下するのであろうか?よしんば、弾道ミサイルでなかったとしても、大気圏外へ出る前に軌道が変わり、国内へ落下などという事態も皆無とは言い切れないのだ。しかも、ここに来て、何故か北朝鮮からの韓国人の強制退去が始まっているとも、ニュースは報道している。いったい、今後何が起こるのか、世界はただ手を拱(こまね)いて注視し続けるしか術がないのだろうか?
下世話な話、その時、わたしたち一般庶民は、何処で何をしていればいいのか?少なくとも、その人工衛星なる物の軌道については、(落下するにしても、着弾するにしても、目標地点までの到達時間は、たった数十分のことではあるだろうが)テレビやインターネットで逐一情報を教えて欲しいものである。いずれにしても、わたしのこんなSFめいた懸念が、単なる杞憂で終わることを祈りたいものである。
今日は、何か真面目に、国際情勢を語ってしまったなァ・・・・・。(^-^)
~ 炎 の 氷 壁 ~ 28
2009年03月19日
雄介は、走った。彼には、時任と野田の二人が何処で対面する手筈になっているのかも、はっきりと想像出来ていた。
横手山スカイパークスキー場を出たところにあるタクシー会社の事務所まで行くと、熊の湯温泉スキー場へ急いで欲しいと運転手に告げて、タクシーに乗り込んだ。熊の湯温泉スキー場までは、自動車(くるま)を走らせれば、たった十分弱の距離であるが、その十分でさえもが雄介にはもどかしく、はやる気持ちを持て余しながら、タクシーの後部座席で、ただひたすらに時任の無事を案じるしかなかった。
やがて、熊の湯温泉スキー場の玄関口ともいえる老舗ホテルの前でタクシーを止めた雄介は、乗車賃を支払うと、降車する間際に、運転手に向かい、同スキー場の通称『魔の壁』へ行く最短ルートを訊ねる。すると、運転手は、何とも訝しそうな顔つきになり、本当にそんな所へ行くつもりなのかと、不安がると同時に、
「お客さん、もし行ったとしても、決してその壁でスキーをしようなんて思っちゃァいけませんよ」
と、忠告する。それに対して、雄介が、あそこのコースが現在は滑走禁止になっていることは承知していますと、答えると、運転手は、それだけの理由で忠告する訳ではないと言う。
「特に、今日のように晴れて気温が上がって来ている時は、たとえ一月といえども要警戒なんですよ。あそこの壁は、雪崩(なだれ)の常習地帯でもあるんですからね。表層雪崩が起きる確率がきわめて高いんですよ。だから、単なる物見高さだけで行くのならば、やめておいた方がいい。危険ですからね。気を付けて下さいよ」
それでも、行き方を知りたがる雄介に根負けしたように、タクシー運転手は、ゲレンデ回り以外の『魔の壁』への近道を教えると、まだ不安を表情に残しながら、雄介をその場に降車(おろ)し、そのままタクシーをUターンさせ元来た道を走り去って行った。
「------表層雪崩か」
雄介は、一言口の中で呟いてはみたが、そんなことが起きる確率が高いというのならば、なおのこと、時任のことが心配になった。確かに、志賀高原(やま)の気温は、午前中よりもさらに高くなって来ている。数日前には、たっぷりと新雪も積もっているのだ。タクシー運転手の警告は、あながち単なる脅制とも思えない。
しかし、今の雄介の胸中には、それにより『魔の壁』行きを躊躇しようなどという思いは、これっぽっちもなかった。
雄介は、タクシー運転手に教えられた通りの道順で、単身黙々と、山肌を覆う雪面を踏み漕ぎつつ、その場所を目指した。
そして、やっとの思いで、『魔の壁』を真下に臨む雪原までたどり着いた彼の眼前には、果たして、時任圭吾と野田開作、二人の男の姿が忽然として現れたのだった。
「時任さ------」
未だ無事な様子でそこに佇む時任の姿に、一瞬の安堵感を懐いた雄介は、思わず声を掛けようとしたものの、雪原に吹く風の音に混じって聞こえて来た野田の次の言葉に、いきなり声を失った。雄介は、咄嗟に機転を利かせ、すぐ近くに立つ木の陰に慌てて身を潜ませる。自分がここへ来ていることが野田に知れては、彼の真実の告白を聞くことが出来なくなるかもしれないと踏んだからである。
それほどに、野田の言葉は、雄介にとって衝撃的なものであった。そして、間違いなく、時任にとってもである。
野田は、時任に向かって吐き捨てるように言った。
「時任、ここではっきりと、お前に伝えておく!十五年前の黒鳥和也の死は、単純なスキー事故なんかじゃない。あいつは、おれが殺したんだ。警察だって、そのことは見抜けなかった。正しく、完全犯罪だったのさ-----」
「・・・・・・・・!?」
瞬間、時任は、絶句し、その顔は、あまりの激しいショックに彫像の如く生気を失って凍りついた。だが、しばし間をおいてから、低く絞り出す声音で、野田に反論した。
「嘘だ・・・・。そんなことは、お前の作り話だ・・・・。そんなことをして、何の意味があるというんだ?」
「意味------?決まっているじゃないか。時任、お前を助けるためだよ。あの三月の時期に、『魔の壁』でスノーファイトをするということが、どれほど危険なことか、地元の者なら知らないものはいない。もし、勝負の最中に表層雪崩が発生するなど、お前の身に万が一のことがあったらと、おれは、そればかりを懸念していた。だから、簡単に勝負の決着をつけるためには、少々の小細工ぐらいは、当然の策だったのさ。そこで、お前たちのスノーファイトが行われる前日の夜に、黒鳥和也が泊まっているホテルを突き止めて、そこのスキー保管室に入ってあいつのスキー板を見付け出し、片一方のスキーのバインディングの留め金具に細工をしたんだ。滑走時に一定以上の強い衝撃が加わると、バインディングが破損するようにな-----。結果、ああいうことになってしまったが、我ながら、大成功だったと思ったよ」
「大成功!?------何が、大成功だ!お前のその細工のせいで、黒鳥和也は、崖から転落して死んだんだぞ!人間の命をなんだと思っているんだ!?」
時任の両肩が、怒りと衝撃で震えているのが、雄介の所からもはっきりと判った。雄介自身も、思いもかけない驚愕で、ややもすれば膝がくず折れてへたり込みそうになる身体を、必死で持ちこたえていた。
野田は、時任のそんな反応に対しても、ふてぶてしいほどの平静な態度で、
「だから、あれは、おれが行(や)った殺人だと言っているだろう?でも、おれだって、本当にあいつが死ぬなんて確信は、最初からあった訳じゃない。レースの途中で相手のスキーが流れて、お前が勝ちさえすれば、それだけでよかったんだよ。要するに、あれは、未必の故意とはいえ、いわゆる不可抗力だったんだ。お前を、守るためには、止むを得ない手段だったのさ」
そう、薄ら笑いを浮かべながら語ると、こう付け加えた。
「これで判っただろう?お前が、決しておれから逃げられないということが------。もし、あの時の真相をお前が警察に話すというのならば、おれは、あくまでもお前に頼まれて細工を施したと証言するよ。だって、その方が話にも真実味があるからな。警察だって、おれたちが共犯だという方が信じやすいと思うぜ」
「野田、貴様は、本当に悪魔に魂を売ってしまったんだな・・・・・」
時任は、正に、獣(けだもの)を見るような憤怒と軽蔑が入り混じった絶望的視線で、サングラスの奥から野田を睨み据えた。
「時任、お前がどんな風におれを見ているのか、ちゃんと判っているぞ。だから、頼む。そんな目でおれを見るな。すべては、お前のためにやったことだ。判るだろう?」
野田の言葉は、鋭い刃となって、時任の苦悶の心中を容赦なく抉(えぐ)り続ける。そして、更に、こんなことまでも言い出した。
「すべては、あの女が現れたことから始まったんだ。あの女さえ現れなければ、おれたちは、こんなことにはならなかった・・・・。あの女の出現が、おれとお前の何もかもを狂わせてしまったんだ・・・・。本当の悪魔は、あの黒鳥真琴なんだよ!」
野田は、如何にも憎々しげに、その名前を吐き捨てたのであった。
<この小説はフィクションです。登場する人物名及び団体名は、すべて架空の物ですので、ご了承下さい>
~今日の雑記~
電車やバスなどの公共の乗り物に乗っていると、たびたび迷惑行為やマナー違反をする人を見かけますが、わたしにもかつて、こんな経験がありました。これは、もう十年ぐらい前の話ですが、わたしが電車に乗っていた時のことです。向かい合わせの席に、一人の中年男性が座って来ました。少し、お酒が入っているようで、赤ら顔のその男性は、しばらくすると何故か、わたしのことをじろじろ観察し始めたのです。季節は、真冬でしたので、わたしは、ロングのオーバーを着ていました。
すると、いきなりその男性は、何を思ったのか、わたしに対して突然耳を疑うような暴言を吐いて来たのです。
「お前、お前だよ。なに、お高くとまった顔しているんだ?いい物着やがって」
「・・・・・・・・・?」
わたしは、この人、急に何を言い出すのだろうと、不愉快に思いながらも、無視を決め込みました。どうせ、お酒が入っているのだろうから、反論したところで始まらないとも、思ったのです。しかし、その男性は、その態度が面白くなかったのか、
「おれ、お前みたいな奴、大っ嫌いなんだよ!格好つけやがって!」
(別に格好なんか付けていませんけど------
)
「黙ってねェで、何とか言えよ!」
(あんたと話すことなんか、ありませんから!
)
「お前、おれを馬鹿にしてんだろう?」
(うるさいな!それ以上言ったら、こっちにも考えが-------!
)
と、ごついシルバーの指輪をしていた右の拳をぐっと握りしめた時、こちらのシートの異変に気付いた別の乗客の方が男性車掌さんを呼んで来て下さって、
「お客さん、いい加減にしなさい!こっちへ来て!」
と、その車掌さんは、酔っぱらい男性をひっ立てるように連れて、別の車両へと行ってしまいました。正直、ほっとしましたが、ああいう時というのは、変にこちらも意固地になりまして、席を立った方が負けだというような気持ちにもなる物なんですね。後で考えれば、あんな暴言に付き合わず、さっさと別のシートに移ればよかったのだと・・・・。でも、あの剣幕だと、そこまで追い掛けて来る可能性も無きにしも非ずで・・・・。
ブツブツ文句を言いながら引っ立てられて行く男性の後ろ姿を睨みながら、
(------貴様、命拾いしたな)
と、独り、不敵に呟いた、ちよみさんでした・・・・。(ー‿ー゛)
横手山スカイパークスキー場を出たところにあるタクシー会社の事務所まで行くと、熊の湯温泉スキー場へ急いで欲しいと運転手に告げて、タクシーに乗り込んだ。熊の湯温泉スキー場までは、自動車(くるま)を走らせれば、たった十分弱の距離であるが、その十分でさえもが雄介にはもどかしく、はやる気持ちを持て余しながら、タクシーの後部座席で、ただひたすらに時任の無事を案じるしかなかった。
やがて、熊の湯温泉スキー場の玄関口ともいえる老舗ホテルの前でタクシーを止めた雄介は、乗車賃を支払うと、降車する間際に、運転手に向かい、同スキー場の通称『魔の壁』へ行く最短ルートを訊ねる。すると、運転手は、何とも訝しそうな顔つきになり、本当にそんな所へ行くつもりなのかと、不安がると同時に、
「お客さん、もし行ったとしても、決してその壁でスキーをしようなんて思っちゃァいけませんよ」
と、忠告する。それに対して、雄介が、あそこのコースが現在は滑走禁止になっていることは承知していますと、答えると、運転手は、それだけの理由で忠告する訳ではないと言う。
「特に、今日のように晴れて気温が上がって来ている時は、たとえ一月といえども要警戒なんですよ。あそこの壁は、雪崩(なだれ)の常習地帯でもあるんですからね。表層雪崩が起きる確率がきわめて高いんですよ。だから、単なる物見高さだけで行くのならば、やめておいた方がいい。危険ですからね。気を付けて下さいよ」
それでも、行き方を知りたがる雄介に根負けしたように、タクシー運転手は、ゲレンデ回り以外の『魔の壁』への近道を教えると、まだ不安を表情に残しながら、雄介をその場に降車(おろ)し、そのままタクシーをUターンさせ元来た道を走り去って行った。
「------表層雪崩か」
雄介は、一言口の中で呟いてはみたが、そんなことが起きる確率が高いというのならば、なおのこと、時任のことが心配になった。確かに、志賀高原(やま)の気温は、午前中よりもさらに高くなって来ている。数日前には、たっぷりと新雪も積もっているのだ。タクシー運転手の警告は、あながち単なる脅制とも思えない。
しかし、今の雄介の胸中には、それにより『魔の壁』行きを躊躇しようなどという思いは、これっぽっちもなかった。
雄介は、タクシー運転手に教えられた通りの道順で、単身黙々と、山肌を覆う雪面を踏み漕ぎつつ、その場所を目指した。
そして、やっとの思いで、『魔の壁』を真下に臨む雪原までたどり着いた彼の眼前には、果たして、時任圭吾と野田開作、二人の男の姿が忽然として現れたのだった。

「時任さ------」
未だ無事な様子でそこに佇む時任の姿に、一瞬の安堵感を懐いた雄介は、思わず声を掛けようとしたものの、雪原に吹く風の音に混じって聞こえて来た野田の次の言葉に、いきなり声を失った。雄介は、咄嗟に機転を利かせ、すぐ近くに立つ木の陰に慌てて身を潜ませる。自分がここへ来ていることが野田に知れては、彼の真実の告白を聞くことが出来なくなるかもしれないと踏んだからである。
それほどに、野田の言葉は、雄介にとって衝撃的なものであった。そして、間違いなく、時任にとってもである。
野田は、時任に向かって吐き捨てるように言った。
「時任、ここではっきりと、お前に伝えておく!十五年前の黒鳥和也の死は、単純なスキー事故なんかじゃない。あいつは、おれが殺したんだ。警察だって、そのことは見抜けなかった。正しく、完全犯罪だったのさ-----」
「・・・・・・・・!?」
瞬間、時任は、絶句し、その顔は、あまりの激しいショックに彫像の如く生気を失って凍りついた。だが、しばし間をおいてから、低く絞り出す声音で、野田に反論した。
「嘘だ・・・・。そんなことは、お前の作り話だ・・・・。そんなことをして、何の意味があるというんだ?」
「意味------?決まっているじゃないか。時任、お前を助けるためだよ。あの三月の時期に、『魔の壁』でスノーファイトをするということが、どれほど危険なことか、地元の者なら知らないものはいない。もし、勝負の最中に表層雪崩が発生するなど、お前の身に万が一のことがあったらと、おれは、そればかりを懸念していた。だから、簡単に勝負の決着をつけるためには、少々の小細工ぐらいは、当然の策だったのさ。そこで、お前たちのスノーファイトが行われる前日の夜に、黒鳥和也が泊まっているホテルを突き止めて、そこのスキー保管室に入ってあいつのスキー板を見付け出し、片一方のスキーのバインディングの留め金具に細工をしたんだ。滑走時に一定以上の強い衝撃が加わると、バインディングが破損するようにな-----。結果、ああいうことになってしまったが、我ながら、大成功だったと思ったよ」
「大成功!?------何が、大成功だ!お前のその細工のせいで、黒鳥和也は、崖から転落して死んだんだぞ!人間の命をなんだと思っているんだ!?」
時任の両肩が、怒りと衝撃で震えているのが、雄介の所からもはっきりと判った。雄介自身も、思いもかけない驚愕で、ややもすれば膝がくず折れてへたり込みそうになる身体を、必死で持ちこたえていた。
野田は、時任のそんな反応に対しても、ふてぶてしいほどの平静な態度で、
「だから、あれは、おれが行(や)った殺人だと言っているだろう?でも、おれだって、本当にあいつが死ぬなんて確信は、最初からあった訳じゃない。レースの途中で相手のスキーが流れて、お前が勝ちさえすれば、それだけでよかったんだよ。要するに、あれは、未必の故意とはいえ、いわゆる不可抗力だったんだ。お前を、守るためには、止むを得ない手段だったのさ」
そう、薄ら笑いを浮かべながら語ると、こう付け加えた。
「これで判っただろう?お前が、決しておれから逃げられないということが------。もし、あの時の真相をお前が警察に話すというのならば、おれは、あくまでもお前に頼まれて細工を施したと証言するよ。だって、その方が話にも真実味があるからな。警察だって、おれたちが共犯だという方が信じやすいと思うぜ」
「野田、貴様は、本当に悪魔に魂を売ってしまったんだな・・・・・」
時任は、正に、獣(けだもの)を見るような憤怒と軽蔑が入り混じった絶望的視線で、サングラスの奥から野田を睨み据えた。
「時任、お前がどんな風におれを見ているのか、ちゃんと判っているぞ。だから、頼む。そんな目でおれを見るな。すべては、お前のためにやったことだ。判るだろう?」
野田の言葉は、鋭い刃となって、時任の苦悶の心中を容赦なく抉(えぐ)り続ける。そして、更に、こんなことまでも言い出した。
「すべては、あの女が現れたことから始まったんだ。あの女さえ現れなければ、おれたちは、こんなことにはならなかった・・・・。あの女の出現が、おれとお前の何もかもを狂わせてしまったんだ・・・・。本当の悪魔は、あの黒鳥真琴なんだよ!」
野田は、如何にも憎々しげに、その名前を吐き捨てたのであった。
<この小説はフィクションです。登場する人物名及び団体名は、すべて架空の物ですので、ご了承下さい>
~今日の雑記~
電車やバスなどの公共の乗り物に乗っていると、たびたび迷惑行為やマナー違反をする人を見かけますが、わたしにもかつて、こんな経験がありました。これは、もう十年ぐらい前の話ですが、わたしが電車に乗っていた時のことです。向かい合わせの席に、一人の中年男性が座って来ました。少し、お酒が入っているようで、赤ら顔のその男性は、しばらくすると何故か、わたしのことをじろじろ観察し始めたのです。季節は、真冬でしたので、わたしは、ロングのオーバーを着ていました。
すると、いきなりその男性は、何を思ったのか、わたしに対して突然耳を疑うような暴言を吐いて来たのです。
「お前、お前だよ。なに、お高くとまった顔しているんだ?いい物着やがって」
「・・・・・・・・・?」
わたしは、この人、急に何を言い出すのだろうと、不愉快に思いながらも、無視を決め込みました。どうせ、お酒が入っているのだろうから、反論したところで始まらないとも、思ったのです。しかし、その男性は、その態度が面白くなかったのか、
「おれ、お前みたいな奴、大っ嫌いなんだよ!格好つけやがって!」
(別に格好なんか付けていませんけど------

「黙ってねェで、何とか言えよ!」
(あんたと話すことなんか、ありませんから!

「お前、おれを馬鹿にしてんだろう?」
(うるさいな!それ以上言ったら、こっちにも考えが-------!

と、ごついシルバーの指輪をしていた右の拳をぐっと握りしめた時、こちらのシートの異変に気付いた別の乗客の方が男性車掌さんを呼んで来て下さって、
「お客さん、いい加減にしなさい!こっちへ来て!」
と、その車掌さんは、酔っぱらい男性をひっ立てるように連れて、別の車両へと行ってしまいました。正直、ほっとしましたが、ああいう時というのは、変にこちらも意固地になりまして、席を立った方が負けだというような気持ちにもなる物なんですね。後で考えれば、あんな暴言に付き合わず、さっさと別のシートに移ればよかったのだと・・・・。でも、あの剣幕だと、そこまで追い掛けて来る可能性も無きにしも非ずで・・・・。
ブツブツ文句を言いながら引っ立てられて行く男性の後ろ姿を睨みながら、
(------貴様、命拾いしたな)
と、独り、不敵に呟いた、ちよみさんでした・・・・。(ー‿ー゛)
~ 炎 の 氷 壁 ~ 27
2009年03月18日
志賀高原の空は、コバルトブルーの金属的な輝きを放って時任圭吾と野田開作の頭上に冠していた。一般のスキーヤーが滑るゲレンデとは隔絶した、深い峡谷を挟んで聳え立つ『魔の壁』の上に、今、二人は立っている。この日、熊の湯温泉スキー場に吹く風は、厳冬を忘れさせるほどに穏やかで、太陽の発光までもが、季節感を狂わせるような強さを放って、志賀連山の峰々の白を際立たせている。
聞こえるのは、時折、風花を巻き上げつつ広大な雪面を叩く風の音だけであり、そこには、対峙する二人の男の姿以外に動くものは何もない。しかし、そのような白銀一色の世界にありながら、彼ら二人の距離に漂う空気は、どす黒い刃にも似て胡乱(うろん)な緊迫感に満ち満ちていた。先に、口を開いたのは、野田だった。スキーウェアに身を包み、スキー板を履いた姿で佇む野田は、ゴーグルをニット帽の上ヘ持ち上げると、あとから到着した時任を眺めて、何とも愉快そうな笑顔を見せる。
「来てくれたんだな、時任------。嬉しいよ。お前なら、おれがここで待っていることを暗黙のうちに判ってくれると思っていた」
そして、同じようにスキーを履いた時任の姿に、至極満足げな様子で、
「それに、おれの頼んだ通りに、スキーで来てくれたんだね。ありがとう------」
と、極めて優しい言葉を掛けて来た。時任は、スキーパトロール員用の制帽の下のサングラスを外すことなく、野田を真正面から鋭く睨み据えると、はっきりとした口調で迫った。
「礼などいらない。言われたように、こうしてやって来たんだ。黒鳥真琴についての情報を、早く教えてくれ」
すると、野田は、にやにや笑いを浮かべながら、まるで、そんな時任の焦りを楽しむかの如く、わざと焦(じ)らすような口振りで悠然と構えてみせると、
「------なあ、そうせっつくなよ。その話よりも先に、お前に頼みたいことがあるんだ。このおれの頼みを聞いてくれたら、彼女に関する情報を提供してやるよ」
そう、何とも思わせぶりなことを言い出した。時任は、一瞬、脳裏に危険な感覚を閃(ひらめ)かせる。だが、この申し出を無下に拒否すれば、今後の行方不明者の捜索に支障が生じることも考えられると判断した時任は、不本意ながらも、野田の頼みとやらに応じる意向を表わした。
「判った。条件があるなら言ってみろ。おれに出来ることなら、頼みを聞こう」
「ありがとう。お前のことだ、そう言ってくれると思っていたよ------」
野田は、心底から嬉しそうに言うと、なに、簡単なことだよと、前置きしてから、
「今から、おれと、この『魔の壁』で、勝負をしてもらいたいんだ。お前にとっては、朝飯前のことだろう?」
「ここで、お前とスノーファイトを------!?」
時任は、あまりに予期せぬ野田の申し出に、唖然として声を飲んだ。そして、野田が何故自分をこの場所へ呼び出したのか、その理由をようやく理解した。しかし、その挑戦を受けるのは、あまりに無謀な話である。時任も、野田も、もうかつての若かりし日の自分たちとは違うのだ。ましてや、野田には、左脚の故障というハンディがある。加えて、この『魔の壁』自体が、十五年前と同じくスキーの滑降に耐えうる環境にあるのかどうかも判然としない。そのように、様々な支障が重なる今の現状において、この場所でのスノーファイトを実行するなどということは、そのまま死を意味するといっても過言ではない。
「無茶だ!出来る訳がない」
時任は、即座に否定した。それを聞いた野田は、少し寂しげな溜息をつき、
「お前も、分別臭くなったものだな。昔のお前は、おれがどんなに止めても、決して怯んだりはしなかった・・・・」
「あの頃のことを言われれば、おれには反論の余地はない。要するに、バカだったんだ。粋がって、自尊心を満足させることにしか自分の価値を見い出せなかった。だが、もう今は、そんなことはどうでもいい。卑怯者と呼ばれようが腰抜けと蔑まれようが、危険を冒してまでも懸ける勲章など、何の価値もないことに気が付いたからな。だから、野田、お前もそんな下らないことはもう忘れて、早く、黒鳥真琴の情報を教えてくれ」
そう、時任が訴えた直後であった。それまで、自虐的な双眸で黙然と時任を見詰めていた野田が、いきなり、弾けるように大きな笑い声を上げて身体を反り返したと思うと、すぐに真顔に戻り、今度は、時任に向かって激しい剣幕で罵倒し始めた。
「下らないこと!?あの時、黒鳥和也とお前が戦ったことが、下らないことだったという気か!?ふざけるな!!」
野田は、凄まじい執念を顔面に刻むと、突発的な怒りにまかせて、履いたスキー板で雪面を踏み叩いた。
「時任、お前は、十五年前の黒鳥和也との『魔の壁』のスノーファイトで、偶然あいつのスキーのバインディングが外れたために勝つことが出来たと思っているのかもしれんが、それは、とんだ勘違いだ。いいか、あいつのバインディングが滑降の途中で外れて、あいつが谷底へ転落して死んだのは、決して偶然なんかじゃない。あの時、お前が怪我もせずに無事でいられたのは、おれのお陰なんだぞ。おれが、お前の窮地を救ったんだ。そんなことも知らないで、下らないとは、どういう言い草だ!?ふざけるな!!」
「・・・・・・・・・!?」
時任は、野田の言葉が、あまりに自分の思考と乖離(かいり)していることに、一瞬、目眩(めまい)を覚えた。
「野田・・・・・、お前は、何を言っているんだ・・・・・?」
戸惑う時任の呆然とした表情を睨みつけながら、野田は、
「出来るなら、お前にだけは、あの時の真実は教えたくはなかったが、もう、それも無理だ。お前とおれは、一蓮托生------。真実を共有することでしか、お互い生きてはいけないんだからな--------」
居直りにも似た不敵な笑みを漏らした。
<この小説はフィクションです。登場する人物名及び団体名は、すべて架空の物ですので、ご了承下さい>
~今日の雑感~
先日拝見したあるブロガーさんのブログに、「嫉妬心」についての記述がありました。その方は、どうしても、ある一人の女性に対して、「嫉妬心」なる物を感じずにはおれないということで、特定のセミナーなどで自己啓発に努力されておられるとのこと。そうやって、自分の嫌な部分を懸命に矯正しようとされる積極的姿勢には、感心します。また、あるブロガーさんのブログには、そういう「嫉妬心」に振り回されないようにするには、自分にも他人より優れているところがあるのだという自信をつけるのが効果的であるとの記事もありました。こう見ますと、皆さん、「嫉妬心」というものには、かなり関心がおありなのですね。
ただ、これを読ませて頂きながら、わたしは、ふと思ったのですが、「嫉妬心」て、そんなにいけないものなのかと------。確かに、「嫉妬心」は、それを持つ人の気持ちを暗欝にしますし、不健康にもするでしょう。いつも、相手を妬ましく思うままでいては、自己嫌悪にも陥りますし、だいいちそんな自分を客観的に見た時は、恥ずかしくさえありますよね。そのうえ、「嫉妬心」が高じて、犯罪に走ったり、それほど極端な例ではないにしても、嫌がらせをしてみたり、などということになれば、それはもう論外です。実に、世の中にはびこる戦争や騒乱の大部分は、大なり小なり「嫉妬心」が原因で起きていると言っても過言ではありません。
しかしながら、その一方で、そういう「嫉妬心」が起爆剤となって、素晴らしい発明品が生まれたり、弱小会社が世界的企業に成長したという例も、数限りなく存在することもまた事実なのです。さらに、世界に誇る日本文学の傑作である「源氏物語」も、謂わば、「嫉妬心」が、物語の根幹をなす大河小説です。俗にいう「大奥物」や「戦国物」も、「嫉妬心」が主要な軸を構成しているからこそ、華やかであり勇壮なのではないでしょうか。
そう考えると、一概に「嫉妬心」を、封じ込めてしまうことが、全くの健康的な人生観とも言い切れないことに思い当たるのです。同じ「嫉妬心」でも、美しい嫉妬心、健全な嫉妬心を育むことは、むしろ、その人の人生観をより幅広い大人の生き方にステップアップさせてくれるのではないでしょうか?かくいう平安時代随一の陰陽師・安倍晴明も、「人間は呪(しゅ・自らを縛るもの)があればこそ人間なのだ」と、のたもうたそうですから------。(^◇^)
では、わが身に翻って考えてみますと、もちろんわたしにも「嫉妬心」は充分にあるでしょう。しかし、何分、根が大雑把に出来ているものでして、結局、「人間最後は、生きるか死ぬかだ」と、考えてしまう性質ですから、人情の機微に関しては、もっとも縁遠い性格なのかもしれませんね。
聞こえるのは、時折、風花を巻き上げつつ広大な雪面を叩く風の音だけであり、そこには、対峙する二人の男の姿以外に動くものは何もない。しかし、そのような白銀一色の世界にありながら、彼ら二人の距離に漂う空気は、どす黒い刃にも似て胡乱(うろん)な緊迫感に満ち満ちていた。先に、口を開いたのは、野田だった。スキーウェアに身を包み、スキー板を履いた姿で佇む野田は、ゴーグルをニット帽の上ヘ持ち上げると、あとから到着した時任を眺めて、何とも愉快そうな笑顔を見せる。
「来てくれたんだな、時任------。嬉しいよ。お前なら、おれがここで待っていることを暗黙のうちに判ってくれると思っていた」
そして、同じようにスキーを履いた時任の姿に、至極満足げな様子で、
「それに、おれの頼んだ通りに、スキーで来てくれたんだね。ありがとう------」

と、極めて優しい言葉を掛けて来た。時任は、スキーパトロール員用の制帽の下のサングラスを外すことなく、野田を真正面から鋭く睨み据えると、はっきりとした口調で迫った。
「礼などいらない。言われたように、こうしてやって来たんだ。黒鳥真琴についての情報を、早く教えてくれ」
すると、野田は、にやにや笑いを浮かべながら、まるで、そんな時任の焦りを楽しむかの如く、わざと焦(じ)らすような口振りで悠然と構えてみせると、
「------なあ、そうせっつくなよ。その話よりも先に、お前に頼みたいことがあるんだ。このおれの頼みを聞いてくれたら、彼女に関する情報を提供してやるよ」
そう、何とも思わせぶりなことを言い出した。時任は、一瞬、脳裏に危険な感覚を閃(ひらめ)かせる。だが、この申し出を無下に拒否すれば、今後の行方不明者の捜索に支障が生じることも考えられると判断した時任は、不本意ながらも、野田の頼みとやらに応じる意向を表わした。
「判った。条件があるなら言ってみろ。おれに出来ることなら、頼みを聞こう」
「ありがとう。お前のことだ、そう言ってくれると思っていたよ------」
野田は、心底から嬉しそうに言うと、なに、簡単なことだよと、前置きしてから、
「今から、おれと、この『魔の壁』で、勝負をしてもらいたいんだ。お前にとっては、朝飯前のことだろう?」
「ここで、お前とスノーファイトを------!?」
時任は、あまりに予期せぬ野田の申し出に、唖然として声を飲んだ。そして、野田が何故自分をこの場所へ呼び出したのか、その理由をようやく理解した。しかし、その挑戦を受けるのは、あまりに無謀な話である。時任も、野田も、もうかつての若かりし日の自分たちとは違うのだ。ましてや、野田には、左脚の故障というハンディがある。加えて、この『魔の壁』自体が、十五年前と同じくスキーの滑降に耐えうる環境にあるのかどうかも判然としない。そのように、様々な支障が重なる今の現状において、この場所でのスノーファイトを実行するなどということは、そのまま死を意味するといっても過言ではない。
「無茶だ!出来る訳がない」
時任は、即座に否定した。それを聞いた野田は、少し寂しげな溜息をつき、
「お前も、分別臭くなったものだな。昔のお前は、おれがどんなに止めても、決して怯んだりはしなかった・・・・」
「あの頃のことを言われれば、おれには反論の余地はない。要するに、バカだったんだ。粋がって、自尊心を満足させることにしか自分の価値を見い出せなかった。だが、もう今は、そんなことはどうでもいい。卑怯者と呼ばれようが腰抜けと蔑まれようが、危険を冒してまでも懸ける勲章など、何の価値もないことに気が付いたからな。だから、野田、お前もそんな下らないことはもう忘れて、早く、黒鳥真琴の情報を教えてくれ」
そう、時任が訴えた直後であった。それまで、自虐的な双眸で黙然と時任を見詰めていた野田が、いきなり、弾けるように大きな笑い声を上げて身体を反り返したと思うと、すぐに真顔に戻り、今度は、時任に向かって激しい剣幕で罵倒し始めた。
「下らないこと!?あの時、黒鳥和也とお前が戦ったことが、下らないことだったという気か!?ふざけるな!!」
野田は、凄まじい執念を顔面に刻むと、突発的な怒りにまかせて、履いたスキー板で雪面を踏み叩いた。
「時任、お前は、十五年前の黒鳥和也との『魔の壁』のスノーファイトで、偶然あいつのスキーのバインディングが外れたために勝つことが出来たと思っているのかもしれんが、それは、とんだ勘違いだ。いいか、あいつのバインディングが滑降の途中で外れて、あいつが谷底へ転落して死んだのは、決して偶然なんかじゃない。あの時、お前が怪我もせずに無事でいられたのは、おれのお陰なんだぞ。おれが、お前の窮地を救ったんだ。そんなことも知らないで、下らないとは、どういう言い草だ!?ふざけるな!!」
「・・・・・・・・・!?」
時任は、野田の言葉が、あまりに自分の思考と乖離(かいり)していることに、一瞬、目眩(めまい)を覚えた。
「野田・・・・・、お前は、何を言っているんだ・・・・・?」
戸惑う時任の呆然とした表情を睨みつけながら、野田は、
「出来るなら、お前にだけは、あの時の真実は教えたくはなかったが、もう、それも無理だ。お前とおれは、一蓮托生------。真実を共有することでしか、お互い生きてはいけないんだからな--------」
居直りにも似た不敵な笑みを漏らした。
<この小説はフィクションです。登場する人物名及び団体名は、すべて架空の物ですので、ご了承下さい>
~今日の雑感~
先日拝見したあるブロガーさんのブログに、「嫉妬心」についての記述がありました。その方は、どうしても、ある一人の女性に対して、「嫉妬心」なる物を感じずにはおれないということで、特定のセミナーなどで自己啓発に努力されておられるとのこと。そうやって、自分の嫌な部分を懸命に矯正しようとされる積極的姿勢には、感心します。また、あるブロガーさんのブログには、そういう「嫉妬心」に振り回されないようにするには、自分にも他人より優れているところがあるのだという自信をつけるのが効果的であるとの記事もありました。こう見ますと、皆さん、「嫉妬心」というものには、かなり関心がおありなのですね。
ただ、これを読ませて頂きながら、わたしは、ふと思ったのですが、「嫉妬心」て、そんなにいけないものなのかと------。確かに、「嫉妬心」は、それを持つ人の気持ちを暗欝にしますし、不健康にもするでしょう。いつも、相手を妬ましく思うままでいては、自己嫌悪にも陥りますし、だいいちそんな自分を客観的に見た時は、恥ずかしくさえありますよね。そのうえ、「嫉妬心」が高じて、犯罪に走ったり、それほど極端な例ではないにしても、嫌がらせをしてみたり、などということになれば、それはもう論外です。実に、世の中にはびこる戦争や騒乱の大部分は、大なり小なり「嫉妬心」が原因で起きていると言っても過言ではありません。
しかしながら、その一方で、そういう「嫉妬心」が起爆剤となって、素晴らしい発明品が生まれたり、弱小会社が世界的企業に成長したという例も、数限りなく存在することもまた事実なのです。さらに、世界に誇る日本文学の傑作である「源氏物語」も、謂わば、「嫉妬心」が、物語の根幹をなす大河小説です。俗にいう「大奥物」や「戦国物」も、「嫉妬心」が主要な軸を構成しているからこそ、華やかであり勇壮なのではないでしょうか。
そう考えると、一概に「嫉妬心」を、封じ込めてしまうことが、全くの健康的な人生観とも言い切れないことに思い当たるのです。同じ「嫉妬心」でも、美しい嫉妬心、健全な嫉妬心を育むことは、むしろ、その人の人生観をより幅広い大人の生き方にステップアップさせてくれるのではないでしょうか?かくいう平安時代随一の陰陽師・安倍晴明も、「人間は呪(しゅ・自らを縛るもの)があればこそ人間なのだ」と、のたもうたそうですから------。(^◇^)
では、わが身に翻って考えてみますと、もちろんわたしにも「嫉妬心」は充分にあるでしょう。しかし、何分、根が大雑把に出来ているものでして、結局、「人間最後は、生きるか死ぬかだ」と、考えてしまう性質ですから、人情の機微に関しては、もっとも縁遠い性格なのかもしれませんね。
~ 炎 の 氷 壁 ~ 26
2009年03月16日
時任圭吾が野田からの呼び出しに応じて、熊の湯温泉スキー場へと赴くのを引き留められず、なす術がないままに見送るしか出来なかった雄介の後悔は、スキーパトロール本部へ戻ってからというもの、ますます膨らんで行った。黒鳥真琴の捜索が難航している最中(さなか)、落胆と疲労の色を濃くしつつ、本部の事務所へと戻って来たパトロール員たちは、各自スキー靴を脱ぎ、疲れた足を労(いたわ)りながら、遅めの昼食を取る。雄介も彼らに交じって、索道協会が用意した握り飯に手を付けようとしたのであるが、やはり、時任のことが気掛かりで、どうにも食欲がわかない。
そんな雄介の様子を不審に思ったものか、神崎パトロール員が、マグカップに注いだお茶を差し出しながら、顔を覗き込むようにして話し掛けて来た。
「本間君、どうしたの?お握りは嫌いだった?」
「------いいえ、そんな訳じゃありませんけど・・・・・」
「だったら、今のうちに少しでも腹ごしらえしておかないと-----。これから、また捜索に出なけりゃならないんだよ。冬山でのすきっ腹は、ただでさえ命取りになるんだからね。無理してでも、食べておきなさい」
「はあ・・・・・・・」
雄介は、ぼそりとした声音で返事をすると、仕方無しに握り飯を一口かじる。
高木主任は、事務机に向い、先ほどから引っ切り無しにかかって来る電話の応対に当たっていた。しばらくして、その受話器を置いたのち、そこにいるパトロール員たちに向かって、午後からの捜索活動には、長野県警のヘリコプターも出動する旨を言い渡した。これにより、この捜索活動は、おそらく今日が山場になるだろうということは、そこにいる誰もが暗黙のうちに悟ることが出来た。
「とにかく、まだ、諦める訳にはいかんからな。みんな、性根を入れて発見に努めてくれ!」
高木主任は、そう檄文(げきぶん)を飛ばすが如く言い放ってから、
「それにしても、こんな大事な時に、いったい時任君は、どうしてまた熊の湯温泉なんかに行ったのかね?本間君、きみは何かそれについて詳しいことを聞いていないのか?」
と、雄介に質問を振って来た。
「・・・・・・・・・・」
雄介は、正に答えに窮して、眉間に皺を寄せ俯いてしまう。だが、次の瞬間、腰掛けていたパイプ椅子を蹴り飛ばして勢いよく立ち上がると、大股で高木主任の眼前へと歩み出る。
「ど、どうしたんだね-----!?」
その予期せぬ剣幕に、思わず声を裏返えらせた高木主任に向かい、雄介は、意を決して願い出た。
「主任、申し訳ありません。おれも、午後の捜索から少しの間外れます。私用の外出許可をお願いします」
「何を言い出すんだ?時任君がいないだけでも、員数不足で手が回らんというのに、きみまで外れてしまったら、ますます捜索に支障を来たすことになる。許可する訳にはいかんよ」
唐突な雄介の頼みに、高木主任は決して首を縦に振ろうとはしない。雄介は、それならばやむを得ないと、腹をくくり、
「では、許可はいりません。勝手に行かせて頂きます。叱責は、帰ってから受けますので、ご存分にどうぞ!」
そう、語気荒く言い置くと、雄介は、もはや高木主任を振り返ることなく、スキーパトロール員用のユニフォームジャケットを引っ掴むとともに、靴も軽快に歩けるスノーブーツに履き替えるや、一目散に本部事務所を飛び出して行く。
そして、監視塔の玄関口まで走り出て来たところで、その雄介を背後から追い掛けて来た神崎が声をかけた。
「本間君!待って-------」
神崎は、雄介を呼び止めると、
「時任さんの所へ行くつもりなんでしょ?」
と、訊く。やや躊躇った末に、その通りですと、雄介が答えると、神崎は、何を思ったのか、自分の携帯電話を雄介に手渡し、
「あんた、携帯持っていないでしょう。これ、持って行きなさい」
と、言う。雄介が、戸惑いを顔に表すと、神崎は、遠慮する必要はないからと、強いて押し付け、
「何かあった時に、役に立つかもしれないからね」
如何にも、意味深長な言い回しで、雄介を送り出した。雄介は、そんな神崎の好意に対して簡単に礼を述べると、熊の湯温泉スキー場にいる時任の許へと急ぐべく、既に除雪の行き届いた道を脱兎の如く走り出して行った。
<この小説はフィクションです。登場する人物名及び団体名は、すべて架空の物ですので、ご了承下さい>
~今日の雑感~
パソコンを始めてまだあまり間のないわたしは、使い方を理解しきれていないため、判らないことがあると、その度にパソコンを持っては、購入先の電機店まで教えを請いに行きます。しかし、その都度思っていたことは、何とも運びがってが悪いということです。わたしの物は、いわゆるノート型パソコンなのですが、やはりノートとは言ってもそこは機械ですから、重いし、持ちづらいし、何とも大変でした。すると、その電機店のお兄さんが、「こんな物があるんですけれど、お使いになってみませんか?」と、見せてくれたのが、ノート型パソコンを運ぶためのパソコンケースなるもの。
この中に、パソコンを納めて運べば、もし落としたり転んだりした時も、かなりの確率で破損は免れるとのこと。見た目もなかなか格好良くて、ちょっとしたビジネスマン感覚が味わえます。こんなケースが販売されていたなんて、全然知りませんでした。電機店のお兄さん、アドバイスありがとうございました。(^。^)
そんな雄介の様子を不審に思ったものか、神崎パトロール員が、マグカップに注いだお茶を差し出しながら、顔を覗き込むようにして話し掛けて来た。
「本間君、どうしたの?お握りは嫌いだった?」
「------いいえ、そんな訳じゃありませんけど・・・・・」
「だったら、今のうちに少しでも腹ごしらえしておかないと-----。これから、また捜索に出なけりゃならないんだよ。冬山でのすきっ腹は、ただでさえ命取りになるんだからね。無理してでも、食べておきなさい」
「はあ・・・・・・・」
雄介は、ぼそりとした声音で返事をすると、仕方無しに握り飯を一口かじる。
高木主任は、事務机に向い、先ほどから引っ切り無しにかかって来る電話の応対に当たっていた。しばらくして、その受話器を置いたのち、そこにいるパトロール員たちに向かって、午後からの捜索活動には、長野県警のヘリコプターも出動する旨を言い渡した。これにより、この捜索活動は、おそらく今日が山場になるだろうということは、そこにいる誰もが暗黙のうちに悟ることが出来た。
「とにかく、まだ、諦める訳にはいかんからな。みんな、性根を入れて発見に努めてくれ!」
高木主任は、そう檄文(げきぶん)を飛ばすが如く言い放ってから、
「それにしても、こんな大事な時に、いったい時任君は、どうしてまた熊の湯温泉なんかに行ったのかね?本間君、きみは何かそれについて詳しいことを聞いていないのか?」

と、雄介に質問を振って来た。
「・・・・・・・・・・」
雄介は、正に答えに窮して、眉間に皺を寄せ俯いてしまう。だが、次の瞬間、腰掛けていたパイプ椅子を蹴り飛ばして勢いよく立ち上がると、大股で高木主任の眼前へと歩み出る。
「ど、どうしたんだね-----!?」
その予期せぬ剣幕に、思わず声を裏返えらせた高木主任に向かい、雄介は、意を決して願い出た。
「主任、申し訳ありません。おれも、午後の捜索から少しの間外れます。私用の外出許可をお願いします」
「何を言い出すんだ?時任君がいないだけでも、員数不足で手が回らんというのに、きみまで外れてしまったら、ますます捜索に支障を来たすことになる。許可する訳にはいかんよ」
唐突な雄介の頼みに、高木主任は決して首を縦に振ろうとはしない。雄介は、それならばやむを得ないと、腹をくくり、
「では、許可はいりません。勝手に行かせて頂きます。叱責は、帰ってから受けますので、ご存分にどうぞ!」
そう、語気荒く言い置くと、雄介は、もはや高木主任を振り返ることなく、スキーパトロール員用のユニフォームジャケットを引っ掴むとともに、靴も軽快に歩けるスノーブーツに履き替えるや、一目散に本部事務所を飛び出して行く。
そして、監視塔の玄関口まで走り出て来たところで、その雄介を背後から追い掛けて来た神崎が声をかけた。
「本間君!待って-------」
神崎は、雄介を呼び止めると、
「時任さんの所へ行くつもりなんでしょ?」
と、訊く。やや躊躇った末に、その通りですと、雄介が答えると、神崎は、何を思ったのか、自分の携帯電話を雄介に手渡し、
「あんた、携帯持っていないでしょう。これ、持って行きなさい」
と、言う。雄介が、戸惑いを顔に表すと、神崎は、遠慮する必要はないからと、強いて押し付け、
「何かあった時に、役に立つかもしれないからね」
如何にも、意味深長な言い回しで、雄介を送り出した。雄介は、そんな神崎の好意に対して簡単に礼を述べると、熊の湯温泉スキー場にいる時任の許へと急ぐべく、既に除雪の行き届いた道を脱兎の如く走り出して行った。
<この小説はフィクションです。登場する人物名及び団体名は、すべて架空の物ですので、ご了承下さい>
~今日の雑感~
パソコンを始めてまだあまり間のないわたしは、使い方を理解しきれていないため、判らないことがあると、その度にパソコンを持っては、購入先の電機店まで教えを請いに行きます。しかし、その都度思っていたことは、何とも運びがってが悪いということです。わたしの物は、いわゆるノート型パソコンなのですが、やはりノートとは言ってもそこは機械ですから、重いし、持ちづらいし、何とも大変でした。すると、その電機店のお兄さんが、「こんな物があるんですけれど、お使いになってみませんか?」と、見せてくれたのが、ノート型パソコンを運ぶためのパソコンケースなるもの。
この中に、パソコンを納めて運べば、もし落としたり転んだりした時も、かなりの確率で破損は免れるとのこと。見た目もなかなか格好良くて、ちょっとしたビジネスマン感覚が味わえます。こんなケースが販売されていたなんて、全然知りませんでした。電機店のお兄さん、アドバイスありがとうございました。(^。^)
~ 炎 の 氷 壁 ~ 25
2009年03月15日
でも、それじゃァ、何だか寂しいじゃないですか。そこまで、自分に枷(かせ)を掛けなくても------。あなたは、その事故のことで、もう充分責任を感じて苦しんで来られたんだから、もう自分自身の心を、その時の『魔の壁』から解放してやってもいいんじゃないんですか?------雄介は、そう、喉の先まで出掛かった気持ちを、やっとの思いで飲み込んだ。
時任は、しばし無言でじっと何かを考え込んでいる様子であったが、傍らで、自分を見詰めている雄介の視線に気付くと、
「すまない。仮眠(やす)むところだったのかな?突然、転がり込んで来て、邪魔をしてしまったな。おれに構わず、隣室(むこう)で寝てくれ。おれは、もうしばらくここで起きているよ」
と、気を遣う。雄介は、そんな時任にむしろ恐縮して、
「いいえ、おれも事務所(ここ)で仮眠します。向こうの部屋より、こっちの方がストーブもあって暖かいですから-------」
と、言うと、隣の部屋から自分と時任の分の掛け蒲団を二枚運び出して来ると、別の長椅子の上で、一枚の掛け蒲団を身体にかけて横になった。すると、徐に立ち上がった時任は、雄介が眠りやすいようにと、事務所内の蛍光灯の灯りを消し、そのまま窓際へと歩み寄ると、ブラインドもないむき出しの窓硝子越しに、戸外のゲレンデに広がる暗闇にじっと視線を投じる。その横顔にストーブの炎が鋭利な影を刻むと、男の双眸は、更に苦悩の色を濃くして、掛け蒲団の陰から、それを眺める雄介の胸中をかすかに締め付けた。
雄介は、今にも時任のそばへ駆け寄り、広い背中(そびら)を抱き締めてやりたい衝動を覚えつつも、その傷心のすべてを受け止めるまでには、未だ踏み出せずにいる己の小心の致し方なさが何とも歯がゆく、悔しさと情けなさにそっと唇を噛んで、掛け蒲団を頭の上まで引き上げた。
やがて、夜が明けると、抜けるような青空の下、この日も早朝午前七時から黒鳥真琴の捜索は開始された。志賀高原索観光開発道協会所属のスキーパトロール員たちに加えて、地元警察署員に志賀高原山岳遭難対策協議会のメンバーも参加しての、総勢およそ五十人の人員体制による山岳捜索が行われた。しかしながら、捜索は難航を極め、黒鳥真琴の行方は杳(よう)として摑めず、スキーパトロール本部へ届けられる情報も、尽くが誤報に終始していた。
雄介も、午前中の捜索活動を一通り終えて、時任等他のスキーパトロール員たちとともにいったん本部へ戻ろうと山を滑り下り始めた時のことであった。俄に、時任の持つ携帯電話が呼び出し音を発した。時任は、同行しているパトロール員たちに、先に下山するように促したのち、携帯の端末を耳に当てる。
他のパトロール員たちは、指示されるがままに滑り去って行ったが、雄介だけは、その電話の内容が何となく気になって、その場にスキー板を履いたまま留まっていた。すると、電話に出た時任の顔色がみるみる険しく変わるのが判った。
「・・・・・ああ、それで、お前は今何処にいるんだ?・・・・・そんなに、重要な話なのか?」
声にも、異常な緊迫感が満ちている。
「・・・・・・本当なのか?判った。それじゃァ、これからそっちへ行こう。でも、話を聞くだけだぞ・・・・。昨夜(ゆうべ)のことを撤回するつもりはないからな」
時任は、携帯電話を切ると、雄介の方を振り返り、やや言いにくそうな口振りながら、こんなことを頼んで来た。
「すまないが、本部へ戻ったら、おれはこれから熊の湯温泉スキー場へ行くと、高木主任に報告してくれ」
「これからって、午後の捜索はどうするんです?」
「出来るだけ、早く帰ってくるよ。そうしたら、また捜索活動に合流する。だから、これ以上は訊かないでくれ------」
この返事を聞いた雄介は、電話の相手が誰なのかを直感した。
「今の電話、野田さんからだったんですね?熊の湯温泉スキー場で、会うんですか?」
「ああ・・・・・。何か、おれに話したい重要なことがあるらしい」
雄介に事実を看破されたせいか、時任の言葉は、何となく歯切れが悪い。
「重要なことって、何です?もしや、黒鳥真琴に関係することじゃァ-------?」
雄介が、思わず口走った瞬間、時任のサングラスの奥の目が、雄介を射抜くように動いた気がした。
「だから、それ以上は訊くなと言っただろう!」
語気を強めると、口を真一文字に結ぶ。雄介は、そんな時任にはおよそ似つかわしからぬ焦燥ぶりを見て、ひどく嫌な胸騒ぎを覚えた。
「時任さん、どんな風に野田さんに懇願されたかは知りませんけど、おれは、行かない方がいいと思います!話なら、電話でも出来るじゃないですか。どうして、わざわざ顔を合わせる必要があるんですか?黒鳥真琴に関する情報なら、何故、今の電話で話してくれないんですか?変ですよ」
「確かに、お前の言う通りだが、野田は、そうでも言わないと、もう二度とおれには会えないと思っているんだろう。しかし、もしも、事実、野田が彼女に関する情報を何か摑んでいるのだとしたら、話を聞いても損はないと思う。それに、おれも、あいつにはたくさんの借りがあるしな。行くだけ行って、これを最後に、きっぱりと決着をつけて来るさ」
時任の決心は、揺るぎそうもなかった。それならば------と、雄介は相手の近くへスキー板で歩み寄り、
「おれも、一緒に行きます!あなたを、一人で行かせるのは不安だ。それに、どうして、熊の湯温泉スキー場なのかも気になる。あそこには、『魔の壁』があるんですよ。わざわざ、そこで会う理由は何ですか?」
「おれにも、そいつは判らないが・・・・・」
時任は、口籠もってから、しかし、そこには、やはり自分一人で行かねばならないと、答えた。
「それが、野田の条件なんだよ」
そう説明したうえで、とにかく、ここは自分の思う通りにさせて欲しいと頼んだ時任は、腰のホルダーベルトごと携帯用無線通話機(トランシーバー)を外すと、雄介にそれを預けて、単独でその場から滑り出して行ってしまった。
「-------時任さん!やっぱり、独りで行くなんて無謀ですよ!」
雄介は、時任の滑り去る後ろ姿に向って、力の限りに呼びかけたが、その声は風に千切れ、もはや相手には届かなかった。
<この小説はフィクションです。登場する人物名及び団体名は、すべて架空の物ですので、ご了承下さい>
~今日の雑感~
NHKの「クローズアップ現代」で、授業料が払えずに退学を余儀なくされる高校生、そして、健康保険料を親が払えないために、けがや病気をしても医者にかることが出来ずに、学校の保健室を病院代わりに頼る子供たちが増えているという問題を取り上げていました。ある私立高校の男子高校生は、父親が経営していた自動車の部品工場が昨年の秋閉鎖に追い込まれ、親兄弟とともに工場内で寝泊まりする日々。片道二百円の電車賃が払えずに、約一時間かけて徒歩で登校しているのだとか。食費もぎりぎりまで切り詰めなくてはならず、とても授業料まで手が回らないので、中退しなければならないかもしれないと、悲壮感を滲ませていましたし、ある父親は、健康保険料を滞納しているため、高熱を出した子供を病院へ連れて行くことが出来ずに、死なせかけたと、嘆いていました。たとえ、今後、政府の方針転換で、中学生までの保険料は無料になったとしても、三割負担はなくならない訳だから、結局病院へ行けないことに変わりはないと、言うのです。
少子化により起きる弊害を何とか回避するために、子供をたくさん産んでほしいといいながら、その一方では、産科医不足や、小児高度救命病院の不足、それに加えての上記のような苦境に立たされる子供たちの急増など、今日の国の政策は、矛盾だらけです。この就職難の時期に、高校中退者を大勢出し、彼らにどうやって働けというのでしょうか?貧しいものはより貧しく、富める者ばかりが人生の選択を可能とする、かつての日本のような世の中が、もう目の前まで迫って来ている------。そんな、不安を感じるのは、わたしだけでしょうか?
時任は、しばし無言でじっと何かを考え込んでいる様子であったが、傍らで、自分を見詰めている雄介の視線に気付くと、
「すまない。仮眠(やす)むところだったのかな?突然、転がり込んで来て、邪魔をしてしまったな。おれに構わず、隣室(むこう)で寝てくれ。おれは、もうしばらくここで起きているよ」
と、気を遣う。雄介は、そんな時任にむしろ恐縮して、
「いいえ、おれも事務所(ここ)で仮眠します。向こうの部屋より、こっちの方がストーブもあって暖かいですから-------」
と、言うと、隣の部屋から自分と時任の分の掛け蒲団を二枚運び出して来ると、別の長椅子の上で、一枚の掛け蒲団を身体にかけて横になった。すると、徐に立ち上がった時任は、雄介が眠りやすいようにと、事務所内の蛍光灯の灯りを消し、そのまま窓際へと歩み寄ると、ブラインドもないむき出しの窓硝子越しに、戸外のゲレンデに広がる暗闇にじっと視線を投じる。その横顔にストーブの炎が鋭利な影を刻むと、男の双眸は、更に苦悩の色を濃くして、掛け蒲団の陰から、それを眺める雄介の胸中をかすかに締め付けた。
雄介は、今にも時任のそばへ駆け寄り、広い背中(そびら)を抱き締めてやりたい衝動を覚えつつも、その傷心のすべてを受け止めるまでには、未だ踏み出せずにいる己の小心の致し方なさが何とも歯がゆく、悔しさと情けなさにそっと唇を噛んで、掛け蒲団を頭の上まで引き上げた。
やがて、夜が明けると、抜けるような青空の下、この日も早朝午前七時から黒鳥真琴の捜索は開始された。志賀高原索観光開発道協会所属のスキーパトロール員たちに加えて、地元警察署員に志賀高原山岳遭難対策協議会のメンバーも参加しての、総勢およそ五十人の人員体制による山岳捜索が行われた。しかしながら、捜索は難航を極め、黒鳥真琴の行方は杳(よう)として摑めず、スキーパトロール本部へ届けられる情報も、尽くが誤報に終始していた。
雄介も、午前中の捜索活動を一通り終えて、時任等他のスキーパトロール員たちとともにいったん本部へ戻ろうと山を滑り下り始めた時のことであった。俄に、時任の持つ携帯電話が呼び出し音を発した。時任は、同行しているパトロール員たちに、先に下山するように促したのち、携帯の端末を耳に当てる。
他のパトロール員たちは、指示されるがままに滑り去って行ったが、雄介だけは、その電話の内容が何となく気になって、その場にスキー板を履いたまま留まっていた。すると、電話に出た時任の顔色がみるみる険しく変わるのが判った。
「・・・・・ああ、それで、お前は今何処にいるんだ?・・・・・そんなに、重要な話なのか?」
声にも、異常な緊迫感が満ちている。
「・・・・・・本当なのか?判った。それじゃァ、これからそっちへ行こう。でも、話を聞くだけだぞ・・・・。昨夜(ゆうべ)のことを撤回するつもりはないからな」
時任は、携帯電話を切ると、雄介の方を振り返り、やや言いにくそうな口振りながら、こんなことを頼んで来た。
「すまないが、本部へ戻ったら、おれはこれから熊の湯温泉スキー場へ行くと、高木主任に報告してくれ」
「これからって、午後の捜索はどうするんです?」
「出来るだけ、早く帰ってくるよ。そうしたら、また捜索活動に合流する。だから、これ以上は訊かないでくれ------」
この返事を聞いた雄介は、電話の相手が誰なのかを直感した。
「今の電話、野田さんからだったんですね?熊の湯温泉スキー場で、会うんですか?」
「ああ・・・・・。何か、おれに話したい重要なことがあるらしい」
雄介に事実を看破されたせいか、時任の言葉は、何となく歯切れが悪い。

「重要なことって、何です?もしや、黒鳥真琴に関係することじゃァ-------?」
雄介が、思わず口走った瞬間、時任のサングラスの奥の目が、雄介を射抜くように動いた気がした。
「だから、それ以上は訊くなと言っただろう!」
語気を強めると、口を真一文字に結ぶ。雄介は、そんな時任にはおよそ似つかわしからぬ焦燥ぶりを見て、ひどく嫌な胸騒ぎを覚えた。
「時任さん、どんな風に野田さんに懇願されたかは知りませんけど、おれは、行かない方がいいと思います!話なら、電話でも出来るじゃないですか。どうして、わざわざ顔を合わせる必要があるんですか?黒鳥真琴に関する情報なら、何故、今の電話で話してくれないんですか?変ですよ」
「確かに、お前の言う通りだが、野田は、そうでも言わないと、もう二度とおれには会えないと思っているんだろう。しかし、もしも、事実、野田が彼女に関する情報を何か摑んでいるのだとしたら、話を聞いても損はないと思う。それに、おれも、あいつにはたくさんの借りがあるしな。行くだけ行って、これを最後に、きっぱりと決着をつけて来るさ」
時任の決心は、揺るぎそうもなかった。それならば------と、雄介は相手の近くへスキー板で歩み寄り、
「おれも、一緒に行きます!あなたを、一人で行かせるのは不安だ。それに、どうして、熊の湯温泉スキー場なのかも気になる。あそこには、『魔の壁』があるんですよ。わざわざ、そこで会う理由は何ですか?」
「おれにも、そいつは判らないが・・・・・」
時任は、口籠もってから、しかし、そこには、やはり自分一人で行かねばならないと、答えた。
「それが、野田の条件なんだよ」
そう説明したうえで、とにかく、ここは自分の思う通りにさせて欲しいと頼んだ時任は、腰のホルダーベルトごと携帯用無線通話機(トランシーバー)を外すと、雄介にそれを預けて、単独でその場から滑り出して行ってしまった。
「-------時任さん!やっぱり、独りで行くなんて無謀ですよ!」
雄介は、時任の滑り去る後ろ姿に向って、力の限りに呼びかけたが、その声は風に千切れ、もはや相手には届かなかった。
<この小説はフィクションです。登場する人物名及び団体名は、すべて架空の物ですので、ご了承下さい>
~今日の雑感~
NHKの「クローズアップ現代」で、授業料が払えずに退学を余儀なくされる高校生、そして、健康保険料を親が払えないために、けがや病気をしても医者にかることが出来ずに、学校の保健室を病院代わりに頼る子供たちが増えているという問題を取り上げていました。ある私立高校の男子高校生は、父親が経営していた自動車の部品工場が昨年の秋閉鎖に追い込まれ、親兄弟とともに工場内で寝泊まりする日々。片道二百円の電車賃が払えずに、約一時間かけて徒歩で登校しているのだとか。食費もぎりぎりまで切り詰めなくてはならず、とても授業料まで手が回らないので、中退しなければならないかもしれないと、悲壮感を滲ませていましたし、ある父親は、健康保険料を滞納しているため、高熱を出した子供を病院へ連れて行くことが出来ずに、死なせかけたと、嘆いていました。たとえ、今後、政府の方針転換で、中学生までの保険料は無料になったとしても、三割負担はなくならない訳だから、結局病院へ行けないことに変わりはないと、言うのです。
少子化により起きる弊害を何とか回避するために、子供をたくさん産んでほしいといいながら、その一方では、産科医不足や、小児高度救命病院の不足、それに加えての上記のような苦境に立たされる子供たちの急増など、今日の国の政策は、矛盾だらけです。この就職難の時期に、高校中退者を大勢出し、彼らにどうやって働けというのでしょうか?貧しいものはより貧しく、富める者ばかりが人生の選択を可能とする、かつての日本のような世の中が、もう目の前まで迫って来ている------。そんな、不安を感じるのは、わたしだけでしょうか?
~ 炎 の 氷 壁 ~ 24
2009年03月14日
「-------よせ!」
時任は、差し出された野田の手を振り払い、なおも、語気を強める。
「野田、もしかして、お前、黒鳥真琴の消息に心当たりがあるんじゃないだろうな?」
野田は、振り払われた右手を気まずそうにスラックスのポケットに仕舞い込み、あんな女のことをおれが知る筈がないだろうと、唇を尖らせる。そして、恨めしげに相手を見詰めて、
「時任、お前、ここ数日で、人が変わってしまったみたいだな・・・・。でも、おれは、いつまででもお前の味方だ。今は、おれのことを疎ましいと思っているかも知れんが、そのうちに気も変わるさ。-------いいとも、ここを出て行きたかったら、そうすればいい。それで、お前の気が済むなら、好きにするさ。しかし、どうせ、また、おれの所へ戻って来ることになるのだろうからな」
如何にも、未練がましい言葉を連ねた。時任は、大きく頭(かぶり)を振ると、
「お前のことが信じられなくなってしまった以上、おれが、その気持ちを隠してこのホテルに居座ることはもう出来ない。スキーパトロールの就業期間が終わり次第、即刻志賀高原(やま)を下りるつもりだ。横手山ロッジ(ここ)には、二度と顔を出すつもりもない。今まで、世話になったことは、心底ありがたいと思っている。しかし、おれには、どうしても、お前の気持ちが理解出来ないんだ。正直、重荷ですらある。これまでの宿泊料で支払不足の分は、パトロール本部の方へおれ宛てに請求書を出してくれればいい。すぐに、振り込むから、そうしてくれ」
きっぱり言い置くと、野田を一人残したまま、時任は、再び彼を振り向くことなくワインセラー(貯蔵庫)を出て行った。
その夜も更け、もうすぐ日付が変わろうとしていた時刻、スキーパトロール本部の夜間当直員を自ら買って出た雄介は、事務所内の長椅子に凭れながらテレビのニュース番組を観ていたが、やがて、それにも飽きて、テレビのスイッチを切ると、少し仮眠をとっておこうと、蒲団が用意されている隣部屋へ移動するため、大きな欠伸(あくび)をしながら重い腰を上げた。------その時であった。
いきなり、事務所の入り口のドアが乱暴に開いて、大きなボストンバッグを持った時任が入って来た。その様子が、あまりに興奮していて、尋常ならざる雰囲気に見えたもので、雄介は、驚き、思わず声を張り上げた。
「どうしたんですか、時任さん!?そんな大荷物を抱えて。何か、あったんですか?」
それに応えるよりも先に、時任は、ボストンバッグを足元に放りだすように置くと、さっき雄介が夕食の時に飲み残しておいたペットボトル入りの清涼飲料の蓋を開けて、中の液体を一気に飲み干す。そして、空になったプラスティックボトルを近くのゴミ箱に叩きつけるように投げ入れると、今まで雄介が座っていた長椅子にどっかりと腰を下ろし、怒りを込めた強い口調で、絞り出すように言った。
「今し方、横手山ロッジを出て来た------」
「出て来たって、ホテルを引き払ったということですか?」
雄介が、半信半疑で訊ねると、時任は、そうだと頷き、先刻までの野田との間のやり取りについて、掻い摘んで雄介に話して聞かせた。そして、自分も、今夜はここで一晩泊らせてもらう旨を告げる。聞いた雄介は、ついに時任が野田に対する長年蓄積し続けて来た疑念を噴出させてしまったに違いないと直感し、彼なりの複雑な自責の念を感じた。
そこで、恐る恐る口を開く。
「おれのせいですね・・・・・」
「そうじゃない・・・・。お前の反応は、ごく自然のことだ。お前から聞いたことは、単にきっかけだったにすぎない・・・・。おれは、ずっと以前から、野田の不可解な態度には気付いていたんだ。だが、そのことにあえて目をつぶり、自分に都合のいいように解釈して来たんだ。野田の親切心を利用していたのさ。今までのパートナーたちやお前に、不愉快な思いをさせていることを薄々は察しながらも、野田を咎める勇気がなかった。本当に、申し訳ないと思っている」
時任は、そう詫びると、両手で頭を抱えてしまった。
「それにしても、おれには判らない・・・・・。何故、あそこまで、あいつは、おれのことを・・・・?」
それを聞いた雄介は、時任の深潭(しんたん)に沈む辛そうな顔を見下ろして、静かに言う。
「でも、おれ、何となく判るような気がします。野田さんの気持ち・・・・」
そう言いながら、少し気恥ずかしそうに視線を時任から外すと、
「おれも、ここへ来る前までは、自分というものに自信が持てず、いつも地に足が付いていないような不安定な諦めが心の何処かにあって、人の顔すらまともに見ることが出来ないほどの劣等感の塊だった。いや、今だって、それがすべて払拭されているかと言えば、否かもしれない。でも、ここのスキーパトロール員になり、時任さんや神崎さんたちと仕事をするうちに、こんなおれでも、他人(ひと)の役に立つことが出来るんだということに気付いて、少しだけれど前向きになれた気がするんです。
きっと、野田さんも、あの不自由な左脚のこともあって、時任さんのためにだけは、自分の存在にも意味があるのだと思いたかったんではないでしょうか?時任さんが、野田さんにとっての生きる張り合いなのかもしれません。だから、あなたのためなら何でもするというようなことも、口走ってしまったのではないでしょうか?」
と、正直な自らの心情と私見を吐露した。すると、時任も、
「そうだな・・・・。もしも、野田に妻や子供でもいたなら、たぶん、おれなんかに、ここまでの執着心は持たなかったのだろうな・・・・・」
と、長嘆息を吐く。雄介は、再び時任を眺めると、今まで心の隅で疑問に感じていたことを、さりげなく持ち出した。
「ところで、時任さんは、どうして、結婚されないのですか?職業も、見栄えも、収入も、おれなんかに言わせれば、実に完全無欠って感じですよ。女性たちが放っておく筈がないと思うんですけれど------」
すると、時任は、それを軽く鼻であしらうような寂しげな微笑を浮かべ、雄介を目だけで見上げる。
「雄介、お前は、結婚したいと思うのか?」
「もちろんですよ。おれにも、理想の家庭像はありますから」
「そうだな。お前は、きっと子煩悩ないい父親になると思うよ」
時任は、そう微笑んでから、俄に真顔になる。そして、自らに言い聞かせるかの如き口吻(こうふん)で、
「-------人間てェやつは、幸せが大きい分、悲しみも大きいんだよ。おれ自身は、たぶん、そんな大きな悲しみには耐えられそうにない。だから、ほどほどでいいのさ」
「それが、独身の理由ですか?」
「まあ、な・・・・・」
この答えを聞いた雄介は、時任が、言葉の深部で暗に、実兄をスキー事故で失った黒鳥真琴の悲しみを語っているのだということを直感した。
<この小説はフィクションです。登場する人物名及び団体名は、すべて架空の物ですので、ご了承下さい>
~今日の雑感~
わたし、西部劇大好きなんです。以前は、ビデオなどを借りて、片っ端から観ました。「荒野の七人」「駅馬車」「黄色いリボン」「OK牧場の決闘」「騎兵隊」「アラモ」などの有名な作品から、「ブロークンランス」「ブロークンアロー」などのマニア好みの物まで、映画からテレビドラマに至るまで、それこそ何作も-----。でも、そんな中でも、特に印象深かった作品があります。それは、「ワーロック」です。1959年制作のアメリカ映画で、出演は、ヘンリー・フォンダ、アンソニー・クイン、リチャード・ウィドマーク他。札付きのギャンブラーのモーガン(クイン)を連れた執行官(フォンダ)のブレイスデルが、敵対する無法者カウボーイ集団から、ワーロックの町を守ろうとする話なのですが、こう言えば、如何にも定番の西部劇ストーリーのようですが、この作品は、そう単純には終わりません。ワーロックの町を悪党たちから救ったブレイズデルは、協力者である美しい女性との間に愛をはぐくみ、町にとどまる決心をしますが、モーガンは、それを許さず、町に火を放って暴れます。結局、ブレイズデルは、今までに何度も自分の窮地を助けてくれたモーガンを手に掛けることになり、彼自身もまた、無法者の片割れとしてワーロックを追われることになるのです。
この作品は、西部劇の名を借りてはいるものの、謂わばそこには人間社会にはびこる大いなる矛盾を描いている訳でして、監督は、西部劇には似つかわしくない社会派のエドワード・ドミトリク。この皮肉な結末は、当時、ハリウッドの赤狩りで共産主義の疑いを掛けられ、転向(共産主義者や社会主義者が、その思想を捨てること)を余儀なくされた監督自身の姿が反映されているのです。
西部劇が好きな方も、そうでない方も、ぜひ一度観て頂きたい映画だと思います。
*写真左から、リチャード・ウィドマーク、ヘンリー・フォンダ、アンソニー・クイン
時任は、差し出された野田の手を振り払い、なおも、語気を強める。
「野田、もしかして、お前、黒鳥真琴の消息に心当たりがあるんじゃないだろうな?」
野田は、振り払われた右手を気まずそうにスラックスのポケットに仕舞い込み、あんな女のことをおれが知る筈がないだろうと、唇を尖らせる。そして、恨めしげに相手を見詰めて、
「時任、お前、ここ数日で、人が変わってしまったみたいだな・・・・。でも、おれは、いつまででもお前の味方だ。今は、おれのことを疎ましいと思っているかも知れんが、そのうちに気も変わるさ。-------いいとも、ここを出て行きたかったら、そうすればいい。それで、お前の気が済むなら、好きにするさ。しかし、どうせ、また、おれの所へ戻って来ることになるのだろうからな」
如何にも、未練がましい言葉を連ねた。時任は、大きく頭(かぶり)を振ると、
「お前のことが信じられなくなってしまった以上、おれが、その気持ちを隠してこのホテルに居座ることはもう出来ない。スキーパトロールの就業期間が終わり次第、即刻志賀高原(やま)を下りるつもりだ。横手山ロッジ(ここ)には、二度と顔を出すつもりもない。今まで、世話になったことは、心底ありがたいと思っている。しかし、おれには、どうしても、お前の気持ちが理解出来ないんだ。正直、重荷ですらある。これまでの宿泊料で支払不足の分は、パトロール本部の方へおれ宛てに請求書を出してくれればいい。すぐに、振り込むから、そうしてくれ」
きっぱり言い置くと、野田を一人残したまま、時任は、再び彼を振り向くことなくワインセラー(貯蔵庫)を出て行った。
その夜も更け、もうすぐ日付が変わろうとしていた時刻、スキーパトロール本部の夜間当直員を自ら買って出た雄介は、事務所内の長椅子に凭れながらテレビのニュース番組を観ていたが、やがて、それにも飽きて、テレビのスイッチを切ると、少し仮眠をとっておこうと、蒲団が用意されている隣部屋へ移動するため、大きな欠伸(あくび)をしながら重い腰を上げた。------その時であった。
いきなり、事務所の入り口のドアが乱暴に開いて、大きなボストンバッグを持った時任が入って来た。その様子が、あまりに興奮していて、尋常ならざる雰囲気に見えたもので、雄介は、驚き、思わず声を張り上げた。
「どうしたんですか、時任さん!?そんな大荷物を抱えて。何か、あったんですか?」
それに応えるよりも先に、時任は、ボストンバッグを足元に放りだすように置くと、さっき雄介が夕食の時に飲み残しておいたペットボトル入りの清涼飲料の蓋を開けて、中の液体を一気に飲み干す。そして、空になったプラスティックボトルを近くのゴミ箱に叩きつけるように投げ入れると、今まで雄介が座っていた長椅子にどっかりと腰を下ろし、怒りを込めた強い口調で、絞り出すように言った。
「今し方、横手山ロッジを出て来た------」
「出て来たって、ホテルを引き払ったということですか?」
雄介が、半信半疑で訊ねると、時任は、そうだと頷き、先刻までの野田との間のやり取りについて、掻い摘んで雄介に話して聞かせた。そして、自分も、今夜はここで一晩泊らせてもらう旨を告げる。聞いた雄介は、ついに時任が野田に対する長年蓄積し続けて来た疑念を噴出させてしまったに違いないと直感し、彼なりの複雑な自責の念を感じた。
そこで、恐る恐る口を開く。
「おれのせいですね・・・・・」

「そうじゃない・・・・。お前の反応は、ごく自然のことだ。お前から聞いたことは、単にきっかけだったにすぎない・・・・。おれは、ずっと以前から、野田の不可解な態度には気付いていたんだ。だが、そのことにあえて目をつぶり、自分に都合のいいように解釈して来たんだ。野田の親切心を利用していたのさ。今までのパートナーたちやお前に、不愉快な思いをさせていることを薄々は察しながらも、野田を咎める勇気がなかった。本当に、申し訳ないと思っている」
時任は、そう詫びると、両手で頭を抱えてしまった。
「それにしても、おれには判らない・・・・・。何故、あそこまで、あいつは、おれのことを・・・・?」
それを聞いた雄介は、時任の深潭(しんたん)に沈む辛そうな顔を見下ろして、静かに言う。
「でも、おれ、何となく判るような気がします。野田さんの気持ち・・・・」
そう言いながら、少し気恥ずかしそうに視線を時任から外すと、
「おれも、ここへ来る前までは、自分というものに自信が持てず、いつも地に足が付いていないような不安定な諦めが心の何処かにあって、人の顔すらまともに見ることが出来ないほどの劣等感の塊だった。いや、今だって、それがすべて払拭されているかと言えば、否かもしれない。でも、ここのスキーパトロール員になり、時任さんや神崎さんたちと仕事をするうちに、こんなおれでも、他人(ひと)の役に立つことが出来るんだということに気付いて、少しだけれど前向きになれた気がするんです。
きっと、野田さんも、あの不自由な左脚のこともあって、時任さんのためにだけは、自分の存在にも意味があるのだと思いたかったんではないでしょうか?時任さんが、野田さんにとっての生きる張り合いなのかもしれません。だから、あなたのためなら何でもするというようなことも、口走ってしまったのではないでしょうか?」
と、正直な自らの心情と私見を吐露した。すると、時任も、
「そうだな・・・・。もしも、野田に妻や子供でもいたなら、たぶん、おれなんかに、ここまでの執着心は持たなかったのだろうな・・・・・」
と、長嘆息を吐く。雄介は、再び時任を眺めると、今まで心の隅で疑問に感じていたことを、さりげなく持ち出した。
「ところで、時任さんは、どうして、結婚されないのですか?職業も、見栄えも、収入も、おれなんかに言わせれば、実に完全無欠って感じですよ。女性たちが放っておく筈がないと思うんですけれど------」
すると、時任は、それを軽く鼻であしらうような寂しげな微笑を浮かべ、雄介を目だけで見上げる。
「雄介、お前は、結婚したいと思うのか?」
「もちろんですよ。おれにも、理想の家庭像はありますから」
「そうだな。お前は、きっと子煩悩ないい父親になると思うよ」
時任は、そう微笑んでから、俄に真顔になる。そして、自らに言い聞かせるかの如き口吻(こうふん)で、
「-------人間てェやつは、幸せが大きい分、悲しみも大きいんだよ。おれ自身は、たぶん、そんな大きな悲しみには耐えられそうにない。だから、ほどほどでいいのさ」
「それが、独身の理由ですか?」
「まあ、な・・・・・」
この答えを聞いた雄介は、時任が、言葉の深部で暗に、実兄をスキー事故で失った黒鳥真琴の悲しみを語っているのだということを直感した。
<この小説はフィクションです。登場する人物名及び団体名は、すべて架空の物ですので、ご了承下さい>
~今日の雑感~
わたし、西部劇大好きなんです。以前は、ビデオなどを借りて、片っ端から観ました。「荒野の七人」「駅馬車」「黄色いリボン」「OK牧場の決闘」「騎兵隊」「アラモ」などの有名な作品から、「ブロークンランス」「ブロークンアロー」などのマニア好みの物まで、映画からテレビドラマに至るまで、それこそ何作も-----。でも、そんな中でも、特に印象深かった作品があります。それは、「ワーロック」です。1959年制作のアメリカ映画で、出演は、ヘンリー・フォンダ、アンソニー・クイン、リチャード・ウィドマーク他。札付きのギャンブラーのモーガン(クイン)を連れた執行官(フォンダ)のブレイスデルが、敵対する無法者カウボーイ集団から、ワーロックの町を守ろうとする話なのですが、こう言えば、如何にも定番の西部劇ストーリーのようですが、この作品は、そう単純には終わりません。ワーロックの町を悪党たちから救ったブレイズデルは、協力者である美しい女性との間に愛をはぐくみ、町にとどまる決心をしますが、モーガンは、それを許さず、町に火を放って暴れます。結局、ブレイズデルは、今までに何度も自分の窮地を助けてくれたモーガンを手に掛けることになり、彼自身もまた、無法者の片割れとしてワーロックを追われることになるのです。

この作品は、西部劇の名を借りてはいるものの、謂わばそこには人間社会にはびこる大いなる矛盾を描いている訳でして、監督は、西部劇には似つかわしくない社会派のエドワード・ドミトリク。この皮肉な結末は、当時、ハリウッドの赤狩りで共産主義の疑いを掛けられ、転向(共産主義者や社会主義者が、その思想を捨てること)を余儀なくされた監督自身の姿が反映されているのです。
西部劇が好きな方も、そうでない方も、ぜひ一度観て頂きたい映画だと思います。
*写真左から、リチャード・ウィドマーク、ヘンリー・フォンダ、アンソニー・クイン
~ 炎 の 氷 壁 ~ 23
2009年03月13日
「野田、やっぱり、お前が・・・・・?」
時任は、ここに来てようやく、自分のこれまでのパートナーが、尽く去って行った原因が、やはりこの野田開作にあったということに確信を持った。
「貴様、なんて奴なんだ-------!」
時任は、己の耳を疑いたくなるほどの暴言を聞きあまりの胸糞の悪さに、全身に悪寒が走るのを覚えた。時任に怒鳴り付けられたにもかかわらず、野田の顔には、思い焦がれるような、媚び諂(へつら)うような、卑屈とも見える薄ら笑いが浮かんでいる。
「------だって、仕方がないだろう?あいつら、みんな邪魔なんだよ。お前とおれの間に、遠慮会釈もなく割り込んで来やがって--------。なに、ちょっと、嫌みの一つも言ってやっただけさ。そうしたら、簡単にビビッちまって、要するに、腰抜けなのさ」
そうせせら笑いながら、白状すると、今度は、恨みがましささえ込めた視線を時任へ突き刺し、
「時任、お前だって悪いんだぞ。おれの気持ちを逆撫でするように、性懲りもなく、またぞろあんな本間なんて男を連れて来て----。おれが、どれほどの妬ましい思いであいつを見ていたのか、お前は、少しも判ろうとしなかった。でも、これで、また元通りだ。それでいいじゃないか・・・・」
「もう、たくさんだ!お前とは一緒にいられない。おれも、今からこのホテルを出て行く!」
時任は、これまで長年に渡り信頼し続けて付き合って来た刎頚(ふんけい)の交わりとも言うべき旧友の心中に、そのような倒錯的概念が侵潤していたことなど知る由もなかった。そんな、自らの迂闊(うかつ)を憾みつつ、野田に背を向けてそこから立ち去ろうとした。
刹那、野田の鋭い罵声が、時任の背中に浴びせられた。
「本間雄介の所へ行くつもりか!?たとえ、あいつの所へ行ったとしても、お前は、決しておれから逃げられやしないんだぞ!」
「----------!?」
時任は、返しかけた踵(きびす)を、思わず元に戻す。
「どういうことだ?」
野田は、冷笑(わら)っている。冷笑いながら、時任の訝しげな表情を漫然と眺め、やがて、唐突に、こんな思い出話を語り始めた。
「時任、お前、覚えているか?おれが、この左脚に大けがをした時のことを-------。あれは、おれたちが高校三年の夏休み、二人だけで、志賀高原の北東に位置する岩菅山へ登山した時だった。山には慣れているはずのおれが、先に岩盤をフリークライミングの要領で登攀(とうはん)中、あと一歩で頂上という所まで来て、不覚にも足を滑らせ、十メートルほど下の登山道へ滑落した。左脚を複雑骨折したうえに、膝の靱帯までも痛めてしまった。しかし、当時はまだ、現在のように携帯電話が普及している訳ではなく、おれもお前も携帯電話なんか持ってはいなかったし、よしんば持っていたとしても、志賀高原周辺は携帯電話の電波圏外ということもあって、電話で助けを求めることなど出来ない。そこで、他の登山者を探して助けを呼んでもらおうとしたが、生憎その日は、周辺を登山している者は誰もいなかった。日暮は、間近だ。
おれは、激痛と、絶望感から、今にも失神してしまいそうなくらいの状態に追い込まれていた。ところが、お前は、その時、何の躊躇も見せず、周辺に落ちている木の枝を拾うと、負傷しているおれの脚に応急的に添え木を施してから、そんなおれを背負うと、意識を失う寸前のおれを懸命に励ましながら、片道十キロもの登山道を降り、麓の山小屋の主人に救急車の手配を頼んでくれた。
山小屋についた時点では、お前の体力が既に限界を超えていただろうことは、おれにも判っていた。お前だって、気絶するほどに、苦しく疲労していたはずだ。それなのに、必死で歯を喰いしばり、おれを救おうとしてくれたんだ。本当に、ありがたくて、涙が出たよ。
そして、おれは、救急車で搬送された病院のベッドで、自分に誓ったんだ。時任圭吾のためなら、おれは何でもすると。もしも、お前が、この先窮地に追い込まれるようなことがあったなら、おれは、たとえ、人殺し、悪魔と世間から罵(ののし)られようとも、必ず、お前を守り抜くと--------」
「人殺し-------?」
時任の声が、胡散臭げにくぐもった。
「野田、まさか、お前・・・・?」
その胸裏を、ある陰惨な推測が過ぎった。野田は、相変わらず、媚(こび)を売るようなゆがんだ笑みを頬に刻みつつ、淡々たる口調で言う。
「バカだなァ、時任、何を想像しているんだよ。単なる言葉の文(あや)じゃないか」
そして、今度は、探りを入れるような目付きで、こう訊ねて来た。
「ところで、時任、お前、昨日、黒鳥真琴には会えたのか?」
「-------なに?」
「ああ、そうだった。彼女、行方不明なんだってなァ。今日の午後、志賀高原ホテル組合の方から、尋ね人の広報が回って来ていたよ。-------でも、よかったじゃないか。面倒臭い女が姿を消してくれて。お前も、内心ほっとしたろう?」
野田は、そう言いながら、時任の顔へとそっと右手を伸ばし、さりげなくその頬に触れようとした。
<この小説はフィクションです。登場する人物名及び団体名は、すべて架空のものですので、ご了承下さい>
~今日の雑感~
最近思うこと。マスメディアが何故かブログの中から、小ネタを拾い集めていること。これって、何だかおかしくないですか?記事や番組の取材は、記者が自分の足で探して掻き集めて行くものと、昔から相場は決まっているんじゃァないでしょうか?それが、ブログのサイトを開けば、そこには無料(ただ)ネタがごろごろって。それを電話一本で、取材して掲載、もしくは放送なんて、いわゆる信州方言で言うところの、「ズクなし」と思われても仕方がありませんね。
ところが、そんなブロガーの中で、自らの取材を希望する人がいても、それには対応してもらえないと訴えるブログ記事も-----。何だか矛盾していますよね。どうせ、取材するなら、そういう希望者の記事や話題も取り上げてくれてもいいのにと思います。最近のメディア関係は、投稿とか、ブログとか、素人の力に頼り過ぎてはいませんか?それとも、プロの筆力や構成力が、素人並みになってしまったということなのでしょうか?どうにも、首を傾げます・・・・・。
こんな苦言ばかり書き連ねていますので、お前は、他人に厳しすぎるという人もいますが、このご時世です。口はばったいことも言いたくなります。就職したくても出来ない人、正社員になりたくてもなれない人、そういう弱者がいる一方で、まともに就職して、しかも人の羨むような仕事にあり付きながら、そのうえ小ズクまで惜しもうなんて考える要領よしには、耳の痛い言葉の一つも吐きますよ。はい、自分のことは棚に上げるのは、得意ですから・・・・。(ーー゛)
「今日の一枚」------『出稽古の朝』
時任は、ここに来てようやく、自分のこれまでのパートナーが、尽く去って行った原因が、やはりこの野田開作にあったということに確信を持った。
「貴様、なんて奴なんだ-------!」
時任は、己の耳を疑いたくなるほどの暴言を聞きあまりの胸糞の悪さに、全身に悪寒が走るのを覚えた。時任に怒鳴り付けられたにもかかわらず、野田の顔には、思い焦がれるような、媚び諂(へつら)うような、卑屈とも見える薄ら笑いが浮かんでいる。
「------だって、仕方がないだろう?あいつら、みんな邪魔なんだよ。お前とおれの間に、遠慮会釈もなく割り込んで来やがって--------。なに、ちょっと、嫌みの一つも言ってやっただけさ。そうしたら、簡単にビビッちまって、要するに、腰抜けなのさ」
そうせせら笑いながら、白状すると、今度は、恨みがましささえ込めた視線を時任へ突き刺し、
「時任、お前だって悪いんだぞ。おれの気持ちを逆撫でするように、性懲りもなく、またぞろあんな本間なんて男を連れて来て----。おれが、どれほどの妬ましい思いであいつを見ていたのか、お前は、少しも判ろうとしなかった。でも、これで、また元通りだ。それでいいじゃないか・・・・」
「もう、たくさんだ!お前とは一緒にいられない。おれも、今からこのホテルを出て行く!」
時任は、これまで長年に渡り信頼し続けて付き合って来た刎頚(ふんけい)の交わりとも言うべき旧友の心中に、そのような倒錯的概念が侵潤していたことなど知る由もなかった。そんな、自らの迂闊(うかつ)を憾みつつ、野田に背を向けてそこから立ち去ろうとした。
刹那、野田の鋭い罵声が、時任の背中に浴びせられた。
「本間雄介の所へ行くつもりか!?たとえ、あいつの所へ行ったとしても、お前は、決しておれから逃げられやしないんだぞ!」
「----------!?」
時任は、返しかけた踵(きびす)を、思わず元に戻す。

「どういうことだ?」
野田は、冷笑(わら)っている。冷笑いながら、時任の訝しげな表情を漫然と眺め、やがて、唐突に、こんな思い出話を語り始めた。
「時任、お前、覚えているか?おれが、この左脚に大けがをした時のことを-------。あれは、おれたちが高校三年の夏休み、二人だけで、志賀高原の北東に位置する岩菅山へ登山した時だった。山には慣れているはずのおれが、先に岩盤をフリークライミングの要領で登攀(とうはん)中、あと一歩で頂上という所まで来て、不覚にも足を滑らせ、十メートルほど下の登山道へ滑落した。左脚を複雑骨折したうえに、膝の靱帯までも痛めてしまった。しかし、当時はまだ、現在のように携帯電話が普及している訳ではなく、おれもお前も携帯電話なんか持ってはいなかったし、よしんば持っていたとしても、志賀高原周辺は携帯電話の電波圏外ということもあって、電話で助けを求めることなど出来ない。そこで、他の登山者を探して助けを呼んでもらおうとしたが、生憎その日は、周辺を登山している者は誰もいなかった。日暮は、間近だ。
おれは、激痛と、絶望感から、今にも失神してしまいそうなくらいの状態に追い込まれていた。ところが、お前は、その時、何の躊躇も見せず、周辺に落ちている木の枝を拾うと、負傷しているおれの脚に応急的に添え木を施してから、そんなおれを背負うと、意識を失う寸前のおれを懸命に励ましながら、片道十キロもの登山道を降り、麓の山小屋の主人に救急車の手配を頼んでくれた。
山小屋についた時点では、お前の体力が既に限界を超えていただろうことは、おれにも判っていた。お前だって、気絶するほどに、苦しく疲労していたはずだ。それなのに、必死で歯を喰いしばり、おれを救おうとしてくれたんだ。本当に、ありがたくて、涙が出たよ。
そして、おれは、救急車で搬送された病院のベッドで、自分に誓ったんだ。時任圭吾のためなら、おれは何でもすると。もしも、お前が、この先窮地に追い込まれるようなことがあったなら、おれは、たとえ、人殺し、悪魔と世間から罵(ののし)られようとも、必ず、お前を守り抜くと--------」
「人殺し-------?」
時任の声が、胡散臭げにくぐもった。
「野田、まさか、お前・・・・?」
その胸裏を、ある陰惨な推測が過ぎった。野田は、相変わらず、媚(こび)を売るようなゆがんだ笑みを頬に刻みつつ、淡々たる口調で言う。
「バカだなァ、時任、何を想像しているんだよ。単なる言葉の文(あや)じゃないか」
そして、今度は、探りを入れるような目付きで、こう訊ねて来た。
「ところで、時任、お前、昨日、黒鳥真琴には会えたのか?」
「-------なに?」
「ああ、そうだった。彼女、行方不明なんだってなァ。今日の午後、志賀高原ホテル組合の方から、尋ね人の広報が回って来ていたよ。-------でも、よかったじゃないか。面倒臭い女が姿を消してくれて。お前も、内心ほっとしたろう?」
野田は、そう言いながら、時任の顔へとそっと右手を伸ばし、さりげなくその頬に触れようとした。
<この小説はフィクションです。登場する人物名及び団体名は、すべて架空のものですので、ご了承下さい>
~今日の雑感~
最近思うこと。マスメディアが何故かブログの中から、小ネタを拾い集めていること。これって、何だかおかしくないですか?記事や番組の取材は、記者が自分の足で探して掻き集めて行くものと、昔から相場は決まっているんじゃァないでしょうか?それが、ブログのサイトを開けば、そこには無料(ただ)ネタがごろごろって。それを電話一本で、取材して掲載、もしくは放送なんて、いわゆる信州方言で言うところの、「ズクなし」と思われても仕方がありませんね。
こんな苦言ばかり書き連ねていますので、お前は、他人に厳しすぎるという人もいますが、このご時世です。口はばったいことも言いたくなります。就職したくても出来ない人、正社員になりたくてもなれない人、そういう弱者がいる一方で、まともに就職して、しかも人の羨むような仕事にあり付きながら、そのうえ小ズクまで惜しもうなんて考える要領よしには、耳の痛い言葉の一つも吐きますよ。はい、自分のことは棚に上げるのは、得意ですから・・・・。(ーー゛)
「今日の一枚」------『出稽古の朝』
~ 炎 の 氷 壁 ~ 22
2009年03月12日
時任圭吾の頭の中では、黒鳥真琴が行方不明になっているということに対する、えも言われぬ漠然とした整理のつかぬ懸念もさることながら、加えて、本間雄介が話したところの、野田開作の奇妙な言葉の意味の不可解さも、混沌たる渦を巻いていた。時任にも、稀に、自分に接する野田の態度や親切心があまりに過剰で、気味が悪いとさえ思えることがある。今まで、スキーパトロール員を続ける中で、彼のパートナーは何人も交替したが、仕事がきついという理由で辞めた者がいる一方で、野田との間のトラブルを辞職の原因に挙げる者がいたのも事実であった。
そんな時、時任は、必ず彼らにそのトラブルの理由を訊ねたものだが、彼らは一様に、
「時任さんには申し訳ないんですけれど、野田さんて、何となく怖いんですよ。あなたと一緒にこれからも仕事をして行くとなると、必然的に、あの人とも顔を合わせなくてはならない訳で、とても我慢出来そうにありません。勘弁して下さい------」
そんなことを告げると、そそくさと志賀高原(やま)を下りて行ってしまった。
だが、そのような雲をつかむにも似た理由では到底納得のいかない時任は、ある時、いったい彼らパートーナーとどのようなやり取りをしたのかと、直接、野田に問い質(ただ)したことがあった。しかし、野田は、
「なに、単なる意見の相違だよ。言い争いをした訳でも、何でもない。ましてや、彼らに何らかの脅しをかけて怖がらせるなんて、そんなことおれの立場で出来る訳ないじゃないか。バカバカしい」
と、笑って取り合おうともしなかった。だが、ここに来て、新しいパートナーの本間雄介までが、先に辞めて行った彼らと同様のことを言い始めているのだ。
時任の野田への不信感が、再び頭を擡(もた)げ始めていた。
スキーパトロール本部を出てから、宿としている横手山ロッジへと、いつものように戻って来た時任は、午後十時過ぎ、ホテルの一般業務が一段落した頃合いを見計らって、フロントデスクで帳簿の整理にあたっていた野田開作を、同ホテル内の半地下に造られているワインセラー(貯蔵庫)室内へと、呼び出した。
「いったい、どうしたっていうんだ、時任?こんな所へ呼び付けて。話なら、別の場所でも出来るだろう?」
珍しく、不機嫌顔で現れた野田は、何やら、そわそわと目線の落ち着かない素振りで、居心地悪そうに立っている。ワインセラーの薄暗い電球の明かりの下で、野田の顔色は蒼白くさえ見えた。
「仕事中に、すまない」
時任は、一応形式的な詫びを入れてから、
「ここなら、何をしゃべっても、他の者に聞かれる心配はないからな」
時任は、努めて無表情を装いながら、乾いた声を室内に響き渡らせる。そして、
「おれの訊きたいことは、判っているはずだ。今日は、いつものはぐらかしはなしだ。きっちりと、答えてくれ」
と、野田に迫った。しかし、野田は、彼独特の人を見下したような微苦笑を浮かべ、困惑顔で眉をひそめる。
「お前の訊きたいこと?そんなこと、おれが判る訳ないじゃないか。いくら親友とはいっても、以心伝心というほどの芸当は出来ないよ。------本当に、どうしたんだ?いつものお前らしくないぞ」
「判らないなら、はっきり言おう。野田、お前、昨夜(ゆうべ)、雄介の見ている前で、おれに何をしたんだ?」
時任は、しゃべりながら自分の言葉が、自然と険を含むのが判った。すると、野田は、呆れたように、ふんと鼻で小さく笑うと、
「何だ、そんなことか・・・・」
そう、やや安堵の溜息をつきながら、そばにある木製の丸椅子を手元へ引き寄せて、そこへ腰を下ろした。そして、臆面もなく失笑気味に、
「------別に、大したことじゃない。あの、本間雄介という坊やが大袈裟なんだ。おれは、ただ、お前の寝顔を見ていただけだよ。それだけのことさ。なのに、自分が勝手におれたちの様子を盗み見るような姑息な行動を執っておきながら、こっちを悪者呼ばわりするとはな。こちらの親切心が徒(あだ)になったというものだよ」
と、言った。しかし、時任は、そんな言い訳がましいことを聞きたいのではないと、なおも野田を追及する。
「雄介の話によれば、お前は『悪魔に魂を売り渡した』と、言っていたそうだが、それはどういう意味なんだ?雄介が、お前のことをあそこまで警戒し、嫌悪するというのには、それ相応の理由があるに違いないんだ。お前は、これまでのおれのパートナーたちにしたように、おれの知らないところで、雄介にも同じ嫌がらせのようなことをしたんじゃないだろうな!?」
それを聞いた途端、それまで大人しく淡々とした表情で時任を見詰めていた野田の目付きが、俄に嫌悪感に満ちた鋭い光を放ったかと、思うと、寸時を置き、押し殺した声で吐き捨てるように言った。
「-------雄介、雄介、雄介!どうして、あんな奴のことをそれほど気にするんだ?まだ、知り合って数日の男のことを、何でそこまで・・・・・?」
そう言うと、椅子からゆっくりと立ち上がり、激しく肩を震わせて、憎々しげに呻(うめ)く。
「あんな奴、どうなろうと、知ったことじゃない!時任、お前には、おれがいればいいだろう?おれさえいれば、本間雄介なんて男は、必要ないはずだ!そうだろう!?」
野田は、思わず、時任の方へ一歩踏み出す。驚いた時任は、反射的に身体を退(ひ)くと、異様なものを見るような眼で野田を凝視し、顔面を強張らせた。
<この小説はフィクションです。登場する人物名及び団体名は、すべて架空のものですので、ご了承下さい>
~今日の雑感~
晴れたかと思うと、曇って来て、雪が降って来たと思うと、また晴れて、三月の空は本当に落ち着きがない。春浅き日には風花(かざはな)が似合うなどと言いますが、そんな風流を楽しめるのも、健康な心体なればこそ。わたしのように未だに病み上がりの身には、この気紛れな天候は実際、応えます。
ところで、信濃グランセローズを取り上げておられるブロガーさんたちの記事も、シーズン開幕間近とあって写真や文章にも気合が入って来ました。みなさん、フットワーク軽く中野ローズ球場(市民球場)にも足を運ばれていて、何ともうらやましい限り。わたしのこの体調では、選手たちの勇姿を実際にこの目で見られるのは、いつになることやら・・・・。まだ、当分は、先のことのようです。そこで、ここでは、わたしの持っているささやか情報の中から、選手たちのエピソードを小出しにして行くことに------。
これは、昨年の小高大輔選手との他愛のない会話の一つです。
「BCリーグの各球団名の由来って、どういうことなのか、知っています?」
と、わたしが訊くと、小高選手は、もちろんですと、答え、
「『信濃グランセローズ』の球団名は、偉大なるのグレートと、カモシカのセローが合体したものだということは知っていますよね?それじゃァ、『福井ミラクルエレファンツ』は、判りますか?これは、福井県の格好が動物の象に似ているからという説があるんですよ。それに、『新潟アルビレックス』は、アルビーの白で白鳥の意味と、レックスの王の意味を合わせた言葉。『群馬ダイヤモンドペガサス』は、文字通りの天馬(ペガサス)から命名しているんだと思います。------」
「へ~、詳しいんですねェ。小高選手は、お話も上手だから、子供たちに野球のこと以外でも、色々と講演などしてもらえると嬉しいでしょうね」
「ありがとうございます。今度は、球場まで足を運んで下さいね」
「がんばって、元気になりますね」
わたしも、返事をしながら、とても清々しい気分になりました。
こんな小さなことでも、ファンにとっては嬉しいことですよね。
ただ、三月とはいっても、まだ雪模様の日が続く土地柄の中野市に練習の本拠地があって、選手たちは体調管理などにも気を遣うでしょうし、なんだか少し気の毒なような気もします。でも、こうしたハンディを克服して、ぜひ今年は優勝の二文字をその手中に収めて頂きたいものです。

「今日のベースボールキャップ」-----『群馬ダイヤモンドペガサス』(左上) 『福井ミラクルエレファンツ』(右上) 『新潟アルビレックス』(左下)
そんな時、時任は、必ず彼らにそのトラブルの理由を訊ねたものだが、彼らは一様に、
「時任さんには申し訳ないんですけれど、野田さんて、何となく怖いんですよ。あなたと一緒にこれからも仕事をして行くとなると、必然的に、あの人とも顔を合わせなくてはならない訳で、とても我慢出来そうにありません。勘弁して下さい------」
そんなことを告げると、そそくさと志賀高原(やま)を下りて行ってしまった。
だが、そのような雲をつかむにも似た理由では到底納得のいかない時任は、ある時、いったい彼らパートーナーとどのようなやり取りをしたのかと、直接、野田に問い質(ただ)したことがあった。しかし、野田は、
「なに、単なる意見の相違だよ。言い争いをした訳でも、何でもない。ましてや、彼らに何らかの脅しをかけて怖がらせるなんて、そんなことおれの立場で出来る訳ないじゃないか。バカバカしい」
と、笑って取り合おうともしなかった。だが、ここに来て、新しいパートナーの本間雄介までが、先に辞めて行った彼らと同様のことを言い始めているのだ。
時任の野田への不信感が、再び頭を擡(もた)げ始めていた。
スキーパトロール本部を出てから、宿としている横手山ロッジへと、いつものように戻って来た時任は、午後十時過ぎ、ホテルの一般業務が一段落した頃合いを見計らって、フロントデスクで帳簿の整理にあたっていた野田開作を、同ホテル内の半地下に造られているワインセラー(貯蔵庫)室内へと、呼び出した。
「いったい、どうしたっていうんだ、時任?こんな所へ呼び付けて。話なら、別の場所でも出来るだろう?」
珍しく、不機嫌顔で現れた野田は、何やら、そわそわと目線の落ち着かない素振りで、居心地悪そうに立っている。ワインセラーの薄暗い電球の明かりの下で、野田の顔色は蒼白くさえ見えた。

「仕事中に、すまない」
時任は、一応形式的な詫びを入れてから、
「ここなら、何をしゃべっても、他の者に聞かれる心配はないからな」
時任は、努めて無表情を装いながら、乾いた声を室内に響き渡らせる。そして、
「おれの訊きたいことは、判っているはずだ。今日は、いつものはぐらかしはなしだ。きっちりと、答えてくれ」
と、野田に迫った。しかし、野田は、彼独特の人を見下したような微苦笑を浮かべ、困惑顔で眉をひそめる。
「お前の訊きたいこと?そんなこと、おれが判る訳ないじゃないか。いくら親友とはいっても、以心伝心というほどの芸当は出来ないよ。------本当に、どうしたんだ?いつものお前らしくないぞ」
「判らないなら、はっきり言おう。野田、お前、昨夜(ゆうべ)、雄介の見ている前で、おれに何をしたんだ?」
時任は、しゃべりながら自分の言葉が、自然と険を含むのが判った。すると、野田は、呆れたように、ふんと鼻で小さく笑うと、
「何だ、そんなことか・・・・」
そう、やや安堵の溜息をつきながら、そばにある木製の丸椅子を手元へ引き寄せて、そこへ腰を下ろした。そして、臆面もなく失笑気味に、
「------別に、大したことじゃない。あの、本間雄介という坊やが大袈裟なんだ。おれは、ただ、お前の寝顔を見ていただけだよ。それだけのことさ。なのに、自分が勝手におれたちの様子を盗み見るような姑息な行動を執っておきながら、こっちを悪者呼ばわりするとはな。こちらの親切心が徒(あだ)になったというものだよ」
と、言った。しかし、時任は、そんな言い訳がましいことを聞きたいのではないと、なおも野田を追及する。
「雄介の話によれば、お前は『悪魔に魂を売り渡した』と、言っていたそうだが、それはどういう意味なんだ?雄介が、お前のことをあそこまで警戒し、嫌悪するというのには、それ相応の理由があるに違いないんだ。お前は、これまでのおれのパートナーたちにしたように、おれの知らないところで、雄介にも同じ嫌がらせのようなことをしたんじゃないだろうな!?」
それを聞いた途端、それまで大人しく淡々とした表情で時任を見詰めていた野田の目付きが、俄に嫌悪感に満ちた鋭い光を放ったかと、思うと、寸時を置き、押し殺した声で吐き捨てるように言った。
「-------雄介、雄介、雄介!どうして、あんな奴のことをそれほど気にするんだ?まだ、知り合って数日の男のことを、何でそこまで・・・・・?」
そう言うと、椅子からゆっくりと立ち上がり、激しく肩を震わせて、憎々しげに呻(うめ)く。
「あんな奴、どうなろうと、知ったことじゃない!時任、お前には、おれがいればいいだろう?おれさえいれば、本間雄介なんて男は、必要ないはずだ!そうだろう!?」
野田は、思わず、時任の方へ一歩踏み出す。驚いた時任は、反射的に身体を退(ひ)くと、異様なものを見るような眼で野田を凝視し、顔面を強張らせた。
<この小説はフィクションです。登場する人物名及び団体名は、すべて架空のものですので、ご了承下さい>
~今日の雑感~
晴れたかと思うと、曇って来て、雪が降って来たと思うと、また晴れて、三月の空は本当に落ち着きがない。春浅き日には風花(かざはな)が似合うなどと言いますが、そんな風流を楽しめるのも、健康な心体なればこそ。わたしのように未だに病み上がりの身には、この気紛れな天候は実際、応えます。
ところで、信濃グランセローズを取り上げておられるブロガーさんたちの記事も、シーズン開幕間近とあって写真や文章にも気合が入って来ました。みなさん、フットワーク軽く中野ローズ球場(市民球場)にも足を運ばれていて、何ともうらやましい限り。わたしのこの体調では、選手たちの勇姿を実際にこの目で見られるのは、いつになることやら・・・・。まだ、当分は、先のことのようです。そこで、ここでは、わたしの持っているささやか情報の中から、選手たちのエピソードを小出しにして行くことに------。
これは、昨年の小高大輔選手との他愛のない会話の一つです。
「BCリーグの各球団名の由来って、どういうことなのか、知っています?」
と、わたしが訊くと、小高選手は、もちろんですと、答え、
「『信濃グランセローズ』の球団名は、偉大なるのグレートと、カモシカのセローが合体したものだということは知っていますよね?それじゃァ、『福井ミラクルエレファンツ』は、判りますか?これは、福井県の格好が動物の象に似ているからという説があるんですよ。それに、『新潟アルビレックス』は、アルビーの白で白鳥の意味と、レックスの王の意味を合わせた言葉。『群馬ダイヤモンドペガサス』は、文字通りの天馬(ペガサス)から命名しているんだと思います。------」
「へ~、詳しいんですねェ。小高選手は、お話も上手だから、子供たちに野球のこと以外でも、色々と講演などしてもらえると嬉しいでしょうね」
「ありがとうございます。今度は、球場まで足を運んで下さいね」
「がんばって、元気になりますね」
わたしも、返事をしながら、とても清々しい気分になりました。
こんな小さなことでも、ファンにとっては嬉しいことですよね。
ただ、三月とはいっても、まだ雪模様の日が続く土地柄の中野市に練習の本拠地があって、選手たちは体調管理などにも気を遣うでしょうし、なんだか少し気の毒なような気もします。でも、こうしたハンディを克服して、ぜひ今年は優勝の二文字をその手中に収めて頂きたいものです。
~ 炎 の 氷 壁 ~ 21
2009年03月11日
雄介たちパトロール員は、横手山を中心として二手に分かれ、黒鳥真琴の行方を追うことにした。神崎パトロール員をリーダーとするパトロール班は、熊の湯温泉方面へ続く北側一帯の徒歩による捜索に、また、時任パトロール員をリーダーとするパトロール班は、渋峠方面へ続く東側ゲレンデの捜索をスキー装着により重点的に行なうことになった。時間は、既に正午近くになり、志賀高原のこの時期の日没時間を午後五時半と見積もっても、捜索にかけられる時間は、ごくわずかに限られている。パトロール員たちは、まずは、スキー客やホテル関係者などへの聞き込みと、ゲレンデ外の危険区域に不明者が迷い込んだ形跡はないのかなどの視点から、慎重に捜索を開始した。
雄介も、時任の指示で、山岳コースを滑るスキーヤーたちから情報を得ようと、黒鳥真琴についての背格好や年齢を例に挙げながら、聞き込みに回る。更に、コース付近の事故多発地帯とも呼ばれる危険区域へもあえて足を踏み入れて、何とかわずかな痕跡でも摑もうと、パトロール員たちは、皆血眼で彼女の消息を追い求めた。
途中からは、志賀高原山岳遭難対策協議会所属の山岳パトロール員たちも合流しての捜索活動となったものの、残念ながら、黒鳥真琴の消息は依然判らず、この日の捜索は、日没をもって打ち切らざるを得なかった。
寒さと疲労でクタクタに萎え切った身体を、ようやくスキーパトロール本部まで運んで来たパトロール員たちは、事務所内の粗末な長椅子やパイプ椅子に座り込んだまま、誰一人として口を利こうともしない。それを見た高木主任は、各パトロール員自前のマグカップや湯呑茶碗に、自らコーヒーを注ぐと、彼ら一人一人の前のテーブルにそれらを置いて、その労をねぎらった。
「みんな、ご苦労さん。捜索は、明日もまた早朝から再開する予定だから、今日のところは早めに宿へ戻って、ゆっくり身体(からだ)を休めてくれ」
パトロール員たちは、高木主任が淹れてくれたコーヒーを飲み干すと、それぞれに腰を上げて、
「お疲れ様でした-----」
「お先に失礼します」
などと、口々に挨拶を交わしながら、帰宅の途に就いた。そんな中、雄介はゆっくりと可児パトロール員のそばまで行くと、その耳元で、こう囁いた。
「可児君、きみ、今夜確か本部の宿直勤務だったよな?」
「そうですけど・・・・」
「それ、おれが替わるよ」
「------えっ?いいんですか?」
「ああ、おれ、今夜は泊まるホテルが決まっていないんだよ。だから、ちょうどいいんだ」
雄介は、正直に説明する。可児は、それ以上の穿鑿(せんさく)をすることなく、単に無邪気に喜んだ。
「やった!ラッキー。おれ、実は、今夜の宿直、誰か交替してくれる人がいないかと思っていたんですよ。でも、今日は皆捜索で疲れているし、そんなこと頼める雰囲気じゃなかったものだから------。ありがとうございます」
可児が笑顔で礼を言うと、それを横目で見ていた神崎が、一言、小憎らしそうな小姑的口振りで、
「どうせ、今日が彼女の誕生日か何かで、一緒に夕食でも食べようなんて、安請け合いしちゃったとか言うんでしょ?あんたって、ホント、女に甘いんだから・・・・」
「-------その通りです。すみません」
図星をさされた可児は、ペロリと舌を出しておどけてみせると、高木主任に、夜間当直勤務を雄介に替わってもらったことを改めて報告し、脱兎の如くスキーパトロール本部を飛び出して行った。
その後は、神崎も去り、高木主任も、雄介に、
「きみの宿泊先は、明日手配することにしよう------」
と、言ってから、加えて、宿直の際は、火の元だけには用心するように助言し、
「それと、もしも、黒鳥真琴さんに関する連絡が警察や遭対協から入ったら、時間は何時(いつ)でも構わないので、必ずおれに電話をしてくれよ」
そう言い含めて、念のため宿泊先の電話番号と自分の携帯番号の両方を雄介に教えると、それじゃァ、また明日と言い置いて、悠然とした足取りで部屋を出て行った。
本部の事務所内に残ったのは、雄介と時任の二人だけになった。
「時任さんも、もうホテルへ帰って下さい。あとは、おれ一人で大丈夫ですから」
雄介は、努めて元気に言う。
「-------そうだな」
時任は、生返事で応答(こた)えながらも、何処となく帰宅を迷っている様子で、一向に腰を上げようとはしない。雄介は、そんな時任の気持ちを先読みして、黒鳥真琴の行方不明に関することでしたら、時任さんには、何の責任も落ち度もありませんよと、諭した。すると、時任は、小さく頷きつつも、それでも何か納得の行かない顔付きで、
「彼女は、あの時、おれがかけた電話を、いったい何処で取ったんだろう?考えてみるに、電話の向こうは、やけに静かな感じで、おれは、てっきり、彼女が、泊まっているホテルの自室にいるものとばかり思っていたんだが・・・・」
と、独り言のように言う。それを聞いた雄介は、
「でも、そうなると、黒鳥真琴は、その時、何処かの建物内にいたかもしれないということですよね?だったら、志賀高原一帯のホテル、旅館などの宿泊施設や、公共のコンベンションセンターなどには、既に捜索の協力依頼がなされているんですから、何処かから情報が入っていてもおかしくないですよ。そうでしょう?」
と、あくまで時任の自責に伴う懸念を振り払うように否定する。すると、時任も、それもそうだなと、かすかに苦笑を漏らし、それじゃ、おれも帰るとするかと、ようやく椅子から立ち上がった。そして、雄介の傍らまで来て、彼の左肩にそっと手を載せると、
「雄介、お前も疲れているんだから、少しは眠れよ。隣の部屋に仮眠用の蒲団も用意してあるからな」
まるで、実の兄が弟を気遣うような穏やかで優しい眼差しを向ける。雄介は、内心、気恥かしいような、それでいて嬉しいような、胸が詰まる心地がして、小さく頷くのがやっとだった。
「じゃァ、また、明日------」
時任は、そう言って微笑むと、雄介に軽く右手を上げて帰りの挨拶をし、退室して行った。
<この小説はフィクションです。登場する人物名及び団体名は、すべて架空の物ですので、ご了承下さい>
~今日の雑感~
最近、何名かのブロガーさんの記事で、共同浴場のマナーに関する話題を取り上げていました。
洗面器を置いての場所取りや、浴室内での大声での会話、浴場を出る時の後始末についてなど、マナーの悪さが目立つという記事もありました。銭湯や、最近多くなって来た飲食付きの温泉施設など、共同浴場の種類も様々になり、天然温泉を謳(うた)う施設も大幅に増加している今日、田舎の天然温泉の共同浴場ヘ入りながら、シャワーがないと、不満を言う旅行客の姿も目につきます。湯船につかる時は、まず、身体を洗ってからとか、タオルを湯船に入れてはいけないとか、洗髪は、洗髪用の場所ですることとか、その温泉の種類の効能に加えて、いろいろな注意書きが掲げられている浴場もありますね。
しかし、それらは、皆、不特定多数の旅行客などが入浴する共同浴場に関するマナーです。わたしたちが、普段利用している地元の人たちのみが入浴出来る共同浴場には、これとは全く別の地元マナーが存在するのです。
まず、最初に場所を取った人の邪魔は絶対してはいけません。最初にその場所に座った人が浴槽に入っている間も、あとから来た人は、たとえそこが空いていても、座ることは許されません。もし、知らずに割り込んだりしたら、とんでもない非常識者だと、白い目で見られるばかりか、中には、面と向かって叱られる場合さえあります。また、湯船へタオルを入れることも、ついこの間までは、当然のことで、これを注意などしようものなら、出て行けと、追い出されるのが関の山でした。更に、お年寄りが入っている時は、若い者は出来るだけ遠慮して入浴時間も早々に切り上げるのが一般的で、わたしが子どもの頃は、「子供が長風呂などするものではない」と、言われ、せいぜい十分も入れば、上がるように急かされました。
脱衣所でも、こうしたマナーは厳しく言われ、年長者が衣服を脱ぎ着している時は、たとえ裸でも、その人の脱ぎ着が終わるまで、子供はそこで待っていなければなりません。そうやって、小さい頃から徹底的に共同浴場の作法を擦り込まれたものですから、正直、わたしは、最近の温泉施設での入り方が苦痛でならないのです。幼い頃から、熱いお湯が当然で、水など埋めようものなら叱りつけられ、すごく熱いお湯でも我慢をして入るように躾けられた身としては、あのぬるま湯のような物を、温泉と呼んでいること自体も、どうなのかと、疑問に思うのです。
雄介も、時任の指示で、山岳コースを滑るスキーヤーたちから情報を得ようと、黒鳥真琴についての背格好や年齢を例に挙げながら、聞き込みに回る。更に、コース付近の事故多発地帯とも呼ばれる危険区域へもあえて足を踏み入れて、何とかわずかな痕跡でも摑もうと、パトロール員たちは、皆血眼で彼女の消息を追い求めた。
途中からは、志賀高原山岳遭難対策協議会所属の山岳パトロール員たちも合流しての捜索活動となったものの、残念ながら、黒鳥真琴の消息は依然判らず、この日の捜索は、日没をもって打ち切らざるを得なかった。
寒さと疲労でクタクタに萎え切った身体を、ようやくスキーパトロール本部まで運んで来たパトロール員たちは、事務所内の粗末な長椅子やパイプ椅子に座り込んだまま、誰一人として口を利こうともしない。それを見た高木主任は、各パトロール員自前のマグカップや湯呑茶碗に、自らコーヒーを注ぐと、彼ら一人一人の前のテーブルにそれらを置いて、その労をねぎらった。
「みんな、ご苦労さん。捜索は、明日もまた早朝から再開する予定だから、今日のところは早めに宿へ戻って、ゆっくり身体(からだ)を休めてくれ」
パトロール員たちは、高木主任が淹れてくれたコーヒーを飲み干すと、それぞれに腰を上げて、
「お疲れ様でした-----」
「お先に失礼します」
などと、口々に挨拶を交わしながら、帰宅の途に就いた。そんな中、雄介はゆっくりと可児パトロール員のそばまで行くと、その耳元で、こう囁いた。
「可児君、きみ、今夜確か本部の宿直勤務だったよな?」

「そうですけど・・・・」
「それ、おれが替わるよ」
「------えっ?いいんですか?」
「ああ、おれ、今夜は泊まるホテルが決まっていないんだよ。だから、ちょうどいいんだ」
雄介は、正直に説明する。可児は、それ以上の穿鑿(せんさく)をすることなく、単に無邪気に喜んだ。
「やった!ラッキー。おれ、実は、今夜の宿直、誰か交替してくれる人がいないかと思っていたんですよ。でも、今日は皆捜索で疲れているし、そんなこと頼める雰囲気じゃなかったものだから------。ありがとうございます」
可児が笑顔で礼を言うと、それを横目で見ていた神崎が、一言、小憎らしそうな小姑的口振りで、
「どうせ、今日が彼女の誕生日か何かで、一緒に夕食でも食べようなんて、安請け合いしちゃったとか言うんでしょ?あんたって、ホント、女に甘いんだから・・・・」
「-------その通りです。すみません」
図星をさされた可児は、ペロリと舌を出しておどけてみせると、高木主任に、夜間当直勤務を雄介に替わってもらったことを改めて報告し、脱兎の如くスキーパトロール本部を飛び出して行った。
その後は、神崎も去り、高木主任も、雄介に、
「きみの宿泊先は、明日手配することにしよう------」
と、言ってから、加えて、宿直の際は、火の元だけには用心するように助言し、
「それと、もしも、黒鳥真琴さんに関する連絡が警察や遭対協から入ったら、時間は何時(いつ)でも構わないので、必ずおれに電話をしてくれよ」
そう言い含めて、念のため宿泊先の電話番号と自分の携帯番号の両方を雄介に教えると、それじゃァ、また明日と言い置いて、悠然とした足取りで部屋を出て行った。
本部の事務所内に残ったのは、雄介と時任の二人だけになった。
「時任さんも、もうホテルへ帰って下さい。あとは、おれ一人で大丈夫ですから」
雄介は、努めて元気に言う。
「-------そうだな」
時任は、生返事で応答(こた)えながらも、何処となく帰宅を迷っている様子で、一向に腰を上げようとはしない。雄介は、そんな時任の気持ちを先読みして、黒鳥真琴の行方不明に関することでしたら、時任さんには、何の責任も落ち度もありませんよと、諭した。すると、時任は、小さく頷きつつも、それでも何か納得の行かない顔付きで、
「彼女は、あの時、おれがかけた電話を、いったい何処で取ったんだろう?考えてみるに、電話の向こうは、やけに静かな感じで、おれは、てっきり、彼女が、泊まっているホテルの自室にいるものとばかり思っていたんだが・・・・」
と、独り言のように言う。それを聞いた雄介は、
「でも、そうなると、黒鳥真琴は、その時、何処かの建物内にいたかもしれないということですよね?だったら、志賀高原一帯のホテル、旅館などの宿泊施設や、公共のコンベンションセンターなどには、既に捜索の協力依頼がなされているんですから、何処かから情報が入っていてもおかしくないですよ。そうでしょう?」
と、あくまで時任の自責に伴う懸念を振り払うように否定する。すると、時任も、それもそうだなと、かすかに苦笑を漏らし、それじゃ、おれも帰るとするかと、ようやく椅子から立ち上がった。そして、雄介の傍らまで来て、彼の左肩にそっと手を載せると、
「雄介、お前も疲れているんだから、少しは眠れよ。隣の部屋に仮眠用の蒲団も用意してあるからな」
まるで、実の兄が弟を気遣うような穏やかで優しい眼差しを向ける。雄介は、内心、気恥かしいような、それでいて嬉しいような、胸が詰まる心地がして、小さく頷くのがやっとだった。
「じゃァ、また、明日------」
時任は、そう言って微笑むと、雄介に軽く右手を上げて帰りの挨拶をし、退室して行った。
<この小説はフィクションです。登場する人物名及び団体名は、すべて架空の物ですので、ご了承下さい>
~今日の雑感~
最近、何名かのブロガーさんの記事で、共同浴場のマナーに関する話題を取り上げていました。
洗面器を置いての場所取りや、浴室内での大声での会話、浴場を出る時の後始末についてなど、マナーの悪さが目立つという記事もありました。銭湯や、最近多くなって来た飲食付きの温泉施設など、共同浴場の種類も様々になり、天然温泉を謳(うた)う施設も大幅に増加している今日、田舎の天然温泉の共同浴場ヘ入りながら、シャワーがないと、不満を言う旅行客の姿も目につきます。湯船につかる時は、まず、身体を洗ってからとか、タオルを湯船に入れてはいけないとか、洗髪は、洗髪用の場所ですることとか、その温泉の種類の効能に加えて、いろいろな注意書きが掲げられている浴場もありますね。
しかし、それらは、皆、不特定多数の旅行客などが入浴する共同浴場に関するマナーです。わたしたちが、普段利用している地元の人たちのみが入浴出来る共同浴場には、これとは全く別の地元マナーが存在するのです。
まず、最初に場所を取った人の邪魔は絶対してはいけません。最初にその場所に座った人が浴槽に入っている間も、あとから来た人は、たとえそこが空いていても、座ることは許されません。もし、知らずに割り込んだりしたら、とんでもない非常識者だと、白い目で見られるばかりか、中には、面と向かって叱られる場合さえあります。また、湯船へタオルを入れることも、ついこの間までは、当然のことで、これを注意などしようものなら、出て行けと、追い出されるのが関の山でした。更に、お年寄りが入っている時は、若い者は出来るだけ遠慮して入浴時間も早々に切り上げるのが一般的で、わたしが子どもの頃は、「子供が長風呂などするものではない」と、言われ、せいぜい十分も入れば、上がるように急かされました。
脱衣所でも、こうしたマナーは厳しく言われ、年長者が衣服を脱ぎ着している時は、たとえ裸でも、その人の脱ぎ着が終わるまで、子供はそこで待っていなければなりません。そうやって、小さい頃から徹底的に共同浴場の作法を擦り込まれたものですから、正直、わたしは、最近の温泉施設での入り方が苦痛でならないのです。幼い頃から、熱いお湯が当然で、水など埋めようものなら叱りつけられ、すごく熱いお湯でも我慢をして入るように躾けられた身としては、あのぬるま湯のような物を、温泉と呼んでいること自体も、どうなのかと、疑問に思うのです。
~ 炎 の 氷 壁 ~ ⑳
2009年03月09日
時任と雄介の二人が、横手山スカイパークスキー場の監視塔内にあるスキーパトロール本部へ急遽取って返すと、既に室内には、志賀高原観光開発索道協会から戻っていた高木三郎主任を前に、神崎綾子パトロール員や可児周平パトロール員他五名の同僚パトロール員たちが、指令を受けている最中であった。室内へ飛び込むなり、息せき切りながらも、時任は、高木主任に向って早口にことの詳細を訊ねた。
「行方不明者の捜索要請が来たって、いったい誰がいなくなったんですか?」
すると、高木主任は、真剣そのものといった表情で、
「実は、おれも、索道協会にいた時に神崎君から連絡をもらって、急いで帰って来たんだが、遭対協(志賀高原山岳遭難対策連絡協議会)からの出動要請なんだよ」
と、言う。時任は、驚き、語気を強める。
「遭対協-------?山岳遭難ですか?」
「いや、そいつが、まだよく判らんのだが、昨日の午前十時頃、女性が一人、横手山ヘ行くと言って宿泊しているホテルを出たきり、未だに戻って来ていないそうなんだよ。これまでまったく連絡がなく、万が一のことを考慮したホテル側が、遭対協へ捜索願を出したんだ。現在、地元の警察署も、捜索に加わる体制を組んでいるところだが、こちらへも、捜索に協力して欲しいとの依頼が入ったという訳だ」
「その行方が判らないという女性は、スキー客なんですか?名前は、何と------?」
雄介が質問した直後、今度は、傍らから神崎が言葉を挟んで来た。
「それが、例のスキー客のリフト落下事故を通報してくれた、熊の湯温泉スキー場のスキーインストラクターの黒鳥真琴という女性なのよ」
「黒鳥真琴ですって!?」
雄介は、仰天し、言葉の語尾が思わず裏返った。と、同時に、すかさず時任の表情へと目をやる。案の定、時任もかなりの驚きを隠せぬ様子で、端整な横顔が愕然と強張っているのが判る。高木主任は、そんな時任の顔色に一抹の不審を抱いたものか、それとなく探りを入れるような目線で彼を見詰めると、
「------時任君、何か、行方不明者のことで心当たりでもあるのかね?」
と、訊ねる。時任は、ほんの少し間を取ったのちに、決心したように重い口を開いた。
「実は、昨日の午後の熊の湯温泉スキー場でのパトロール勤務が決まってから、黒鳥真琴さんに連絡を入れ、彼女とスキー場内のレストハウスで会う約束をしていました」
「何だって?-------それは、どういうことかね?」
「すみません。理由は、今は、勘弁して下さい。でも、黒鳥真琴さんは、現れませんでした」
時任は、如何にも申し訳なさそうに俯きがちに答える。そして、その時のことを詳しく思い出そうとする口調で、
「おれが、黒鳥真琴さんに携帯電話で連絡を取った時は、彼女は、おれと会うことを承諾してくれました。その時間は、午前十一時をまわった頃でした」
「午前十一時・・・・。黒鳥真琴さんが熊の湯温泉のホテルを出てから約一時間後か・・・・」
神崎が、思案顔で唸るように呟く。すると、それを聞いていた可児も、思わず咳き込み加減にたたみかける。
「時任さん、その時、黒鳥真琴は、何処にいると言っていました!?横手山に向かっているというようなことは、言っていませんでしたか?」
しかし、時任は、苦痛の表情を緩めることなく、小さく頭(かぶり)を振り、
「すまない。何も聞いていないんだ・・・・」
「-------そうですか。残念だなァ」
可児は、あからさまに落胆の色を口吻(こうふん)に宿す。それを聞いた雄介は、時任が抱えている辛苦のことなど何も知らないくせに、訊いたふうな口を叩くなよと、胸中に吐き捨ててから、その場に漂うぎこちない怪訝な空気を払拭するべく、わざと声を張った。
「でも、黒鳥真琴が、昨日の午前十一時までは元気でいたということは確かな訳ですよね?だいいち、彼女は、スキーのインストラクターまでしている女性ですよ。冬山の危険については、誰よりも明解に認識しているはずじゃァないですか。仕事に嫌気がさして、断わりもなく勝手に志賀高原(やま)を下りたということは考えられないんですか?」
それに対しては、神崎が、答える。
「それはないと思う。だって、彼女の所持品は、彼女が借りていたホテルの部屋に、まだすべて残されたままだというから-----。若い女性が衣類やアクセサリー、化粧道具の類を置きっぱなしにして、姿を消すなんてことは、普通考えられないことだからね」
「そうなんですか・・・・・」
神崎の説明に、雄介がやおら沈吟したのを待っていたかの如く、高木主任が、号令をかけるように言い放った。
「とにかく、我々は、この横手山スカイパークスキー場を中心とした横手山から渋峠(しぶとうげ)にかけての山岳コース一帯に行方不明者の捜索網を広げる。ただし、ガラン沢方面への捜索は危険が伴うので、遭対協との連携を諮ったうえでの実行とする。よって、くれぐれも独自の判断による軽挙は慎むこと。それじゃァ、ゲレンデパトロールに残る者以外は、全員捜索にあたってくれ。日没までには、もうあまり時間がないからな。効率的に頼むぞ。以上だ」
「はいっ!」
歯切れよく返事をした各パトロール員たちは、一斉にパトロール本部を飛び出して行った。時任と雄介も、彼らに続いて部屋を出て行こうとするのを、背後から、高木主任が呼び止める。
「時任君、きみと黒鳥真琴さんとの間に何があるかは知らんが、この捜索に、個人的心情は持ち込まんでくれよ。それだけは、念を押しておく」
「判っています」
時任は、きっぱりと答えると、
「雄介、行くぞ!」
そう一声発して、雄介を促しつつ、行方不明者の捜索活動へと出動した。
<この小説はフィクションです。登場する人物名及び団体名は、すべて架空の物ですので、ご了承下さい>
~今日の雑感~
ririchiさんのブログの記事「七人の馬鹿」を読ませて頂いて、一つ思い付きました。「介護労働年金」という物です。これからの少子高齢化社会は、団塊の世代が高齢化してくることで、ますます年金の給付額にも影響が出て来るといいますよね。「こんなことでは、自分が年金をもらえる年齢がドンドン先送りされて、きっと七十歳以上にならないともらえないようになるんじゃないだろうか?」とか、「今の給付水準を維持するなんて、どう考えても無理だろうから、たぶん、かなりもらえる金額は減らされてしまうんだろうなァ」と、考えれば考えるほど悲観的な未来像になりそうです。そうなれば、年金を支払おうなんて思う人も減少することは当然で、将来の老齢化社会の困窮は目に見えています。
そこで、心配なのは、高齢になった時に、もし介護が必要となったら、何処で誰に面倒を見てもらうかということです。頼りの年金がほとんどもらえないとなれば、地方自治体が行っている介護サービスも満足に受けられないという可能性も・・・・。では、お金はないけれど、体力ならあるという若いうちに、自分が老後受けるであろうと思われる介護のための蓄えをしてしまおうというのが、この「介護労働年金」です。老人福祉施設やグループホーム、病院、もしくは訪問介護など、自分の家族以外の人の介護をすると、その分が、今度自分が年を取った時に介護サービスとして受けられるというシステム。もちろん、年金との併有受給も可能。
こういう、いわゆる労働貯金のようなものがあれば、無報酬でも、皆さん率先して介護現場へ出向くのではないでしょうか?かつて、聞いた話では、ドイツには、徴兵制度のようなものががあるのだそうですが、兵隊になるか、それとも介護現場で働くか、二者選一が出来るのだとか。------ただ、この、我が「介護労働年金」構想にも、穴はありまして、このシステムを利用したい人たちのための育成費用をどこから捻出するのかとか、自分が今度面倒を見てもらう段階になったら、少子化により、介護する側の若者たちが減ってしまい、自分の番まで回ってこないということもあり得る訳で・・・・。まあ、所詮は素人の戯言ですから、あまり現実味はない話ではありますけれど・・・・。(^_^;)
「行方不明者の捜索要請が来たって、いったい誰がいなくなったんですか?」
すると、高木主任は、真剣そのものといった表情で、
「実は、おれも、索道協会にいた時に神崎君から連絡をもらって、急いで帰って来たんだが、遭対協(志賀高原山岳遭難対策連絡協議会)からの出動要請なんだよ」

と、言う。時任は、驚き、語気を強める。
「遭対協-------?山岳遭難ですか?」
「いや、そいつが、まだよく判らんのだが、昨日の午前十時頃、女性が一人、横手山ヘ行くと言って宿泊しているホテルを出たきり、未だに戻って来ていないそうなんだよ。これまでまったく連絡がなく、万が一のことを考慮したホテル側が、遭対協へ捜索願を出したんだ。現在、地元の警察署も、捜索に加わる体制を組んでいるところだが、こちらへも、捜索に協力して欲しいとの依頼が入ったという訳だ」
「その行方が判らないという女性は、スキー客なんですか?名前は、何と------?」
雄介が質問した直後、今度は、傍らから神崎が言葉を挟んで来た。
「それが、例のスキー客のリフト落下事故を通報してくれた、熊の湯温泉スキー場のスキーインストラクターの黒鳥真琴という女性なのよ」
「黒鳥真琴ですって!?」
雄介は、仰天し、言葉の語尾が思わず裏返った。と、同時に、すかさず時任の表情へと目をやる。案の定、時任もかなりの驚きを隠せぬ様子で、端整な横顔が愕然と強張っているのが判る。高木主任は、そんな時任の顔色に一抹の不審を抱いたものか、それとなく探りを入れるような目線で彼を見詰めると、
「------時任君、何か、行方不明者のことで心当たりでもあるのかね?」
と、訊ねる。時任は、ほんの少し間を取ったのちに、決心したように重い口を開いた。
「実は、昨日の午後の熊の湯温泉スキー場でのパトロール勤務が決まってから、黒鳥真琴さんに連絡を入れ、彼女とスキー場内のレストハウスで会う約束をしていました」
「何だって?-------それは、どういうことかね?」
「すみません。理由は、今は、勘弁して下さい。でも、黒鳥真琴さんは、現れませんでした」
時任は、如何にも申し訳なさそうに俯きがちに答える。そして、その時のことを詳しく思い出そうとする口調で、
「おれが、黒鳥真琴さんに携帯電話で連絡を取った時は、彼女は、おれと会うことを承諾してくれました。その時間は、午前十一時をまわった頃でした」
「午前十一時・・・・。黒鳥真琴さんが熊の湯温泉のホテルを出てから約一時間後か・・・・」
神崎が、思案顔で唸るように呟く。すると、それを聞いていた可児も、思わず咳き込み加減にたたみかける。
「時任さん、その時、黒鳥真琴は、何処にいると言っていました!?横手山に向かっているというようなことは、言っていませんでしたか?」
しかし、時任は、苦痛の表情を緩めることなく、小さく頭(かぶり)を振り、
「すまない。何も聞いていないんだ・・・・」
「-------そうですか。残念だなァ」
可児は、あからさまに落胆の色を口吻(こうふん)に宿す。それを聞いた雄介は、時任が抱えている辛苦のことなど何も知らないくせに、訊いたふうな口を叩くなよと、胸中に吐き捨ててから、その場に漂うぎこちない怪訝な空気を払拭するべく、わざと声を張った。
「でも、黒鳥真琴が、昨日の午前十一時までは元気でいたということは確かな訳ですよね?だいいち、彼女は、スキーのインストラクターまでしている女性ですよ。冬山の危険については、誰よりも明解に認識しているはずじゃァないですか。仕事に嫌気がさして、断わりもなく勝手に志賀高原(やま)を下りたということは考えられないんですか?」
それに対しては、神崎が、答える。
「それはないと思う。だって、彼女の所持品は、彼女が借りていたホテルの部屋に、まだすべて残されたままだというから-----。若い女性が衣類やアクセサリー、化粧道具の類を置きっぱなしにして、姿を消すなんてことは、普通考えられないことだからね」
「そうなんですか・・・・・」
神崎の説明に、雄介がやおら沈吟したのを待っていたかの如く、高木主任が、号令をかけるように言い放った。
「とにかく、我々は、この横手山スカイパークスキー場を中心とした横手山から渋峠(しぶとうげ)にかけての山岳コース一帯に行方不明者の捜索網を広げる。ただし、ガラン沢方面への捜索は危険が伴うので、遭対協との連携を諮ったうえでの実行とする。よって、くれぐれも独自の判断による軽挙は慎むこと。それじゃァ、ゲレンデパトロールに残る者以外は、全員捜索にあたってくれ。日没までには、もうあまり時間がないからな。効率的に頼むぞ。以上だ」
「はいっ!」
歯切れよく返事をした各パトロール員たちは、一斉にパトロール本部を飛び出して行った。時任と雄介も、彼らに続いて部屋を出て行こうとするのを、背後から、高木主任が呼び止める。
「時任君、きみと黒鳥真琴さんとの間に何があるかは知らんが、この捜索に、個人的心情は持ち込まんでくれよ。それだけは、念を押しておく」
「判っています」
時任は、きっぱりと答えると、
「雄介、行くぞ!」
そう一声発して、雄介を促しつつ、行方不明者の捜索活動へと出動した。
<この小説はフィクションです。登場する人物名及び団体名は、すべて架空の物ですので、ご了承下さい>
~今日の雑感~
ririchiさんのブログの記事「七人の馬鹿」を読ませて頂いて、一つ思い付きました。「介護労働年金」という物です。これからの少子高齢化社会は、団塊の世代が高齢化してくることで、ますます年金の給付額にも影響が出て来るといいますよね。「こんなことでは、自分が年金をもらえる年齢がドンドン先送りされて、きっと七十歳以上にならないともらえないようになるんじゃないだろうか?」とか、「今の給付水準を維持するなんて、どう考えても無理だろうから、たぶん、かなりもらえる金額は減らされてしまうんだろうなァ」と、考えれば考えるほど悲観的な未来像になりそうです。そうなれば、年金を支払おうなんて思う人も減少することは当然で、将来の老齢化社会の困窮は目に見えています。
そこで、心配なのは、高齢になった時に、もし介護が必要となったら、何処で誰に面倒を見てもらうかということです。頼りの年金がほとんどもらえないとなれば、地方自治体が行っている介護サービスも満足に受けられないという可能性も・・・・。では、お金はないけれど、体力ならあるという若いうちに、自分が老後受けるであろうと思われる介護のための蓄えをしてしまおうというのが、この「介護労働年金」です。老人福祉施設やグループホーム、病院、もしくは訪問介護など、自分の家族以外の人の介護をすると、その分が、今度自分が年を取った時に介護サービスとして受けられるというシステム。もちろん、年金との併有受給も可能。
こういう、いわゆる労働貯金のようなものがあれば、無報酬でも、皆さん率先して介護現場へ出向くのではないでしょうか?かつて、聞いた話では、ドイツには、徴兵制度のようなものががあるのだそうですが、兵隊になるか、それとも介護現場で働くか、二者選一が出来るのだとか。------ただ、この、我が「介護労働年金」構想にも、穴はありまして、このシステムを利用したい人たちのための育成費用をどこから捻出するのかとか、自分が今度面倒を見てもらう段階になったら、少子化により、介護する側の若者たちが減ってしまい、自分の番まで回ってこないということもあり得る訳で・・・・。まあ、所詮は素人の戯言ですから、あまり現実味はない話ではありますけれど・・・・。(^_^;)
~ 炎 の 氷 壁 ~ ⑲
2009年03月08日
雄介に、そんな尊敬と羨望の眼差しを向けられつつも、時任は、腰に巻いたホルダーベルトから携帯無線通話機(トランシーバー)を取り出すと、横手山スカイパークスキー場のスキーパトロール本部へ、横手山から渋峠スキー場へ向かう山岳林間コースで、病人が出た旨の連絡を入れる。
「-------至急、応援のパトロール員をよこして下さい。患者の容態は現在のところ安定しているものの、自力での下山は困難と思います。一応、病院への搬送が必要と判断しますので、救急車の手配をお願いします」
時任の応援要請から約十分後、近くを巡回していた別の同僚スキーパトロール員二名が現場へと到着し、その若い男性スキーヤーに付き添う形で、麓のスキー場へと滑り去って行った。
雄介が、ようやくそこで、安堵の胸を撫で下ろすのを見計らったかのように、時任が、やおら口を開いた。
「ところで、今朝の話の続き何だが-------」
そら、来たと、雄介は思わず内心に身構える。そのことを切り出されるのは、時任とのパトロールに同行した以上、先刻から覚悟はしていたが、いざ言及されてみると、昨夜見たあのおぞましいとも思える光景が、フラッシュバックの如く脳裏によみがえり、それでも、時任のことを信頼したいと思う率直な気持ちとが複雑に入り乱れる雄介の頭の中は、慌ただしく混乱した。そうはいっても、やはり、時任に隠し事をしながらのパトロール勤務は、何処か後ろめたさも感じてはいる。
そこで雄介は、自分の心情や考にえは一切言及することなく、昨夜その目で見、耳で聞いたことだけを、そのまま率直に時任へ伝えようと、決心した。そして、気持の平静を装いつつ、あくまでも淡々と一部始終を語り終えたところで、
「-------時任さんに対する野田さんの気持ちは、おれたち第三者には理解し難いほど深いものがあるようですから、おれのような部外者があなたのそばにいることは、あなた方二人の関係にとってあまり良い影響を及ぼすとは思えない。だから、おれは、横手山ロッジを出ることにしたんです。でも、パトロールの仕事は、これまで通りあなたと一緒にやらせて頂きますから、その点は心配しないで下さい。おれ、この仕事、嫌いじゃァありませんから」
と、努めてさばさばとした口調で、もはや、懸念には及ばないということを精一杯アピールした。だが、雄介の期待とは裏腹に、その話を聞いた時任の顔は、たちまち暗渋に曇ると、固く唇を噛み締めたまま俯いてしまった。そのまま、しばらく沈黙していた時任だったが、ようやく気持ちの整理が付いたものか、ゆっくりと雄介の方ヘ頭(こうべ)を巡らすと、静かな声で言った。
「そういうことだったのか・・・・。不快な思いをさせてしまったな。昨夜(ゆうべ)、そんなことがあったなんて、全く気付かずに眠っていた。野田が言っていたという言葉の意味は、おれにもどういうことなのかよく判らないが、たぶん、お前にも話した高校三年の時に起きた山での事故のことが関係しているのだと思う。高校三年の夏休みに、おれは野田と二人で、志賀高原の岩菅山(いわすげやま)への登山をしたのだが、その際野田が左脚を負傷し、おれが、彼を背負って下山したことを言っていたのだと思う。しかし、それにしても、そのことと、『悪魔に魂を売リ渡す』などという言葉が、どうして結びつくのか・・・・?」
そう言うと、時任は、またもや考え込んでしまった。雄介は、そんな時任に、
「もう、いいですよ。今回のことは、おれが勝手に臍(へそ)を曲げちまったことですから、考えてみれば、時任さんにも野田さんにも非がある訳じゃァない。要するに、おれの我儘(わがまま)なんです。余計な気を遣わせてしまって、詫びなきゃならないのは、むしろおれの方なんですよ」
と、頭を下げた。すると、時任は、小さく首を横に振り、いいや、お前の反応は、ごくまともだよと、付け加える。そして、
「しかし、誤解しないで欲しい。おれにとっての野田は、確かに親友ではあるが、それ以上の特別な存在という訳ではないし、もしも、野田(あいつ)が、お前に何か理不尽な態度をとったというのなら、おれは、それを許すつもりもない」
「理不尽な態度なんて--------、そんなことはありませんよ」
雄介は、慌てて否定してから、大仰なほどに明るい声で、
「------もう、この話は、よしにしましょう!」
弾けるように言い放った時であった、時任の腰のホルダーに納められていた携帯無線機が、緊急連絡を入れて来た。時任がこれに応じると、神崎パトロール員の声で、今すぐスキーパトロール本部まで戻って来て欲しいと言う。時任が、何か緊急事態でも起きたのかと訊ね返すと、神崎からの返答は、横手山管区内で、行方不明者捜索要請の事案が発生したので、非常呼集をかけたというものであった。
「了解。即時、帰塔します」
時任は、応答すると、雄介とともにパトロール本部への帰途に就いた。
<この小説はフィクションです。登場する人物名及び団体名は、すべて架空の物ですので、ご了承下さい>
~今日の雑感~
少し遠くのスーパーへ買い物に行く時って、汚れてもいいものなんだけれど、それなりに小奇麗な格好をして行く方がいいかな?なんて、毎度のことながら、ちょっと悩みます。特に、こんな春先は、もうオーバーの類ではうっとおしいし、そうかといって、セーター一枚では、何だかうすら寒いし、それではジャケットでも羽織ればとも思うのですが、いつもの決まり切った格好になってしまい何とも芸がありません。そこで、クローゼット(こう言えば格好はいいが、ほとんどタンスです)の中を捜したところ、手頃なオレンジ系のベストを発見。「よし、これで決まり!」と、自家用車(十年以上も乗っているボロい軽自動車)でスーパーへ。
一通り、スーパーのかごに商品を入れ、さて、レジへ。すると、不思議なことに、そのレジ係のお姉さんがやたらに親切なんです。愛想笑いまで浮かべて、代金を払った後に、一言、「本当に、ご苦労さまですねェ。がんばってくださいね」なんて言葉までかけて下さって。「・・・・・????」何なんだ?この異様な優しさは------?しかも、いったい何をがんばればいいんだ?と、首を傾げながら、スーパーの外へ。そこで、見た光景は、下水管の敷設工事をするおじさんたちの勇姿。その人たちが着ている職人用のワーキングベストが、わたしの着ているものとよく似ていた訳で。どうやら、スーパーのレジ係のお姉さんは、わたしもその工事担当者の一人だと勘違いをしたようです。そうか、それじゃァ、次はヘルメットでも被って行ったらもう完璧!今度は、どんな親切をしてくれるのかな? (((^-^)))ワクワク・・・(この書き方、まるなすさんの受け売りです)

「-------至急、応援のパトロール員をよこして下さい。患者の容態は現在のところ安定しているものの、自力での下山は困難と思います。一応、病院への搬送が必要と判断しますので、救急車の手配をお願いします」
時任の応援要請から約十分後、近くを巡回していた別の同僚スキーパトロール員二名が現場へと到着し、その若い男性スキーヤーに付き添う形で、麓のスキー場へと滑り去って行った。
雄介が、ようやくそこで、安堵の胸を撫で下ろすのを見計らったかのように、時任が、やおら口を開いた。
「ところで、今朝の話の続き何だが-------」
そら、来たと、雄介は思わず内心に身構える。そのことを切り出されるのは、時任とのパトロールに同行した以上、先刻から覚悟はしていたが、いざ言及されてみると、昨夜見たあのおぞましいとも思える光景が、フラッシュバックの如く脳裏によみがえり、それでも、時任のことを信頼したいと思う率直な気持ちとが複雑に入り乱れる雄介の頭の中は、慌ただしく混乱した。そうはいっても、やはり、時任に隠し事をしながらのパトロール勤務は、何処か後ろめたさも感じてはいる。
そこで雄介は、自分の心情や考にえは一切言及することなく、昨夜その目で見、耳で聞いたことだけを、そのまま率直に時任へ伝えようと、決心した。そして、気持の平静を装いつつ、あくまでも淡々と一部始終を語り終えたところで、
「-------時任さんに対する野田さんの気持ちは、おれたち第三者には理解し難いほど深いものがあるようですから、おれのような部外者があなたのそばにいることは、あなた方二人の関係にとってあまり良い影響を及ぼすとは思えない。だから、おれは、横手山ロッジを出ることにしたんです。でも、パトロールの仕事は、これまで通りあなたと一緒にやらせて頂きますから、その点は心配しないで下さい。おれ、この仕事、嫌いじゃァありませんから」
と、努めてさばさばとした口調で、もはや、懸念には及ばないということを精一杯アピールした。だが、雄介の期待とは裏腹に、その話を聞いた時任の顔は、たちまち暗渋に曇ると、固く唇を噛み締めたまま俯いてしまった。そのまま、しばらく沈黙していた時任だったが、ようやく気持ちの整理が付いたものか、ゆっくりと雄介の方ヘ頭(こうべ)を巡らすと、静かな声で言った。
「そういうことだったのか・・・・。不快な思いをさせてしまったな。昨夜(ゆうべ)、そんなことがあったなんて、全く気付かずに眠っていた。野田が言っていたという言葉の意味は、おれにもどういうことなのかよく判らないが、たぶん、お前にも話した高校三年の時に起きた山での事故のことが関係しているのだと思う。高校三年の夏休みに、おれは野田と二人で、志賀高原の岩菅山(いわすげやま)への登山をしたのだが、その際野田が左脚を負傷し、おれが、彼を背負って下山したことを言っていたのだと思う。しかし、それにしても、そのことと、『悪魔に魂を売リ渡す』などという言葉が、どうして結びつくのか・・・・?」
そう言うと、時任は、またもや考え込んでしまった。雄介は、そんな時任に、
「もう、いいですよ。今回のことは、おれが勝手に臍(へそ)を曲げちまったことですから、考えてみれば、時任さんにも野田さんにも非がある訳じゃァない。要するに、おれの我儘(わがまま)なんです。余計な気を遣わせてしまって、詫びなきゃならないのは、むしろおれの方なんですよ」
と、頭を下げた。すると、時任は、小さく首を横に振り、いいや、お前の反応は、ごくまともだよと、付け加える。そして、
「しかし、誤解しないで欲しい。おれにとっての野田は、確かに親友ではあるが、それ以上の特別な存在という訳ではないし、もしも、野田(あいつ)が、お前に何か理不尽な態度をとったというのなら、おれは、それを許すつもりもない」
「理不尽な態度なんて--------、そんなことはありませんよ」
雄介は、慌てて否定してから、大仰なほどに明るい声で、
「------もう、この話は、よしにしましょう!」
弾けるように言い放った時であった、時任の腰のホルダーに納められていた携帯無線機が、緊急連絡を入れて来た。時任がこれに応じると、神崎パトロール員の声で、今すぐスキーパトロール本部まで戻って来て欲しいと言う。時任が、何か緊急事態でも起きたのかと訊ね返すと、神崎からの返答は、横手山管区内で、行方不明者捜索要請の事案が発生したので、非常呼集をかけたというものであった。
「了解。即時、帰塔します」
時任は、応答すると、雄介とともにパトロール本部への帰途に就いた。
<この小説はフィクションです。登場する人物名及び団体名は、すべて架空の物ですので、ご了承下さい>
~今日の雑感~
少し遠くのスーパーへ買い物に行く時って、汚れてもいいものなんだけれど、それなりに小奇麗な格好をして行く方がいいかな?なんて、毎度のことながら、ちょっと悩みます。特に、こんな春先は、もうオーバーの類ではうっとおしいし、そうかといって、セーター一枚では、何だかうすら寒いし、それではジャケットでも羽織ればとも思うのですが、いつもの決まり切った格好になってしまい何とも芸がありません。そこで、クローゼット(こう言えば格好はいいが、ほとんどタンスです)の中を捜したところ、手頃なオレンジ系のベストを発見。「よし、これで決まり!」と、自家用車(十年以上も乗っているボロい軽自動車)でスーパーへ。
一通り、スーパーのかごに商品を入れ、さて、レジへ。すると、不思議なことに、そのレジ係のお姉さんがやたらに親切なんです。愛想笑いまで浮かべて、代金を払った後に、一言、「本当に、ご苦労さまですねェ。がんばってくださいね」なんて言葉までかけて下さって。「・・・・・????」何なんだ?この異様な優しさは------?しかも、いったい何をがんばればいいんだ?と、首を傾げながら、スーパーの外へ。そこで、見た光景は、下水管の敷設工事をするおじさんたちの勇姿。その人たちが着ている職人用のワーキングベストが、わたしの着ているものとよく似ていた訳で。どうやら、スーパーのレジ係のお姉さんは、わたしもその工事担当者の一人だと勘違いをしたようです。そうか、それじゃァ、次はヘルメットでも被って行ったらもう完璧!今度は、どんな親切をしてくれるのかな? (((^-^)))ワクワク・・・(この書き方、まるなすさんの受け売りです)
~ 炎 の 氷 壁 ~ ⑱
2009年03月07日
やがて、先刻、近くのホテルで出た救急患者の対応に出向いていた時任が、パトロール本部へと戻って来た。患者の様子はどうだったのかと、すぐさま神崎が訊ねると、時任は、パトロール用のスキーウェアを脱ぎ、コートかけに無造作に引っ掛けてから、
「患者は、ホテルの宿泊客で、おそらく急性の虫垂炎だな。救急車を呼ぶよりも、直に病院まで行った方が早く着くだろうから、ホテルの自動車(くるま)で運んでもらったよ。手術が必要だろうから、病院の方へは、おれから連絡を入れておいた」
と、報告する。神崎は、少しほっとした声で、
「そう、じゃァ何とか間に合うのね。よかった。こういう時、あなたのようなお医者がパトロール員にいるというのは、助かるわよね」
彼女には珍しく、時任の活動ぶりを好評価する。時任は、ちょっと、照れくさそうな微苦笑を片頬に刻むと、自分用の事務机に向い、業務報告日誌を開いて今し方の急患搬送についての詳細を書き込んだ。
その様子を横目で見ていた雄介は、何とも居心地の悪さを覚えて、たまらずに部屋から出て行こうと腰を上げる。と、すかざず、それに気付いた時任が、雄介を呼び止めた。
「待てよ、雄介!逃げる気か?」
そう言うと、業務報告日誌をパタンと、閉じ、おもむろに椅子から立ち上がるや、雄介の方へと歩み寄って来た。そして、その逞しい長躯を、雄介の前に立ちはだからせる。雄介は、その威圧感に少々怯え腰になりながらも、表情はあくまで冷静さを装い、あえてまっすぐに相手を見返す。
「逃げるなんて、そんなことはしませんよ。ゲレンデパトロールに出るだけです」
「単独行動は、許可出来ない」
「何故です?可児パトロール員だって、単独巡回をしているじゃないですか。若い彼が出来るのに、どうして、おれはいけないんですか?」
「可児は、若いが、スキーパトロール員としてのキャリアは豊富な男だ。お前とは違う」
時任は、そう言うと、雄介の意思には関係なく、これから自分は渋峠(しぶとうげ)に通じる山岳コースのパトロールに行くから、お前も同行しろと、恫喝に近い強引さで従うように要求して来た。ここまで言われると、雄介もそれ以上の叛意(はんい)は示せずに、渋々ながら言いなりになるしかなかった。
横手山スカイパークスキー場から渋峠スキー場にかけての、いわゆる横手山山岳林間スキーコースは、雪質も比較的穏やかな緩斜面が多く、ツアースキーを楽しむ中級者以上のスキー技術を要するスキーヤーたちには、人気のゲレンデでもある。ハイマツやオオシラビソ、シラビソなどの針葉林帯に囲まれたクマザサの生い茂る脇道を縫うように貫く雪面は、難所と称せられる所こそないものの、約五キロもの長距離を結ぶ、それなりに変化に富んだ造りとなっていた。
雄介と時任の二人は、長距離用のパトロール装備として、食糧や水、その他緊急時に必要とされる様々な用具の入ったバックパックを背負い、この山スキーコースの巡回にあたる。好天に恵まれた志賀高原の自然は、目に沁みるような鮮明な輪郭を伴って空の青と雪の白という素晴らしいコントラストを配し、次々に眼前へと迫って来る。いつもであれば、そんな凛然たる空気の中を滑走する時は、正に世界を我が物にしたような高揚感に包まれるはずの雄介の気持ちは、しかしながら、今日は、少しも浮き立たない。ただ、黙って、ひたすら時任の背中を追い掛けているだけの味気ない気分であった。
そんな時、前を走る時任のスキーが、やおらスピードを緩めた。そして、ゆっくりとその場に立ち止まると、それに倣(なら)う雄介に、
「-----あの木の下に、誰か倒れている」
と、告げる。雄介が、時任の指差す方角に目を凝らすと、確かにスキーコース脇に立つ針葉樹の根元あたりに、人影と思しき物が、横たわっているのを発見した。二人は、急いでそちらへと滑り寄る。そこに倒れていたのは、一人の若い男性スキーヤーであった。男性の顔面は血の気が失せて蒼白く、白目をむき、意識も薄れている様子で、全身が硬直状態である。
時任は、急いでスキー板を脱ぐと、男性のそばへ駆け付け、自らのサングラスを外してから、その身体を抱え起こすと、大声で呼びかけた。
「きみ、しっかりしなさい!おれの声が聞こえるか!?」
かろうじて、男性が肩を喘ぐように揺するのを見た時任は、雄介に言う。
「お前のバックパックの中に、紙袋が入っているから、そいつを出せ」
訳が判らないが、言われるがままに急いで紙袋を取り出した雄介が、それを時任に手渡すと、彼は、その紙袋の口を開き、それを男性スキーヤーの鼻と口を覆うように押しあてた。
「心配いらないから、安心して、ゆっくり深呼吸するんだ。大丈夫。すぐに楽になるから------」
時任の冷静な言葉で、男性は、呼吸を取り戻すと、ようやく意識もしっかりとして来た。
「いったい、どうしたんですか・・・・?」
雄介が、やや遠慮気味に訊ねると、時任は、男性の身体を腕で支えながら、穏やかな声で答えた。
「過換気症候群だよ。身体は二酸化炭素不足を起こしているのに、酸素欠乏を起こしていると勘違いすることで、酸素を取り込もと激しく呼吸をしてしまい、更に血中の二酸化炭素が体外へ出てしまう症状だ。でも、こうやって、また自分の吐き出した息をもう一度吸い込むことで、また、二酸化炭素が体内へ吸収されて、楽になる。精神的な不安定が原因で起きる一種の呼吸困難なんだ」
「そんな病気があるんですか・・・・・」
雄介は、感心すると同時に、やはり、この時任(ひと)におれは、どうしても勝てそうにはないな------と、心底思い知らされた。
<この小説はフィクションです。登場する人物名及び団体名は、すべて架空の物ですので、ご了承下さい>
~今日の雑感~
奇妙な感覚というものは世の中にさまざまありますが、手術の時の全身麻酔というものも、あれは不思議な感覚の物ですね。手術の前日の麻酔科の先生の話によると、「------つまり、ちよみさんの時間がそこで止まる訳です」とのこと。時間が止まるとは、どういうことなのか?と、思っていたのですが、まさしくその通り。ストレッチャーで手術室まで連れて行かれて、頭にビニールのキャップを被せられ、(ふ~ん、手術室ってこんな風になっているんだなァ・・・)なんて思っていた瞬間、そこで、ストンと、記憶がなくなってしまうのです。たぶん、点滴用の管から、麻酔薬が入ったのではないかと思うのですが・・・・?わたしの場合は、よくテレビドラマで見るような、酸素マスクのようなものを顔に当てて、「はい、ふか~く息を吸って~」なんてことはなかった訳でして------。で、夢の中で、テレビのクイズ番組を観ていまして、司会のタレントが、「はい!正解は-------」なんて言った直後に、誰かに(おそらく看護師さんに)名前を呼ばれて、目が覚めたのです。
その間、確かに、時間が止まっていました。感覚としては、一分も経ってはいないように思えたのですから。全身麻酔、恐るべし!でも、あんな体験は、そう何度もしたいものではありませんねェ。(~_~;)
「今日の一枚」------『諸士取調役監察』
「患者は、ホテルの宿泊客で、おそらく急性の虫垂炎だな。救急車を呼ぶよりも、直に病院まで行った方が早く着くだろうから、ホテルの自動車(くるま)で運んでもらったよ。手術が必要だろうから、病院の方へは、おれから連絡を入れておいた」
と、報告する。神崎は、少しほっとした声で、
「そう、じゃァ何とか間に合うのね。よかった。こういう時、あなたのようなお医者がパトロール員にいるというのは、助かるわよね」
彼女には珍しく、時任の活動ぶりを好評価する。時任は、ちょっと、照れくさそうな微苦笑を片頬に刻むと、自分用の事務机に向い、業務報告日誌を開いて今し方の急患搬送についての詳細を書き込んだ。
その様子を横目で見ていた雄介は、何とも居心地の悪さを覚えて、たまらずに部屋から出て行こうと腰を上げる。と、すかざず、それに気付いた時任が、雄介を呼び止めた。
「待てよ、雄介!逃げる気か?」
そう言うと、業務報告日誌をパタンと、閉じ、おもむろに椅子から立ち上がるや、雄介の方へと歩み寄って来た。そして、その逞しい長躯を、雄介の前に立ちはだからせる。雄介は、その威圧感に少々怯え腰になりながらも、表情はあくまで冷静さを装い、あえてまっすぐに相手を見返す。
「逃げるなんて、そんなことはしませんよ。ゲレンデパトロールに出るだけです」
「単独行動は、許可出来ない」
「何故です?可児パトロール員だって、単独巡回をしているじゃないですか。若い彼が出来るのに、どうして、おれはいけないんですか?」
「可児は、若いが、スキーパトロール員としてのキャリアは豊富な男だ。お前とは違う」
時任は、そう言うと、雄介の意思には関係なく、これから自分は渋峠(しぶとうげ)に通じる山岳コースのパトロールに行くから、お前も同行しろと、恫喝に近い強引さで従うように要求して来た。ここまで言われると、雄介もそれ以上の叛意(はんい)は示せずに、渋々ながら言いなりになるしかなかった。

雄介と時任の二人は、長距離用のパトロール装備として、食糧や水、その他緊急時に必要とされる様々な用具の入ったバックパックを背負い、この山スキーコースの巡回にあたる。好天に恵まれた志賀高原の自然は、目に沁みるような鮮明な輪郭を伴って空の青と雪の白という素晴らしいコントラストを配し、次々に眼前へと迫って来る。いつもであれば、そんな凛然たる空気の中を滑走する時は、正に世界を我が物にしたような高揚感に包まれるはずの雄介の気持ちは、しかしながら、今日は、少しも浮き立たない。ただ、黙って、ひたすら時任の背中を追い掛けているだけの味気ない気分であった。
そんな時、前を走る時任のスキーが、やおらスピードを緩めた。そして、ゆっくりとその場に立ち止まると、それに倣(なら)う雄介に、
「-----あの木の下に、誰か倒れている」
と、告げる。雄介が、時任の指差す方角に目を凝らすと、確かにスキーコース脇に立つ針葉樹の根元あたりに、人影と思しき物が、横たわっているのを発見した。二人は、急いでそちらへと滑り寄る。そこに倒れていたのは、一人の若い男性スキーヤーであった。男性の顔面は血の気が失せて蒼白く、白目をむき、意識も薄れている様子で、全身が硬直状態である。
時任は、急いでスキー板を脱ぐと、男性のそばへ駆け付け、自らのサングラスを外してから、その身体を抱え起こすと、大声で呼びかけた。
「きみ、しっかりしなさい!おれの声が聞こえるか!?」
かろうじて、男性が肩を喘ぐように揺するのを見た時任は、雄介に言う。
「お前のバックパックの中に、紙袋が入っているから、そいつを出せ」
訳が判らないが、言われるがままに急いで紙袋を取り出した雄介が、それを時任に手渡すと、彼は、その紙袋の口を開き、それを男性スキーヤーの鼻と口を覆うように押しあてた。
「心配いらないから、安心して、ゆっくり深呼吸するんだ。大丈夫。すぐに楽になるから------」
時任の冷静な言葉で、男性は、呼吸を取り戻すと、ようやく意識もしっかりとして来た。
「いったい、どうしたんですか・・・・?」
雄介が、やや遠慮気味に訊ねると、時任は、男性の身体を腕で支えながら、穏やかな声で答えた。
「過換気症候群だよ。身体は二酸化炭素不足を起こしているのに、酸素欠乏を起こしていると勘違いすることで、酸素を取り込もと激しく呼吸をしてしまい、更に血中の二酸化炭素が体外へ出てしまう症状だ。でも、こうやって、また自分の吐き出した息をもう一度吸い込むことで、また、二酸化炭素が体内へ吸収されて、楽になる。精神的な不安定が原因で起きる一種の呼吸困難なんだ」
「そんな病気があるんですか・・・・・」
雄介は、感心すると同時に、やはり、この時任(ひと)におれは、どうしても勝てそうにはないな------と、心底思い知らされた。
<この小説はフィクションです。登場する人物名及び団体名は、すべて架空の物ですので、ご了承下さい>
~今日の雑感~
その間、確かに、時間が止まっていました。感覚としては、一分も経ってはいないように思えたのですから。全身麻酔、恐るべし!でも、あんな体験は、そう何度もしたいものではありませんねェ。(~_~;)
「今日の一枚」------『諸士取調役監察』
~ 炎 の 氷 壁 ~ ⑰
2009年03月06日
そうは言っても、結局、横手山スカイパークスキー場のスキーパトロール本部においては、雄介と時任は否応なくこの日も顔を合わせることになる。雄介は、時任が、近くのホテルで急患が出たので応急手当に来て欲しいという連絡を受けてそちらへ出向くため、本部を空けたタイミングを見計らって、高木主任に、時任とのパートナーを下ろさせてもらいたいと、申し出た。
「-----お願いします。仕事は今以上にきつくなっても構いませんから、他のパートナーに替えて下さい。それと、今の宿舎なんですが、別のところに移りたいので、再度手配して下さい」
深々と、頭を下げる雄介を、何とも訝しそうな目で見た高木は、お茶を飲む手を止め、湯呑茶碗を事務机の上に置く。
「-------いきなりどうしたんだ?時任君の何が気に入らないんだね?それとも、喧嘩でもしたのか?」
「いいえ、そんなんじゃありません・・・・」
雄介の返事は、何とも歯切れが悪い。高木は、弱り顔で溜息をつくと、
「理由をはっきり言ってもらわんと、こちらも対処のしようがない-----」
「それじゃァ、性格の不一致ということで--------」
雄介が言うと、傍らで自分のスキー板にワックスを塗る作業をしていた神崎が、クスッと鼻で笑い、
「それは、夫婦別れの時に使う理由でしょ」
と、肩を竦めた。高木も、少々呆れ顔で、苦笑いを浮かべながら、
「とにかく、その程度の理由では、コンビ解消は受け付けられんな。ホテルを替えたいという件は、何とか対応できると思うが、まだ、勤務し始めたばかりなんだ。あまり面倒は言わんでくれよ」
そう、雄介の申し出をやんわりとではあるが、言下(げんか)に却下した。すると、何かに気付いた表情で、雄介の方を振り向いた神崎が、やや声高に言う。
「本間君、それって、もしかしてあの野田さんが原因なのかな?」
「------えっ?」
雄介は、思わず神崎の顔に視線を送る。どうしてそのことを-------?と、きゅっと胸が締め付けられるような、しびれを感じた。神崎には、今朝の雄介と時任の気まずげな雰囲気がかなり不自然に映っていたものらしく、女性特有の勘とでもいうのだろうか、突然、核心をついて来た。
「本間君、きみ、時任さんと同じホテルにいるんだよね。あそこの経営者の野田さんと、時任さんは、かなり親しい友人同士だって話だから、きみの割り込む余地がなかったという訳かな?要するに、きみの焼き餅か・・・・」
神崎は、納得したとばかりに、唇をすぼめて、わざと大仰な頷き方をする。
「馬鹿なこと言わないで下さい!焼き餅だなんて、そんなことある訳ないでしょう!」
雄介は、一瞬我を忘れ、カッと顔面を真っ赤に上気させるや、大声で否定する。そんな部下たちの様子に、それでも責任者らしく睨みを利かせた高木主任は、いずれにしても、これからも時任君とはうまくやってくれと、一言、雄介に釘を刺してから、
「これから、索道協会(志賀高原観光開発索道協会)ヘ行ってくるから、後を頼むよ」
そう、神崎と雄介に指示を出して、パトロール本部を出て行ってしまった。
室内には、雄介と神崎の二人が残された。大きな落胆の溜息をついて、近くのパイプ椅子にどっかりと腰かけた雄介に、神崎は、わずかながらも懸念を感じたものか、冗談はさておきと、付け加えた上で、
「本間君、本当に大丈夫なの・・・・?時任さんと一緒に仕事をしたくない理由が別にあるのなら、はっきりと主任に伝えておいた方がいいと思う。隠し事は、感心しないな」
雄介の顔を、横から覗き込むように諭す。雄介は、話せるものなら話しているさと、内心憤懣を抱えながら、
「------判っています」
言葉少なに答える。と、神崎は、ふうっと、鼻から息を抜きながら、
「それじゃァ、もう一言だけ忠告。きみも、もう何となく感じているかもしれないけれど、あの野田という男(ひと)には、あまり深入りしない方がいいわよ。以前、時任さんのパートナーになったパトロール員が何人もリタイアした原因の一つは、彼にあったという噂もあるくらいだから・・・・」
「野田さんに原因が?それは、どういうことです?」
雄介は、息を飲み込む。神崎は、それに対し、自分も詳しいことはよく知らないけれどと、言い訳をしてから、
「とにかく、そんな噂もあるってことよ。だから、もしも、きみがこのままこの仕事を最後まで続けたいのなら、時任さんと野田さんの関係に余計な首を突っ込むことだけは、やめた方がいい。そんな気がするのよ・・・・」
神崎は、そう言うと、また黙々と、スキー板のワックス塗りに精を出し始めた。
<この小説はフィクションです。登場する人物名及び団体名は、すべて架空の物ですので、ご了承下さい>
~今日の雑感~
長野県栄村(さかえむら)の通称「げた履きヘルパー」の記事を読みました。栄村は、ご存じの通り、新潟県との県境に接する豪雪地帯であり、高齢化率も高く、交通の便も良くない地域ですが、この村では、九年前から地域のお年寄りの介護は地域住民で支えようという思いから、村民たちが率先してヘルパー三級の資格を取得し、老人介護を行なうという「げた履きヘルパー」が活躍して来ました。しかし、国の制度改正により、この四月以降は、「げた履きヘルパー」に多い三級資格者は、訪問介護での報酬が受けられなくなるのだとのこと。
これまで、栄村の介護事情を支えて来た「げた履きヘルパー」さんたちの年齢は、四十代、五十代の主(おも)女性たち。「村のため、家族のため」とのほとんど奉仕の精神から訪問介護に従事しつつも、やはり、わずかなりとも、それに対する報酬は必要なのが現実です。事実、「収入にならない仕事をこれからも続けるのは、正直きつい」と、ヘルパーを辞める人も多いといいます。とはいえ、家庭や仕事も持つ主婦ヘルパーたちに、そのうえの資格を取るという精神的余裕などないでしょう。
栄村は、いわゆる辺境の地域ではありますが、元気で明るいお年寄りが大勢暮らしている素晴らしい村です。村唯一の診療機関でもある栄村診療所も、一時の無医村の危機を回避し、このたび新潟県長岡市の男性医師から就任の内諾を得ることが出来たとの報道もあります。日本の原風景が残るこの村の現状に、画一的な国の政策を当てはめることがよいことなのか、疑問に思うこの頃です。
「-----お願いします。仕事は今以上にきつくなっても構いませんから、他のパートナーに替えて下さい。それと、今の宿舎なんですが、別のところに移りたいので、再度手配して下さい」
深々と、頭を下げる雄介を、何とも訝しそうな目で見た高木は、お茶を飲む手を止め、湯呑茶碗を事務机の上に置く。
「-------いきなりどうしたんだ?時任君の何が気に入らないんだね?それとも、喧嘩でもしたのか?」
「いいえ、そんなんじゃありません・・・・」
雄介の返事は、何とも歯切れが悪い。高木は、弱り顔で溜息をつくと、
「理由をはっきり言ってもらわんと、こちらも対処のしようがない-----」
「それじゃァ、性格の不一致ということで--------」
雄介が言うと、傍らで自分のスキー板にワックスを塗る作業をしていた神崎が、クスッと鼻で笑い、
「それは、夫婦別れの時に使う理由でしょ」
と、肩を竦めた。高木も、少々呆れ顔で、苦笑いを浮かべながら、
「とにかく、その程度の理由では、コンビ解消は受け付けられんな。ホテルを替えたいという件は、何とか対応できると思うが、まだ、勤務し始めたばかりなんだ。あまり面倒は言わんでくれよ」
そう、雄介の申し出をやんわりとではあるが、言下(げんか)に却下した。すると、何かに気付いた表情で、雄介の方を振り向いた神崎が、やや声高に言う。
「本間君、それって、もしかしてあの野田さんが原因なのかな?」

「------えっ?」
雄介は、思わず神崎の顔に視線を送る。どうしてそのことを-------?と、きゅっと胸が締め付けられるような、しびれを感じた。神崎には、今朝の雄介と時任の気まずげな雰囲気がかなり不自然に映っていたものらしく、女性特有の勘とでもいうのだろうか、突然、核心をついて来た。
「本間君、きみ、時任さんと同じホテルにいるんだよね。あそこの経営者の野田さんと、時任さんは、かなり親しい友人同士だって話だから、きみの割り込む余地がなかったという訳かな?要するに、きみの焼き餅か・・・・」
神崎は、納得したとばかりに、唇をすぼめて、わざと大仰な頷き方をする。
「馬鹿なこと言わないで下さい!焼き餅だなんて、そんなことある訳ないでしょう!」
雄介は、一瞬我を忘れ、カッと顔面を真っ赤に上気させるや、大声で否定する。そんな部下たちの様子に、それでも責任者らしく睨みを利かせた高木主任は、いずれにしても、これからも時任君とはうまくやってくれと、一言、雄介に釘を刺してから、
「これから、索道協会(志賀高原観光開発索道協会)ヘ行ってくるから、後を頼むよ」
そう、神崎と雄介に指示を出して、パトロール本部を出て行ってしまった。
室内には、雄介と神崎の二人が残された。大きな落胆の溜息をついて、近くのパイプ椅子にどっかりと腰かけた雄介に、神崎は、わずかながらも懸念を感じたものか、冗談はさておきと、付け加えた上で、
「本間君、本当に大丈夫なの・・・・?時任さんと一緒に仕事をしたくない理由が別にあるのなら、はっきりと主任に伝えておいた方がいいと思う。隠し事は、感心しないな」
雄介の顔を、横から覗き込むように諭す。雄介は、話せるものなら話しているさと、内心憤懣を抱えながら、
「------判っています」
言葉少なに答える。と、神崎は、ふうっと、鼻から息を抜きながら、
「それじゃァ、もう一言だけ忠告。きみも、もう何となく感じているかもしれないけれど、あの野田という男(ひと)には、あまり深入りしない方がいいわよ。以前、時任さんのパートナーになったパトロール員が何人もリタイアした原因の一つは、彼にあったという噂もあるくらいだから・・・・」

「野田さんに原因が?それは、どういうことです?」
雄介は、息を飲み込む。神崎は、それに対し、自分も詳しいことはよく知らないけれどと、言い訳をしてから、
「とにかく、そんな噂もあるってことよ。だから、もしも、きみがこのままこの仕事を最後まで続けたいのなら、時任さんと野田さんの関係に余計な首を突っ込むことだけは、やめた方がいい。そんな気がするのよ・・・・」
神崎は、そう言うと、また黙々と、スキー板のワックス塗りに精を出し始めた。
<この小説はフィクションです。登場する人物名及び団体名は、すべて架空の物ですので、ご了承下さい>
~今日の雑感~
長野県栄村(さかえむら)の通称「げた履きヘルパー」の記事を読みました。栄村は、ご存じの通り、新潟県との県境に接する豪雪地帯であり、高齢化率も高く、交通の便も良くない地域ですが、この村では、九年前から地域のお年寄りの介護は地域住民で支えようという思いから、村民たちが率先してヘルパー三級の資格を取得し、老人介護を行なうという「げた履きヘルパー」が活躍して来ました。しかし、国の制度改正により、この四月以降は、「げた履きヘルパー」に多い三級資格者は、訪問介護での報酬が受けられなくなるのだとのこと。
これまで、栄村の介護事情を支えて来た「げた履きヘルパー」さんたちの年齢は、四十代、五十代の主(おも)女性たち。「村のため、家族のため」とのほとんど奉仕の精神から訪問介護に従事しつつも、やはり、わずかなりとも、それに対する報酬は必要なのが現実です。事実、「収入にならない仕事をこれからも続けるのは、正直きつい」と、ヘルパーを辞める人も多いといいます。とはいえ、家庭や仕事も持つ主婦ヘルパーたちに、そのうえの資格を取るという精神的余裕などないでしょう。
栄村は、いわゆる辺境の地域ではありますが、元気で明るいお年寄りが大勢暮らしている素晴らしい村です。村唯一の診療機関でもある栄村診療所も、一時の無医村の危機を回避し、このたび新潟県長岡市の男性医師から就任の内諾を得ることが出来たとの報道もあります。日本の原風景が残るこの村の現状に、画一的な国の政策を当てはめることがよいことなのか、疑問に思うこの頃です。
~ 炎 の 氷 壁 ~ ⑯
2009年03月04日
眠れぬままに雄介は、胸中に一つの結論を出していた。昨夜(ゆうべ)の時任に対する野田の不可解な接し様を、どのように解釈したらよいものかは、判然としないまでも、野田が時任の寝顔を見ながら囁いていたあの言葉には、さすがに雄介の理性も、何か聞いてはならないものを聞いてしまったのではないかという不気味さと、後ろめたさとが綯(な)い交ぜとなった感覚に捉われて萎えていた。
とにかく、雄介が察したことは、この横手山ロッジには、自分はいるべきではないという疎外感と、同時に、ここにはもう居たくないという嫌悪感である。
そこで、雄介は、たった三晩だけであったが、厄介になったこの宿舎を引き払うべく、手当たり次第に身の回りの物を詰め込んだ大型のスポーツバッグを肩にかけ、ホテルの玄関へ降りて行った。そんな雄介の姿を目にして、一緒に出勤しようとパートナーが部屋から降りて来るのを待っていた時任は、たちまち顔を曇らせた。
「どうしたんだ?引越しでもするつもりか?」
「・・・・・・・」
雄介は、内心、何と切り出したらよいものやら腐心しつつも、努めて時任とは視線を合わせぬように、自分が借りていた部屋の鍵をフロントのカウンターの上へ置くと、自分には、どうもこの横手山ロッジは住まいにくいので、ここを出て、別の宿舎を高木主任に周旋してもらうよう頼むつもりだとの趣旨を、早口に説明した。
しかし、その程度の上面(うわつら)だけの切り口上に、時任が納得するはずもない。何故ここを出て行かなくてはならないのか、もっと得心の行く理由を聞かせろと、詰め寄るや、雄介の右の二の腕を、背後からその大きく逞しい手でいきなりわし摑みにして来た。
途端、雄介の背筋を、寒気立(そうけだ)つような戦慄が走った。それは、雄介自身にも予期することの出来ない感情でもあった。瞬間、彼の心中に燻っていた何かが弾け飛んだ。
「手を放せ!おれに触るな!」
叫ぶと同時に、相手の身体を突き退けていた。
「-------雄介!?」
時任は、愕然として色を失う。
「いったい、どうしたっていうんだ・・・・?」
昨日までの態度からは到底想像だに及ばぬ雄介の豹変ぶりに、何がどうなっているのやら皆目判らんといった様子の時任は、ただ絶句せざるを得なかった。
と、そんな時任の背後で、一つの影が動いた。そこには、野田開作が、いつのものように皺一本ない三つ揃えのスーツ姿で腕組みをして立ち、二人の方へとじっと視線を送っている姿があった。それに気付いた雄介が、実に、腐肉を噛んで反吐(へど)でも出すような胸糞の悪さを感じながら、そちらを睨み据えた時、その野田の口が悠然と開いた。
「時任、留めるな。出て行きたいという奴を、無理に引き留めてもお互いに迷惑なだけだよ」
野田は、厄介払いでもするかの如く、何処かさばさばした語気で、あっさりと言って寄こす。だが、野田のその言葉を耳にした時任は、
「お前は、口を挟むな!」
きつく一喝して、野田を黙らせた。それでも、雄介は、もはやこの男たちとの必要以上のかかわりを持つのは御免蒙(こうむ)りたいという、潔癖心も手伝って、なおも待つように食い下がる時任に向かい、こう引導を突き付けた。
「時任さん、おれはあなたと知り合って、まだたったの四日だが、スキーパトロール員の先輩としてあなたを尊敬し、また信頼もしている。あなたにパートナーなどという横文字ではなく、『相棒』という親身な言葉で呼んでもらえたことが嬉しくて、それを励みにも思っていた。でも、おれには、どうしても理解出来ないんですよ。あなたと、そこにいるあなたの親友との関係がね。いや、もう理解する必要もないでしょうけど・・・・。それでも、おれがここに居辛い理由が知りたければ、その親友に直接訊いてみて下さい。あなたの頼みとあれば、彼もむげに撥ね付けたりはしないでしょう。何しろ、あなたを守るためなら、悪魔に魂を売り渡すことも厭わない男のようですからね。
いずれにしても、もう、おれは、これ以上あなたたち二人の訳の分からない関係にタッチしたくないんですよ。高木主任に申し出て、あなたとのコンビも解消してもらうつもりです。そう承知しておいて下さい!」
興奮で顔面を紅潮させながら、声を上擦らせ、上気するに任せて捲(まく)し立てた雄介は、それを言い終えるなり、茫然たる表情で佇立する時任をその場に残し、さながら白光現象を起こしたかの如く朝日が眩しく照り映える雪道に白い息を漂わせて、一足早い出勤の途に就いたのだった。
<この小説はフィクションです。登場する人物名及び団体名は、すべて架空の物ですので、ご了承下さい>
~今日の雑感~

最近、ドンドン記憶力が鈍って来たような気がします。他の人たちのブログを読んでいても、よほど印象に残る物や、気に入っているブログ、気になるブログ等々以外の物は、タイトルに惹かれてクリックし、内容を読ませて頂いても、しばらくすると、また同じブログをクリックしてしまいます。開けた瞬間、「あっ、これはさっき読んだものだった」と、いうことがしばしば。要するに、ブログタイトルが記憶に残っていない訳で、「またやっちまった!(>_<)」と、かなり凹みます。でも、不思議なもので、再び開けてしまうブログは、やはり、そのタイトルが気になるからなんでしょうね。一度読んだブログのタイトルを一時的に忘れていても、また、それを読みたいと思ってしまう。人間の持つ好き不好きの感情は、いつも一定なようです。面白い現象ですよね。
そう考えると、記憶力の衰えは、感情の衰えとも比例するのかもしれません。そういえば、最近は、感動というものには程遠い生活をしているような・・・・。楽しいことや発見などのワクワクする気持ち------大切にしたいものです。春ですから!
(ところで、昨日は三月三日の雛祭りだったんですね。こちらは、ひと月遅れの旧暦で雛祭りを祝うものですから、巷の色々な宣伝文句にも、あまりピンと来ませんでした。これも、感情が鈍麻している証拠かな?)
「今日の一枚」-------『午睡』
とにかく、雄介が察したことは、この横手山ロッジには、自分はいるべきではないという疎外感と、同時に、ここにはもう居たくないという嫌悪感である。
そこで、雄介は、たった三晩だけであったが、厄介になったこの宿舎を引き払うべく、手当たり次第に身の回りの物を詰め込んだ大型のスポーツバッグを肩にかけ、ホテルの玄関へ降りて行った。そんな雄介の姿を目にして、一緒に出勤しようとパートナーが部屋から降りて来るのを待っていた時任は、たちまち顔を曇らせた。
「どうしたんだ?引越しでもするつもりか?」

「・・・・・・・」
雄介は、内心、何と切り出したらよいものやら腐心しつつも、努めて時任とは視線を合わせぬように、自分が借りていた部屋の鍵をフロントのカウンターの上へ置くと、自分には、どうもこの横手山ロッジは住まいにくいので、ここを出て、別の宿舎を高木主任に周旋してもらうよう頼むつもりだとの趣旨を、早口に説明した。
しかし、その程度の上面(うわつら)だけの切り口上に、時任が納得するはずもない。何故ここを出て行かなくてはならないのか、もっと得心の行く理由を聞かせろと、詰め寄るや、雄介の右の二の腕を、背後からその大きく逞しい手でいきなりわし摑みにして来た。
途端、雄介の背筋を、寒気立(そうけだ)つような戦慄が走った。それは、雄介自身にも予期することの出来ない感情でもあった。瞬間、彼の心中に燻っていた何かが弾け飛んだ。
「手を放せ!おれに触るな!」
叫ぶと同時に、相手の身体を突き退けていた。
「-------雄介!?」
時任は、愕然として色を失う。
「いったい、どうしたっていうんだ・・・・?」
昨日までの態度からは到底想像だに及ばぬ雄介の豹変ぶりに、何がどうなっているのやら皆目判らんといった様子の時任は、ただ絶句せざるを得なかった。
と、そんな時任の背後で、一つの影が動いた。そこには、野田開作が、いつのものように皺一本ない三つ揃えのスーツ姿で腕組みをして立ち、二人の方へとじっと視線を送っている姿があった。それに気付いた雄介が、実に、腐肉を噛んで反吐(へど)でも出すような胸糞の悪さを感じながら、そちらを睨み据えた時、その野田の口が悠然と開いた。
「時任、留めるな。出て行きたいという奴を、無理に引き留めてもお互いに迷惑なだけだよ」
野田は、厄介払いでもするかの如く、何処かさばさばした語気で、あっさりと言って寄こす。だが、野田のその言葉を耳にした時任は、
「お前は、口を挟むな!」
きつく一喝して、野田を黙らせた。それでも、雄介は、もはやこの男たちとの必要以上のかかわりを持つのは御免蒙(こうむ)りたいという、潔癖心も手伝って、なおも待つように食い下がる時任に向かい、こう引導を突き付けた。
「時任さん、おれはあなたと知り合って、まだたったの四日だが、スキーパトロール員の先輩としてあなたを尊敬し、また信頼もしている。あなたにパートナーなどという横文字ではなく、『相棒』という親身な言葉で呼んでもらえたことが嬉しくて、それを励みにも思っていた。でも、おれには、どうしても理解出来ないんですよ。あなたと、そこにいるあなたの親友との関係がね。いや、もう理解する必要もないでしょうけど・・・・。それでも、おれがここに居辛い理由が知りたければ、その親友に直接訊いてみて下さい。あなたの頼みとあれば、彼もむげに撥ね付けたりはしないでしょう。何しろ、あなたを守るためなら、悪魔に魂を売り渡すことも厭わない男のようですからね。
いずれにしても、もう、おれは、これ以上あなたたち二人の訳の分からない関係にタッチしたくないんですよ。高木主任に申し出て、あなたとのコンビも解消してもらうつもりです。そう承知しておいて下さい!」
興奮で顔面を紅潮させながら、声を上擦らせ、上気するに任せて捲(まく)し立てた雄介は、それを言い終えるなり、茫然たる表情で佇立する時任をその場に残し、さながら白光現象を起こしたかの如く朝日が眩しく照り映える雪道に白い息を漂わせて、一足早い出勤の途に就いたのだった。
<この小説はフィクションです。登場する人物名及び団体名は、すべて架空の物ですので、ご了承下さい>
~今日の雑感~
最近、ドンドン記憶力が鈍って来たような気がします。他の人たちのブログを読んでいても、よほど印象に残る物や、気に入っているブログ、気になるブログ等々以外の物は、タイトルに惹かれてクリックし、内容を読ませて頂いても、しばらくすると、また同じブログをクリックしてしまいます。開けた瞬間、「あっ、これはさっき読んだものだった」と、いうことがしばしば。要するに、ブログタイトルが記憶に残っていない訳で、「またやっちまった!(>_<)」と、かなり凹みます。でも、不思議なもので、再び開けてしまうブログは、やはり、そのタイトルが気になるからなんでしょうね。一度読んだブログのタイトルを一時的に忘れていても、また、それを読みたいと思ってしまう。人間の持つ好き不好きの感情は、いつも一定なようです。面白い現象ですよね。
そう考えると、記憶力の衰えは、感情の衰えとも比例するのかもしれません。そういえば、最近は、感動というものには程遠い生活をしているような・・・・。楽しいことや発見などのワクワクする気持ち------大切にしたいものです。春ですから!

「今日の一枚」-------『午睡』