通院日
2011年11月04日
通院日

今日は、外科の通院日だった。
先生にはいつも甲状腺機能を診て頂いているのだが、体調に不安があると、つい色々おしゃべりをしてしまう。
家族のことなども気軽に話すことが出来る先生なので、本当にお世話になっている。
わたしが初めて先生に診察して頂いた時は、一人で歩くのもままならなかったこと、家の階段を自由に上り下り出来るようになったかなどのことも、いつも気にかけて下さっていてありがたい限りだ。
外科の診察が終わったあとは、栄養指導を受けるために、今度は栄養指導室へ。
そこでは、家でどのような物を食べているのかを書き出したリストをもとに、カロリーや塩分、タンパク質の量などを計算してもらうのだが、目からうろこの事実を知ることが多い。
これからの季節、熱々のおでんなどは、どの家庭でも時々食卓にのぼることがあると思う。
しかし、このおでんのタネには、意外に塩分が多く使われていることを知った。
チクワ、はんぺん、さつまあげ、などもたった一本、一枚で塩分が約2グラムも入っているのだ。
しかも、それを煮るためのツユにも塩分は当然含まれるわけで、こんにゃくやゆで卵以外のおでんダネを食べると、かなりの塩分摂取量になると思われる。
血圧が高い人や、腎臓機能に問題がある人などは、やはり気をつけた方がいい食材とも言えるのがおでんなのである。
コンビニなども今やおでんは目玉商品の一つだが、これからは「減塩おでん」なるものを売り出すアイデアを絞って欲しいと、わたしなどは思ってしまうこの頃である。
因みに、ラーメンをスープまで飲み干すとしての塩分は、約5グラムから6グラム。
うどんやそばも案外塩分が多くて、やはり一杯で5グラムから6.5グラムもある。
これよりは、カツ丼や親子丼一杯の方が3.2から3.5グラムなので、まだ少ないと言えるようだ。
しかし、意外に気が付かないのがカップラーメンである。
スープは飲まないから大丈夫と思っても、麺がスープをほとんど吸いこんでしまうので結局スープまで飲み干した計算になるという。
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好きな人は素敵な人?
2011年11月02日
好きな人は素敵な人?

「あばたもえくぼ」といいますが、とかく人間は自分が大好きになった人のことを過大評価するというきらいがあります。
家族や友人に嬉しいことがあれば自分のことのように喜び、逆に芳しくない問題が起きれば、周りが悪かったせいだと必死に擁護するのです。
そして、とりわけその評価が大きくなるのは恋人に対してだと言われます。
好きな人には、こうあって欲しい----という願望が、ありもしない妄想の恋人像を作り出してしまうというわけですね。
しかも、家族や長年付き合っている友人などと違って、恋人のことはすべて把握している訳ではありませんから、自由な妄想の領域がさらに広くなるようで、
「わたし、お料理教室に通っているの」
と、彼女が言えば、彼は勝手に想像を膨らませ、
「きっと、フランス料理なんかも上手に作れるんだろうな」
などと、素敵なお嫁さん像を描いてしまうのですが、実際の彼女にはサバとさんまの区別もつかないなどということも多々あるわけです。
そんな妄想像を相手に描き続けた者同士がいざ結婚などということになれば、
「毎日、きみの手料理を食べられると思っていたのに、今日もまた外食かよ」
「そういうあなただって、一流商社マンというからには英語ぐらいペラペラだと思ったら、ほとんど理解できていないじゃないの」
「おれが、いつ英語が堪能だなんて自慢したよ?」
「あなただって、あたしがフランス料理を作れるなんて、いつ誰から聞いたわけ?」
と、いうことにもなり兼ねないため、そんなお互いの妄想崩壊が離婚の原因になることも多いようです。
「そのままの彼女が好きなんだ」
「飾らない彼だから結婚するの」
そんな風に感じる時こそ、要注意。
あなたの目に映っている恋人像は、かなり怪しいと自覚するべきなのかもしれませんよ。

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男らしさ、女らしさ
2011年10月31日
男らしさ、女らしさ

★ 次のAとBの項目の中で、自分の性格に近いと思うものを選んでみて下さい。
A 自己主張が強い たくましい 積極的 判断力がある 自信がある 行動力がある 行動範囲が広い 自立している 信念がある
B 人に尽くすのが好き ほほ笑みを絶やさない 気配り上手 愛嬌がある 明るい 献身的 ひたむきに人を
愛することが出来る 順応性がある 気持ちが細やか
そして、次の文章を読んで下さい。
★ 男子大学生が何者かに殺害されるという事件が起きた。
警察の懸命の捜査にもかかわらず、犯人が特定できないまま事件は迷宮入りになってしまった。
それから10年が経ち、大学生の息子を殺された母親が、偶然、真犯人の正体を知った。
それは、母親が事務員として勤める会社に時々やって来ては機械の調整やメンテナンスを行なうエンジニアだった。
息子のかたき討ちを決意した母親は、ある日そのエンジニアが自宅を出るところを待ち伏せし、包丁で刺してしまった。
エンジニアはその場に崩れ落ち、悲鳴を聴いて家から飛び出して来た夫は愕然と立ちすくんだ。
この文章を読んで、「?」になってしまった人は、男らしさ、女らしさにある種の偏見を持っている人だと言われます。
エンジニアと聞いて、「男性に違いない」と、思い込んでしまった人は、この文章に「?」となってしまった訳ですね。
では、最初の質問で、Aに当てはまる項目が多かった人は、どちらかといえば性格が男性的な人だそうです。
また、Bに当てはまる項目が多かった人は、女性的な性格といえるそうです。
でも、女性でもAの項目に当てはまる方が多かったという人もいるでしょうし、その逆にBの項目が多いという男性もいると思います。
「~~らしさ」という考え方は、元来性別には何の関係もないのですが、人はそういう固定観念から抜け出すのは難しいものなんですよね。
*** 参考書使用

" DOCTORS "~最強の名医~
2011年10月28日
" DOCTORS "~最強の名医~

昨夜、「" DOCTORS "~最強の名医~」を観た。
外科医たちが朝の出勤時に、外車で一斉に病院の駐車場へ乗りつけるシーンには、ちょっと笑ってしまった。

それにしても、世の中にこれほど高ピーな外科医たちがいるものかとビックリだが、ドラマのストーリーはこのくらい強烈な描き方をした方が視聴者の興味を引くんだろうなァ。
高嶋政伸扮するエリート外科医の激しい自己中思考にも驚くが、同僚医師たちの徹底した我関せずぶりも凄いもんだなァと、呆れるのを通り越して感心してしまった。
野際陽子演じる病院長は、そんな高慢外科医たちにほとんど頭が上がらないようで、何処か常に頼りない。
そんな我欲主義にまみれた病院を改革しようと、さっそうと登場したのが沢村一樹扮する天才外科医・相良浩介なのだが、看護師たちにふりまく笑顔とは裏腹に、辛辣な言葉で堕落した医療体制にメスを入れる----と、いうのが大筋らしい。
救命救急のドラマを手掛けた脚本家の書き下ろし作品だということもあり、外科という、また違った分野をテーマにしているので、診療体制の描き方に少々(?)な部分もあったが、手術シーンなどはかなりリアルに感じられた。
そして、リアルといえば、術中死に至った男性患者の家族に経緯を説明しなくてはならなくなった、伊藤蘭演じる内科医の心境もきついものがある。

高嶋扮する執刀医が患者の家族への説明を拒んだために、内科の担当医であった彼女におはちが回って来たという設定だが、おそらくは普通の病院ではこういうことはないと思う。(たぶん・・・)
とはいえ、万が一、そういう立場に立たされた医師がいるとすれば、これはかなりの心理的かつ物理的ダメージになると思われる。(下手をすれば、すべての責任を背負う破目にもなりかねないわけで・・・)
登場人物がことごとく責任転嫁体質に浸かりきっている病院を、この主人公はどう立て直して行こうというのか・・・。
一見、医師の目線で描かれているようで、実は、「あなたが、もし、この病院の患者だったとしたら、どんな医師に治療をして欲しいですか?」という、患者の立場からの理想の医師像がコンセプトにあるのが、このドラマのようだ。
ちょっと、何処かの小説に書かれていたような台詞やシチュエーション、名前めいた箇所も若干見受けられたが----。

次回も楽しみに観たいと思う。


*** 医師ドラマに付き物の黒白対決シーンですな。(~_~;)
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雑感あれこれ
2011年10月27日
雑感あれこれ

昨夜の番組で----。
会社の同僚男性に自分を印象付けたいなら、女性は手におにぎりとサンドウィッチを持ち、男性がデスクワークをしている後方から後ろ向きで近付く。
男性が驚いて女性を見た時、
「〇〇さん、おにぎりとサンドウィッチ、どっちがいいですか?」
と、笑顔で訊ねると、男性は、女性の目を見ながらそのどちらかを選ぶことが出来るので、女性は自分を印象付けやすくなる。
そして、男性が、もしも「じゃァ、おにぎりを・・・」と、答えたら、すかさず、こう言うのだそうだ。
「そうだと思った!」(*^^)v
この一言で、男性は、女性が自分のことを考えながらおにぎりとサンドウィッチを買って来てくれたんだろうな・・・と、想像するので、さらに効果的なのだということだった。
こんな男性の気の引き方があるとは驚いたが、ゲストコメンテーターのマツコデラックス女史(?)ではないが、
「人によるわよね~~~」(ーー;)
と、わたしも思った。
で、やはり、昨夜の「相棒」----。
渡哲也氏を弁護士として起用していたが、まず、その必要があったのか疑問だった。
そして、場面場面のつなぎ方が何か奇妙だった。
杉下と神戸が、真犯人である加害者の姉にたどり着くまでの推理展開も説明不足で、被害者の両親が「それでも、自分たちが犯人だ」と、名乗り出るラストの意味もよく判らなかった。
わたしの観方が悪かったのかな?
『逃げ水』というタイトルも如何にも取って付けたようで、文学的要素を加味したかったのか----それも消化不良だった。
ま、来週に期待しよう。
それにしても、近頃のテレビドラマは医師物が多い。
今日からは、「" DOCTORS " ~最強の名医~」というのが新たに始まるらしい。
病院改革のためには手段を選ばないミステリアスな天才外科医が主人公のドラマだというが、脚本は、「救命病棟24時」や「龍馬伝」を書いた福田靖氏だそうだ。
どんな物語になるのか楽しみだ。
主人公の相良浩介は、沢村一樹氏が演じるという。

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小鳥の夢
2011年10月26日

昨夜、小鳥をつかまえる夢を見ました。
小鳥は淡い緑色をしていて、鳴き声はウグイスに近かったような気がします。
で、小鳥をつかまえる夢の意味を調べてみました。
鳥は、自由や愛情、幸運などの象徴として夢に現われるのだそうです。
その鳥をつかまえるというシチュエーションは、欲しいものが手に入るということを暗示するのだとか・・・。
特に、恋愛面や金銭面で幸運がもたらされるサインだといいますから、ちょっと期待してしまいますね。
でも、どうして、いきなり小鳥の夢だったのか----?
しかも、かなりリアルな感触で、小鳥の体温までも感じられました。
昔、我が家ではたくさんの小鳥を飼っていたことがあり、手のり文鳥などもいたので、そんな感触がよみがえったのかもしれませんが・・・。
夢って、面白いものですね。

因みに、その反対に鳥が逃げてしまう夢は、損失や失恋の前兆ともいわれるそうです。
あなたは、恋人に窮屈な思いをさせていませんか?
過干渉や束縛がすぎると、可愛い小鳥も、いつしかあなたのカゴから飛び去ってしまうかもしれませんよ。
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快適生活アドバイザー
2011年10月25日
快適生活アドバイザー

快適生活の方法をアドバイスする評論家っていますよね。
こういう商品を使えば、より日々の生活が便利で楽しくなる-----と、いうようなことをアドバイスする人たちです。
確かに、その人たちの言うことは「そうだろうな~~」と、頷くことばかりなんですが、たいていの場合、元手がかかることばかりをアドバイスされるんですよね。
収納ケースの代わりに竹ひご行李や柳行李といった籠が便利ですよ----という記事も読んだこともありましたが、そんな高価な籠をいくつも買うだけのお金を、普通の主婦が自由に出来るのだろうか?と、疑問でした。
また、おしゃれなテーブルクロスを何枚も集め、部屋のインテリア兼雑物隠しとして利用することもいいです----と、いうアドバイスも何処かで読んだことがありますが、そのテーブルクロスを調達するためにも、やはりお金が必要です。
何だか、こういう生活デザイナーのような仕事をしている人たちは、インテリアや収納家具関係のお店の広告塔として、主婦のおしゃれ生活への憧れを過剰に刺激し、散財させるよう目論んでいるかにも思えてしまうわけです。
もしも、手近なものでの簡単収納を助言してくれるのならば、もっと格安なアイテムを利用する方法を伝授願いたいし、さらに、そういうものはインターネット通販などを使わない主婦でも何処何処へ行けば確実に手に入る---と、いうような具体的なところまで教えてくれることが、本当の生活アドバイスというものではないかと、思うのですが・・・。
お金を出せば、質の高い生活は確保出来ますが、それならば何もプロの生活デザイナーの助言を仰ぐほどのことはありません。
そうではなく、身近にあるタダ同然の道具で、どうやれば快適な日常生活がおしゃれに過ごせるか?----それをアドバイスしてこそ、本物の快適生活アドバイザーの証ではないかと考えます。
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ナルシストとは・・・
2011年10月24日
ナルシストとは・・・

脳科学者の説によると、自分のことが大好きで、常に自分の写真を持ち歩くようなナルシストは、早い話があまり他の人から好かれることがないので、自分で自分を好きになるしかないのだということである。
そういわれれば、確かにそういうことなんだろうな・・・と、思ってしまう。
つまり、他人からそそがれる愛情に飢えている人ほど、ナルシストになりやすいのだ。
上辺だけの褒め言葉など、いくらかけられても、人の心は満たされるものではないし、遠くからよそよそしいおべっかを使われても、それが本心からでないことはすぐに判るものだ。
おそらく、そんな社交辞令ばかりの世界で生活するしかない人ほど、自分で自分を好きにでもならないことには寂しくてやっていられないに違いない。
自分にはこんなに友だちがいるとか、こんなに恵まれた環境で暮らしているというようなことを、殊更に言いつのるような人は、むしろ現実はかなり寂しい人間関係しか持ち得ていないのだ----と、いうのが学者の論理である。
そして、このナルシシズムが加速すると、どんなに自分が失敗したり醜態を演じても、それが恥ずかしいことだと認識することも出来なくなり、正しく自分自身の世界だけしか視野に入らなくなってしまうのだという。
ある意味、精神疾患の一歩手前だといっても過言ではないらしい。
おそらく、ナルシスト性の強い人は、真っ白にハレーションを起こした狭い部屋の中で、鏡に映る自分の姿のみを眺めるような幻想的な感覚を持ち続けているのだろうが、それはあくまで光の乱反射が見せる偽りの美でしかないことに気付くべきである。
しかしながら、近頃はこの異様なナルシシズムを個性と勘違いしている人たちも多い。
もしも、自分はナルシストではないか?----と、懸念する節のある人は、こう自問してみて欲しい。
「自分は、いつも何かしら他人よりも有利だというようなことを吹聴してはいないか?」
「自分から他人を褒めたことがあるか?」
「他人が自分よりも優越の立場にあることが我慢ならないと思うことがあるか?」
「いざという時、自分のために損得勘定抜きで力を貸してくれる友人の名前を即座に答えられるか?」
さて、あなたは、如何ですか?

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NHKの討論番組
2011年10月23日
NHKの討論番組

昨夜、NHKで福島の原発事故による放射能汚染問題を取り上げて、一般参加者、放射能に詳しい科学者、政府関係者などを交えた討論番組を放送していた。
この討論番組は、テーマを替えてこれまでも何回となく放送されて来ているのだが、司会を務めるアナウンサーのたどたどしい話し方には、いつもイライラさせられる。
とはいえ、参加者の本音が聞こえる番組として、時々、興味深く観させてもらっていた。
しかし、昨日の参加者の発言を聞くと、何処となく隔靴掻痒の感が否めず、皆、何となく本当の気持ちを隠しながら話しているようにしか思えなかった。
特に、母親とおぼしき女性は、地元福島県の子供たちのことを心から心配しており、子供たちの食に関係する放射能汚染の安全基準値に疑問を呈していたのだが、おそらく彼女の本心を言えば、放射性物質は限りなく0に近い物しか子供たちには食べさせたくないということなのだろう。
しかし、それでは、国が当面は安全だとする基準値で出荷している野菜農家や畜産農家の生産物は一切食べたくないということになってしまう。
そうなると、今度は農業に携わる人たちの生活権を脅かすことになるわけで、そこまではっきりとした気持ちを伝えきれずにいるようであった。
また、放射能に詳しい科学者の男性は、食品の安全に関して何処までが安全で何処からが危険かなどということは、正直今の段階では判らないので、科学者に基準値設定の責任を丸投げするのはやめて、ここは日本人の感性という観点からも政府にイニシアチブをとってもらいたいと話す。
が、それに対して政府関係者は、そんなことを言われても専門家の意見を基準におかないことには、政府としても答えが出せない。最終的に重要なのはやはり専門家の意見だと述べ、お互いに相手に最終判断をゆだねるかのようなやり取りとなってしまっていた。
そんな中で、しっかりと自分の進むべき方向を確定していた発言者がいた。
大手スーパーマーケットの関係者であった。
彼は、「自社営業のスーパーでは、食品すべてにおける放射性物質検査を徹底して行ない、疑いのある物は一切販売しない」と、明言していた。
これは人命にかかわる問題であるから、如何に農業関係者のことを配慮しようにも、生半可な妥協など出来ないという結論なのだろう。
消費者の信頼が土台のビジネスとは、そういうものなのだろうなァ----と、思わず納得してしまう発言であった。
そうはいっても、原発事故問題に関する討論は、おそらく何時間、何日続けても結論など導き出せるはずはなく、ぎこちない番組進行にも疲れたわたしは、途中でチャンネルを替えてしまった。
どうせ、毎日のニュースで流れる「心配はいらない値です」の言葉を信じるしかないのであれば、今更あたふたと悪あがきしても意味はないと、半ば開き直っているわけで、それならせめてテレビ番組も楽しい物を視聴して、心身の免疫を高めた方が手っ取り早いのではないだろうか----などと判断した次第だ。
で、結局、「妖怪人間べム」を観てしまった。
鈴木福くんのベロが、可愛かった・・・。

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熊が出た!
2011年10月21日
熊が出た!

今朝、上空にはけたたましいヘリコプターのプロペラ音が響き、一体何事かと驚いたが、その理由がお昼の全国ニュースで判った。
山ノ内町の住宅地に熊が出て、男性四人を襲ったのだった。
ヘリは、その事件の取材報道のために飛んでいたものらしい。
熊は、佐野地区で通行人一人を襲った後、夜間瀬川を渡り81歳の男性宅の居間へ飛び込み、一時間半も居座ったのだとか----。
81歳の男性は、熊に襲われて重傷を負い、隣家の男性たちもそれぞれ軽傷を負ったという。
熊は、その後猟友会のメンバーによって撃ち殺されたが、体長160センチ、体重80キロもあるオスのツキノワグマだった。
秋は、冬眠に備えて餌を探す熊が里山へ姿を現わす危険な時期であるが、この熊も餌を探すうちに山から住宅地へ迷い込み、柿の木などがある家を狙った可能性もあるという。
以前にも山ノ内町では何人もの住民が熊の被害に遭っているために、小学生は皆、ランドセルにクマよけの鈴をつけて登下校しているのだが、この熊も一つ間違えれば登校中の子供たちを襲った可能性もあるわけで、親御さんたちの心配は尽きない。
また、熊は高齢者と若者がいたとすると、明らかに高齢者の方へ襲いかかるという習性があるらしい。
近頃は、紅葉に誘われて山道の散歩を楽しむ人たちも多いが、出来れば日常の散歩コースも山際は避けた方がよさそうである。
ところで、この熊出没のニュースは、各テレビ局が競うように報道していたのだが、一つ気になったことがある。
それは、テレビ局によって取材内容があまりにまちまちだったということだ。
まず、被害者宅の場所を湯田中駅近くと報道する局があれば、佐野地区と報道する局もあり、かと思えば、山ノ内町役場の西側と伝えたり、中には、湯田中駅をJRと勘違いしている局もあった。(これは、ニュースの最後に長野電鉄の湯田中駅と訂正していた)
そんなこともあり、わたしは、未だに熊の被害に遭った家の正確な住所を知らない。
とはいえ、襲われて大ケガをした方たちは、本当にお気の毒としか言いようがない。
穏やかな秋の朝が、思いがけない惨事に巻き込まれ一変してしまったのであるから・・・。
一日も早いケガの回復を願うばかりである。
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秋になると甘いものが欲しくなる?
2011年10月20日
秋になると甘いものが欲しくなる?

昨日のテレビ番組で、「秋になるとコンビニのスウィーツコーナーが大きくなる」と、いう話題を取り上げていた。
秋になると日暮れが早くなり、夜が長くなる。日照時間が短くなると、幸福感や精神の安定をコントロールする神経伝達物質であるセロトニンの分泌量が減る。
すると、人は寂しさを感じたり落ち込んだりするのだそうだ。
そして、脳は自然と甘い物を欲しがるようになる。
何故なら、乳製品にはセロトニンへの変換アミノ酸トリプトファンが多く含まれており、また砂糖にはそのトリプトファンを脳内へ取り込みやすくする作用があるから----と、いうことで、つまり、人はセロトニン不足で落ち込む気分に、スウィーツを食べることでブレーキをかけようと、無意識のうちにケーキやチョコレートに手を伸ばすと考えられるのだそうである。
だから、秋はダイエットには最も不向きな季節である----とも言えるのだそうだ。
おそらく、高齢者がよく飴を舐めたり煮豆を食べるようになるのも、こうしたセロトニン不足が作用しているのかもしれない。
若い時は、あまり感じなかった日暮れの寂しさが、年を経るごとにひしひしと感じるようになるのも、高齢によるセロトニン濃度の低下が関係しているのだろう。
そして、おそらくその不足分を、砂糖煮の豆や飴玉などを食べることで補おうとしているのだ。
あなたが、秋の夜長をロマンティックだと思えるのは、神経伝達物質が正常であるという証拠であり、すなわち若さの証なのかもしれない。
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信濃グランセローズは、何故優勝を逃したのか?
2011年10月18日
信濃グランセローズは、
何故優勝を逃したのか?
何故優勝を逃したのか?

「信濃グランセローズは、何故、優勝目前で三連敗したのか?」
これは、信濃グランセローズを応援している人たちや球団関係者はもちろん、野球にさほど興味がない県民でも気になる問題だと思います。
普段ならば、ごく単純に「相手チームが強かった」ということになるのですが、今回のグランセローズの戦い方を見ると、そうとばかりは言えないようです。
試合中に何でもないプレーで失策を重ねたり、選手たちが明らかに堅くなっているのが、観客の目からも如実に判ったといいますから、その緊張の度合いはかなりの物だったと推察されます。
信濃グランセローズは、残念ながらチーム創設以来あまり芳しい成績を上げていません。
しかも、チーム成績が上向いて来たと思うと、何故か必ず途中から失速するというシーズン展開の繰り返しなのです。
これを心理学的に分析すると、おそらく「マイナスの期待感」が、選手たちの間に生まれているからではないかと考えられるのです。
「どうせ、またダメだろう」「しょせん、おれなんか・・・」「こんなに順調では、何か悪いことが起きるに違いない」
そんな気持ちのブレーキを踏み続けることが当たり前になると、人はいつしか良いことが起きたり、物事がスムーズに運ぶことを恐れるようになってしまうのだとか----。
その無意識の恐怖が体に影響を及ぼし、これまでは何の苦もなく出来ていたことが突然出来なくなるという状況が現われたりもするわけです。
これを「スランプ」と呼ぶ場合もあります。
では、この「マイナスの期待感」を払拭するにはどうすればいいのか?
一口に言って、「自分が負けるはずはない」という精神的ルールを自らに植え付けることが、手っ取り早い解決法なのだそうです。
つまり、早い話が「勝ち癖をつける」ということですね。
有名な某学習方法に、簡単な問題を数多くこなす----と、いうものがありますが、これもその「勝ち癖」を身体に覚え込ませることが成績アップにつながるという典型的なやり方なのだそうです。
この「勝ち癖」をつけることで、自信を得た子供たちは勉強を好きになり、さらに難しい問題に挑戦する意欲を持つのだといいます。
これをグランセローズの選手たちにも当てはめれば、とにかく、勝ちに慣れることが重要なのだと思うのです。
相手は、社会人、大学生などでもいいですから、チームのレベルにかかわらず、どんどん試合数をこなしてとにかく「勝ち慣れる」----これが、今のグランセローズには必要なのではないかと思います。
来年こそは、ぜひ初優勝を----の期待を込めて、こんなことをつらつら考えてみました。

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ジョークに隠された意図とは・・・
2011年10月17日
ジョークに隠された意図とは・・・

他の人にはあまりジョークを言わない人が、何故かあなたにばかり言うということはありませんか?
「きっと、わたしのことを気の置けない相手だと思い、親近感を感じてくれている証拠だわ」
そんな解釈をしてしまいがちですが、どっこい、相手の本音はそれとは真逆にあることが多いようです。
殊に、男性が女性に対してジョークを言う場合、すべてに当てはまるというわけではないにせよ、たいていにおいて、その女性を自分よりも下目に見ていることがあると言われます。
また、「自分はきみよりも上等な人間なんだよ」と、いうことを暗にアピールしたい時も、器が大きいところを見せたいばかりに、わざと笑いをとるようなしょ~~もない冗談を言うことがあるのです。
メールなどでも、一見相手を持ち上げるような文面を打ちながら、末尾にしれっと(笑)などと書き込んで来る男性の場合も、やはり、負けてたまるかの気負いが、ついつい蛇足の一字を書き込ませてしまう典型なのだとか・・・。
つまり、「これは皮肉のつもりだよ」という意味が、裏にあると考えるべきなのだということのようです。(まあ、そんな裏の気持ちが簡単に透けて見えるような駄文を書く人間も、どうかとは思いますけれど・・・)
しかし、こんなジョークの意図は、まだまだ可愛いもので、問題はある特定の人物に対してのみジョークを連発するケースだといいます。
何故なら、その裏には、明らかにその人を攻撃する意図が隠れているということなのだそうです。
だじゃれやジョーク、ウィットなどの冗談には、それを言う人の欲求不満や不安、怒り、恐怖などを解消したいという意図が反映していることが大半なのだそうで、特に、自己顕示欲の強い人にほど、こうした傾向が見えるのだそうです。(ただし、中高年男性のだじゃれの場合は、好かれたいためのアピールという解釈が正しいようですが)
あなたは、誰かのジョークの標的になっていませんか?
その人は、あなたと面と向かって真面目な会話をしたことがあまりないのではありませんか?
もしかしたら、相手を友人と思い込んでいるのはあなただけで、相手の気持ちは全然別のところにあるのかもしれません。
人間の心理からして、「人は、自分自身にとって楽しいことや神聖なことについては決して冗談を言わない。ジョークには必ず恐怖と苦悩が伴っているのだ」(ガーション・レッグマン アメリカの作家)----だそうですから。
ところで、今日、テレビを見ていたら、タレントたちの再婚報道が花盛りで、そこである名言を紹介していました。
人は、判断力の欠如で結婚し、忍耐力の欠如で離婚する。
そして、記憶力の欠如で再婚する----のだそうです。
なるほど、言われてみればその通りかもしれませんね。
「もう結婚なんてこりごりだ」と、言っていた人ほど、さっさと再婚しますから・・・。

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ピッチャータイプとキャッチャータイプ
2011年10月16日
ピッチャータイプとキャッチャータイプ

もしも、みんなで野球をやろうということになった場合、あなたならどのポジションに入りたいと思いますか?
選ぶポジションによって、その人の性格がだいたい見当つくのだそうです。
まず、ピッチャーをやりたがる人は、自信家で目立ちたがり屋。ボス的な存在を好み、いつも物事の中心にいたがる性格の持ち主といえるのだそうです。
キャッチャーをやりたがる人は、俗に女房役といわれる通り、内助の功でボス的役割の人を支える縁の下の力持ちを好むタイプです。他人に評価されなくても、自分が良いと思うことには懸命に取組みますが、自己満足度も高いため、ゴールを自分自身で作ってしまう傾向があります。
内野手をやりたがる人は、成績よりも格好よさを重視する傾向があります。しかし、それなりにガンバリ屋でもあるので、負けず嫌いの面が大だそうです。
外野手をやりたがる人は、ここぞという時に爆発力を発揮する天才肌が多いのだとか。ただし、やや気まぐれな面もあるので、好不調の波が大きいのも特徴だそうです。
ポジション一つをとってみても、案外、その人のことが見えて来るものですね。
因みに、わたしはピッチャー派ですね。
昔は、地肩が強くて、遠投も得意でした。
----が、何故か守備位置はキャッチャーをやらされ、少々不満だったことを覚えています。(~_~;)
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喪服の女
2011年10月15日
喪服の女

昨夜のテレビ番組で結婚式場の司会者の男性が、披露宴会場で起きたさまざまな「とんでもないエピソード」を紹介していた。
わたしが観たのは二つのエピソードだったが、その一つが何と、披露宴会場に新郎の元カノが喪服(着物)姿で数珠まで持って現われたというものであった。
会場内はまるで水を打ったかのように静まりかえり、重苦しい空気が満ちたそうだが、ドラマのようなことが現実にも起きるのだなァ・・・と、空恐ろしくなってしまった。
そういえば、かつて、やはり元カノがどうしても彼のことが諦めきれず、披露宴へ招待されてもいないのにいきなり押し掛けて、「あみん」の「待つわ」を熱唱したという話を聞いたことがある。
招待客大勢が祝福ムードいっぱいに歓談する会場へやってくる度胸も大したものだが、「わたし待つわ。いつまでも待つわ」とやられた新郎の胸中や如何に----と、想像すると、女性の執念や恐るべし----である。
キリスト教の結婚式では、式を司る神父さまが、「この結婚に故障(異議)あるものは、今すぐ申し出よ。さもなくば永遠にその口をつぐめ」というような一節を述べることがあるが、そういう故障ある女性たちは、むしろ、この時に手を上げるべきなのではないだろうか?
神前(神道)や仏前結婚の場合は、こうしたアクシデントは起きそうもないが・・・。
まあ、だいたい、異議を唱えるような者を式場へは入れないのが式場側の常識だが、披露宴で恨み節を堂々と熱唱されるよりはまだ救いかもしれない。
しかし、どっちにしても二股をかけていた新郎には、このうえない恥になることだろうし、新郎の両親や親族にも大層な屈辱となるはずだ。
とはいえ、新婦にとっては結婚生活が始まる前に新郎の正体を知ることが出来て、ある意味ラッキーなのかもしれない。
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真夜中の説諭
2011年10月13日
真夜中の説諭

「ギャハハハハ・・・」
深夜二時----。突如として起きた女の甲高い笑い声に度胆を抜かれ、思わず目が覚めた。
その後も大声でしゃべり続ける二人の若い女。
ベンチの上へ胡坐をかいて音楽を聴き、菓子などを食べながら大宴会の真っ最中だ。
と、そこへいつしかもう二人の客が合流し、大笑い女のテンションは上がる一方となった。
すると、やがてその場に一台のパトカーが停車。一人の警察官が降りて来て、彼女たちにその場所から移動するように説得するのだが、一向に従う気配がない。
如何にも、警察官あしらいに慣れた調子で、

「何で、行かなきゃいけないわけ~」「いいじゃん、しゃべったって~」
ケラケラ笑いながら、まるで反省の色を見せないばかりか携帯電話をかけたり、仲間の一人は、警察官の後ろからちょっかいを出したりもしている。
それでも、説諭すること30分以上が経った時、警察官は署に連絡を入れ、パトカーで去って行った。
女たちも重い腰を上げて、一時はそこから移動して行ったかのように見えたが、パトカーの赤色灯が見えなくなった頃、再びそこへ戻って来た。
「あいつ、バッカじゃね~の!」
またまた、ギャハハ笑いをしながら、ベンチへ座り込み、もう一人の友人と騒ぎ始めた。
しばらくして、再びパトカーが到着するや、今度は二人の警察官が彼女たちの説得にあたる。
そして、そこからが延々、女たちと警察官のどけ、どかないの押し問答が続いた。
こちらも、もはや、その様子を眺めていることに疲れ、布団を別の部屋へ運んで眠ることにしたので、結果がどうなったのかは見そびれた。
それにしても、彼女たちは何処まで図太い神経の持ち主なのだろうか?
夜中に騒音を撒き散らしている彼女らに、それでも警察官は、こんな生ぬるい説得の仕方しか出来ないものなのだろうか?
朝になり、そのベンチを見たら、カップラーメンの食べかけやペットボトル、タバコの吸殻などがめいっぱい散らかっていた。

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褒め方あれこれ
2011年10月12日
褒め方あれこれ

あなたは、次の四つのパターンのうち、どんな言い方をされると嬉しいですか?
A 「きみは、仕事の手際がとてもいいね。でも、時々ミスがあるから気を付けてくれないと困るよ」
B 「きみの仕事には時々ミスがあるね。でも、仕事の内容は十分判っているようだから、飲み込みは悪くない。これからは細部にも気を配り、頑張ってくれ」
C 「きみの仕事はいつも完璧だよね。ミスもほとんどなくて、もう言うことなしだよ」
D 「きみは、手際も悪いし、ミスしてばかりだ。仕事に身が入っていないんじゃないのか?」
如何ですか?
ある実験によると、人は、Cのように最初から最後まで褒め続けられると、必要以上にプレッシャーを感じ、あまり気持ちがいいとは思わないのだそうです。
では、その反対に、Dのように最初から最後までけなされていたのでは、これも不快なもので、自信喪失にもつながりかねません。
ところが、このD以上に不愉快に感じるのが、Aの言い方なのだそうです。Aは、最初に褒めておきながら、あとでけなすというやり方の典型なのですが、この言い方が最も相手を憤慨させたり落ち込ませるパターンなのだとか。
と、なれば、一番ベストな褒め方は、最初はけなしておきながら最後に褒めるというBのパターンということになりますね。
しかし、ここに一つ落とし穴があるのです。
けなされたことが、相手が常にコンプレックスに感じているものであった場合、どんなに最初けなして最後に褒めても、その褒め方は効果を発揮しないのだそうです。
つまり、自分は太っているというコンプレックスを懐いている女性に、「きみは、太っているけれど、可愛いね」と、言っても、「太っている」という言葉だけが頭に残り、決して褒め言葉にはならないというものなのです。
こういう場合は、その女性がコンプレックスと感じているだろうことは、あえて避け、女性が関心をもっている洋服やアクセサリーのセンスを褒める---と、いうやり方の方が理にかなっているということのようです。
髪形にこだわりのある女性には、ヘアスタイルを褒めたり行きつけの美容院の情報を聞くなど、その人の関心事について話題を展開すると、嬉しく感じるそうですし、また、特に男性には、仕事に対する褒め言葉は嬉しいものなのだそうです。
ですから、もしも、あなたが誰かの意見に反論したい時は、先に反論を述べてから最後に相手の意見も尊重する内容の一言を付け加えることをお勧めします。
どんなに最初、同意するふりをしていても、最後に「そうはいっても・・・」とやったのでは、それまで褒め言葉や賛意を並べた努力がすべて水の泡になりますから----ね。
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志賀高原殺人事件
2011年10月11日
志賀高原殺人事件

西村京太郎サスペンスドラマの十津川警部シリーズ「志賀高原殺人事件」の放送を観ました。
かなり以前に原作を読んでから、いつテレビドラマ化されるのだろうか?----と、期待していたのですが、ようやく放送されて嬉しかったです。
ドラマでは、日常生活でよく見る場所がたくさんロケされていて、しかも、まったく別の名前で出て来るので、ちょっと面白かったですね。
わたしの住む地元は、時々、サスペンスドラマの舞台に使われることがあるのですが、だいたいが有名な旅館やホテル、名所などをロケ現場にしていて、やや食傷気味でした。
が、昨夜のドラマは、そういう名所はほとんど出て来ることのない、如何にも知名度度外視の地元密着物で、好感が持てました。
それにしても、あの紅葉の季節にわざわざ大沼池に大蛇(龍神)舟を出したり、地元もかなりロケに協力したんですね。
殊に、ユニークだったのが中野市にある中野警察署(劇中では志賀警察署になっていましたが)の前が志賀高原の風景と合体されていたことです。
また、渋温泉は、これでこの十津川警部シリーズ二度目の撮影ですし(確か・・・)、中野市の北信総合病院の南病棟も堂々と登場していましたね。
ドラマ撮影って、見なれた景色を再認識させられて、地元もなかなか絵になると思いました。
ただ、残念だったのは、志賀高原の大沼池の硫酸銅水独特の異様とも言えるほどの鮮烈な青い湖面が、あまりはっきりと映像に反映していなかったことです。
もう少し、池を俯瞰するような絵が欲しかったように感じました。
今年は、何かと松本市方面が映像的に露出が多かったわけですが、これからは北信地方もドラマ撮影などにどんどん取り上げて頂けたらなァ・・・と、思います。
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核心部分を避けたがる人は・・・
2011年10月10日
核心部分を避けたがる人は・・・

ほとんどの人は、率先して嘘をつくことに抵抗を感じるため、本当のことが言えない時は、その話題をあえて避けようとしたり、あいまいでどちらともとれるような答え方をしてしまうものなのである。
たとえば、32歳の女性に、こんな質問をしたとする。
「きみって、まだ二十代なのかな?」
そんな時、もしもこの女性が、次のような返事をしたとしよう。
「だとしたら、幾つに見えます?」
「・・・かもしれませんよ」
「ご想像にお任せします」
こんな返事が返って来たら、たいていその女性は、30歳以上だと考えてよいようだ。もしも、女性が本当に二十代だったとしたら、はっきりと実年齢を答える確率の方が高いからである。
若く見られて嬉しい気持ちは山々だが、本当の年齢を告白するには抵抗がある----それが、女心というものなのだ。
これと同じように、自分が苦手な分野の話を持ち出された場合も、やはり人は、無意識のうちにその話題を避けようとするのものなのである。
「野党の〇〇議員が、昨日の予算委員会の席で総理にぶつけた質問だけど、きみはどう思った?」
などという問いかけをされた途端、
「そういえば、与党の△△議員、この間~~したんだってさ」
「ニュース観ている暇がなくて・・・」
「国会議員なんて、いつも居眠りばかりしているよね」
こんな答えが相手から返って来たとしたら、その人は、ほとんど政治になど興味がないし、知識もないと考えた方がいいようだ。
つまり、人は、他人からの質問をはぐらかす時、そこに何かしらの後ろめたさを感じていると思って間違いはないのである。
そして、原因を明らかにせず、結果ばかりを強調する人も、また同様に何か隠し事をしていると考えても良いそうである。
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指のしびれを侮るなかれ
2011年10月09日
指のしびれを侮るなかれ

テレビの健康番組を観ていると、脳こうそくになっている時は、こんな症状が現われます----などという話題を取り上げることがあるが、こういう番組で扱う脳こうそくの症状は、かなり大きなこうそくや脳内出血が見られた場合の状態なのだということを、最近知った。
片方の腕が上がりにくいとか、言葉がうまく発せないとか、足が地面にねばりつくような気がするとか、時計の絵がうまく書けないとか、手でキツネが上手に作れないとか、脳こうそくの症状はさまざまあるのだが、ここまでひどくなる前には、必ず何かしらのほんのささいな前兆があるものなのだ。
普段なら見落としてしまうような指先のかすかなしびれや唇の違和感などが、大変な症状を引き起こす前触れという場合もあるようだ。
これを見逃したばかりに、半身まひなどという事態になることも多いそうで、特に60歳以上の人は、いつもと違うと感じることがわずかでも身体に起きた際は、何はさておき、病院の救急外来を受診することが肝要だという。
脳こうそくの症状が出た場合は、とにかく一分一秒が重大で、発症から三時間以内ならば、こうそくを融かすことが可能な薬もあるという。
もちろん、そういう疑いのある際には、出来ればこれまで常時服用している薬のリストや病歴を記したノートなども病院へ持参するのがべストだという。
こうそくを融かしたり、脳の血流改善のために使う薬には、出血しやすくなるものもあるので、血小板の異常の有無なども、一分一秒を争う治療のためには重要な資料となるのである。
また、脳こうそくの疑いがある時は、あまり身体を動かさない方がいいという。歩くのはもちろん、車椅子移動でさえ控えた方がいい場合もあるからだ。
最初は、大したことのないように思える症状も、30分と経たない間に一気に悪化する可能性があるのも脳こうそくの怖いところなのである。
早期に発見出来れば治療の効果も格段に違うそうなので、持っていた湯呑茶碗をいつの間にか落としていたとか、洗濯ばさみがうまくつまめないなどの軽い症状を見逃すことのないように、気を付けたいものである。
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