小学校の夢を見る

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    小学校の夢といっても、当時の学校生活や友人関係の思い出ではない。

    わたしが子供の頃通っていた小学校の旧校舎そのものが、時々夢の中に登場するのだ。

    明治に建てられた古い木造校舎だったのだが、戦前までは小学校と渡り廊下でつながる構造で、今でいう中学二年生まで通うことが出来る「高等科」も隣接していたので、校舎内はとにかく広かった。

    体育館前の下級生用の玄関には、動物のコウモリがぶら下がっていた。

    25メートルプールもあった。

    低学年の頃は、自分の教室がある棟以外へなど行けば、迷子になってしまうのではないかと思うほど、内部は複雑に入り組んだ作りになっていて、とにかく階段や廊下だらけ。

    校舎の後ろには山が迫り、学校にはお決まりの墓地もあった。

    建物内の一角には温泉も湧いており、湯船まであったところを見ると、当直の先生や用務員さんが使っていたのかな?

    そんなあらゆる場所が、断片的に夢には出て来る。

    階段を上り下りしている白衣を着た科学担当の先生なども、毎回セットで現われる。

    いつも腰を痛そうにしていた。

    高等科のあった棟は、のちに新しい講堂になったように記憶しているのだが、こっそりと探検するのも楽しかった。

    しかし、何故だか、その頃の同級生たちが夢に出て来ることは、ほとんどない。

    同級生と遊んだ記憶は、学校以外の場所での方が鮮明だ。

    夢に出て来るのは、あくまでも旧校舎だけなのである。

    二十年以上前に近代的な鉄筋校舎に建て替えられたのだが、一、二度取材で新校舎の中を歩いてみたが、行儀よくこじんまりしていて、かつての何とも言えないまるで校舎全体が息をしているような不思議な空間の匂いはまったく感じられなかった。    
    
    あの木造校舎、今にして思うが、どうして取り壊してしまったのだろう。

    老朽化は激しかったと思うが、実にもったいない気がする。

    あなたは、卒業した小学校の夢を見ることがあるだろうか?

    中学や高校の校舎は、しっかりとした現実感の中にあるのだが、小学校の校舎は、何故か夢と現実のはざまに浮遊している存在のような気がする。




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Posted by ちよみ at 19:02Comments(2)ちょっと、一息 26

壁にぶつかった時の女性と男性の気持ちの違い

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女性と男性の気持ちの違いart02




    何か困難に直面した時、女性と男性では、その言動や気持ちにかなりの違いがあるそうだ。

    女性は、まず困難を回避するために他人の力に依存しようとする傾向が強いという。

    「わたしが困っているのだから、誰か助けてくれてもいいでしょう」

    と、思うのである。

    これは、女性が男性よりも傷付きやすくか弱い存在なのだから、そうしてもらって当然という思い込みが、女性の中に無意識に働くためだと考えられるのだそうだ。

    だから、夫や彼氏には、「自分の話し相手になって、一緒に悩んで欲しい」と、思うのだという。

    そのため、自分一人で困難を背負い込むなど割に合わないという気持ちから、ヒステリーを起して周囲を巻き込まねば気が治まらないという、我がままな感情を懐く女性も少なくないのだ。

    一方、男性はというと、困難にぶつかった時は、自分自身で解決するのが当たり前----との先入観があるため、何とか自分だけの才覚で壁を突破しようと考える。

    また、ある程度、そう出来るはずだとの自信もあるので、まずは自分一人で打開策を練るのである。

    が、どうしても、一人では荷が重いとなっても、安易に他人の手を借りようとはしない。

    そして、自力ではどうにもならないと悟った途端、問題解決を先延ばしにして周囲がそれを忘れることを願うのである。

    他人の力を借りてでも問題をすぐに片付けたい女性と、他人の口出しを嫌い解決を先延ばしする男性。

    女性は、「自力で解決しろよ」と、いう男性を、「冷たい人」と、なじり、男性は、すぐに他人を当てにする女性を、「自立心のない我がまま人間」と、見下す。

    こうした性格のギャップをうまく埋めるためには、女性は困難にぶつかっても、何とか自力解決法を考え、男性は問題を一人で抱え込まずに、どうしても困った時は他人に相談することが大事だということのようである。



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Posted by ちよみ at 17:25Comments(0)ちょっと、一息 26

恋は闇の中で育まれる

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    「しのび合う恋を つつむ夜霧よ   知っているのか ふたりの仲を~」♪

    石原裕次郎が歌った『夜霧よ今夜も有難う』のフレーズである。

    恋人同士は、出会ってはいけない運命だった。しかし、夜霧がそんな二人を結びつけた。

    正に、夜という闇の力があればこそ、恋は一層深いものになったのである。

    この歌のように、暗闇や暗がりが人の気持ちを近付けるという理屈は、心理学的にも証明されているそうだ。

    アメリカの心理学者・ガーケンらは、明るい部屋と暗い部屋のそれぞれに男女六人~八人のグループを入れ、一時間にわたり彼らの行動を観察するという実験をしたそうである。

    すると、明るい部屋の中へ入れられた男女は、お互いに離れたところの椅子に腰かけたまま、さしさわりのない挨拶を交わすだけで、それ以上近付こうとはしなかったそうだ。

    だが、暗い部屋の中へ入れられた男女は、最初のうちは離れて腰かけていたものの、やがて同性同士が会話を交わし始め、それが次第に異性間の会話となり、そのうち席を移動し始めるや、男女が寄り添うように座り、中には抱き合う者まで現れたのだという。

    このように、お互いの顔がはっきりとは識別できないような暗がりの中では、人は心のガードがゆるんで、一気に親近感や安心感が増すということが判ったのだそうである。

    誰でも見知らぬ相手に大して自分をオープンにすることには抵抗感がある。

    しかも、体裁をつくろわなければならない相手には、さらにガードが固くなるのは当然の反応である。

    しかし、暗がりにいる時は、その体裁を作る必要がほとんどなくなることで、素の自分をさらけ出すことへの抵抗感が薄れるのである。

    突然の停電やキャンプファイアー、映画館、劇場、店内照明が薄暗い飲食店、お化け屋敷などが恋の芽生えを後押しするシチュエーションになることが多いのも、そういう理由があるからなのかもしれない。

    ところが、こうした親近感を懐くのは、何も男女間に限ったことではなく、同性同士の間にもいえるのだという。

    バーやクラブ、スナックなどは、ほとんどの店が照明を暗くしている。

    ビジネスの付き合いのある人と親しくなりたい場合は、こうした場所を活用するのも良い方法なのだそうである。

    人は、暗がりに不安や疑心を持つものである。

    そこで、知らず知らずのうちに自分の味方になる相手を見付けたいという本能が働くということもあるのだろう。

    あなたに少しばかり今までより親密度を増したいと思う相手がいるのなら、こうした暗がりを利用するという手もあるようだ。

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Posted by ちよみ at 20:55Comments(0)ちょっと、一息 26

点滴台のもう一つの活用法

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    病院にいると、実に足の悪い人が多いことが判る。

    そういう人たちは、院内へ入ると用意されている車椅子を使ったり、シルバーカーのような歩行器を使うのが常なのだが、患者さんが多い時などは、それらが全て使われてしまっている場合がある。

    また、それほど高齢者でもない人たちは、杖や歩行器を使うのを恥ずかしいと思ったりするものなのだ。

    知り合いのある女性は、院内が広すぎて、あっちで検査、こっちで検査、向こうで診察----といわれる度に泣きたくなるという。

    階段をのぼらねばならない時などは、「もう、帰ろうかと思うこともある」と、話した。

    「エレベーターがあるじゃないですか」

    わたしが言うと、そのエレベーターのところまで行くのも大変なのだそうである。

    実は、わたしも足がほとんど動かなかった時があったのだが、それでも入院中は病院内を自分一人で歩き回ることが出来た。

    それは、点滴台を杖がわりにしていたからである。

    点滴台は、もちろん点滴治療が必要な患者が、院内を動き回れるように押して歩く器具だが、これにはキャスターが付いているので、歩行の補助具としても十分利用が可能なのである。

    空手では五メートルも歩けなかったわたしが、これがあるだけで自由に院内を歩くことが出来た。

    そこで、退院してからは、家の中の廊下を行く時は、キャスター付きの椅子を押して移動することにした。

    これは、なかなかのアイデアで、かなり重宝したものである。

    そんな訳で、もしも、既に使わなくなったような点滴台があったら、病院の入口付近にそれを数台置いておくだけでも、患者さんの歩行器代わりになるのではないだろうか。

    しかも、シルバーカーのような大仰な抵抗感もないし、カバンなどをちょっとかけておくことも出来て便利だと思う。

    知り合いの女性の言葉を聞いていて、ふとそんなことを思いついた。



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Posted by ちよみ at 17:17Comments(0)ちょっと、一息 26

またまた、話題いろいろ

またまた、話題いろいろdiary



    
    「日曜洋画劇場」が、もうすぐ終了するという。

    本当なのかな?

    身体の調子のこともあって、映画館へ行くことがないわたしにとっては、テレビの洋画が楽しみの一つなのだが、事実ならば残念で仕方がない。

    近頃は、映画をテレビ放送するにしても、各局の思惑がらみのものばかりで、番組制作側の意欲がまるで感じられないものばかりだ。

    ジブリ作品(何度か観てはみたものの、何処が面白いのか皆目分からない)や映画公開に合わせての邦画の再放送には、いい加減飽き飽きである。

    何度同じ物を観せれば気が済むのだろうか。

    世の中には、地上波しか観ることが出来ない人も多いのだから、もう少しテレビ局も配慮して欲しいものである。

    昔は、深夜帯にも名画を続々放送していた。

    タイトルの頭の文字が「あ」の映画から始まって、毎日のように放送され、片っ端からビデオテープに録画したものだ。
 
    今は、大晦日やお正月でも、映画を放送しなくなってしまった。

    テレビがますますつまらなくなりそうだ。





    民主党の総裁選立候補者の公開討論会が放送されていたが、観ていてまったく気が入らなかった。

    誰が総裁になっても消費税は上がるし、世の中の不景気は直らない。

    自民党も石原さんが総裁になれば、もしかしたらそのまま総理になるかもしれないし、父親が都知事で、息子が総理大臣なんて世襲制の極みだ。

    想像しただけで、SFドラマでも観ているような気分になる。

    これほど、将来の展望に期待できない総裁選も珍しいし、日本維新の会の動向など観るにつけても不快になるだけだ。

    身内だけで和気藹々とはしゃいでいる人たちには、何の展望も感じない。

    そうだ・・・。

    わたしは元来、坂本龍馬が好きではなかったんだ。

    だから、維新とか船中八策などという言葉にアレルギー反応があるんだな。

    維新って、一般市民が武士政権の世を倒すということで、代わりに担いだのが朝廷なわけで、その根底にあるのは、武士階級に対する大いなる嫉妬心だったんだと思う。

    誰かさんも、そういうところが十分あるようだ。

    でも、朝廷側がそんないわゆる成りあがり者を心から信用したかといえば、それはまた別の話なんだけれどね。




    街で大学生の一団と出会った。

    「合宿ですか?」と、訊ねたら、同じ大学内の部活交流会だと言う。

    「今が一番楽しい時期だから、思い切り楽しんで。就職すれば、交流会も上司や同僚への付き合いになって、心から満喫なんか出来ないよ」

    と、話すと、そうですか・・・と、神妙な顔つき。

    男子も女子もしっかりとした口調で話し、皆とても礼儀正しい。

    こういう夢にあふれた子供たちの未来を裏切るような政治だけは、決してして欲しくないものである。

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Posted by ちよみ at 18:20Comments(2)ちょっと、一息 26

好きな男性に自分を印象付ける方法

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    合コンなどで決まって男性たちの注目を浴びる女性っているものだが、そういう女性は、確かにファッションセンスも良く、容姿も美しく、性格も明るく、微笑みを絶やさないというわけで、男性でなくてもつい魅了されるような人であったりする。

    「あたしなんかとは、生まれながらに持つ素材が違うのよ」

    そんな女性を見ると、思わず、そんな愚痴さえ口から飛び出してしまうこともあるだろう。

    しかし、男性たちが注目しているのは、本当に彼女の容姿やファッションだけなのだろうか?

    いやいや、そんな単純なことではないはずだ。

    容姿の良し悪しなど、若い時は、美人も不美人も顔のパーツの位置が一ミリ大きいか小さいか、高いか低いかの違いだけなのだから、厳密に考えればそれほど差異はないのである。

    では、何が彼女たちに差を付けているのかといえば、可愛らしい声であったり、話題の豊富さであったり、要は自己アピールの仕方が身についているか否かということが、彼女に付加価値を与えているに過ぎないのだ。

    では、そんなモテ女の様子をじっくりと観察してみよう。

    彼女は、意中の男性を見付けたとき、まず自分の何を相手に印象付けるであろうか?

    それは、目である。大きな瞳を精一杯見開いて、相手の男性をひたすら見詰める。

    微笑みを浮かべながら、大きく頷き、男性の話に耳を傾けて、男性の仕草に同調性を見せる。

    たとえば、男性が飲み物に手をつけたら、自分も同じようにするとか・・・。

    そして、必ず相手の話に同意する。が、それを長時間は行なわず、きりの良いところで、今度は別の男性の方へも関心を示す。

    そうやって、無意識のうちに一人の占有にはならないという「希少価値の法則」までも実践しているのである。

    それが、恋愛にまで発展するかはお互いのフィーリングにもよるのだろうが、間違いなく相手に自分を印象付けることは可能だそうである。

    でも、どうしてもその男性をもっと自分の方へ引き付けたいのなら、何気に「好き」と言ってみよう。

    「あなたが好き」という露骨な言い方でなくても、「あなたのネクタイの柄、好きだわ」「野球が好きなの?あたしも大好き」と、そんな具合にさりげなく・・・。

    これだけでも、男性のあなたに対する好感度は、かなりアップするはずである。----たぶん。

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Posted by ちよみ at 21:26Comments(0)ちょっと、一息 26

お茶やコーヒーの夢を見たら

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    夢の話には興味がないという人が、ナガブロ読者には多いようだが、それは夢など覚えていないという爆睡型の人が多いせいなのかもしれないな。

    まあ、健康な睡眠が取れている証拠でもあるので、それはそれで結構なことである。

    が、今回、ある人から「飲み物の夢には、どんな意味があるのか?」と、訊ねられたので調べてみた。

    その人は、夢の中にしょっちゅう喫茶店やレストランで、友人や知人と飲み物を飲む夢を見るのだそうだ。

    あまりこれが頻繁だと、実際に喉が渇いているということなのだと思うのだが、この夏の熱帯夜では、かく汗の量も半端ではないので、そんな夢を見るのかもしれない。

    ただ、飲み物の夢は、その出て来る飲み物が冷たいか熱いかだけでも、暗示の意味が変わってくるらしい。

    まずは、元々は熱いのに時間が経ってしまい冷めたコーヒーやお茶を飲む夢である。

    これは、あまり良い夢とは言えないようで、恋愛面でのトラブルが予期されるという。

    しかし、水を飲んで渇きが癒される夢であれば、日常生活が順調に行くということで、甘酸っぱいレモネードや甘い炭酸飲料などをグラスについで飲む夢ならば、あなたが周りから注目される存在になる可能性があるという意味だとか。

    また、缶ジュースを飲む夢は、嬉しい出来事が起きる予感----だそうである。

    では、温かいお茶やコーヒーを飲む夢はどういうものかといえば、ラブチャンスに恵まれたり、異性との会話が弾むという暗示で、これがミルクコーヒーやカフェオレだった時は、嬉しい知らせが舞い込む予兆だそうである。

    そして、そのお茶やコーヒーを、あなた一人で飲んでいる場合は、仕事での独立のチャンスが転がり込むかもしれないということで、あなたが親しい人たちと一緒にお茶を楽しんでいる夢ならば、その人たちともっと親密になりたいと思っている証だそうだ。

    それには、もっと誠実さを心がけなさい----とのアドバイスも含まれているのだということである。

    因みに、ワインの夢は、あなたの感性が特別鋭くなっている証拠だそうで、ひらめきを大切にすると、幸運に恵まれるかもしれないそうだ。

    だが、そのワインを誰かのグラスについでいる夢は、あなたのペースを乱そうとする邪魔な存在が近くにいるのかも。周囲に振りまわされないように、自分をしっかり持つことが大事だそうである。

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Posted by ちよみ at 18:19Comments(0)ちょっと、一息 26

女性には判らない男性心理

女性には判らない男性心理volunteer




    若い女性を見ると、髪の色がほぼ同じせいなのか、顔立ちが似通っているせいなのか、皆、同一人間に見えてしまう今日この頃である。

    鼻孔に反響する甘えるような鼻声を出すのが、最近の若い女性の特徴だが、そういう声しか出せなくなっているのは、おそらく顔の骨格にも関係があるのだろう。

    というわけで、声までそっくりなのだからビックリだ。

    それはそれとして、若い男性に、「最も面倒くさい」と思うのは、どんな女性か?と、訊ねれば、たいてい同じような答えが返ってくるという。

    「しつこい女性」

    「彼女面する女性」

    「あたしのこと好き?----って、何度も訊いて来る女性」

    彼女なんだから、彼女面するのは当然でしょう----と、女性は考えがちだが、あに図らんや、男性からすると、

    「母親や女房でもないくせに、いちいち世話を焼いたり、おれのことを自分だけのものみたいな顔するなよ」

    と、いう反応になる。

    このブログにも再三書いているのだが、彼がメールに仕事の話題しか返して来なくなったら、それはそんな女性に興味がなくなったということ。

    そして、彼からのメールの返信が来なくなったら、明らかにその女性のことが厄介になったということ。

    男性は、決して自分からは、「別れよう。僕にはきみは必要なくなった」などということは言わないし、女性からすれば、いとも狡猾に何となくの自然消滅を狙うものなのだ。

    にもかかわらず無理を押して、「はっきりとした別れ言葉を聞かないと、踏ん切りがつかない」などという女性は、彼に未練タラタラということを暗に語っているも同然で、彼からしてみれば、「やっぱりウザい女」としか思えない。

    情にほだされて、「こいつ、案外可愛いところあるな・・・」なんて思い直すだろうなどという甘い展開は、絶対にあり得ないのだ。

    ただ、数カ月もたってから、またメールを送って来るようなこともあるだろうが、それは元彼の単なる気まぐれで、本命の彼女とのデートがその時たまたまドタキャンになっただけのこと。

    女性の方から賢く事情を察して、すっぱりとケリを付けておかないと、いつまで経っても大勢いるただのガールフレンドの中の一人のままである。

    もしも、彼が自分を擁護し、女性の悪口を言い出した時は、保身というよりはそれだけその女性を嫌っているという紛れもない証拠。

    罪は、むしろそんな暴言まで彼に言わせるように仕向けた女性のしつこさの方にあるのだと心得よ----と、心理学者は説いている。
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Posted by ちよみ at 16:40Comments(0)ちょっと、一息 26

お人好し・・・かも?

お人好し・・・かも?icon09




    外湯からあがって家へ帰る道すがら、一台の乗用車が近くに止まって、助手席の年配女性が、

    「〇〇旅館は、何処ですか?」

    と、訊ねてきた。

    「それなら渋温泉ですね。ここからでしたら、あ~行って、こ~行って・・・」

    と、教えながら、ふと思った。

    わたしのような人間でも、観光客に渋温泉は何処かと訊ねられれば、早く家へ帰って髪を乾かしたい足を止めてでも丁寧に道案内をする。

    かつての渋温泉を盛りたてた年配者たちには、街中をにぎわせ活性化させたいという意気込みや誠実さがあったので、多くの町民も観光に協力しようという気構えをもっていた。

    しかし、現在、渋温泉の若手経営者の中には、他の温泉場や商店のことを宿泊客に訊ねられても、「そんなところにお店はありません」とか「他の温泉場のことなど知りません」と、答える者もいる。

    ある観光客は、「渋温泉以外に、町内には商店などありませんと言われたので、おかしいと思ったのよ」と、首を傾げていた。

    とにかく、自分たちのことしか考えない者が町の観光業に携わっているというのは問題である。

    今回も、渋温泉の某旅館への行き方を観光客に伝えながら、我ながら「何というお人好しだろう」と、内心後悔した。

    渋温泉の人たちには、先日のテレビ放送に登場した女性たちの町の観光への心意気を、改めて学び直して欲しいものである。

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Posted by ちよみ at 21:12Comments(2)ちょっと、一息 26

ホームページからお申し込みを?

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    わたしの世代には、まだまだネットアレルギーの人がごまんといる。

    そういう人たちは、インターネット通販など、嘘臭くてとても使う気になどなれないと言う。

    そんなわけで、インターネットからしか申し込めないとか、インターネットでしか説明が読めないような経営方針の企業や学校などには、はっきり言って信用が置けないのだ。

    「ホームページに必要事項を書き込み、ご応募下さい」

    などといい、電話番号はおろか住所さえも教えようとしない会社は、まったく胡散臭いとしか思えない。

    ホームページはもちろん読めるが、申し込みや問い合わせは、やはり電話で相手の声を聞いたり、書類を交わしたりして行なえなくては心から交渉成立の実感がもてないのだ。

    メールなどというものは、おもちゃの類だと信じている年配者も少なくないし、わたしも未だそれに近い感覚がある。

    自筆でサインをして、印鑑をおさなければ、本物ではないという認識の方が強いのだ。

    だから、友だちや家族などとの会話はメールでも事足りるが、ホテルの予約とか販売元に不確かなことを訊ねる場合、「インターネットでお申し込みを」などというところは、まず敬遠対象になってしまう。

    人間は、ネットのような顔の見えない、声の聞こえない者同士のやり取りに甘んじて、一方通行な通信しか出来ないような横着をするものではない。

    世の中には、パソコンや携帯電話、スマホなど別の世界の話だと思い込んでいる人は、まだまだ多数いるのだ。

    インターネットが当たり前のような言い方は、そういう人たちに対しても失礼千万である。

    ホームページをネットに載せるのは結構だが、「お申し込み、お問い合わせは、お電話でも承らせて頂きます」の一言と、電話番号、住所は、必ず記載して欲しいものである。

    最近のインターネットにばかり頼りたがる企業や経営者の風潮は、お客が弄ばれているようで、実に不愉快としか言いようがない。




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Posted by ちよみ at 15:43Comments(2)ちょっと、一息 26

「ディア・ドクター」を地て行く?

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    東京都板橋区の私立病院で、40代の男性が実在の医師の名前をかたり、非常勤医師として健康診断に関わっていた疑いがあることが8日、分かった。病院側が記者会見で明らかにした。男性が関与した可能性がある受診者は約2300人に上り、うち約110人の健診結果を訂正したが、命にかかわる重大な見落としはないという。病院は健診結果を精査するとともに再受診の手続きを進めている。
    男性は偽造された医師免許証のコピーなどを使っており、病院側が事情を聴いたところ連絡が取れなくなった。他にも複数の病院で働いていたとみられ、病院側は医師法違反容疑などで警視庁に告発する方針。
    病院によると、医師会を通じて区から健診事業を受託。病院は医師人材紹介会社を通じて非常勤医師を募集し、男性を    2010~11年に採用した。この際、免許証のコピーなどが同社から送られてきた。
    男性は2年間のうち44日間、健診で採血や胸部レントゲン、受診者への結果説明などに関わった。健診以外の医療行為はしていない。(YAHOO!ニュース)



    最近、医療系ドラマなどが華やかなせいか、医療現場で働くことに憧れる人たちが多くなったといわれる。

    そのため、医師になることを希望する人たちも急増しているのだが、どれほど以前に比べて各大学が入学合格者数を増やしたとはいえ、やはり大学の医学部や医科大などは、それなりに学費もかかるし、未だ狭き門であることには違いはない。

    様々な理由で、医師になるという希望がかなわなかった人たちの中には、他の医療系の職種を目指す者も少なくないそうである。

    この偽造医師免許を提出し、医師の業務を行なっていた男性も、かつてはそんな医療系専門学校に通った経験があるらしいと、ニュースでは報じていた。

    以前、東日本大震災の被災地でも、偽物の医師が診療行為をしていたという事件があり、近年このような偽医師が患者の治療にあたったという問題が後を絶たないのは何故なのか?

    そこにはやはり、映画「ディア・ドクター」を地で行くような医師不足の現状があるからであろう。

    たとえ、偽医者でも地域には医師が必要なのだ----そんな喉から手が出るような医師急募を掲げる自治体にとっては、要請に応じてくれる医師ならば、身元の詳細確認など、むしろ失礼にあたるとさえ考えて手続きを遠慮してしまうこともあるのだろう。

    メディアに関しては、テレビドラマや医師タレントが活躍する等の影響もあるだろうが、日本の歴史上、これほど医師という職業が国民の身近なものとして捉えられた時代はないのではないかと思う。

    そうはいっても、白衣を身につけさえすれば、それで医師になれると思い込む人がこれほどいるというのは、考えれば怖いことである。

    「ディア・ドクター」のPRフレーズである「その嘘は、罪ですか」という問いかけだが、こうした事件を踏まえれば、今の現状では明らかに「犯罪」であるとしか言えないだろう。

    今回もこの偽医師による健診を受けた人たちに、特段重大な誤診がなかったからよかったものの、一つ間違えれば大変な病気を見逃した可能性もあったわけで、その可能性があった受診患者が約2300人という数には驚くばかりだ。

    ぜひ自治体や各病院関係者には、この事件を教訓に、今後の再発防止に向けて神経をとがらせて欲しいと思う。


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Posted by ちよみ at 19:04Comments(0)ちょっと、一息 26

前向きは大事だけれど・・・

前向きは大事だけれど・・・volunteer




    他人から自分が良かれと思ってしていることを注意された時は、そりゃァ、誰しもむかっ!となるものだ。

    相手の忠告が正論ならば正論であるほど、「お前に、わたしの何が判るんだ!」と、言いたくもなる。

    まあ、素直に、「その通りです。わたしが悪うございました」なんて、殊勝な詫びなど口が裂けたって言いたくなんかないものだ。

    しかし、忠告する人も、相当なプレッシャーを感じながらしているはずである。

    相手からどのような反撃を食らうか判らないのだから。

    だが、それでも忠告する人は、おそらくはその人やその人の家族のことを心配して、あえて苦言を呈してくれているはずである。

    ところが、それが裏目に出て、忠告されればされるほど、なお意地になるという人もいるのだ。

    「お前なんかよりも、わたしの方が大変な目にあっているのだがら、余計な口出しはするな」

    と、いうところだろうか。

    そういう人は、とかく、相手の忠告を無視するだけでなく、何の反省の色もないままに、ただ単に「これからも前向きで生きる」「これが、わたしなんだから」と、開き直りを見せる。

    人生、「前向き」は確かに大事だが、それは、自分の言動の反省点を自覚してから以後の話ではないだろうか。

    「他人の説教など知ったことじゃない」
    
    との考え方が前提の前向きは、ただの逃げでしかない。

    「そんなの関係ねー!」「どーでもいいんだァー!」

    と、なりふり構わずに大声で叫べば、何もかも許されると思ったら大間違いだ。

    何故なら、最も「関係なくない」「どうでもよくないことだ」と、思っているのは、そう叫んでいる本人自身なのだから。

    他人が許しても、その人自身の潜在意識が決してそれを許しはしないのだ。

    そのジレンマが、また大きなストレスになることを一番知っているのも、その人自身のはずなのだが----。

    もっと、素直に第三者の意見にも耳を傾けられれば、どんなにか気持ちも楽になるだろうに・・・。

    そんなに周囲を拒絶し続けるのだとしたら、今の仕事、正直いってとてもその人の天職とは思えない。

    いや、そのことはもう、その人自身が一番気付いているのだろうな。

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Posted by ちよみ at 15:55Comments(0)ちょっと、一息 26

女性が好きになる匂いとは

女性が好きになる匂いとはicon06




    女性は、自分の父親の体臭と正反対の匂いを持つ男性を好きになる----というのは、どうも本当の話らしい。

    思春期を迎えた女の子が、父親の洗濯物を、「臭い!」と、言って、箸でつまんで洗濯機へ放り入れるというエピソードを聞いて、

    「ひどい話だ」

    「お父さんが可哀そう」

    などと世間一般は反応するが、生物学的にいえば、この女の子は、ごく正常な行動をしているということになるのだそうである。

    大半の女性には、子孫を残すために若くて健康な男性を選ばなければならないという本能がある。

    しかも、その子孫をより優秀で健康な子供に成長させるためには、出来るだけ自分とは異なる遺伝子を持つ異性を選ぶ必要があるわけだ。

    そのため、自分と似通った遺伝子を持つ異性の匂いには、安心感や信頼感は感じるものの、間違っても性的魅力を感じないような臭気感知システムを、人間は生まれながらに備えているということらしい。

    そんな訳で、もしも、父親の匂いが大好きで、まったく嫌悪感を覚えないという女性がいた場合は、その人がある種の変異体質者か、もしくは父親が実父ではない可能性もあるということだった。

    で、そんな女性が異性の好き嫌いを無意識下で選別するフェロモンだが、たいていは脇の下から発せられるそうで、ちょうど女性が男性の近くに立った時、女性の顔の位置が男性の脇の辺りに来るからではないかという説もあるそうだ。

    そんなこともあり、人間にとって匂いとか香りというものは、意外に大切な意味を持つことが多いのである。

    ところで、あなたは夢の中で、匂いや香りを感じたことがあるだろうか?

    上記した通り、匂いや香りは自分の魅力を他者にアピールするために使うものであるから、夢の中で感じた香りもまた、それなりの大切な意味を持つものだということである。

    もしも、あなたが夢の中で華やかな甘い香りをまとっていたとしたら、それはあなたの魅力が輝いているという証でもあり、上手に自分をアピール出来るという暗示だそうである。

    そして、異性から香水をプレゼントされる夢は、恋のハプニングが舞い降りる兆し----と、いうことだった。

    因みに、いつも同じようなタイプの男に惚れてバカをみるという女性も、世の中には多いもの。

    これも、やはりその似たようなタイプの男性が、たまたま自分とはまったく正反対のフェロモンを出しているがために、

    「あたしって、何でこんなに男運が悪いのかしら?」

    なんてことにもなってしまうのだという。

    そうはいっても、そんな女性の遺伝子が、そういうフェロモン情報を持った男性にしか異性としての魅力を感じないのだから、仕方がないといえばないのかもしれないのだが・・・。

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Posted by ちよみ at 21:14Comments(2)ちょっと、一息 26

メールの返事はすぐ返す?

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    メールはすぐ返信する? しばらくたってから返信する? メールの返信スタンスは人によって様々ものだが、ネットでは、とあるユーザーにより最近「O型のメール返さない率は異常」というスレッドが立ち、盛り上がっている----との記事があった。

    「なにこの激しく同意できるスレ」

    「だいたい返信が遅いor返事返ってこないのがO型のやつばっかりだよ」

    という意見に対し、O型の人も自覚があるようで、

    「後で返そうとしてさっぱり忘れて寝るんだよな」

    「すごい真剣に悩んで時間経っちゃっていまさら返すのもなーってなってスマン」

    「返すとすぐ返事来てまた返さないといけなくなるからだるい」

    など、「めんどう」「返信するのをためらっているうちに忘れる」ため返信が遅くなるといった声があがっているとのこと。

    理由はどうであれ、「O型の人がメールを返さない」というのは“あるある”ネタのようである----と、この記事は結んでいるのだが、さて、血液型O型のあなたは、如何だろうか?

    実は、わたしも知る人ぞ知るO型で、よほどの急ぎの用件の場合は別だが、メールの返事は出来るだけ24時間以内には返すようにしている。

    これを遅いと考えるか、それほどでもないと考えるかは、携帯電話やスマートフォンを常に活用しているか否かでも意見が分かれるところではあるが、世代によっても感じ方は人それぞれだろう。

    インターネットなど70歳を過ぎてから知ったという世代の人たちは、返事がその日のうちにもらえるだけでも、早いと感じるだろうし、生まれた時には既にネット社会が充実していたという世代は、メールを打った直後に返信がなければ不安になってしまうのではないだろうか。

    つまり、メールの返信が早いか遅いかは、血液型によって異なるというだけではなく、世代によってもかなり感じ方が違うものと思われる。

    とはいえ、保守的でありながらも大ざっぱな視野で物事を俯瞰する性質のO型は、送られてきたメールが自分にとってどれほど重要性や価値があるかで、返信の速い遅いを決めているのではないかと思われる。

    しかし、O型は元来おしゃべりな人も多いので、自分にとって魅力的な質問か否かによっても返信速度は微妙に変わるし、興味のあることならば、返信の内容もかなり執拗なものになることが考えられるのだ。

    その分、「今、何処にいる?」とか、「今日、何している?」などの、社会の潤滑油的なあいさつ文程度の内容には、ほとんど返事を返す必要性さえ感じないかもしれない。

    「今、何処にいるかって?地球上に決まっているだろう」

    「今日、何しているかって?呼吸しているよ」

    それが、O型なのである。





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Posted by ちよみ at 17:35Comments(0)ちょっと、一息 26

またまた、雑感いろいろ

またまた、雑感いろいろicon25



   
    昨日の小六女児をバッグに押し込めて誘拐しようとした事件の容疑者である成城大生が言うことには、

    「大学のサークル活動が思い通りにならなかったので、刑務所に入ろうとインターネットで最も刑が重くなる犯罪を検索した結果、乱暴目的で少女誘拐を思い立った」

    と、いうのだが、この一連の供述には、まったくどれ一つ脈絡がないことが分かる。

    大学のサークル活動がうまくいかなかったことが、どうして刑務所へ入りたいということにつながるのか?

    しかも、最も重い刑罰になるような犯罪をネットで調べたというのだが、それがどうして少女誘拐監禁に結びつかねばならないのか、さっぱり理屈が通らない。

    最初から殺害目的でもあったのだろうか?

    ならば、素直に「少女を誘拐して乱暴したかった」と、話せばいいのである。この期に及んで、保身のために体裁を取り繕おうなどとは、つくづくもって言語道断。

    その逃げ口上だけでも重罰に値するように思う。




    父親がいきなり「タラの子が食べたくなった」と言い出した。

    だが、買いに行こうにも近所にはスーパーがない。いつも行きつけのお店は、八月中旬で閉店してしまった。

    タラの子一つ買うのに、わざわざ自動車を出すズクもない----と、いうことで、このリクエストは即行却下。

    身近にスーパーがないということは、実に不便である。

    買い出しに出かけて一応の生活必需品を買ったにしても、家へ帰って来てから、あれも必要だったとか、あれがあればもっと良かったのに・・・などとういうことは、しょっちゅう出て来る話だ。

    そうしたちょい買いのためのお店は、自宅からせいぜい100メートル以内の徒歩で行ける場所にあって欲しいというのが、家事を預かる人たちの本音だろう。

    本当に、不便になってしまったと実感される、「タラの子」の話題であった。




    多くの大学のサークルや部活の合宿も、ここに来てほとんどが終了。

    志賀高原や北志賀でグループ合宿をはっていた大学生たちが、ぼつぼつと帰路につき始めた。

    猛暑の最中、元気な掛け声をかけながらランニングに汗を流していた学生たちの姿も、既にない。

    大学生たちには、次は昔のように、ウインターシーズンの合宿を充実したものにして欲しいというのが、観光地に住む者としての切なる希望である。



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Posted by ちよみ at 18:08Comments(0)ちょっと、一息 26

奇妙な事件

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    広島市西区の小学6年の女児(12)が旅行かばんに入れられて連れ去られた事件で、監禁容疑で逮捕された成城大2年、小玉智裕(ともひろ)容疑者(20)=東京都世田谷区祖師谷3=が果物ナイフで「静かにしろ」と女児を脅し、かばんに閉じ込めたことが広島県警への取材でわかった。女児は県警に「怖くなってかばんに入った」という趣旨の説明をしているという。

    一方、県警は5日、小玉容疑者が使った旅行かばんを公開した。身長約150センチの女児は保護された際、体と足を折り曲げた状態でかばんに入れられていた。

    逮捕容疑は4日午後9時ごろ、広島市中区の路上で、旅行かばんに女児を閉じ込めた状態でタクシーのトランクに監禁した疑い。県警は動機などについて小玉容疑者から事情を聴くとともに、未成年者略取の疑いでも捜査する方針。(YAHOO!ニュース)



    たまたま見かけた少女をナイフで脅して人気のない道へ連れ込み、旅行バッグへ押し込めて連れ去ろうとした事件だが、犯人の大学生を不審に思ったタクシー運転手のとっさの機転で、少女は無事に保護された。

    150センチ、30キロの小学六年生の少女があのように狭いバッグの中で折りたたまれるように正座させられていたわけで、さぞ苦しかったろうと思う。

    ナイフで脅されて抵抗できなかったのだと思うが、それでも勇気を振り絞って「助けて、出して」と声を上げたことで、タクシーの運転手が誘拐ではないかと気付き、通行人の助けも借りて犯人を取り押さえたことはお手柄であった。

    それにしても、この成城大生は、少女を誘拐してどうしようと思ったのだろうか?

    身代金目的ならば、あまりにずさんな犯行である。

    少女にケガがなかったことが不幸中の幸いであった。

    また、4日に名古屋市では、23歳の男性が自宅内に小学1年生の女児(7)を監禁した事件も起きている。

    この事件では、逮捕された容疑者の自宅から容疑者の父親の遺体が発見され、警察が動機を追及したところ、

    「少女を監禁するのに父親が邪魔だったから(木刀で)殺した」

    と、自供したそうである。

    どちらのケースも、二十代前半の若い男性が起こした少女誘拐監禁事件であるが、あるニュース解説者は、こうした事件の犯人像を「もしかしたら、ペドフィリア(英: paedophilia)ではないか」と、話していた。

    ペドフィリアとは、一般に13歳以下の幼児や小児を対象とした性的嗜好を意味し、俗にロリコンなどとも呼ばれているもので、こういう小児性愛嗜好者は、大人の女性に対しては、ある種の嫌悪感や恐怖感を覚えるものなのだという。

    身体は成人していても、心が大人になり切れていない男性たちが、近頃は増えているとも、解説者は語っていた。

    しかし、そうした男性が増える背景には、子供なのか大人なのか判らないような描き方をされる近年のアニメキャラクターの影響があり、そうしたキャラクターがネットに溢れることで、いつでも手の届く存在のように錯覚してしまうという弊害も少なくないのだとか・・・。

    現実と幻想との境界線があやふやになることで、自分に都合の悪いものはあっさりと消し去り、稚拙な欲求だけを満たそうとする精神構造が出来上がってしまうのだそうである。

    とにもかくにも、子供たちは、ますます危機意識を強めて自分の身は自分で守るという心構えが大事になるだろう。

    スイス出身の某女性タレントは、「スイスでは、子供たちがキャンプ用の多目的ナイフを携帯するのが当たり前」と、話すが、日本では下手をすれば銃刀法違反に問われかねない。

    これからは、たとえ小さな子供でも、いざという時のために最大限の抵抗が出来るような、日ごろの訓練が重要な時代になったようである。

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Posted by ちよみ at 19:20Comments(2)ちょっと、一息 26

渋温泉の元気な女性たち

渋温泉の元気な女性たちicon06




    今日、小雨の降る中、駐車場のボウボウに伸びた雑草を刈った。

    雑草とはいえ、草の茎はまるで木のように太い。鎌だけでは追いつかず、のこぎりまで持ち出して草藪を切りはらった。

    いつもならば、ずぼらも手伝って、伸び放題伸びたままにしておくのだが、今年は草の花粉がものすごくて、自動車のそばへ行くだけでくしゃみが出そうになる。

    このまま花粉症に突入では困るので、少しでも身近な花粉はよけておこうと思った。




    ----で、放送された渋温泉特集を観た。

    年配の女性たちが今も現役でがんばっている姿に、元気をもらったような気がした。

    そんな中でも、98歳の女性が自分で紙芝居を作り、昔から伝わる地元の民話などを高齢者施設で披露している様子には、正に脱帽だった。

    その女性が、今年また新たな創作紙芝居を作ったという。

    それは、これまで手掛けた内容とは一味違うもので、彼女が生きて来た渋温泉の歴史を紙芝居にまとめたものであった。

    「気が付いたら、この渋温泉で一番の年上になってしまい、わたしだけが知っている昔の渋温泉を若い人たちに教えておかなければいけないと思ったの」

    その紙芝居には、彼女が中野町(現在の中野市)にある中野高等女学校(現在の中野立志館高校)へセーラー服を着て、往復16キロもの道のりを毎日徒歩で通った当時の思い出や、日暮れになると各旅館の前の道に三味線を持った粋な新内流しがやって来ては、宿泊客に新内節を聴かせてお代をもらっていたことなど、古き良き時代のありさまが分かりやすく描かれていて、旅館を経営している彼女の甥夫婦も、神妙な面持ちで彼女の巧みな語り調子に耳を傾けていた。

    今の渋温泉を盛りたてている若い経営者たちも、折につけアイデアを絞ったイベントを開催しては観光客の目を楽しませているが、彼らはどれほど渋温泉のたどってきた歴史を知っているのだろうか?

    話の上では聞いていることがあっても、それをどれほど実感として受け止めているのだろうか?

    戦時中、激しくなる空襲を逃れ、親元から離れた大勢の疎開児童たちが、渋の各旅館に分宿しながら地元の小学校へ二部授業(地元の児童が下校した後に登校すること)を受けに通ったことや、その疎開児童が他の疎開地へ移ったあとは、温泉場が傷痍軍人たちが療養する湯治場となったことなども、彼女は感慨深そうに語っていたが、こうした話は、今の若者たちもしっかりと心に留めておかなければならないことなのである。

    単に目の前の上澄みをかき回すだけではなく、水面下に沈泥している歴史の重みにも積極的に目を向けなければ、渋温泉の将来など見えはしないと、彼女の紙芝居は教えているようにさえ思えた。

    90歳にして喫茶店を経営する女性は、若かりし頃、裕福な外国人しか滑ることの出来ない志賀高原のゲレンデでどうしてもスキーをしてみたいと、自分も外国人になりすまし、片言の英語を話しながら滑った時の痛快さを楽しそうに語り、グルメ雑誌にも掲載される有名ラーメン店の女主人は、店を興した弟の味を守り続けることが自分の仕事だと胸をはった。

    彼女たちが育み温めて来た歴史という大きな財産が渋温泉にはある。

    今の若い人たちには、そうした歴史に学び、ぜひ彼女たちの弛みないチャレンジ精神を現代に活かして欲しいものである。
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Posted by ちよみ at 22:09Comments(2)ちょっと、一息 26

対人恐怖症の女性

対人恐怖症の女性icon16



    初対面の人とは、どうしてもうまく馴染めなかったり、周囲の人が皆自分に対して敵意をもっているように錯覚してしまうという対人恐怖症。

    こういう症状を抱えている人は、自分を極度に防御しようとするために、いつも眉間にしわを寄せていたり、言葉使いがぞんざいになるなど、周りからは逆に怖い印象をもたれることがある。

    わたしの家の近所にも、これに近い評判の女性がいるのだが、彼女は、話をする時もほとんど相手の顔を見ようとしないし、世間話などの余計な時間は決して作ろうとしない。

    必要事項だけを話すと、さっさと帰ってしまうような女性なので、ぶっきらぼうだとか、言葉使いがきついとか、彼女をよく言う人は、あまりいないのである。

    先日、そんな女性の母親が、わたしの母親を呼び止め、珍しく娘の話をしたのだそうである。

    「うちの娘(次女)なんだけれど、高校を出てから東京の学校へ行くために、もともと東京の学生専門のアパートに入っていた姉(長女)を頼って上京し、同じ部屋で暮らすことになったのよね。

    このアパートが面白いんだけれど、四人のまったく異なる学校へ通う学生が同じ部屋を共有するというところだったわけ。

    姉の方は、もともと外交的な性格だから、そんなところでも平気で暮らしていたんだけれど、妹は小さい時から人見知りが激しかったせいもあって、どうしてもそんな赤の他人と一緒の生活に馴染めなかったらしいの。

    で、姉が一緒にいてくれた時は、まだ良かったんだけれど、姉が卒業してしまい、自分一人でそこへ住まわなくてはならなくなってから変になっちゃったのよね。

    同じ部屋の女の子たちが、娘の服を勝手に着て外出したりするようになって、それが迷惑だと言えなくて、たった一人で悔し泣きしていたりしたようなんだけれど、とうとうある日、大泣きしながら電話をかけて来て、

    『もう、こんな人たちといたくない!学校もやめたい!家へ帰りたい』

    って言うんで、これはこのままにしておいたら、この子はどうにかなっちゃうんじゃないかと思ったものだから、あたし、その電話を切った直後、最終列車で東京まで行って、すぐに荷物をまとめて翌日娘と一緒に帰って来ちゃったのよ。

    結局、学校も中退になっちゃったんだけれど、あれ以上の一人暮らしはさせられなかったから・・・。でも、娘の身体はもうストレスで大変なことになっていて、その後、腸の手術までするはめになって・・・。あのまま辛抱するように説得して頑張らせていたら、きっと死んでいたんじゃないかと思うのよね。

    過保護だって言う人もいたけれど、人間は、寂しさや心細さが原因で精神的にも肉体的にもめちゃくちゃになっちゃう場合もあるのよ。怖いと思ったわ」

    家へ帰って来てからの娘さんは、手術で一命を取り留めはしたものの、もう一切人を信じなくなってしまったようなのだ。

    あれから、既に30年近くも経っているのだが、彼女の中にある、服を勝手に着てしまったルームメートたちへの恨みは、未だに消えていないそうである。

    「長女はもう他県へ嫁いでしまっているし、夫も亡くなって、あたしが死んだらこの子、どうなっちゃうんだろうって、考えると夜も眠れないのよ」

    と、母親は話していたそうである。

    一度受けた究極の心の傷は、そう簡単に癒えるものではない。

    優しく気立ての良い娘に育ってくれたことは、確かに親の誇りだが、いざという時は、なりふり構わず毅然として、嫌なものは嫌だといえる勇気を、彼女も持っていたなら----と、母親は悔やんでいたそうである。
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Posted by ちよみ at 11:39Comments(2)ちょっと、一息 26

満場一致を信じるな

満場一致を信じるなyama



  この間のレントゲン検査での技師さんとの会話。

  技師さん 「胸椎の検査ですね?」(ー_ー)!

  わたし  「え~っと、背骨です」(・_・;)

  技師さん 「だから、胸椎でしょ?」(-_-;)

  わたし  「・・・・」(?_?)

  技師さん 「背骨は頸椎、胸椎、腰椎から出来ているんですよ」

  わたし  「ほお・・・」(・_・)





    ところで、大相撲の力士昇進の際に、協会の使者が昇進力士の部屋へ赴き、

    「----により推挙され、大関昇進が満場一致で決まりましたことをご報告いたします」

    というような場面を、テレビニュースなどで観ることがあると思うが、実はこの満場一致というものが、なかなかの曲者らしい。

    心理学的にいうと、「満場一致」というのは、とかく意見が過激な方向へまとまりやすくなってしまうのだそうである。

    集団での考え方は、出席者の平均的考えでまとまるのではなく、偏った意見に押されてしまいがちで、

    「大きな成果を期待するリスクの高い結論」

    になるか、真逆の、

    「安全第一の結論」

    という、両極端の答えを導き出しやすくなってしまうのだという。

    これは、優秀な人間たちの集団が話し合いをすることで、自分たちをより優秀な人間と思わせたいがために、出来もしないような意見に賛同したり、また、そこにさらに同類意識が生まれたりすることで、反対意見が出しにくい状況になってしまうという問題が生じるせいだという。

    そういうこともあり、「満場一致」で決まった大関や横綱が、大した成績を残せなかったりすることも多々あるわけなのだ。

    まあ、大相撲の場合は、審議委員の誰かの反対があっても、使者は「満場一致で----」と、言うことになっているようではあるが・・・。

    こんな時は、結論の極端化を防止するために、出来れば最終判断は個人個人に任せるとか、団結心の薄い集団で話し合うようにするべく、いつもの決まり切ったメンバーではなく、部外者を数名交えることも大事だということである。

    つまり、何かの結論を出さなくてはならない会合を行なう時などは、男性ばかりで話し合いを持つよりも、女性を何名か加えるとか、世代の違うメンバーを集めるなどの工夫をすることも、よりよい答えを探し出すためのコツなのかもしれない。

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Posted by ちよみ at 17:39Comments(0)ちょっと、一息 26

がんに罹りやすい性格とは

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    「サマー・レスキュー」----初めて観てみたけれど・・・。

    一言で言って、「針大持ち」って感じで、ヒューマンドラマというよりも、医療物の形を借りたホームドラマってことか。

    超多忙な人気俳優の向井理を主人公に起用した弊害なのか、シナリオに深みが感じられない。

    強引に視聴者の関心を引こうとするためなのか、展開があり得ないことばかりで、台詞も力が入り過ぎで、「(医師は)神様」って、す、すごすぎる。

    何処かのキワ物小説からの受け売りか?

    某ドクター曰く、「医療ドラマは観ていて恥ずかしい」という気持ちも、色々な意味で理解出来る気がする。

    



    ある心理学者は、がん患者に見られる性格の傾向を、タイプC性格と呼ぶそうだ。

    タイプA性格は、几帳面で真面目、曲がったことが嫌い、人情に厚く他人の面倒をよくみる、仕事が趣味であり生きがい、遊ぶことに罪悪感を持つ、気性が激しい----といった、バリバリの管理職タイプだそうだ。

    そして、タイプB性格は、これとは逆に、焦らずのんびりしているマイペース型で、明日のことは明後日やればいいというような、一見無責任とも思えるタイプだという。

    では、このタイプC性格というのは、どういうものなのだろうか?



     対人関係に傷つきやすく、孤独に逃げ込みやすい。

     怒り、悲しみ、不安などの不快な感情を無理やり抑え込もうとする。

     不平不満を言わず、周囲に合わせようとする。

     抑うつ的で、幸福感が薄い。

     社会的に孤立しがちである。

     自分の気持ちを抑えてまで、他人のことを思いやる。



    もちろん、このような性格の人が必ずがんになるという訳ではないし、これとは正反対の性格の人が罹患する場合も当然あり得る。

    ただ、こういうタイプC性格の人は、自分の性格が災いして過度なストレスにより生理的バランスを崩しがちなため、病気を誘発する確率が高くなるというのである。

    自分がこういう性格に近いと思う人は、率先してパーティーや集会などに出席し、思い切り笑ったり泣いたりと、感情を爆発させる機会を持つことも大事だということである。

    では、こういううっ屈的な性格ではないのに、罹患する人はどういう性格なのかというと、日常的にはどれほど我がままで自分勝手な振る舞いをしていても、それすらストレス発散にはなっていないと考えるような人だそうである。

    傍目には明るく見えても、その明るさが本物ではないということであろう。

    そういう人は、どんなに他人からチヤホヤされても、され足りないと感じてしまうのである。

    つまり、自分の中のコンプレックスや寂寥感が何をやっても払しょくできないため、心から他人を信じることが出来ないのである。

    そういう人の友だち関係は、ほとんど上辺だけのもので、真の友情を育むことが苦手という場合が多い。

    自分の弱点を隠しながら付き合おうとするため、相手もその人を心から信じようとはしてくれない。

    常に世間体が大事で、自分の評価が下がることを極端に恐れる。

    その現実とのギャップを埋めようとする無理やり感が多大なストレスを生み、病気を呼び込むのだともいわれるそうである。


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Posted by ちよみ at 10:44Comments(0)ちょっと、一息 26