徒 然 雑 感・・・・・1032

~ 今 日 の 雑 感 ~


徒 然 雑 感




    インターネットのYAHOOニュースに、「ベルサイユのばら」のキャストが切手になったという記事があった。

    そういえば、「ベルばら」は、昔わたしも漫画で良く読んだ。

    でも、宝塚の舞台はテレビ中継されたものをちょっと観ただけだ。女性が男性役をやるというのが、あまりピンとこないもので、フランスで制作された映画版の方がリアリティがあって面白かった。

    この物語は、とにかく絢爛豪華プラス恋愛模様に戦闘シーンも満載で、お姫様ファッションや近衛兵の軍服に憧れる女性たちには、たまらないラブストーリーだといえる。

    ただ、本家本元の映画化当時のフランス人に言わせると、どんな理由があっても、女性が男装をして軍隊を指揮するなどということは、絶対にあり得なかったそうである。

    日本人の感覚からすると、ジャンヌ・ダルクのイメージもあるので、そういう設定もアリということのようだが、彼女とてあくまで女性として軍の象徴となってたに過ぎないそうで、指揮官ではなかったようである。

    でも、今の日本アニメブームに沸くフランスの若者たちには、さほど違和感なく男装の麗人・オスカルも受け入れられているのかもしれない。




 巷では、激安焼き肉チェーン店で大腸菌による食中毒が発生し、富山、新潟等で多くの死傷者を出したことが大問題となっていますよね。

    わたしは、焼き肉店というものに、今まで一度も行ったことがないので知らなかったのですが、ユッケという生肉を使った料理があるという話を聞いて、ビックリしました。

    しかも、客は「とりあえず、ビール」という時、つまみとしてこのユッケを注文することがよくあるのだとか・・・。ユッケという名前からして、韓国料理なのでしょうね。

    いくら牛肉を使っているからといっても、生食とは・・・。

    わたしも、むか~~し、一度だけお蕎麦屋をやっていた祖父が作った馬刺しを食べたことがありましたが、肉を生で食べるというのは、かなりの覚悟が要りました。

    ですから、レストランでステーキを頼む際は、いつもウェルダンです。

    それに、このチェーン店のユッケは、一人前280円という激安だったとか。新鮮な生肉が280円なんて、普通考えられません。

    わたしは、身体の事もあり、ここ十年以上も外食をしていませんから世の中の食に関する意識が、どのように変わったのか良く判りませんが、やっぱり、生肉を食べる際は、客の方もそれなりの覚悟を決めて食べた方が良いように感じました。




    その外食つながりで、昨日の「たかじんのそこまで言って委員会」で、一人のパネラーが興味深い発言をしていました。

    アメリカ軍のシールズがビンラディンを殺害したために、アメリカと同じように同盟国もテロ組織アルカイダの標的になる可能性があるということで、警察庁が日本国内の警備態勢を強化しているのだそうですが、そのパネラーが言うことには、

    「まったく客がないのに潰れることもなく営業を続けているイスラム圏外国人経営の飲食店は、犯罪組織の資金が使われている場合がある」

    とのことでした。

    面白い視点だとは思いましたが、今の不況下では、そんな開店休業状態の店はごまんとあるように思うのですが・・・ね。

    それだけで疑われてもねェ----と、思ってしまいます。

    どうなのかな・・・。(・_・;)


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リーダーの選び方・・・・・1031

~ 今 日 の 雑 感 ~


リーダーの選び方



    このところ、菅総理の影が何となく薄いですよね~。

    菅さんも、総理大臣になる前は正に国民期待の星でしたが、やはり総理になった途端に、総理経験者なら誰もがかかる「孤独病」に侵されてしまったようです。

    総理になると、これまでは真実を忌憚なく話してくれていた友人政治家たちも、一気に口を閉ざしてしまうそうで、総理の気に入らないことは出来るだけ耳に入れないようにするため、誰も忠告めいたことを言わなくなってしまうと聞いたことがあります。

    では、そうした「孤独病」に打ち勝つにはどうしたらいいのか?

    どれほど周囲の情報を遮断されても、絶対に自分自身の考えを曲げないことが大事なのだそうです。

    人は、不安になるとつい手近な情報に頼りがちになりますが、総理大臣ともなれば、それはおそらく官僚サイド情報ということになるのでしょう。

    そして、相談相手と自分のスタンスのギャップを埋めるために色々と言い訳を考えることになり、やがてやることなすことがすべてチグハグ、後手後手になってしまうのではないかと思うのです。

    しかし、逆に自ら周囲の情報をあえてシャットアウトした政治家もいます。

    小泉純一郎元総理です。

    どうして、彼は自ら外界との間に壁を築きながらも、国民との関係をうまく構築出来たのかといえば、そこには飯島秘書官の存在があったのだと思います。

    飯島秘書官は、小泉さんが今何を一番必要としているのか---と、いうことを常に的確に把握し、官僚たちの知識を適所で役立てつつも、おそらく余剰部分は排除しながら、ピンポイントの情報を伝えていたのではないかと想像出来るのです。

    「非常時に必要な人物は、無能な善人よりも有能な悪人である」

    こんな言葉もあるそうですが、これは、リーダー本人というよりも、そのブレーントラストに不可欠な要素なのかもしれません。

    真に実力のあるリーダーとは、リーダー本人が剛腕なのではなく、そのリーダーに仕える人物が優れている人のことを指すのではないかと、考えるのです。

    菅さんにも、そういう言わばフィルター役の優秀なブレーントラストが一人でもいてくれることを願いたいものですね。




    

    

    

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何故、いま歴史時代劇なのか?・・・・・1030

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何故、いま歴史時代劇なのか?




    今、NHKの大河ドラマに戦国時代に活躍した郷土の英雄を取り上げて欲しいという嘆願が、署名と共に、多くの自治体や民間の有志からNHKへ届けられているそうですね。

    長野県からも「日本一(ひのもといち)の兵(つわもの)真田幸村」、「日義木曽義仲公」、「名君 保科正之公」などを主人公とする大河ドラマをぜひ放送して欲しいという申し出を行なっているそうです。

    では、何故、今こうした戦国武将たちが脚光を浴びているのでしょうか?

    その理由について、日本中世・近世史の研究者である信州大学副学長(昨年9月現在)の笹本正治さんは、新聞のインタビュー記事で次のように述べていました。

    「ブームで多くの人が歴史に興味を持つのは大変いいことだと思います。閉塞感があり、未来に対する自信が持てない今の日本では、夢を過去に追い求めたいという気持ちや、戦国時代や幕末に新しい社会を作った人への期待が、ブームの背景にあるのだと思います」

    つまり、今の時代は多くの人が未来に希望が持てないために、過去の日本の強さやロマンにすがろうとしているのではないかということでしょう。

    しかし、そんな人々が懐く歴史感は、その時代の真実の姿を映し出しているものではなく、現代人の価値観を投影して作り上げられている想像物にすぎないと、笹本さんは話します。

    歴史小説やドラマは、決して事実ではなく、過去になってから作られて来た物語的要素を土台にしている物が大半なのです。

    そのため、それらの歴史上の人物たちの等身大の姿をNHKでは放送して欲しいと考える人たちの思いがどれほど強くても、長い間のうちに日本人の先入観として刷り込まれてしまった人物像を覆すことは、至難の業だといえるのかもしれません。

    それがために、歴女ブームの火付け役ともなった「天地人」が大河ドラマとして放送されるまでにも、「直江兼続公をNHK大河ドラマに推進する会」が立ち上がってから、作家の火坂雅志さんに小説を依頼するなどして努力した結果、ようやく10余年がかりで実現したのだということでした。

    郷土の歴史的人物が大河ドラマで取り上げられれば、その土地の知名度も上がり、観光の活性化にも大いに役立つことでしょう。

    しかし、それには、やはり多くの人たちがその人物を心から魅力的だと感じなくてはなりません。

    特に、若い女性たちの支持は絶対的に不可欠です。

    今や、熱意と正論だけではブームは維持できないという時代なのかもしれません。







    



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サスペンスドラマの嘘・・・・・1029

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サスペンスドラマの嘘




    サスペンスドラマを観ていて、「こんなのあり得ない」と思うシーンが、死体を発見した際の俳優の驚きですよね。

    山道を歩いていた登山者が、林の中に遺棄されている遺体を偶然見付けて、腰を抜かさんばかりに仰天する。

  「ギャアァァァ~~!!」

    なんて、ものすごい悲鳴をあげながら。

    でも、実際にこんなことが起きたら、人間はほとんど声など出ないのが普通なのです。

    本当に思いがけないパニックに陥った時、人は無口になるものなのだそうで、悲鳴をあげるのは、「もしかしたら、何かあるかも・・・」などという恐怖予感を覚えながら歩いているような場合なのだとか----。

    つまり、「お化け屋敷」などで、物陰から幽霊に扮したスタッフなどが現われたような時は、それは天をもつんざく絶叫を発することになるのです。

    しかし、まったく何の予備知識もないのに、突然、遺体発見!などとなれば、ほとんどの人はまず絶句してしまうのです。

    そして、そんなドラマティックなことがなくても、思いがけず会社の重役とエレベーターの中で二人きりになり、どうしたらいいものか判らなくなってしまったとか、大事なプレゼンの最中にいきなり頭の中が真っ白になってしまうようなことが度々起きた経験を持つ人は、やはり、パニックに弱い性格ということがいえるようです。

    そういう人は、重要な会議や面接などに臨む際、手首に輪ゴムをはめておくのも、パニックを回避できる一つのテクニックだそうで、身体がこわばったり、口の中が渇いて来てしまった時は、その手首の輪ゴムをパチンとはじくと良いのだそうです。

    痛みは、気分転換をさせてくれますし、また、もしも、人目が気になりゴムをはじくことが出来ない時も、おまじないの輪ゴムをはめているのだ----と、いう気持ちがパニックを抑える働きをしてくれるのです。

    これは、パニックによる思考停止を促す神経回路を、強制的に遮断する「ストップ法」と呼ばれる予防策なのだそうですよ。


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あいまい返事は〇〇の証拠・・・・・1028

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あいまい返事は〇〇の証拠





    あなたが友人に訊ねたとします。

    「ねえ、今度、映画を観に行かない?山岳救助隊の映画なんだけれど、すごく感動的なんだって」

    この時の友人の返事が、

    「うん、行く、行く。あたしも観たかったんだよね」

    なんてものだったら、きっとその友人はあなたのことを本当に信頼していて、気持ちの許せる人なのでしょう。

    でも、もしも、返事の仕方がこんな風だったら----。

    「そうね~、山岳救助隊ね~。どうしようかなァ・・・・」

    こんなあいまいな言い方であなたをじらすような態度をした場合は、おそらく、その友人は、あなたに主導権を握られたくないと考えている人なのです。

    決定権は自分の側にあるので、あなたよりも自分の方が地位は上だ----と、暗にほのめかしているとも言えるのだそうです。

    会社で上司に何か提案をした場合も同じようなことが考えられます。

    「A案にしますか?B案にしますか?どうします?」

    あなたがこんな風に上司に迫った時、上司が、

    「そうだね~~。どっちにしようかなァ・・・」

    などと即答を濁したりしたら、それは、「お前に急かされる必要はないよ」と、いう意味だと考えることが出来るそうです。

    お得意先から注文を受ければ、何をさておいても飛んで行くのがビジネスマンの常識です。

    つまり、この場合、お得意先は間違いなくビジネスマンよりも地位は上になるわけですね。

    即答は、地位の下の者のすることで、それをあいまいにするというのは、反発の証拠という意味なのです。

    電話の呼び出し音が鳴っても、すぐそばにいるにもかかわらず、わざと何度か鳴らして出る人もいますよね。

    これもいわゆる「自分の方が地位は上だ」という意思表示なのだそうです。

    お前に呼び出されて慌てて出るほど、おれは安っぽい人間じゃないぞ----という意味なのかもしれません。

    こういうシーンは、時々アメリカの弁護士ドラマなんかにありますが、一種の駆け引きにも使われる方法のようですね。






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腕組みの意味は・・・・・1027

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腕組みの意味は・・・




    男性は良く腕組みをしますよね。

    強い男を誇示したい時など、特にこうしたポーズをとります。

    でも、このポーズ、実は、強い男どころか、内心不安でいっぱい----なんて時にも良く出るものなのだそうです。

    男性は、女性と違って怖いことや困ったことがあった時、簡単に他人の身体にしがみつくなどという仕草は出来ません。

    お化け屋敷の中で、しがみ付き合っている女性同士などは頻繁に見かけますが、男性同士でしがみ付き合っている人たちはあまりお目にかかりませんよね。

    カップルでも、男性の腕につかまっている女性はいますが、女性の腕につかまっている男性はあまりいません。

    しかし、男性だって怖いことは同じのはずですから、そういう時はつい自分の身体を抱きしめて不安や恐怖を解消しようとするわけです。

    腕組みをして偉そうにふんぞり返っている男性ほど、実は、自分に自信がない証拠とも言えるのだそうです。

    本当は、誰かに抱きしめてもらいたいのに、それが叶わないので、思わずこんなポーズをとってしまう。

    もしも、商談中に相手が腕組みをし始めた場合は、自己防衛の証しですから、これは暗にあなたへ対する「NO!」の意思表示だと考えてもよさそうです。

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上司の良し悪しを見抜く・・・・・1026

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上司の良し悪しを見抜く




    「あの上司、なんか嫌な感じよね。いつもこっちを見下しているような気がして・・・」

    あなたが仕事でミスをして上司にしかられた時、こんな気持ちになる場合は、その上司の叱り方に原因があるのだそうです。

    もしかして、その上司は、あなたを立たせたまま、自分はデスクの椅子に腰かけてあなたの顔を見上げながら小言を言うタイプなのではありませんか?

    こういう上司は、口調は丁寧であっても、明らかにあなたのことを子供扱いしてるといえるのだそうです。特に、女性社員を叱る男性上司には、この手のタイプが多いのです。

    つまり、「おれときみとでは、立場がかけ離れているのだから、黙っておれの言う通りにしていればいいんだよ」と、いう絶対君主タイプに良く見られるポジションなので、話し方は穏やかでも、一切反論は許さないという極めて厄介な上司だといえるのだそうです。



    では、これとは逆に、あなたを椅子に座らせたまま、自分は立っていて、頭の上から怒鳴りつけるようなタイプの上司もいますよね。

    こういう上司は、正に権威ひけらかしタイプの典型で、弱い立場の者には極めて高圧的に出るが、自分より強い立場の人間には平気で迎合する、出世願望大の風見鶏だといえるそうです。




    要は、上司があなたを叱る際の目線の位置が重要なので、もっとも理想と思える上司は、あなたと目線を同じ高さに持って来るタイプなのだそうです。

    もしも、あなたの上司が、あなたを叱る時、あなたを座らせ、自分も同じく椅子に腰かけて対面したまま説教を始めたとしたら、それは、かなりできる上司と考えてよさそうです。

    つまり、その上司は自分に自信があるので、特別権威をひけらかす必要がなく、たとえ目線を同じくしても、あなたを諭すだけの力を持っている証拠なのです。

    上司の態度一つで、あなたを仕事上の仲間と感じているか、ただの使用人程度の認識でしかないのかが、だいたい分かってしまうというのも、ちょっと面白い発見ですね。







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侵 入 者・・・・・1025

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侵 入 者




    昨日、従姉から何とも気持ちの悪い話を聞いた。

    従姉の知り合いのAさん宅では、少し前から奇妙な現象が起きているのだという。

    異変に気付いたのは、この冬のこと。

    朝出勤したAさんが自宅へ帰ると、電気炬燵の温度がいつも設定している弱から強に変わっていたのだという。

    その時は、自分の思い違いだったのかと思ったのだそうだが、次は、もっと奇妙なことが起きた。

    Aさんは一人暮らしなので、台所の調味料は塩や砂糖などのごく通常使う物しか用意していない。にもかかわらず、夕食を食べようとしたら、塩を入れたはずの調味料入れの中に何とも不思議な味のする物が入っていたのだという。

    別に、身体に害のあるものではなかったようだが、この時も、何かのはずみで塩の味が変わったのかも・・・ぐらいに思ったのだそうである。

    ところが、その後も、洗濯機の洗い方の設定が子供用衣類になっていたり、風呂の残り湯の中に虫が何匹も入っていたりと、異常なことが立て続けに起きた。

    そして、極めつけは、珍しく休日に自家用車で出かけようとしたところ、車体が錆びていることに加えて車内に生魚の臭いが漂っていることに気付いたのだった。

    Aさんは確信した。

    間違いなく誰かが自分の留守を狙って、家へ入りこみ、自動車まで勝手に乗り回している----と。

    しかも、車の移動距離を計算したところ、どうも新潟の海岸方面まで出かけているらしいことも判った。

    そこで、Aさんは、警察に相談。

    どうやら、無断家宅侵入者の目星も付いたようである。

    こういう不景気になると、これまで考えられなかったことが起きる場合があるようだ。

    あなたの家は大丈夫だろうか?

    帰宅後にスイッチを入れたテレビのチャンネルが、普段あまり観たことのない局に設定されていた----などということはないだろうか?





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人間の出来具合・・・・・1024

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人間の出来具合




    殊に市町村議員選挙に立候補する人たちは、住民たちともごく顔見知りという場合が多いものだが、選挙選では、その顔見知り住人たちが住む場所で、「一票をお願いします」と、自らへの投票を頼むのである。

    だからと言って、もちろん、誰が自分の名前を書いて投票してくれたのか・・・などということは判る筈はない。

    たとえ親しい間柄とはいえ、必ず自分に一票を投じてくれているものかなど、知る由もないのだ。

    しかし、当選、落選には関係なく、自らへの一票をお願いした立場上、投票権のある住人は誰でも自分へ入れてくれているのかもしれない----と、考えるのが道理というものではないのだろうか?

    とはいえ、当選後に街で顔を合わせても、ほとんどの議員は知らん顔である。

    当選してしまえば、もうあとのことなど知るものかと思っているのだろうが、投票所へ足を運んだ有権者の方はそう単純に割り切れるものではない。

    別段なに一つ見返りがあるわけでもないのに、単に意中の候補者に投票するためだけに、投票所までの長距離を歩いて一票を入れに行くのだ。

    つまり、当落に関係なく、候補者は皆、街で会う人には区別なくお礼を述べるのが筋なのではないだろうか?
    

    以前、わたしは、県会議員選に立候補したものの落選してしまったある候補者へ投票したことがあった。

    その元候補者は、わたしの知り合いでもあったので、偶然某所で会った際、「あなたに投票させてもらったよ」と、話したのだが、相手の反応は、何とも意外なものだった。

    「・・・・なに?その話」

    わたしは、唖然とした。その人は、たった数ヶ月前の県議選を既に忘れているかのような返事をしたのだ。

    落選して恥ずかしいことは判るが、せめて、「ありがとう」の一言ぐらい言ってくれても罰は当たらなかったのではないかと、情けなくなった。

    ところが、今日、今回の選挙の候補者の一人が、まったくの赤の他人に向かい、その人が自分への票を入れてくれたかどうかも判らないというのに、「投票所へ足を運んで下さってありがとうございました」と、丁寧にお礼を言ったという話を聞いたのである。

    おそらく、その候補者は、連日選挙カーで街中を騒がせ続けたことを踏まえ、道で会う人全員にそうやってお礼の頭を下げていたのだろうと、声を掛けられた人は話していた。

    個人の人間性というか、人としての出来具合は、そういうささいなところで決まるものなのであろう。

    

    
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考察・スパイダーマン・・・・・1023

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考察・スパイダーマン




    考察----と、いうほど大げさなものではないのだが、久しぶりにテレビ放映されていた「スパイダーマン」「スパイダーマン3」を観た。

    映画「スパイダーマン」は、言わずと知れたアメリカン・コミックを原作とした実写版で、2002年に「死霊のはらわた」などのカルト映画で知られるサム・ライミ監督が手掛けた、アクションヒーローものである。

    これまでに三作が作られており、大都市のビル街を縦横無尽に飛び回る主人公を描く特撮技術が売りの大作でもある。

    ストーリーは、両親を早くに亡くし伯父夫婦に育てられた科学好き高校生のピーター・パーカー少年が、見学に出かけた博物館で遺伝子操作をされたクモにかまれ、特殊な能力を持つスパイダーマンとして、アメリカの正義のために活躍するという、やや、「スーパーマン」に似た物語である。

    「スーパーマン」が大人の恋愛アクションならば、「スパイダーマン」は、その少年少女向けといったところだろうか。

    主人公がマスコミ関係で働くという設定までもが、よく似通っている。

    ただ、「スーパーマン」が徹底して善対悪の構図を追及していることに比べて、「スパイダーマン」のストーリー底辺にあるものは、明らかにキリスト教の精神であるといえよう。

    その理由が最もはっきりと追求されているのが、映画「スパイダーマン3」(2007年制作)であると思う。

    「スパイダーマン3」は、少しばかりプロットを詰め込み過ぎではないかと思われるほど、話が込み入っているのだが、主人公ピーターの恋人であるメリー・ジェーン・ワトソン(MJ)の失業と有名になったピーターへの嫉妬、ピーターのライバルとなるカメラマンの逆恨み、ピーターの伯父を殺害した逃走犯(サンドマン)の我が娘への思いや、MJに片思いをしているピーターの友人ハリー・オズボーンの復讐心などが複雑に入り組んでくるのだ。

    しかし、そのどのエピソードにも共通するのが、「愛」と「許し」である。

    最終的にピーターは、伯父を殺した犯人が病身の娘を思う気持ちに免じて情けをかけるし、父親をピーターに殺されたと信じていたハリーも、結局は友情を裏切ることが出来ずにピーター(スパイダーマン)をかばって自らが敵の手にかかる。

    人間とは、かくもたやすく人を裏切り陥れるものだが、真の正義は、そういう人間をも愛することであると、説いているのであろう。

    考えようによっては、ここにピーター(スパイダーマン)は、本当に必要だったのだろうか?とさえ思わせる内容なのである。

    ピーターへの友情と父親への愛情の狭間で揺れ動くハリーの葛藤の方が、より物語性を密度の濃いものにしていると思うのは、わたしだけであろうか?

    むしろ、ハリー・オズボーンを主人公にした方が、もっと筋の通った骨太の内容になったのではないかとさえ思わせる「スパイダーマン3」であった。

    

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ムカついた!!・・・・・1022

~ 今 日 の 雑 感 ~


ムカついた!!icon09icon08




    今、共同浴場で、ホントにムカつくことがあった!!icon09

    近所のスナックで働いている外国人女性が入って来たのだけれど、ナント、その女性、げた箱のすのこ板の上にスニーカーを脱いでいるのだ!

    そこは、お風呂へ入る人が裸足で上がる場所なのに、彼女のせいで砂だらけである。

    どうりで、最近、脱衣所の板の上が砂だらけになっていることがあり、奇妙に思っていたのだが、今日こそその正体を突き止めた。

    しかも、わたしが脱いだ服を入れている脱衣箱のすぐ下に自分の服を脱いで入れたのだ。

    他の脱衣箱は、すべてがら空きなのにだ。

    必然的に、これから入浴する彼女と、風呂上がりのわたしとが同じ場所で脱衣箱を使うこととなるわけで、汗やほこりで汚れた身体の彼女に接触しないように気をつけながら、自分の服を取らねばならない体勢となる。

    わたしも、ついにブチ切れた!

    「そこへ服を脱ぐの、やめてくれ!!他が空いているんだから、もっと頭を使えよ!!」

    わたしの剣幕に驚いた彼女は、しかしながら何を言われているのかほとんど判らないらしく、首を傾げながら浴室へ入って行ってしまった。

    常識がないというか、気渡りがないというか、日本人ではありえない反応である。

    湯船にはどんどん水を入れて、まるでプールのようにしてしまうし、長々と足を出して身体を洗うし、注意をしてもまったく聞く耳持たないありさまだ。

    スナックの経営者は、自分のところの従業員ならば、共同浴場の使い方ぐらい始めにちゃんと教えておいて欲しいものだ。

    どうして、お湯の管理者は、そんなマナーも判らない彼女たちに入浴許可を出したのか、近所の人たちも一様に眉をひそめている。

    もう、本当に勘弁して欲しい!!face10



    

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話をはぐらかす人は・・・・・1021

~ 今 日 の 雑 感 ~


話をはぐらかす人は・・・




    あなたの周りに、都合の悪い話題になると即座に話をはぐらかす人はいませんか?

    実は、わたしの知り合いにもいるのです。

    それも、そのはぐらかし方が尋常の頻度ではなく、少しでも自分の気に副わない話題となると、途端に別の話に転じてしまうのです。

    たとえば、その人は、病気や病院の話が大嫌いで、そういう話題になると実に巧みなテクニックでまったく明後日の話題に持って行ってしまう訳です。

    「ちょっと知り合いが入院したので、お見舞いに行って来てね----」

    などと誰かが話し始めた途端、

    「今度、みんなで何処かへお花見にでも行かない?お弁当なんか持っていったら楽しいと思うんだけれど・・・」

    と、一瞬にして話頭を別の方向へ転がしてしまうのです。

    話の飛び方が極端なので、一瞬、この人は何を言い出すのかと、呆気にとられて沈黙してしまいます。

    それが、そのはぐらかし上手のテクニックなのです。

    しかし、あまりにそれが度重なると、それまで大人しく聞いていた人たちもさすがに黙ってはいません。

    何とか、話題を元へ戻そうとするのですが、本人は、「そんなのどっちでもいいじゃない」と、まったく乗ってこようとしないのです。

    このように話をはぐらかしてばかりいる人は、結局は、次第に他の人たちから相手にされなくなります。

    つまり、一つの話題に対して腹の割った会話が出来ない人と見なされ、いつしか孤立してしまうのが常なのです。

    要は、信用をなくすということですね。

    そんなわたしの知り合いのところへは、今や誰一人として訪ねる人もいなくなりました。

    「最近、わたし、孤立している?」----と、そんな疑問を懐くことがあったら、これまでの態度を振り返ってみて下さい。

    あなたも、話のはぐらかし上手になっていることはありませんか?



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それにしても・・・・・1020

~ 今 日 の 雑 感 ~


それにしても・・・




    またぞろ、いつもの愚見ですので、あしからず。

    

    それにしても、あの「わんこ」「にゃんこ」という言葉、何とかならんものかいね?

    実際、いい大人が口に出す言葉じゃないよね。

    昔、わたしも当時三歳の甥っ子に「ワンちゃん可愛いね」と言ったら、甥っ子は怪訝そうな顔をして、「おばちゃん、あれは犬だよ。大人なのにワンちゃんなんておかしいよ」と、鼻で笑われた。

    わたしは、どちらかといえば言葉にこだわる方だと思うが、「うち」を「いえ」と呼ぶのも正直気が進まない。

    「ねえ、うち来ない?」と訊く方が、「ねえ、いえ来ない?」と言うよりも断然自然だと思うのだが、いつから、「いえ」なんて変てこな呼び方をするようになってしまったのだろうか?

    そんな時は、必ず、あなたのお宅は、「お家(いえ)」というほどに由緒ある家柄なのか?----と、訊ねたくなる。

    それにしても、「わんこ」とか「にゃんこ」という大人の心理状態は一体どういうものなのだろうね。

    その根底にあるものは、ある意味「照れ」なのか?

    この言葉は、一種の謙遜として使われているのだろうか?

    ある心理学者の説では、意図して幼児言葉を使う人は、相手に対して自分には敵意がないということをアピールしているのだというものであった。

    そして、自分は決して怖い人間ではないことを暗に伝えているのだという。

    大人ならば、他の言葉に「愛犬」「愛猫」という表現の仕方もあるだろうに、あえて「わんこ」「にゃんこ」というのだから、そこには、一見謙りつつのさりげないペット自慢が含まれているように思えてならないのだ。

    わたしなどに言わせれば、むしろ、「うちのバカ犬」とか「我が家のお調子者猫」などと表現した方が、よほどそのペットに対する愛情が伝わるような気がするのだが・・・。

    自己満足の呼び方は、案外、飼い主の意図とは逆に他人の反感を買う物でもある。

    自分の子供に「ちゃん」付けをしている母親が、教師には押し並べて受けが悪いのと同じ理由がそこにはあるのだ。

    まあ、いずれにしても、単なる個人的な意見だけれど・・・ね。

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話題いろいろ・・・・・1019

~ 今 日 の 雑 感 ~


話題いろいろ




      いつか壊れるのではないかと思いつつ、だましだまし使っていた茶の間の電気炬燵が、ついに今日、火を噴いた。face08

    まあ、この冬中、何とか持ってくれたので、よしとしよう。

    でも、まだまだ寒い日があるので炬燵は必要だ。

    応急処置として、家の中にあった今は使わないやや小さめの電気炬燵と取り替えた。





      昨日で、選挙戦も終わり、今日は投票日。

    昨夜の降りしきる雨の中、各候補者の最後のお願いは、鬼気迫るものがあった。

    当選候補には、この選挙戦での必死さを忘れずに、常に低姿勢で努めて頂きたいものである。



    
    
    
      昨日、共同浴場で顔を合わせた女性と、長引く入院生活には、どんなストレス解消法がよいか----と、いう話題で盛りあがった。

    その女性は入院中、隣のベッドの主婦がいつもご主人といるので、それが気になって満足に自分のベッドでくつろげなかったのだそうで、そのご主人が来るたびにすぐさま病室を出て、別の場所でテレビを観たり本を読んだりしていたのだという。

    確かに、他人の家の話題が聞こえるとか、ましてや男性が女性専用の病室へ見舞いに来るというのは、それ自体がストレスになるものだ。

    わたしも、入院時は身体が動かず大変な思いをしていたし、また、退院してからもほとんどが自宅のベッドの上で過ごすしかない毎日で、かなりストレスがたまった。

    そんな入院中に気晴らしになったのが、歌である。

    クリスマスの頃、病院スタッフやボランティアの人たちがクリスマスソング音楽会を院内で催してくれため、患者たちも一緒に聖歌や簡単なポップスを歌ったものだった。

    わたしは、喉の近くを手術していたために、その頃まだあまり大きな声が出せなかったが、それでも声に出して歌うことで、気分がすっきりしたものである。

    たかが歌----と、思うが、これはかなりの体力を使う。

    また、歌と同じように、何か楽器を扱うことも良い運動になるものだ。

    上手に演奏できると励みにもなるし、いつか演奏会を開こうなどという目標を立てることも良いだろう。

    歌が苦手な場合は、患者や演劇ボランティアなどが一緒になって、朗読劇を上演するのも面白いかもしれない。

    病院のありようは、これからますます多様化して行く可能性があるのではないかと、そんなことを考えみた。






    
    
    



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え~、まだそんなにあるのォ?・・・・・1018

~ 今 日 の 雑 感 ~



え~、まだ、そんなにあるのォ?




    やらなければならないことがたくさんあるのに、何やかやとあって、いつも先送りになってしまう。

    体力を付けるためのウォーキングをすると、グッタリで、他のことが出来ないのだ。

    そのウォーキングの途中で、観光客の女性たちに呼び止められた。

    四人の女性は皆五十代後半から六十代の熟女で、「世界平和観音へ行くには、この道で良いのか?」と、訊ねる。

    そうだと答えると、「あとどのくらいで着くか?」と言うので、「400メートル以上はある」と、返事をしたところ、急に、

    「え~~!まだ、そんなにあるのォ?もう、限界。行くのやめよう」「やっぱり、車で来るべきだったんだよ」と、言い出した。

    もう少し頑張って歩いてみたらどうか?----と、促してみたが、疲れているので無理だという。

    最近の人たちは、本当に足が弱くなっている。一昔前までの観光客は、街の中を何処までも徒歩で見て回っていた。

    それが、今や何処へ行くにもバスで送り迎えをするのが当たり前となり、観光客自身も出来るだけ楽をしようと考えるようになった。

    わたしが言うのも何だが、そういうちょっとしたズクなしがのちに寝たきり老人を増やす元になるのだ。

    たった1、2キロほどの坂道にへばってどうするのだと、正直、彼女たちに活を入れたい気分になった。icon09




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イエス誘導法・・・・・1017

~ 今 日 の 雑 感 ~



イエス誘導法




    有能なセールスマンは、客に決して「ノー」という言葉を言わせないといいます。

    ですから、どうしても客が「イエス」と言わざるを得なくなるような話題しか口に出しません。

    たとえば、

    「今日は、天気が良いですね~」

    「そうですね」

    「桜が咲くのも間近ですね」

    「本当に・・・」

    「お花見にでも行きたいものですね」

    「そうですね。行ってみたいですね」

    と、こうした同意を引き出す会話を続けることで、相手の心に「イエス」という肯定のみのメンタル・セットを作り上げることが出来るのだそうです。

    こうして、常に「イエス」と、答えさせて行くと、最後に肝心の質問である頼みごとをした時、相手は既に「イエス」と答えざるを得ない心理状態になっているのだといいます。

    「----そういう訳で、この商品の良さはお判りだと思いますが、よろしかったら、お一つ如何です?」

    「そうね・・・。せっかくだから一つ頂こうかしら」

    これは、つまり、「イエス」と答え続けているうちに、相手の気持ちの中にセールスマンの言葉の真意を確かめようとする意識がなくなるからなのだそうです。

    このイエス誘導法は、女性に何かをしてもらうためにも使いやすい方法だそうで、二つのグループに分けた若い女性たちにショートケーキを食べてもらうという実験をしたことがあったそうです。

    まず、Aグループの女性たちにこんな質問をしたそうです。

    「あなたは、自分の生活を豊かにする上で、食生活は大事だと思いますか?」

    「はい」

    「では、まずいものよりも、おいしい物を食べたいと思いますか?」

    「はい」

    「ここに、とてもおいしいショートケーキがあるのですが、食べてもらえますか?」

    この最後の質問に対してAグループの女性たちは、全員が「イエス」と答えたのだそうです。

    ところが、Bグループの女性たちには、こんな質問をしました。

    「あなたは、ぶくぶく太った醜い女性になりたいですか?」

    「とんでもない!」

    「美容に良い低カロリー食よりも、太りやすい高カロリー食の方が好きですか?」

    「まさか、そんなもの食べたくないわ」

    「では、ここにとてもおいしいショートケーキがあるんですが、食べてもらえますか?」

    最後の質問に「イエス」と答えた女性は、Bグループには一人もいなかったそうです。

    もしも、誰かに何か頼みごとがある場合は、この「イエス誘導法」をうまく使うことも一つのアイデアかもしれませんね。




    ところで、いつも気になって読んでいたある人のブログだけれど、コメントへの返事が一度も書き込まれないので不思議に思っていたところ、ついに、すべてのコメントが削除され、コメント欄自体も閉鎖された。

    とにかく、自分の体験談だけを一方的に発信したい人だったんだね。

    まあ、レスを書きたくないのなら、コメント欄閉鎖は良い選択だと思う。




    
    

    

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飼い主のエゴを許せるか?・・・・・1016

~ 今 日 の 雑 感 ~


飼い主のエゴを許せるか?




    大震災のニュースに、被災地の避難所へ連れて行けないペット事情の特集がありました。

    「避難所で犬や猫と一緒にいられないなんて、ひどい!ペットだって愛する家族なのに、どうして避難所に入れてはいけないの?」

    という愛犬家、愛猫家からの声が被災地で上がったのだそうです。

    (まあ、そんなこともあるだろうとは思っていましたが、案の定、文句を言いだす飼い主が現われたのですね)

    確かに、家族同然のペットと離れ離れになるのは耐えられないという飼い主の気持ちも理解できなくはありません。

    しかし、一方で、動物アレルギーを持っている人も多く、鳴き声や臭いが我慢できないという人も多いのも事実です。

    小さな子供のそばに、他人の家の飼い犬がいるというのも親にしてみれば不安でしょう。

    では、どうしてもペットと一緒に避難所へ行きたいという人に一つ訊いてみたいことがあります。

    ペットが家族だというのなら、農家で飼っている馬や牛も家族ですよね?ニワトリやアヒル、ヤギやヒツジだって、家族ですよね?しかも、彼らは、犬や猫と違い、単なる癒し効果だけでなく、乳を出したり卵を産んでくれたり、しっかりと労働力にもなっているのです。

    (うちの親戚では、タヌキやウサギ、ブタも飼っていましたが、実に可愛いものだといいます)

    もしも、そんな農家の人が被災して、ペットの家畜と一緒の避難所で暮らしたいと言ったら、愛犬家、愛猫家の人たちはどう答えるのでしょうか?あなたの眠る頭の上で、他人の家の牛や馬が尿や糞をすることも許せますか?

    要は、そういうことなのです。

    自分の飼っているペットだけは特別だ----などという考えは、少なくとも避難所生活では通用しません。

    だからこそ、あなたの愛犬や愛猫には、非常時以外の時には、とびきりの愛情をこめて接してあげればいいのです。

    万が一、別れが来た時に後悔しないように・・・。




因みに、わたしならペットと一緒の避難所など絶対にご免です。

たとえ、どんなに可愛い犬や猫だろうと、これは譲れません。

うるさかったり臭いのは、人間だけで十分ですから!face09




    
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自信の裏付け・・・・・1015

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自信の裏付け




    新聞を読んでいたら、男子中学生の投稿記事に、

    「自分はどうしても自信が持てずに悩んでいる。一人で何かをする時はうまく出来ても、部活でみんなと一緒に行動すると、急に自信がなくなってしまうので、何とかしたい」

    と、いうものがありました。

    自信を持つということは、大人でも難しいものです。

    きっと、その男子中学生に学校で勉強を教えている先生たちも、毎日がドキドキもので、「自分の教え方が間違っていたらどうしよう・・・」と、そんなことばかり考える日々の連続なのだと思います。

    でも、大人は、簡単に自信がないような顔はしません。

    そんなことをしたら、途端に保護者や生徒たちの信用をなくし、職を奪われてしまうかもしれないのですから・・・。

    ですから、大人は、自信がない時でもあるように演技をします。「自分のやっていることは間違ってはいない。これだけ勉強しているのだから、大丈夫」と、一生懸命自分自身に言い聞かせるのです。

    すると、何故か、いつの間にか「自分はこれで良いんだ。このやり方で正しいのだ」という思い込みが生まれて来るのです。つまり、自分に自分で暗示をかけるわけですね。

    そして、その思い込みが成果となって表われ、その成果が一つ、二つと積み重なって行くうちに、それが自信につながって行くのです。

    とはいえ、大人の中には時に、大した実績や知識がないにもかかわらず、自分を過大評価して誤った自信を持っている人も少なくありません。

    とかく、政治家などにそうしたタイプの人が多いようですね。

    議事録一つ満足に読みこなせない人が、政治家になっている場合もありますから。

    もしも、自分には自信が足りないと思ったら、まず手始めに自分を自分で褒めること。

    周りがなんと言おうと、「自分はこれでいいのだ」と、思い込むことが大切なのです。

    もしも、部活で「また、間違っている!」などと指摘されても、いちいちビクつかずにこう考えればいいのです。

    「間違っているこっちに合わせることが出来ない、お前の方が未熟なのだ」と・・・。

    そうやって気持ちの余裕が出来れば無駄な緊張も解けて、自然と間違わないようになりますから----。

    自信の裏付けとは、要は、如何に自分を常に正しいと思い込めるか----に尽きるのです。

    まあ、時々、思い込みが強すぎてハタ迷惑な人もいますけれど・・・ね。(笑)  続きを読む


今年は、何か変・・・・・1014

~ 今 日 の 雑 感 ~



今年は、何か変・・・




    2011年は、何かおかしなことが多発する年のようだ。

    東日本大震災などという2万7千人以上もの死者を出す大災害が起きたかと思えば、昨日は、栃木・鹿沼市で歩道にクレーン車が突っ込み、小学生6人が死亡するという痛ましい事故が発生した。

    クレーン車を運転していた26歳の男は、「子供をはねたことは記憶にない」と、言っているそうで、どうやら居眠り運転をしていた可能性があるらしい。

    それにしても、会社を出てたった700メートルほど走っただけなのに居眠りとは、何とも理解に苦しむ。

    酒気帯びの気はなかったようだが、持病でもあったのだろうか?

    しかし、どんな理由があるにせよ、元気に登校していた小学生たちが、いつもの通学路で、しかもそれを見守っていた教師や親たちの目の前でクレーン車の下敷きになるなどという普通ならば想像すらできない惨事が起きた事実を、認めることなどできはしない。

    どうして、今年はこのように悲惨な出来事ばかりが起きるのであろうか?

    「偶然」という言葉では説明できない何かが、自然や動物に影響を及ぼしているような気さえして来るのだ。

    地球上のすべての生命体は、宇宙空間に発生する微量な歪みやひずみにも左右されるという話を聞いたことがある。

    地震によって放出された電磁波のようなものが、人間の生態に何らかの作用を加えているのだとしたら、今後もこうした予期せぬ大事故が起きるかもしれない。

    震災で日本中の人々の気持ちが一気にネガティブ思考へと傾いている今日、物事をマイナス方向へしか考えられない癖が国内にまん延し始めているともいわれる。

    この重苦しい閉塞感を早く払拭することが、事件や事故、災害の連鎖を断ち切ることにもつながるのかもしれない----と、そんな風に感じた。





   ***  写真は、湯田中温泉の「世界平和観音」近くにある「延命煙草地蔵」。禁煙祈願に訪れる人も多い。

    
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地震ごっこ・・・・・1013

~ 今 日 の 雑 感 ~



地震ごっこ




    被災地の幼児の間で、今、「地震ごっこ」なる遊びが流行っているという。

    ようやく、子供たちの受け入れが可能となったある保育園では、3、4歳の子供たちが園庭の滑り台などで遊んでいる時、突然、その中の一人の園児が叫び出した。

    「地震です!地震です!津波が来ます!皆さん、早く逃げて下さい!」

    この声を合図に、他の園児たちが一斉に滑り台の下や、物陰に逃げ込む。

    中には、そばにいた保育士の女性の胸に飛び込んで、抱っこをせがむ子供もいる。

    もちろん、保育士は、そういう子供をしっかりと抱きしめて、

    「怖くないよ。先生がいるからね」

    と、なだめるのだ。

    こんな遊びが、日に何度も行なわれるそうだが、これは、子供たち自身が心の中の恐怖の記憶を無理やり呼び覚ますことで、うっ屈した気持ちを発散しているのだということであった。

    こうした怖い経験を「〇〇ごっこ」として遊びに組み込むということは、子供たちにとってはごく自然な発想で、阪神淡路大震災など、大きな災害に直面した子供たちの間にはよく見られた現象だそうである。

    そして、子供たちがこうした遊びを始めた時、もっとも大切なことは、必ず大人が近くにいて、その子供たちの気持ちをフォローしてやることなのだそうだ。

    先ほどの保育士のように、子供を抱きしめてやることで、「地震が来ても津波が来ても、先生が自分を守ってくれる」という安心感を与えることが出来るのである。

    この安心感が、幼い子供たちにはとても大事なことなのだそうだ。

    災害に遭った経験がない子供でも、頭の中でわざと洪水が起きたような怖いことを想像して、「でも、自分は机の上に乗っているから大丈夫」と、いうような感覚を得ることで、安心するのである。

    もしも、子供たちがこんな「〇〇ごっこ」を始めたら、大人はしっかりと彼らの恐怖を取り除くような対処をして欲しい。

    それにより、子供たちの中のトラウマは少しずつでも軽減されて行くのだということである。

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