心理の法則
2012年12月31日
心理の法則

犯罪捜査に役立つ心理学に「一致法」と、「差異法」というい二つの方法があるそうだ。
「一致法」とは、容疑者がA、B、Cの三人に絞られた時など、現場でAを見たという目撃情報に合わせて、Aと現場との共通点を徹底的に捜査するという方法である。
現場にはAとの共通点はあるが、B、Cとの共通点が見当たらないという場合、犯人はAの確率が高いという結論に至る。
しかし、この方法だけに頼っていては、もしも犯人がA、B、Cの三人以外にいた時、Dというもう一人の容疑者を想定しないまま結論を出してしまうかもしれないという盲点があるそうだ。
そこで、もう一つの「差異法」と併用することで、この盲点をカバーできるのだという。
「差異法」は、「一致法」とは逆に、AとBの間に何か違う点はないかと考える捜査方法だという。
たとえば、修学旅行先でA高校とB高校が同じホテルに宿泊していたにもかかわらず、A高校の生徒だけが食中毒になった。
こういう場合、A高校の生徒たちがB高校の生徒たちと何か違う食べ物を口にしなかったか?----を、探るのである。
すると、A高校の生徒たちは、夕食後、ホテルを抜け出し寿司を食べに行ったことが判ったとする。
つまり、食中毒の原因は、寿司ではなかったか?との結論が導き出せるということなのだそうだ。
ある事件が起きると、その事件現場と共通点がある人物は誰か?そして、その人物は、他の容疑者とどこが違うか?
これらを考えることで、真相が見えて来ることもある----という心理の法則の一例である。
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今日の雑感 14
2012年12月30日
今日の雑感 14

★ 今年も、残すところあと一日。
都市伝説の語り部によれば、2013年からは人類の生物学的世紀が変わるのだそうだ。
つまり、来年以降に生まれる子供たちは、われわれとはDNAが異なる人類として誕生するのだとか・・・。
マヤ暦の新年とは、そういう意味があるのかもしれないとの説もあるという。
まあ、信じるか信じないかは、あなた次第----なんだろうけれど・・・ね。

★ 今日は、雨・・・。
この気温の高低は、いったい何なのだろうか?
まあ、暖かいに越したことはないのだが・・・。
そのせいか、今日の外湯の込み具合はすごかった。
身体を洗うスペースがないので、一人の女性は顔を洗っただけで一度湯船につかり、そのまま上がって行ってしまったくらいだ。
こういう時は、皆、入浴時間を少しでも短縮する心掛けが必要なのだが、長湯癖のある人はまるでそういう配慮をしない。
洗髪をして湯船へ入り、今度は身体を洗ってまた入り、顔を洗って入り、中には歯まで磨き始める図々しい人も----これでは、あまりに他の入浴者に迷惑である。
どうやったら短時間で入浴を終えられるか、各自研究して欲しいものだ。
特に、親しい人同士での背中の流し合いなどは、もっての他。こういうことは、誰もいない空いている時にやって欲しい。
世の中は何事も臨機応変でなくては進まない。
「だって、家へ帰っても誰もいないから、共同浴場へ来ている時だけが唯一の憩いの場なんだよ」
そのようなことをのたまう御仁もいるが、外湯は喫茶店ではないので、あしからず。
★ で、来年は巳年----。
そこで、もしも、ヘビの夢を見たら・・・と、いうことで-----。
ヘビは、幸運と不運、善と悪、破壊と再生など両極端の意味を表わす動物だということである。
白蛇の夢は、一口に言って幸運の印。運勢の上昇が望める吉兆を意味するものだとか。
ヘビを掴む夢は、金運が舞い込むという暗示で、ヘビが脱皮する夢は、人生の転換や新しいことへの発展などを教えているといわれるそうである。
そして、ヘビが下から上へはう夢は、運勢が好転する兆しということだそうだ。
しかし、ヘビに追いかけられたり、ヘビに巻かれたりする夢は、恋愛においてのトラブルが起きるかもしれないという警告であり、ヘビが木に巻きつく夢は、計画が失敗したり裏切りに合う予感だそうである。
そして、ヘビに噛みつかれたり飲み込まれたりする夢は、病気やケガに注意せよという意味だそうである。
また、ヘビが逃げ出す夢は、金運が下降気味という暗示だそうだ。
とはいえ、わたしがよく見るヘビの夢は、たいてい一匹ではない。それこそかなりの群れで現われる。地面一帯がヘビだらけというような夢も珍しくない。
たぶん、ヘビ映画の観過ぎなのだろうが、ホント、気持ち悪い。

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日々のたわごと 13
2012年12月30日
日々のたわごと 13

かつて、刑事ドラマの中でピアニストの女性が、「ピアノの練習をしたあとは、おもちゃのピアノを弾くのが息抜きなのよね」と、言うシーンがあった。
「来る日も来る日もピアノを弾き続けて、もう楽譜なんて見たくないというくらいのレッスンをしながら、おかしいでしょう?」
でも、あの台詞、何となく判るような気がする。
実は、わたしもこれに似た状況にあるような・・・。
思いっきり文章を書きまくっているのにもかかわらず、その息抜きがブログを書くことになっているのだ。
ブログを書いていると、頭の中の整理が出来たり、切り替えが出来るような感じで、ホッとする。
こんなことを周囲の人に話すと、
「文章を書くなんて、たった原稿用紙一枚でも悩んでしまうのに、あんた、やっぱり変わっているわ」
と、笑われてしまうが、ブログと作文や論文ではまったく内容が違うわけで・・・。
まあ、どちらも人さまに読んで頂くものではあるが、ブログはとにかく気軽に書ける分だけ、文章を作るという作業をしながらも精神的にリラックスできるのかもしれない。
面白いものである。
ところで、先にも書いた信毎に連載されていた「正妻」という小説だが、これを慶喜の男目線で読むと、実はこういうことになるのではないだろうか。
「おれは、正室も、側室も、両方大事だ。二人の女は、本当におれにとってなくてはならない存在なんだ。どちらも、なくていいなどということはない。でも、やっぱり一番大事なのはおれ自身だ。おれがいなければ、二人の女は存在する意味がなくなるだろう。どんなに無様な格好で戦場から逃げ出したとしても、おれが生きているということこそが、二人の女ために最も重要なことなのだ」
こんな身勝手極まりない考え方の徳川十五代将軍のために、須坂藩主・堀直虎も新選組も会津藩も、命を投げ出したわけなのだが、慶喜自身はおそらくそれが最良の策だと、本気で考えていたのだろうと思う。
育ちなのか、生まれもっての性格なのか、もしも今の世の中に慶喜が生きていたならば、ネット上では稀代のKY野郎と嘲笑されることになったのかもしれないな。
結局、彼は、あの時代の人間で、正解だったのだろうな。
日々のたわごと 12
2012年12月29日
日々のたわごと 12

兵庫県警は28日、ストーカー規制法違反事件などの被害者保護のため、被害女性の氏名を記載しない逮捕状を請求して裁判所から交付を受け、容疑者2人を逮捕したと発表した。
県警によると、住所不定の運転手の男(60)と、姫路市のアルバイトの男(30)を、それぞれ県内の女性にストーカー行為をしたとして、今月逮捕、送検した。通常、逮捕状には被害者の氏名を記載するが、女性の要望に応じ、氏名を出さずに請求した。(YAHOO!ニュース)
当然だと思う。
ストーカー事件では、逮捕状に被害者の名前や住所を書いておいたがために、加害者が出所したあとで、住所を替えて住んでいた被害者が再度被害に遭うというケースが少なくない。
被害者名を告知しないということは、加害者側が何の容疑で逮捕されるのか判らないということになり兼ねないという意見もあるが、ストーカー容疑というだけで加害者には心当たりがあるはずなのだから、被害者名はあえて知らせる必要はないと思われる。
ただし、名前を知らせないということは、事実ストーカーとは無関係な人を犯罪に陥れるために、嘘の被害をでっちあげる者も出て来るやもしれないので、その点は慎重に対処して欲しいものである。
まあ、さすがに年末年始は、ブログなど読み書きしている人はあまりいないのかもしれないが、これも毎年のこと。
丸四年もナガブロを書いていると、何となく季節の推移が読めて来る。
それにしても、書き始めてからというもの、サイト内のブロガーの顔ぶれも目まぐるしく変わってきた。
わたしのブログに足あとを付けて下さるブロガーさんたちのハンドルネームも、四年前とはまったく異なる。
わたしは、あの頃とまったく変わらない調子で書いているだけなのだが、周りだけがどんどん変化を続けているようで世の中の流れというものを否が応でも感じざるを得ない。
そういえば、以前、わたしが何かの記事についてちょっと批判的なことを書いたら、「批評家気取りで、何さまのつもり?」というような反応を示したブロガーもいたが、顔が見えない相手には、人は呆れるほど無遠慮になれるものだということをも学んだ。
殊に女性ブロガーには、この癖が顕著にあるようだ。
先ほど、ネットニュースを読んでいたら、中国ではインターネット利用者は、今後、実名登録にするという方針が決まったというような報道があった。(詳しく読んでいないので正確なところは不明)
ネット被害や嫌がらせが多発するようならば、日本もいずれそうなるのかもしれないな。
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痛みは気のせい?
2012年12月29日
痛みは気のせい?

先日の新聞に、痛みはプラセボ効果で治せる場合があるという記事が書かれていた。
プラセボとは偽薬のことで、これについては心理学の領域で色々な実験がされているそうで、なんと、モルヒネの50パーセントほどの効果もあるという。
しかも、鎮痛薬だけではなく、色々な薬にもプラセボ効果はあり、現在は新しい薬の効果を実証する場合、本物の薬と偽物のプラセボを、患者はもとより医師にも判らないようにして、その効果を比較する方法が用いられているというのだ。
医師の中には、
「患者があまりに痛がるので、痛みどめだといってビタミン剤を注射したら、良く効いたというので、やはりあの痛みは気のせいだったんだよ」
と、話す人もいるという。

小さな子供がお腹を痛がった時、お母さんが手のひらをお腹にあてて静かにさすってやるだけでも、痛みがひいたという話は良く聞く。
これは、お母さんと子供の間に大きな信頼関係があるからこそ、起きるプラセボ効果なのだという。
プラセボ効果は、患者本人の治りたいという気持ちが強いことや、患者がどれほど医師を信頼しているかでもかなり変わってくるのだそうだ。
もちろん、治りたいと思う気持ちが強い患者ほどこの効果は高く、また、医師を信頼している患者ほど効果は高いのである。
どれほど検査をしてもさしたる原因がなく、それでも痛みがひどいという患者は、もしかしたらその病気を治したくないというような気持ちが何処かにあるのかもしれないし、さらに、担当医との間に信頼関係が築けていない可能性もあるということになる。
わたしの知り合いの年配女性にも、脚の痛みがひどくて運動が出来ないという人がいて、鎮痛薬も既に相当強いものを処方されているために、医師からは、これ以上の薬は出せないと注意されている。
しかも、脚に特別な問題があるわけではないそうだ。
この女性も、もしかしたら潜在意識の中では、脚の痛みを治したくないと思っているのかもしれない。
痛みがなくなれば、今までのようにご主人に頼りきりの生活が出来なくなる恐れが出て来るからだ。脚が痛むという理由がありさえすれば、家事労働の手抜きもある程度許してもらえる。
もしかしたら、人が認知症やうつ病を発症するきっかけの一つとして現実逃避があるように、痛みも現実逃避の一手段として持続している場合もあるのやもしれない。
痛みの発生には、心の問題が大きいということは以前から言われているが、そういう患者にとっては、誰か一人でも心から信頼できる人が現れるだけで、痛みはかなりの確率で回避できる問題なのかもしれないのである。
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今日の雑感 13
2012年12月28日
今日の雑感 13

このとんでもない寒さのせいか、夜布団へ入ると、朝が来なければいいと思ってしまう。
そう、近所の主婦に愚痴ったら、
「あたしなんか、そんなこと結婚してからこの方何十年、毎日思っている」
と、言われてしまった。
それも、何だか大変だなァ・・・。

ところで、ある情報番組を観ていたら、民主党政治が停滞したのは、大臣たちが部下である各省庁の職員たちへの気配りを手厚く行なわなかったせいではないかと想像させるような話題になった。
大臣になると、一般議員の給与に大臣手当のようなものが加算されるのだそうだが、そんなものでは賄いきれないほどの出費がかさむのだという。
たとえば、予算編成期に支払われる職員たちの夜食代などは、大臣個人のポケットマネーから出さざるを得ないのだという。
これは、過去の政権でのエピソードらしいのだが、ある省など1200人もの職員が徹夜作業をしなければならず、大臣は、その職員全員のためにアンパン一つずつを配ったのだそうだが、その程度のサービスでは、大臣の誠意が感じられないと、職員の士気も下がり気味だったとか・・・。
また、ある大臣は、部下の全職員にうなぎ弁当を配ったそうで、大変な赤字になってしまったそうだ。
正しく、大臣職は名誉職であり、資産の乏しい議員などにはおいそれとは務まらない仕事なのかもしれない。
先日、我が家を訪ねてきた長野市在住の女性が、
「たまたま長野市民新聞を取っている人から新聞を借りて読ませてもらったら、ちよみさんの小説が載っていてビックリした。今度、うちも取らせてもらおうかな?」
と、言って下さった。
ぜひ、よろしくお願いしますと、返事をした。
小説の感想を直に聞くことが出来て、とてもありがたかった。


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お飾りさ~~~ん!
2012年12月28日
お飾りさ~~~ん!/(゜Д゜)\
昨日、買い出しで買って来た鏡餅(お飾りさん)二つのうち一つを、弟一家に持たせた。
すると、今日になって父親が、
「お飾りさん、一つは神棚に飾るが、もう一つ店に飾る分が欲しい」
と、言い出した。
「お飾りさんぐらい、何処にでもあるから買っておくよ」
と、答えたが、二十九日はくんち餅といって縁起が悪いので、今日のうちに買ってこいという。
そこで、近所のお店へ行ってみたが、普通の切り餅は売っているものの、鏡餅は置いていないという。
このブログにも再三書いたが、我が家の近所にあったスーパーが軒並み閉店したために、そのお店以外で鏡餅を売っているところが思い付かない。
「この街じゃ、正月用品も揃えられないのか!?」

もう、父親は怒り始めている。
聞くところによれば、自動車がない家では、お正月の準備が出来ないために、松飾りもお節もお供えもなしだということだった。
仕方がないので、面倒くさかったがまた車を出した。
しばらく行ったところの日用雑貨量販店で、ようやくお飾りさんをゲット!
お飾りさん一つのために、朝から大騒ぎだ。
ホント、疲れる・・・。

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今日の雑感 12
2012年12月27日
今日の雑感 12

「つい先日、田宮さんが退院しました。だいぶ回復したみたいでね……。退院する際にはもう車椅子ではなく、杖をついて歩けるほどまでには回復したみたいです」(田宮の知人)
今年4月にくも膜下出血のため倒れ、都内の病院に入院していた田宮五郎(45)。あれから8カ月、ついに彼が退院したのだ。退院には、恋人の浅野ゆう子(51)も付き添っていたという。
田宮五郎は、田宮二郎(享年43)の次男。彼と浅野の真剣交際をスクープしたのは「女性自身」6月26日号でのことだった。5月に病状が伝えられた際には「リハビリは3カ月程度」とも報じられていたが、症状は思うように改善しなかった。入院から3カ月後の7月には、リハビリ専門の施設に転院している。
「田宮さんは『半年後には復帰できるよう頑張りたい』と言っているようでしたが、医療関係者からは『俳優復帰へのハードルは高い』という厳しい意見が多かった。しかし、彼は決して諦めようとはしませんでした」(インターネット・ニュース)
今後の療養は浅野さんの家か、田宮さんの家のどちらかで続けるということのようだが、田宮さん自身は、ラジオあたりから芸能界への復帰が出来れば・・・と、希望しているらしい。
まあ、いずれにしても、杖をついて歩けるまでに回復したというのは、良かった。
自分の足で歩くことと、車椅子では、身体の回復力も免疫力もまったく変わってくるといわれる。食事だって、口から食べるのと、点滴や胃ろうとでは、まったく栄養の吸収率が違うのだ。
人間の身体は、実にうまく出来ている。
わたしの叔母も、60代でくも膜下出血を発症し、約半年間の入院をしたが、その後杖をつきながらのリハビリを経て、元通り(ある意味、元通り異常か?)まで回復した。
再発の危険性がないわけではないので、急激な運動や焦りは禁物だが、田宮さんはまだ若いので、十分回復の望みもあるはずだ。
これからは、とにかく焦らないこと。イライラしないこと。
昨日出来なかったことが今日半分まで出来る----という薄皮をはがすような日々の成長を喜びとしながら、頑張ってもらいたい。
五年後を目標に、まずは一歩一歩----だね。

ところで、女は本当に現金だ・・・と、思うことがある。
ご主人が生きていた時は、高慢そのものでツンケンしていたのに、亡くなった途端に人が変わったのかと思うほど低姿勢になった近所の主婦は、自分がどれだけご主人という後ろ盾で守られていたのか、ようやく実感できたそうだ。
女性の中には、とかく、夫や嫁家の地位や権力を我がものと勘違いする人がいる。
自分は、単に縁あってそこへ嫁いできただけという気持ちをいつしか忘れ、まるで、もともと家の財産さえも自分が築いてきたような錯覚に陥ってしまうのだ。
しかし、周囲の人たちが妻である女性に一目置くのは、本来持っているその女性の徳や人望からではなく、夫の人柄や先代から受け継がれて来た家の格式であることを自覚しなければならない。
それが判らない女性が、世の中には多すぎる。

長野市民新聞に新連載始まる
2012年12月27日
長野市民新聞に新連載始まる

長野市民新聞に、
地域医療最前線~七人の外科医~
シリーズ2
雪 線(スノーライン)
の連載が始まりました。
熱血青年外科医・高林大吾と、先輩外科医たちの新たな挑戦にご期待下さい!!
ご愛読のほど、何卒よろしくお願い申し上げます。<(_ _)>

★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★
今日は、久しぶりに買い出しに出た。
日用雑貨店は、お正月用の鏡餅や門松などを買い求める客で、たいそう繁盛していたが、スーパーでは、このところの不景気を反映してか、お節料理コーナーがやや小さめになっているような気がした。
お正月のお節に使う練り物製品などは、縁起ものとあってこの時季は軒並み値段が高いので、高齢の買い物客たちはあまり手を出したがらない。
どうしても必要な家の外に飾る松飾りなどは、いつも通りに買うが、家の中で食べる食材の方には、あまりお金をかけないようにしようという倹約気風が如実に見て取れた。
お雑煮に入れる筍や三つ葉も、値段が張る高級物よりも、一つ100円前後のものが良く売れているようだし、切り餅も一袋600円ぐらいのものが多く出ているらしい。
長引く不況は、日本の風物詩をも庶民の手の届かないものにしてしまっているようだ。
テレビ欄を見ても、今までのお正月番組とは明らかに違う点がある。
深夜帯の映画放送数が極端に減ったことだ。
レンタルDVDの影響やテレビ離れが広がったせいだとも思えるが、テレビで放送されるお正月の映画を楽しみにしている人たちには、非常に残念なことである。
もう、テレビを観ながらお正月を迎えるという時代ではないのかもしれないが、ますます日本から季節感がなくなって行くような寂しさを覚える。
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クリスマス・ディナーは何のため?
2012年12月26日
クリスマス・ディナーは何のため?

この国は、年末にやることが多すぎて毎日バタバタだ。
なのに、異常な寒気の影響で、身体が思うように動かない。
温泉に入っている時が一番ホッとする。
寒さで頭が痛くなるというのは、こういうことを言うんだろうな。
今年は、不況風が激し過ぎたせいか、テレビでもクリスマスを盛り上げるような企画はあまりなかったような気がする。
そういえば、知恵袋にも何だか良く判らないような投稿があった。
ある女性が、彼と一緒にレストランでクリスマス・ディナーをしたんだけれど、彼がちょうど会社の人事で希望の部署に入れず、とんでもなく落ち込んでいたというのだ。
女性は、この日のディナーを心から楽しみにしていたそうで、彼のためにプレゼントまで用意して優雅な時間を過ごそうとしていたのに、彼の表情は沈鬱なまま。
少しも楽しそうじゃない彼に対して、

「わたしの気持ちも知らないで、何を聞いても上の空。こんなクリスマス・イブを過ごすはずじゃなかったのに、何なのこの態度。せっかくの食事が台無しよ」
と、怒りがおさまらないのだという。
この相談に回答者たちからは、
「人の気持ちを察することが出来ないのは、むしろあなたの方。彼の気持ちを考えれば、クリスマス・ディナーなんかに来たくはなかったのが本音でしょう。それでも、あなたとの約束を守って来てくれているのだから、落ち込む彼を慰め元気付けるのが、彼女であるあなたの務めのはず。それを、気分を台無しにされて面白くないとは何事ですか」
との叱責の声が大半だった。
女性は、恋人とのクリスマス・ディナーにきらびやかな夢を描くもの。何日も前から着て行くドレスや化粧にも気を配り、中には、わざわざ美容院へ行ってドレスアップする人もいるだろう。
この女性は、その夢と努力が水の泡となってしまったことに、怒りがおさまらないのかもしれないが、確かに彼女の視野の中には彼の存在は皆無のようである。
投稿記事を読むにつけても、彼女にとって彼は、クリスマス・ディナーを楽しむためのおしゃれアイテムの一つでしかないような印象を受けた。
そういえば、以前、結婚式でお気に入りのウエディングドレスを着たいばかりに、好きでもない男性との結婚を承諾したという女性の話を聞いたことがある。
綺麗な着物を着て人前に出たいがためだけで、仲人を引き受け続ける女性もいるそうだ。
女性のおしゃれにかける執念はすさまじい。
この投稿者も、きっとその類の一人だったのだと思われる。
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今日の雑感 11
2012年12月25日
今日の雑感 11

近頃流行りのメンタリズムで、他人の心を自由自在に操るという特技を持っている人たちに対して、北野武氏がこう言った。
「そんな力があるなら、戦争をなんとかしろよ!」
本当だ。
それだけの力があるのなら、人間の性ともいえる憎しみや恨み、嫉妬などもどうとでもコントロール出来るはずである。
メンタリストと呼ばれる彼らは、どうしてそれをしないのだろうか?
単にスタジオゲストを驚かせるだけではなく、その技術をちゃんと世の中の役に立てて欲しいものである。
わたしは、どうも昔からマジックとかサーカスのようなエンターテイメントにいま一つ乗れない。
心から驚いたり感心したりすることが出来ないのだ。
「あ~~、すごいね。大したもんだね」
とは思うのだが、必ずタネがあると判っているので、頑張って考えたんだろうな・・・と、その努力の方に関心が行ってしまうからなのかもしれないな。
気功で屈強なアメフト選手たちを次々と倒した男性も、
「わたしの目を見て!」
と、選手たちに言っていた。これがどうやら、ミソなのだろう。
何故なら、以前観た番組で、ある気功の達人に相撲で挑んだタレントが、まったく達人の顔を見ないままに姿勢を低くして突進し、脚を取る形で苦もなく倒してしまったことがあった。
何事にもカラクリはあるようだ。

お年寄りにお金を使ってもらうためには
2012年12月25日
お年寄りにお金を使ってもらうためには

NHKの討論番組で、自民党の石破幹事長が言うには、
「給料も少なく使うお金がない若い人たちへお金を移すには、お金を持ってはいるものの将来への不安から使おうとしない高齢者に、どうやってお金を使ってもらうかを考えなければならない」
とのことだった。
確かに、高齢になれば身体も若い頃のように動くわけでもないので、旅行やスポーツにお金をかける人は少数だ。
加えて、流行を追うといった好奇心や興味も薄れているので、新商品に対する購買欲も薄いし、買った物が本当に自分のためになるのかを一番に考えるので、単なる冒険心から消費をするような真似もしない。
唯一お金を使うとすれば、子供や孫のためであるが、加速する少子化のためにこれもあまり期待できない。
石破幹事長は、
「とにかく、高齢者に安心した生活を約束出来ればお金を使ってくれるのだろうから、そこが重要なのだ」
と、説明する。
実に、介護保険料は年金から天引き、しかもその年金自体も減らされるとなれば、ますます財布のひもは固くなり、最低最小限の生活費しか使わないというデフレスパイラルは止まらない。
これは、かつて双子のおばあちゃんタレントとして一世を風靡した故・蟹江ぎんさんの娘さんたちが言っていたことだが、
「日々摂生して病気や寝たきりにならず、介護や医療をほとんど受けない元気なお年寄りには、給付金の一割でもいいからご褒美として返して欲しい」
これが多くの健康なお年寄りたちの本音ではないだろうか。
そのご褒美が、また一年元気で過ごそうという生きる励みにもなるはずだ。
高齢者にお金を使ってもらいたいと考えるならば、手っ取り早くこんなことから始めてみても良いのではないかと、ふと思った。
今年、感動したことありますか?
2012年12月23日
今年、感動したことありますか?

高齢の人たちの話を聞いていると、実に似たような言葉を使っていることに気が付く。
テレビで料理番組を観ていても、
「あんなやり方、あたしは前から知っているわ。ああ、あんなんじゃダメだ。あそこであんなことしちゃ、せっかくの味が台無しだよ」
「あのあと、誰が片付けるの?板前さんは弟子にやってもらえばいいんだから気楽なもんだ」

「あんなに手の込んだことをしなくても、あれとあれを混ぜれば簡単に同じ味になる。あれで料理研究家なんて、笑うわ」
などなど、だいたいがダメ出し突っ込みのオンパレードだ。
一人でも、
「へ~~、あんなやり方があるんだね。知らなかった。今度試してみようかな?」
と、いうような新しい発見や驚きを口に出す人はほとんどいない。
若者と高齢者の一番の違いは、物事に対してどれだけ感動したり感心できるかということだそうである。
多くの感動や感心が出来る人は、気持ちが若い証拠なのだという。つまり、生理機能が感情面に及ぼす影響はバカにならないということのようだ。
高齢者は、若者に比べて自分の流儀や概念に固執する傾向があるというが、これは、加齢によって身体に機敏性や柔軟性がなくなってきているという証明でもあるそうだ。
また、それは即ち、新しい物事を許容する心の余地が少なくなってきているということでもあるのだという。
今回の総選挙で自民党が躍進し、第三局の維新や未来が思ったよりも得票数を伸ばせなかったことも、こうした理由に基づくものだという意見もある。
高齢になるにつれて、変化を望まなくなる傾向は顕著になる。上記の料理番組への反応でも判るが、年を重ねると新しいことを覚えたり実践するのが煩わしくなるために、自分のやって来たことだけで十分だと考えるようになる。
あなたには、今年、我を忘れるほどに感動したことがあっただろうか?
自分だけの世界に浸れて夢中になれる何かを持っているだろうか?
これまでの人生では体験したこともないような、まったく新しいことにチャレンジするだけの好奇心とズクがあるだろうか?
それがある人は、まだまだ精神は老け込んでいないということなのだそうである。
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日々のたわごと 11
2012年12月22日
日々のたわごと 11

夜中寒いので、掛け布団を多めにかけたら、重さで寝返りも打てないくらいだ。
このままでは、いつか布団につぶされるかもしれない・・・。

明け方へんてこりんな夢を見た。
我が家の一階で、小野田官房長と杉下右京がお茶を飲んでいるという夢だ。
こりゃァ、明らかに「相棒」の観過ぎだな----。

わたしの夢の中には、時々、通りすがりのように有名人が登場する。
それだけ毎日の生活をテレビに依存している証拠なのだろうな。
因みに、誰かとテレビを見ながら和気藹々と楽しんでいる夢は、人間関係が好転する暗示だそうだ。
年末ともなると、何かと巷が騒がしい。
夜も遅くまで人の声が絶えない。
この間など、深夜の路上で男と女が口げんかを始め、女の方が何を言っているかも判らない獣のような叫び声を上げていた。
「ギャァ~~~~!!ギャァ~~~!!」
これを何度も繰り返す。
男は逃げて、女は追いかけるが、結局女だけが一人凍てつく闇の中に取り残された。
いったい何だったんだろうか?

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くどき文句のテクニック
2012年12月22日
くどき文句のテクニック

あるテレビ番組でやっていたのだが、女性が男性を口説く時のテクニックに、
「もしも、わたしたちが〇〇したら、皆、どんな顔するかな?」
という言い方があるのだそうだ。
たとえば、
「もしも、〇〇くんとあたしが、ペアリングはめていたら、恋人同士に見えるかな?」
というような具合に使うのだとか・・・。すると、男性心理としては、
「じゃァ、ペアリング買ってみようか?」
てなことになるのだそうだ。男性としては、女性に恥をかかせてはいけないとの気持ちが先に働くので、この言い方につい乗ってしまうのだろう。
それにしても、クリスマスプレゼントに何が欲しいか?と、いう質問に対して、20代女性の答えが、一位・ジュエリー、二位・現金、三位・バッグというのにはスタジオゲストたちも唖然だった。
現金がほいいという理由は、50パーセント以上の女性が、男性からもらったプレゼントが、あまり欲しくない物だったという経験があるからだそうで、それなら、自分で選んで好きなものを買いたいから----とのこと。
また、クリスマスに告白するとカップルになれる確率も高いということだった。
まあ、クリスマス特有のロマンティックな雰囲気が、思わずそんな気分にさせてしまうのだろうな。
そして、彼女へのプレゼント金額の相場は、一万円~一万五千円ぐらいとのこと。
でも、本当に女性が一番欲しいのは、実は、彼からの心のこもった直筆のラブレターだという。
確かに、直筆の手紙って、最も捨てられない物の一つだよね。
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我がままな女
2012年12月21日
我がままな女

知恵袋を読んでいると、時折、「何のために結婚するのか?」と、訊きたくなるような質問を書き込む女性がいる。
「まだ入籍前にお腹に子供が出来たので、彼が盛大な結婚式をやりたいと言い出した。でも、子供のことを考えると慌ただしい結婚式には抵抗がある。式は、子供が生まれてからにしたいと言ったら、ケンカになった。
しかも、彼は、新婚生活は彼の親との同居か、それが無理なら彼の家の近くにアパートを借りて住むのが良いと言う。わたしは、わたしの実家の近くに住みたいのだが、その方が子供に何かあった時も安心だと言ったら、『勝手にしろ!』とキレられた。
わたしが我がままなのでしょうか?」
との投稿である。
我がままとか、身勝手とかいう以前に、この投稿主は、本当に彼のことが好きなのかと疑問に思った。
彼女の言っていることは、すべて「自分のため」ということばかりである。
子供をダシに使いながら、結局は彼よりも大事なのは「自分」ということでしかない。
彼女の文章の中には、一言も夫になるかもしれない彼を気遣う言葉がない。
こういう自分だけが大事という女が、最近は実に多くなった。
「彼も彼の家族も、すべてわたしの意向に従うべき」
何さまのつもりかと問いたい。
わたしが彼の身内の立場なら、そんな女には一言、こう言うだけだ。
「どうぞ、シンママにでも何にでもなりなさい。そして、死ぬまで親の庇護のもとでぬくぬくと暮らせばいい」
こんな女が身内になるなど、こちらからご免こうむる----そんな回答もあった。
この投稿主は、おそらく結婚生活がどういうものなのかということが、まるで理解できていないのであろう。
こんな我がまま女に捕まった男性は、本当に災難としかいえない。

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驚愕のネット犯罪
2012年12月21日
驚愕のネット犯罪

お笑いタレントのスマイリーキクチが、かつて女子高生コンクリート詰め殺人事件に関与したと中傷されたときのことをオフィシャルブログで振り返り、「このような経験をするのは僕一人で十分です。人の人生を潰そうとすれば、自らの人生も潰してしまいます。だから、誹謗中傷はやめてください」と改めてオフィシャルブログにつづった。
スマイリーキクチの中傷被害については、19日放送の「ザ!世界仰天ニュース」で特集。そこではスマイリーキクチが約10年にわたって受けた中傷被害の詳細や仕事への影響を取り上げられ、放送直後からスマイリーキクチのブログには応援や励ましのメッセージが殺到した。(YAHOO!ニュース)
わたしもこの番組を観ていた。
この事件に関しては、わたし自身、当時は全身の激痛に耐えながら日々を過ごしていて、まだパソコンのパの字も知らない頃だったので、ほとんど記憶にない。
ネットの普及率が国内20パーセント程度の時代、警察のネット犯罪に対する知識も予防策も稚拙だったことも重なり、本当に過酷な経験をして来られたのだなァ・・・と、被害の深刻さを遅ればせながら痛感した次第である。
わたしもブログを始めた頃に思ったのだが、インターネットに書き込みをするというある種極めて孤独な作業を続けていると、自分だけが別の世界にいて、強力なバリアで守られているような感覚に陥ることがあった。
つまりは、匿名性故に、小さな穴から下界をのぞきながら、そこから石を投げ落して密かに楽しむような感覚で、好き勝手な誹謗中傷を書き込む者がいても、何ら不思議ではないということでもある。
これこそが、ネット中毒といわれる精神錯誤の最たるものなのだが、自身がそれに罹患していることに気付く加害者はほとんどいない。
おそらく、ネットに誹謗中傷を書き込んだ者たちも、百歩譲って誤った正義感から行なったことだったとしても、もしも投稿者の顔と実名が判るシステムならば、決してあんな書き方はしなかっただろうし、事実出来なかったはずである。
インターネットが、将来どのような発展を見せるのかはわたしのような素人には皆目見当もつかないが、こうした犯罪が野放し状態に横行するようなことにでもなれば、ネット利用はすべて実名登録でなければ許可されないというような時代が来るやもしれない。
わたし自身も、かつてはブログの文字暴力により人間の浅はかさを目の当たりにした経験がある。
わたしだけではない。聞けばブログを書いている人たちのほとんどが、そうした苦い過去を持っているようだ。
そして、その嫌がらせが今なお継続中のブロガーもいる。
わたしは、現在はほとんど他人のブログにコメントを書き込まないが、その代わり言いたいことは極力自ブログにアップするようにしている。
顔の見えないつながりほど、脆く、貧弱で、かついじめを生み出しやすい土壌はないと知ったからである。
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転んでもただ起きない
2012年12月20日
転んでもただ起きない

先日からやたらに目がかゆいと思ったら、元凶を発見した。
膝かけに使っているベビー毛布だ!
これ、いつ洗濯したんだっけ?----と、考えても思い出せない。
慌てて洗濯機へ放りこんだ。何か、粉のような毛布繊維がたくさんとれた。
すると、今度は使っていてもかゆくならない。安物はこれだから・・・。

iPS細胞を使った世界初の治療をしたと発表後、大半をうそと認めた森口尚史氏(48)が、芸能プロダクションと11月末に契約し、今後、タレントとして活動していくことが18日、分かった。関係者は「11月29日に契約を済ませました。本人に任せておくと、どうなってしまうか分からないので、(契約は)保護観察みたいなものです」と明かした。
森口氏は騒動後、勤務先だった東大病院を解雇され、生活苦に陥っていたが、最近は「DJ iPS」としてDJデビュー。この日行われたトークショーでも支離滅裂な発言後、「自覚していないので、病院に連れて行ってください」「世間のゴキブリといったら私です」と自虐的にかわし、TM NETWORKの「GET WILD」を歌うなどした。
関係者によると、年末以降、数本のテレビ出演が決まっているといい、本人は「生きていかなきゃいけないのでiPS芸人と言われても何とも思わない」と意気込んでいるという。(YAHOO!ニュース)
転んでもただ起きない----とは、こういう人のことを言うのだろうな。
あの何処か頼りなげな風貌やとつとつとしたしゃべり方が、誰しもちょっと見栄の張り方を間違えばあんな大ごとになってしまうのかも・・・と、いう他人事として無下には突き離せない印象を世間に与えたのかもしれない。
ただ、少し虚言癖が病的な感じも無きにしも非ずなので、芸能活動をするにしても、しばらくはカウンセリングを受けながらにした方がいいのではないだろうか?
森口氏に芸能界でのどのような立ち位置があるのかは分からないが、人一倍強い虚栄心さえ捨てることが出来れば、人生いたる所青山あり----なのかもしれないな。
それにしても、度胸だけは大したものである。

ブログと人柄
2012年12月20日
ブログと人柄

あるブロガーさんのコメントにも書いたのだが、女性とは自分の身を一番に考える生物。子供を産み、守るためには、そうしなければならないと、生まれつき本能的に脳にインプットされているそうだ。
だから、自分の身を守るためならばどんな嘘でもつくし、体裁だって繕う。
思いやりや優しさも、自分が相手よりも上位に立っているという自信があればこそのものである。
このブログにも度々書いた。
男性にとって女性の理想像は、心身ともに純粋で清らか、人の陰口などは決して叩かない天使のような可愛い人----なのだろうが、こういう女性は小説やアニメの世界にしか存在し得ないのである。
それに関連しての疑問だが、果たして、ブログやホームページの内容で書いている人の人柄が判るのだろうか?
答えは、NO!だろう。
ブログやホームページというものは、言わば一種の写真のような物で、一瞬だけならば大罪人だって、天使のような微笑みを浮かべられるものなのだ。
過去には、ブログに書かれている文章の上品さから、深窓の令嬢だと思い込んだ男性たちが、その女性ブロガーの毒牙にかかり、次々に不審死を遂げたという事件もあったほどだ。
どれほど、好戦的なブログを書いていても、書いている人物が100パーセントそういう人間とは限らないし、優しそうな親しみに満ちた言葉を並べているブロガーが、実はとんでもない偏屈な頑固者ということだってあり得るのだ。
自慢ばかりを書き連ねる見栄っ張りブロガーの本性は、心理学的にみると小心者の寂しがり屋ということは前にも書いたが、ブログを読んでその書き手の性格を知りたいと思うのなら、一つの方法があるという。
そのブロガーが記事の中にどれだけ金銭にまつわる内容を取り上げているかを見ればいいのだそうだ。
ショップブログでもないのに、いくらで買ったとか、いくら払えばいいとか、そういうことを頻繁に書き込む人の性格は、かなりの締まり屋で理論派。
いざという時は、義理人情よりも社会ルールや規範といった冷徹さと保身を重視するタイプといえるようだ。
ただ、ブログを読んでいて判ることもある。
書き手の知識や教養の程度である。
これは、包括的に捉えられる性格とは違って、ある程度は正確に把握できると考えられるだろう。
まれに他人に代筆を頼んでいるブロガーもなくはないだろうが、そういう人は極めて少数派だと思うから・・・。
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若者には判らない年配者の事情
2012年12月19日
若者には判らない年配者の事情

知恵袋にあるお嫁さんからのこんな投稿があった。
「義理の両親宅へ行くと、必ずというほど、『お風呂へ入って行きなさい』と言われるのだが、お風呂の中が汚くて、とても入る気になれない。浴槽の中にもカビのような黒いものがこびりついていて、入浴するのに抵抗がある。
ある日、勇気を出して、そのことを姑に話すと、姑は心外な顔で、『いつも綺麗にお掃除しているのよ。そんなことないわ』と、怒ってしまった。
あれほど汚い浴室を、いつも掃除しているとは信じられない。義理の両親宅へ行くのが苦痛だ」
これを読みながら、なるほど、こういうことは良くあると、思った。
この義理のお母さんは、たぶん、間違いなく自分は綺麗好きな主婦で、毎日のお掃除に手を抜いたことはないと自負しているのだろう。
確かに、そうなのだと思う。
しかし、年をとるにつれて若い時のように何の苦もなく身体が動くわけではなくなる。今まで手が届いた範囲も、届かなくなることがある。
それから、体力と同時に若い頃と比べて最も落ちるのが視力なのだ。
若い頃は、しっかりと見えていた細かな汚れがまったく目に入らなくなる。ちょっと薄暗がりの場所の綿ぼこりなど、ほとんど見えない。
おそらく浴室の照明ぐらいでは、姑には汚れが見えないのではないだろうか?
もしも、この投稿者のお嫁さんが、義両親宅の浴室の汚れに気付いたのなら、
「わたしにお掃除させて下さい。近頃運動不足なので、その解消も兼ねて・・・。もしも、やり足りないところがあったら、あとはお義母さん、よろしくお願いします」
とでも言いながら、チャチャっとやってしまえばいいのである。そうしておけは、今度お風呂をすすめられても気分良く入れるはずだ。
わたしの知り合いの女性も、姑が洗った食器は、いつも洗い残しがあるので、
「ずぼらな義母だなァ・・・」
と、思っていたそうなのだが、実は姑には、台所の照明だけでは、食器にこびりついた小さな汚れまで見えないことが判ったのだそうだ。
ただ、「まだ、ここ汚れていますよ」とストレートに注意したのでは、姑の長年の主婦としてのプライドを傷つけてしまうと思い、姑が洗ったあとの食器拭きを手伝いながら、そっと気付かれないように濡れふきんで残りの汚れを拭き取っているという。
