過剰反応
2013年08月14日

NPO法人「日本禁煙学会」が公開中の映画「風立ちぬ」(監督宮崎駿)の中のタバコの描写について苦言を呈している。
製作担当者に送付した要望書を公式サイトにアップ。「教室での喫煙場面、職場で上司を含め職員の多くが喫煙している場面、高級リゾートホテルのレストラン内での喫煙場面など、数え上げれば枚挙にいとまがありません」と問題視した。
「特に、肺結核で伏している妻の手を握りながらの喫煙描写は問題です」と指摘し「夫婦間の、それも特に妻の心理を描写する目的があるとはいえ、なぜこの場面でタバコが使われなくてはならなかったのでしょうか。他の方法でも十分表現できたはずです」と疑問を呈している。(YAHOO!ニュース)
宮崎駿監督の作品は、「アルプスの少女ハイジ」以外、ほとんど観たことがないし、話を聞くだけでもあまり興味を引くストーリーや絵ではないので、テレビ放映されても無視してしまうのが常なのだが、この「風立ちぬ」という作品の「たばこ論争」には、ユニークなものを感じた。
殊に、この「日本禁煙学会」の反応だが、アニメに描かれている時代背景をまったく軽視した意見に、「何とまあ、歴史認識の軽薄な・・・」と、呆れてしまった。
あるブログにも、「肺結核の妻から喫煙を促されて、それを鵜呑みにタバコを吸い続けるとは、主人公は大バカ者」との意見があったが、それに反論しているコメントの、
「あの時代に肺結核が不治の病という認識はごく当たり前。自分の命を削ってでも、最愛の夫との時間を大切にしたいという妻の思いが理解できないとは、情けない」
という言葉には賛成である。
おそらく、宮崎監督は、このアニメ映画を大人の視点から時代を考えるための芸術作品として描いているのだろう。
それを、強引に今の時代の考え方に合わせて、事実に目をつぶり、歴史的背景や当時の価値観をねじ曲げようとするとは・・・。
ハリウッドで制作する西部劇でも、タバコを吸わないガンマンばかりで興醒めだ・・・との声もある。
それにしても、現代の若者たちは、あの時代に結核が治る特効薬があったと本気で信じているのだろうか?
アニメはあくまでもアニメである。
アニメの劇中にタバコを吸うシーンが出て来たとしても、それを観ている現代の人たちが「タバコは害だ」と、自覚していればいい話だ。
「もらいタバコのシーンなど、子供が真似をするかも・・・」
そう思ったら、映画を鑑賞した後で、大人が一言、「あの時代はタバコが病気の原因になるということが、まだ知られていなかったからね」と、フォローしておけばいい。
子供はきっと、
「そんなこと判っているよ。時代劇にお侍さんが出て来るのと同じだよ」
と、答えるに違いない。
何故ならば、「風立ちぬ」に描かれている時代など、子供たちの感覚からしてみれば江戸時代とさほど変わらないのだから。
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今日も猛暑
2013年08月13日



昨日は、高知県で41度にもなった場所があったとか・・・。
どうやら、太平洋側から吹く風と、大陸側から吹く風が、もともと停滞していた強い暖気を挟んで、一箇所に掃き寄せてしまったために、こんなことになったらしい。
長野県は・・・といえば、わたしが住む北信地域も例外ではなく、屋外は焼けつくような暑さだが、それでもまだ風があるので、窓を開けて家の中にいる分には扇風機いらずの快適さだった。
散歩の途中、日傘をさした知り合い女性に声をかけられた。
「日向は暑いけれど、日陰は風通しもあって涼しいね」
お盆ともなれば、もう秋の気配がそこここに感じられてくる・・・。
それにしても、近頃は、以前のような如何にも入道雲----という形の積乱雲が見えなくなった。
夏の象徴であり、真っ赤なトマトを入れた麦わら帽子や青いプールが良く似合う入道雲は、いったい何処へ消えてしまったのだろうか?
夏祭りも花火大会も、海水浴も、夏休みさえまったく縁がないわたしにとっては、今年の夏は、ただ暑いだけで、「夏」----の情緒的感覚などまったく希薄なまま、過ぎて行こうとしている。
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部活と社会体育・・・?
2013年08月11日

長野県内の公立中学校での運動部の部活は、学校側が管理できる部活時間帯と、部員の保護者で運営する社会体育という時間帯が合体して成り立っているのだそうである。
わたしが中学生の頃とは、部活の仕組みがかなり違っていることに驚いた。
要するに、長野県内の中学校の運動部は、主に平日に行なう部活と、その延長で冬場や祝祭日、夜間などに活動する部活とでは、部活動の管理者が異なるというのである。
社会体育時間帯は、保護者らで作る組織が実質運営し、練習時間が限られる学校側運営の部活時間帯を補うのだそうだ。
これは、長野県独自の仕組みだそうで、学校側が部活時間外に発生するさまざまなトラブルやアクシデントの責任をある程度回避できるというメリットもあるのだろうが、部員の保護者同士の関係がより密になることで、逆に多くの問題点も浮き彫りになってきているようである。
(運動部の朝練といい、この社会体育時間といい、長野県には他県とは違う教育システムが幾つかあるようだ)
たとえば、保護者の中には社会体育運営費を支払う経済的余裕がなかったり、仕事の都合で保護者当番活動に協力出来ないという人もいて、社会体育への参加が無理ということになれば、その保護者の子供も必然的に部活外時間には部活が出来なくなるということになる。
土曜日は午前中の部活動は許されているのだが、午後に練習試合が組まれてしまった場合、社会体育に参加していない保護者を持つ生徒は、必然的にその練習試合には出場出来ないという理屈になる。
生徒が保護者の管理下にないという理由からのようだ。
新聞記事には、こうした仕組みに疑問を懐いたある母親(社会体育不参加当事者ではない)が、「こういう子供の気持ちに負担をかけるようなシステムは改善するべきでは?親が社会体育に参加していようがいまいが、生徒は試合に出すべきではないか?」と、訴えたところ、学校側から、
「一部の社会体育不参加の家庭の部員が練習試合に参加出来ないということは、部員間の不平等にあたるので、今回は土曜午後の練習試合そのものへの出場を辞退します」
との趣旨の連絡が、保護者会に入ったということが書かれてあった。
母親は、練習試合の中止まで求めていたわけではなく、「出場出来ない生徒がいるのはどうかと思う」と、言いたかっただけなのだそうだが、学校側からは「出場出来ない生徒がいるのは好ましくない」との説明があり、保護者間には、この母親が練習試合を中止させた----と受け止められてしまったのだそうである。
近頃の保護者は、とにかく強い。
また、少子化のせいもあってか、親の子供に対する関心が異常に高まっているといえる。
親の中には、毎日のように学校へ出向き、教師が我が子にどのような接し方をしているのか監視する者もいるそうだ。(こうした親の心理の根っこの部分には、子供がどうこうというよりは、親自身が社会的に認められたいという自意識が働いているのだそうだが・・・)
学校側があえて社会体育などという時間帯を設けなければならなくなったのも、保護者からの監視や圧力が強すぎるために、ついには部活の責任の分割を考えざるを得なくなったためであろう。
万が一事故や事件があった際、何もかも学校のせいにされてはたまらないという、学校側の防衛心がこのシステムには垣間見られる。
子供たちは誰しも純粋にスポーツが好きで部活に参加している。
学校側の都合や、親の虚栄心などには振り回されたくはないというのが、本音だろう。
つまりは、学校側に望むことは、当然のことながら安全で健全な部活運営と指導であり、保護者に大切なことは、「労力や金を惜しまず、しかしながら必要以上の過干渉は控えろ」ということなのではないだろうか。
学校も親も、そして指導にあたるコーチや監督までもが、心底では互いへの懐疑心を払拭し切れないでいることが、結果的に部員である子供たちへの実質的弊害を引き起こしていると考えてもよさそうだ。
とんでもない暑さ
2013年08月10日



「高温注意報が出ています。今日の暑さは尋常ではないものがあります。日中の外出は出来るだけ控えて下さい」
テレビニュースでアナウンサーが異例の伝え方をしていた。
こんな酷暑にもかかわらず、甲子園では熱戦が続いている。
球場内の暑さは、40度にも達しているのではないだろうか?
長野県代表の上田西の初戦は、明日の第一試合。
それでも、30度超えは必至なようだ。
「応援団の人たちも、しっかりと水分補給をして、熱中症を防いで下さい」
NHKでもアナウンサーが注意を促していた。
午後、放送されている「謎解きはディナーのあとで」の再放送だが、執事役の櫻井翔の演技が、どうにも執事に見えない。
姿勢は悪いし、目の配り方も下手、言葉も聞き取りにくく、ご主人さまを小馬鹿にし過ぎ。
脚の閉じ方がルーズなのかな・・・?全体的に緊張感に乏しい。
脇役陣は、皆素晴らしい演技を披露しているのに、主役がお粗末では嘆息が出てしまう。
お嬢さま役の女優(名前知らない)も、深窓の令嬢には見えない。
そこが狙いなのかもしれないが・・・・。
もしかして、やや耳鼻科的に問題があるのでは?----とさえ思ってしまう。
視聴率狙いのアイドル起用も、ほどほどにした方がいいのではないだろうか。
ドラマの内容は、といえば、推理物にしては後付けが多い気がするし、説明部分がくどいし長すぎる。
原作者は、アガサ・クリスティー作の「名探偵ポワロ」や「ミス・マープルシリーズ」あたりを意識しているのかもしれないが、もう少し台詞を充実させないとあのクリスティー・ミステリーの高貴で理知的な雰囲気には到底及ばない。
原作を読んでいないので何とも言えないが、脚本家の腕がイマイチなのか・・・?
それとも、原作が既に・・・・なのか?
でも、過日放送された本来の主人公たちがあまり出演しないスピンオフは、なかなか面白かった。
アイドル起用推理ドラマという点では、以前放送された「ビブリア古書堂の事件手帖」の方が全体的出来栄えが上のような気がする。
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ポテトサラダ
2013年08月08日

畑でジャガイモがたくさん採れたので、簡単ポテトサラダを作ってみた。
茹でたジャガイモの皮をむき、ボールへ入れてすりこぎでつぶしたところへ、薄切りキュウリと塩もみして水にさらしておいた玉ねぎを投入。
そこへ砂糖(やや多め)、マヨネーズ、塩(少々)を入れて良く混ぜ、レモン汁を隠し味に入れてさらに混ぜたら出来上がり。
このまま食べてもおいしいのだが、このポテトサラダを食パンに挟むと、またイケるのだ。
ちょうど、買って来たばかりのふわふわ食パンがあったので、たっぷり挟んで食べてみた。
食パンは、トーストしてもおいしいと思う。
ちょっと、挟み過ぎたか・・・。

午後5時の緊急地震速報には、思わず緊張した。
「奈良県、長野県北部に大きな揺れが襲いますので、机の下に身を隠すか、安全な場所に避難して下さい。外へ飛び出すのは危険ですので、やめて下さい。車に乗っている人は、自動車を道路の端に止めて待機して下さい」
「夕食の用意のため火を使っている方は、即座に消して下さい。倒れる家具などから身を守って下さい」
何度もニュースキャスターが繰り返すので、他のテレビ局はどうなのかと、NHKを出したのだが、総合テレビでは速報も入らず、高校野球中継を続けている。
別の局では、「和歌山県北部に震度2.5の地震。津波の心配はありません」と、報道。
「これって、変じゃない?」
と、首を傾げたのだが、特別身体に感じるほどの揺れも襲って来ない。
のちに、気象庁が会見で、海底のノイズを誤って感知した誤報であったことを謝罪していた。
新幹線も緊急停止したとのことだが、まあ、何事もなく誤報で良かった。
腐ってます詐欺にご用心
2013年08月06日

商売をしていると、時に迷惑な苦情電話がかかってくることがある。
「三日前にお宅の品物を買ったんだけれど、知人へお土産にあげたら、その人から『袋を開けて食べようと思ったら腐っていた』と、連絡があったんだけれど・・・」
だから、どうして欲しいのか----と、いうことまでははっきりとは言おうとしない。
「そうですか。では、その商品を差し上げた知人の方に、『腐っていた品物を、送り返してくれ』と、お伝え下さい。こちらから改めて新しい物を送りますので」
そう伝えるが、電話の相手は、
「その人は、もらったもの食べちゃったと言っている。だから、もう現物はないんですよ」
というので、こちらも、
「袋を開いた時点で腐っているのが判っていたのに、食べてしまったんですか?現物を送り返して頂かないと、本当に当店でお買い上げ頂いたものか、本当に腐っていたのかも確かめようがありません。残っている部分があるのでしたら、それを送り返して下さい」
と、言う。しかし、相手は、現物はない----の一点張りだ。
さらに、「普通、上げた人に悪いと思って、もらった方は品物が腐っていることをこちらへ伝えることが出来ないでしょう。だから、捨てちゃったと言っているので、現物を送り返すことは出来ない」と、説明する。
「それって、変じゃないですか?じゃァ、どうして、あなたは品物を差し上げた人が、腐ったものを食べたことを知っているんでしょうか?それに、今しがた、あなたは、知人が腐っている物を食べたといったんですよ。なのに今度は、捨てた・・・ですか?あなた、結局、何が言いたいんですか?」
こちらは、相手の言葉の矛盾を突いて行く。と、相手は、いらだった様子で、
「とにかく、製造元へ『腐っている物を売るな』と、言って下さい。そして、お詫びの電話を欲しいと伝えて下さい」
と、話す。なので、こちらも、
「それは出来ません。現物がない限り、製造元だってあなたの言うことが真実か否か判りませんから。お詫びの電話を入れるにしても、あなたへではなく、知人の方の方へ直にご連絡することになると思いますので、知人の方からご連絡頂きたいとお伝え下さい。現物を確認しないままに、改めて送ったとして、その新たに送ったものまで、腐っているといわれたら困りますから」
と、強く出ると、
「それって、詐欺ですよね?」
と、自ら発言。
どうやら、自分のしていることが詐欺まがいな手口だと自覚している節が見て取れる。おそらくは、『商品が腐っていた』という嘘をでっちあげて、あわよくば支払った現金をそっくり返してもらおうという魂胆なのだろう。
そして、もしもそれがダメならば、代わりに製造元を脅そうという意図が見え見えだ。
「とにかく、腐っている現物を送り返して下さい。そして、知人の方の住所と電話番号、お名前を教えて下さい。すべては、それからです」
こちらがきっぱりと言い切ると、これは自分の手に負える相手ではないと察したのか、
「そういう態度に出る気なのね。しかるべき所へ言いますから!」
と、捨て台詞を残して電話を切った。
この手の類の言いがかり電話をかけてくる者は、これまでにも度々いたが、今回も声の調子からすると、60代から70代前半の女性と思われる。
どうやら、こうした『言いがかり詐欺』のようなことを、常習的に行なっている女性のようであった。
各地の観光地を巡り、色々な店で数千円の買い物をしては、後日苦情の電話を入れ、品物は返さずに店舗側から代金を返金させる手口のようである。
たぶん、今回この女性からの『言いがかり詐欺』電話を受けたのは、うちだけではないだろう。
こうした電話を受けた時は、相手もかなり強気なので、とにかくひるまず理詰めで口調強く応戦するのがミソである。
それにしても、向こうからかかってきた電話なので、かなりの電話料になったはずだ。

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服を買った店へ行く時は・・・
2013年08月05日

NHK長野放送局の夕方のテレビニュースに堀越将伸(ほりこしまさのぶ)アナウンサーが登場。
声を聞くだけでも、ちょっと得した気分になってしまった。

知恵袋に面白い質問があった。
「ある服屋さんで気に入ったワンピースを見付けたので、それを買い、後日再びそのお店へ買ったワンピースを着て行った。
そのワンピースには、色違いもあるため、同じデザインの物がまだ店内に下がっていた。それを見ていた女子高生たちが、わたしの着ているワンピースを見付けて、『あんなブスが同じ物、着ているよ。全然似合っていないのに・・・』と、陰口を叩いているのが耳に入ってしまった。
それだけでも、かなりショックだったのに、その後店員がわたしのところまでやってきて、『お客さま、当店でお買い上げ下さった品物を着て来るのはおやめ頂きたいのですが・・・。他のお客さまを不愉快にさせますので----』と、言った。
自分はそのワンピースが気に入っていたので着ていただけなのだが、そこまで嫌みを言われる必要があるのだろうか。せっかく、気に入っていたワンピースだが、今では着るのが嫌になってしまった。
買ったばかりの服を、購入した店へ着て行くのは非常識なのだろうか?」
というのである。
回答の多くは、「女子高生や店員の方が非常識。買ってもらった服を着て来たら、喜ぶのが当然。店員なら、とても、お似合いですよ----ぐらい言ってもいいのでは?」というものだった。
だが、わたしの考えはちょっと違う。
やはり、買って間もなくの服は、購入店へ着て行くのは避けた方がいいのではないかと思う。
よほど、気心が知れた家族づきあいのようなショップならいざ知らず、店のスタッフともそれほど親しいわけではない場合は、購入したての洋服で再訪するのは、如何なものかと思うのだ。
別に、他の客に「あっちの方が欲しいのに・・・」と、思わせることがないとも限らない----というような理由ではない。
万引きしたのでは?----と、疑われるかもしれないという配慮からである。
店のスタッフにしてみると、「紛らわしいことをしないで欲しい」と、いうことになる。
お気に入りの服を手に入れて、さっそく袖を通したくなる気持ちも判らないではないが、少なくとも購入した店へ出入りする時は、そうした気配りも時には必要なのではないかと思う。
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屋根の上の訪問者
2013年08月04日

夜、屋根の上を何物かが大騒ぎで走り回っていた。
ドスン、ドスンと、かなりの重量らしき足音だ。
もしや----と思い、慌てて開いている窓を閉めた。
戸外は真っ暗闇で、正体はよく見えないが、足音の感じでは間違いなくサルである。
翌朝、ベランダへ出てみると、あちこちに齧り捨てたクルミの皮が散乱していた。
このところやや涼しくなっていたので、また、山から街場へと下りて来たようだ。
畑のトウモロコシが収穫できたので、毎日のように食べている。
このところ多忙を極めているので、畑の草取りもままならないのだが、作物は実によく育っている。
ジャガイモも豊作だ。
親戚からは大きな米ナスを三個ももらった。
夏野菜カレーに入れてみたが、肉厚でなかなかおいしい。
「謎解きはディナーのあとで」----とやらのドラマを録画しておいたので観てみた。
本編のスピンオフ版のようだったが、アイドル・タレントたちを主人公に起用している本編よりも、俳優たちの演技も自然体で、面白かった。
櫻井翔の執事は、ぜんぜん名家の執事らしくなく、とってつけた感が見え見えで白けるのだが、余貴美子の執事は、洋画にも出て来そうな見事な執事ぶりで良かった。
やはり、アイドル・タレントのやっつけ仕事の演技は、ベテラン俳優陣には到底かなわない。
ネット依存症
2013年08月02日

今日の新聞に、ネット依存症が子供たちの間にまん延しつつある----との記事があった。
ラインに嵌って抜け出せなくなり、「早く返事をしなければ----」との強迫観念にかられて、徹夜してしまうという女子高生も・・・。
テレビニュースでは、このネット依存症を特集しており、就寝が連日深夜2時、明け方4時----という女子高生もいた。
こうなると、もちろん勉強など手につかない。
宿題をしていても、携帯やスマホが手放せず、成績もどんどん下がる。
「返事をしなければ・・・と、いう義務感がすごくて、やめたいのにやめられない」
「スマホをいじっていない時、自分だけが仲間外れにされているんじゃないかという恐怖感に襲われる」
「このままでは変になりそう」
子供たちの悩みは深刻だ。
近頃は、こうした我が子の異常な様子に慌てた親が、子供を連れて病院の心療内科を訪れるという事例が増えているそうだ。
そのため、ネット依存患者を専門に診る、小児ネット依存外来を開設している病院もあるという。
ある少年はネットゲームがやめられなくなり、勉強はもとより食事や睡眠までも削ることに----。
この状況に危機感を持った彼は、親に連れられて、この外来を訪れ、医師のアドバイスにより、今では少しずつ症状も和らいできていると、語っていた。
医師は少年に対して、
「一日のスマホ使用時間を紙に細かく書きなさい。そして、自分が一日のうちで何時間スマホをいじっているかを実際に目で見ることで、危機感を肌で感じて欲しい」
と、話す。
そして、携帯やスマホをまったく触らない時間を出来るだけ多くすることで、徐々に依存から抜け出して行くことが大事なのだという。
治療にあたる医師は、こうした若者たちのネット依存状況を、「日本の将来にもかかわる、極めて怖い問題」と、捉え、「ネット依存により、勉強も手につかない子供時代を送った大勢の人々がやがて大人になり、社会へ出て来る。ネット社会だけのコミュニケーションしか知らない世代が、生身の人間を相手にした時、果たして社会人として通用するのであろうか?」と、警鐘を口にしていた。
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原案?----変な言い訳
2013年08月01日

土屋アンナの初主演舞台中止をめぐる一連の騒動は泥沼の様相を呈し始めている。土屋側は同舞台の脚本の内容にも不満を抱いていたと一部メディアが報じたが、報道を受け、作・演出を担当する甲斐智陽氏は自身のFacebookで再度反論した。
騒動の発端は29日、舞台「誓い~奇跡のシンガー~」の稽古に土屋が参加しなかったことを理由に、主催者側が公式サイトにて同公演の中止を発表。土屋に対して、「社会人としての責任をお取りいただくべく,損害賠償訴訟を含む断固たる措置を講じる所存です」とした。
一方の土屋側は、主催者側の発表に対し「事実無根の内容にただただ困惑しております」と反論。同舞台の原作者である車いすシンガーの濱田朝美さんも加わり、主催者側が濱田さんへの連絡や許可を取らないままに舞台化を進めていたことや、土屋の稽古不参加は、主催者側に不信感を抱く濱田さんに共感してとった行動だったことなどを明かした。
しかし、甲斐氏も反論。自身のFacebookアカウントで、「(濱田さんが)何故あのようなことを書いたのか理解できません」と、濱田さんには詳細を伝えた上で許可をとっていたと抗弁していた。
すると土屋は今度、同舞台の脚本についての不満をあらわにしたという。同舞台は障害を持つ濱田さんの自叙伝が原作とされているが、脚本では主人公が死ぬという結末であるらしく、原作と大きく異なる内容に土屋が制作側に不信感を抱いたと一部メディアが報じた。(YAHOO!ニュース)
こうした問題が起きると、必ずというほど原作を使用する側が言い出すのが、
「原作をそのまま使うのではなく、単に原案として借りているだけだ。だから、内容をどのように変更しても、原作者に詳細を知らせる必要はない。もちろん、使用料を支払う必要もない」
と、いう理不尽な言い訳である。
最近は、他人が書いた原作を簡単にアレンジして、オリジナル風に装い、ドラマ、演劇、映画、小説、漫画等に使用する姑息な人たちが増えているようだ。
早い話が、パクリである。
そういう人たちは、自分に創造力がないものだから、無名の新人が書いた小説や自伝などを都合の良いところばかり齧る形で、如何にも自分が発案者だといわんばかりの態度で、公の場に披露する。
しかも、原作者にはほとんど何の連絡もなく、(たとえ連絡しても、使ってやるんだから、ありがたく思え----ぐらいの上から目線で)原作者の意向などは一切無視したまま、使用料などの支払いさえしない場合が多いという。
しかし、たとえ原案として使うにしても、元の作品が土台としてなければ、ドラマも劇も漫画も映画も生み出すことが出来なかった訳である。
つまり、それは単なる原案ではなく、間違いなく原作なのである。
原作と同じ評価や扱いがなされてしかるべきではないだろうか。
わたしも、かつて書いた歴史小説を、何の連絡もないままにテレビドラマ化された経験がある。
「新人なんだから、そんなことよくあることだよ」
と、出版元の編集者からいわれたが、正直、未だに納得がいかない。
だから、この車椅子シンガーの女性の気持ちもよく判る。
早期に劇の台本を見せて欲しいと頼んでいたにもかかわらず、台本が送られて来たのは二ヶ月も経ってからだったり、劇の内容が自分の原作とはあまりにかけ離れたものだったり----。
何より、彼女は、自分が書いた本が舞台化されるということさえも、情報をネットか何かで見た友人から聞いたのだそうだ。
突然、舞台のプレミアパーティーか何かに招待されてしまい、原作提供を拒否できない場面を強引に演出されてしまうなど、何が何だか判らないうちに公演は現実のものとして迫る。
気付いたら蚊帳の外に置かれ、自分の作品に対する思い入れや苦労は一切無視されたまま、軽々に無償提供(情報番組コメンテーター談)させられたのであるから、舞台制作関係者や演出家、ひいては出版社にさえも不信感が募るのは当然である。
そんな女性シンガーの苦悩を知り、主役を降りた土屋アンナさんの行動は実に正義感にあふれていると感心せざるを得ない。
この公演は中止となったようだが、土屋アンナさんの契約不履行云々は、訴訟問題にまで発展する様相を見せている。
しかし、騒動が収まった暁には、今度は女性シンガーが本当に満足できる形での舞台化(ドラマ化)を期待したい。
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共同浴場のお湯が・・・
2013年07月31日

昨日、いつものように共同浴場へ行ったのだが、ドアを開けて入ると同時に、中から先に入浴していた女性がいきなり顔を出した。
「お湯がどんどんなくなって行ってしまうんだよね。栓がずれてしまっているようで・・・。誰かが踏んだ拍子にずれたんだと思うんだけれど、これが、ずれたままガッチリはまりこんでしまっていて、びくともしないのよ」
わたしも、脱衣所へ入ると、ガラス扉越しに浴場内をのぞいた。
浴場内には、もう一人近所の主婦が入っていて、何とも弱り顔をしている。
浴槽の中には、既にお湯がほとんどない。
二人が入浴し始めた時は、まだお湯が八分目ほどはあったようなので、栓がずれていることに気付かずに入ってしまったらしい。
石鹸で体を洗い始めてから気付いたのだという。
「悪いけれど、責任者に言いに行ってもらえる?」
と、頼むので、わたしは慌ててそこから出ると、さっそく女性管理者にこのことを伝えに行った。
すると、管理者は、
「え?----またなんですか」
と、驚いた様子で、すぐさま共同浴場へ直行。
わたしはそのまま家へ帰って来てしまったのだが、どうやら、その後も栓はずれてはまったまま動かず、女湯にはしばらく入浴出来なくなってしまったようだ。
が、問題は、既に入ってしまっている女性たち。
洗い場に出ている熱いお湯を洗面器に汲んでは水とまぜて根気よく使い、何とか石鹸を洗い流すと、ようやく上がることが出来たそうである。
わたしはといえば、仕方がないので自宅の風呂を使った。
あれから栓は直ったのだろうか?
今日行った時には、しっかり確かめてみなければ・・・。
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ナスのグラタン
2013年07月30日

畑でナスが大収穫なので、連日ナス料理を食べている。
中でも、手間いらずに作れるのが、ナスのグラタン。
グラタンとはいっても、ホワイトソースなどは一切使わない。
耐熱皿にジャガイモを薄くスライスして敷き、その上に細かく切ったキャベツを載せ、さらに薄切りにした長ナスを載せる。
ピーマンがあったら、細かく切って色どりに散らしても良い。
ラップをかけて電子レンジで3分ほどチン。
耐熱皿は熱いので火傷しないように気をつけて電子レンジから取り出し、ラップをはがしたらマヨネーズ少々と醤油少々をかける。
その上にとろけるチーズを一枚かぶせ、今度はオーブンへ。
チーズにほんのり焦げ目がついて、とろけたら、オーブンから出して、熱々を食べる。
ナスのアクが気になるようならば、薄切りにしたあとで水にさらすと良いかもしれない。
夏は、どうしても冷たいものばかりが欲しくなるが、たまにはこんな熱い料理もうれしい。
下に敷いたジャガイモがまったりとした食感とコクのアクセントになって、なかなかのうまさである。
夏野菜もたくさん食べられて、ローカロリーで減塩。
これだけでもお腹いっぱいになるかもしれない。
渋温泉は、またまたモンスターハンターとのタイアップで、誘客に乗り出したらしい。
最寄りの長野電鉄線湯田中駅には、電車が到着するたびに、おどろおどろしげな音楽が流れる。
さわやかさが売り物の夏の高原の入り口には、あまりふさわしいとは思えない音楽だが、これから約一年にもわたって、このモンハン祭りが続くのだそうだ。
わたしのような古い感性の者には、何が面白いのかさっぱり分からない。
が、ゲームファンにはそれなりにウケているのだろうな。
とはいえ、色々な方面の業者の方にうかがった感想では、それによって商品の注文数が増えたということは、今のところないようだ。
「こういう温泉地は日帰り客よりも、湯治客や宿泊客が増えないと意味がない」
そんな意見が大半であった。
観光地は、それぞれに必死で趣向を凝らした誘客に腐心しているが、やはり未だ観光客の財布のひもは固いようである。

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戻ってきた猫
2013年07月27日

三日ほど前から、また家の近くで猫の鳴き声が・・・。
どうやら、まだ子猫のようだ。
洗濯場の屋根の上を見ると、案の定、先日出て行った子猫らしき一匹が、ちょこんと座っていた。
この間より少し大きくなったようである。
小首を傾げて、大きな丸い目でこちらをじっと見ていたが、しばらくすると、あっという間もなく、またまた我が家の天井裏へ飛び込んでしまった。
猫は家につく-----と、言われるだけに、母親や兄弟と一緒に過ごした場所が懐かしくなって戻って来たのだろうか。
それにしても、これは困った。
このまま我が家を寝床にされても迷惑なので、どうしたら出て行ってくれるかと思案していると、何処からか親猫らしい声が聞こえて来た途端、その子猫は再び天井裏から飛び出し去って行った。
栄養状態もさほど悪そうでもなかったので、親猫の飼い主からでも餌をもらっているのだと思う。
それにしても、猫が飛び込む屋根裏の穴を、早く塞がねばならない。
見ず知らずの猫に、天井裏を子育てに貸す義理もない。
それよりも、飼い主には、もっと責任を持って飼い猫の管理をして欲しいものである。
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ゲリラ雷雨
2013年07月25日


今日の午後には、凄まじいゲリラ雷雨があった。
バケツをひっくり返した----とは、正にこのことだろう。
北陸や東北地方では、未だに梅雨前線が停滞していて、激しい雨が連日降り続いているそうだ。
そのため川の水が土砂で濁り、浄水が間に合わず、一週間も断水が続いている場所もあるとか・・・。
やはり、今年の異常気象はハンパではない。
この気象状況も関係しているのか、全国的に凶悪、凄惨な事件が立て続けに起きている。
アメリカでは、ある気象条件が人間の神経に変化をもたらし、事件や事故が多発するということが証明されているそうだ。
それに似たことが、今年の日本にも起きているのかもしれない。
で、あまりに世の中がせわしないので、テレビでは世界水泳を観ている。
深夜の放送なので、もちろん録画だが----。
シンクロのソロ、デュエット、チームと観続けているのだが、一頃よりも世界のレベルがものすごく上がっていることに驚いた。
各国の選手の演技に共通するのは、表現力の素晴らしさである。
技術面はまだまだ日本には及ばないものの、感情表現の巧みさでは、明らかに日本選手の上を行っている選手たちばかりだ。
日本は、ウクライナを最大のライバルと呼んでいるようだが、素人目に見ても、明らかにウクライナの選手たちの動作の方が情感豊かで芸術性に富んでいる。
しかも、敏捷性も高いし、美しい。
日本が4位、5位をキープしている方が奇跡のようにさえ思える。
いったい、日本選手たちに何が足りないのだろう?
おそらく、喜怒哀楽を全身で表現するという感性の激しさが足りないのだろう。
いくら頭で理解しようと思っても、こればかりは無理というものだ。
選手たちはかなり懸命に全身で表情を作っているつもりなのだろうが、他の国の選手たちに比べれば、まだまだ無表情に近い。
本を読んだり、映画や舞台劇を観たり、バレエを習ったりするなど、もっと感情面を鍛える必要があるのではないかと思いながら観ている。
驚くべき嗅覚
2013年07月23日

参院選も終わり、おおかたの予想通りの自民党圧勝。
衆参のねじれも解消され、TPP参加、消費増税、憲法改正、自衛隊国防軍化等が着々と進んで行きそうな気配だ。
でも、今回、自民党が勝ったのは、有権者に世の中の景気を良くして欲しいという願望が強かったからであって、決して上記の実現を期待したからではない。
投票率の低さが、それを如実に証明している。
ところで、日本列島選挙一色の最中、伯父がまたまた入院した。
自宅でテレビを観ていた時、急に口の中で舌が大きくはれ上がり、物が飲み込めなくなったのだとか・・・。
ただでさえ大きな持病を抱えているので、すぐさま病院へ行き、即日入院となったらしい。
舌がはれただけでは収まらず、気道までもはれてしまったら息が出来なくなると懸念しての措置だったようだ。
わたしがお見舞いに行くと、伯父は、
「この入院のことは家族と親戚の一部にしか知らせていない。〇〇(例の病院好きな叔母・伯父の妹)には内緒だからな」
と、言う。
しかし、叔母は、何処から伯父の入院のことを耳にしたのか、翌日にはしっかりと面会に訪れていたそうだ。
驚くべき嗅覚である。
そして、面会に来ただけでは飽き足らず、家へ帰ってからは、やはり伯父の付き添いから帰宅した伯母(伯父の連れ合い)や従姉(伯父の娘)に電話をかけ、いつものように長々と世間話を始めたのである。
こちらが、伯母に用事があって電話をしても、一向にお話し中が終わらない。
午後7時にかけてもお話し中。
それから、8時、9時、10時にかけても受話器の向こうからはプー、プー、プー・・・という音声が流れるばかり。
これが最後だと、10時30分にかけてみたのだが、やはりお話し中であった。
もしや、受話器が外れているのでは?----と、心配したこちらが、翌日改めて電話してみると、伯母の話では、な、なんと叔母は4時間にも渡って電話をかけ続けていたのだという。
「もしも、病院から大事な用件で緊急連絡が入ったらどうするの?」
と、呆れると、伯母は、疲れたかすれ声で、
「もう、どうしようもない・・・。こちらから切る隙を与えないように延々と話し続けるんだもの・・・」
と、嘆く。
そのことを入院中の伯父にも伝えたところ、
「とにかく、自分で自分を納得するためだけに相手を利用するんだ。他の親戚にも長電話をして、『二度とかけて来るな!』と、怒らせたほどだからな」
と、話していた。
まあ、そんなこんなでも、伯父の舌のはれは早々に引き、今日さっそく退院した。
面会にかこつけて病院へ行けると目論んでいた叔母は、さぞや肩すかしを食った格好だろうが、その分、また今夜も伯父の家へ長電話をしているのかもしれない。

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ある女性の願望
2013年07月20日

「パソコンをインターネットにつないであるんだけれど、まったく使っていないのでもったいないような気がして・・・。子供がフェイスブックをやっているので、あたしもブログとか始めようかと思っているんだよね。
でも、やり方判らないし、子供に訊くのも、何か気兼ねだし・・・。ブログとか出来れば、誰かとコミュニケーションとれるっていうから、頑張ってみようかとも思うんだけれど・・・」
知り合いの女性が、こんな風に話してくれた。
確かに、ブログとかフェイスブックが出来れば、他人とのつながりも出来て、気分転換にはなるだろう。
「とにかく、話し相手が欲しいんだよね」
と、女性は言う。
でも、わたしは答えた。
「ブログにしても、フェイスブックにしても、良いところがあれば悪いところもあるから、安易に見知らぬ他人とコメントのやり取りはしない方が無難だと思いますよ」
連日の報道のように、広島では、ラインというコミュニケーションツールが元で、凄惨な殺人事件まで起きているし、アメリカではフェイスブックに掲載されている個人のプライバシー・データを中央情報局が四六時中監視下に置いているという。
日本のデータも例外ではないだろうとのことである。
オバマ大統領は、「国家の安全と、100パーセントのプライバシー保護は両立しない」とまで言っていた。
まあ、そこまで大ごとに考えなくとも、ネットを介してのコミュニケーションは、ほんのささいな諍いからも大問題に発展しかねないという危うさを常に孕んでいることは間違いがない。
「コメントなどで相手がどんなに親しく語りかけても、決して一線からは踏み込ませない----それが大事なのかもね」
彼女は、そう言うが、それもまた難しい。
「あまりに素っ気ない返事をしていると、『なに、あの人、お高くとまって!』というような陰口の対象にもなるから、これもまた面倒くさいんですよ」
現実社会の人間関係に疲れて、ネットのコミュニケーションに救いを求めた人が、ネット内でもバッシングに遭い孤立して、ますます精神的に病んでしまったという例も聞いたことがある。
「ネットを使うのなら自分の意見だけを言い放って、気に入らない意見はすべて無視。それでいいんじゃないですか」
そうアドバイスすると、彼女は、
「でも、その前にキーボードの叩き方を覚えなくちゃ」
と、溜息をついた。
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財布は持って外出しよう!
2013年07月18日

以前もこのブログに書いたことがあるのだが、旅館やホテル側が、宿泊客に向かって、
「街中は物騒なので、お財布は持たずに外出して下さい。お買い物は、ホテル内でお願いします」
と、いう傾向があるそうだ。
そんなことをすれば、ますます街が寂れる。
我田引水もここまで来れば、開いた口がふさがらない。
何ともバカげた話である。
昨日も、ある喫茶店の前で、二人の中年女性観光客が入店しようかすまいか、悩んでいた。
「ここは、コーヒーも、軽食もおいしいですよ」
と、勧めると、
「実は・・・」
と、女性たちは口ごもる。
「旅館で、街は何があるか判らないから、財布は持たないで出て下さい。コーヒーは、当館でもおいしいのがありますから----と、言われたもので、小銭しか持って来ていないのよ」
「せっかく観光地に来たのだから、喫茶店でご当地のものを食べたいと思ったんだけれど、とても(お金が)足りそうもないんです」
と、話していた。
まったく呆れた。
この街の何処がそんなに物騒なのだろうか?
彼女たちは、実際お金を持って自宅からここまで来ているのだ。そんな理由は理由にもならない。
「これから旅館へ戻って、お財布を持ってもう一度出て来て下さい。そして、ぜひ街の飲食店を活用して下さい」
わたしは、そう言って、その場を立ち去った。
観光業に携わる者たちが、観光地をダメにする原因を作るなど、言語道断。
むしろ、旅館やホテル側も、
「当館の喫茶コーナーをご利用されるのもよろしいですが、街にはおいしい食事処や評判の喫茶店がありますから、そちらでもぜひお召し上がり下さい」
と、PRするのが本来の筋である。
あまりに度量が狭いとしか思えない。

久しぶりに髪をカット
2013年07月17日

約二ヶ月ぶりに理容院で髪をカットした。
暑くてやりきれなかったので、短めに切ってサッパリした。
ところで、先日テレビ放送していた例の「今でしょ!」の流行語でブレーク中の塾講師の講話だが、個人的にはあまり好感が持てない人物の話に、どれほどの内容があるのかと半信半疑ながら聞いてみたところ、なかなか含蓄のある説明に、つい最後まで観てしまった。
彼曰く、ある著名人の著書の一文を引用しつつ、母親が家族から尊敬される唯一の方法が、家族の胃袋を掴むことなのだという。
つまり、母親とは、どれほど頭が良くても、仕事が出来ても、家族から(殊に子供から)尊敬されることなどない立場の女性であり、もしも、家族の尊敬を集めたいのなら、彼女に残された方法はただ一つ----自分の作る料理の味で、家族を飼い馴らすしかないのだそうである。
確かに、その通りだと思う。
考えようによっては、いわゆる「おふくろの味」が子供の一生を決めるようなもので、いつも出来あいの惣菜ばかりを食べさせられている「おふくろの味」を持たない子供は、おしなべて自分に自信がないように見える。
また、姿勢の悪い子供に集中力や勉強意欲を求めても、それは土台無理な話である----との意見にも、納得できるところが多かった。
そう言われてみれば、わたしたちが子供の頃は、親や学校の先生から頻繁に「背筋を伸ばして姿勢を正しなさい」と、注意されていたものである。
しかし、最近は、子供たちにそうした注意をしてくれる大人が極めて少なくなってしまった。
「姿勢の良い不良はいない」
実に正論である。
幼児期から少年期という人間形成において最も大切な時期に姿勢を正すことなく背中を丸くしていると、脳がしっかりと発達しない----ということも、さもありなんという理屈であった。
姿勢を正せというのは、心の姿勢にも共通することとして捉えると、より説得力が増すように思う。
番組内で聴講していた母親たちの中には、
「そうはいっても、理屈だけで子育ては出来ない」
と、反論する人もいたが、頭の中だけで考えるのではなく、まずは実践してみることも必要ではないかと感じた。
そして、子供をしつける前に、まずは母親自らが姿勢を正して生活することが大事なのであろう。

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魚を食べましょう?
2013年07月16日

テレビを観ていたら、食と医療の専門家が、
「高齢者は魚を食べましょう。夏バテ予防には、肉より魚です」
と、のたまっていた。
しかし、我が家の近所には魚屋さんはおろか、スーパーもない。
いったい、魚を何処で調達すればいいのか?
魚の缶詰でさえ、手に入れるのは至難の業だ。
車を持たない高齢者は、遠くの店まで買い物に行くことも出来ない。
都会に住んでいる人は、いつもいつも勝手なことばかり言っていて、田舎の買い物難民のことなどまったく眼中になしだ。
料理番組にしても、手に入らない食材ばかりを使いたがる。
「パプリカを細かく切り、バジルやトマトの水煮と・・・。ワインビネガーを少々・・・。パルメザンチーズにモツァレラチーズを・・・。アンチョビも隠し味に・・・」
こんな内容を放送されても、作れるわけがない。
それよりも、何処の家庭にもあるような塩、醤油、味噌、砂糖、酢といった調味料だけでも出来る料理を紹介してもらいたいものである。
そこで、わたしなりに考えてみた。
味噌、砂糖、酢(少々)を混ぜ合わせたものを、おにぎりの具として使う。
おにぎりを握り際は、手のひらにほんのわずか塩をのせて握る。
これだけで、味が引き立つ。
家の冷蔵庫の中に何もなくても、おにぎりの具は作れるのだ。
また、もしも食べ残しの蕎麦やそうめんがあったら、これに小麦粉を混ぜてこね、卵、砂糖、上記の砂糖酢味噌をさらに混ぜ合わせて、サラダ油をひいたフライパンで焼く。
こういう簡単に作れる料理の方が、どれほど家計の助けになるか。
たった300円のコンビニ弁当を買うにも躊躇する昨今である。
テレビ番組では、もっと今のリアルな時代感を見極めた内容を放送して欲しいものである。
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文化的な最低限度の生活?
2013年07月13日

ある宿泊施設のご主人が嘆いていた。
「妻の金銭感覚が判らない。融資というのは体の良い借金のことなのに、その借金を湯水のように使い、自分だけ旅行や外食に興じている。利息の返済が出来なければ、自己破産するしかないというのに・・・。
口を酸っぱくして『無駄な出費は控えろ!』と言っても、本人は『自分への投資に無駄金などない』と言い放ち、今日もまた遊びに行ってしまった。
結婚当初から、幸せ=お金を使うこと----と、思い込ませてしまった自分もいけなかったのだが、バブルの頃ならいざ知らず、この不景気なのだからもっと経営に協力して欲しいものだ。子供の学費が滞るようなことにでもなれば目も当てられない」
経営状態や家計が苦しいのに、これまでのような遊興や出費がやめられない人は多いだろう。
いや、家計が苦しければ苦しいほど、その現実を受け入れたくない気持ちが強くなり、借金をしてでも贅沢を続けるという悪循環にはまるのかもしれない。
先日、テレビの街頭インタビューを観ていたら、70代の男性がこんなことを言っていた。
「今は年金暮らしなので、切り詰め、切り詰め暮らしている。65歳を過ぎてからは、自分も女房も下着一枚新調したことがない。季節の服も買わず、旅行や外食も出来ないありさまだ。
日本国憲法第25条1項には、『すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する』と、書いてあるが、これが本当に健康で文化的な生活なんだろうか?ただ、息をして生きているだけの老後に、どんな意味があるというのか」
その頼みの年金も急速な高齢化で多額の介護保険料などをドンドン天引きされ、手取りはいくらにもならない。
貧困長寿が果たして胸を張れる結果なのか?
近所のお年寄りがコンビニのアイスクリームボックスの前で、500円玉一つを握りしめながら考え込んでいた。
「今流行りのソフトクリームを食べたいんだけれど、やっぱり安い氷(かき氷)にするわ。これなら二つ買えるから」

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