出来ない人ほど出来るという・・・・・459

~ 今 日 の 雑 感 ~


出来ない人ほど出来るという



    テレビの情報バラエティー番組「噂の東京マガジン」で、遊園地やスキー場などで遊ぶ若い女性をいきなり呼び止め、料理を作ってもらうというコーナーがあるのだが、そこで声をかけられた素人女性たちは、ほとんど料理が出来ず、とんでもない物を作ってしまうという落ちが付いていて、視聴者は毎回大いに呆れさせられてしまうということになる。

    この間などは、「焼きビーフン」を作って欲しいという要望に対し、いきなり牛肉を鉄板の上にのせて焼き、「焼きビーフです」と、平然と言い放つ女性まで現われ、スタジオのレギュラーメンバーも、仰天していた。

    それにしても、このコーナーを見ていていつも不思議に思うのだが、料理が全くできない女性に限って、「そんな料理、楽勝です」とか、「出来ます。家でやっていますから」などと、自信満々に答えるのである。

    そして、案の定、とんでもない物を作り、一緒に遊びに来ていた彼氏から、「お前、何やってんの?」と、呆れかえられ、それに逆切れして、「食えればいいだろ!?うるせ~な!」と、女性が怒鳴るというパターンがよくあるのだ。

    まあ、こんな彼女をも許す男性の大らかさには、テレビを見ているわたしなどは、正に脱帽ものであるが、それにしても判らないのが、出来ないことを出来ると公言する女性たちの心理である。

    これは、心理学の用語で「甘いレモンの論理」というのだそうで、酸っぱいレモンも「甘い」「甘い」と、自分に言い聞かすことで、気持ちをごまかそうとするのだということなのである。

    つまり、自分に自信がない人ほど、「自分は出来る」と、言うのだそうだ。

    これは、恋愛ににもよくあることで、交際相手のことを必要以上に「好きだ」と、連発する人は、自分が本当にその人を愛しているのか自信がなくなってきているため、そう言葉に出すことで、自分自身の心をブレさせないようにしているのだというのである。

    「自分は、モテる」と、言う人ほど、自分の容姿に自信がなかったり、相手が自分をあまり好いてくれないことを知っているからこそ、「彼とはラブラブです」などと、言うのだそうである。

    でも、わたしなどは、本当に自信がなければ、やはり、「出来ません」と、いうだろうし、とても、「出来ます」などと、嘘をつくほどの度胸もない。

    だいいち、出来ないことは、数分後には相手に確実にバレるのである。

    にもかかわらず、「簡単に作ってみせます」などと、言える神経は、やはり、奇妙としか思えない。おそらく、彼女たちの気持ちの中に、嘘がばれたところで、別に叱られる訳でもあるまい----と、いうような楽観的読みがあるからに他ならないと思うのである。

    もしも、「出来なかったら、腕立て伏せ100回だよ!」などと、最初からプレッシャーをかけられたら、いくら彼女たちでも、軽々しく「出来ます」などとは、答えないだろうと思うのだ。いや、安直な甘やかしの教育で育てられた彼女たちは、腕立て伏せ100回でさえ、冗談だろうと思うのであろうか・・・・?

    「甘いレモンの論理」も結構だが、たまには、世の中の厳しさを認識させるために、はっきり「嘘をつくんじゃない!」と、叱りつけることも大事なのではないかと思うのである。

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親のエゴは恐ろしい!・・・・・456

~ 今 日 の 雑 感 ~


親のエゴは恐ろしい!



    あるブログを読んでいたら、お友達が大事にしていた靴を盗んだ我が子が、その靴を自宅へ持ち帰って来たというのに、まったく謝ろうともしない非常識な親がいるという話題があった。

    特に、最近の親は、少子化も手伝ってか、自分の子供にやたらに甘く、我が子が問題を起こしても、必ず他人のせいにして言い逃れようとする傾向が強いそうである。

    そりゃァ、自分の子供が悪いことをしたなんて信じたくない気持ちはわかるが、それにしても、黙っていればいつかは忘れてくれるなんて虫のいい話は、そうあるものではない。

    そうかといっても、子供を持つ親の気持ちは、常識では量りかねるような場合も多いものだ。

    鳩山総理大臣の母親も、結局は、親の情を抑えることが出来ず、世の中の常識とはかけ離れた額の大金を、子供たちのために毎月渡していたのである。

    つまり、親の情とは、親のエゴということなのであろう。

    そして、この親のエゴは、何も現代社会に限ったことではない。太古の昔から普遍的に続くものなのである。

    わたしの家の近所にも、かつて、驚くべきエゴを主張したさる母親がいた。

    今から、四十年ほども昔のことである。

    わたしの家の近くに小学生の二人の娘さんがいるお宅があって、ある夜、その家の母親が自宅の居間で夕食の後片付けをしてた時、何故か、二階から人が歩きまわる音が聞こえてきたのだという。

    その家のご主人は、長期出張中で、二階にいるのは小学生の二人の娘さんだけのはずであり、その二人も既に子供部屋で寝ている時間だった。

    胸騒ぎを覚えた母親が、足音を忍ばせて、そうっと階段を二階へ上がって行ったところ、廊下に男が一人立っている姿を見つけ、仰天した。

    しかし、声をあげては男に気付かれ、何をされるか判らないので、じっと階段の陰からその様子をうかがっていたところ、男は、娘たちの部屋の障子を開けて中を覗き込み、しばらくそのまま立っていたが、やがて、そこから離れると、母親が隠れている階段の方へと歩いて来たので、彼女は慌てて階下へと下り、男がそのまま玄関から出て行くのを見定めたのだという。

    母親には、その男の顔に見覚えがあった。それは、隣の家の二十代の息子だったのである。

    母親は、男が隣家の住人だったこともあり、面倒を避けるため親戚を介して警察に連絡。男は、不法侵入の容疑で逮捕されたのであった。

    その後、男の母親が侵入された家へとやって来たので、家の者たちは当然謝罪に来たものと思ったのだが、その男の母親の口から出たものは、思いもかけない息子擁護の言葉であったという。

    「あんたの家がちゃんと戸締りをしていなかったから、うちの子が入りたくなったんだよ。しかも、二人も娘を産むなんて、あんたの方が悪い!息子が興味を持つのも当たり前じゃないか!こんなことになりたくなかったら、ここから出て行きな!」

    話にも何にもならない剣幕で、一気にまくし立てたというのだ。

    我が子を庇う母親の気持ちは、もはや、常識では考えられない域にまで達してしまっていたのである。自分の子供は何をやっても正しい。たとえそれが犯罪だろうと、我が子は決して悪くはないのである。

    親のエゴのすさまじさを見た瞬間であったと、未だに、我が家の近所でこの一件は語り草となっている。

    

    

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暴走初老人が増える訳・・・・・455

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暴走初老人が増える訳



    近年、自分の気持ちにブレーキがかけられない、いわゆる「暴走初老人」が増えて来たそうである。

    別に、認知症という訳ではない。

    ただ単に、我慢が出来なくなっているのである。

    先日書いた共同浴場での我がままおばさんたちの一件なども、その最たるものである。顔の知らない人に対してならば、時には好き勝手なことを言う場合もあるかもしれないが、いつも顔を合わせる近所の住人に対して、平気でそういう暴言を吐くのである。

    その人と、明日もまた顔を合わせなくてはならないのだということが判りながらも、その一瞬の怒りや欲求が抑えられないのである。

    そのため、家へ帰ってから相当に落ち込んだり悩んだりするのかと思いきや、翌日は、昨日のことなどきれいさっぱり忘れたような顔で、また、機嫌良く話しかけてきたりするのだから、開いた口がふさがらない。

    もし、その時、「あなた、昨日わたしに言ったこと、忘れたの?」と、やりこめてやれば、ようやく自分のしたことの愚かさを自覚するのだろうが、そのように大人げない会話を蒸し返す人もいないので、彼女たちは、いい気になっているのであろう。

    では、どうして、このように年配の人たちは、「暴走化」してしまったのであろうか?

    かつての女性たちは、たとえ70歳、80歳になっても、これほどタガが外れたようにはならなかったものである。

    ある人は、この現象を分析して、「ここまで我慢して来たのだから、もう、好きにさせてよ!」と、いう気持ちの爆発が起きたせいだと話しているが、現在、80歳以上の人に言わせれば、戦後の幸せな時代に生まれて、何が「好きにさせてよ」だと、一刀両断で片付けてしまうような程度の我慢しかしてこなかった世代なのである。

    この単なる「我がまま暴走初老人」が、これからの時代、世の中にすさまじい勢いで増殖して行く訳なのである。

    これは、ある意味、日本人の危機とも言える問題なのだ。

    この六十代前半から七十代の前半に渡る遠慮もくそもない、いわゆる団塊の世代が、一気に要介護老人になった時、介護者との間でトラブルが起きない訳がないのである。

    介護放棄が起きるとしたら、間違いなくこの世代に対してだと、わたしなどは今から懸念している。

    自分が健康な時は、いつか介護を受けるようになるなど想像もできないだろうが、確実に、その時期はやって来るのだ。

    「もう、ここまで我慢をしたんだから、好きにさせてよ」

    こう言いたい気持ちは判りすぎるほど判るが、結局、人間は、死ぬまで我慢を続けるしかないのだということを、もう一度自覚して頂きたいものである。  続きを読む


メールで判る女性の本音・・・・・454

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メールで判る女性の本音



    「あたし、純くんのこと大好きなのに、最近は、あんまり会えなくて寂しいよ。でも、こう見えて、あたしって、案外モテるし、いい女だから、放っておいたら誰か別の人とくっついちゃうかもよ。(笑)純くんも、あたしみたいな美人に好かれて嬉しいでしょ?じゃァ、またメールするね。icon06

    こんなメールを送る女性がいるとします。

    このメールの内容からだいたい判ることは何でしょうか?

    それは、ここに書かれていることが、必ずしも冗談ではないということなのです。

    まず、「純くんのこと大好きなのに------」これは、彼女の本心ですね。そして、問題は、この次です。「あたしって、案外モテるし、いい女だから------」これは、(笑)でごまかしてはいますが、彼女は、本当に自分はモテるいい女だと思い込んでいるのです。

    しかも、「あたしみたいな美人に好かれて嬉しいでしょ?」この言葉も、彼女は本心から言っているものと思います。

    でも、実際、客観的に見て、この女性は、自分が思っているほどいい女でも美人でもないはずなのです。何故なら、本当のいい女や美人は、そんなことを言ったら、傍からどのような恨みを買うか子供の頃から嫌というほど思い知っているはずなのですから、決して、自分を高評価するようなことは言いません。

    ただ、ここで誤解してはいけないことは、自分の器量は十人並みだと知りながらも、あえて「いい女」と、自らを称する女性たちとは、このメールの女性は少し違うということなのです。

    自分の器量や才能を客観的に見ることが出来る女性たちは、気持ち的にも余裕があり、人生を楽しんでいるという人が多いのです。もちろん、その中には、本当に美人や才女だと思える人もいます。ただ、自身がその本質に気付いていないために、「こんないい女を放っておいて!」などと、軽口を叩いていることもあるのです。

    しかし、このメールの女性の本音は、「絶対、他の女性と比べても顔もスタイルもわたしの方が上なのに、どうして、みんなそれを判ってくれないのかしら?」と、いうところにあるのです。

    つまり、本気で自分は美人だと信じているのです。

    また、こういう女性は、自分の年齢を平気でごまかします。それも、大幅に若く称しても、それが冗談ではなく、真に自分は若いと思い込んでいるのです。やはり、(笑)でごまかしてはいますが、それが本心なのです。

    こういう女性に好かれてしまった「純くん」は、かなり大変な立場に置かれているものと思われます。そこで、徐々に、彼女から距離をとろうとしているのでしょう。

    しかし、女性は、簡単には彼を放しそうもありません。「わたしみたいないい女を振るなんて、信じられない!」のが、彼女の気持ちだからです。

    まあ、かなり厄介な女性につかまってしまったと言えるのでしょうね。

    厄介な女性といえば、わたしも、この間ある女性の正体に唖然としました。この驚くべき女傑は、自分が好意を寄せている男性に向かって、「だから、二股なんてかけるものじゃないのよ。どう?思い知った?」と、責めているのです。

    こんな女性につかまってしまった男性は、どうしたらよいのでしょうか?

    他人ごとながら、男性に同情してしまいました。face07

    
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メールで判る相手の本音 2・・・・・453

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メールで判る相手の本音 2



    あなたの彼は、いつも冷静で物事にあまり動じることのない大人の男というタイプだとします。ところが、その彼が、あなたに送って来るメールが、こんな文面だったら、彼は、あなたに何を求めているのでしょうか?

    「やあ、元気ですか~?ヽ(^o^)丿ぼくは、今日はとってもハッピーだよ~。♫お昼に食べたお弁当に、いつもは一つのウズラの卵が二個も入っていたんですゥ~。ラッキー!!!」

    こんな絵文字や記号を使ったメールをもらったら、思わず退いてしまいそうですが、これは、あなたを信頼しきっているがための彼の本音なのです。つまり、いつもはクールな男性が、このような文面を打って来るというのは、よほど、あなたを信じている、あなたに気を許しているという証でもあります。

    ただ、ここで気をつけなくてはならないのは、彼がこのように幼児化を見せているということは、「本当の自分は、とても傷付きやすく弱い人間なんだ。だから、あまりきついことは言わないで欲しい」と、いうメッセージが込められている訳で、決して、ふざけている訳ではないということを、理解しておいた方がよいと思われます。

    では、別れた彼から、こんなメールが届いたら、それは何を意味しているのでしょうか?

    「おう、元気か?久しぶりだよな。おれ、今度、おまえの家の近くまで仕事で行くんだけど、良かったら会わないか?メール下さい。待っています」

    別れた元彼とは思えないような馴れ馴れしい文面ですが、最後の方で、きちんと敬語になっています。これは、彼がかなり本気であなたとよりを戻したいと考えている証拠なのです。

    言葉の使い方が急に変わるということは、彼の気持ちの中で何かしらの大きな変化が生じているということの証なのだといいます。つまり、彼は、あなたにもう一度会いたくて仕方がないといったメッセージが読み取れるのです。

    では、こんなメールは、どうでしょう?

    「おはよう。昨日は残業お疲れ様!この時間なら、まだ家かなと思ってメールしました。昨夜、あなたがぼくの夢の中に出て来たんですよ。驚きました。土曜日に会うのがとても楽しみです!」

    まだ、付き合い始めて間もない彼女へのメールだと思って下さい。彼は、最初にきちんと彼女の仕事ぶりをねぎらってから、「まだ、家かな-----」と、彼女が今何をしているのかを気にしています。これは、相手が何をしているのかを知りたいという率直な思いが表われている文面で、彼の中で、彼女に対する好意が膨らんで来ていることを意味しているのだそうです。

    また、「夢に出て来た」と、いうことを言葉にするのは、かなり相手のことを気にかけているということにもなります。実際に夢に出てきているのだとしたら、彼のあなたに対する気持ちは、ほぼ本物だと思ってよいでしょう。それを確かめるために、夢の内容を訊いてみるのも手かもしれません。

    そして、あなたのことが心から好きでたまらないという彼からのメールは、こんな感じになります。

    「お前、おれのこともう必要ないわけ?別れたいのなら、はっきり言ってくれないかな。イライラするんだよ、ホント。おれの前で、他の男のこと褒めるの、あれってスゲーむかつくんだよ。とにかく、メールでいいから、これからどうしたいのか、聞かせてくれない?」

    どうです?思い当たる節がある方もいるのではないですか?

    口げんかをした後などに、こんなメールが届いたら、それは、彼があなたを心から必要としている証拠なのだそうです。強気を装う裏に、傷付きやすい彼の本音が垣間見えているという訳ですね。

    メールは、無機質な電子活字ではありますが、案外、相手の気持ちを反映しやすいツールなのかもしれませんね。icon01

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メールで判る相手の本音・・・・・452

~ 今 日 の 雑 感 ~


メールで判る相手の本音



    話し言葉と違って、メールというものは、案外、相手の本心が見えやすいもののようです。

    何か相談を持ちかけてみれば、それがよく判ると思うのですが、一見、親身に相談に乗っているように見える相手のメールの最後に、こんな言葉が入っていたら、その人は、ほとんどそんな相談ごとなどどうでもいいと思っている証拠なのです。

    「それは、大変だったね。どうして、そんなこときみに言うのかな?きみの気持ちを逆なでしているというものだよね。まあ、どっちにしても、おれには関係ないけどね」

    つまり、そのメールの相手は、「おれには関係ない話題を、いちいち持ち込んでくれるなよ」と、いうメッセージを発信しているのです。こういう言葉を最後に付け加える相手には、あなたの悩みを打ち明ける意味はありません。

    即急に手を切って正解です。

    では、こういうメールはどうでしょう?

    あなたは、今付き合っている彼から久しぶりにメールをもらいました。

    「メール、遅くなってごめん。今、仕事がめちゃくちゃ忙しくて、もう死にそうなんだ。だから、しばらくは会えそうもないけれど、退屈なら友達誘って旅行でもして来いよ。仕事が落ち着いたら、必ず連絡するから、ホントごめんな」

    このメールを受け取ったあなたは、今後、この彼とどのように付き合うべきなのでしょうか?

    この文章から判ることは、彼は、もう既にあなたに少しばかり飽きているということです。もしも、彼が、本当にあなたに会うことを楽しみにしているのだとしたら、メールの始めに、仕事の話など持ち出したりはしません。

    また、一見、「友達と旅行でも----」と、如何にも理解ありそうなことを書いていますが、彼があなたのことを心から愛しているのであれば、あなたが自分以外の誰かと旅行へ行くなどということは想像だにしたくないことなのです。つまり、彼の中では、あなたの位置がそれほど高くはなくなっているという証でもあるのです。

    ただ、まだ、別れたいというほど、あなたに冷めている訳ではなさそうなので、「そうか、無理しないでね。何かあったら、また連絡して-----」ぐらいの返事を返しておくのが無難かもしれないということのようです。

    では、このメールはどうでしょう?

    「昨日は、楽しかったね。今度は、二人で飲みに行こうよ。大丈夫、襲ったりしないから。(笑)返事、待ってるよ~」

    これは、要注意のメールです。「大丈夫、襲ったりしないから。(笑)」これは、明らかに、襲いたいという下心があるという例の典型なのだそうです。つまり、その気持ちを、(笑)と書くことでごまかしている訳です。しかも、本当にあなたのことが好きなら、このようなH系の言葉は出来れば隠そうとするのが、ほぼ一般の男性心理のセオリーだそうです。

    しかし、あなたに好意を感じていることは間違いなさそうです。二人だけで飲みに行くことはやめた方が賢明でしょうが、何人かの友人グループで楽しくワイワイと飲むお酒なら、付き合ってやってもよいかもしれません。

    それでは、あなたのことが心から好きでたまらないというメールは、どのようなものなのでしょうか?

    その話は、また、次の機会にしましょう。face02  続きを読む


またまた、怒りの共同浴場・・・・・450

~ 今 日 の 雑 感 ~


またまた、怒りの共同浴場(`ヘ´)



    共同浴場へ頻繁に入る人は、お判りになるだろうが、常連入浴者には、たいてい、自分が身体を洗うための決まった場所があるものなのだ。

    水道の水を多めに使いたいという人は、水道の近くへ座るし、また、身体の不自由な人は、自分が立ち上がりやすいように、手を突く時に支えになるような物がある所へ座ろうとする。

    わたしも、今は足が浮腫みでうまく正座が出来ないので、出来れば自分の座る洗い場のスペースを少し広めにとっておきたいのである。

    そうでないと、湯船に入る際に、そばの人を蹴っ飛ばしてしまう可能性もあるのだ。

    だから、なるべく他の入浴者たちが入らないような時間帯を見計らって外湯へ行くことにはしている。昨日も、わたしが外湯へ行った時は、他に誰もいない貸し切り状態であった。

    これなら、ゆっくりと体も洗えると思っていると、しばらくして、そこへ近所の六十代の女性が一人入って来た。わたしの病気のことも、嫌というほど知っている女性だ。

    わたしが身体を洗おうとタオルに石鹸の泡をたてていると、その女性は、他にも空いたスペースがあるというのに、何故かわたしのすぐ近くまで来て座ったのである。

    わたしは、これでは、身体を満足に洗うことも出来ないと思い、

    「もう少し離れてもらえませんか?」と、頼んだ。しかし、その女性は、絶対にそこを動こうとしない。

    「だって、入り口の近くはみんなが身体を洗ったお湯が流れる場所だから、汚いんだもん」

    そう言ってそこにいるので、わたしは、「あまり近くにいられると、まだ、足がうまく動かないので小回りが利かないもんだから、身体が洗えないんですよ」と、訳を説明した。

    すると、その女性は、「なに?まだ、治らないの?いつまで、そんなこと言っているのよ」と、驚くべき暴言を吐いたのである。人ごとといえばそれまでだが、思いやりなど欠片もないその態度には、さすがに開いた口がふさがらなかった。

    「風邪や蕁麻疹のようなものではないですからね。そう簡単には治りませんよ。あなたの娘さんは、看護師さんなんでしょう?わたしの病気について娘さんに訊いてみたら如何です?」

    わたしは、言うと、仕方がないので身体を洗うのもそこそこに、自分の座っている場所をその女性に譲って、別の場所へと移動した。女性は、どうも水道も使いたかったようで、わたしが邪魔だったようである。

    と、今度は、そこへ、やはり近所の六十代後半の女性が入って来た。しかし、浴室へ入るなり、その女性は、ムッとした表情になりこう言ったのである。

    「おばちゃんの入る場所、使う気?」

    つまり、その女性は、足が悪いので、いつもの場所でないと立ったり座ったりが出来ず、困るというのである。だが、浴室内には、誰の場所などという専用指定などはありはしない。本来は、誰が何処へ座っても構わないはずなのである。

    しかし、平気でこういうことを言う訳で、わたしは、「いいえ、もう上がりますから」と、言って、ほとんどカラスの行水状態で浴室を出たのである。

    そして、最後に、こう捨て台詞を残すことを忘れなかった。

    「ああ、今日は、髪も身体も充分洗うことが出来なかったし、何のためにお風呂へ来たんだか-----」

    この皮肉をあの女性たちはどう聞いただろうか?

    本当に、自分勝手で、他人の事などこれっぽっちも考えない女ばかりである。共同浴場は、お互いに遠慮しあい譲り合い入浴するものであるが、やはり、もともと温泉場育ちではない、よそから嫁に来たような連中は、そういうことが何十年経っても判らないのである。

    家庭風呂の入り方が、どこでも通用すると勘違いをしているのである。

    今度また、わたしの隣に座って、勝手なことを言ってみろ。必ず、蹴っ飛ばしてやるからな!覚悟しろよ!face10   続きを読む


ある精神科医の本・・・・・449

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ある精神科医の本



    最近、ある男性精神科医の書いた本を読んだ。

    その男性医師は、医学博士号も持っている、医学界でもかなりの権威の医師であるらしい。

    年は、六十歳ぐらいであろうか?

    ただ、この本は、医師本人が書いているものと仮定して話を進めなければならないであろう。もしも、ゴーストライターを使っているのだとしたら、これから書くことは、すべて意味がなくなってしまうからである。

    とにかく、医師の書く文章は、難解である。

    比喩や装飾語が多く、わたしのような素人には読みにくいこと限りない。しかし、書いていることは、意外に未知の内容が多くて、意味が判れば、面白いものではある。

    しかし、おしなべて、だから何なの?と、突っ込みたくなる部分も無きにしも非ずで、要は、ほとんどの章に結論らしきものが見えないのである。

    まあ、医師の趣味の領域が羅列されている著書と思った方がいいのかもしれない。

    そんな文章の中に、特に、わたしが疑問に思う個所があった。

    それは、医師が、一人の男性を精神鑑定したというくだりである。

    その男性患者は、妄想癖が激しく、自分の頭の中で作り上げたストーリーを、現実と勘違いしてしまうという中卒の警備員である。精神鑑定というのは、この警備員の男性が恋愛妄想が原因で、近所の主婦を刺してしまうという事件を起こしたからであった。

    しかし、わたしは、ここで、この事件に関することを問題にしたいのではない。

    疑問に思うのは、この医師が男性を診察した際を描写した文章なのである。医師は、彼に、女性とセックスしたことはあるか?と、訊くが、男性は、この医師を軽蔑するような目つきで見て押し黙ってしまったと、いうのである。

    ここで医師が言いたいことは、妄想癖には、達成感がないということなのだと思う。達成感がない以上、その妄想はどんどん加速するばかりで、完結することがない。

    しかし、医師は、自分が初めて女性とセックスをした時のことを記すことで、自分には、「これで、自分も人並みになった」と、いう達成感や安堵感を明瞭に記憶しているというのである。つまり、男性には、これがない訳なのだと、言いたいのであろう。

    わたしが、疑問に思うのは、この時の医師の記述の中に、その相手となった女性の気持ちがまるで反映されていないことである。では、自分が達成感や安堵感を得られれば、女性などどうでもいいのかと言いたいのだ。

    だったら、何も、生身の人間相手でなくても、ダミー人形でも達成感は得られたはずである。

    つまり、医師の視点には、相手の気持ちというものがまるで書かれてはいないのである。そういう医師に、果たして、患者の精神鑑定など務まるものなのであろうか?

    わたしには、男性が、医師を軽蔑の眼付きで見た訳がよく判る。

    彼は、おそらく、その医師がどういう人間なのか、一瞬にして内面を見抜いたのである。

    精神鑑定されていたのは、果たしてどちらだったのであろうか?

    思わずニヤリとしてしまった。  続きを読む


ていねい言葉で性格が判る・・・・・448

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ていねい言葉で性格が判る



    どれほど親しい間柄になっても、決して敬語を崩さない人がいます。

    たとえば、「相棒」に登場する杉下右京のような人です。

    杉下警部は、長年相棒として同じ「特命係」に勤務していた亀山薫にも、最後まで決してタメ口になることはありませんでした。

    「亀山君、きみはいつも元気ですねェ」「そうです。いいところに気が付きましたね」

    杉下警部の話し言葉は、常に、他人行儀な感じがします。

    あなたの周りにも、このような会話をする人がいませんか?こういう人の性格は、どういうものなのでしょうか?

    一見、ていねいな言葉で相手を立てているように思えますよね。でも、その心の中は、まったく逆なのです。

    こういう敬語やていねい言葉を連発する人は、特に、警戒心が強いタイプだと言います。人付き合いが苦手で、相手とはいつも一歩距離を置いておきたいという個人主義の人によく見られる言葉づかいなのです。

    そして、一番の特徴としては、こういう丁寧な言葉づかいの人は、大抵においてひがみ根性の持ち主だとも言われています。
    
    ていねい言葉で相手を立てているように見せながら、実際は、自分の方が上だ、あなたになど絶対に負けないと、思っているのです。

    その気持ちを隠すために、より丁寧な言葉づかいで煙に巻いているだけなのです。

    それこそが、杉下右京の性格そのものですよね。言葉は丁寧でも、亀山や周りの一課の刑事たちのことを自分よりも劣っていると、鼻もちならない憐れみを込めた目で眺めているのです。

    ところが、新しい相棒の神戸尊警部補は、これまでの単なる熱血漢の亀山刑事のような訳にはいかず、時に、杉下と同程度の活眼を有する捜査手腕を発揮するものだから、いつもは冷静な杉下にも、時折、焦りが生まれる訳です。

    つまり、裏を返せば、そういう丁寧言葉を使い続ける人は、相手に弱みを見せたくないという強いコンプレックスの塊であると、考えることもできる訳ですね。

    では、その逆に、誰かれ構わず平気でなれなれしいタメ口をきく人は、どういう性格なのでしょうか?

    こういう人は、よく言えば開放的。悪く言えば、非常識で、人の気持ちの判らない人だと言えるのです。

    ただ、聞く側がより注意を払わねばならないのは、このタメ口タイプの方だと言えるでしょう。つまり、なれなれしい口調で近付いて来て、相手を油断させ、自分に有利な条件を引き出そうとする下心がある場合が、多いのです。

    ですから、そういう人は、自分が不利な立場になったり利益が損ねられた瞬間に、手のひらを返したように敵意をむき出しにするのです。

    わたしも、どちらかといえば敬語での会話を好む方ですが、わたしの場合は、もしも、丁寧語を外したら、その毒舌に歯止めがかからなくなってしまう恐れがあるので、あえて、言葉を丁寧にしているという理由があるのです。

    そんなことは、言われなくても判っている?

    はい、失礼しました。(爆)

    

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女性医師が村を去る訳・・・・・447

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女性医師が村を去る訳



    今日、ちょっと面白そうなブログを発見した。「アメブロ」というサイトにあるブログだ。

    そこには、ある村の女性医師が心身ともに疲労困憊したため、その村から去ると言い出し、村民が困っているという記事が書かれてあった。その女性医師は、六十五歳で、夫とともに村へ赴任し、年間18日しか休みを取らず、へき地医療に心血を注いできたが、村民の要求があまりに過酷で、お盆明けに一日休養したところ、「平日に診療所を休むとは、何を考えているんだ!?」と、責められ、ついに、村を去ることを決意したというのである。

    しかし、その女性医師が村を去れば、文字通りの無医村になってしまうため、村長は、女性医師に思い直して欲しいと頼んでいるようだが、そのブログの管理人は、「田舎者は、医者、弁護士、公務員などの高給取りが羨ましくてたまらないのだから、医学生は、絶対に田舎で医者をやろうと思うな!」と、忠告するのである。

    確かに、田舎には、そうした気風がないわけではない。

    医師を先生、先生と持ち上げながら、しかしながら、その先生と世間話などすることはないし、そこで暮らす自分たちとは住む世界が違うと思い込んでいる人たちばかりである。

    その背景には、医師は高給取りだというひがみや、どうせ自分たちは学歴もないという劣等感が確実にあるものと思われる。

    だからこそ、その医師が、自分たちの思い通りに動いてくれない時の反感は、尊敬の倍返しにもなってしまうのである。

    しかし、そうした感情を村民が懐くのも実は無理からぬことなのである。そのブログ管理人は、その辺りにまで思いを致してはいないのだ。

    つまり、では、それまで医師の方はどうであったのかといえば、やはり、自分たちは選ばれた人間であるから、軽々しく下々の者とは口などきけるわけがないとの距離を取ってきたことも、また、事実なのである。

    しかも、白衣は、いわば一種の権威の象徴でもある。こういうものを見なれない田舎では、殊に、白衣に対する畏怖の念が強いものだ。

    たとえ、その女性医師が、今までの医師たちとは違い、気さくで腰の低い人だったとしても、百年以上にもわたり村民に植え付けられた医者という職業に対する意識を、一朝一夕に変えることなど、どだい不可能なのである。

    だから、わたしは、あえて言いたい。

    もしも、この女性医師が本当にこの村に根をおろして地域医療に献身したいと思うのであれば、この程度の嫌がらせにひるんでどうするのかと!これは、ある意味、非常に酷なことではあるが、彼女は一人ではないのだ。夫もそばにいるし、また理解を示し、彼女を頼りにしている村民も大勢いる。

    もし、ここで、この村を去るというのであれば、やはり彼女の気持ちの中に選民意識があったということに他ならない。

    村の診療所の医師になるためには、自分もそこの村民になり切ることである。村人と同じ言葉をしゃべり、近所の奥さんたちともバカ話をし、時には、漬物の漬け方を教えてもらうなどの柔軟性も必要になる。

    へき地医療は、単なる慈善感覚で務まるものではないが、やり通せば、これほど奥が深く楽しいものはないというへき地医療専門の医師もいる。

    「どうせ、あんたもいつかはここから出て行くんだろう?」

    住民がそういう気持ちを懐いているうちは、風当たりが強いことも仕方がないのではないだろうか?



    ***  写真は、イメージです。実は、我が家の近隣の畑なのだ。実に、田舎っぽいでしょう。face02  続きを読む


嘘を見抜くポイント・・・・・446

~ 今 日 の 雑 感 ~



嘘を見抜くポイント



    嘘にはついてよい嘘と、悪い嘘があるものです。

    他人を傷つける目的でつく嘘は、これはよくない嘘ですが、「また~、それって嘘でしょ?」程度の可愛い嘘は、案外人間同士の潤滑油になるものだとも言われます。

    では、人間が嘘をつく時は、身体にどのような反応が表われるのでしょうか?

    それが判れば、嘘を見抜くことも出来るのかもしれません。

    まず、よく言われることは、視線のことです。嘘をつく時、ついている人の視線はどのように動くのでしょうか?

    これは、何故か男女で異なる反応を見せるようで、男性は、相手から無意識に視線を外し、女性は、逆に相手を凝視することが多いそうです。これは、男性の方が罪の意識が大きいということなのでしょうか?小心な面が出てしまうのかもしれません。

    また、会話が途切れたり、言葉と言葉の間が開くことを恐れるあまり、早口になったり、応答が速くなったりと、沈黙を嫌うことも判っています。

    さらに、応答に幅がなくなり、手短に話を終わらせようとする意識が働くために、「じゃァ、そういうことで」「それじゃァ、また」などの切り上げ言葉を連発したりもするようです。

    もっと、はっきりと判るのは、嘘をついている人は、頻繁に鼻や口元を触ったり、両手を合わせて揉み手をしたり、ポケットへ手を入れたり、身体の後ろへ隠したりするなど、手をやたらに意識する行動をとるそうです。

    そして、笑いが少なくなり、態度に余裕がなくなります。言葉の語尾を濁すのも、特徴の一つでしょう。

    嘘をついている人は、話を早く切り上げて、相手に嘘を見抜かれないように注意を払うものです。逆に、相手の言葉に対して頷きが多くなることもあるようで、極力、自分がぼろを出さないために言葉数をセーブするのだと言います。

    さあ、これで、あなたも誰かの嘘を見破ることが出来るかもしれません。

    でも、案外、話し言葉よりも書き言葉の方が、嘘を見抜きやすいのかもしれないのですがね・・・・。face06  続きを読む


見返してやる!・・・・・445

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見返してやる!



    三十代前半の女性が、心療内科診察室のドアをノックした。

    男性医師は、その女性に椅子をすすめて、話を聞きましょうと、促すと、女性は、最近嫌なことばかりが身辺に起きてイライラ感がおさまらないのだと言う。

    もう少し詳しく内容を聞くと、今まで同棲していた男性が、突然部屋を出て行ってしまったのだと、話した。

    「お前とは、もう一緒に暮らせない。お互い別べつの道を歩もう」

    恋人は、そう言うと、さっさと荷物をまとめて彼女の前から去ったのだという。どうやら、この男性にとっては、彼女はもはや利用価値のない女になったようである。

    「お前と一緒にいても、おれは少しも成長できないんだ」

    それが別れの理由であるらしい。彼女は、彼との結婚を真剣に考えていたこともあり、いきなり奈落の底へ突き落されたようなショックを受けて、彼が去った直後、マンションの部屋で睡眠薬自殺をはかったそうである。

    しかしながら、飲んだ量が少なかったことや、飲んだ後で、別れた彼にわざわざ携帯電話をかけたことなどもあって、マンションへ引き返した彼に発見され、病院へ運ばれて事なきを得たのだと話した。

    医師は、これを聞いて、彼女には本気で自殺する気などないことも判り、ここは、気持ちの中のうっ憤をすべて吐き出してもらうことが先決だと判断。単なる聞き役に徹したのである。

    彼女は、ひとしきり自分の運命を悲嘆したり、元恋人の悪口を散々並べたあげく、こう言ったのだという。

    「先生、わたし、いつか必ず彼を見返してやります」

    「見返すって、どうやって?」

    「彼よりもずっといい男を捉まえて、結婚するんです」

    「そうすれば、彼は、どう思うのかな?」

    「たぶん、悔しがりますよ、きっと。あの新郎の場所には、本当はおれが立つはずだったのに-----って」

    「なるほどね・・・・」

    だが、医師は、その時心の中で、呟いた。

    おそらく、元恋人は、そんな風には思わないだろうな。彼女と結婚するはめになった男性に、むしろ同情するのではないだろうか------と。

    そして、彼女もまた、その元恋人よりもいい男などとは、結婚などしないだろうし、そういう男性を捉まえることも出来ないだろう-----と。

    何故なら、彼女の中に「相手を見返したい」と、思いがある間は、彼女にとって最高の男は、元恋人以外にはいないからである。もしも、彼女が彼以外の男性と結婚する時は、彼女の心の中に、元恋人に対する真の意味での憐れみが生まれた時なのだろうと、医師は、考えたのであった。

    「早く、そういう素敵な男性が、あなたの前に現われるといいですね」

    医師が言うと、案の定、女性は、黙って俯いたまま、返事をしなかったという。  続きを読む


川上犬の交配問題・・・・・444

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川上犬の交配問題



    ところで、川上犬が純血種ではないかもしれないというニュースが巷を騒がせているそうだが、わたしに言わせれば、犬が純血だろうが雑種だろうが、そんなものどっちでもいいではないかということである。

    どんなに純血種でも駄犬はいるし、お里などまったく判らない雑種でも、名犬は多い。

    犬猫の血統なんて、所詮は、人間の見栄や虚栄心を満たすものにすぎず、雑種が繁殖することが自然界に多大な損失を与える訳でもあるまい。

    だいいち、「犬」という存在も、人間がオオカミから交配を重ねて生みだした言わばミュータントではないか。

    犬でも猫でも鳥でも、生命として可愛がり尊重してやればいいのである。純血の川上犬じゃなければいけないなど、おこがましいにもほどがある。

    だったら、あんたらは、本当に純粋な大和民族だと言えるのか?

    大陸からやって来た渡来人の血は一滴も入っていないと断言できるのか?自分の先祖のことは棚に上げて、犬猫にばかり血統書をつける意味が判らない!

    今、飼っている川上犬が、純血だろうがもどきだろうが、可愛ければそれでいいではないか!何の不満があるのだ?

    わたしは、どだい、犬猫を金銭を出してやり取りするということ自体が気に入らない。

    ペットショップへ行って「この子は可愛い」「この子は賢そうだ」などと、選ぶことがそもそも生命を冒とくしているというものである。

    だから、最近は、自分の子供でさえも気に入らなければ虐待したり、殺したりしてしまう親が増えているのだ。この論理は、決して飛躍でもなんでもない。

    人工授精で他人の子供がお腹にいることが判って、医師に損害賠償を求めたり、中絶してしまう者だっているではないか。これもまったく同じ理屈から発している問題なのである。

    外国には、犬は譲渡されるものであって自分で買うものではないのが常識だというところもある。しかも、子犬から飼うのではなく、ほとんどが成犬をもらうのだという。

    犬が欲しい人は、引っ越しで飼えなくなったり、飼い主が高齢で、散歩を満足にさせてやれなくなったなど、さまざまな理由で手放さざるを得なくなった犬を、もらうのだそうである。

    また、自分の家の敷地の庭に犬が遊べるだけのスペースがない人には、犬を飼う資格を与えないという国もあるそうだ。

    これまで日本は、少し犬猫を繁殖させ過ぎてきたきらいがある。毎日何十匹もの引き取り手のない犬や猫が保健所で殺されて行くことを思えば、血統書がどうのなどといっていられないはずなのである。

    どうしても、犬が飼いたいのなら、保健所の動物保護施設から一頭でも引き取って来て欲しいと思うのは、わたしだけではないはずだ。

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女の価値は最初の一言で判る・・・・・443

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女の価値は最初の一言で判る



    ある女性が怒っていた。

    「ちょっと、聞いてよ。あたしの弟が、最近結婚したんだけれど、その嫁が、もの凄い常識知らずのとんでもない女なのよ。弟の朝ごはんも作らなければ、家の掃除もしない。自分は、弟が稼いできたお金を、好きな洋服代やブランド物につぎ込んで、それでも、まだ、自分の自由にならないって不満タラタラなのよね。

    でも、その嫁がそういうバカ女だったってことを、あたしは知らなかった訳じゃないのよ。弟が、あの女を初めて家へ連れてきた時、あのバカ女、開口一番、なんて言ったと思う?

    あたしの顔を見て、『この人だれ?』って言ったんだよ。自分の夫になる男の姉に向かって、『この人だれ?』だよ。その一言で、あ~~~~、この女はダメだって、思ったのよね。

    だから、あたし、弟に言ったのよ。あの女は、やめときなさいって。でも、弟は、そのことにまったく気が付かないのよね。その時だけの失言だぐらいにしか思っていないのよ。

    失言な訳ないじゃない。ああいう言葉は、根性から腐っている奴しか口には出さないもんよ。自分が、どう評価されるか判らない段階で、ああいう軽率極まりないことを言うのは、よっぽどの性悪女なのよ。こちらを下目に見ているとしか思えない。

    もしも、単に常識知らずだとしても、そんなボキャ貧(あまり興奮気味に話していたので、バカチンと言ったようにも聞こえたが・・・・)を好きこのんで嫁に迎えるほど、こっちはボランティア精神旺盛じゃァないって言うのよ。

    今じゃァ、やっと、弟もそのことに気が付いて、もうすぐ離婚するって言いだしているわ。子供がいる訳じゃないから、別れるのは簡単だろうけれど、女の価値なんてもんは、最初にあった瞬間に、一言言葉を聞けばわかるってもんよ。

    ったく、とんだガラクタを掴まされたもんだわ!」


    独身女性のみなさん、結婚相手の身内の人と会う時は、ぜひとも言葉に気を付けてくださいね。

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好きだから近寄れない・・・・・442

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好きだから近寄れない



    人間の心理は、微妙なもので、自分と同じ意見を持っている人には容易に接近できるのに、反対の意見を持っている人には、どうしても距離を置きたくなるというものなのです。

    しかし、あなたは、その人が自分に反対する意見を持っているなどということは、まったく判りません。

    ところが、相手が何も言わなくとも、同じ部屋の中でも、微妙にあなたとの距離を置くような行動をしていたとしたら、その相手は、おそらく、あなたの考えには同調できないとみてよいでしょう。

    しかし、逆に、積極的にあなたの近くへ寄って来て、世間話を始めたり、握手を求めてきたりした場合は、その人物はあなたに同感している確率が大きいのです。

    会社の会議でも、あなたの近くへ座る部下は、あなたの考え方に賛同している者で、反対にあなたの考え方にはあまり乗り気ではない部下は、あなたから離れて座るはずなのです。

    でも、ここに、その法則が当てはまらない場合があります。

    それは、女性の恋愛に関する心理状態です。

    こんな歌詞があります。

    「汽車の窓から手をにぎり、送ってくれる人よりも、ホームの陰で泣いていた、可愛いあの子が忘られぬ」

    有名な『ズンドコ節』の一番ですよね。

    この歌でも判るように、女性は、本当に好意を懐いている人には、遠慮があって、逆にそばへ近寄れないという心理状態になることがあるのです。

    その反対に、あまり好意を持っていない人や、どうでもいい人には、簡単に近付くことが出来てしまうのです。

    どうして、こんなことが起きるのでしょうか?

    それは、女性の心理の中に、相手に対して自分をよりよく見せたいという気持ちがあるために、好きな人には、あまりダイレクトな自分をさらけ出して嫌われたくないという思いから、自然と距離を取るようになるのだそうです。

    しかし、その時、女性は、距離を取りながらも、やはり自分のことは判って欲しいという思いから、やたらと、身ぶり手ぶりが大げさになったり、必要以上にほほ笑んだりと、パフォーマンスを繰り出す訳です。

    では、あまり好きでない人や、どうでもいいと思っている人に会った女性は、どうするのかというと、相手への遠慮がない分、平気で近くへ寄って行きますが、それは、「わたしは、あなたを嫌ってはいないのよ」と、いう同情心の表れであり、あまり、距離を取ると、相手に好きでないことがバレるのではないかという、後ろめたさの裏返しなのだと言います。

    でも、そうやって近くへ寄ってはみるものの、相手の話を身を入れて聞く気はないので、リアクションも小さくなり、ほとんど無表情で頷くことが多くなる訳です。

    ですから、こと女性の心理に関しては、いつものセオリーが通じない場合もあるのです。

    「うわ~、〇〇さんのお話聞かせていただきたいわ~」

    そんなことを言いながら会社の同僚女性が近付いてきたとしても、彼女が、あなたの話をただ黙って頷きながら聞いているだけならば、早々に話を切り上げた方がよさそうですよ。

    そんな話などほとんど、どうでもいいと思っているはずなのですから。face03 


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女性の打ち明け話に要注意・・・・・441

~ 今 日 の 雑 感 ~


  
女性の打ち明け話に要注意



    あなたの周りに、「ここだけの話だけれど・・・・」が、口癖の人はいませんか?

    これは、案外、女性に多い言い方なんですよね。

    女性は、内緒話が大好きなのです。何故なのでしょうか?

    それは、秘密の話を共有することで、その相手とより親しくなりたいという気持ちの表れなのだそうです。

    「あなたにだけ、わたしの秘密を話すのだから、他の人よりは、わたしのことを親密に見てね」

    彼女は、そう言いたいのです。

    男性は、その女性の言葉を真に受けて、「この人は、ぼくに気があるのだ」と、思い込んでしまいがちですが、どっこい、そうではありません。

    そもそも、女性は、周囲との関係や調和を特に気にする傾向がありますから、八方美人も多く、「あなたにだけ話すのよ」という打ち明け話も、自然と多くなるのです。

    自分にだけ話していたのだと思ったら、他の人にも同じことを話していた-----と、いうことが判り、腹を立てた経験がある人もいるでしょう。

    しかし、それは、そもそも腹を立てる方がおかしいのです。「あなたにだけ話す」と、いうことは、よほど、相手に信頼されているという証拠でもあるはずですが、本当に、あなたに、それほど信頼されるような心当たりがあるのでしょうか?

    あなたが医師や弁護士でもない限り、それほど親しくもない赤の他人が、本当の意味の秘密を漏らしてくれるはずなどないのです。

    殊に、女性が、「あなたにだけ話すのよ」と、言った場合は、「あなたも、信頼できる何人かの一人なのよ」程度に、最初から割り引いて聞いておいた方がいいのかもしれません。

    でも、その内容が、彼女自身のプライベートにまで及んだ時は、その類ではないようです。

    家族のことや、私生活の問題、病歴などに関する場合は、やはり、「あなただけに話す」のは、事実である確率が高いようです。

    わたし自身に置き換えて考えても、その通りだと、思います。

    わたしは、実際、ほとんど他人に私生活に関する話はしません。嫌いな人間や、迷惑を被っているという話題は時々しますが、そういう類のものは、結局、少々親しい間柄であれば誰に話しても差しさわりがないものです。

    (まあ、所詮、聞いている方も、よほど親しい友人でもない限り、他人が誰に嫌がらせを受けているのかなどということは、どうでもいいことなのでしょうけれどね)

    しかしながら、出身校の具体的な名前や、今まで何をして来たかなどということは、ほとんどブログにも詳しくは書いていません。かなり親しい人物がコメントを書き込んで来てくれても、そこで、その人との仲をあからさまにコメント上で記すこともしません。

    つまり、女性の打ち明け話にも、段階があるということなのでしょうね。

    もしも、あなたに対して、女性が自分の家族についての悩みや過去の詳細などを語ることがあったなら、その打ち明け話は、事実、「あなたにだけ話す、ここだけの話」なのかもしれませんよ。face02

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仲の良いカップル、悪いカップル・・・・・440

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仲の良いカップル、悪いカップル



    わたしは、以前、ブログで「同調性」について書きましたが、見ず知らずの相手でも、意識的に同じ仕草をするだけで、その人との関係が特別な物のように感じてしまうことがあります。

    これは、「姿勢反響」というもので、無意識のうちにも相手に好意を懐いているような時、つい同じ動作をしてしまうというものなのだそうです。

    つまり、決して、偶然などではないのです。

    たとえば、カップルがうまくいっているのか否かを見極める際にも、この「姿勢反響」に注意して観察してみてください。

    同じ模様が入った服を着ている。服のカラーに統一感がある。

    男性が髪を触ると、女性も触る。

    コーヒーカップに口を付けるタイミングがほとんど同じ。

    こんなことが頻繁にあれば、そのカップルの仲はかなり良いと思われるのです。

    しかし、逆に、男性がコーヒーを飲んでも、女性はカップに手を付けなかったり、動作のリズムがかみ合わず、ぎくしゃくした感じがしていれば、その二人はあまりうまくいっていないのかもしれません。

    人間は、好意を持っている人とは、自然と同じ行動をとりたがるもので、よく、似た者夫婦などといわれるもの、こういうことから来ているのだと思うのです。

    仲の良い夫婦や恋人同士、会社で気の合う上司と部下などにも同じことがいえるのですが、気が付いたら話し言葉や口癖が似ているなどということは、よく起こり得る話なのです。

    上司が、最近、部下の態度が自分に似て来たと思ったら、自分と部下の間の垣根が低くなってきたことの証だと思ってもいいでしょう。 

    つまり、お互いの波長が合って来たということなのです。

    しかし、まったく、気が合わない人とは、決して波長が合うなどということはありません。どれほど、長く一緒に仕事をしていても、口癖がうつるなどということは皆無なのです。

    時々、ブロガー同士の仲でも、ブログのコメントをお互いが同じタイミングで書き込んでいるということがあります。

    こんな時、つい、相手との「同調性」を感じて、「わたしたちって気が合うんだわ」などと、思う人もいるかもしれません。

    でも、これに関しては、わたしは何とも言えないのです。

    単なる偶然を、運命と勘違いしているケースが往々にしてあるものですから。

    あまりぬか喜びされない方が、よいでしょうね。face03   続きを読む


産婦人科医への嫌悪感・・・・・439

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産婦人科医への嫌悪感



    産婦人科医という存在は、人間が生命を産み落とさねばならない宿命にある限り、絶対的に必要な職業ではある。

    しかしながら、その最も必要としている女性たちに訊ねれば、数ある医師の中で最も嫌悪感を抱く存在であるということも事実らしい。

    これは、ある女性から聞いた話であるが、さる産婦人科を受診した時、その男性医師が、彼女に男性経験があるかと訊ねたそうである。

    こういうことを訊くだけでも、その女性は、その男性医師を失礼な奴だと思ったのだそうだが、まったくないと、答えたところ、その医師は、如何にも面倒くさそうな顔をして、

    「困るんだよな。少しぐらいやっておいてもらわないと、診にくくて-----」

    と、平然と言ったのだそうである、その何とも破廉恥な言葉を訊いた女性は、思わず、

    「すみませんね、品行方正で。売春婦の方が良かったみたいですね!」

    そう言って、医師の前から憤りと屈辱の気持ちをかかえつつ、激しい憎悪に震えながら、診察を拒否して立ち去ってしまったのだそうである。

    彼女は、あとで、実に悔しそうにこう言っていた。

    「あの医師は、女性を物としか見ていないのよ。こっちの気持ちなどどうでもいいの。自分が診察しやすければ、それがいい患者なのよ。だったら、自分の娘にも同じことが言えるのかって訊いてみたいわ。娘に向かって、『お前、お父さんが診察しやすいように、その辺の男とセックスして来い』って、言えるのかってね。だから、男の産婦人科医なんて、ロクでもない奴ばかりなのよ。あたし、あんな医者にかかるのなら死んだ方がましだわ!」

    では、その反対に、既に何人も子供を産んだことのある女性が、また別の産婦人科医にかかった時、今度は、その別の医師に言われたそうである。

    「それだけ産めば充分でしょう。まだ、やりたい訳?」

    その女性は、その言葉に愕然としたそうである。その医師の自分を蔑んだような目つきが、忘れられないと怒る。しかも、その医師は、こんなことまで言ったのだという。

    「患者の顔なんか、いちいち覚えちゃいないよ。あそこの格好なら、一目瞭然で判るんだけれどね」

    つまり、女性は、産婦人科の医師にとってみれば、誰もかれも物なのだと、彼女たちは言う。

    女性を一人の人間として、尊厳を持って扱おうと思う気持ちがないのだと-----。

    だから、ささいなことでも、訴えてやりたくなるのだと。
   
    そうすれば、その女性が言葉を持ち、感情を有する『人間』だということが理解できるであろうと。

    女性が最も見られたくない部分を、しかも赤の他人に診せねばならないのだから、その代償は大きいのだと。

    「根がスケベな人間じゃなければ、どだい、産婦人科なんて、男性医師が選ぶ訳ないじゃない」

    そう言って、自虐的な笑い声を立てた女性を見ながら、わたしは、背筋が寒くなるのを覚えた。

    
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