好きだから近寄れない・・・・・442
2010年03月21日
~ 今 日 の 雑 感 ~
好きだから近寄れない
人間の心理は、微妙なもので、自分と同じ意見を持っている人には容易に接近できるのに、反対の意見を持っている人には、どうしても距離を置きたくなるというものなのです。
ところが、相手が何も言わなくとも、同じ部屋の中でも、微妙にあなたとの距離を置くような行動をしていたとしたら、その相手は、おそらく、あなたの考えには同調できないとみてよいでしょう。
しかし、逆に、積極的にあなたの近くへ寄って来て、世間話を始めたり、握手を求めてきたりした場合は、その人物はあなたに同感している確率が大きいのです。
会社の会議でも、あなたの近くへ座る部下は、あなたの考え方に賛同している者で、反対にあなたの考え方にはあまり乗り気ではない部下は、あなたから離れて座るはずなのです。
でも、ここに、その法則が当てはまらない場合があります。
それは、女性の恋愛に関する心理状態です。
こんな歌詞があります。
「汽車の窓から手をにぎり、送ってくれる人よりも、ホームの陰で泣いていた、可愛いあの子が忘られぬ」
有名な『ズンドコ節』の一番ですよね。
この歌でも判るように、女性は、本当に好意を懐いている人には、遠慮があって、逆にそばへ近寄れないという心理状態になることがあるのです。
その反対に、あまり好意を持っていない人や、どうでもいい人には、簡単に近付くことが出来てしまうのです。
どうして、こんなことが起きるのでしょうか?
それは、女性の心理の中に、相手に対して自分をよりよく見せたいという気持ちがあるために、好きな人には、あまりダイレクトな自分をさらけ出して嫌われたくないという思いから、自然と距離を取るようになるのだそうです。
しかし、その時、女性は、距離を取りながらも、やはり自分のことは判って欲しいという思いから、やたらと、身ぶり手ぶりが大げさになったり、必要以上にほほ笑んだりと、パフォーマンスを繰り出す訳です。
では、あまり好きでない人や、どうでもいいと思っている人に会った女性は、どうするのかというと、相手への遠慮がない分、平気で近くへ寄って行きますが、それは、「わたしは、あなたを嫌ってはいないのよ」と、いう同情心の表れであり、あまり、距離を取ると、相手に好きでないことがバレるのではないかという、後ろめたさの裏返しなのだと言います。
でも、そうやって近くへ寄ってはみるものの、相手の話を身を入れて聞く気はないので、リアクションも小さくなり、ほとんど無表情で頷くことが多くなる訳です。
ですから、こと女性の心理に関しては、いつものセオリーが通じない場合もあるのです。
「うわ~、〇〇さんのお話聞かせていただきたいわ~」
そんなことを言いながら会社の同僚女性が近付いてきたとしても、彼女が、あなたの話をただ黙って頷きながら聞いているだけならば、早々に話を切り上げた方がよさそうですよ。
そんな話などほとんど、どうでもいいと思っているはずなのですから。

<今日のおまけ>
「あんな人間のことなどどうでもいい。すべて忘れて、わたしは、わたしの自由な時間を過ごすだけだ」などと、言って、自分の気持ちをごまかそうとする人間は、案外多いものだが、そういう人ほど、その気持ちがごまかし切れていないのだそうである。
これは、ある精神科医が書いているのだが、「子供は苦笑などしない」と-----。
つまり、苦笑とは、自分を客観的に見ているように相手に思わせながらも、実は、悔しくてならないという時に、体裁作りのため大人が用いる方法なのである。
わたしも、あまり苦笑することはない。精神的に子供なのかもしれないが、自身が体裁を整え大人ぶろうなどと考えたくないからである。
腹を立てる時は、しっかり、きっちりと立てる。苦笑などをしてフラストレーションをためることはしない。
そして、わたしは、わたしを貶めようとする者のことを、決して忘れないように自らに言い聞かせるのである。
だからこそ、言い聞かせに疲れて興味がなくなったら、まるでサーモスタットが切れるように相手のことに関心がなくなるのだ。その後も引き続き、相手が何と思うと、そんなことは知ったことではない。たぶん、そこまですっぱりと忘れられるということは、その事柄や人物が、もともと自分にとって何の価値もなかったということなのだろうな。
けんか相手になって下さった方たち、勝手に飽きてしまって、ごめんなさいね。(爆)
でも、心配しないでください。絶対に、あなた方がしたことは忘れませんから。(爆・爆)
「あんな人間のことなどどうでもいい。すべて忘れて、わたしは、わたしの自由な時間を過ごすだけだ」などと、言って、自分の気持ちをごまかそうとする人間は、案外多いものだが、そういう人ほど、その気持ちがごまかし切れていないのだそうである。
これは、ある精神科医が書いているのだが、「子供は苦笑などしない」と-----。
つまり、苦笑とは、自分を客観的に見ているように相手に思わせながらも、実は、悔しくてならないという時に、体裁作りのため大人が用いる方法なのである。
わたしも、あまり苦笑することはない。精神的に子供なのかもしれないが、自身が体裁を整え大人ぶろうなどと考えたくないからである。
腹を立てる時は、しっかり、きっちりと立てる。苦笑などをしてフラストレーションをためることはしない。
そして、わたしは、わたしを貶めようとする者のことを、決して忘れないように自らに言い聞かせるのである。
だからこそ、言い聞かせに疲れて興味がなくなったら、まるでサーモスタットが切れるように相手のことに関心がなくなるのだ。その後も引き続き、相手が何と思うと、そんなことは知ったことではない。たぶん、そこまですっぱりと忘れられるということは、その事柄や人物が、もともと自分にとって何の価値もなかったということなのだろうな。
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Posted by ちよみ at 20:44│Comments(0)
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