~ 炎 の 氷 壁 ~ ⑰

 そうは言っても、結局、横手山スカイパークスキー場のスキーパトロール本部においては、雄介と時任は否応なくこの日も顔を合わせることになる。雄介は、時任が、近くのホテルで急患が出たので応急手当に来て欲しいという連絡を受けてそちらへ出向くため、本部を空けたタイミングを見計らって、高木主任に、時任とのパートナーを下ろさせてもらいたいと、申し出た。
 「-----お願いします。仕事は今以上にきつくなっても構いませんから、他のパートナーに替えて下さい。それと、今の宿舎なんですが、別のところに移りたいので、再度手配して下さい」
 深々と、頭を下げる雄介を、何とも訝しそうな目で見た高木は、お茶を飲む手を止め、湯呑茶碗を事務机の上に置く。 
 「-------いきなりどうしたんだ?時任君の何が気に入らないんだね?それとも、喧嘩でもしたのか?」
 「いいえ、そんなんじゃありません・・・・」
 雄介の返事は、何とも歯切れが悪い。高木は、弱り顔で溜息をつくと、
 「理由をはっきり言ってもらわんと、こちらも対処のしようがない-----」
 「それじゃァ、性格の不一致ということで--------」
 雄介が言うと、傍らで自分のスキー板にワックスを塗る作業をしていた神崎が、クスッと鼻で笑い、
 「それは、夫婦別れの時に使う理由でしょ」
 と、肩を竦めた。高木も、少々呆れ顔で、苦笑いを浮かべながら、
 「とにかく、その程度の理由では、コンビ解消は受け付けられんな。ホテルを替えたいという件は、何とか対応できると思うが、まだ、勤務し始めたばかりなんだ。あまり面倒は言わんでくれよ」
 そう、雄介の申し出をやんわりとではあるが、言下(げんか)に却下した。すると、何かに気付いた表情で、雄介の方を振り向いた神崎が、やや声高に言う。
 「本間君、それって、もしかしてあの野田さんが原因なのかな?」~ 炎 の 氷 壁 ~ ⑰
 「------えっ?」
 雄介は、思わず神崎の顔に視線を送る。どうしてそのことを-------?と、きゅっと胸が締め付けられるような、しびれを感じた。神崎には、今朝の雄介と時任の気まずげな雰囲気がかなり不自然に映っていたものらしく、女性特有の勘とでもいうのだろうか、突然、核心をついて来た。
 「本間君、きみ、時任さんと同じホテルにいるんだよね。あそこの経営者の野田さんと、時任さんは、かなり親しい友人同士だって話だから、きみの割り込む余地がなかったという訳かな?要するに、きみの焼き餅か・・・・」
 神崎は、納得したとばかりに、唇をすぼめて、わざと大仰な頷き方をする。
 「馬鹿なこと言わないで下さい!焼き餅だなんて、そんなことある訳ないでしょう!」
 雄介は、一瞬我を忘れ、カッと顔面を真っ赤に上気させるや、大声で否定する。そんな部下たちの様子に、それでも責任者らしく睨みを利かせた高木主任は、いずれにしても、これからも時任君とはうまくやってくれと、一言、雄介に釘を刺してから、
 「これから、索道協会(志賀高原観光開発索道協会)ヘ行ってくるから、後を頼むよ」
 そう、神崎と雄介に指示を出して、パトロール本部を出て行ってしまった。
 室内には、雄介と神崎の二人が残された。大きな落胆の溜息をついて、近くのパイプ椅子にどっかりと腰かけた雄介に、神崎は、わずかながらも懸念を感じたものか、冗談はさておきと、付け加えた上で、
 「本間君、本当に大丈夫なの・・・・?時任さんと一緒に仕事をしたくない理由が別にあるのなら、はっきりと主任に伝えておいた方がいいと思う。隠し事は、感心しないな」
 雄介の顔を、横から覗き込むように諭す。雄介は、話せるものなら話しているさと、内心憤懣を抱えながら、
 「------判っています」
 言葉少なに答える。と、神崎は、ふうっと、鼻から息を抜きながら、
 「それじゃァ、もう一言だけ忠告。きみも、もう何となく感じているかもしれないけれど、あの野田という男(ひと)には、あまり深入りしない方がいいわよ。以前、時任さんのパートナーになったパトロール員が何人もリタイアした原因の一つは、彼にあったという噂もあるくらいだから・・・・」~ 炎 の 氷 壁 ~ ⑰
 「野田さんに原因が?それは、どういうことです?」
 雄介は、息を飲み込む。神崎は、それに対し、自分も詳しいことはよく知らないけれどと、言い訳をしてから、
 「とにかく、そんな噂もあるってことよ。だから、もしも、きみがこのままこの仕事を最後まで続けたいのなら、時任さんと野田さんの関係に余計な首を突っ込むことだけは、やめた方がいい。そんな気がするのよ・・・・」
 神崎は、そう言うと、また黙々と、スキー板のワックス塗りに精を出し始めた。


    <この小説はフィクションです。登場する人物名及び団体名は、すべて架空の物ですので、ご了承下さい>



    ~今日の雑感~

    長野県栄村(さかえむら)の通称「げた履きヘルパー」の記事を読みました。栄村は、ご存じの通り、新潟県との県境に接する豪雪地帯であり、高齢化率も高く、交通の便も良くない地域ですが、この村では、九年前から地域のお年寄りの介護は地域住民で支えようという思いから、村民たちが率先してヘルパー三級の資格を取得し、老人介護を行なうという「げた履きヘルパー」が活躍して来ました。しかし、国の制度改正により、この四月以降は、「げた履きヘルパー」に多い三級資格者は、訪問介護での報酬が受けられなくなるのだとのこと。
    これまで、栄村の介護事情を支えて来た「げた履きヘルパー」さんたちの年齢は、四十代、五十代の主(おも)女性たち。「村のため、家族のため」とのほとんど奉仕の精神から訪問介護に従事しつつも、やはり、わずかなりとも、それに対する報酬は必要なのが現実です。事実、「収入にならない仕事をこれからも続けるのは、正直きつい」と、ヘルパーを辞める人も多いといいます。とはいえ、家庭や仕事も持つ主婦ヘルパーたちに、そのうえの資格を取るという精神的余裕などないでしょう。
    栄村は、いわゆる辺境の地域ではありますが、元気で明るいお年寄りが大勢暮らしている素晴らしい村です。村唯一の診療機関でもある栄村診療所も、一時の無医村の危機を回避し、このたび新潟県長岡市の男性医師から就任の内諾を得ることが出来たとの報道もあります。日本の原風景が残るこの村の現状に、画一的な国の政策を当てはめることがよいことなのか、疑問に思うこの頃です。 


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この記事へのコメント
雪景色 素晴しい 曲線美ですね。
ご自身でお撮りになったんですか感動しました!!
Posted by いつも ゲーテいつも ゲーテ at 2009年03月06日 22:34
ヘルパーの件ですが、そんなことになっているんですね、よくわからない話です。三級を持っていて二級を取るのは、村が講座を開けば、そんなに大した時間と手間でもないように思うのですが、実際の現場の人たち、頑張って乗り切ってもらいたいですし、応援したいです。
Posted by ririchi at 2009年03月06日 22:53
いつも ゲーテさま>

 こんばんは。
 お褒め頂いて恐縮なのですが、実はこの写真は、無料で使えるクリップアートからの借りものなのです。わたしも、写真は趣味で時々撮影もするのですが、残念ながら、今年の冬は、体調が芳しくなく、風景写真を撮りに行くことが出来ませんので、このような間に合わせで、しのいでおります。
 また、体調が戻りましたら、自分で撮影した写真をアップしてみたいと存じますので、ご覧下さい。
 ゲーテ様のブログにも、春らしい花の写真が掲載されていて、和ませて頂いております。
 コメント、誠にありがとうございました。
Posted by ちよみちよみ at 2009年03月06日 23:00
ririchiさんへ>

 こんばんは。
 小さな村のことですから、そうやって、ご近所が気軽に助け合っていかなければ、老人の介護は成り立たないのでしょうね。老人宅の屋根の雪下ろしなども、村を離れた若者たちが、村からの呼びかけに応じて、手伝いに戻るとも聞いています。
 そのように結束の強い社会が、長年に渡る慣習として築き上げられて来ているのだと思います。
 ruruchiさんのおっしゃるように、村が講座を開けばよいと、わたしも思いますが、二級の資格を取るのは難しいのでしょうか?「げた履きヘルパー」さんは、普通の家庭の主婦たちですので、そこまで勉強するというのは、時間的にも無理があるのでしょうか?
 いずれにしても、こうした小さな自治体のせっかくの努力を、無駄にして欲しくはありませんよね。
Posted by ちよみちよみ at 2009年03月06日 23:22
ririchiさんへ>

 ごめんなさい。書き終えて見てみましたら、ririchiと書くところが、ruruchiになっていました。本当にそそっかしくて、すみません。
Posted by ちよみちよみ at 2009年03月06日 23:31
え~?
地域によって そんな偏見、あって良いのですかね?
今 ヘルパーさんって 引き手あまた でしょうに、実は 娘は介護福祉士なのですが、娘の勤務先は 労働時間等 めちゃくちゃの為 若い人が辞めてしまい。
介護に携わった事のない人(派遣切れの被害にあった人)を何人か 採用している為(一応 派遣だから 時給はそれなりに頂いてるはず)娘のような 経験者が 指導にあたっているのですが、やる気がないから 大変と 愚痴ってます。
なんか おかしい気がします・・・
Posted by 艶や華艶や華 at 2009年03月07日 11:07
艶や華さまへ>

 お嬢さんは、介護福祉士のお仕事をされているんですね。大変なお仕事とお聞きしています。頼もしいですね。これからの高齢化時代には、なくてはならない職業です。こういう仕事に従事されている方たちこそ、もっと優遇されてしかるべきだと思います。
 都市部と農村部とでは、やはり、ヘルパーさんの働き方にも違いが出て来るのかもしれませんね。自治体の経済状態にも関係しているのでしょうが、こうした草の根の地道な活動があればこそ、お年寄りたちも朗らかに長生き出来るのだと思います。
 やる気があっても、出来ない現実がある・・・。実に、矛盾していますよね。
 
Posted by ちよみちよみ at 2009年03月07日 11:38
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