~ 炎 の 氷 壁 ~ 32

 野田開作の策略で拉致されていた黒鳥真琴の身柄は、野田の証言通り、彼の経営するホテルの横手山ロッジ内で、捜索隊によって発見され、即座に、隣接する市の総合病院へと搬送された。ホテル内の三階にある窓のない一室で、ドアに鍵を掛けられ、監禁状態に置かれていた彼女であったが、幸いなことに身体には目立った怪我もなかった。食事も与えられてはいたようで、少しばかりの脱水症状が見られたものの、体力の回復も早かったため、ほどなく病院を退院することが出来た。
 その黒鳥真琴の証言により、野田は、彼女を十五年前の殺人の時効が成立するまで、ホテルに監禁しておくつもりであったらしいと、いうことも判った。
 それと同時に、熊の湯温泉スキー場の『魔の壁』を中心に、渓谷一帯に渡る、野田開作の捜索作業も、長野県警、志賀高原山岳遭難対策協議会、及びスキーパトロール員たちの手で懸命に行われたが、雪崩事故から二日後の午後、彼の遺体がようやく峡谷内の沢筋で発見された。
 時任圭吾も、雪崩に巻き込まれたことによる外傷性ショックから、一時は意識不明となり容態が危ぶまれたが、長野県警の山岳遭難救助用ヘリコプターで搬送された先の別の総合病院で、翌日には意識も回復し、病室の彼に付き添っていた雄介を安堵させた。二人は、その後、これまでの一連の事件と事故に関する事情聴取をするために、病院を訪れた県警所轄署の警察官たちに事実の一部始終を証言して、調書の作成に協力した。
 その際、時任が、黒鳥真琴に会って、自分の口から十五年前に起きたことの真実を伝えさせてもらいたいと、その警察官たちに頼んでみたところ、彼らは、
 「------そのことなんですがね、時任さん、黒鳥真琴さんは、ご自分の中で、まだ今回の出来事についての気持ちの整理が付いていないので、あなたと会うのは、もうしばらく待ちたいと言われているんですよ。決心が付いたら、ご自分の方から、あなたに連絡したいと、おっしゃっていました。ですから、あなたも、彼女の心中を汲んで、いま少しそっとしておいてあげた方がいいかと、思いますよ」
 と、助言した。
 こうして、十五年前の未必の故意による殺人事件は、野田開作という被疑者死亡のまま時効を目前にして、一応の決着を見ることとなったのである。



 その後、時任は、五日間の入院を経て、再び横手山スカイパークスキー場のスキーパトロール隊へと復帰した。
 高木主任以下、神崎、可児、その他のパトロール員たちも、皆、待ちに待っていた時任の復帰を、諸手を上げて歓迎した。もちろん、雄介も同様である。しかし、雄介には、不安もあった。時任が、雪崩事故以来、入院中も野田開作のことをほとんど話題に出さなかったのである。たとえ必然的に殺人に手を染めてしまったとはいえ、野田は、時任にとってはこれまで唯一無二の親友だった男である。その親友が、眼前で雪崩に押し流されてしまったのであるから、時任の恐怖や無念は如何ばかりであったろうかと、考えると、とても軽々しく彼の退院を喜べなかったのであった。
 しかも、雄介には、もう一つどうしても解せないことがある。それは、何故、スノーファイトに負けた筈の時任が、黒鳥真琴の監禁場所を、勝った立場の野田から聞き出していたのかということである。
 雪崩が二人を直撃する瞬間、彼らの間に何が起こったのか、雄介にはどうにも気になってならなかった。
 だが、そんな雄介の気持ちを知ってか知らずか、野田が関与した事件については、一切触れることなく、時任は、高木主任への仕事復帰の挨拶をする。
 「ご迷惑をおかけして、申し訳ありませんでした。休ませて頂いた分は、きっちり取り返しますので、何でも申し付けて下さい」
 高木主任もまた、あえて、野田の一件には言及せずに、そんな時任の身体を気遣い、
 「もう、ゲレンデへ出ても大丈夫なのかね?病院の担当医の先生から、きみの容態を聞いた時、胸を強く打っているので、肋骨にひびが入っていると教えられたんだが-----。まだ、痛むんじゃないのかね?無理はせずに、しばらくは、デスクワークをして様子を見たらどうかね?」
 と、提案する。しかし、時任は、首を横に振り、
 「お気遣いは、ありがたいのですが、おれは、もう大丈夫です。胸は、コルセットでがっちり固定してありますから、パトロールには何の支障もありません。それに-----」
 と、言い掛けてから、背後に立つ雄介を振り返り、~ 炎 の 氷 壁 ~ 32
 「頼もしい、相棒もいることですから----」
 そう、付け加えた。高木主任も、そんな時任の言葉に、ふっと苦笑を漏らすと、仕方がないなというように軽い諦めを表情に宿し、判った、好きにしたまえと、ゲレンデパトロールを許可してから、
 「だが、無理だけはするなよ」
 そう、優しく言い渡した。
 「ありがとうございます!」
 時任は、素直に礼を言い、もう一度雄介を振り向くと、少しやつれてはいるものの、その浅黒く雪焼けした顔に、いつもと変わらぬ爽(さわ)やかな白い歯を見せて、はにかむように微笑んだ。



    <この小説はフィクションです。登場する人物名及び団体名は、すべて架空の物ですので、ご了承下さい>



    ~今日の雑感~

    去る十四日、信濃グランセローズ野球教室が、中野市民体育館で行われたそうです。参加したのは市内の少年野球チーム所属の小学生選手百人。グランセローズからは、監督、コーチ、選手の三十一人が会場入りして、グランセローズの選手たちが実際に行っている練習前のウォーミングアップの方法や、バッティングフォーム、ピッチングフォームの基本などを、子供たちへの個別指導なども盛り込みながら、丁寧に指導したそうです。~ 炎 の 氷 壁 ~ 32
    また、会場では、野球教室の後、子供たちは、グランセローズの選手たちと一緒に、エアロビクスのトレーニングにも汗を流していたとのことです。(「北信ローカル」紙参考)

~ 炎 の 氷 壁 ~ 32  写真は、「北信ローカル」紙面です。


同じカテゴリー(~ 炎 の 氷 壁 ~ Ⅱ)の記事
 ~ 炎 の 氷 壁 ~ 33 (2009-03-24 11:36)
 ~ 炎 の 氷 壁 ~ 31 (2009-03-22 11:30)
 ~ 炎 の 氷 壁 ~ 30 (2009-03-21 10:34)
 ~ 炎 の 氷 壁 ~ 29 (2009-03-20 11:25)
 ~ 炎 の 氷 壁 ~ 28 (2009-03-19 11:15)
 ~ 炎 の 氷 壁 ~ 27 (2009-03-18 11:21)

※このブログではブログの持ち主が承認した後、コメントが反映される設定です。
上の画像に書かれている文字を入力して下さい
 
<ご注意>
書き込まれた内容は公開され、ブログの持ち主だけが削除できます。