~ 炎 の 氷 壁 ~ 30

 すると、今度は野田が、その雄介の叫びを遮るように、なおも時任に決断を迫る。
 「どうするんだ、時任?お前の可愛いパートナーの説得に従って、勝負を降りるのか?そうなれば、黒鳥真琴の居場所は、永遠に判らずじまいだぞ。もしも、このまま彼女が見付からないというようなことにでもなれば、お前は、彼女の実兄(あに)ばかりでなく、彼女自身をも見殺しにすることになるんだ。それでもいいのか?」
 「野田、雄介に話を聞かれた以上、彼がお前のこれまでの告白の証人だ。おれが、ここで勝負を降りても、雄介の言うように、お前は、もうお仕舞いなんだぞ。潔く、黒鳥真琴の居場所を白状した方がいい」
 時任は、雄介という援軍を得て、再度相手の説得を試みる。が、野田は、大きく首を横に振ると、
 「おれを、甘く見るなよ、時任。もし、逮捕されることになっても、おれは決して彼女の居場所はしゃべらない。そんなことは一切知らないと、徹頭徹尾白を切り通すさ。--------それでもいいんだな?」
 そこまで言われてしまっては、時任に、次の言葉は出なかった。ここに来て進退窮まった感の時任は、もはや、相手の条件を飲み、スノーファイトを履行するしか道がないことを悟ると、再度、承諾の意志を伝えた。
 「そうだな。やはり、お前の言う通りにするしか道はなさそうだ・・・・・」
 「それでこそ、王(キング)だよ」
 野田は、心底嬉しそうな笑みを浮かべた。雄介は、焦った。このままでは、時任は、間違いなく野田の術中にはまり、命を落としかねない。こうなったら、もはや腕ずくででも、時任を止めねばならないと、深雪に足を取られながらも、そちらへ向かって駆け寄ろうとした。だが、その行動を制したのは、他ならぬ時任本人であった。
 「来るな、雄介!おれは、今から、こいつと決着をつける。お前は、その証人だ。そこで、しっかり見ていろ!」
 時任は、鋭く言い放つや、サングラスの奥から野田を見据え、スタートの合図を掛ける権利は、左脚にハンディのある野田に譲ると、告げる。野田もそれには流石に紳士的に礼を述べると、そのまま二人は、ゆっくりとスキーを滑らせて、峨々として聳え立ち、数多(あまた)のスノーファイターたちの挑戦を慄然たる冷酷さをもって見続けて来た、その『魔の壁』の先端へと進み出た。
 風は、南風。真っ青な上空には、雲一つない。『魔の壁』の雪面は、太陽の反射光により、既にバリバリのレインバッグ状態である。滑走時にスキー板へかける両足の体重を微妙にコントロールしなければ、雪面を踏み抜き、その下を覆う柔らかな新雪層に身体を吸い込まれて失速するか、勢いあまってスキーごと全身を放り出されるか、いずれにしても、ただではすまない危険な挑戦に違いなかった。
 野田は、ニット帽の額に上げていたスキーゴーグルを顔面に装着すると、やや離れた場所に並行して立つ時任に対して、声を掛ける。
 「------行くぞ、時任」
 「ああ、いつでも合図してくれ」
 時任も呼応する。そして、そんな二人の間に、風花を運ぶ一陣の雪風が舞った瞬間、野田の鋭い一声が響いたかと思うと、彼らの身体は、躍り出すようにして、一気に峡谷へ向かって滑り出していた。
 「時任さん-------!」
 眼前から二人の男の姿が消えたことに絶叫にも近い叫びを発しながら、雄介は、彼らの姿を追って、断崖の上へと走り寄る。そこから、眼下に臨んだ光景は、時任と野田が相前後して壁を滑降する姿であった。雄介は、その後ろ姿に向かい、何事もなくレースが終わるようにと、思わず胸中に合掌して祈った。激しい雪煙を蹴りたてつつも、二人は絶妙な距離感を保ってゴールへと突っ走る。しかし、やんぬるかな、終着点であるランディングバーンへと先に辿り着いたのは、野田開作の方であった。
 野田は、もうあとわずかで谷側への境界線というギリギリの所でスキーを急停止させると、ほんの数秒遅れてゴールした時任を振り返り、狂気にも似たの歓喜の声を発した。
 「おれの勝ちだぞ、時任!おれの勝ちだ!この『魔の壁』で、初めて、お前に勝ったぞ」~ 炎 の 氷 壁 ~ 30
 「・・・・・・・・・」
 時任は、激しい息遣いのままに、右手でサングラスを外すと、半ば絶望感の中でその勝利宣言を聞いていた。野田は、さらに多弁に続ける。
 「おれが、どれだけこの時を待っていたか、お前に判るか!?人知れず、スキーの腕が鈍らぬように練習を重ねてきた努力が、ようやく報われたんだ。おれにだって、まだ、お前に負けない力がある。時任、おれは、まだ、お前と同等に、いや、それ以上に戦えるんだ。そうさ、おれは、お前のお荷物なんかじゃない。これからも、この手で、お前を守ってやれるということが証明されたんだからな。だから、もう諦めろ。黒鳥真琴のことも、何もかも忘れて、おれの所へ戻って来い。本間雄介が、今後何をしゃべろうが、おれとお前さえ白を切り通せば、これまで同様に警察を欺き続けることが出来るんだ。それが、もっとも、お互いのためなんだ。判るだろう?-------」
 その言葉が終わるか終らぬ時であった、静かに、しかし、腹の底を揺さぶるような地鳴りにも似た不気味な音が、周囲にとどろき始めたかと思うと、その音は次第に大きくなり、時任と野田の二人が、おもむろに、今まさに滑り降りて来た頭上の雪壁を見上げた瞬間であった。雪壁の途中の雪面に巨大な亀裂がめりめりと横に走ると同時に、凄まじい轟音を立てて幅二十メートルにも渡る雪の塊が、一気に崩れ、二人のいるランディングバーンへ向かって物凄い速さで急斜面を雪崩れ落ちて来たのであった。
 表層雪崩であった。
 雄介の心配は的中した。杞憂に済んで欲しいという願いは、天に届かなかった。雪崩は、『魔の壁』の下方に行くにしたがってさらに激しさを増し、眼下の男たちの姿を、その巨大な白魔の牙にかけて、一息に飲み込んで行ってしまった。
 「時任さん-------!!」
 雄介は、あまりの驚愕に膝が崩折(くずお)れて、その場に座り込んでしまった。頭の中は、正にパニック状態で、何を考えたらいいのかすらも判然としない。知らず知らずのうちに、涙がボロボロと両眼から噴き出し、頬を流れ落ちる。
 「------しっかりしろ!しっかりするんだ、雄介!落ち着いて考えろ!」
 雄介は、そう自分自身に強く言い聞かせると、ここへ赴く際に、神崎パトロール員から渡された携帯電話があることを思い出した。スキーウェアのジャケットのポケットから震える手で携帯電話を取り出すと、はめていた両手の手袋を口にくわえて引き抜き、必死でコールボタンを押して、横手山スカイパークスキー場のスキーパトロール本部を呼び出した。



    <この小説はフィクションです。登場する人物名及び団体名は、すべて架空の物ですので、ご了承下さい>



    ~今日の雑感~

    昨日は、世界情勢の危機に関する話をしておきながら、今日は、「ぼたもち」と、「おはぎ」の話をします。この脈絡のなさが、如何にもわたし的思考なのですが、しばし、お付き合いください。
    皆さんは、この二つの違い判りますか?餡子(あんこ)が粒餡なのが「ぼたもち」で、濾餡(こしあん)が「おはぎ」と、言う人もいれば、大きく作れば「ぼたもち」で、小さければ「おはぎ」と、言う人もいますよね。
    でも、こういう説は、どれもいわゆる俗説で、実のところは、「ぼたもち」も「おはぎ」も作り方は同じ物で、呼び名の違いは食べる季節に関係しているのだそうです。要するに、「ぼたもち」は、春のお彼岸に食べるもので、「おはぎ」は、秋のお彼岸に食べるものなんだとか-----。名前の通り、「ぼたもち」は、牡丹の花にたとえ、「おはぎ」は、萩の花にたとえてもいるのだそうです。そして、「ぼたもち」は、春に山の神様をお迎えするために供えるものでもあり、「おはぎ」は、秋の収穫に感謝するために供えるものでもあるのだということです。~ 炎 の 氷 壁 ~ 30
    最近は、スーパーなどで販売される時には、一年を通じて「おはぎ」として売る出されていることが多くなっていますが、わたしとしては、やはり、そこは日本人の細やかな感性で、春は「ぼたもち」、秋は「おはぎ」と、パッケージのイラストもちゃんと変えて、売り出していただきたいと思いますね。だって、その方が、断然、季節感があって、食べる時の気持ちも違いますから。
    因みに、「山の神」とは、別説で、奥様のことを指すのだとか。お嫁さんは、年を経るにつれて、「女房」になり、「化け」、「七化け」、「化けべそ」、そしてやがては、「山の神」に出世するのだそうです。さて、あなたは、今どの段階の奥さまでしょうか?face02

    ところで、話は飛びますが、侍ジャパンの選手たちを見ていて思います。「何で、こんなに日本代表選手は、みんな揃いも揃ってイケメンなんだろう?」と------。これは決してわたしの欲目ではなく、ダルビッシュ、川崎、小笠原、涌井、中島、稲葉、青木、岩隈、馬原、イチロー、原監督に至るまで。やっぱり、人間何ごとも必死になると、男っぷりも上がるのでしょうか?(^-^)
 
 


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