~ 炎 の 氷 壁 ~ 21

 雄介たちパトロール員は、横手山を中心として二手に分かれ、黒鳥真琴の行方を追うことにした。神崎パトロール員をリーダーとするパトロール班は、熊の湯温泉方面へ続く北側一帯の徒歩による捜索に、また、時任パトロール員をリーダーとするパトロール班は、渋峠方面へ続く東側ゲレンデの捜索をスキー装着により重点的に行なうことになった。時間は、既に正午近くになり、志賀高原のこの時期の日没時間を午後五時半と見積もっても、捜索にかけられる時間は、ごくわずかに限られている。パトロール員たちは、まずは、スキー客やホテル関係者などへの聞き込みと、ゲレンデ外の危険区域に不明者が迷い込んだ形跡はないのかなどの視点から、慎重に捜索を開始した。
 雄介も、時任の指示で、山岳コースを滑るスキーヤーたちから情報を得ようと、黒鳥真琴についての背格好や年齢を例に挙げながら、聞き込みに回る。更に、コース付近の事故多発地帯とも呼ばれる危険区域へもあえて足を踏み入れて、何とかわずかな痕跡でも摑もうと、パトロール員たちは、皆血眼で彼女の消息を追い求めた。
 途中からは、志賀高原山岳遭難対策協議会所属の山岳パトロール員たちも合流しての捜索活動となったものの、残念ながら、黒鳥真琴の消息は依然判らず、この日の捜索は、日没をもって打ち切らざるを得なかった。
 寒さと疲労でクタクタに萎え切った身体を、ようやくスキーパトロール本部まで運んで来たパトロール員たちは、事務所内の粗末な長椅子やパイプ椅子に座り込んだまま、誰一人として口を利こうともしない。それを見た高木主任は、各パトロール員自前のマグカップや湯呑茶碗に、自らコーヒーを注ぐと、彼ら一人一人の前のテーブルにそれらを置いて、その労をねぎらった。
 「みんな、ご苦労さん。捜索は、明日もまた早朝から再開する予定だから、今日のところは早めに宿へ戻って、ゆっくり身体(からだ)を休めてくれ」
 パトロール員たちは、高木主任が淹れてくれたコーヒーを飲み干すと、それぞれに腰を上げて、
 「お疲れ様でした-----」
 「お先に失礼します」
 などと、口々に挨拶を交わしながら、帰宅の途に就いた。そんな中、雄介はゆっくりと可児パトロール員のそばまで行くと、その耳元で、こう囁いた。
 「可児君、きみ、今夜確か本部の宿直勤務だったよな?」~ 炎 の 氷 壁 ~ 21
 「そうですけど・・・・」
 「それ、おれが替わるよ」
 「------えっ?いいんですか?」
 「ああ、おれ、今夜は泊まるホテルが決まっていないんだよ。だから、ちょうどいいんだ」
 雄介は、正直に説明する。可児は、それ以上の穿鑿(せんさく)をすることなく、単に無邪気に喜んだ。
 「やった!ラッキー。おれ、実は、今夜の宿直、誰か交替してくれる人がいないかと思っていたんですよ。でも、今日は皆捜索で疲れているし、そんなこと頼める雰囲気じゃなかったものだから------。ありがとうございます」
 可児が笑顔で礼を言うと、それを横目で見ていた神崎が、一言、小憎らしそうな小姑的口振りで、
 「どうせ、今日が彼女の誕生日か何かで、一緒に夕食でも食べようなんて、安請け合いしちゃったとか言うんでしょ?あんたって、ホント、女に甘いんだから・・・・」
 「-------その通りです。すみません」
 図星をさされた可児は、ペロリと舌を出しておどけてみせると、高木主任に、夜間当直勤務を雄介に替わってもらったことを改めて報告し、脱兎の如くスキーパトロール本部を飛び出して行った。
 その後は、神崎も去り、高木主任も、雄介に、
 「きみの宿泊先は、明日手配することにしよう------」
 と、言ってから、加えて、宿直の際は、火の元だけには用心するように助言し、
 「それと、もしも、黒鳥真琴さんに関する連絡が警察や遭対協から入ったら、時間は何時(いつ)でも構わないので、必ずおれに電話をしてくれよ」
 そう言い含めて、念のため宿泊先の電話番号と自分の携帯番号の両方を雄介に教えると、それじゃァ、また明日と言い置いて、悠然とした足取りで部屋を出て行った。
 本部の事務所内に残ったのは、雄介と時任の二人だけになった。
 「時任さんも、もうホテルへ帰って下さい。あとは、おれ一人で大丈夫ですから」
 雄介は、努めて元気に言う。
 「-------そうだな」
 時任は、生返事で応答(こた)えながらも、何処となく帰宅を迷っている様子で、一向に腰を上げようとはしない。雄介は、そんな時任の気持ちを先読みして、黒鳥真琴の行方不明に関することでしたら、時任さんには、何の責任も落ち度もありませんよと、諭した。すると、時任は、小さく頷きつつも、それでも何か納得の行かない顔付きで、
 「彼女は、あの時、おれがかけた電話を、いったい何処で取ったんだろう?考えてみるに、電話の向こうは、やけに静かな感じで、おれは、てっきり、彼女が、泊まっているホテルの自室にいるものとばかり思っていたんだが・・・・」
 と、独り言のように言う。それを聞いた雄介は、
 「でも、そうなると、黒鳥真琴は、その時、何処かの建物内にいたかもしれないということですよね?だったら、志賀高原一帯のホテル、旅館などの宿泊施設や、公共のコンベンションセンターなどには、既に捜索の協力依頼がなされているんですから、何処かから情報が入っていてもおかしくないですよ。そうでしょう?」
 と、あくまで時任の自責に伴う懸念を振り払うように否定する。すると、時任も、それもそうだなと、かすかに苦笑を漏らし、それじゃ、おれも帰るとするかと、ようやく椅子から立ち上がった。そして、雄介の傍らまで来て、彼の左肩にそっと手を載せると、 
 「雄介、お前も疲れているんだから、少しは眠れよ。隣の部屋に仮眠用の蒲団も用意してあるからな」
 まるで、実の兄が弟を気遣うような穏やかで優しい眼差しを向ける。雄介は、内心、気恥かしいような、それでいて嬉しいような、胸が詰まる心地がして、小さく頷くのがやっとだった。
 「じゃァ、また、明日------」
 時任は、そう言って微笑むと、雄介に軽く右手を上げて帰りの挨拶をし、退室して行った。


    <この小説はフィクションです。登場する人物名及び団体名は、すべて架空の物ですので、ご了承下さい>



    ~今日の雑感~

    最近、何名かのブロガーさんの記事で、共同浴場のマナーに関する話題を取り上げていました。
    洗面器を置いての場所取りや、浴室内での大声での会話、浴場を出る時の後始末についてなど、マナーの悪さが目立つという記事もありました。銭湯や、最近多くなって来た飲食付きの温泉施設など、共同浴場の種類も様々になり、天然温泉を謳(うた)う施設も大幅に増加している今日、田舎の天然温泉の共同浴場ヘ入りながら、シャワーがないと、不満を言う旅行客の姿も目につきます。湯船につかる時は、まず、身体を洗ってからとか、タオルを湯船に入れてはいけないとか、洗髪は、洗髪用の場所ですることとか、その温泉の種類の効能に加えて、いろいろな注意書きが掲げられている浴場もありますね。     
    しかし、それらは、皆、不特定多数の旅行客などが入浴する共同浴場に関するマナーです。わたしたちが、普段利用している地元の人たちのみが入浴出来る共同浴場には、これとは全く別の地元マナーが存在するのです。
    まず、最初に場所を取った人の邪魔は絶対してはいけません。最初にその場所に座った人が浴槽に入っている間も、あとから来た人は、たとえそこが空いていても、座ることは許されません。もし、知らずに割り込んだりしたら、とんでもない非常識者だと、白い目で見られるばかりか、中には、面と向かって叱られる場合さえあります。また、湯船へタオルを入れることも、ついこの間までは、当然のことで、これを注意などしようものなら、出て行けと、追い出されるのが関の山でした。更に、お年寄りが入っている時は、若い者は出来るだけ遠慮して入浴時間も早々に切り上げるのが一般的で、わたしが子どもの頃は、「子供が長風呂などするものではない」と、言われ、せいぜい十分も入れば、上がるように急かされました。
    脱衣所でも、こうしたマナーは厳しく言われ、年長者が衣服を脱ぎ着している時は、たとえ裸でも、その人の脱ぎ着が終わるまで、子供はそこで待っていなければなりません。そうやって、小さい頃から徹底的に共同浴場の作法を擦り込まれたものですから、正直、わたしは、最近の温泉施設での入り方が苦痛でならないのです。幼い頃から、熱いお湯が当然で、水など埋めようものなら叱りつけられ、すごく熱いお湯でも我慢をして入るように躾けられた身としては、あのぬるま湯のような物を、温泉と呼んでいること自体も、どうなのかと、疑問に思うのです。


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