~ 炎 の 氷 壁 ~ 23

 「野田、やっぱり、お前が・・・・・?」
 時任は、ここに来てようやく、自分のこれまでのパートナーが、尽く去って行った原因が、やはりこの野田開作にあったということに確信を持った。
 「貴様、なんて奴なんだ-------!」
 時任は、己の耳を疑いたくなるほどの暴言を聞きあまりの胸糞の悪さに、全身に悪寒が走るのを覚えた。時任に怒鳴り付けられたにもかかわらず、野田の顔には、思い焦がれるような、媚び諂(へつら)うような、卑屈とも見える薄ら笑いが浮かんでいる。
 「------だって、仕方がないだろう?あいつら、みんな邪魔なんだよ。お前とおれの間に、遠慮会釈もなく割り込んで来やがって--------。なに、ちょっと、嫌みの一つも言ってやっただけさ。そうしたら、簡単にビビッちまって、要するに、腰抜けなのさ」
 そうせせら笑いながら、白状すると、今度は、恨みがましささえ込めた視線を時任へ突き刺し、
 「時任、お前だって悪いんだぞ。おれの気持ちを逆撫でするように、性懲りもなく、またぞろあんな本間なんて男を連れて来て----。おれが、どれほどの妬ましい思いであいつを見ていたのか、お前は、少しも判ろうとしなかった。でも、これで、また元通りだ。それでいいじゃないか・・・・」
 「もう、たくさんだ!お前とは一緒にいられない。おれも、今からこのホテルを出て行く!」
 時任は、これまで長年に渡り信頼し続けて付き合って来た刎頚(ふんけい)の交わりとも言うべき旧友の心中に、そのような倒錯的概念が侵潤していたことなど知る由もなかった。そんな、自らの迂闊(うかつ)を憾みつつ、野田に背を向けてそこから立ち去ろうとした。
 刹那、野田の鋭い罵声が、時任の背中に浴びせられた。
 「本間雄介の所へ行くつもりか!?たとえ、あいつの所へ行ったとしても、お前は、決しておれから逃げられやしないんだぞ!」
 「----------!?」
 時任は、返しかけた踵(きびす)を、思わず元に戻す。~ 炎 の 氷 壁 ~ 23
 「どういうことだ?」
 野田は、冷笑(わら)っている。冷笑いながら、時任の訝しげな表情を漫然と眺め、やがて、唐突に、こんな思い出話を語り始めた。
 「時任、お前、覚えているか?おれが、この左脚に大けがをした時のことを-------。あれは、おれたちが高校三年の夏休み、二人だけで、志賀高原の北東に位置する岩菅山へ登山した時だった。山には慣れているはずのおれが、先に岩盤をフリークライミングの要領で登攀(とうはん)中、あと一歩で頂上という所まで来て、不覚にも足を滑らせ、十メートルほど下の登山道へ滑落した。左脚を複雑骨折したうえに、膝の靱帯までも痛めてしまった。しかし、当時はまだ、現在のように携帯電話が普及している訳ではなく、おれもお前も携帯電話なんか持ってはいなかったし、よしんば持っていたとしても、志賀高原周辺は携帯電話の電波圏外ということもあって、電話で助けを求めることなど出来ない。そこで、他の登山者を探して助けを呼んでもらおうとしたが、生憎その日は、周辺を登山している者は誰もいなかった。日暮は、間近だ。
 おれは、激痛と、絶望感から、今にも失神してしまいそうなくらいの状態に追い込まれていた。ところが、お前は、その時、何の躊躇も見せず、周辺に落ちている木の枝を拾うと、負傷しているおれの脚に応急的に添え木を施してから、そんなおれを背負うと、意識を失う寸前のおれを懸命に励ましながら、片道十キロもの登山道を降り、麓の山小屋の主人に救急車の手配を頼んでくれた。
 山小屋についた時点では、お前の体力が既に限界を超えていただろうことは、おれにも判っていた。お前だって、気絶するほどに、苦しく疲労していたはずだ。それなのに、必死で歯を喰いしばり、おれを救おうとしてくれたんだ。本当に、ありがたくて、涙が出たよ。
 そして、おれは、救急車で搬送された病院のベッドで、自分に誓ったんだ。時任圭吾のためなら、おれは何でもすると。もしも、お前が、この先窮地に追い込まれるようなことがあったなら、おれは、たとえ、人殺し、悪魔と世間から罵(ののし)られようとも、必ず、お前を守り抜くと--------」
 「人殺し-------?」
 時任の声が、胡散臭げにくぐもった。
 「野田、まさか、お前・・・・?」
 その胸裏を、ある陰惨な推測が過ぎった。野田は、相変わらず、媚(こび)を売るようなゆがんだ笑みを頬に刻みつつ、淡々たる口調で言う。
 「バカだなァ、時任、何を想像しているんだよ。単なる言葉の文(あや)じゃないか」
 そして、今度は、探りを入れるような目付きで、こう訊ねて来た。
 「ところで、時任、お前、昨日、黒鳥真琴には会えたのか?」
 「-------なに?」
 「ああ、そうだった。彼女、行方不明なんだってなァ。今日の午後、志賀高原ホテル組合の方から、尋ね人の広報が回って来ていたよ。-------でも、よかったじゃないか。面倒臭い女が姿を消してくれて。お前も、内心ほっとしたろう?」
 野田は、そう言いながら、時任の顔へとそっと右手を伸ばし、さりげなくその頬に触れようとした。



    <この小説はフィクションです。登場する人物名及び団体名は、すべて架空のものですので、ご了承下さい>



    ~今日の雑感~

    最近思うこと。マスメディアが何故かブログの中から、小ネタを拾い集めていること。これって、何だかおかしくないですか?記事や番組の取材は、記者が自分の足で探して掻き集めて行くものと、昔から相場は決まっているんじゃァないでしょうか?それが、ブログのサイトを開けば、そこには無料(ただ)ネタがごろごろって。それを電話一本で、取材して掲載、もしくは放送なんて、いわゆる信州方言で言うところの、「ズクなし」と思われても仕方がありませんね。
    ~ 炎 の 氷 壁 ~ 23ところが、そんなブロガーの中で、自らの取材を希望する人がいても、それには対応してもらえないと訴えるブログ記事も-----。何だか矛盾していますよね。どうせ、取材するなら、そういう希望者の記事や話題も取り上げてくれてもいいのにと思います。最近のメディア関係は、投稿とか、ブログとか、素人の力に頼り過ぎてはいませんか?それとも、プロの筆力や構成力が、素人並みになってしまったということなのでしょうか?どうにも、首を傾げます・・・・・。
    こんな苦言ばかり書き連ねていますので、お前は、他人に厳しすぎるという人もいますが、このご時世です。口はばったいことも言いたくなります。就職したくても出来ない人、正社員になりたくてもなれない人、そういう弱者がいる一方で、まともに就職して、しかも人の羨むような仕事にあり付きながら、そのうえ小ズクまで惜しもうなんて考える要領よしには、耳の痛い言葉の一つも吐きますよ。はい、自分のことは棚に上げるのは、得意ですから・・・・。(ーー゛) 

「今日の一枚」------『出稽古の朝』
 


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この記事へのコメント
こんばんは。
新聞やテレビって、自分たちの著作権を守る事には煩いクセして、他人の著作権を平気で侵害していると思います。
長野県で最も読まれている某新聞のサイトには、サイト内コンテンツの無断使用禁止と偉そうに書かれているのですが、以前その新聞に、ニューヨーク・タイムズの記事をそのまま翻訳しただけの記事が(一部省略されていましたが)載っていた事がありました。しかも何の注釈もなしに。
「自分たちは何をやっても許されると思っているのだろうか?」と思いましたよ(苦笑)。
取材せずに記事書いて良いんだったら私でも書けるのになぁ・・・って思います(笑)。
Posted by ま・こと at 2009年03月14日 22:06
ま・ことさんへ>

 こんばんは。ニューヨーク・タイムズなんて高尚な新聞は、きっと信州の田舎者は読まないと思っているのでしょうね。だから、少々拝借しても、判らないだろうと、高をくくっていたのかも・・・。ま・ことさんみたいに、ちゃんと、読んでいる人だっていることに気付かないのでしょう。
 やはり、何処かに特権意識があるのでしょうね。確かに、ためになる情報もたくさん書かれてはいますが、「書いてやっている」という姿勢が、そこここに見えて、あまり頂けません。加えて最近は掲載されている記事が、いったい何を言いたいのか皆目判らないものもあります。
 本当に、そのような記事なら、わたしでも書けますね。プロなんですから、精進して頂きたいものです。
Posted by ちよみちよみ at 2009年03月14日 23:26
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