最後のひと仕草が大事

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    「自分は、どうも、他人から良い印象を持ってもらえない」

    「もう一度会って話したいのに、二度目は拒否される」

    そんなことを感じている人は、意外に多いはず。

    もしかしたら、それは、あなたの最後のひと仕草が足りないのかもしれない。

    あなたと取引先の社員が喫茶店で待ち合わせて商談をしたとする。

    話が良いところまで煮詰まったところで、細かな打ち合わせは次回----となった帰り際、あなたは、どんな態度をとるだろうか?

    取引先の社員がまだ喫茶店の席にいるとして、もしも、そちらの方を一度も振り向かずにまっすぐ会計に向かってしまったら、その商談は、その後あまりうまく運ばない可能性も大きい。

    つまり、人の印象は、何かことを成し遂げた直後の態度が左右するといっても過言ではないのだそうだ。

    この場合、席を立ったあなたが、二、三歩歩きかけたところで、再び商談相手を振り返って軽く会釈するだけでも、その印象はかなり良いものになるはずである。

    それを、一度も振り返ることなく、さっさと帰ってしまったとしたら、相手はあなたが自分との話し合いに疲れてしまっているのではないかと気を回すかもしれないのだ。

    当然、あなたに対するイメージは良いものではなくなる。

    人の本心は、物事が終わった直後に現われるのである。

    彼女(もしくは彼)との初デート後にしても、契約完了後のビジネスパートナーとの間にしても、理屈は同じなのだという。

    別れ際にも気を抜くことなく、何度か相手を振り返り、にこやかに手を振ったり会釈をするだけで、あなたの印象はぐっとアップする。

    もっと言えば、二人で話をしている間よりも、別れ際の一瞬の態度の方がより強く印象を留めるわけである。

    つまり、あなたの印象を良くするも悪くするも、別れ際のひと仕草にかかっているともいえるのである。

最後のひと仕草が大事
    

<今日のおまけ>

    何を訊いても、「ま、何とか・・・」とか、「あれこれやっただけだ」などと、決して具体的な内容を語らない人がいる。

    いつも会話がうやむやのままで終わり、ほとんど答えも曖昧のままだ。

    病院で医師との会話をする時も、「ま、そんなとこだ・・・」「なから・・・」などと言っているだけで、症状をはっきりとは語らないのだという。

    どうして、こんな話し方しか出来ないのだろうか?別に知的障害者というわけではない。

    初めは、この人が極度の秘密主義で自分のことは他人に知られたくないという思いが強いのだと思っていたのだが、そうではないことが判った。

    要するに、自分では何も出来ないし知らないのである。いつも他人任せに行動しているので、具体的に説明せよといわれても、自分の口からは説明のしようがないのだ。

    しかし、こんな人でも周囲の人たちが何とかフォローして、これまで生きて来れたのである。

    知能的には何ら障害がないにもかかわらず、自分一人だけでは怖くて、電車やバスに乗ることさえ出来ない臆病な大人もいる。

    役所や病院での手続きをする時、他人と話すのが苦痛で、自分だけでは書類一枚書けない大人もいる。

    最近は、そんな、大人でありながら、すべてが他人任せという人たちが増えて来たそうである。

    

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