ダニー・コリガンの部屋 2

ダニー・コリガンの部屋

ダニー・コリガンの部屋 2



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 取材から戻ったおれを、オフィスの前の廊下でフランクが呼びとめた。

 「おい、ダニー、メッツもようやく一矢だな」

 「ソックスは、ピッチャーの出来が悪すぎたのさ」

 「今日は、そううまくは行かんぜ。-----おっと、そうだ、お前に会いたいと客が来ていたぞ。一時間ばかり待っていたが、つい今しがた帰った。急用だというんで、お前のアパートの住所を教えておいたんだが、まずかったかな?」

 「-----客?」

 「五十がらみの恰幅のいい紳士で・・・・、そうそう、名刺を預かっていたんだった。これだ-----」

 フランクから一枚の名刺を渡されたおれは、その名前に目を落とす。

 「ジム・デドワイラー、画商?」

 初めて見る名前だった。ま、新聞記者なんてヤクザな商売をしていれば、日に何十人と知らない名前に出くわすものだが、この男の場合、『画商』という職業が少し引っかかった。

 画商のデドワイラーは、早速、その日の夜、おれのアパートの部屋を訪ねて来た。

 彼は、手入れの行き届いた口髭を威厳めいた態度で軽くしごきながら、わずかにテキサス訛りのある口調で、

 「突然、お伺いして申し訳ないが、実は、絵を頂きたいのです。まだ、この部屋にあると聞きましたのでね・・・・」

 「-----何のことでしょうか?」

 いきなりの申し出に、おれは、とっさに答えが見付からず、思わず訊き返してしまった。すると、デドワイラーは、部屋の奥の壁を、その太々とした人差し指で指し示し、

 「男の肖像画ですよ。ほら、ベッドの脇に掛けてある。もちろん、無料(ただ)で頂きたいなどと失礼なことを言うつもりはありません。それ相応の金額で買わせてもらいます。2000ドルで如何でしょう?ぜひとも、お譲り願いたい」

 と、至極丁重な物言いで、懇願する。おれは、思わぬ大金の提示に内心戸惑いながらも、

 「待ってくれ。こいつァ、ぼくの持ち物じゃァないんだ。引っ越して来た時には、既にここにあった物だから、なんなら、このアパートの管理人と交渉してもらえないだろうか-----」

 すると、デドワイラーは、それまでの人の良さそうな相好をたちまちのうちに厳しく曇らせ、険しく射るような眼光をおれに向けた。

 「管理人には、もう話を付けてあります。お売り頂けますな?」

 デドワイラーは、半ば強引ともいえるやり方で商談を成立させると、おれの手に現金(キャッシュ)で2000ドルを握らせる。そして、如何にも手慣れた様子で壁からその男の肖像画をはぎ取るや、その絵を手際よく布に包み、さっさと足早に部屋を出て行ってしまった。

 おれの手元には、思いがけない臨時収入が残った。

 壁は、ますます広く、殺風景になった-----。





 
 翌日の夕刻、おれは会社を出た後で、各紙の記者たちがたむろするリトル・トーキョーの一角にある酒場(パブ)で、安酒をあおりながら、同僚のフランクやテッドたちとバカ話に興じていた。

 「-----聞いたか、ダニー?政治部のウィルソン、ついに女房と離婚裁判だそうだぜ」

 「一人息子は、奥さんが引き取ることで和解したんじゃなかったのか?」

 「女房の新しい男ってェのがアトランタへ赴任したもんで、彼女も息子を連れてそっちへ行くことにしたらしい。だろ、テッド?」

 「ああ、しかし、ウィルソンは女房にロサンゼルスから外へ出ることを許さない。簡単には子供と会えなくなるからな。それで、すったもんだの挙句に訴訟------」

 その時、おれは、自分の背後に立っている人物の存在に、まったく気が付かなかった。そいつは、おれの耳許へ口を近付けて、囁くように言った。

 「やあ、ダニー、元気だったか?」

 その耳慣れた低音の主を、おれは、ぎょっとして振り返った。が、相手のたくましい長身を見上げたまま、柄にもなく満面の笑みを浮かべている自分に気付き、照れ隠しもあって、そいつに如何にもさりげなくビールを勧めた。

 久しぶりの旧友との再会は、おれを有頂天にさせた。

 ビールはやがてウイスキーとなり、したたかに酔いの回ったおれを、アンディ・マコ―ミックは、例の薄暗いアパートの部屋まで担ぎ込んでくれた。

 おれのアパートがある場所は、フランクが教えたらしい。いや、おれが自分で教えたのか?-----よく覚えていない。

 とにかく、おれは、そのままベッドで眠り込み、目を覚ました時はもう真夜中だった。

 マックは、まだ部屋にいた。隅のソファーに腰をかけて、おれの寝ているベッドの脇の殺風景な壁を、じっと眺めていた。

 
つづく


 



<今日のおまけ>

    裁判員裁判で、殊に強姦致傷などの事件に対する裁判員を選ぶ時、男性が多い裁判員構成となっているそうである。

    つまり、被害者の女性に同情すると思われる女性裁判員を故意に外すように、弁護側が配慮を頼む事案が増えているからだそうだ。特に、女性の中で、過去に痴漢被害にあったことのある人は、裁判員から外されるという傾向があり、こういうやり方は、女性の立場からして、公平性を欠くものだと逆に疑問を感じざるを得ない。

    女性が被害者となる裁判を、女性の目で裁かなければ、何のための市民感情反映の裁判だと言えるのだろうか?

    どう考えても、男性裁判員に女性の屈辱や苦痛が判る訳はないのである。おそらく、そうなると、強姦罪はすべて懲役25年の最高刑になるであろうが、これは当然のことであり、今までが軽すぎたのである。

    これは、あくまでも私見だが、むしろ、強姦罪に関しては、裁判官も、裁判員も、全員が女性の構成で裁くべきものだと思うのである。それこそが、犯罪の抑止効果にもなるものと考える。icon23


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