自分の失敗が許せない若者たち
2013年10月10日

東京・三鷹市で、女子高校生・鈴木沙彩さん(18)が刃物で殺害された事件で、逮捕された池永チャールストーマス容疑者(21)は、事件当日「鈴木さんの自宅に侵入し、鈴木さんの部屋のクローゼットに隠れていた」と供述していることが分かった。
捜査関係者への取材で、池永容疑者は、先月27日に自宅のある京都から夜行バスで上京し、28日に、鈴木さんの自宅がある三鷹市の隣の吉祥寺の大手雑貨専門店で、刃渡り15センチほどのナイフを購入していたことが分かった。
また、事件当日の行動について、池永容疑者は「午後に、鈴木さんの自宅に、2階の鍵がかかってない窓から侵入し、鈴木さんの部屋のクローゼットに隠れていた」と供述しているという。(YAHOO!ニュース)
また、前途有望な才能あふれる女子高校生が犠牲になるという痛ましい事件が起きてしまった。
被害に遭った少女は、英語が得意で、将来は外国留学もしたいと願っている女優志望の女子高校生だったという。
有名な脚本家を大叔父に持ち、前向きに勉強や芸能活動を頑張っていた少女が、何故・・・?と、世間は驚きを隠せないが、事件の背景にはやはりSNSが絡んでいたということで、ある程度納得できるとする声もある。
フェイスブックにしてもツイッターにしても、インターネット上での会話というのは、現実社会での会話以上にユーザーの錯覚を生みやすい道具だというのである。
ユーザーの中には、会話相手と個人的に親しくなったと勘違いする者も少なくなく、少女にしてみれば容疑者もネット上に何人もいる友人の一人に過ぎなかったのかもしれないが、容疑者にとってはそうではなかったということなのだろう。
一昔前までは、好きな異性に振られたからといって、そのことで傷付きはするものの、相手の女性を殺してしまおうとまで思い詰める者はあまりいなかった。
自分にはふさわしくなかったのだ----と、無理やり自らを納得させることで、また新しい出会いを求めて歩き出すことこそが、むしろ青春というものだった。
しかし、今の若者たちは、どういうわけか傷付くことを異常に恐れる。
異性に振られることが一生の汚点だとばかりに、その汚点をないものとしたがる。
相手を好きだという気持ちよりも、自分のプライドを修復することの方に躍起になってしまう傾向が大のようだ、
異性に振られたという事実が、落胆や哀しみよりも怒りを生み出すのは、心の中に「自分のような優秀な人間を振るなど、許せない」という感情が優先するということでもある。
これこそが、SNSを利用する人々が陥りやすい自己中心的世界の錯覚なのだそうだ。
人の心理には、おしなべて「自分だけは特別だ」という思いがあるといわれる。
その特別感や優越感が、ネット社会においてはさらに増幅し膨張する。
自分の物にならない奴など、この世の中にいらないと考える者もいるかもしれない。
この悲劇は、そんな貧弱でねじ曲がったプライドが引き起こした事件なのではないだろうか。
それにしても、げにSNSは恐ろしい・・・。

Posted by ちよみ at 21:19│Comments(0)
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