人生を焦る人たち

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    わたしの日常は、ごくごく平凡そのものである。

    友人と何処かへ食事に行くこともなければ、特別なものを買うこともない。

    映画館へ足を運ぶこともないので、シネマコンプレックスなどというものが長野市に出来たことも、名前で知っているだけだ。

    ハプニングなど、まず起こらない方が当たり前で、旅行などこの何十年も行ったことがない。

    それでよく、毎日ブログを書き続けられているものだと、我ながら呆れるくらいだが、書くことは好きなので、何の苦でもない。

    そんな隠遁者のような生活でも、近頃はテレビやインターネットから、情報は溢れんばかりに手に入れられるため、毎日が煩わしいほどである。

    ネットを知らなかった頃は、こんなに忙(せわ)しない気持ちにはならなかったと思うのだが、じっくりと物事を考える習慣がなくなってしまったような不安感さえ覚える昨今だ。

    いや、そういう気持ちになっているのは、わたしだけではないだろう。

    日本中が今や、ありとあらゆる情報に振りまわされて、深くじっくりと何かを思考するということが苦手になっているように思われる。

    ニュースやワイド番組を観ていても、あまりに目まぐるしく画面が変わるので、先に放送された話題を忘れてしまいそうだ。

    ブログを書くという行為でさえも、こうした情報過多連鎖の例外ではない。

    初めは、たまたま体験したことを書いていただけのブログ内容が、いつしか、ブログを更新するために、無理やり何かを体験しなければならなくなったという人も多いはずだ。

    一冊の本を、それこそボロボロになるまで読み返すこともなくなり、広く浅く読み飛ばすだけが常態化して、その次の日にはまた別のことを体現しなければ、世の中に置いてきぼりにされそうで怖いという人もいるだろう。

    大量の情報を仕入れ、大量に忘れる----そんな日常が続く限り、人々の心に真の意味での休息はない。

    たった一週間もじっとしていられない。何かしなければ、何処かへ行かなければ----との、居ても立ってもいられない焦燥感に駆られる。

    それは、もしかしたら、あなたの心がいつの間にか病み始めている証拠なのかもしれない。

人生を焦る人たち

    
       

<今日のおまけ>

    小布施に塩屋櫻井という屋号の老舗栗菓子店がある。

    ここの栗落雁は、実においしい。

    一度食べると、病みつきになりそうだ。

    母親は、「落雁なんて、昔は一番好きじゃない和菓子だったけれど、これを食べて180度認識が変わった」と言う。

    衒(てら)いのない上品な口どけは、緑茶にもコーヒーにも良く合う。

    しかも、日持ちはするし、値段もリーズナブル。

    小布施に老舗栗菓子店は数々あれど、同店の栗落雁も一度お試しあれ。

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