女与力・永倉勇気 捕物控 23

 蕪木の言うことには、『一年前のある夜、坂口方義という蘭方医の診療所を単身訪ねたところ、蘭方医と研究に関することで口論となり、自らの手で、その医者を斬ったのちに犯行を隠蔽する目的で、診療所兼自宅に火を放った』と-----。しかも、そのことを吐露したうえで、研究書類を捜し出せなかったことは悔やまれるとまで、ぬけぬけと言い切ったのです。
 わたしのこの報告を受けた百合さんは、町奉行所には訴えず、自ら父の仇(かたき)を討つと言い張って、火事の前に予め自家(いえ)から運び出してあった坂口先生の研究書類を参考に、抽出河豚毒の丸薬を作り、心の臓の新薬だと嘘をつき、料亭・千両での蕪木毒殺を実行したのです。その際の千両における状況は、正しく、今あなたが言われた通りです---」
 と、菊村一馬は、己の自白を結んだ。
 すかさず、勇気は、菊村に百合の所在を訊ねる。が、菊村は、それきり貝の如く口を閉ざし、答えようとはしない。勇気の心中には、ただならぬ焦燥があった。そこで、勇気は、ある確信をあえて口にした。
 「菊村一馬、お前が百合を庇うのは、百合が恩師の娘だからという理由からだけじゃねェはずだ。心底、百合の事を惚れ抜いているからこそ、百合のために陰間なんぞという恥辱の苦界にも身を沈め、恩師の仇でもある蕪木半兵衛の慰みものとなる、底知れぬ屈辱をも受け入れながら、真実を探り出そうとしたんだろう。そして、更に今度は、命がけの偽証まで買って出た。そういうことなんだろう?」
 女与力・永倉勇気 捕物控 23勇気の言葉に、それまで傍らでじっと沈黙を守って耳を傾けていた清太郎は、思わず険しく眉をしかめ、名状し難い苦しげな呻き声を発した。
 「そんなひどい思いまでして、たった一人の女のために真相を探ろうとするなんて、おれには、到底理解出来ない・・・・」 
 すると、菊村は、ふっと口許に何とも自虐的な微笑を浮かべて、
 「お役人様には、命がけで守りたいと思うほどの女人がおられないから、そのようなことを申されるのでしょう」
 と、嘯(うそぶ)いた。清太郎は、この一言に、かっと顔面を紅潮させるや、つい声高に、
 「菊村、口が過ぎるぞ!-----」
 怒鳴りかけた直後、
 「-----くだらねェ!」
 吐き捨てるように叫んだのは、勇気であった。勇気は、菊村の顔を穴の開くほどにじいっと凝視すると、嘲笑すら含んだ甲声で言う。
 「そんなものは、単なる男の自己満足にすぎねェ。お前が本気で百合のことを思うのなら、何で、復讐の方棒を担ぐ真似なんかしたんだい。百合が父親の仇討(あだうち)をするというのなら、そいつを止めてやるのが本当の愛情ってもんじゃァないのか?お前が虚偽の自白で死刑(しおき)になろうが、こっちは一向構わねェが、実行犯の坂口百合には、確実に御定法に則(のっと)った裁きを受けさせなきゃならねェんだよ------」
 つい激高しかけた勇気が、菊村をきつく諭さんとした時であった。
 その大番屋へ、突然、岡っ引の東次(とうじ)が息を切らせて駆け込んで来るや、菊村の訊問を続けている勇気と清太郎のところまでやって来て、例の淡緑色の花びらの正体がやっと判りましたよと、早口で告げた。




    ~今日の雑感~

女与力・永倉勇気 捕物控 23    今年から教員免許の更新制度がスタートします。現役教師たちの知識や技能を向上させるために行われるものらしいのですが、十年ごとに三十時間以上の講習を修了しなければ、免許を取り上げるというのは、あまりに行き過ぎではないかと思います。しかし、この受講料は個人持ちであり、ただでさえ忙しい先生たちが、このようなことで時間を裂かれては、ますます疲労が蓄積し、その影響が教える子供たちに転嫁されたのでは、正に本末転倒と言わざるを得ません。この制度で、教師としての資質に欠ける者は、必然的に排除されるというメリットもあるでしょうが、何よりも不思議なことは、この制度を、いわゆる「ペーパーティ―チャー」は、利用出来ないという点です。こういうことならば、何も免許更新制度などと言わず、現役教師のための研修制度ということでよかったのではないでしょうか?教師不適格者排除の目的ならば、もっと別のやり方もあるはずです。
    このままでは、せっかく大学で教職を履修しても、教員試験に合格しなければ、免許もただの紙っぺらになってしまう訳で、どうも納得出来ません。
    かくいうわたしも、「ペーパーティ―チャー」の一人ですが、教師という職業は、何も勉強だけを教えればよいものではなく、むしろ、どれほど子供たちの信頼を得られるかという点が重要なのではないでしょうか?このような表向きの評価制度のみで、教師の質を判断するのは、どうも納得がいかないのです。

「今日の一枚」-----『三匹の龍』


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